最後に、今 後の香港政 治にどのよ うな具体的 な懸案があ るのか 、 こ れ ま で の 経 緯 を 踏 ま え て 中 港 関 係 ・ 政 治 ・ 経 済 に つ い て 検 討 す る。
1 中港関係:「中港矛盾」の緩和
中港関係に おいては、 梁振英行政 長官の下、 政府間関係 に大き な 緊 張は見られ ないが、過 去数年の香 港市民の北 京に対する 反感と 、 中 央政府の香 港社会に対 する不信感 、即ち「中 港矛盾」を 緩和さ せ ることが課題となる。
先述の通り 、香港市民 の反感の根 底には、中 港融合がも たらし た 市 民生活への 悪影響が存 在する。こ れらの問題 への対策は とられ て お り、大陸妊 婦の香港で の出産や、 粉ミルクの 大陸への大 量の持 ち 出 しなどは、 香港政府の 規制導入に より減少し た。しかし 、粉ミ ル ク に 続 い て 、 最 近 香 港 で は お む つ の 不 足 が 問 題 に な っ て い る と い う 。香港大学 の呂大楽は 、密輸とい う個別の現 象ではなく 、区域 融 合 の構造的問 題を解決せ ねばならな いと指摘す る。中国の 生活水 準 向 上によって 、大陸住民 の香港の商 品に対する 需要は今後 も拡大 す る 。また、密 輸業者の存 在はまだ珠 江デルタ地 域と香港の 区域融 合 が 正式には始 まっていな いことを意 味し、珠江 デルタ地域 住民が さ
ら に容易に香 港を訪問で きるように なれば、摩 擦はさらに 大きく な る20。中港融合に関連する問題は、今後様々な形で長期にわたり不断 に現れるであろう。
曽 蔭 権 時 代 は 中 港 融 合 を 一 方 的 に 加 速 ・ 拡 大 す る 政 策 が と ら れ た 。しかし、 今後は融合 の内容と効 果を慎重に 見極めるこ とが政 府 には求められるであろう。
2 経済:市民生活の改善
経済の面で は市民生活 の問題への 対策が急務 である。行 政長官 選 挙 の際、梁振 英が唐英年 を上回る支 持を集めた 理由の一つ には、 財 界 重 視 の 唐 英 年 に 対 し 、 梁 振 英 が 弱 者 対 策 を 主 張 し た こ と が あ っ た 。しかし、 当選後梁振 英は財界に も配慮し、 特に野心的 な政策 を 打ち出せていない。例えば住宅政策については、2013 年 1 月 16 日の 就 任後初の施 政方針演説 で、梁振英 は中長期的 に政府が公 有地を 住 宅 開 発 用 地 と し て 供 給 し 、 新 築 戸 数 を 増 や す こ と は 表 明 し た も の の、任期中の 2017 年までの具体的な建設目標を示さなかった21。こ れには梁振英の苦い経験が背景にある。1997 年、就任直後の董建華 初 代 行 政 長 官 は 初 の 施 政 方 針 演 説 で 、 毎 年 公 営 ・ 民 間 合 わ せ て 85,000 戸の新築住宅を建設することを目標として明記した22。これは 当 時董建華の 土地政策の ブレーンを 務めた梁振 英の発案に よるも の と 一般に見ら れているが 、不運にも 政策導入の 直後にバブ ル崩壊 が
20 呂大樂「區域融合問題較想像中大得多」『明報』(香港)、2013 年 4 月 19 日、第 A32 版。
21 「二零一三年施政報告」行政長官施政報告、http://www.policyaddress.gov.hk/2013/
chi/index.html。
22 「一九九七年施政報告」行政長官施政報告、http://www.policyaddress.gov.hk/pa97/
chinese/pa97_c.htm。
発 生し、その 中での供給 増は状況を さらに悪化 させた。大 きな損 失 を被った不動産業者は一様に梁振英に反感を持ったと言われる。
一方、その 他の社会福 祉政策につ いても、梁 振英は貧困 者支援 政 策 、標準労働 時間の制定 、幼稚園無 償化などの 政策につい て諮問 委 員 会を新設し て検討に入 ったが、現 時点までに 前政権から の大き な 政 策転換は見 られない。 老人・低所 得者・専業 主婦などを 含む全 市 民 対象の年金 制度の導入 も、施政方 針演説では 賛否の両論 を踏ま え 検 討するとの 表現にとど めた。香港 は米国・ヘ リテージ財 団の経 済 自由度ランキングで、19 年連続で世界一と評され、低税率がその競 争力の要の一つであり、福祉の拡大には財界の反発が強い。しかし、
好 景気の中で 政府が財政 黒字を積み 上げた一方 、貧困者の 生活苦 が 問 題になって いる現状に 対し、民意 や立法会議 員の圧力は 強まっ て いる。2013 年 3 月末、港湾労働者が待遇改善を求めて大規模なスト ラ イキを起こ した際は、 多くの学生 が労働者を 支援し、数 週間の ス トライキに市民が400 万 HK$を超える寄付を寄せた。2013 年度財政 予 算案の審議 には、民主 派の一部が 全市民を対 象とした年 金制度 の 導入や、全市民への現金 10,000HK$の給付などを求めて大量の修正 案 を提出し、 審議を長引 かせて政府 に圧力をか けようとし ている 。 民 主化の進展 は市民の意 識を変えつ つあり、政 府は伝統的 な自由 主 義 経済政策と 市民の利益 の間で、難 しいバラン スをとるこ とを求 め られる。
