オバマ二期目の対中政策
―初期政策の形成過程―
中
居 良 文
(学習院大学法学部政治学科教授)【要約】
オ バマ大 統領 は、世 界を 平和に した いとい う強 い願望 を持 ちつつ も 、国内で多 くの問題を 抱え、外交 にはあまり 時間を割け ない人 物 と して登場し た。その初 期の対中政 策は、大き な戦略に基 づいた も の ではなく、 直面する課 題をなんと か乗り越え ながら、手 探りで 少 しずつ作っていったものである。 二 期目の 大統 領は一 期目 にとっ た政 策に拘 束さ れる。 それ は、対 外 政策におい ては政策の 継続性が重 要であるこ とに加え、 二期目 の 大統領は一期目の政策を全面的に覆すことが難しいからである。 オ バマ二 期目 の対中 政策 は、一 期目 の政策 を踏 襲した 、漸 進的か つ慎重な関与政策となろう。「柔軟で包括的なバランス・オブ・パワ ー(勢力均衡)」政策というのがその形容詞となろう。その政策目標 は中国の対アジア政策を2008 年以前のような穏健かつ平和的なもの に導くこと、突発的事件による関係悪化を未然に防ぐこと、そして、 中 国を含むア ジア全体に 対するアメ リカの影響 力を増大す ること で ある。 キーワード:継続性、バランス、リアリズム、合理性の制約一 はじめに
本 稿はオ バマ 政権二 期目 の対中 政策 の基本 的性 格を考 える ことに し たい。その 際、限られ た紙面のな かで全体像 を描くため には、 何 に 注目し、何 を分析の対 象とするべ きであろう か。本稿は 二つの 視 点 からオバマ 政権二期目 の対中政策 を見ていく こととする 。先ず 、 第 一の視点は 、オバマ政 権一期目の 対中政策で ある。なか でも、 初 年 度の対中政 策に注目す る。一期目 のオバマ大 統領は中国 とどの よ うな関係を持とうと意図し、どのような政策をとったのか。そして、 二 期目を迎え るにあたっ て、一期目 の政策をど のように評 価し、 ど の ように修正 しようとし ているのか 。二期目の 大統領は一 期目に と っ た政策に拘 束される。 それは、対 外政策にお いては政策 の継続 性 が 重要である ことに加え 、二期目の 大統領は一 期目の政策 を全面 的 に覆すことが難しいからである1。 次 に、本 稿は 、一期 目の オバマ 政権 が対中 政策 を策定 する 際に直 面 した制約に 注目する。 一期目の対 中政策はど のような経 過を経 て 成 立したのか 、その基本 的性格は何 か。対中政 策に限らず 、一般 的 に 政策の決定 と実施には 多くの障害 が存在する 。オバマ大 統領が 対 外 政策の最終 政策決定者 として「合 理性」を重 視する人物 である こ とは一期目の実績から明らかである2。しかし、多くの論者が指摘す1 外交の継続性を強調するのは、駐米大使を経験し、長く日本国際問題研究所の理事 長を務めた松永信雄である。松永は彼の回顧録『ある外交官の回想』の終章で外交 における「一貫性と継続性」の重要性を指摘した。松永信雄『ある外交官の回想』(日 本経済新聞社、2002 年)、215 ページ。 2 ここでいう合理性とは、与えられた選択肢のなかで最も国益の増大に繋がるものを 選択する志向のことを指す。オバマ大統領が下した決定のすべてが「合理的」であ ったという訳ではない。
る ように、政 策決定者が 純粋に合理 的な決定を することは 非常に ま れ である。多 くの場合、 政策決定者 は限られた 時間の中で 、不完 全 な 情報に基づ き、不満足 な決定を下 さざるをえ ない。合理 性は強 い 制約を受けるのである3。 事 実、一 期目 のオバ マ大 統領の 対外 政策は 多く の制約 を受 けた。 そ うした制約 のいくつか は中国発の ものであっ た。二期目 のオバ マ 政 権は一期目 から継続す る制約に加 えて、突発 事件や軍事 衝突、 あ る いは大災害 や政権交代 といった予 想すること が困難な新 たな制 約 に 直面するこ とになろう 。二期目の 政策を考え るうえで、 一期目 に 遭 遇した制約 のうちで、 二期目に繰 り越された ものは何か を考え る こ とは有用で ある。それ は、オバマ 二期目の対 中政策をそ の理想 型 ではなく、実現可能性という角度から論ずることになるからである。 オ バマ政 権一 期目に 国家 安全保 障会 議アジ ア上 級部長 を務 めたジ
