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對於主要比喻表現的多義性及意義構造之認知意義論比較研究

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行政院國家科學委員會專題研究計畫 成果報告

對於主要比喻表現的多義性及意義構造之認知意義論比較

研究

計畫類別: 個別型計畫

計畫編號: NSC93-2411-H-002-088-

執行期間: 93 年 08 月 01 日至 94 年 07 月 31 日

執行單位: 國立臺灣大學日本語文學系

計畫主持人: 謝豐地正枝

報告類型: 精簡報告

處理方式: 本計畫可公開查詢

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国家科学委員会に対する報告論文

民国九十三年度専題研究計画奨励受賞

主な比喩表現の多義性及び比喩の意味構造に対する

認知意味論的比較研究

謝豊地 正枝 国立台湾大学・日本語日本文学系教授

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1.0 論文の目的及び研究の手順 本論文のテーマは「主な比喩表現の支える多義性及び比喩の意味構造に対する認知意味論的 比較研究」である。また、論文の目的は、1980年代に始まった認知言語学の諸理論によっ て、それぞれの比喩表現の意味構造を解析して、それらの比喩表現が表示する多義性と意味的 な転用・転換・派生の過程及び意味概念の種類を明らかにすることを目的としている。日本語 における比喩表現に対して、従来の統語論的な観点からその文法的な価値を検討するというよ りは、新しい認知言語学及び認知心理学の諸理論に基づいた研究分析・解析方法を用いて、以 下の三点について明らかにすることにある。 第一に、日本語における提喩(シネクドキ)、直喩(シミリ)、隠喩(メタファー)、換喩(メ トニミー)、共感覚比喩、などの比喩表現を研究対象に選び、それぞれの比喩による表現の形 成過程及び意味構造における差異を比較分析して研究する。共感覚比喩表現に関しては、味覚 形容詞である「甘い」「辛い」などを中心に、それぞれの語によって表示される多義性及び意 味的転用・転換・派生のプロセスを解明して比較研究する。 第二に、それらの比喩の形成過程及び意味構造形成過程において、 古典的な意味論に基づ いた比較理論や緊張理論や相互作用理論、などに加えて、新しい認知意味論的な諸説とが、そ れぞれどのように係わっているかという係りあい方の相違点、及び、それらの諸理論・諸説間 に存在する差異と問題点について分析して明らかにする。 第三に、考察を更に一歩進めて、「比喩の良否」に関して、聞き手の直感に任せて個人的な 好みによって判断して貰うのではなく、科学的に測定するために、主な測定法及び「パス解析」 方法に基づいた分析方法を用いて、「比喩の良否」に対する査定を試みる。結果として、比喩 表現のよさを測定する方法として、「パス解析」法が妥当であるか、どうかについて、前述の それぞれの主な比喩表現に属する「表現」を含む構文を選んで実際的に「パス解析」法を用い て実験・考察した上で、結論として私見を述べる。 先行研究としては、国内外における比喩に関する研究に関しては、英語教育においては主に 「隠喩」の研究が主流をなしている。日本語教育においては、直喩及び隠喩の研究はかなりな されているが、提喩、換喩、共感覚比喩に関する研究は少ない。特に、共感覚比喩に対する研 究は、英語に日本語両教育界共に、まだ開始されたばかりの未知の研究分野であり、現段階で は、英語の論文が一遍、日本語の論文が申請者のものを含めて三篇発表されているのみであ

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る。したがって、この研究は意義がある。 2.0 メトニミー及びシネクドキによる比喩表現対する認知意味論的分析と考察 2.1 メトニミー及びシネクドキに係わる諸理論に対する考察 まず、カテゴリ的意味の包摂関係によるシネクドキの形成について考察する。比喩表現の主 なものには、シミリ(直喩)、メタファー(隠喩)、メトニミー(換喩)、シネクドキ(提喩) などがある。それらの表現の差異を文例によって【表 1】に示す。 【表 1】 主な比喩表現法による文表現の差異 比喩表現法 文表現 直喩 (1)彼女は牡丹の花のようだ。 メタファー (2)彼女は牡丹の花だ。 メトニミー (3)牡丹の花模様のだらりの帯が歩いて来る。 シネクドキ (4)中国画の花の図案は牡丹の花(の図案)がいい。 において、(4)文はシネクドキ表現で、「中国画による花の図案の中では、牡丹の花(の図案) が最も美しい」という意味を表現している。「中国画の花の図案」が「全体」を表現して、「牡 丹の花(の図案)」がその「一部分」を表現している意味関係にあるからである。この場合、 「中国画の花の図案」と「牡丹の花(の図案)」とが形成する意味関係は「包摂関係」に基づ いている。これに対して、(3)文における「(牡丹の花模様のある)だらりの帯」とはメトニ ミー表現で、それを所有して着ている舞妓を指していて、「(着物を着てだらりの帯を締めた) 舞妓」が「全体」の意味を成しており、「(牡丹の花模様のある)だらりの帯」はその舞妓全体 の「一部分」である。したがって、「部分」によって「全体」を指すメトニミーを形成してい る。この場合の「部分―全体」が形成する意味的な関係は「包含関係」である。 シネクドキに対するヤコーブソン説の見解には、柔軟性が見出せる。例えば、比喩を形成す る二項が「全体―部分」の意味関係を示す際に、ある状況下においては、それら二項の関係が 「メトニミーとシネクドキの境界線上にある」と指摘する。そして、ある文脈において用いら れた比喩的表現がメトニミーであるか、シネクドキであるかに関しては、言語主体の指示対象 に対する「視点の差異」に関係しており、それぞれの状況によって異なる解釈法が存在すると

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みなす。そして、ある比喩表現がメトニミーかシネクドキかのどちらであるかを判断するのに 決定的な根拠として、ある言語主体によって「象徴的」に用いられた二項間の意味関係によっ て表示される時間的配列が、「転位的な概念を示すメトニミーな隣接性」に基づいているのか、 或いは、「圧縮的な概念を示すシネクドキ的な隣接性」に基づいているのか、若しくは、単に 「同一化」・「象徴化」に基づいているのかに係わっていると指摘する。1 また、レイコフ説ではシネクドキは「死喩」であり、メトニミーの一種であるとみなす。2 ーパー説では、シネクドキはメタファーとして生き残りながら死喩になっていくものもあり、 慣用句へと変化して生き延びるものも存在すると主張する。3 日本においては、シネクドキは メトニミーの一種であるとの見方が強く、中村明説ではシネクドキをメトニミーから離すのは 容易ではないとの見解を示す。4 メタファー、メトニミー、シネクドキの三種類の比喩表現を 「認識の三角形」図を用いて示し、更にそれぞれの比喩表現に対応する意味関係を「意味関係 の三角形」として比較表示したのは、瀬戸説である。5 【図 1】 「認識の三角形」図及びそれに対応する「意味関係の三角形」図 メタファー 類似関係 シネクドキ メトニミー 包摂関係 隣接関係 意味世界 現実世界 意味世界 現実世界 一方、楠見説はそれらの比喩表現に対応する意味関係を、比喩の処理過程に関する実験結果 に基づいて、【表 2】のように分類する。楠見説は直喩・隠喩処理には、スクリプト的意味が 加わることがあることを発見し、「その場合には、メトニミー処理過程と共通性をもつことに なる」点を指摘した。6 この解析に基づいて楠見説は、瀬戸説の「認識の三角形」による提 案に対して以下の三点の修正案を提示している。その三点とは、(1) 現実世界 、 意味世界 1 R.ヤコーブソン『一般言語学』1973 年、川本茂雄ら訳、みすず書房、p.210、p.221−p.222。 2 G. レイコフ・M.ジョンソン『レトリックと人生』1999 年(増補版)、池上嘉彦ら訳、紀伊国屋書店、p.91−p.108。 3 David Cooper Metaphor: Aristotelian Society Vol.5, 1986, Basil Blackwell,

Oxford, Great Britain, p.118―p.127.

