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中国とフィリピンのスカボロー礁事件から考察する日本の安全保障の変遷

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中国とフィリピンのスカボロー礁事件

から考察する日本の安全保障の変遷

秋 蘭

(国立台中科技大学応用日本語学科助理教授)

【要約】

2012 年 4 月、南シナ海のスカボロー礁付近で、中国の海洋監視船 と フィリピン のフリゲー ト艦が対峙 する事件が 発生した。 この事 件 は 本格的な軍 事衝突には 至らなかっ たものの、 中国とフィ リピン の 関 係は緊張状 態に陥った 。南シナ海 の海域は長 期にわたり 領有権 問 題 が存在する 。この地域 は豊富な石 油と天然ガ スが埋蔵さ れてい る 上 、東アジア 各国にとっ て非常に重 要な海上輸 送路である ため、 地 理 的にも戦略 的な重要性 が高い。統 計によると 中国は既に 世界第 二 位 の軍事大国 となってお り、中国の 軍事力が台 頭するにつ れて、 東 アジアの地政学的構造にも重大な変化が生まれた。2010 年に東アジ ア 地域で発生 した一連の 衝突事件は 、同地域の 安全が不安 定であ る こ とを示して いる。また 、オバマ大 統領による 「アジア回 帰」宣 言 は 、アメリカ が軍事力の 重心をアジ ア太平洋に 移すことを 現して い る 。東アジア 地域におけ る安全保障 の急激な変 化を前に、 東アジ ア のもう 1 つの大国である日本がいかに対応するかが非常に重要な問 題となる。 キ ーワ ード: 地政学、スカ ボロー礁事 件、南シナ 海領有権争 い、 日 本の安全保障、東アジア地域の安全

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一 はじめに

2012 年 4 月、南シナ海中沙諸島のスカボロー礁(中国語名:黄岩 島 )付近で、 中国の海洋 監視船とフ ィリピンの フリゲート 艦が対 峙 す る事件が発 生した。こ の事件は本 格的な軍事 衝突には至 らなか っ た ものの、中 国とフィリ ピンの関係 は緊張状態 に陥った。 南シナ 海 の 海域には長 期にわたり 領有権問題 が存在する 。この地域 は豊富 な 石 油と天然ガ スが埋蔵さ れている上 、東アジア 各国にとっ て非常 に 重 要な海上輸 送路である ため、地理 的にも戦略 的重要性が 高いた め である。2010 年に東アジア地域で発生した一連の衝突事件には、韓 国 哨戒艇沈没 事件、釣魚 台列島(日 本名:尖閣 諸島、以下 同じ) 周 辺 領域内にお ける中国漁 船衝突事件 、延坪島砲 撃事件など があり 、 同地域の安全が不安定であることを示している。2011 年、アメリカ の オバマ大統 領はオース トラリアを 訪問した際 、演説で「 アジア 回 帰 」を宣言し た。これは 、アメリカ が世界にお ける軍事力 の重心 を アジア太平洋に移す計画であることを現している1。また、スウェー デ ン の ス ト ッ ク ホ ル ム 国 際 平 和 研 究 所 (SIPRI) が ま と め た 『 2012 年世界軍事費報告』によると、2011 年の中国の軍事支出は世界第二 位で、アメリカに次ぐ軍事大国となった2。中国の軍事力が台頭する

1 “Remarks By President Obama to the Australian Parliament,” The White House Office of the

Press Secretary, November 17, 2011, http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2011/11/

17/remarks-president-obama-australian-parliament.

2 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)、『SIPRI 年鑑 2012:軍備、

軍縮および世界の安全保障』(2012 年 9 月)には、2011 年の世界の安全状況、兵器の 生産と譲渡、軍事支出などの調査結果がまとめられている。それによると、2011 年

のアメリカの軍事支出は世界総支出の 41%、中国は 8%を占め、中国はアメリカに

次ぐ軍事大国となった。“Security SIPRI Yearbook 2012: Armaments, Disarmament and International,” SIPRI, Sep. 29 2012, http://www.sipri.org/yearbook/2012.

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につれて、東アジア地域の地政学的構造にも重大な変化が生まれた。 東 アジア地域 における安 全保障の変 化に直面し 、東アジア のも う 1 つの 大国である 日本がいか に対応する かが非常に 重要な問題 となる 。 1990 年代以降、中国は経済成長および軍事の現代化が進むにつれ て 、海洋権益 の拡大を積 極化させた 。必要なエ ネルギー資 源の獲 得 と 海上航行の 安全確保が 目的である 。中国の軍 事戦略の関 心が海 洋 進 出に向けら れると、領 有権争いの ある島々は しばしば周 辺諸国 と の 衝突の起爆 剤となった 。南シナ海 の領有権争 いを例にと ると、 ベ ト ナムとフィ リピンはア メリカや日 本などの大 国を極力味 方に引 き 入 れて、中国 の軍事力に 対するカウ ンターバラ ンスをとり つつ自 国 の 権益確保を 図った。ア メリカはこ れを機に中 国の同地域 におけ る 過 度な勢力拡 大を防ぐた め、東南ア ジアの問題 に関与する 合理的 理 由 を強化した 。アメリカ の同盟国で ある日本は アメリカに 追随し 、 南シナ海地域で中国を包囲する重要な役割を果たしている。 本稿ではまず、21 世紀の地政学の発展および変遷を考察し、地政 学 および地政 経済学の理 論的枠組み から南シナ 海の領有権 争いに 関 する解決の道を検討する。次に、21 世紀の日本の安全保障の変遷か ら 、日本が直 面している 危機と課題 を考察する 。その後、 中国と フ ィ リピンの間 で起きたス カボロー礁 事件の発生 とその経過 につい て 説明し、同事件に対する日本政府の反応および対応措置を見ていく。 最 後に、スカ ボロー礁事 件の発生と 経過から、 同事件が東 アジア 地 域の安全に及ぼした影響と含意を探る。

二 地政学理論について

地政学(Geopolitics)の起源は 19 世紀末のヨーロッパの地理学者

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に まで遡る。 当初は主に 国際政治と 地理との相 互作用を研 究した 学 説だった3。20 世紀に入ると、第二次世界大戦期のドイツのポーラン ド 侵攻、日本 の満州侵略 および「大 東亜共栄圏 」構想など 、ドイ ツ と 日本の領土 拡張におけ る主要論と 、ドイツの 地政学者カ ール・ ハ ウスホーファー(Karl Haushofer)が提唱した「生存圏の理論」が密 接な関係を持った4。ハウスホーファーは「国家が生存・発展するに は 十分な土地 と自然資源 を持つ必要 があり、全 ての国はさ らなる 土 地 を手に入れ て人口を維 持する権利 を有する。 生存空間を 獲得す る こ とは国家の 発展におけ る基本要件 である」と 考えた。ハ ウスホ ー フ ァーの理論 は、国家に 生存空間を 奪取する権 利を与える のに等 し く、領土拡張政策の合理的理由となった5。ヒトラーはハウスホーフ ァ ーの地政学 説を採用し 、ドイツが 領土を拡張 する根拠と したこ と で 、第二次世 界大戦を引 き起こすこ とになった 。これによ り、地 政 学の代表的意義は疑問と批判にさらされた。 冷戦後、世界政治の二極化を主導したイデオロギー対立が消失し、 国際 関係にいま だかつてな い変動と不 安定な兆候 が現れたこ とから 、 地 政学は再び 現代国際政 治の重要な 指標を検討 し模索する 上での 要 素となった。そして21 世紀の今日、経済のグローバル化と地域経済

3 1897 年、ドイツの地理学者、フリードリッヒ・ラッツェル(Friedrich Ratzel)は『政 治地理学(Political Geography)』を発表し、「国家は生きている有機的組織体」であ ると説いた。その後、スウェーデンの政治学者、ルドルフ・チェレン(Rudolf Kjellen) が正式に「地政学」の名称を用いて、「ある特定の空間範囲内における地理的有機体 な い し 地 理 的 現 象 と し て の 国 家 を 考 察 す る 学 問 」 と 定 義 し た 。Ola Tunander, “Swedish-German Geopolitics for a New Century Rudolf Kjellén’s The State as a Living Organism,” Review of International Studies, Vol. 27, No. 3, (Jul. 2001), pp. 451~453.