ェフリー・ベイダー(Jeffrey Bader)の回顧録、Obama and China’s Rise:
An Insider’s Account of America’s Asia Strategy (2012) は、オバマ政権
一 期目の対中 政策を分析 するために 貴重な材料 を提供する 。ベイ ダ ーは一期の3 年目、2011 年の 4 月に職を辞したが、上院議員であっ たオバマが大統領選への立候補を決めた2007 年時点で既にオバマの 対外政策策定チームに参加していた4。即ち、ベイダーはオバマの対 ア ジア政策の 形成期にそ の策定に深 く関与した だけでなく 、オバ マ 政 権の一期目 のほとんど の期間にお いて対アジ ア政策の立 案と実 行
3 いわゆる「合理性の制約」"bounded rationality” の問題を端的に指摘しているのは、
Charles Lindblom, The Policy-Making Process. 2nd edition, (Englewood Cliffs: Prentice-Hall,
1980), p. 20。
4 Jeffrey Bader, Obama and China’s Rise: An Insider’s Account of America’s Asia Strategy
の両方に携わったことになる5。ベイダーは若くして国務省に入省以 来 、中国 関係 のポス トを 歴任し てき たベテ ラン 外交官 であ る。2002 年 に国務省を 退職してか らはブルッ キングス研 究所の中国 センタ ー 長として、中国研究者の間には広く知られた存在である。 ベ イダー の回 顧録の 長所 は、同 時に また欠 点で もある 。こ の本の 特 徴は、その 書名にある ように、ベ イダーが政 策決定サー クルの 内 部 の 人 間 (Insider)として書いていることにある。いわゆる内部 情 報 は、その客 観性に疑問 がつくこと が避けられ ない。オバ マ大統 領 が 受けたに違 いない制約 に関しては 、ベイダー の記述は抑 制的で あ る 。オバマ大 統領は、多 くの制約を 受けながら も、それら の制約 を 乗 り越えて、 冷静かつ合 理的な決定 を下してい った政策決 定者と し て 描かれてい る。大統領 補佐官とし てのベイダ ーの任務は アメリ カ の 対外政策を 通じて、ア メリカの国 益を守るこ とであるか ら、大 統 領 の決定の「 合理性」を 強調するの は当然のこ とである。 そうで な く ては、つま りボスの合 理性を信じ ることなし に、大統領 補佐官 を 務めることは不可能であろう。 本 稿の狙 いは 、ベイ ダー とは異 なっ ている 。オ バマ大 統領 は先ず 外 交に素人で 、世界を平 和にしたい という強い 願望は持ち つつも 、 国 内で多くの 問題を抱え 、外交には あまり時間 を割けない 人物と し て 登場する。 その初期の 対中政策も 、大きな戦 略に基づい たもの と
5 アメリカの一期目の大統領は、その任期の 4 年目のほとんどを対外政策ではなく、 再選のために費やさなければならない。一方、新任の大統領の初年度は多くの場合 前任者の対外政策を否定することに費やされる。2 年目は新大統領が新たな対外政策 イニシアチブをとるチャンスである。しかし、多くの場合そのようなチャンスは長 続きしない。議会の中間選挙で与党が敗北することが多いからである。3 年目には新 大統領の対外政策は前大統領の政策に回帰する。マイケル・オクセンバーグ「米中 関係」アトランティック・カウンシル編『中国とアメリカ・今後十年の展望』(人間 の科学社、1984 年)、207~208 ページ。