4 中村明『比喩表現の理論と分類』1952 年、国立国語研究所、p.33。 5 瀬戸賢一『認識のレトリック』海鳴社、1997 年、p.194−p.201.

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に 情緒・感覚世界 を加えること、(2)それぞれの 世界 を表象した知識内の意味構造 として、「現実世界」に「スクリプト的意味」を、「意味世界」に「カテゴリ的意味」を、「情 緒・感覚世界」に「情緒・感覚的意味」を対応させること、(3)直喩・隠喩処理は三つの意 味世界と意味関係、すなわち、【多重意味構造】に依拠することを想定すること、の三点であ る。 【表 2】 楠見説によるシネクドキの分類法に対する理論的根拠表 比喩表現 比喩表現の基礎となる意味関係 シネクドキ カテゴリ的意味の包含関係に依拠 メトニミー スクリプト的意味の隣接関係に依拠 共感覚的比喩 情緒・感覚的意味の類似関係に依拠 直喩・隠喩 上記の三つの意味による三つの関係に依拠 関連して、楠見説はシネクドキが 意味世界 における推論に依拠している点を強調する。 そして、シネクドキには、「特殊化方向の推論(カテゴリ名で典型性の高い事例を示す:花→ 桜)と、それとは逆に、一般化方向の推論(典型事例でカテゴリを表す:パン→食物)が働い ている」という、二つの推論が関わっているとの見方を示す。そして、「花」と「桜」とがシ ネクドキ関係にある時は「一義性」であるとの条件を付加している。この点について、「直喩・ 隠喩における【主題―喩える語】間の一義性は、喚喩・提喩に比べると低い」と見なす。7 って、シネクドキは意味世界および情緒・感覚世界の二領域に深く関わり合っていること、一 義性が高いことなどをシネクドキの特性として指摘しているのである。 2. 2 比喩のシネクドキ基本説および「シネクドキ二種類説」に対する考察 グループμは、楠見説によるシネクドキ論には反対の立場に立って、シネクドキにはΠ型の ものと、Σ型のもの、の二種類があると主張する。本稿では、以下、グループμによるこの説 を「シネクドキ二種類説」と仮称して論旨を進める。 (5) 林さんは髪が長い。 において、Π型のものでは、メロニミー関係を示す「林さん=頭と胴体と腕と脚と顔と髪と・・・」 を分解する。命題である「Xは人間である」と「Xは頭を有する」と「Xは胴体を有する」と 7 楠見孝『前掲書』、p.186。 註解:

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「Xは腕を有する」・・・「林さんは髪を有する」等の諸命題の積との間に等価性がある。この ような分解法を『配分的(distributive)』とみなす原因は、全体の意味素が部分部分に不均 等に配分されているからである。分解法は配分的であり、知覚的に分解されている。8 以上の グループμによる「シネクドキ二種類説」の理論的な根拠に基づけば、上記の(5)文例、並 びに、下記の文例、 (6)あのバスは窓が大きい。 における「X」と「Y」とが形成する意味的な関係は、いずれの関係もΠ型のものである。 これに対して、木の概念を上位レベル(認知言語学的に言えば『基本レベル』)に位置する ものとみなして、下位レベルで互換性のある下位概念が位置しているとみなす分解法がある。 それぞれの木は個体であり、下位レベルのいずれかの種類の木に属している。木という「類」 の下では、それぞれの桜、松、杉などは排他的な型の分離、若しくは「和」を形成しているこ とが見いだされる。「xは木である」=「xは桜である」あるいは「xは松である」あるいは 「xは杉である」あるいは・・・という分解法を示す。この場合は、分解法は『属詞的 (attributive)』であり、概念・論理的に分解されている。 そして、木全体はそれぞれ排他 的な型の部分同士の論理的「和」で構成されている総体なので、Σ様式型のものと分類される。 この分解法によるΣ様式の『全体―部分』の意味関係は、類と種の関係であると同時に、概念 の外延的意味としての『全体―部分』を含む包含関係」を示すシネクドキの意味構造である。 これはメトニミーに還元できない。 以上の理論的な背景に基づくと、 (7) 花は桜がいい。 における「X(「花」)」と「Y(「桜」)」とが形成する意味関係は、シネクドキΣ型であると判 断できよう。「語」に対する「シネクドキ二種類説」による分解法に依拠すると、Π型に基づ けば、「外心的指示系列」に沿って「林さん→髪」を作ることができる。これに対して、Σ型 に基づけば「内心的意味系列」に沿って「花→桜」「桜→花」を作ることができる。この意味 は、グループμによる理論に依拠した場合、(5)文の「林さんは髪が長い」に対する分解方法 と、(7)の文の「花は桜がいい」に対する分解方法の相違は明白である。しかし、それぞれの 文に対する分解方法が異なる理論的な根拠については、グループμ説では明確に解説されては いない。 この分解方法の相違が発生した理論的な根拠について考察すると、(5)「林さんは髪が長い」 文と(7)「花は桜がいい」文との統語論に基づいた文法的な文構造にあるのではない。なぜ 註解: 註解:

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ならば、これら二文例の示すそれぞれの統語論的なレベルでの文構造を形成する品詞配列は 「X+Y+形容詞」であり、全く同一であるからである。分解方法の差異が生じた根拠は、そ れぞれの文例に対応する意味構造の相違にあるものと考える外、他に適格な根拠となる文保的 な要素が存在しないケースであろう。就中、これらの二構文を支えるそれぞれの意味構造は、 それぞれの文における主題の派生プロセスの相違にも直接的に関連しているものと考えられ るのである。 第一に、シネクドキ二種類説の主張するΠ型(解剖型)による分類方式、及び、Σ型(概念 型)による分類方式の差異に関して比較すると、【表 3】のように示すことができる。 【表 3】 シネクドキ(提喩)を構成する「解剖型」と「概念型」の分類法 Π型(解剖型)の分類方式 i.車:[車体、ヘッド・ライト、ハンドル、ブレーキ、シート、. . .] ii.木:[幹、根、枝、葉、...] Σ型(概念型)の分類方式 i.哺乳動物:[鯨、馬、犬、猫、...] ii.木:[松、杉、檜、桜、...] 次に、解剖型と概念型は二つの指示対象となる語彙間の意味関係が、「全体―部分」か「部 分―全体」か、いずれかのタイプを表すかによって、更に二つの類型に下位分類できる。それ をまとめて下に示す。この表に基づくと、【花―桜】の意味関係は、概念的Σ型の「特殊化」 という類型であることが分かる。 【表 4】 シネクドキ(提喩)の類型 [1] 解剖的Π型[一般化]:[例:校門→学校] [2] 解剖的Π型[特殊化]:[例:乱れ髪→女性] [3] 概念的Σ型[一般化]:[例:鉄砲→凶器] [4] 概念的Σ型[特殊化]:[例:花→桜]