3 政治:普通選挙の実現
政治の面では、現政権には香港の30 年来の課題である民主化の完 成 、即ち行政 長官普通選 挙と、立法 会議員全面 普通選挙の 実現が 求 められている。
政治体制改 革の手続き は、まず選 挙制度の改 正の可否を 行政長 官
が 全人代常務 委に諮り、 全人代常務 委が可とし た場合、香 港政府 が 原 案を作成し 、それを立 法会が3分 の2の賛成 で可決し、 行政長 官 が その案に同 意を与え、 全人代常務 委がそれを 批准(行政 長官選 挙 に ついて)ま たは記録に 残す(立法 会議員選挙 について) という 手 続 きが規定さ れているが 、実際の制 度運用は、 一言で言え ば、香 港 政 府が中央政 府と協議し つつ原案を 作成して立 法会にかけ る形を と る 。したがっ て、北京の 意を受けて 香港政府が 作る案を、 立法会 が 呑むかどうかが焦点である。先述の通り、民主派は立法会で70 議席 中27 議席を持っており、少なくとも民主派から 3 名以上が政府案に 同意しないと、改革案は可決されない。
2010 年、民主党などの民主派の一部は 2012 年の行政長官・立法会 議 員選挙の方 法について 政府と交渉 し、一部修 正で妥協し て政府 案 に賛成し改革が成立した23。しかし、政府との妥協の可否をめぐって 民主派は分裂・対立し、新制度での2012 年立法会議員選挙では、特 に 政府と妥協 した民主党 が大敗した 。次の改革 は最終目標 である 普 通 選挙の方法 決定であり 、民主派は これを最後 のチャンス と位置 づ け、前回よりも強硬な姿勢をとることで一致している。2013 年 1 月 以 来、香港大 学の法学者 である戴耀 廷は、真の 普通選挙を 求める た めの「セントラルを占拠せよ(佔領中環)」と称する運動を計画して い る。戴耀廷 らは、香港 の普通選挙 が、国際社 会の認める 普通か つ 平 等 な 選 挙 の 要 件 で あ る 、 全 市 民 が 平 等 な 票 数 ・ 一 票 の 価 値 を 持 ち 、市民の政 治参加が不 合理な制限 を受けない 権利を認め るもの で あるべきと主張し24、それが認められなければ1 万人規模の市民を動
23 その間の経緯については拙著「香港民主化問題・中央政府と民主派の選択」『金沢法 学』第53 巻第 2 号(2011 年 3 月)、73~95 ページを参照されたい。
24 戴耀廷らによる「佔領中環」運動理念書(「『讓愛與和平佔領中環』運動」『明報』(香 港)、2013 年 3 月 28 日、第 A04 版に掲載)。
員 して香港中 心部のセン トラル地区 の主要道路 などで座り 込み抗 議 を行うとしている。この運動は民主派主流の賛同を得ている。
道路占拠と いう香港と しては過激 な違法行為 に対し、中 央政府 は 警戒を強めている。2013 年 3 月 24 日、香港民主化問題を長年担当し て きた喬暁陽 全人代法律 委員会主任 委員が深圳で親政府派立法会議 員を集めて講話を行い、「愛国愛港」で「中央政府と対抗しない人物」
の みが行政長 官になれる ことが中央 政府のボト ムラインで あり、 こ の 前提が香港 社会の大多 数の合意を 得られない 限り、選挙 方法の 諮 問すら行うべきでないなどと述べた25。政権に敵対的な人物の立候補 を 不可能にす べきとの主 張であり、 民主派の要 求を正面か ら否定 す る内容と言える。2017 年行政長官普通選挙に向けた中央政府と民主 派 の合意は極 めて難しい 。改革が挫 折した場合 、選挙制度 は現状 維 持 となり、普 通選挙の実 現が先送り されるが、 この場合は 民主派 と 政 府の関係は さらに緊張 し、政府の 威信と正統 性が損ねら れ、統 治 はさらに困難となるであろう。
五 おわりに
中港融合と 民主化の進 展という流 動的な情勢 の下、前政 権の政 治
・ 経済政策が 効果を失い 、問題を生 じている中 で、新指導 層が直 面 す るのは、中 港融合の調 整・福祉の 拡大・民主 化の完成と いう、 香 港の過去の歴史にない難題であり、5 年間の梁振英行政長官の統治は 波乱に満ちた展開になると予想される。
統治者にと って難しい のは、こう した問題の 発生を想定 せずに 設
25 講話全文は中連弁ウェブサイトに掲載、中 央 人 民 政 府 駐 香 港 特 別 行 政 區 聯 絡 辦 公 室 (中連弁)「喬 曉 陽 在 香 港 立 法 會 部 分 議 員 座 談 會 上 的 講 話 」2013 年 3 月 27 日 、 http://www.locpg.hk/big5/shouyexinwen/201303/t20130327_7136.asp。
計 された「一 国二制度」 というシス テムの限界 の中で、こ れらの 難
計 された「一 国二制度」 というシス テムの限界 の中で、こ れらの 難