中国とフィリピンのスカボロー礁での対峙は 1 か月以上続いた。
中 比両国は武 力衝突こそ 自制して回 避したもの の、外交関 係は深 刻 な 打撃を受け た。中国は 外交手段に 加えて、フ ィリピン産 のバナ ナ
29 「共同発表:日米安全保障協議委員会(「2+2」)〈仮訳〉」防衛省、2012 年 4 月 27 日、
http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/js20120427_j.html。
30 「フィリピンなどに船艇供与 戦略的 ODA で対中包囲網」『産経新聞』、2012 年 4 月29 日、http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120429/plc12042901190000-n1.htm。
や パイナップ ルなどの果 物の輸入を 一時停止し たり、中国 からの フ ィ リピンへの ツアーを一 時中止した りするなど 、経済貿易 ルート を 通 じてもフィ リピン政府 に圧力をか けた。フィ リピンも負 けじと ア メ リカや隣国 に支持を求 めた。アメ リカとフィ リピンは対 峙が続 い て いる最中に 、合同軍事 演習「バリ カタン」を 実施した。 両国は こ れ は定期的な 合同軍事演 習だと主張 したが、実 施場所が領 有権争 い の ある海域だ ったため注 目を集めた 。また、同 演習には日 本も初 め て 参加した。 これは日本 にとって特 別な意義が ある。日本 はまた 、 フ ィリピンの 海上警備能 力向上を支 援するため 、海上警備 隊の巡 視 船を提供することに同意した。
ア メリカ はス カボロ ー礁 事件発 生後 、フィ リピ ンはア メリ カの同 盟 国であり、 武力攻撃を 受ければ米 が軍を派遣 しフィリピ ンを守 る という「米比相互防衛条約」を1951 年に締結していると再度言明し た 。しかし、 事態の拡大 を避けるた め、南シナ 海の領有権 争いに 関 しては一方に立つことを避け、2002 年に中国と東南アジア諸国連合 が採択した「南シナ海における関係国行動宣言(南シナ海行動宣言)」
を 順守すべき だと強調し た。南シナ 海をめぐる 紛争に対し てクリ ン ト ン国務長官 は、外交ル ートを通じ ての解決を 望んでおり 、当事 者 が あらゆる多 国間アプロ ーチを通じ て紛争を解 決すること を支持 す る と繰り返し 表明した。 アメリカに とって南シ ナ海海域は 重要な 戦 略 的意義を持 つ。南シナ 海がアメリ カや韓国、 日本などの 主要同 盟 国 にとって重 要な海上輸 送路である というだけ ではなく、 フィリ ピ ン も中国を包 囲する第一 列島線南方 の重要な防 衛線となっ ている か ら だ。つまり 、南シナ海 の領有権争 いへの関与 は、アメリ カにと っ て東アジア地域における核心的利益に関わるのである31。
31 Bonnie S. Glaser, “Armed Clash in the South China Sea,” Council on Foreign Relations,
ス カボロ ー礁 対峙事 件の 過程か ら考 察する と、 東アジ ア地 域の安 全 保障環境の 変化は、各 主要国にそ れぞれ異な る戦略的手 段をと ら せ た。同事件 における東 アジア地域 の安全に対 する重要な 含意を 以 下の4 つにまとめた。(1)アメリカは東アジア地域における戦略を 再調整する(2)中国の安全保障戦略は海洋利益の維持が主要目的で ある(3)東アジア地域の安全保障はアメリカと中国の二強が主導す る時代へと向かう(4)日本は東南アジアの安全保障関連事項への参 加をいっそう積極化する。
まず、アメリカの東アジア地域における戦略の再調整については、
主に2011 年 2 月 8 日に米国国防省が発表した「国家軍事戦略(The National Military Strategy of the United States of America)」から手が か りをつかむ ことができ る。当該報 告書の最大 の特徴は、 アメリ カ の イラクとア フガニスタ ンに対する 反テロ作戦 が収束に向 かい、 戦 略 の重心がア ジア太平洋 地域にシフ トすること がはっきり と示さ れ て いることで ある。報告 書には、ア メリカの戦 略的優先事 項およ び 利 益が今後ま すますアジ ア太平洋地 域からもた らされるこ とが明 確 に 指摘されて いる。その 理由は主に 、アジア太 平洋地域の 経済成 長 が 世界の経済 成長に占め る割合が今 後さらに高 くなり、こ れに伴 い 軍 事力の増強 も続くこと から、地域 の安全保障 構造に急速 な変化 が 生じ、アメリカの国家安全保障に新たな課題をもたらすからである。
つ まり、アメ リカは戦略 的重点をア ジアへシフ トする主な 理由と し て 、アメリカ の国益が今 後ますます アジア太平 洋地域と密 接に関 係 す ることに加 え、さらに 重要なのは 、同地域の 中で特に中 国の経 済 と 軍事力の拡 大が安全保 障の不安定 化を引き起 こし、アメ リカの 同
April 2012, http://www.cfr.org/east-asia/armed-clash-south-china-sea/p27883.