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関連して、包摂関係に基づくΣ型のタイプについて考察すると、同一の「語」を、情況によ って、Π型に基づいてもΣ型に基づいても分解することが可能である。 この外に、Σ型のタ イプは分解操作をする際には、論理的「積」の方式をとることも「和」の方式をとることもで きる。しかし、包含関係を示す「Π型」のタイプはそのように二通りの分解操作ができない。 単に論理的「積」の方式をとることができるのみである点が見出される。加えて、シネクドキ とメトニミーとの相違は、実際的に比喩を運用する場合にシネクドキはメタファー的な表現と を兼ね合わせることが出来る点にも見出すことが出来る。例えば、 (8)黄金は鉄の下に崩れ落ちる。 というサン・タマン(Saint-Amant)の表現は、「鉄製の武器ではなく農具こそが黄金の価値が ある」という意味をシネクドキとして表現したものである。この表現には、「提喩(シネクドキ) の中に淡い隠喩(メタファー)的色あい」が見られる。9 このように二つの比喩が重ね合って一 つの比喩表現を具現化できることは、メトニミー表現にはあまり見出されず、シネクドキの特 性が表面化したものと考えられる。 しかし、グループμによる「シネクドキ二種類説」は、どのような理由によって「Π型」の タイプが、「Σ型」が示すような二通りの分解操作ができないという、操作レベルにおける相 違の発生に関する理論的な根拠を明らかにしてはいない。それ故、この相違がどんな根拠に基 づいて発生するかという原因について考えると、包摂関係を示すタキソノミーにおける上位レ ベルに位置する上位カテゴリの概念と下位カテゴリの概念との意味的な結びつき方と、包含関 係を示すパートノミーにおける上位・下位に位置する概念との結びつき方の相違に依拠してい るものと考えられる。すなわち、上位に位置する概念と下位に位置する概念は、包摂関係を示 す上・下階層を飛び越えて結びつくことができる。その意味は、どのレベルの上位カテゴリの 概念でも、どのレベルに位置する下位カテゴリの概念を包摂することができる上に、「逆も真 なり」の関係を示す。その条件下にある二つの概念の間に起こる「結合」は、位置する包摂を 示すレベルが異なってさえいれば、結びつき方に関してはなんらの制限を受けない。これは比 喩表現を形成する抽象的な意味概念同士の「包摂的な結合」であることに基づいているからで ある。 これに対して包含関係である「パートノミー」の関係にある二つの概念は、一方が直ぐ上位 レベルに位置しているか、或いは、直ぐしたの下位レベルに位置していなければ、結合するこ とができない場合も生ずる。下記の二文例はその結合法の相違を示す。

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(9) 松は植物の一つである。 (10)* 爪は腕の部分である。 において、(9)文中の「松」と「植物」という二概念が示すシネクドキ的結びつき方と、(10) 文中の「爪」と「腕」という二概念が示すメトニミー的な結びつき方とは、必ずしも一致しな い場合もある点を示す。二文中のそれぞれの二概念による結びつき方に見出される決定的な差 異は、シネクドキを形成する二項による結びつき方は意味世界におけるカテゴリ的な結びつき 方である点である。他方、メトニミーを形成する二項による結びつき方は、意味世界における カテゴリ的な結びつき方ではなく、実際の具体的な固物体を表す意味概念による結びつき方だ という点にあるものと考えられるのである。しかし、グループμによる理論によれば、上記の パートノミーに基づいた包含的な意味関係と意味構造に支えられたメトニミー的な比喩表現 も、シネクドキの一種と見なす立場をとるのである。 2.4 シネクドキのメトニミーからの分離・独立説に対する考察 佐藤信夫説は、本質的には、シネクドキとメタファー(隠喩)とは語句の意味的な類似性に 基づく比喩であるという点において共通であるとの観点に立つ。佐藤説の立場に立つならば、 メトニミーとは現実的な共存性に基づく比喩であるから、シネクドキとは根本的には対立せざ るを得ない。加えて、佐藤説は、「シネクドキ二種類説」は正しくないとみなす。そして、「シ ネクドキ二種類説」の根本的な間違いの原因は、Π型様式の分解法が意味的な側面を指すので はないにもかかわらず、グループμが「現実の木の分解」と「木の意味の分解」とを混同して いる点にあると指摘する。グループμによるΠ型様式は現実に存在する物体の構造の分解であ って、意味的な側面の分解ではないと佐藤説はみなす。そして、Π型様式における「全体―部 分」は現実的な物理的な測定では「大=小」、「含有=被含有」の関係を示すが、それぞれの個々 の部分は概念、若しくは、意味の上では対等である筈だと主張する。10 グループμはΠ型様式を形成している個々の部分と全体との関係は、「不均等」的に分割さ れていると見る。しかし、佐藤説は、Π型の分割法とは、意味的な面をふくまない実際の固物 体の分解であるにもかかわらず、グループμが意味的な側面を含むものと誤解しているのだと 指摘する。更に、意味の上では、Π型様式における「全体ー部分」とは「隣接して共存してい る」という点で「均等」の関係にあるものを、グループμが「それぞれの『部分』は不均等の 関係によって『全体』に結ばれている」との見解を示しているのは間違っていると正している。 10 佐藤信夫『レトリック感覚』1978 年、講談社学術文庫、p.183―p.192。 註解:

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「固体に対する実際的な分割法」をもとにしてそれをグループμは意味的な領域にまで無理に 拡張させていると指摘する。果たして佐藤説の批判は全て正しいのであろうか。 グループμの観点について、認知意味論的なプロトタイプ論に基づいて考察するならば、全 体の概念を構成するそれぞれの成員の中には、プロトタイプも周辺的な意味特徴を示す成員も 含まれているのであるから、その状態は「部分部分の意味素が不均等に配分されている」状態 に相当するとも見られないことはない。加えて、同じ言語主体によって一つの「語」が発話さ れても、その「語」の指示対象となる概念が変化すれば、その概念上の変化に伴って別の語義 を示すという多義構造を示す「異なる比喩表現への転換とそれを支える意味構造上の変化」が 見出だされる。多義的別義が複数に上ると仮定して、それぞれの個々の多義的概念が意味的な 連続体をなしている場合には、佐藤説の立脚している古典的な意味論の観点によって言語現象 の全てを説明することが可能であろうか。現段階では、グループμはプロトタイプ論に対する 独自の見解を明確にしていない故、グループμ説と佐藤説の対立に関する理論的な相違に対す る判定は今後の課題とも言うべき問題であろう。 語の概念について考えれば、その概念には外延と内包という二つの側面がある。外延とはΣ 様式の全体としての《桜》の概念が存在することであり、それに対して「桜」の内包は、ある 存在物を桜として認めるための「基準となるような性質、資格条件を集めたもの」であり、そ の集積が、π様式による全体としての《桜》という概念である。Σ的全体(外延)とπ的全体 (内包)は表裏一体の関係にあり、一方が決まってくれば、他方もそれにつれて決まってくる。 以上の立場に基づいて、佐藤説は下記の修正説を提案している。11 「シネクドキ二種類説」に対する佐藤説による修正案のまとめ Π型 外心的指示系列 それぞれの部分の理論的「積(プロデュイ)」によって構成さ れている総体 ∑型 内心的意味系列 それぞれの部分同士の理論的「和(ソム)」で構成されている総 体=外延的意味関係 π型 内心的意味系列 それぞれの意味素によって理論的「和(ソム)」で構成されて いる総体=全体という概念に含まれるべき属性の総体 =内延的意味関係 11 佐藤信夫『前掲書』、p.179―p.188。 註解:

