一期目のオバマ政権の対中政策は、初年度つまり 2009 年 12 月に はその基本型が成立し、大統領選挙戦に入る直前の 2011 年 11 月に
「 新戦略」と しての体裁 を整えた。 では、その 成立までの 過程で 一 期 目のオバマ 政権の対中 政策はどの ような挑戦 を受け、ど のよう な 修 正を余儀な くされたの であろうか 。言い換え るならば、 オバマ 政 権の初期的対中政策はどこまで通用したのか。
1 中国の積極的海洋進出戦略
2009 年 3 月に発生したインペッカブル号事件は、それがオバマ政 権 の発足直後 に起きただ けに、その 後の対中政 策に大きな 影響を 与 えた36。アメリカ海軍のインペッカブル号は世界に一隻しかない最新 鋭 の音響測定 艦であり、 その任務は 海南島を基 地とする中 国の原 子 力潜水艦の追跡調査にあったと考えられる。中国海軍の調査船 5 隻 が、インペッカブル号を海南島沖 120 キロという中国の排他的経済 水 域 (EEZ)で包囲し、調査活動を妨害した。排他的経済水域をあ た かも領海の ように解釈 する中国の 主張に周辺 諸国は強い 警戒感 を 抱いた。
中 国の積 極的 海洋進 出は アジア の三 つの領 域で 表面化 した 。韓半 島 (朝鮮半島 )に近い黄 海、尖閣諸 島を含む東 シナ海、そ して南 沙 群 島を含む南 シナ海であ る。こうし た中国の積 極的海洋進 出は成 功 し たのであろ うか。中国 の海洋権益 は積極政策 により保護 された の であろうか。
36 Robert Ross, “The Rise of China, the Emerging East Asian Security Order, and the Prospects of Stability”(2011 年 2 月 1 日)、日本国際問題研究所における講演。
結 果から みる と、現 時点 での中 国の 積極的 海洋 進出政 策の 成績は 落 第である。 チョナン号 事件やヨン ピョン島砲 撃事件とい った北 朝 鮮 の挑発行動 を容認する かのような 姿勢をとっ た中国は、 韓国と ア メ リカが共同 した強い対 応、具体的 には黄海近 海での合同 軍事演 習 と 2010 年 11 月の空母ジョージ・ワシントンの黄海への展開を招い た37。尖閣諸島においては、中国側の度重なる領海侵犯は日米安保条 約の強化に繋がっただけでなく、日本の防衛予算の11 年ぶりの増加 をもたらした38。また、2010 年 9 月の中国人船長の逮捕に対する報 復 措置として 、中国がレ アアースの 禁輸を示唆 したことは 、中国 の 対外イメージを大きく傷つけた39。
南 シナ海 につ いては 中国 の成績 はさ らに低 調で ある。 多国 間との 間に事実上の紛争をかかえる南シナ海を、台湾やチベットなみの「死 活 的 利 益 」 と み な す か の よ う な 一 部 の 中 国 政 府 関 係 者 の 主 張 は 、 ASEAN 諸国の指導者たちの不安をつのらせた40。中国はフィリピン やベトナムといった南沙群島問題の当事国だけでなく、ASEAN 諸国 に対中警戒感を持たせてしまった。ASEAN 諸国は、中国とのバラン
37 あるアメリカの外交官によれば、ジョージ・ワシントンは予定されていた訓練日程 を終えており、黄海に展開する予定はなかった。従って、中国軍関係者の「アメリ カ軍の黄海進入を許さない」というレトリックが黄海への展開の引き金になったと いう。
38 『朝日新聞』2013 年 1 月 18 日。同紙によると、安倍内閣による新年度予算では防衛 費が400 億円増加するだけでなく、自衛官が 8 年ぶりに増加する。海上保安庁の予 算は前年比4 割増が見込まれている。
39 傷ついたのはイメージだけではない。日本をはじめ各国が対抗措置を講じた結果、
中国のレアアースの輸出実績は2012 年末には 2010 年に較べ、三分の一に下落し、
輸出価格も大幅に低下した。『朝日新聞』2012 年 12 月 29 日。
40 ベイダーによれば、少なくとも 2010 年 3 月の時点では、外相の楊潔篪も国務委員の 戴秉国も「死活的利害(Vital Interest)」という言葉は使わなかった。Bader, Obama and China’s Rise, p. 77.
