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5.商店経営者家庭における台湾人青年の命運

在文檔中 NHU Citation System. (頁 21-25)

5.1 青年知識人と商店跡継ぎをめぐる対比

作者が主に商店経営の家庭をめぐる人物設定には、近代的な資本主義的 価値観がもたらす人間性の腐敗、伝統的道徳観の衰退、封建的世襲制度の問 題など様々な社会批判が含まれている。「山茶花」には、商店経営が「ぼろい 儲け」、「大きな財産を拵(え)」をもたらすことで、わざわざ学校で「子供達 に勉強させる」42ことを無意味とする商人の価値観が批判的に示されている が、作者のその人間批判は商店経営の家庭の衰退、滅亡の様相にまで及ぶ。

しかしその子供の時代になると、庄よりも都会の方が美しく、そして女 なぞはあかぬけて、一目みたゞけでも自分の脳裡には一大文化的な飛躍 をかんじざるを得ないのである。金持とは云ふけれども、三代逆のぼれ

42同注 11、p.165。

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ば百姓と云ふ言葉はこゝでは通じないのである。せいぜい一代や二代で 店が衰へてしまふのが普通である。43

これは「山茶花」における賢の父親楊徳義を通じて示された作者自身の 見解である。実際、リスト②に挙げた主要人物、即ち父親の商店経営を継承 するか、継承すると予想される主要人物の多くは長男や一人息子の設定とな り、どれもが道徳観や勤勉性、生活力などを欠如から家庭経済の衰退や破滅 をもたらす人物となっている。また、小学校か中学校の教育程度を有するの みで、他に生活の手段を持たない彼らには店の後継者としての道しか選択肢 がない。だが、それら家庭が小、中の資産家であり、ある程度の生活の保証 や世襲制の恩恵があることで、勤勉さや勤労さの欠如を招き、人間性の堕落 を促す結果へと繋がり、最後は中国語で言う「敗家子」たる人物となるのが 殆どである。

この種類の人物の登場は既に処女作「落蕾」に見られ、地方社会におけ る雑貨店の跡継ぎ息子の設定となる。また、この「落蕾」は青年知識人(高 学歴を取得中の明仲を指す)を描いた最初の作品でもある。作品には無産階 級たる「貧乏」44家庭出身の青年義山が登場し、大学留学中である明仲と同 じく高学歴取得を志した人物として描かれている。ただし、明仲の如く資産 階級出身ではなく、家に学費援助の余力のない無産階級であるため、生活費 や学費を自力で捻出しなければならない設定である。日本留学の先輩たる明 仲が義山に与えた忠告は、「本当に生活の切羽詰りに繰り返し何遍も直面する 事が、ほんたうの人生を凝視める最高の教訓だ」45とある如く、資産階級と 無産階級の区別なく、自身が社会で生き抜けるだけの生活力を得ることの重 要性であるとあるが、それは明仲が将来的な実家の没落と無産階級となるこ とを認知していたからである。ここで明仲と対立する人物として設けられた 人物が同じ年代の青年「大雜貨店のK」である。この人物は、物語では実家

43同注 11、p.165。

44同注 7、p.29。

45同注 7、p.10。

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が「金持ち」46側の人物となり、財産と地位を以って義山の恋人秀英を奪っ た(秀英の家庭は借金を抱え、「大雜貨店のK」との婚約を承諾せざるを得な かった)人物であり、本作品では「勉強嫌い」という反面性のみが示され、

青年知識人である明仲とは対比され、かつ対立した関係となっている。即ち

「落蕾」は作者の処女作でありながら、同じ資産家出身の異なった二種類の 青年が登場し、いっぽうが知識人、もういっぽうが商店後継者といった違っ た人生を歩む人物設定が為された最初の作品なのである。そしてこの作品を 皮切りに後の作者の小説には、知識人たる明仲と商店経営者たる「大雜貨店 のK」をめぐる二種類の青年人物が繰り返し登場する。説明するまでもなく、

明仲の延長にあたる人物がリスト①の多くであり、「大雜貨店のK」の延長が リスト②における人物の大半である。

5.2 二種類の青年像をめぐる将来的展望

リスト①に示された青年知識人が主に商人の家庭出身であることは前述 したが、それら人物が知識人としての将来を選んだ動機には、リスト②にあ るような出生や成長の環境(商人の家庭出身でありかつ一人息子や長男とし ての身分である)を同じくする人物が封建制度の世襲制度に従い、稼業たる 商売を引き継いだように、自分自身も同じ運命を受け入れるべく状況が予想 されたからであったと思われる。即ち、作者の描いた青年知識人が高学歴取 得を目論んだ動機たるものは、俗世間がみなす立身出世や地位や名声の確立 よりも、何より非人道的で拝金主義的になりがちな商人的な人生からの脱却 を第一義とする欲求であったと仮定されるのである。

リスト②に属する主要人物は、ほとんどが商店経営の後継者としての人 生を歩んだ(或いは歩むと予想される)人物に属し、結果として彼らを待つ のは「山茶花」賢の父親が示した「子供の時代になると……店が衰へてしま

46以下は唯一この「大雜貨店 K」に対する形容が示された箇所を引用したものであり、ヒロイン秀吉が借金 を抱えた家庭事情により「大雜貨店の息子 K」との縁談を両親から強要された際に発した一言である。「あ の大雜貨店の息子 K ときたら、かへつて妾の方が上だわ。勉強のきらいな K と、……ああゟ……妾どうし たら好いでせう。」(「落蕾」、同注 7、p.17)

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いは後継者となった青年像の堕落した姿には、人格陶冶を怠り実利重視を重 視した商人の因果応報、即ち血縁関係を通じた消滅の様相が示されている。

いっぽう、商店経営者としての生き方を否定したリスト①の青年知識人 は主に商店経営の家庭に生まれながらも、リスト②の人物とは別の道を歩む かたちとなる。リスト①の人物像は「社會の地位を得るための學問」という 商人の持つ価値観への否定と反動もあり、世俗的、功利主義的な耂えを排他 し、己の人格陶冶と人道主義的な生き方を貫く傾向を有する。日本留学に出 発した「山茶花」賢が田舎での生き方に賛同したこと、そして大学卒業生た る「父の要求」阿義、「地方生活」澤、「土の匂ひ」輝清などが、本来的に知 識人が活躍すべき場である近代化の整った「都会」よりも封建伝統が残され た「田舎」を生活基盤に選んだのも、己の性格や思想性の中に近代化や資本 主義化を否定する要素を多分に孕んでいたこと、そして「田舎」が人道的価 値観の比較的尊重される適所適材の場であったからに他ならない。即ち、人 物像の倫理道徳や人道主義的な生き方が受け入れられる伝統的社会こそが彼 らに相応しい生活基盤確立の場であったと言えるのである。

以上、主に商店経営たる出身家庭を持つ二種類の青年人物に関して論じ たが、そこには地方社会に於ける資本家階級の家系存続問題が示されている のが明らかである。即ち、商店跡継ぎとなった青年は親の資産と世襲制度に 守られながらも堕落し破滅したのに対し、商人たる生き方を拒み知識人の道 を選んだ青年は最終的には一個人の力で生存を確保した人物となっているの である。50

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