4 曾村保信『地政学入門―外交戦略の政治学』(中公新書、2004 年)、121~124 ページ。 5 Günter Wolkersdorfer, “Karl Haushofer and geopolitics — the history of a German mythos,”

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一 体化が一段 と進み、国 家間の経済 的相互依存 関係がいっ そう深 ま る 中、経済状 態と経済関 係の角度か ら国際関係 を分析した 地政経 済 学(Geo-economics)が次第に重要視されている6。実際に、地政学と 地 政経済学は 国際関係の 調整手段や 与える影響 が異なる。 両者は 国 際 環境条件の 変化に伴い 相互に作用 し、かつ共 に国益の追 究が主 な 目 的である。 前者は軍事 力、武力お よび外交力 など通して 国益を 拡 大 し、後者は 経済力、エ ネルギー資 源、科学技 術力などを 駆使し て 地 域をコント ロールし国 益を確保す る。つまり 、現在の世 界およ び 地域の安全保障戦略を検討する際、地政学的な分析枠組みのほかに、 地政経済学に関する要素の重要性も無視できない。 地 政学的 視点 から言 うと 、日本 はハ ートラ ンド (つま りユ ーラシ ア 大陸)の東 端で、いわ ゆる三日月 地帯の中心 に位置する 。海洋 国 家 が大陸国家 を抑止する 重要拠点で あり、大陸 国家が外へ 向かっ て 勢力 範囲を拡大 する際に必 ず通らなけ ればならな い通過点で もある 。 し たがって、 日本はこの 地域の列強 と利害の対 立による衝 突や紛 争 が 絶 え ず 起 き る7。 地 政 学 の 視 点 に お い て 日 本 の 最 も 重 要 な 特 徴 は 、 主要4 島が弧状列島として北東アジアに位置し、アメリカ、ロシア、 中 国の三大国 と隣接して いることで ある。日本 は四方を海 に囲ま れ 天 然の障壁を 築いている 。外国勢力 が侵攻しよ うとしても 気候や 地 形 に助けられ 、列強の支 配を受けに くい。歴史 を見ても地 理的メ リ

6 地政経済学(Geo-economics)は最初、アメリカの学者、エドワード・ルトワック(Edward N. Luttwak)が論文『地政学から地政経済学へ』で提唱した。彼は「グローバル化と ネットワーク化が進むにつれて、テロ、環境汚染、貿易紛争などの問題が世界各地 へ拡散する。唯一共通の利益と戦略的協力のみが国益を実現できる手段だ」と指摘 した。Edward N. Luttwak, “From Geopolitics to Geoeconomics: Logic of Conflict, Grammar of Commerce,” The National Interest, 20 (1990), pp. 17~23.

7 ニコラス・スパイクマン『平和の地政学』奥山真司訳、(芙蓉書房出版、2008 年)、

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ットが発揮され、13 世紀の元寇以外、日本は大陸国家からの侵攻を 免れている。 地政経済学 の観点から 言うと、日 本は資源の 乏しい島国 に属し 、 原 油や天然ガ スなどは外 国からの輸 入に頼らな ければなら ない。 こ れ ら天然資源 はペルシャ 湾からイン ド洋を経由 し、マラッ カ海峡 と 南 シ ナ 海 を 通 っ て 日 本 に 運 ば れ る 。 こ の 海 上 輸 送 路 (SLOCs)は日 本 の海上生命 線と呼ばれ ている。東 南アジア地 域は非常に 豊富な 天 然 資源を有し 、さらには その地理的 位置と相ま って、日本 にとっ て 極めて重要な貿易パートナーとなっている。2010 年の日本の外務省 の 統計による と、日本の 東南アジア 諸国に対す る貿易額は 中国に 次 い で二番目に 大きい。ま た、東南ア ジア諸国に とって日本 は、中 国 やアメリカなどをも上回る最大の投資国である8。このことから、南 シ ナ海海上ル ートと東南 アジア地域 の安全確保 は日本の安 全と利 益 に 関わり、南 シナ海地域 で衝突や紛 争が発生す れば、日本 は当然 見 逃すことができない9。すなわち、南シナ海の領有権争いに関する問 題 は、従来の 地政学理論 からの分析 に加え、地 政経済学の 角度か ら の 検討も可能 であり、こ れにより、 同地域にお ける各国の 利益に 関 する複雑な問題を効果的に解決できるのである。

三 日本の安全保障の変遷および直面する危機と課題

防衛研究所は 2012 年 2 月、『中国安全保障レポート 2011』を刊行 し た。同レポ ートは日本 が初めて中 国の海洋活 動の動向に 対して 詳 細 な分析と研 究を行った もので、日 本の中国の 軍事的脅威 に対す る

8 「わかる!国際情勢 Vol. 64 ASEAN と日本~アジアの平和と繁栄のために」外務 省、2010 年 10 月 18 日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol64/。 9 北村淳『海の生命線(シーレーン)―日本に原油・天然ガスが届かなくなる日』(明 成社、2008 年)、1~3 ぺ-ジ。

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警戒が反映されている。レポートでは、「中国は経済成長に伴い、原 油 などのエネ ルギー資源 の需要が増 加し、外国 のエネルギ ー資源 へ の 依存度がさ らに高まっ ている。従 って、中国 は現在、周 辺海域 の 安全を確保するため、軍事力の強化を進めている」と指摘している10 つ まり、中国 はエネルギ ーの海上輸 送路の安全 を確保する ため、 東 シナ海や南シナ海など周辺海域の軍事活動を徐々に強化している。 日 本 の 森 本 敏 前 防 衛 大 臣 は 、「 東 ア ジ ア 地 域 の 情 勢 の 変 化 は 全 く 予 測がつかず 、日本政府 は慎重に対 応しなけれ ば非常に危 険な状 況 に 陥る」との 認識を示し た。現在の 東アジアに おいて中国 は、地 政 学 の観点から 見て既に無 視すること ができない 大きな存在 となっ て おり、日本の中国に対する外交政策は重要な転換点にある11。アメリ

カの国家情報会議(NIC: National Intelligence Council)は 2030 年の

世界情勢に関する報告書「グローバル・トレンズ2030」を発表し、 2030 年までに中国が米アメリカを抜いて世界最大の経済大国になる と の見通しを 示した。中 国の経済成 長と軍事の 現代化が進 むにつ れ て 、日中関係 などの東ア ジア地域の 状況は、さ らに緊迫す ると指 摘 している12。中国の台頭を前に同じ東アジアに位置する日本はいかに 対 応するのか 。これは日 本政府が取 り組まなけ ればならな い重要 な 課題となる。 近 年、中 国の 軍事力 の現 代化お よび 海洋進 出の 拡大に 伴い 、東シ ナ 海および南 シナ海にお いて領有権 争いのある 地域は、中 国と周 辺

10 「中国安全保障レポート 2011」防衛省防衛研究所、2012 年 2 月 10 日、http://www.nids. go.jp/publication/chinareport/index.html。 11 森本敏「日本の瀬戸際」(実業之日本社、2012 年)、170 ぺ-ジ。

12 National Intelligence Council (NIC), Global Trends 2030: Alternative Worlds (National

Intelligence Council, December 2012), p. 12, http://www.dni.gov/index.php/about/organization/ national-intelligence-council-global-trends.

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諸国との紛争や衝突を引き起こし易くなった。2011 年から 2012 年に かけて東アジア地域では構造的な変化が生じた。2011 年 12 月には北 朝 鮮の最高指 導者金正日 総書記が死 去し、金正 恩による新 体制が 発 足。2012 年 11 月には中国共産党第 18 回全国代表大会が開催され、 習 近平が中国 共産党中央 委員会総書 記に就任し た。このよ うな中 、 日本は 2012 年 12 月に安倍晋三総裁率いる自由民主党が政権を奪還 し た。安倍首 相は就任後 、長引く不 況などの経 済問題のほ か、釣 魚 台 列島をめぐ る中国との 領土問題、 北朝鮮の核 問題、在日 米軍基 地 問題など、日本の安全保障に関わる重要な課題に直面した。 21 世紀の日本の安全保障政策の変化について深く考察するため、 2009 年 9 月の民主党政権誕生にまで遡り、2012 年 12 月に安倍総裁 率 いる自民党 が政権奪還 するまでの 間に日本政 府がとった 対応戦 略 を 振り返り、 日本の安全 保障政策が 変化する要 因とその主 な内容 に ついて分析を行いたい。2009 年の政権交代は日本の安全保障政策に おける重要な転換点になったと言える。その 1 つは、日本が戦後か ら 続いた自民 党長期政権 体制が正式 に終わりを 告げ、長期 にわた っ て 低迷してい る経済を新 政府がいか に復興させ るのかとい う点で あ る。もう 1 つは、中国の軍事的脅威に直面し、アメリカや中国など の大国間の外交関係をいかに再調整するかという点である。以下に、 日 本の防衛力 向上、日米 同盟の深化 、および日 本と周辺国 の関係 拡 大に関する3 つの側面から考察を行う。 1 日本の防衛力向上に関して 2009 年 9 月 16 日、鳩山由紀夫代表率いる民主党が政権与党となり、 日 本は「政権 交代」時代 に突入した 。鳩山首相 は就任後、 外交政 策 に おいて「等 距離の日米 関係」を模 索し、アメ リカを含め ない「 東 ア ジア共同体 」創設を提 案した。さ らに、選挙 公約を果た すため 、