ス をとるため に、アメリ カのアジア におけるプ レゼンスを 歓迎す る ようになった。2011 年 11 月にアメリカが EAS に加入する下地は既 に 出来ていた 。オバマ政 権は、中国 が周辺諸国 の警戒感を あおっ た が ために、極 めて少ない コストでア ジア回帰を 果たすこと ができ た のである。
ア メリカ のア ジア回 帰に は死角 が存 在する 。そ れは、 米中 が国交 正 常化にあた って悩み抜 いた問題、 即ち台湾問 題である。 中台の 経 済 的依存関係 が進展する なかで、台 湾の実質的 独立は保持 できる の か 、そのため にアメリカ あるいは日 本は何がで きるのか、 という 問 題である41。アメリカの一部では、中国との戦争を避けるためにアメ リカは台湾から手を引くべきだという論議も起きている42。尖閣諸島
( 中国語名: 釣魚台列嶼 )の問題に 関しては、 台湾は当事 者とし て 振 る舞ってい るし、将来 的にも振る 舞うであろ う。現在ま で、馬 英 九 政権は、尖 閣問題につ いて中国政 府と共同歩 調をとるこ とには 慎 重 である。し かし、何ら かの事情で そのような 抑制が効か なくな っ た 場合、アメ リカは従来 経験してこ なかった困 難に直面す ること に な ろう。なか でも、台湾 近海におけ る日中の衝 突はなんと しても 避 け なければな らない。そ うした衝突 は米中関係 をも一気に 悪化さ せ るからである43。
41 2009 年までの中台経済関係と台湾の政治的自立性の問題に関しては、大嶋英一「中 台経済関係の進展と台湾の自立性」『2009 年度財団法人交流協会日台交流センター 日台研究支援事業報告書』(財団法人交流協会、2010 年 3 月)を参照。
42 Charles Glaser, “Will China’s Rise Lead to War?” Foreign Affairs (March/April 2011).
43 Richard Bush, The Perils of Proximity: China-Japan Security Relations (Washington D.C.:
Brookings Institution, 2010).
2 日本との関係
初 期のオ バマ 政権に とっ て、日 本が 対中政 策の 制約に なる ことは 想定外であった。しかし、2009 年 8 月の総選挙の結果誕生した鳩山 政 権はオバマ 政権にとっ て扱いにく い相手とな った。鳩山 政権が 、 ア メリカを除 外した「東 アジア共同 体」への関 与を打ち出 しただ け で な く 、 ア メ リ カ と の 同 盟 関 係 を 見 直 す 意 思 を 表 明 し た か ら で あ る 。ベイダー らは、鳩山 政権が日米 の同盟関係 をないがし ろにし 、 過度に中国にすり寄ることを強く懸念した44。その懸念を裏付けるか の ように、鳩 山政権は既 に日米が合 意していた 沖縄の普天 間基地 の 移転を見直すと宣言した。
鳩山政権はその政権公約にもない普天間基地問題をとりあげ、「勝 手にこけてしまった」結果となった45。この公約を実現できなかった 鳩山首相は2010 年 6 月に辞職した。オバマ候補同様に、「チェンジ」
を掲げて華々しく登場した鳩山政権は 9 ヶ月しか持たなかった。鳩 山 政権を継い だ菅政権と 野田政権は いずれも日 米安保体制 の堅持 を 打ち出し、オバマ政権との関係は好転した。2010 年 9 月の尖閣諸島 領 海での中国 漁船の拿捕 問題に対す る中国の強 硬姿勢は、 日本の 一 般市民に日米安保体制の重要性を再認識させた。さらには2011 年 3 月 の東北大震 災の支援活 動に在日米 軍が参加し た、いわゆ る「と も だ ち作戦」の 結果、日本 の一般市民 の対米感情 は好転した 。これ は 尖 閣問題を巡 って日中の 市民感情が 極めて悪化 したことと 対照的 で ある。
し かし、 オバ マ政権 の一 期目を 通じ て日本 はア メリカ の対 中政策 の良きパートナーとはなれなかった。5 年半続いた小泉政権の後、毎
44 Bader, Obama and China’s Rise, p. 43.
45 筆者の同僚、学習院大学法学部・野中尚人教授の言葉。
年 のように替 わる日本の 政権は対外 政策の継続 性を維持す るには あ まりにも不安定だったのである。2012 年 12 月の総選挙で、民主党は 大 敗し、鳩山 元首相は政 界を引退し た。政権に 返り咲いた 安倍首 相 は 、二期目の オバマ大統 領の良きパ ートナーと なれるであ ろうか 。 安 倍首相は自 ら東南アジ アを歴訪し 、中国へは 連立を組む 公明党 の 山口代表を送った。「戦略と経済対話」というメカニズムを持つに至 っ た米中に較 べ、日中の 政府間対話 メカニズム は脆弱であ る。民 間 レ ベルの交流 も尖閣問題 以来、細く なったまま である。日 本流バ ラ ンス外交が機能するまでには少なくとも 3 年程度の時間と地道な対 話の積み重ねが必要である。
四 おわりに
一 期目の オバ マ政権 の対 中政策 のキ ーワー ドは 、微調 整と バラン ス である。政 策の転換は 、継続を意 識しながら 、個別案件 の微調 整 を 積み重ねる 形でなされ た。オバマ 大統領は、 先ずその対 外政策 チ ー ム に お け る 共 和 党 と 民 主 党 の バ ラ ン ス を と る と こ ろ か ら 開 始 し た 。次に、オ バマ大統領 は米中関係 における経 済と安全保 障のバ ラ ン スをとり、 首脳訪問に おける儀礼 上のバラン スをとり、 中国と 日 本とのバランスをとり、更には中国と ASEAN とのバランスをとっ た。
二 期目の オバ マ大統 領も 引き続 きこ の漸進 的勢 力均衡 政策 を続け ると考えられる。何故なら、この政策こそ一期目の4 年間で試され、
二 期目の オバ マ大統 領も 引き続 きこ の漸進 的勢 力均衡 政策 を続け ると考えられる。何故なら、この政策こそ一期目の4 年間で試され、