し てではなく 、直面する 課題をなん とか乗り越 えながら、 手探り で 少 しずつ作っ ていったも のとして扱 う。つまり 、本稿の分 析にお い て 、オバマ大 統領や側近 たちの合理 性は前提と されていな い。彼 ら は 限られた情 報と時間の 中で、かな らずしもベ ストではな いが、 ベ タ ー な 選 択 を す る と い う 意 味 で 、 制 約 さ れ た 合 理 性 (Bounded Rational)を持つアクターとして扱われる。 本稿執筆時点(2013 年 1 月)で、オバマ政権の二期目はまだ始ま っ たばかりで あり、その 対中政策の 具体像は推 測の域を出 ない。 ま た、2012 年末から 2013 年頭にかけてアジアの主要国である、中国、 ロ シア、韓国 、日本で相 継いで政権 交代が起き たことを考 えると 、 政 策決定の土 台ともいう べきアジア の国際環境 には多くの 不確実 性 があることは疑いがない。 し かし、 そう した不 確実 性があ るが 故に、 オバ マ二期 目の 対中政 策 はアジア太 平洋地域の 将来像を大 きく規定す る、いわゆ る決定 的 要因(Critical Choice)となる可能性を秘めている6。先が見えない状 況 の中での対 外政策決定 は、その最 初の一手に 相手がどの ように 反 応するかが極めて重要になる。 本 稿の結 論は オバマ 二期 目の対 中政 策は、 一期 目の政 策を 踏襲し た 、漸進的か つ慎重な関 与政策とな ろうという ものである 。形容 詞 としては「柔軟で包括的なバランス・オブ・パワー(勢力均衡)」政 策がふさわしい。その政策目標は中国の対アジア政策を2008 年以前 の ような穏健 かつ平和的 なものに導 くこと、突 発的事件に よる関 係 悪 化を未然に 防ぐこと、 そして、中 国を含むア ジア全体に 対する ア
6 一度政策の方向性が決まると、その方向への動きが強化され、方向転換が困難にな
るという傾向については、Paul Pierson, Politics In Time: History, Institutions, and Social
メリカの影響力を増大することである。
二 初期的対中政策の形成
1 オバマ大統領の登場 オ バマ大 統領 は新た な対 中政策 を打 ち出し て選 挙戦に 勝利 したわ け ではない。 過去の大統 領選挙に較 べて、いわ ゆる中国問 題が選 挙 戦 に占める割 合は低かっ た。なかで も、共和党 の現職大統 領に民 主 党の候補者が挑戦した 1992 年と 2000 年に較べると、中国問題は争 点 にすらなっ ていなかっ たと言って よいであろ う。これは 、アメ リ カ の選挙民が 中国問題に 関心がなか ったという ことを意味 しない 。 2008 年 9 月に発生したいわゆるリーマン・ショックは、アメリカ経 済 の脆弱性を 明瞭にした し、アメリ カが中国に 負う巨大な 負債を 暴 露した。つまり、それまで一部で流布していた各種の「中国脅威論」 は 、アメリカ 経済の危機 を契機に広 く選挙民に 共有される に至っ た のである7。台頭する中国にいかに対処すべきか、という問題は党派 性を越えた問題(Bipartisan Issue)となっていたのである。 で は、ア メリ カの選 挙民 は新大 統領 オバマ に何 を期待 した のか。 筆 者 の 知 る 限 り 、 こ の 問 題 に 最 も 明 瞭 か つ 端 的 な 答 え を 出 し た の は 、 ラ イ ス 大 学 東 京 ・ 国 際 関 係 研 究 所 長 の デ ジ ャ リ ッ ク ( Robert Dujarric)である。デジャリックによれば、オバマ大統領は「ゴミ掃 除長官(Janitor-in-Chief)」として登場した8。つまり、アメリカの有 権者は、オバマに軍の最高司令官という役割ではなく、「ゴミ片付け」 を 期待したと いうのであ る。ゴミと は前政権が 残していっ た懸案 で7 例として、Martin Jacques, When China Rules The World: The End of the Western World and