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日 米間で既に 確定してい た普天間基 地移設問題 の再審議を 決めた こ と から、アメ リカ政府の 不満を招き 、日米関係 に変化が生 じた。 普 天 間基地問題 において鳩 山首相は「 最低でも県 外」と発言 し、沖 縄 県 民ひいては 日本国民に アメリカの 核の傘から 脱却し、再 び正常 な 国 家としての 道を歩もう と呼びかけ た。しかし 、これがア メリカ の 日 本に対する 警戒心をい っそう強め ることにな った。世論 、野党 、 連立政権である社民党、アメリカなど、内外からの度重なる攻撃に、 鳩 山首相は最 後は妥協の 道を選択し た。これが 鳩山政権の 失敗と な り、鳩山首相は辞任した。 2010 年 6 月、後任の菅直人首相は、鳩山前首相の「等距離外交」 路 線を修正し 、再び日米 関係を主軸 とした日米 同盟強化の 重要性 を 強調した。2010 年、東アジア地域では、韓国哨戒艇沈没事件13、釣 魚台列島周辺領域内における中国漁船衝突事件14、延坪島砲撃事件15

13 2010 年 3 月 26 日に韓国海軍哨戒艦「天安(チョナン)」号が黄海で巡回中に攻撃を受 けて沈没した事件。乗組員のうち 46 名が犠牲となった。調査の結果、「天安」号は 北朝鮮の潜水艦が発射した魚雷の攻撃を受けて沈没したと結論付けられた。5 月 20 日、平野博文内閣官房長官は日本政府として遺憾の意を表明した。日米韓は協力し て対応にあたり、国連安全保障理事会で北朝鮮制裁決議案を提出する際、日本は同 決議案を支持する方針である。「分析:“天安” 艦餘波震盪東北亞」BBC 中文網、2010 年5 月 20 日、http://www.bbc.co.uk/zhongwen/simp/china/2010/05/100520_ana_koreanship_ china.shtml。 14 2010 年 9 月 7 日、日本の海上保安庁の巡視船が釣魚台列島海域付近で中国漁船と衝 突した事件。衝突後、中国外交部の外交副部長は在中国日本大使と会見し、違法な 妨害活動の停止を要求した。一方、日本の海上保安庁は、公務執行妨害容疑で中国 漁船の船長を逮捕し、日本の「漁業法」違反容疑で漁船を調査した。中国はこれに 強く抗議し、中日関係は悪化。中国は対抗措置を取った。中国漁船の船長は9 月 24 日に釈放され、事件はひとまず収束した。宮尾恵美「日本関係情報 中国 尖閣諸 島海域漁船衝突事件についての中国外交部発言(2)」国立国会図書館調査及び立法 考査局『外国の立法』、2010 年 11 月、http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1283840/ www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/pdf/02450211.pdf。

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な ど、多くの 事件が発生 した。この ため、東ア ジア地域の 安全保 障 環境の変化に対応すべく、菅政権は2010 年 12 月 17 日、「新防衛大 綱 」を改定し た。これに より日本は 安全保障政 策の転換を 図った 。 主な内容は、(1)「基盤的防衛力」から「動的防衛力」への転換、(2) 南西諸島の防衛体制強化、(3)武器輸出規制の緩和などである16 ま ず、中 国の 軍事力 の現 代化お よび 不安定 な朝 鮮半島 情勢 に対応 す るため、日 本は防衛政 策の基本概 念を、戦後 から続いた 日本本 土 と 専守防衛を 重視する「 基盤的防衛 力」から、 地域情勢と 世界戦 略 を 重視する「 動的防衛力 」に転換し た。具体的 には、周辺 地域情 勢 の 変化に効果 的に対応す るため、日 本はこれま でよりさら に効率 的 な 防衛措置を 採用し、高 度な軍事技 術力と情報 力が支える 即応性 、 機 動性、柔軟 性、持続性 および多目 的性を具備 した新しい 動的防 衛 力を構築する。 次 に、中 国と 北朝鮮 半島 からの 脅威 を防ぐ ため 、冷戦 期か ら長期 に わたり北海 道を中心と していた防 衛の重点を 、日本の南 部およ び 南 西諸島など にシフトし た(南西諸 島は主に、 九州以南・ 台湾以 東 の島嶼群を指し、領土問題を抱える釣魚台列島も含む)。つまり、新 防 衛大綱は、 主に中国の 軍事力の急 速な拡大と 周辺海域で の活動 の

15 2010 年 11 月 23 日に南北軍事境界線に近接した海域に位置する韓国の延坪島で発生 した軍事衝突事件。韓国軍が毎年恒例の軍事演習で砲弾数十発を発射した後、朝鮮 人民軍が延坪島の韓国砲兵陣地に向けて突然砲撃した。韓国軍も80 発余りの対抗射 撃を行い、双方が互いに発射を開始した。朝鮮人民軍は砲弾計170 発を発射し、こ のうち60 発が同島に着弾した。これにより、延坪島では韓国軍人 2 名が死亡、少な くとも 13 名が重軽傷を負うなど多数の死傷者が出た。「延坪島(ヨンピョンド)砲 撃事件」外務省、2011 年 8 月、http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/hogeki_10/index. html。 16 「平成 23 年度以降に係る防衛計画の大綱」防衛省、2010 年 12 月 17 日 http://www. mod.go.jp/j/approach/agenda/guideline/2011/index.html。

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活発化に対する対応策である。「島嶼防衛」強化に関しては、自衛隊 の兵力2000 人を北海道から南西諸島方面に移し、最西端の与那国島 には陸上自衛官 100 人規模の「沿岸監視部隊」を配備する方針が示 されている。海上自衛隊は潜水艦を 16 隻から 22 隻に増強、対空防 衛に関しては地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)を 3 基から 6 基 へと倍増し、イージス護衛艦も 4 隻から 6 隻に増やす方針を示して いる。 武器輸出規制については、戦後から続く「武器輸出三原則」17の見 直 しを新防衛 大綱で明確 には表明し ていないも のの、武器 の国際 共 同 開発および 日米同盟に 関連する武 器の開発と 生産への参 加につ い ては、見直す必要があるとの見解を示した。2011 年 12 月 27 日、野 田 内閣は「武 器輸出三原 則」の緩和 を正式に決 めた。これ により 、 平 和や人道目 的、或いは 日本の安全 保障に資す るのであれ ば、日 本 と 安全保障面 で協力関係 にある国と 武器を共同 開発・生産 する場 合 は輸出が認められることになった。「武器輸出三原則」の緩和後、日 本 が戦闘機、 戦艦、ミサ イル防衛な ど重要装備 の国際共同 開発に 参 加 できるよう になったこ とは、防衛 力の向上お よび日米同 盟の深 化 の上で極めて大きな意義を持つ。 2 日米同盟の深化に関して 1960 年に新日米安保条約が締結されてから半世紀が過ぎた。この

17 武器と関連技術の海外移転を原則禁じる日本政府の方針。1967 年に佐藤栄作首相は 国会で、(1)共産圏、(2)国連決議で武器禁輸になっている国、(3)国際紛争の当 事国或いはその恐れのある国に対する武器輸出は承認しない、と答弁した。1976 年 に三木武夫首相は、三原則地域以外の地域への武器輸出も慎むとの方針を表明し、 事実上全面的に禁止した。白石 隆「武器輸出三原則等の見直しと日本のミャンマ ー支援」『nippon.com』、2012 年 5 月 2 日、http://www.nippon.com/ja/editor/f00008/。

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間、日米同盟は常に日本の安全保障政策の主軸であった。2009 年、 鳩 山首相は就 任後、自民 党が長期に わたって行 ってきた過 度の対 米 重 視の外交路 線の転換を 図るため、 いわゆる「 東アジア共 同体」 構 想 を提唱した 。しかし、 鳩山首相は 沖縄の普天 間基地移設 問題の 失 政 により辞任 に追い込ま れ、その後 菅直人政権 が発足した 。菅内 閣 は 一方で日米 関係の改善 を図るため 、また一方 では同時期 に東ア ジ ア 地域におい て一連の衝 突事件が発 生したこと から、日本 の安全 保 障における日米同盟の重要性をますます認識することとなった18。 2011 年 6 月 21 日、日米安全保障協議委員会(2 プラス 2)が開か れ 、日本、ア メリカ、ア ジア太平洋 地域の平和 、安定およ び経済 的 繁 栄にとって 、日米同盟 の深化と拡 大が不可欠 であるとい う共同 声 明 が発表され た。声明の 中で両国は 、日米同盟 の共通の戦 略目標 を 確立した。その内容は、「日本の安全を確保し、アジア太平洋地域に おけ る平和と安 定を強化す る」、「オー ストラリア と韓国の双 方の そ れぞ れとの間で 、三か国間 の安全保障 および防衛 協力を強化 する」、 「 日本、アメ リカおよび 中国との間 の信頼関係 を構築し、 中国に 国 際的 な行動規範 の順守を促 す」、「日本 、米国およ び東南アジ ア諸 国 連合(ASEAN)間の安全保障協力を強化する」、「海上交通および商 業 貿易の自由 を確保し、 航行の自由 を順守し、 海洋におけ る平和 と 安全を維持する」などとなっている19 2011 年の日米安保協議委員会の主な焦点は、中国の軍事力の現代 化 を含むアジ ア太平洋地 域の安全保 障環境の変 化にあった 。これ は