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上記の佐藤説は、グループμの主張するシネクドキのΠ型はシネクドキの一種ではなくて、 メトニミーに分類されるべきだと結論づけている。そして、現実的な隣接性であるΠ型の「全 体―部分」に関する比喩は全てメトニミーであり、Σ型およびそれと表裏一体であるπ型の「全 体―部分」は、現実的な隣接性を伴わず「類と種」の関係であるからシネクドキであると指摘 している。佐藤説に従えば、「林さんは髪が長い」構文はメトニミーとして分類されるべきで、 「桜は花がいい」構文はシネクドキとして分類されるわけになり、本稿もこの観点に同意する。 関連して、シネクドキとメトニミー間の分類上の問題は、根本的には、「隣接性」について どのように定義し、解釈するかにある。しかし、隣接性がすべてのメトニミーを説明できるか どうかに対する懐疑論もないわけではない。従来の「隣接性」に対する定義に批判的な立場に ある芝原説は、【メトニミー関係の仮説】として、「メトニミー関係は、すべて、連結関係であ る。」という仮説を提案している。それによると、芝原説が基本的には「隣接性とは、連結関 係だ」と見なしている点が見出される。12 「芝原説による論証」のまとめ a. xとyはともにzと鋭く対立するという点で似ている。 b. xとyはともにzとしては扱えないという点で似ている。 c.xとyはともにzと違うという点で似ている。 芝原説は上記の論証によって、隣接性以外のメトニミー関係が隣接性に直接似たものにな ることを示した。芝原説に基づくと、隣接性以外のメトニミー関係が隣接性に似てくるのが明 らかになる。但し、芝原説はシネクドキの隣接性には触れてはいない点を指摘しておきたい。 例えば、「隣接性とは、連結関係だ」とみなしている芝原説の観点に基づけば、シネクドキは 「連結関係」に基づいて成立している意味関係であるということになる。それ故に、芝原説の 仮説に基づいて、シネクドキの意味構造を支える、「意味世界における意味的なカテゴリレベ ルにおいての結合による隣接性」、及び、「メトニミーの意味構造を支える現実の外界に存在す る物体を仲立ちとした結合による隣接性」との間に見出だされる【結合の質的な相違】に関し て説明するのは難しいと思われる。 2.5 メトニミー表現を支える「隣接制」に対する分析と考察 12 芝原宏治『錯誤の意味論』1995 年、海鳴社、p.110―p.115。 註解:

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メトニミーとは比喩の一種であり、ある一つのものをそれに関係した他のものによって表す 修辞法である。そして、「主意」と「媒体」という二つの比喩成分は、「隣接性」或いは「近接 性」もしくは「共存性」などの意味関係や、「時間的な関係」「因果関係」などの諸関係に基づ いてメトニミー表現をする。籾山論文によれば、メトニミーとは、二つの事物の外界における 隣接性、或いは、二つに事物・概念の思考内、概念上の関連性に基づいて、一方の事物・概念 を表す形式を用いて他方の事物・概念を表す比喩であると定義される。13 メトニミーを記号(sign)の類型の視点から考察すれば、「図標(icon)」であり、類縁性の ないものが「シンボル(symbol)」であり、「指標(index)」はそれらの中間に位置する。これ に基づくと、一般的な単語である「花」はシンボルの一種とみなすことができる。日常生活に おいては、「指標」はヒントになる。例えば、「煙」を「指標」として、「火」を、「忙しく散る 花びら」を「指標」として「桜」を推論することができるからである。 関連して、「XはYが+述語形容詞」構文を用いたメトニミーを左側に示して、それぞれの 構文中 におけるある文成分が「全体」の意味を、そして、別のある文成分が「部分」の意味関係を表 示しているのを、右側に併記する。 (11) 山村は屋根が眠っている。 【容器 ― 中身】 (12) だらりの帯は笑窪がかわいい。 【主 ― 従の共存性】 (13) 石川達三は内容が難しい。 【作者 ― 製品】 (14) 厚化粧は歌声が高い。 【主 ― 従の共存性】 (15) 白旗陣営は残兵が少ない。 【原因 ― 結果】 において、(11)の文の場合は、「山村」が「村人達」を喩えており、「山村」という場所を容 器と見立てている。そして、その山村で眠っている「村人達」を「中身」と見立てており、抽 象度が高い。(12)文中の「だらりの帯」は主体の舞妓に付着していて、聞き手に「主体」を 推論させるもの、若しくは、「だらりの帯」を主体に物理的に隣接している個体と見ることも 可能であろう。(13)文のもともとの文は、「石川達三が書いた本の内容が難しい」であるので、 「内容」が「本」を喩えており、主題である「石川達三」が「作者」を表示しており、それを 「容器」として見立てる。そして、「内容」が「本の内容」を喩えている。そして、「容器」で ある「作者」に対して、「製品」である「中身」と見立てて表現している。 13 籾山洋介「慣用句の体系的分類―隠喩・換喩・提喩に基づく慣用的意味の成立を中心に―」『名古屋大学国語国文

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また、(14)文中の厚化粧は、「厚化粧をした女性歌手」を喩えており、主体である「厚化粧 をした女」を「容器」として見立てた場合、「歌声」は「主体に従属しているもの」であると 見立てることが可能である。また、(15)文中の白旗陣営と「残兵」とが、「全体―部分」の関 係を示す。 上部のメトニミー表現においては、喩えるもの(主意)と喩えられるもの(媒体)の二つの 事物が、【全体―部分】を示す包含関係に基づいており、「隣接性」が見出される。このように、 メトニミーは、主に、主意と媒体とが物理的に結合するという結び方を示す。但し、籾山論文 が提起しているように、二つの概念の思考内や概念上の関連性にもメトニミー表現が乱される こともあるので注意を要する。これに対して、シネクドキは、タキソノミーにおいて上位レベ ルに位置する概念と、下位レベルに位置する概念とのカテゴリのレベルにおいて結合による 【隣接性】を示す。従って、シネクドキの示す【隣接性】とメトニミーが示す【隣接性】とは、 「結合のし方」質的に全く異なるという知見を得る。 メトニミーの意味関係における主意と媒体との意味的な関係について考察すれば、さまざま な組み合わせが存在していることが観察できよう。それらの主なものには、例えば、【容器― 中身】【材料―製品】【主体―手段】【主体―付属物】【作者―製品】【原因―結果】などがある。 これらのメトニミーによって示される主意と媒体の間に存在する意味関係における上下に加 えて、抽象性のより高いレベルと低いレベルを設定してそれらの意味的な相関関係を【図 2】 に図示する。14 【図 2】 メトニミーの種類の相関図 メトニミー 空間 時間 抽象 全体 入れ物 一般的隣接 出来事(w) 原因 特性 部分 中身 出来事(p) 結果 対象 14 瀬戸賢一「意味のレトリック」、巻下・瀬戸編「文化と発想とレトリック」、1997 年、研究社、p.123。

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2.6 シネクドキとメトニミーの比喩表現を支える意味構造に対する分析と考察 前項において、【全体―部分】の関係に対するシネクドキおよびメトニミーとの定義上の相 違に対して分析・考察した結果を踏まえて、下記の文例における「X」と「Y」とが形成する 意味的な関係を明らかにする。 (16) 花は桜がいい。 【再掲】 (17) 林さんは髪が短い。 【再掲】 (18) あの茶髪は背が高い。 (19) あの茶髪は感じが自然だ。 におけるそれぞれの文例中の「X」と「Y」とが形成する意味関係について、本稿の立場は次 の通りである。 【1】 (16)文例における「花」と「桜」とは外延的意味関係を示している「Σ型」であ り、「桜」を含むそれぞれの部分同士の論理的「和(ソム)」によって「花」という概念を構成 している。そして、「類」と「種」という意味的な包摂関係に基づいたシネクドキであると分 類する。 【2】 (17)文例における「林さん」と「髪」とは、外心的指示系列として、「髪」を含む それぞれの部分の論理的「積(プロデュイ)」によって「林さん」が構成されている。この意 味的な関係はグループμの指摘する 「Π型」のシネクドキに相当するが、本稿では「林さん」 と「髪」との関係がイメージおよび連想という意味世界に属していない概念同士の形成する意 味関係であることに基づいて、現段階では「全体」と「部分」という意味的な包含関係に基づ いたメトニミーであると解釈せざるを得ない。 【3】 (18)文例における「あの茶髪」と「背が高い(人)」とは、内包的意味関係を示す。 内心的意味系列としては、「茶髪」を含むそれぞれの意味素の論理的「和(ソム)」によって「背 が高い(人)」が総体として構成されている。「あの茶髪」と「背が高い(人)」とが形成する 意味的な関係は、佐藤信夫説による「π型」であり、発話状況および話し手の視点によって、 シネクドキともメトニミーとも判断できる両比喩表現の間の境界線上に位置するものと解釈 する。 【4】 (19)文例における「茶髪」と「感じ」との意味関係は、髪の「色」に焦点が置か れて、色という「類」に属する「茶(髪)」という意味で発話されている場合であればシネク ドキ表現である。これに対して、「茶髪」と「感じ」との意味関係が、髪の「スタイル」に焦 点が置かれていて、「スタイル」という「【類】を表す全体」に対して「茶髪によるスタイルの