the Birth of A New Global Order (New York: Penguin Press, 2009)。
8 Robert Dujarric, “The next US president as ‘janitor-in-chief’,” Japan Times, (January 25,
あり、最大のゴミは二つ、即ちイラク・アフガン戦争と経済である。 だ とすれば、 オバマ大統 領の対中政 策は、この 二つの政策 課題( ゴ ミの処理)との関わりで論じられることになろう。 こ のデジ ャリ ックの 指摘 は、一 期目 のオバ マ大 統領の 全体 的評価 を するための 示唆に富ん でいる。オ バマ大統領 は健康保険 改革や 財 政 秩序確立と いった大き な改革はほ とんど失敗 したにも拘 らず、 再 選 された。そ れは、有権 者が放置で きないと考 えた二つの ゴミ、 イ ラ ク・アフガ ン戦争への 泥沼的介入 とリーマン ・ショック 後の大 企 業 の連鎖倒産 、をなんと か片付けた からである 。片付けた といっ て も 、ゴミは最 終処分場に 送られたわ けではない 。とりあえ ず、市 民 の 迷惑になら ないように 、ゴミ袋に 入れられて 集積場に積 み上げ ら れ た段階であ ろう。いず れにせよ、 大統領がゴ ミ片付けに 集中す る ためには、新たなゴミの発生を防がなければならない。 オ バマ候 補の 対中政 策は 現状維 持色 の濃厚 な、 実務的 な内 容を持 つ ものとなっ た。即ち、 いかにして 、いわゆる 「反テロ戦 争」へ の 中 国の関与を 継続させ、 アメリカの 負担を軽減 するか。そ れと同 時 に 、アメリカ 経済を全面 的崩壊から 救い出すた めに、中国 の協力 を い かにして引 き出すか、 という問い への解答を 探す作業が 必要と な ったのである。 大 統領候 補と しての オバ マにと って 幸運だ った のは、 大統 領選挙 戦 において、 対中政策が 争点になら なかったこ とである。 共和党 の 候 補者たちを 攻撃するた めの材料は 中国以外の 政策領域で ふんだ ん にあった。一方、対中政策の課題はG.W. ブッシュ政権の二期目には 既 に明らかに なっていた 。中国には 片手間では なく、精力 的にか つ 真 剣に向き合 わなければ ならない。 中国の関与 を引き出す ための 手 段、首脳会談と閣僚トップレベルの「戦略対話」も既に出来ていた。 ベ イダーをは じめとする オバマの対 外政策策定 のためのア ドバイ ザ
ーたち、いわゆる「Transition team」はオバマの一期目の対中政策を ゼ ロから書き 直す必要は なかった。 そのような 作業は大統 領選を 勝 ち抜くためには必要ではなかった。 ベイダーらアドバイザーたちの作業は、G.W. ブッシュ政権の二期 目 の成果を引 き継ぐこと 、そして、 同時に一期 目のオバマ 大統領 の 対 中 政 策 に 新 た な イ メ ー ジ を 与 え る こ と に 向 け ら れ た 。 具 体 的 に は 、中国の「 反テロ戦争 」への支持 を引き続き 確保するこ と、そ の た めの手段を より効率的 にすること 、そして中 国と日本だ けでは な く 、韓国や東 南アジア諸 国、大洋州 諸国を含む アジア全域 に対す る 大 統領の関与 と関心を確 保すること にあった。 大統領の関 与と関 心 の 確保とは、 ワシントン の言語に翻 訳すれば、 大統領にと って最 も 貴重な資源、即ち時間をどれだけ確保できるか、ということである。 筆者は2008 年 3 月にワシントンとニューヨークを訪問した。日本 国際問題研究所の訪問団の一員として、8 ヶ月後に迫っていた大統領 選 挙の行方を 調査するた めである。 