18 「菅総理 外交に関する講演『歴史の分水嶺に立つ日本外交』」首相官邸、2011 年 1 月20 日、http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201101/20speech.html。 19 日米安全保障協議委員会共同発表「より深化し,拡大する日米同盟に向けて:50 年 間 の パ ー ト ナ ー シ ッ プ の 基 盤 の 上 に 」 日 本 防 衛 省 、2011 年 6 月 21 日 、 http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/201106_2plus2/js1_j.html。

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日 米両国の中 国の軍事力 拡大に対す るけん制を 意味する。 中国と ベ ト ナム、フィ リピンとの 南シナ海領 有権争いが 緊迫化する 中、日 米 双方は共通の戦略目標として、「国際法規の順守」および「航行の自 由 の原則順守 による海洋 安全の維持 」を強調し 、中国に対 して他 国 の 船舶に対す る妨害行為 を止めるよ う明確に要 求した。こ の他、 同 会合のもう1 つの意義は、4 年間中断されていた「日米安保協議委員 会 」が再開さ れ、政権交 代を果たし た与党民主 党が初めて 参加し た こ とである。 これは鳩山 内閣が強調 した「対等 な外交」の 転換を 意 味 する。鳩山 政権のあと を継いだ菅 直人政権は 、日米関係 を積極 的 に修復し、日米同盟重視の路線に再び舵を切った。 3 日本と周辺国の関係拡大に関して 2011 年 7 月 10 日、日本、アメリカ、オーストラリアの 3 か国が南 シ ナ海ブルネ イ湾で合同 軍事演習を 行った。中 国とフィリ ピン、 ベ ト ナムなどと の南シナ海 の領有権を めぐる対立 が深まる中 、日米 豪 は合同演習を行うことで中国の軍事行動をけん制した。同年 6 月に 日 米安保協議 委員会が発 表した共同 声明の中の 「共通の戦 略目標 」 に 、オースト ラリアとの 軍事協力関 係の強化が 盛り込まれ ており 、 同演習はこれを受けての実施であった。日米豪 3 か国による南シナ 海 での訓練実 施はこれが 初めてであ った。訓練 に参加した 日本の 海 上 自衛隊は、 米豪両国と の軍事協力 を通じて南 シナ海海域 におけ る 情勢の安定維持を期待した。日本は原油の90%以上を南シナ海を通 る 輸送に頼っ ており、同 地域は日本 の海上輸送 路の要衝と なって い る。それだけに、同軍事演習には特別な意義があった。 2011 年 3 月に発生した東日本大震災は、巨大な津波による甚大な 被 害をもたら したととも に、原子力 発電所の放 射能漏れな どの複 合 災 害も引き起 こした。菅 政権は、震 災復興や福 島第一原発 事故へ の

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対 応の不手際 から支持率 を下げ続け 、内閣総辞 職に追い込 まれた 。 同年9 月 2 日に成立した野田佳彦内閣は、外交および安全保障政策 において、菅内閣の日米同盟重視路線を引き継いた。同時に周辺国、 特 にフィリピ ン、ベトナ ムなどの東 南アジア諸 国との関係 をさら に 強化した。 2011 年 9 月 27 日、フィリピンのアキノ大統領が日本を訪問し、野 田 首相と会談 を行った。 両首脳は中 国の海洋進 出へのけん 制を念 頭 に 、南シナ海 の安全保障 に関する協 力関係を強 化すること で一致 し た 。会談後「 南シナ海の 平和と安定 は極めて重 要で、航行 の自由 や 紛 争の平和的 解決におい ては国際法 規の順守が 地域全体の 利益に か な う。地域協 力の枠組み でも緊密に 連携し、地 域の安定と 繁栄に 貢 献 していきた い」との共 同声明を発 表した。声 明にはまた 、「次 官 級 政策協議を 次官級戦略 対話に格上 げし、海上 保安庁のフ ィリピ ン 沿 岸警備隊の 能力向上支 援などを通 じて、防衛 当局間の交 流など を 推進していく」という内容が盛り込まれた20。 2011 年 11 月、野田首相はインドネシアで開催された第 19 回東南 アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議に出席し、日本と ASEAN との 間で「共に繁栄する日本とASEAN の戦略的パートナーシップの強化 のための共同宣言(日・ASEAN バリ宣言)」を採択した。これは 2003 年に小泉純一郎首相がASEAN と「日・ASEAN 東京宣言」に署名し て以来21のASEAN との共同宣言であり、野田政権が東南アジア地域

20 「特別な友情の絆で結ばれた隣国間の「戦略的パートナーシップ」の包括的推進に 関する日・フィリピン共同声明」首相官邸、2011 年 9 月 27 日、http://www.kantei.go.jp /jp/noda/statement/2011/0927philippines.html。 21 「新千年期における躍動的で永続的な日本と ASEAN のパートナーシップのための 東京宣言」外務省、2003 年 12 月 11 日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/asean_ 03/sengen.html。

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を 重視してい ることが見 て取れると ともに、日 本が同地域 におい て 重要な役割を果たしたいという期待が表れている22。2003 年の「日・ ASEAN 東京宣言」とは異なり、「日・ASEAN バリ宣言」の内容は、 日本と ASEAN 間の政治および安全保障の協力関係がよりいっそう 強調されている。声明では、地域の平和と安全の維持、紛争の解決、 お よび繁栄と 発展を促進 させるため 、海洋安全 保障関連、 特に防 衛 および軍事における協力の強化が不可欠であると指摘している。 ここまでをまとめると、東アジア地域の安全保障環境の不安定化、 特に中国の軍事力の台頭に鑑み、2009 年から 2012 年の間、日本政府 は 安全保障戦 略において 、従来より さらに積極 的で大規模 な行動 に 出 た。「新防 衛大綱」で は日本の防 衛に関する 基本方針が 、従来 の 「 基盤的防衛 力」から自 発的で積極 的な「動的 防衛力」へ と変わ っ た 。自衛隊に ついては、 主に中国に よる第一列 島線突破へ のけん 制 の ため、重点 配置をこれ までの北方 地域から南 西島嶼へと 移動さ せ た 。また、武 器輸出三原 則の緩和に より、日本 の軍需産業 技術の 向 上 および武器 産業発展の 促進を期待 したが、最 大のメリッ トは武 器 の 輸出により アメリカや 関係国との 軍事協力関 係を強化で きるこ と である。 2012 年 4 月にスカボロー礁事件が発生する前から、日本政府は東 ア ジア情勢の 変化に対応 するため、 自己防衛力 の向上を段 階的に 進 め ていた。同 時に普天間 基地問題の 解決を図る ため、長い 間中断 し ていた日米安保協議委員会(2 プラス 2)を再開し、日米同盟関係を さ らに深化さ せた。スカ ボロー礁事 件発生後、 日本政府は 戦略的 政

22 「共に繁栄する日本と ASEAN の戦略的パートナーシップの強化のための共同宣言 (バリ宣言:意義と概要)」外務省、2011 年 11 月 18 日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/ area/asean/j_asean/pdfs/bali_declaration_jp_g1111.pdf。

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府開発援助(ODA)の一環として、東南アジア諸国(フィリピン、 ベ トナムなど )に巡視船 を購入する ための円借 款を供与し た。こ れ は 日本が周辺 国との関係 を拡大して いることの 現れである 。以下 に ス カボロー礁 事件の経緯 について説 明し、同事 件が日本お よび東 ア ジア地域に与えた影響を掘り下げたい。