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【一種】」である、という意味で発話されている場合は、シネクドキ表現であると判断できる よう。しかし、「感じ」という意味が「茶髪をしている人全体の感じ」を表現している場合に は、「茶髪」と「感じ」との意味関係は上記の【3】に準じた関係を形成しているという解釈 も成り立つ。このように、「全体―部分」を表現する意味関係によって支えられるメトニミー とシネクドキの間には、明確な境界線を引くことが難しく、本稿では、二者は連続している可 能性がある点を指摘しておきたい。 3.0 シネクドキ表現を表すイメージスキーマの試作 3.1 「X」と「Y」とが形成する意味関係に対する考察 まず、主な「XはYが+述語形容詞」構文を示し、それぞれの「構文」中の「Xは」と「Y が」とが形成する意味的な関係を併記する。 (20)花は桜がいい。【再掲】 【「全体と類」、或いは「集合とメンバー」】 (21)林さんは髪が長い。【再掲】 【全体と部分(固体)】 (22)日本は温泉が多い。 【所在地点と状態の特徴】 (23)A先生は本が少ない。 【所有者と所有物】 (24)伊藤さんは息子さんが賢い。 【主体と帰属者(親族)】 (25)加藤さんは性格が優しい。 【主体と属性(性格)】 (26)佐藤さんは頭がいい。 【主体と属性(能力―形容詞句が慣用的表現を示すもの)】 (27)テーブルは角が丸い。 【主体と属性(状態)】 (28)独り者は夜が寂しい。 【主体と心的状態】 (29)今日は風が強い。 【主体と属性(発話主体が知覚できるもの)】 (30)手術は後が痛い。 【原因・前提と結果】 において、「X」と「Y」とが示す「主体と属性」の関係にも、さまざまな種類のものがある ことが分かる。(20)文例以外の構文における「X」「Y」とは「全体―結果」で表される意味 関係にある。そして、この意味関係は「包摂関係」を示していることが見出される。 3.2 「花」と「桜」とが形成する包摂関係を表すイメージスキーマの試作 イメージとは、心的表象の一種であって、日常的な経験に基づいて形成される。我々人間は イメージを通して外の世界の対象を把握する。そして、抽象的な対象に直面した時には、状況

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に応じて既にもっているイメージを拡張させその拡張させたイメージを介して理解する。その ような創造的な理解には、少なくとも、(1)ある対象に対して具体的なイメージを作り上げて いくプロセス、(2)ある対象のイメージを他の対象に拡張していくプロセス、(3)ある対象の イメージを多角的な視点から組み替えていくプロセス、の三種の認知プロセスが関わっている。 我々は、このようにして形成されたイメージとこのイメージに関わる具体的な知識を背景にし て、イメージスキーマを作り上げている。15 スキーマに対する解釈にも異なるものがある。16 スキーマの構造体は我々人間の経験を組 織化する行為であり、動作・行為のパターンを示すのみならず、動作・行為を実際に行うため のパターンを示すものである。しかし、スキーマは視覚によって知覚できる領域に限られては いない。抽象的な領域においても充分活用できるものなのである。典型的なスキーマの構造体 は「意味的な部分と意味的な関係」によって形成される。それらの「部分」の属する主なもの には、「人々、仲間、行事、状態、原因、目標」などを含む。これに対して「関係」に属する ものには、「単純な関係、普通の関係、暫定的な連続しているものの一連の関係、部分―全体、 相対的な地点、動作主―被動作主、道具を仲立ちにした関係」などが含まれる。17 スキーマは人間の情報処理メカニズムの引導的な機能をもつ。18ラネカーのイメージスキー マ理論では、スキーマとは二つの概念をA、Bで表した場合に、AがBによって示される特定 的な要素と一致しているが細部の精密度にはそれほど対応していない時に、AとBとはスキー マを形成する関係にあると見る。そして、この場合のABの関係は、例えば、Aがタキソノミ ーの上位レベルに位置していて、Bが下位レベルに位置しているという意味的な関係と同価値 にあるものに相当するとみなす。19 イメージスキーマ理論では推移状態にあるものでもイメージスキーマによって表すことが できる。イメージスキーマの典型的な例としては、(1)<容器>のスキーマ、(2)<上・下> のスキーマ、(3)<前・後のスキーマ>、(4)<中心・周辺>スキーマなどがある。レイコフ の指摘によると、例えば、(3)のスキーマは我々人間の身体的特徴に基づいて「前後・ 左右 15 山梨正明『認知文法論』1995 年、ひつじ書房、p.95−p.96。

16 Mark Johnson The Body in Mind−The bodily basis of Meaning, Imagination, and Reason, 1987, Chicago

University Press, p.21.

17 Mark Johnson Ibid., 1987、 p、25―p.28.

18 D. Rumelhandt Notes on a Schema for Stories 1989, A.M.Collins, eds.

Representation and Understanding: Studies in Cognitive Science, New York Academic Press, p.211―p.236.

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の概念」が形成されていることに依拠している。20 また、「Xは YがZ」構文に対しては、 容器のスキーマと抽象的な空間領域への参与者(participant)の関係から一般的に規定され ているとみなされている。21 「花は桜がいい」構文中の「Xは」と「Yが」とは「集合―メンバー」或いは「全体―部分」 という意味関係を形成しているので、全体を<容器>と捉えて部分を<容器の内側にあるもの、 或いは容器の一部を成すもの>と捉えられる。或いは、クック説に従えば、「桜」は「花によ って表される概念領域への参与者」として捉えることができる。そうすれば、「花」と「桜」 によって形成される包摂関係のイメージスキーマを、「<容器>のスキーマ」として筆者が試 作したものを、【図 2】として示す。 【図 2】 「花」と「桜」による包摂関係のイメージスキーマ試作図 lm lm 「花」 tr 「桜」 【図 2】は、「花」は<集合>の概念を表していて、その概念によって支配される「意味領 域の範囲(「lm」)によって示される」の表示、及び、「桜(「tr」によって示される)」を 包摂している領域として機能していること、の二点を示している。また、【図 2】において、 「lm」はランドマークで「花」という「類」を表している。このランドマークは同時にイメー ジスキーマの「背景(地の概念)」を表現している。そして、大きい円によって囲まれている スペースは「花」の支配する意味領域を示す。大きい円は「花」の概念を<全体>を意味する として<容器>に見立てて描かれている。「花」の概念のカテゴリは抽象的な概念なので、領 20 G.レイコフ『前掲書』1999 年、p.360―p.365。