この訪問に おける発見 は二つ あ っ た。先ず、 ワシントン における政 治的時間は 、進み方が 違うと い う点である。日本のマスコミの関心が、「果たしてオバマは勝てるで あ ろうか?」 というもの であったの に対して、 ベイダーを 含む民 主 党 の支持者た ちは、オバ マの当選を 所与のもの として動い ていた 。 つまり、彼等の時計は大統領選が行われる11 月を指していたのであ る 。第二の発 見は、この 時点で既に オバマ一期 目の対中政 策の基 本 構 想が出来て いたことで ある。ベイ ダーは訪問 団に対して 、オバ マ 大 統領は過去 のアメリカ 新政権が犯 した失敗を 繰り返すこ とはな い と 断言した。 ベイダーに よれば、新 大統領が任 期の最初で 反中姿 勢 を とりその後 親中路線に 切り替える のは非効率 かつ有害で ある。 オ バ マ大統領は 最初から中 国に対して 、協調と協 力を打ち出 してい く というのが当時のベイダーのメッセージであった。
現 時点で ベイ ダーの 回顧 録を読 んで みると 、こ うした 対中 協調メ ッ セ ー ジ に は 別 の ね ら い が あ っ た こ と が 判 明 す る 。 そ の ね ら い と は 、オバマ候 補に対する 日韓両国の 政策担当者 たちの不安 を払拭 す る ことである 。ベイダー たち民主党 のアドバイ ザーたちは 、日韓 両 国 の政策担当 者たちが民 主党の新人 候補に対し て根深い不 信感を 持 っていることを知っていた。ベイダーの言葉を借りれば、 「我々は東アジアの同盟国に対して、彼らがその人となりを知ら ないオバマ候補という人物は信用できる友人であるということを 訴える必要があると考えていた」9。 中 国も、 共和 党保守 層と 同じよ うな 悩みを 抱え ていた 。彼 等にと っ て、オバマ 候補のリベ ラルな側面 は取り扱い が難しかっ たので あ る 。中国は、 オバマ大統 領がクリン トン前大統 領にも増し て強硬 に 人 権状況の改 善を迫って くるのでは ないかと恐 れた。民主 党のリ ベ ラ ルたちは、 中国が死活 的利益と考 えている二 つの問題領 域、台 湾 と チベット、 に関して中 国の主張と 真っ向から 対立してい たから で あ る。日本も またオバマ 候補の登場 を歓迎しな かった。日 本の政 策 担 当者たちに とって、自 民党政権が 政権を維持 できなくな る事態 そ の ものが大き な不安定要 素であった 。日本の政 策担当者た ちは、 国 内 の政治状況 が流動化す るなかで、 オバマ新政 権がクリン トン政 権 ばりの対日経済数値目標をつきつけてくることを恐れた。 ア メリカ の共 和党系 シン クタン クも オバマ 政権 がもた らす 不安定 要 因を強調し た。彼らは 、オバマ候 補の対外政 策、なかで も対中 政 策 がアジアの 安全保障環 境を劣化さ せると主張 した。外交 に関し て
は 全く実績が ないオバマ 候補では、 偶発的軍事 衝突やテロ リスト か ら の攻撃とい う非常事態 に対処でき ないという 主張である 。筆者 が 当 時面談した ある保守系 シンクタン クの研究員 は、オバマ 候補に 対 する不信感を以下のように表現した。 「再び1996 年の台湾海峡危機のような事態が起きたとき、新大統 領はどうするか。ミセス・クリントンならば夫のアドバイスを受 けて、空母部隊を派遣するかもしれない。しかし、オバマ候補が その時どういう対応をとるかは全く未知数だ」10 2001 年 9 月 11 日の同時多発テロ事件の発生以来、中日両国の政策 担当者たちは、G.W. ブッシュ政権の対外政策担当者たち、つまりゼ
ーリック(Robert Zoellick)、アーミテージ(Richard Armitage)、グリ