四 中国とフィリピンのスカボロー礁対峙事件の経緯

スカボロー礁(Scarborough Shoal)は海南島から約 500 カイリ、西 沙諸島から約 340 カイリ、フィリピンのスービック港から約 100 カ イ リの場所に ある。海盆 上にある海 山にサンゴ 礁が覆いか ぶさっ て で きており、 南シナ海の 中沙諸島の 中で唯一海 面から露出 してい る 島である。現在、中国、フィリピン、台湾が領有権を主張している。 1935 年当時中華民国政府が中国の版図へ入れていた。1947 年、中華 民 国政府は『 南海諸島位 置図』を編 纂出版し、 スカボロー 礁を正 式 に 「九段線」 内へ入れて 、線内の島 、礁、浅瀬 、砂州の主 権を主 張 した。1949 年に成立した中華人民共和国は、中華民国政府が引いた 境 界線をその まま使用し 、スカボロ ー礁などの 島々を含む 南シナ 海 地域の主権を主張した23 1950 年代初頭、フィリピンのスービック湾(Subic Bay)に駐屯し ていた米軍がスカボロー礁を射撃場にした。1970 年代、中国は中国 科学院海洋研究チームを派遣して調査を実施した。1980 年代、フィ リピン政府はスカボロー礁を 200 カイリ排他的経済水域内とした。 1994 年、排他的経済水域に関する規定が定められた「海洋法に関す

23 Robert Beckman, “Scarborough Shoal: Flashpoint for Confrontation or Opportunity for

Cooperation?,” RSIS Commentaries, No. 072/2012 (April 2012), http://cil.nus.edu.sg/wp/ wp-content/uploads/2010/12/ProfBeckman-RSIS-ScarboroughShoal-24Apr2012.pdf.

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る 国際連合条 約」が発効 されると、 フィリピン はスカボロ ー礁の 海 洋管轄権を主張した。その後、1997 年から 1999 年にかけてスカボロ ー 礁海域付近 で、中国漁 船とフィリ ピンの軍艦 が対峙や衝 突する 事 件が多発した。2009 年、フィリピン国会は「領海基線法案」を可決 し 、南沙諸島 の一部島・ 礁(太平島 を含む)お よび中沙諸 島のス カ ボロー礁を正式にフィリピンの領土として区分した24 中 国とフ ィリ ピンの スカ ボロー 礁対 峙事件 の経 緯の概 要は 以下の 通りである。2012 年 4 月 10 日、フィリピン海軍のフリゲート艦がス カ ボロー礁付 近で漁をし ていた中国 漁船を検査 したところ 、絶滅 危 惧 種で捕獲が 禁止されて いるサンゴ やシャコ貝 が発見され た。フ ィ リ ピン漁業法 およびワシ ントン条約 に違反して いたため、 フィリ ピ ン側が中国の漁民を検挙しようとしたところ、中国の監視船 2 隻が 現 場に現れ、 漁民の逮捕 を妨害した 。こうして 両国による 対峙が 始 まった。4 月 11 日、フィリピンのアルバート・デルロサリオ(Albert del Rosario)外相は駐フィリピンの馬克卿中国大使に対し当該事件で 出 頭を求めた 。デルロサ リオ外相は 、両国共に 事件が発生 した海 域 の 主権を主張 しており、 フィリピン は外交ルー トを通じて の紛争 解 決に合意したと述べた。一方、在フィリピン中国大使館の報道官は、 中 国の監視船 が採った行 動は中国領 海内での権 益を維持す るため の も のであると し、大使館 からフィリ ピン外務省 に対してス カボロ ー 礁の主権が中国にあることを再度言明したと述べた。 4 月 12 日、フィリピンは中国の海洋監視船と対峙していた軍艦を 撤 退させ、代 わりに沿岸 警備隊の小 型巡視船を 派遣して任 務を遂 行 させた。一方、中国側は、さらに監視船 1 隻を追加派遣して合計 3

24 「點評中國:中菲的黃岩島對峙」BBC 中文網、2012 年 5 月 17 日、http://www.bbc.co.uk/ zhongwen/trad/focus_on_china/2012/05/120514_cr_southchinasea.shtml。

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隻に増やした。中国外交部の傅瑩副部長は15 日、スカボロー礁海域 周 辺での情勢 緊迫化を受 けて、フィ リピンの駐 中国臨時代 理大使 と 緊急に会見し交渉を提案した254 月 18 日、中国農業部漁政局(漁 政)所属の船艇(漁政船)が広州から出発して南シナ海海域へ向い、 通常の漁政巡航業務を展開した。当該船はその後、19 日に中沙諸島 海域に入り、20 日にスカボロー礁海域に到達した。 4 月 16 日から 27 日にかけて、フィリピンとアメリカの海軍部隊が パラワン島(Palawan Island)付近の海域で 2 週間の合同軍事演習「バ

リカタン」(Balikatan Military Exercise)を展開した。フィリピン軍の

報道 官は、「今回 の演習はス カボロー礁 の領有権争 いとは無関 係だ 。 目 的は安全対 策、テロ対 策の強化、 および人道 支援、災害 救援に あ る」と強調した26。しかし実際にはアメリカは、同演習を通じて東ア ジ アにおける 影響力を高 めたい考え で、フィリ ピンもまた 、米軍 の 力 を借りて、 南シナ海の 領有権争い における交 渉の切り札 を手に 入 れ ようとして いた。それ ゆえ、両国 の軍事演習 は、中国と フィリ ピ ン の対峙状況 をますます 激化させた 。また、同 演習におい ても う 1 つ 注目すべき 点は、日本 の自衛隊が 初めて参加 したことで ある。 日 本 が参加した のは主に地 震が発生し た場合のシ ミュレーシ ョン訓 練 で あったが、 政府開発援 助や被災者 救済という 名目で南シ ナ海地 域 での活動に参加できたことは、日本にとっては大きな進展である。 4 月 22 日、中国の漁政船と海洋監視船はスカボロー礁海域を離れ、 監視船 1 隻のみが残って任務を続行した。在フィリピン中国大使館 の 張 華 報 道 官 は 、「 中 国 は ス カ ボ ロ ー 礁 事 件 を 外 交 交 渉 に よ り 解 決

25 「 中 國 就 黃 岩 島 事 件 約 見 菲 駐 華 外 交 官 」 REUTERS 、 2012 年 4 月 19 日 、 http://cn.reuters.com/article/cnMoneyNews/idCNSB149673020120419。 26 「菲美在南海展開『肩併肩』軍事演習」 BBC 中文網、 2012 年 4 月 16 日、 http://www.bbc.co.uk/zhongwen/trad/world/2012/04/120416_philippines_us_navy.shtml。

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したい。監視船 2 隻の撤収は中国が事態を拡大させておらず、改善 に 向けて努力 しているこ とを再度証 明するもの である」と のコメ ン トを発表した。一方、フィリピン外務省は同日、「スカボロー礁海域 で中国船4 隻とフィリピンの沿岸警備隊の船艇 1 隻が対峙している」 と 主張し、中 国漁政船の スカボロー 礁海域への 進入は領海 侵犯で あ るとの認識を示した。4 月 27 日、フィリピンの華僑団体は、「世界各 地 のフィリピ ン人が各地 域の中国大 使館や領事 館で続々と デモを 行 い 、スカボロ ー礁の領有 権を主張し ている。香 港、カナダ 、オー ス ト ラリアなど ではフィリ ピン人華僑 もデモに参 加している 」と明 ら かにした。5 月 3 日、フィリピンはスカボロー礁の正式名称を「パナ タグ礁(Panatag Shoal)」に改名した。7 日、中国外交部の傅瑩副部 長 は 、「 中 国 側 は フ ィ リ ピ ン 側 に よ る 事 態 の 拡 大 に 対 応 す る 各 種 の 準 備を整えた 。また、フ ィリピン側 が国内の民 衆や海外の 華僑を 煽 っ て中国に対 するデモを 起こさせて いることは 、両国の関 係を著 し く悪化させている」と述べた。5 月 16 日、中国外交部は、北緯 12 度から「福建省と広東省の海域境界線」にかけての南シナ海海域を、 2 か月半休漁にすると発表した。中国の休漁宣言に応じ、フィリピン 政府も翌日フィリピンの休漁区域を発表した。これにより、1 か月余 り続いたスカボロー礁での対峙による緊張状態は一時緩和された。 7 月 9 日、第 45 回東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議がカン ボ ジアの首都 プノンペン で開幕した 。アメリカ のヒラリー ・クリ ン