21 Haruko Cook Schematic Values of the Japanese Nominal Particles WA and GA in R.A.Geiger & B.Rudka −

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域は暗く描かれていない。(具象的な物体の場合は、意味領域は通常暗く描かれる。)円は「花」 の下位カテゴリを示すそれぞれ「桜、チューリップ、カトレア、バラ、水仙、・・・」などの 花の「種」のイメージである。円が連続しているのは種としての「集団を構成するメンバー」 としてのイメージを表す。右上に一つ離れている円は「tr」で表され、トラジェクターと呼ば れる。「tr」は、「前景(図の概念)」を意味表現している「桜」を表す。「桜」は<全体―部分 >という意味関係から、「最もいいもの」と評価されて選び出されているが、「地」を表現して いる「花」の類の外へは出ていない。【図 3】は、集団を構成するメンバー(例えば「桜」) が集団から一つ選ばれても、「花」との包摂関係に基づいて「花」の概念をイメージする<容 器>の外へは出ないで、「花」の概念との意味的な包摂関係を保っている状態を示しているの である。 3.3 「花」と「桜」によるシネクドキの形成における認知過程に対する考察 「花は桜がいい」における「花」と「桜」とは、それぞれの異なる二つの概念の間に存在す る包摂関係に基づいてシネクドキを形成する。そして、その意味構造はΣ型およびπ型の概念 を合わせた総体である。「花は桜だ」というシネクドキ表現の形成における認知プロセスに関 して考察すると、「花」と「桜」とが文を成立させて「花は桜だ」と表現する時には、第一に、 選択制限の違反の認定が重要な役割をもつ。選択制限の違反の有無は、「花は桜だ」がシネク ドキ表現として成り立つ条件の一つであるため重要なのである。その選択制限の違反について 認定するためには、まず、「花」の基本的な意味的な内容を特徴づける部分を中核概念として 抽出する。中核概念とは「花」を生物学的に特徴づける意味特徴の束の部分である。これに対 して、「花」の指示対象でありシネクドキの媒体と成る「桜」を随伴的に特徴づける意味的な 構成素はプロトタイプである。 認知プロセスにおける第一ステップとしては、「花」の中核概念と、プロトタイプとして 「桜」を特徴づける構成素とを区別することである。「桜」のプロトタイプは顕現特性のスキ ーマとして表すことができる。顕現特性とは、「桜」の表す概念のプロトタイプ的に特徴づけ る部分を指す。第二ステップとして、「桜」の概念を表す意味特徴を「花」の中核概念に照ら し合わせる。「花」の概念を表す中核概念の中で、「桜」の概念を表す意味特徴として含まれて いないもの、すなわち、「『花』としての選択制限に違反している」意味特徴としては、<草花 >である。この意味特徴は「桜」の概念を示すプロトタイプとしては合格しない。この点にお いて選択制限の違反が認められる。また、「媒体」である「桜」の概念を支える顕現特性の部

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分は、文化・社会的な背景によっても左右されることも、比喩表現における「媒体」としての 意味的な特徴を形成する。22 以上述べた「花」と「桜」の概念を形成するプロトタイプの抽 出プロセスを【表 5】に示す。23 【表 5】に基づいて中核概念を抽出すると、<生物><植物><花>である。中核概念と 顕現特性(プロトタイプを形成する意味特徴)を表す意味的構成素とを組み合わせてプロトタ イプとして認定する。「花」のプロトタイプとしては、籾山論文によって<人目を引く><植 物が咲かせる><美しいもの>が提案されている。24 これらのプロトタイプは、「花」の中核 概念である<生物><植物><花>を既に含んでいる関係上、本稿では籾山論文の提案による プロトタイプを「花」の概念を表すプロトタイプとして用いる。 【表 5】の示す内容について説明すると、A部のレベルにおいては「花は」・「桜だ」とい う語句の間にある選択制限の違反の存在を認定する。B部のレベルではプロトタイプの抽出過 程における意味特徴の表示、プロトタイプの選択と認定などが操作される。加えて、「桜」の 顕現特性の「花は」への転写による「花」の概念体系を再構成が操作される。「再解釈」のプ ロセスとしては、顕現特性の「花は」への転写による「花」の概念体系を再構成することを介 しての「花は」に関する再解釈の過程、として捉えられる。また、再解釈とは、「花」に関す る新たな視点を洞察し発見して導入するプロセスである。「桜」の概念を構成するプロトタイ プとしては、籾山論文による「花」のプロトタイプ、及び、筆者によるアンケート調査から得 られた結果によって抽出された、前記の「花」の意味特徴に基づいた。「桜」の意味特徴とし ては、「<植物が咲かせる><人目をひく美しいもの><通常春咲きの><香の無い><散り 方が派手で><日本を代表する典型的なもの>などを、表に記述した。 尚、シネクドキ表現 の主題部分である「花は」をAとして、述部である「桜」をBとした場合、シネクドキの形成 プロセスに対する規定には、中核概念を顕現特性のスキーマとして表現できる上に、ある種類 (A)に属するもの(B)の関係は、「Aの概念がBの概念を包摂している」点が含まれる。25

22 J.I.Saeed Semantics Cambridge, MA: Blackwell Publishers, 1997

E.Kittay Metaphor―It’s Cognitive Force and Linguistic Structure, Oxford,England: Clarendon Press,1987. E.R.MacCormac: A Cognitive Theory of Metaphor Cambridge,MA: The MIT Press, 1985

23 この図は、山梨正明『比喩と理解』1998 年 東京大学出版会 によるフォーマットに基づいて筆者が作成したもの である。 24 籾山洋介「多義語の複数の意味を統括するモデルと比喩」認知言語学フォーラム用のハンドアウト資料」1998 年、 東京大学、p.4。 25 山梨正明『比喩と理解』1998 年 東京大学出版会 p.22

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「花は桜がいい」構文中の「花」と「桜」とは<集合―メンバー>という意味関係を形成し ているので、<集合>を<容器>と捉えて、<メンバー>を<容器の内側にあるもの、或いは 容器の一部を形成するもの>と捉えることができる。或いは、クック説の指摘に従えば、「桜」 は「花によって表される概念領域への参与者」として捉えられる。どちらの説に基づくとして も、「全体」を<容器>に見立てることには変わらない。従って、「花は桜がいい」構文のイメ ージスキーマは「<容器>のスキーマ」として表すことが可能である。

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次に、「花は」は<集合>の概念を表していて、その概念によって支配される意味領域の範 囲を示しており、「桜が」を包含している領域として機能していることが分かる。既に「Xは YがZ」構文中の主題「Xは」は「背景」を示し、「Yは」は「前景」を示すことは明らかに されているのでその概念も組み入れる。また、述語形容詞の「いい」が表す概念は、ここでは 多義性に立ち入らずに「花という類に属している花の内では、桜が最もきれいだ」という意味 を示すものとする。 3.4 「花」「桜」が形成するシネクドキ及び「桜」「雪」が形成するメタファーと の係わり合い方と推論のメカニズムに対する考察 「花」と「桜」によるシネクドキと「桜」と「雪」によるメタファーとの係わり合い方には、 シネクドキからメタファーへの移行が発生しているために、推論のプロセスが係わっている。 その形成過程について認知意味論的な見地に基づいて考察した結果、形成の各段階における推 論を伴った移行のプロセスを、【表 6】に示す。 【表 6】 「花」「桜」から「桜吹雪」の概念形成への変化過程 (1)経験に基づいた知識として既に蓄積されているもの: a.<白い>は<雪>の意味的内部構造に内包されている意味単位。 b.<吹雪>の意味的内部構造の意味素は、<雪><白い><降る> <冷たい><寒い><強風><継続的><冬>などの意味単位。 (2)「白い花びら群が忙しく散るコト」 ↓ 【プロセス1】(情景の視覚的認知) 白い花びら ↓ 【プロセス2】(種から類への【提喩】のプロセス 白いもの =一般化、意味的に見た外延的方向) ↓ 【プロセス3】(種から類への【提喩】のプロセス=特殊化、意味的内包的方向) 雪 ↓ 【プロセス 4】([<雪><雲>等の白いものから<振る><固体>の意味的制 限によって<雪>を選択] 白い花びら群が忙しく散る情景 ↓ 【プロセス 5】(継続的な視覚的認知行為によって吹雪を連想) 吹雪 ↓ 【プロセス 6】(「吹雪」と「白い桜の花びら群が忙しく散る有様」間に類似性 を見出して、関連性により「桜が忙しく散る有様は吹雪のよう