地域におけるリーダーの地位が脅かされると考えている32。
ア メリカ のア ジア太 平洋 地域各 国に 対する 戦略 的態度 とし ては、
抑 止力および 中国包囲の 姿勢が見て 取れる。戦 略としては 、各国 の 国力の大きさとアメリカとの緊密度に基づき、同盟国を 3 つのグル ープに分けて進めると考えられる。第 1 のグループは重要な同盟国 である日本、韓国、オーストラリアである。当該 3 国には多くの米 軍が駐屯しており、アメリカは当該 3 国との軍事的同盟関係を深め て いく。次は インドであ る。インド はアジア太 平洋地域に おいて ア メリカの第 2 の軍事的パートナーであり、核拡散防止、グローバル コ モンズの防 衛、テロ対 策、および その他の分 野から軍事 協力を 拡 大 する。そし て、フィリ ピン、タイ 、ベトナム 、マレーシ ア、イ ン ドネシア、シンガポールなどが第 3 の軍事的パートナーであり、主 に軍事安全保障協力、交流、演習を拡大させる。
実 は、ア メリ カは、 南シ ナ海の 領有 権問題 、特 に同盟 に関 する問 題 において、 故意に曖昧 な態度をと っている。 これは、ア メリカ が 国 益の最大化 を図ってい るとともに 、南シナ海 問題に関与 するこ と に 利点がある からである 。アメリカ はフィリピ ンに対して 艦船や そ の 他の兵器を 売却するこ とで経済的 利益を獲得 しているだ けでは な く 、南シナ海 情勢の緊張 および航行 の自由が妨 げられてい ること を 理 由に、アジ ア太平洋地 域における 影響力と軍 事的存在感 をさら に 高 めている。 これこそア メリカが「 アジア回帰 」において 達成し た い戦略目標である。
次 に、中 国の 安全保 障戦 略の調 整に 関して であ るが、 冷戦 後、中
32 “National Military Strategy of the United States of America 2011: Redefining America's Military Leadership”, Homeland Security Digital Library, Feb. 2011, https://www.hsdl.org/
hslog/?q=node/5994.
国 が南シナ海 や東シナ海 への進出を 活発化させ たのは、主 に経済 成 長 に伴いエネ ルギー需要 が急増した ことから、 海上輸送路 の安全 お よ び海洋エネ ルギー資源 の権益確保 が国家安全 保障に関わ る核心 的 利益となったからである。中国人民解放軍は1990 年代から大幅な現 代 化改革を進 めているが 、その中で も特に海軍 と空軍の現 代化は 優 先 的な改革課 題となった 。例えば、 潜水艦と攻 撃機を中心 とした 近 海 および遠洋 の航行能力 、海上攻撃 能力、およ び戦闘能力 などで あ る。
1992 年、中国は「領海法」を制定し、領土、内水、およびその領 土 とつながっ ている一帯 の海域に対 して行政管 轄権を有す ると規 定 した33。2009 年 9 月の中国共産党第 17 期中央委員会第 4 回全体会議 では、「国際情勢の変化に直面し、内政・外交両面でこれまでにない 危 機感を抱い ている。中 国の国家安 全保障戦略 を再調整す る必要 が あ る」との認 識を示した 。ここから 、中国が、 東シナ海お よび南 シ ナ 海において 領有権争い がある島嶼 に対し、こ れまでより さらに 積 極的かつ率先的な行動に出たことが分かる。2010 年 9 月に発生した 釣魚台列島周辺領域内における中国漁船衝突事件、2012 年 4 月の中 国とフィリピンのスカボロー礁対峙事件、および2012 年 9 月の尖閣 諸 島国有化が 引き起こし た一連の紛 争は、中国 の周辺海域 に対す る 政 策が、これ まで領有権 問題を棚上 げしていた 協調路線か ら、国 益
33 「領海法」の正式名称は「中華人民共和国領海および接続水域法」である。1992 年 2 月 25 日の第 7 期全国人民代表大会で採択・施行された。主に中国が領海に対する 主権と接続水域に対する管制権を行使し、国家安全保障と海洋権益を維持するため に制定された。条文には、中国の沿岸の島々、台湾および釣魚台列島、澎湖諸島、
東沙諸島、西沙諸島、中沙諸島、および南沙諸島は全て中華人民共和国に属すると 記されている。「《中華人民共和國領海及毗連區法》」印務局、1992 年 2 月 25 日、
http://bo.io.gov.mo/bo/i/1999/01/leinac408_cn.asp。
優先の対外強硬路線へと舵を切ったことを示している。
さ らに、 東ア ジア地 域の 安全保 障は 次第に 米中 二強が 主導 する時 代 へと向かう 点において は、主に、 アメリカは 中国を強く 警戒し 、 中 国もアメリ カの軍事演 習に不安を 感じている ものの、両 国共に 地 域 の緊張を極 力コントロ ールし、形 勢を読み間 違えて米中 が直接 軍 事 衝突するこ とがないよ う努めるこ とを意味す る。アメリ カは米 比
さ らに、 東ア ジア地 域の 安全保 障は 次第に 米中 二強が 主導 する時 代 へと向かう 点において は、主に、 アメリカは 中国を強く 警戒し 、 中 国もアメリ カの軍事演 習に不安を 感じている ものの、両 国共に 地 域 の緊張を極 力コントロ ールし、形 勢を読み間 違えて米中 が直接 軍 事 衝突するこ とがないよ う努めるこ とを意味す る。アメリ カは米 比