トン(Hillary Rodham Clinton)国務長官は ASEAN 各国に対して、ス

カ ボロー礁対 峙事件に対 する態度を はっきり示 すよう強く 要求す る

とともに、早く問題に対処しなければ、ASEAN10 か国は今後、同じ

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定 めた目標を 達成し、地 域が直面す る議題に対 して一緒に 声を上 げ なければならないと述べた27。一方、会議の議長国であるカンボジア は 、中国から 圧力を受け たことから 、共同声明 で南シナ海 をめぐ る 紛 争に言及し ないよう要 求した。こ れに対しフ ィリピンや ベトナ ム な どは、スカ ボロー礁問 題を共同声 明に明記す べきだと強 く主張 し た。その結果、7 月 13 日の閉幕式では 45 年来慣例となっていた共同 声明の発表が初めて見送られることになった28 7 月 24 日、中国海南省三沙市が正式に設置され、三亜市に替わっ て 中国最南端 の行政区画 となった。 三沙市の成 立は、中国 が南シ ナ 海 海域の領有 権争いにお ける行政管 轄権を含む 、南シナ海 海域お よ び 諸島におけ る行政管理 と開発を強 化し、さら には海洋資 源の開 発 に対して正当な理由を提示することを意味する。8 月 25 日、スカボ ロ ー礁紛争以 降、フィリ ピンのデル ロサリオ外 相と中国の 楊潔篪外 相 が初めて会 談を行った 。両者は建 設的に会談 を進め、中 国とフ ィ リピンのスカボロー礁事件は一段落した。 上 記に基 づき 、中国 とフ ィリピ ンの スカボ ロー 礁対峙 事件 を分析 す ると、スカ ボロー礁は 豊富な海洋 資源を有し 、また東ア ジア各 国 に とって海上 輸送の要衝 であり戦略 的に非常に 重要な位置 にある こ と から、中国 とフィリピ ンが共にス カボロー礁 の領有権を 簡単に は 諦 めないこと が分かる。 航行の自由 や軍事戦略 などの問題 に関わ る た め、事件発 生当初はア メリカ、日 本および周 辺関係国の 関心を 集 め た。言い換 えると、当 該事件の発 生と経過か ら、東アジ ア主要 各 国 間の権力争 いの様相が 見て取れる 。注目すべ きは、日本 が当該 事

27 「 中 菲 黃 岩 島 對 峙 希 拉 蕊 盼 東 協 表 態 」 中 國 報 新 聞 網 、 2012 年 7 月 12 日 、 http://www.chinapress.com.my/node/334987。 28 楊昊「第 45 屆東協外長會議與中國因素」『亞太和平月刊』第 4 卷第 9 期、2012 年 9 月12 日、http://www.faps.org.tw/issues/subject.aspx?pk=296。

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件 を通じてア メリカとの 同盟関係を 強化しただ けではなく 、同時 に 周 辺国、特に フィリピン やベトナム など、中国 と南シナ海 海域の 島 嶼 をめぐって 領有権を争 っている東 南アジア諸 国との関係 をさら に 拡 大させたこ とである。 日本はまた これを機に 、米軍主導 による 地 域の軍事演習にも積極的に参加した。 スカボロー礁対峙事件発生後の 2012 年 4 月 27 日、日米安保協議 委員会(2 プラス 2)が開催された。共同声明には、グアムと沖縄の 米 軍基地の再 編や、アジ ア太平洋地 域の平和、 安定および 繁栄促 進 のため、日本政府が例えば沿岸国への巡視船の提供といったODA の 戦 略的な活用 を含む、安 全保障のた めさまざま な措置をと ること な どが盛り込まれた29。同時に玄葉光一郎前外務大臣は定例の記者会見 で 、「日本は フィリピン 、シンガポ ール、ベト ナムなどと の軍事 協 力 関係を強化 する」と述 べ、そして 、日本政府 はフィリピ ン、マ レ ー シア、ベト ナムを含め た東南アジ ア地域の沿 岸国に対し 、円借 款 に よる巡視船 艇の供与な ども含めて 、南シナ海 海域の海上 保安能 力 の向上に資するような ODA の戦略的な活用による必要な支援を提 供すると言明した30

五 スカボロー礁事件の東アジア地域の安全に対する

影響と含意

中国とフィリピンのスカボロー礁での対峙は 1 か月以上続いた。 中 比両国は武 力衝突こそ 自制して回 避したもの の、外交関 係は深 刻 な 打撃を受け た。中国は 外交手段に 加えて、フ ィリピン産 のバナ ナ

29 「共同発表:日米安全保障協議委員会(「2+2」)〈仮訳〉」防衛省、2012 年 4 月 27 日、 http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/js20120427_j.html。 30 「フィリピンなどに船艇供与 戦略的 ODA で対中包囲網」『産経新聞』、2012 年 4 月29 日、http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120429/plc12042901190000-n1.htm。

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や パイナップ ルなどの果 物の輸入を 一時停止し たり、中国 からの フ ィ リピンへの ツアーを一 時中止した りするなど 、経済貿易 ルート を 通 じてもフィ リピン政府 に圧力をか けた。フィ リピンも負 けじと ア メ リカや隣国 に支持を求 めた。アメ リカとフィ リピンは対 峙が続 い て いる最中に 、合同軍事 演習「バリ カタン」を 実施した。 両国は こ れ は定期的な 合同軍事演 習だと主張 したが、実 施場所が領 有権争 い の ある海域だ ったため注 目を集めた 。また、同 演習には日 本も初 め て 参加した。 これは日本 にとって特 別な意義が ある。日本 はまた 、 フ ィリピンの 海上警備能 力向上を支 援するため 、海上警備 隊の巡 視 船を提供することに同意した。 ア メリカ はス カボロ ー礁 事件発 生後 、フィ リピ ンはア メリ カの同 盟 国であり、 武力攻撃を 受ければ米 が軍を派遣 しフィリピ ンを守 る という「米比相互防衛条約」を1951 年に締結していると再度言明し た 。しかし、 事態の拡大 を避けるた め、南シナ 海の領有権 争いに 関 しては一方に立つことを避け、2002 年に中国と東南アジア諸国連合 が採択した「南シナ海における関係国行動宣言(南シナ海行動宣言)」 を 順守すべき だと強調し た。南シナ 海をめぐる 紛争に対し てクリ ン ト ン国務長官 は、外交ル ートを通じ ての解決を 望んでおり 、当事 者 が あらゆる多 国間アプロ ーチを通じ て紛争を解 決すること を支持 す る と繰り返し 表明した。 アメリカに とって南シ ナ海海域は 重要な 戦 略 的意義を持 つ。南シナ 海がアメリ カや韓国、 日本などの 主要同 盟 国 にとって重 要な海上輸 送路である というだけ ではなく、 フィリ ピ ン も中国を包 囲する第一 列島線南方 の重要な防 衛線となっ ている か ら だ。つまり 、南シナ海 の領有権争 いへの関与 は、アメリ カにと っ て東アジア地域における核心的利益に関わるのである31。

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ス カボロ ー礁 対峙事 件の 過程か ら考 察する と、 東アジ ア地 域の安 全 保障環境の 変化は、各 主要国にそ れぞれ異な る戦略的手 段をと ら せ た。同事件 における東 アジア地域 の安全に対 する重要な 含意を 以 下の4 つにまとめた。(1)アメリカは東アジア地域における戦略を 再調整する(2)中国の安全保障戦略は海洋利益の維持が主要目的で ある(3)東アジア地域の安全保障はアメリカと中国の二強が主導す る時代へと向かう(4)日本は東南アジアの安全保障関連事項への参 加をいっそう積極化する。 まず、アメリカの東アジア地域における戦略の再調整については、 主に2011 年 2 月 8 日に米国国防省が発表した「国家軍事戦略(The

National Military Strategy of the United States of America)」から手が か りをつかむ ことができ る。当該報 告書の最大 の特徴は、 アメリ カ の イラクとア フガニスタ ンに対する 反テロ作戦 が収束に向 かい、 戦 略 の重心がア ジア太平洋 地域にシフ トすること がはっきり と示さ れ て いることで ある。報告 書には、ア メリカの戦 略的優先事 項およ び 利 益が今後ま すますアジ ア太平洋地 域からもた らされるこ とが明 確 に 指摘されて いる。その 理由は主に 、アジア太 平洋地域の 経済成 長 が 世界の経済 成長に占め る割合が今 後さらに高 くなり、こ れに伴 い 軍 事力の増強 も続くこと から、地域 の安全保障 構造に急速 な変化 が 生じ、アメリカの国家安全保障に新たな課題をもたらすからである。 つ まり、アメ リカは戦略 的重点をア ジアへシフ トする主な 理由と し て 、アメリカ の国益が今 後ますます アジア太平 洋地域と密 接に関 係 す ることに加 え、さらに 重要なのは 、同地域の 中で特に中 国の経 済 と 軍事力の拡 大が安全保 障の不安定 化を引き起 こし、アメ リカの 同

April 2012, http://www.cfr.org/east-asia/armed-clash-south-china-sea/p27883.