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↓ だ」とする【直喩】関係を設定。 桜吹雪 【プロセス 7】 (上記の【直喩】を「桜吹雪」と名詞化させれば【隠喩】表現へ と変化することになる) シネクドキからメタファーへの移行プロセスは、第一に、種から類への概念的Σ型の「シネ クドキ(提喩)」のプロセスによって、【白い桜の花びら→白いもの】への一般化のプロセスを 経る。次に、類から種への概念的Σ型の「シネクドキ(提喩)」のプロセスによって【白いも の→雪】の特殊化のプロセスを経る。以上、「シネクドキ(提喩)」のプロセスを踏まえて、【桜 (の花びら群が忙しく散る有様)―雪(吹雪)】の「メタファー(隠喩)」との関係がどのよう に「シネクドキ」のプロセスと係わり合いがあるかを図式化して示した。 「花吹雪」の場合は、「花」と「桜」との間にも、既に前述のように提喩関係が存在するの で、「桜吹雪」の多重的意味構造の形成プロセスに、「花」と「桜」の隠喩形成のプロセスも加 えなければならないことにより、「桜吹雪」の意味構造形成プロセスより複雑化する。山梨説 では、構成語と指示対象を結び付ける関係を「シネクドキ(提喩)・リンク」と呼び、そのリ ンクを支えている全ての意義素は意味記憶内に貯えられていて、シネクドキの生成・理解の自 動化、慣用化を支えているとみなす。その意味は、我々にはシネクドキ・リンクに加えて概念 を結びつける「連想リンク」があり、我々がシネクドキを形成することが出来る二項の組み合 わせに出会った時に、その組み合わせは意味記憶内に貯えられるものと考えられるのである。 上記の分類に基づくと、上記のメタファー表現は多重意味構造によって構成されていること が分かる。そして、「花」と「桜」の概念が形成する包摂的意味関係に基づいたシネクドキの 意味構造、及び、それを基にして形成するメタファーの形成プロセスについては、人間の認識 や知識、それらに係わる連想や推論、上位―下位関係や典型性を含む概念領域内の垂直的結合 によって構成されるカテゴリ的意味の包含関係、などによって形成するシネクドキの意味的構 造の中心を成す包摂関係は、現実世界に依拠しているのではなく人間の抽象的な意味領域に依 拠しているという知見を得る。 以上、メトニミー及びシネクドキに対する異なる分類法を提起し主張する様々な理論及びその背 景と主張の根拠に関して分析・考察した結果、本稿は佐藤説・楠見説による分類法に同意して、同 様の立場に立つことを明確にする。そして、その観点に基づいて、本稿において認知意味論の視点 からシネクドキを表現する文例のイメージスキーマを試作して図示した。 また、「花は桜だ」とい

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を形成してメタファー表現として派生する変化過程を、前述の佐藤説・楠見説及び認知意味論的な 見地に基づいて分析・考察した結果、その変化過程を表として示した。結論として、シネクドキと メトニミーとが、或いは、シネクドキとメタファーとが、全ての意味関係ではないかも知れないと しても、意味的に連続している可能性があるものも見出せた点を指摘しておきたい。 4.0 共感覚的比喩表現を支える意味構造に対する分析と考察 この章では、味覚形容詞「甘い」「辛い」の表示する多義性を中心に分析し、「甘い」「辛い」 の表す「基本義」からそれぞれの多義的別義を生じせしめる意味的拡張・転用に基づいた意味 変換のプロセスを明らかにする。共感覚的比喩表現とは多義性の一種であるという視点に立っ て、基本義と多義的別義の間に存在する意味関係が如何に多義的別義の意味的拡張・転用に係 わっているかという点、及び、基本義とそれぞれの多義的別義の間に存在する意味的な相互関 連性を指摘して、共感覚的比喩表現の意味構造のメカニズムを解明する糸口を考察することに ある。研究方法は主に認知意味論の理論に基づいて分析・考察を行う。尚、本稿における文例 は筆者による作例である。 共感覚的比喩表現に関する先行研究としては、1976 年にウィリアムス(Williams)による「共 感覚的比喩表現を表す形容詞―意味的な変化に対する規則の可能性―」というテーマの論文が 発表された。26 この論文によって、共感覚比喩表現に対する研究の指針が示された。日本語の 分野における先行研究としては、国廣、山田、森、小森、楠見、山梨などによる優れた研究が あるが、今日までに発表された論文の数は多くはない。27 就中、味覚形容詞の意味的な拡張 を中心に分析されたものは非常に少ない。そのため、この論文のテーマである味覚形容詞「甘 い」「辛い」の表すそれぞれの多義性が、「甘い」「辛い」の基本義からどのように意味的に拡 張されているかについて分析した上で、その拡張のメカニズムを明らかにすることは、共感覚 的比喩表現を支える意味構造がどのような仕組みになっているかを解明する糸口となる可能 性があろう。

26 Williams, Joseph M. “Synaesthetic adjectives: a possible law of cemantic change,” LANGUAGE: 52:2, 1976,

p.461―p.477. 27 山梨正明『比喩と理解』(認知科学選書 17)、東京大学出版会、1988。山田仁子「―言語は感覚の内視鏡―共感覚 に基づいた形容表現の分析」『HYPERION』 40、徳島大学英語英文学会、1993。 小森道彦「共感覚表現のなかの喚喩性」『大阪樟蔭女子大学英米文学会誌』29−3。国廣哲彌「五感を表す語彙―共感 覚的比喩体系」『月間言語』18−11、大修館書店、1995。森貞「共感覚的比喩に関する一考察」『福井工業専門学校 紀要・自然科学工学』29、福井工業専門学校、1995。楠見孝『比喩の処理過程と意味構造』、風間書房、1995。など。

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4.1 共感覚比喩の示す特殊性に対する考察 言語学において用いる「共感覚比喩」とは、一般的には心理的現象の「共感覚」が基底にあ る比喩を指す。「共感覚」とはもともと心理学用語で、ある刺激に対してその本来の感覚に他 の感覚が伴って生じる現象を表すが、言語学では、ある領域の感覚を表す形式を用いて他の領 域の感覚を表すことをいう。亀井他によれば、共感覚的比喩表現は「比喩の一種で、意味変化 の原因の一つ」である。28 また、ある感覚領域を表す語が別の感覚領域に転用される場合、 例えば、「甘い」は本来味覚を表すものに適用される語であり、「声」は聴覚の領域に係わって いるので、「甘い声」という「隣接性」に基づいた共感覚的比喩表現は<味覚>―<聴覚>と いう結びつきになっている。 29 この論理に基づくと、共感覚比喩とは、「視覚、聴覚、嗅覚、 触覚、味覚」という五感の内のある感覚領域を表す語の意味が、別の感覚領域に係わる意味に、 「類似性」或いは「隣接性」に基づいて拡張・転用されて表現されたものであると定義できよ う。 次に、共感覚比喩はメタファー(隠喩)、シネクドキー(提喩)、メトニミー(喚喩)などの 一般的な比喩とは異なった特殊性を示す。その特殊性の第一としては、「一方向性」を示す性 質を有することである。芋阪編は、「共鳴や共感覚の生起には方向性があり、聴覚から視覚に 向かう方向が、その逆よりも影響を検出しやすい」と指摘する。30 この点に関して、ウルマン (Ullmann)は、19 世紀のロマン派詩人 11 名の作品から 2009 例の共感覚的比喩表現を採集し て共時的に分析した結果、「転移は感覚中枢脳の下域から上域へ、あまり分化していない感覚 から一層分化しているものへ昇っていく傾向があって、その逆ではない」という、「上昇移行 説」を提起した。31 ウィリアムスも「一方向性肯定説」を支持する立場に立つ。32 共感覚的比喩表現が「一方向性」を示すかどうかに関しては、「一方向性肯定説」に同意す る山梨説、33 「一方向性は見出されるも、光と色とを分ける必要がある」とする山田説、34 「一 方向性肯定説」に反対する立場に立つ森説、35 の三説に分かれる。以下、これらの三説に対し 28 亀井孝他 『言語学大辞典』、三省堂、1996、p.286。 29 池上嘉彦 『英語学コース第4巻 意味論・文体論』、大修館書店、1985、p. 99。 30 芋阪良二編 『感覚』(講座心理学 第3巻)、東京大学出版会、1969、p. 275。 31 ウルマン、(Uullamnn, S.) 山口秀夫訳『意味論』、紀伊国屋書店、1964、p. 287、及び、安井 稔『言外の意味』 大修館書店、1978、p130−131(ウルマンによる上昇移行説を引用)。

32 Williams, Joseph M. Synaesthetic adjectives: a possible law of semantic change, LANGUAGE:52:2, 1976,

p. 461―p.477.

33 山梨正明『比喩と理解』(認知科学選書 17)、東京大学出版会、1988、p. 58。

34 山田仁子「―言語は感覚の内視鏡―共感覚に基づいた形容詞表現の分析」『HYPERION』 40、徳島大学英語英文学会、

1993、 p.29−p.40。

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て比較しながら考察する。 第一に、山梨説は「共感覚―原感覚の修飾の関係が触覚から味覚、嗅覚へと一方向的であり、 この逆方向の修飾関係は認められない」と結論付けた。36 楠見説、国廣説、山田説なども「一 方向性肯定説」を支持する立場を取る。37 一方、「一方向性肯定説」を基本的には支持する立 場を取りながら、色と光とを分ける必要があることを指摘するのは山田説で、その理論的根拠 としては、次元形容詞の位置を除いた、ある感覚形容詞の意味が、「触覚、味覚、嗅覚、聴覚、 視覚」の順に意味的に拡張・転用する過程を示すとしている。以上の「一方向性肯定説」に対 して、森説は「一方向性否定説」を提起し、小森説・村田説も「一方向性肯定説」に対して部 分的に疑問を提起する。38 共感覚比喩の示す特殊性の第二としては、それが比喩表現ではあっても、メタファーなどの 一般的な比喩とは別のカテゴリに分類される点である。心理学的な視点に立つ楠見説では、共 感覚比喩を直喩及びメタファーの一種であるとは見なさずに別のカテゴリとみなすが、構造的 には「類似性」に基づいた直喩及びメタファーの構造と共通したものを呈する点を指摘して、 【表 7】のように示した。39 【表 7】 比喩の処理構造を支える意味構造の区分 カテゴリ的意味 情緒・感覚的意味 スクリプト的意味 関係 包含関係 類似関係 隣接関係 内容 辞書的意味 連想的意味 場面・台本に関する意味 課題 分類 連想 空間的・時系列的連想 一義性 一義的 多義的 定数と変数 構造 階層的 非階層的 階層・時系列構造 ツリー構造 リゾーム構造 ツリー構造 比喩 提喩(シネク 直喩・隠喩 喚喩(メトニミー) ドキ) 共感覚的比喩 36 山梨正明『比喩と理解』(認知科学選書 17)、東京大学出版会、1988、p. 60。 37 楠見 孝『比喩の処理過程と意味構造』、風間書房、1995、及び、国廣哲彌「五感を表す語彙―共感覚的比喩体系」 『月間言語』18−11、大修館書店、1995、p.29−p.31。 38 小森道彦「共感覚表現のなかの喚喩性」『大阪樟蔭女子大学英米文学会誌』29−3、大阪樟蔭女子大学、1993、p. 64、 及び、村田忠男「<触覚>さわることばーウルマンのデ−タを中心に」『月間言語』18−11、大修館書店、1989、p. 62 −p.67。 39 楠見孝『比喩の処理過程と意味構造』、風間書房、1995、p. 19。

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もともとの意味から新たに派生した共感覚的比喩表現は両者の間に存在する意味的な「類似 関係」に基づくとする楠見説に対して、小森説及び山田説などは、共感覚表現が人間の身体的 構造との関係において、意味的に「類似関係」ではなく、現実のなかの「隣接性」によって結 びついているとみてメトニミーと関連性が深い点を指摘する。40 本稿は、基本義から多義的別 義へ意味的に拡張・転用する際に、もともとの意味と変化・派生した意味の二つの間にどのよ うな意味的な関係が係わっているかを分析する必要があるという立場に立って考察を進めて いく。 以上、共感覚比喩を巡る諸問題に関して考察した。これらの問題に関しては未だ統一的見解には 至っておらず、加えて、共感覚比喩の意味的構造も解明されてはいないのが現状である。 4.2 「甘い」の味覚領域以外の他の領域における意味的拡張・転用に対する分析 と考察 4.2.1 味覚語彙体系における「甘い」の占める位置に対する考察 味覚形容詞には、一般的には、「甘い、辛い、酸っぱい、苦い、渋い」の五つがある。これ らの味覚形容詞に加えて、形容詞「しつこい、えぐい」、及び非形容詞的な表現法である「あ っさりした、こくのある」というも味覚を表すので、本項ではこれらの表現法も研究対象に加 えて考察を進める。 五つの基本的な味覚形容詞の「甘い、辛い、酸っぱい、苦い、渋い」の間には、相互に関連 した意味的な関係が見出される。その意味的な相互関係について、国廣は英語における「味覚 語彙の体系」を示すものとして、「Henning の味の正四面体」を例にとって【図 3】のように 示す。41 もともとの意味から新たに派生した共感覚的比喩表現は両者の間に存在する意味的な「類似 関係」に基づくとする楠見説に対して、小森説及び山田説などは、共感覚表現が人間の身体的 構造との関係において、意味的に「類似関係」ではなく、現実のなかの「隣接性」によって結 びついているとみて、メトニミーと関連性が深い点を指摘する。42 また、柴田は日本語におけ 40小森道彦「共感覚表現のなかの喚喩性」『大阪樟蔭女子大学英米文学会誌』29−3、大阪樟蔭女子大学、 1993、p. 64、及び、 山田仁子「―言語は感覚の内視鏡―共感覚に基づいた形容表現の分析」『HYPERION』 40、徳島大学英語英文学会、1993、 P.29―p.40。 41 国廣哲彌『意味論の方法』、大修館書店、1982、p. 150。 42小森道彦「共感覚表現のなかの喚喩性」『大阪樟蔭女子大学英米文学会誌』29−3、大阪樟蔭女子大学、1993、p. 64、

參考文獻

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