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地域におけるリーダーの地位が脅かされると考えている32 ア メリカ のア ジア太 平洋 地域各 国に 対する 戦略 的態度 とし ては、 抑 止力および 中国包囲の 姿勢が見て 取れる。戦 略としては 、各国 の 国力の大きさとアメリカとの緊密度に基づき、同盟国を 3 つのグル ープに分けて進めると考えられる。第 1 のグループは重要な同盟国 である日本、韓国、オーストラリアである。当該 3 国には多くの米 軍が駐屯しており、アメリカは当該 3 国との軍事的同盟関係を深め て いく。次は インドであ る。インド はアジア太 平洋地域に おいて ア メリカの第 2 の軍事的パートナーであり、核拡散防止、グローバル コ モンズの防 衛、テロ対 策、および その他の分 野から軍事 協力を 拡 大 する。そし て、フィリ ピン、タイ 、ベトナム 、マレーシ ア、イ ン ドネシア、シンガポールなどが第 3 の軍事的パートナーであり、主 に軍事安全保障協力、交流、演習を拡大させる。 実 は、ア メリ カは、 南シ ナ海の 領有 権問題 、特 に同盟 に関 する問 題 において、 故意に曖昧 な態度をと っている。 これは、ア メリカ が 国 益の最大化 を図ってい るとともに 、南シナ海 問題に関与 するこ と に 利点がある からである 。アメリカ はフィリピ ンに対して 艦船や そ の 他の兵器を 売却するこ とで経済的 利益を獲得 しているだ けでは な く 、南シナ海 情勢の緊張 および航行 の自由が妨 げられてい ること を 理 由に、アジ ア太平洋地 域における 影響力と軍 事的存在感 をさら に 高 めている。 これこそア メリカが「 アジア回帰 」において 達成し た い戦略目標である。 次 に、中 国の 安全保 障戦 略の調 整に 関して であ るが、 冷戦 後、中

32 “National Military Strategy of the United States of America 2011: Redefining America's

Military Leadership”, Homeland Security Digital Library, Feb. 2011, https://www.hsdl.org/ hslog/?q=node/5994.

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国 が南シナ海 や東シナ海 への進出を 活発化させ たのは、主 に経済 成 長 に伴いエネ ルギー需要 が急増した ことから、 海上輸送路 の安全 お よ び海洋エネ ルギー資源 の権益確保 が国家安全 保障に関わ る核心 的 利益となったからである。中国人民解放軍は1990 年代から大幅な現 代 化改革を進 めているが 、その中で も特に海軍 と空軍の現 代化は 優 先 的な改革課 題となった 。例えば、 潜水艦と攻 撃機を中心 とした 近 海 および遠洋 の航行能力 、海上攻撃 能力、およ び戦闘能力 などで あ る。 1992 年、中国は「領海法」を制定し、領土、内水、およびその領 土 とつながっ ている一帯 の海域に対 して行政管 轄権を有す ると規 定 した332009 年 9 月の中国共産党第 17 期中央委員会第 4 回全体会議 では、「国際情勢の変化に直面し、内政・外交両面でこれまでにない 危 機感を抱い ている。中 国の国家安 全保障戦略 を再調整す る必要 が あ る」との認 識を示した 。ここから 、中国が、 東シナ海お よび南 シ ナ 海において 領有権争い がある島嶼 に対し、こ れまでより さらに 積 極的かつ率先的な行動に出たことが分かる。2010 年 9 月に発生した 釣魚台列島周辺領域内における中国漁船衝突事件、2012 年 4 月の中 国とフィリピンのスカボロー礁対峙事件、および2012 年 9 月の尖閣 諸 島国有化が 引き起こし た一連の紛 争は、中国 の周辺海域 に対す る 政 策が、これ まで領有権 問題を棚上 げしていた 協調路線か ら、国 益

33 「領海法」の正式名称は「中華人民共和国領海および接続水域法」である。1992 年 2 月 25 日の第 7 期全国人民代表大会で採択・施行された。主に中国が領海に対する 主権と接続水域に対する管制権を行使し、国家安全保障と海洋権益を維持するため に制定された。条文には、中国の沿岸の島々、台湾および釣魚台列島、澎湖諸島、 東沙諸島、西沙諸島、中沙諸島、および南沙諸島は全て中華人民共和国に属すると 記されている。「《中華人民共和國領海及毗連區法》」印務局、1992 年 2 月 25 日、 http://bo.io.gov.mo/bo/i/1999/01/leinac408_cn.asp。

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優先の対外強硬路線へと舵を切ったことを示している。 さ らに、 東ア ジア地 域の 安全保 障は 次第に 米中 二強が 主導 する時 代 へと向かう 点において は、主に、 アメリカは 中国を強く 警戒し 、 中 国もアメリ カの軍事演 習に不安を 感じている ものの、両 国共に 地 域 の緊張を極 力コントロ ールし、形 勢を読み間 違えて米中 が直接 軍 事 衝突するこ とがないよ う努めるこ とを意味す る。アメリ カは米 比 外 務相・防衛 相会談で、 スカボロー 礁事件を国 際海洋法裁 判所に 提 訴 するという フィリピン の考えには 合意せず、 逆に南シナ 海の領 有 権 争いは平和 的、協力的 手段および 多国間外交 を通じて解 決すべ き だ と強調した 。中国は、 軍事力など の過激な手 段はとらな い前提 の も とで、南シ ナ海などで 起きている 紛争を通じ て、二国間 アプロ ー チにより中国にとって有利な模式図と方向を作り出すと強調した。 ASEAN はこれまで、南シナ海問題において重要な役割を果たそう とした。ASEAN 地域フォーラムなどの枠組みを通じてアメリカや日 本 などの大国 を味方に引 き入れ、中 国の南シナ 海での主張 をけん 制 した。2002 年には中国と法的拘束力を持たない「南シナ海行動宣言」 を 共同発表し 、友好的な 協議と交渉 を通じて平 和的手段で 領土問 題 を解決すると強調した。スカボロー礁事件が一段落した後、2012 年 7 月 9 日の第 45 回 ASEAN 外相会議で、南シナ海問題が再び焦点と なった。フィリピンとベトナムは各国が「南海行為準則」に署名し、 中 国の南シナ 海地域にお ける行動を 制約できる ことを期待 したが 、 その目標は達成されなかった。 同 会議で クリ ントン 国務 長官も 、地 域紛争 が激 化する のを 避ける た め、法的拘 束力のある 「南海行為 準則」をで きるだけ早 く定め る ようASEAN に呼びかけた。東南アジア 10 か国から成る ASEAN の う ち、カンボ ジアとラオ スは中国か ら巨額な財 政援助を受 けてい る こ とから、政 治の面で中 国を支持す る傾向にあ る。一方、 フィリ ピ

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ン 、タイ、シ ンガポール は、歴史的 要因により 比較的親米 姿勢で あ り、ASEAN が南シナ海問題において意見の一意を見るのは難しい。 結果、7 月 13 日の閉幕式で、ASEAN 外相会議で 45 年来慣例となっ て いた共同声 明の発表が 初めて見送 られた。フ ィリピンや ベトナ ム などの同会議での挫折は、中国がASEAN の中で、特に南シナ海の主 権 問題におい て、アメリ カと敵対し ていること を意味して いる。 こ の ことから、 当該事件の 発展経緯に おいて、米 中両国は事 態の拡 大 防 止に努めて いるものの 、事態の進 展に対して は決定的な 影響力 を 持 っているこ とが分かる 。つまり、 東アジア地 域の安全保 障の構 図 は、米中二強の構図へと改編されたと言える。 最 後は、 日本 が東南 アジ ア地域 の安 全保障 関連 事項の 参加 にいっ そ う積極的に なるという 点である。 歴史を振り 返ると、戦 後の日 本 と東南アジア地域の関係は、主に1977 年に発表された「福田ドクト リ ン」が柱と なっている 。これによ り日本は、 軍事大国の 名を払 拭 し 、東南アジ ア各国と平 和的方法お よび対等な 立場で政治 、経済 、 文化など、さまざまな面での交流を図ろうとした34。その後 30 年が 経った2006 年、第 1 次安倍内閣の外務大臣、麻生太郎が「自由と繁 栄 の弧」を提 唱した。こ れは主に、 民主主義と いった普遍 的価値 に 基 づく主張す る外交、お よび冷戦後 のアメリカ の覇権主義 を追随 す る外交路線を追究することを強調している352012 年のスカボロー 礁 対峙事件は 、日本政府 に安全保障 面において 積極的な態 度をと る よ う促した。 前述のよう に、スカボ ロー礁事件 が発生する 前日本 と

34 「福田ドクトリン演説、福田赳夫内閣総理大臣のマニラにおけるスピーチ」東京大 学東洋文化研究所田中明彦研究室「データベース『世界と日本』」、1977 年 8 月 18 日、 http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19770818.S1J.html。 35 「自由と繁栄の弧をつくる-拡がる日本外交の地平」外務省、2006 年 11 月 30 日、 http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/18/easo_1130.html。

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フ ィリピンは 、共同声明 で「戦略的 パートナー 関係」を深 めるこ と を 強調し、南 シナ海海域 の安全問題 に対して地 域協力の枠 組みの 中 で 密接に協力 し、南シナ 海の安定と 平和に貢献 できること を期待 し て いた。事件 発生後、日 本は米比合 同軍事演習 に初めて参 加した だ けではなく、その後海上自衛隊の練習艦3 隻をフィリピンへ派遣し、 さ らにフィリ ピン沿岸警 備隊の海上 防衛力増強 ために巡視 船の供 与 も 同意した。 つまり、日 本の安全保 障戦略はこ れまでより 積極的 か つ 自発的な取 り組みを展 開しており 、アメリカ との同盟関 係を深 化 さ せたことに 加え、これ を機に自衛 隊の能力も 向上させた 。さら に 重 要なのは「 武器輸出三 原則」の緩 和であり、 これは戦後 の「平 和 憲法」を依拠とした戦略主軸の転換を意味するものである。

六 おわりに

上述の分析から、2009 年から 2012 年にかけては、韓国哨戒艇沈没 事 件、釣魚台 列島周辺領 域内におけ る中国漁船 衝突事件、 および ス カ ボロー礁に おける中比 公船対峙事 件が発生す るなど、東 アジア 地 域 が相当不安 定な時期で あったこと を示してい る。その中 でもス カ ボ ロー礁事件 では、東ア ジア地域に おける主要 大国間の権 力闘争 の 構 図がはっき りと浮かび 上がった。 ロンドンの シンクタン ク「国 際 戦略研究所(The International Institute for Strategic Studies)」が分析 し た世界各地 の情勢およ び軍事力比 較によると 、アジア経 済の急 成

長および中国の軍事力の台頭により、2012 年のアジアの軍事費はヨ

ー ロッパを初 めて上回る 見通しであ る。同報告 書では、中 国が軍 事

支出を 5 年毎に約 2 倍に増やすとしていることから、その他のアジ

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ジ ア地域が新 たな軍拡競 争に突入し 、地域の不 安定要素が さらに 増 大することを意味する36。 地政学の観点から言うと、1 つの大国の台頭は通常対外拡張傾向を 伴 う。それは 、経済の急 成長に伴う 不安がある ためで、地 域内に お け る重要なチ ョークポイ ント或いは 海上輸送路 を押さえて 、戦略 上 の メリットを 獲得したい という考え があるから である。さ らに、 対 外 拡張という 強硬措置を とることに より、国内 のナショナ リズム を 高 揚させて政 権を強化し 、国家安全 保障の持続 的発展を確 保する と い う目的もあ る。中国は 近年、人民 解放軍の急 速な現代化 や、中 国 の 海洋権益を 守るため、 領有権争い がある東シ ナ海および 南シナ 海 地 域へ継続的 に進出する など、覇権 主義的な動 きを見せて おり、 東 アジア地域内での衝突や紛争が絶えない。 ま た、地 政経 済学の 観点 から言 えば 、東ア ジア 各国に とっ て東南 ア ジア地域は 、海上輸送 において必 ず通過しな ければなら ないル ー ト である上、 人口が密集 し資源が豊 富であるこ とから重要 な貿易 パ ートナーでもある。従って、アメリカ、中国、或いは日本にしても、 同 地域でより 重要な役割 を果たした いのである 。スカボロ ー礁事 件 の 進展と変遷 から見るに 、中国はこ れまでより 強硬な態度 に出て は い るものの、 最終的には 衝突の発生 を避けるた めかなり自 制をし て い ることが分 かる。また 、アメリカ については 、フィリピ ンとの 同 盟 関係を再度 表明した以 外は、同事 件の過程に 直接的な関 与をし て お らず、米中 共に本格的 な衝突が発 生し地域の 不安定化を 引き起 こ すことを望んでいないことがうかがえる。

36 “Military Balance 2012 Press Statement,” The International Institute for Strategic Studies,

Arundel House, London, March 7 2012, http://www.iiss.org/publications/military-balance/ the-military-balance-2012/press-statement/.

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2012 年 11 月、民主党の野田首相は野党の強力な圧力に押され衆議院 解散を表明した。その後12 月に行われた衆議院議員総選挙では、自 民 党が圧勝し 政権与党に 復帰した。 安倍首相は 政権発足後 、わず か 半 年の間にベ トナム、イ ンドネシア 、タイ、ミ ャンマーな どの東 南 アジア諸国を含む13 か国を訪問し、東南アジア地域との外交を重視 す る姿勢を示 した。安倍 首相は「ア ジアの民主 主義セキュ リティ ダ イアモンド(Asia’s Democratic Security Diamond)」という外交路線を 打 ち出し、海 洋権益の拡 大を狙う中 国の軍事的 脅威の下、 インド 、 オ ーストラリ ア、アメリ カと協力す ることによ り中国の海 洋進出 を 抑止し、東シナ海或いは南シナ海海域が北京の湖(Lake Beijing)に なることを防ぎたいと強調した37。つまり、中国が釣魚台列島および 南 シナ海の島 々をめぐる 領有権争い において強 硬な姿勢を とる中 、 日 本はアメリ カと協力し 、周辺国を 味方にして 、中国包囲 網を築 く 安全保障戦略を採っている。21 世紀の今日、グローバル化により急 激 に変化する 時代におい て、国家間 或いは地域 間にかかわ らず相 互 依 存の関係は 日に日に深 まっている 。いかなる 国或いは地 域の変 動 で あろうと、 それは全て 世界の政治 と経済の動 きに影響を 及ぼす 。 平 和で安定し た国際政治 環境をいか に構築する のか、全て の国の リ ーダーの知恵が試されている。 ( 寄 稿 :2013 年 1 月 21 日、採用:2013 年 9 月 23 日) 翻 訳 : 西方 亜希 子 ( フリ ーラ ン ス 翻訳 者)

37 Shinzo Abe, “Asia’s Democratic Security Diamond,” Project-Syndicate, Dec. 27, 2012,

http://www.project-syndicate.org/commentary/a-strategic-alliance-for-japan-and-india-by-shi nzo-abe.

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從中國與菲律賓的黃岩島事件探討

日本安全保障的轉變

秋 蘭

(國立臺中科技大學應用日語系助理教授)

【摘要】

2012 年 4 月位於南海的黃岩島附近,發生中國海監船和菲律賓護 衛 艦對峙事件 。此事件雖 未演變成真 正的軍事衝 突,卻造成 中菲兩 國 陷 入緊張的狀 態。長期以 來,南海海 域即存在著 主權爭議的 問題, 一 方 面由於其蘊 藏豐富的石 油以及天然 氣,同時此 區域對東亞 各國而 言 是 非常重要的 海上運輸線 ,更凸顯其 戰略位置的 重要性。據 統計中 國 已 成為世界第 二軍事大國 ,隨著中國 軍事力的崛 起,東亞的 地緣政 治 格局也產生重大的變化。2010 年東亞區域發生了一連串的衝突事件, 顯示東亞區域安全的不穩定。另外,美國總統歐巴馬提出「重返亞洲」 的 宣言,顯示 美國的全球 軍力部署重 心的轉移。 面對東亞區 域安全 的 劇 烈變化,位 居東亞的另 一個大國日 本要如何對 應將成為非 常重要 的 課題。 關 鍵字:地緣 政治、黃岩 島事件、南 海主權爭議 、日本安全 保障、 東 亞區域安全

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From Disputes between China and

Philippines in Scarborough Shoal to

an Exploration of the Changes in

Japan’s National Security

Yeh Chiu-lan

Assistant Professor, Department of Japanese Studies, National Taichung University of Science and Technology

Abstract】

A standoff between China Marine Surveillance vessels and a Philippine Navy frigate occurred near the Scarborough Shoal in the South China Sea in April 2012. The incident did not escalate to military conflict, but it increased tensions between the two countries. There have been territorial disputes in the South China Sea for a long time. The sea has a strategic importance not only because of rich deposits of oil and natural gas, but also because it is an important sea lane for East Asian countries. Statistics show that China has become the world’s second largest military spender. The rise of China’s military power brought about a big change in geopolitical structure in East Asia. A string of incidents which occurred in East Asia in 2010 indicates that the security of the region is unstable. In addition, Obama’s “pivot to Asia” reveals that the USA will shift the focus of its military power to the Asia-Pacific region. This article will look at how Japan is responding to the dramatic changes occurring in the East Asian security environment.

Keywords: Geopolitics, Scarborough Shoal Standoff, Territorial Disputes in

the South China Sea, Japan’s National Security, East Asian Regional Security

參考文獻

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