ーン(Michael Green)らと、密接な個人的信頼関係を築いてきた。 G.W. ブッシュ政権の二期目には「安全保障チーム」に「経済チーム」 が加わった。財務長官の ポールソン(Henry Paulson)は中米経済交 流 の拡大発展 を強力に推 進した。こ れらの「良 好な関係」 を失い た く ないという のが、中日 両国をはじ めとするア ジア諸国の 政策担 当 者 たちの正直 な気持ちで あったと推 測される。 大統領選で オバマ 陣 営 の 優 勢 が 伝 え ら れ て も 、 日 本 の メ デ ィ ア は 懐 疑 的 な 姿 勢 を 続 け た。中国のメディアは沈黙を守った。 中 国と日 本の 一般市 民に とって 、程 度の差 こそ あれ、 オバ マ大統 領 の登場は驚 きであった 。選挙の直 前まで、両 国の主要メ ディア に は 「オバマ候 補は必ず暗 殺される」 とか「結局 、アメリカ の有権 者 は 肌の色で投 票する」と いった「信 頼できる情 報」が流さ れ続け て
い たからであ る。大統領 選直後のア メリカでは 、中国や日 本の懸 念 を よ そ に 、「 ア メ リ カ の 民 主 主 義 の 勝 利 」 を 祝 う お 祭 り 騒 ぎ が 続 い た 。大統領選 挙を取材し ていたある アメリカ研 究者は、ワ シント ン や ニューヨー クでの興奮 に較べて、 東京や北京 が極めて「 冷めて い る」ことに驚きを隠せなかった11。 こ うした 文脈 でみる と、 ベイダ ーら アドバ イザ ーたち が用 意した 「 先ず、対外 政策の継承 と継続を強 調する路線 」は合理的 かつ効 果 的 で あ っ た 。 現 状 を 変 更 す る た め の コ ス ト が か か ら な い と い う 点 で 、関与の継 続は合理的 であり、中 日両国が持 つ新政権へ の不信 感 を 払拭する点 で、関与の 継続は効果 的であった 。問題は、 オバマ 候 補 が大統領選 挙戦で主張 した「チェ ンジ」の中 身をどうす るかで あ った。では次に、オバマ流関与政策の具体的内容の検討に入ろう。 2 初期的微調整 ベ イダー は、 オバマ 政権 発足時 点で の、ア メリ カの対 アジ ア・太 平洋戦略の基本的原則を以下のようにまとめている12。 - ア メ リ カ の 対 外 政 策 に お い て ア ジ ア ・ 太 平 洋 地 域 に よ り 高 い 優 先度を与えること - 中国が大国化しただけでなく、10 年後には世界で二番目に大きな 影響力を持つ国になるであろうことを認識すること - 米中関係を通じて、大国化した中国を地域の安定と発展に貢献す るよう促すこと - 適切な対中戦略は以下の 3 つの柱からなる:①国際社会における 中 国 の 増 大 す る 役 割 を 歓 迎 す る こ と ② 中 国 が 国 際 的 な 規 範 と 国
11 中山俊宏・青山学院大学教授との会話。 12 Bader, Obama and China’s Rise, pp. 6~8 中居訳。
際 法 を 遵 守 す る よ う 見 守 る こ と ③ 大 国 化 し た 中 国 が 地 域 の 安 定 に寄与するようにアジア・太平洋の環境を整備すること - 日本、韓国、オーストラリアとの強固な同盟関係を維持すると共 に、インドネシア、インド、ヴェトナムとの安全保障パートナー シップを発展させること - 海外でのアメリカのリーダーシップを守るために、国内経済の再 建をはかること - 核 兵 器 と ミ サ イ ル 能 力 を 持 つ 北 朝 鮮 は ア メ リ カ の 安 全 保 障 に と っての脅威であると認識すること - ア ジ ア ・ 太 平 洋 の 多 く の 国 が ア メ リ カ の 強 固 で 継 続 的 な 、 経 済 的、政治的、軍事的プレゼンスを望んでいることを認識すること - ア メ リ カ は ア ジ ア ・ 太 平 洋 地 域 の 主 要 な 多 国 間 協 定 に 参 加 す る だけでなく、主導力を発揮すべきこと - 人 権 状 況 の 改 善 の た め に 状 況 に 応 じ た 柔 軟 か つ 多 角 的 な 取 り 組 みをすべきこと こ こで、 我々 はこの ベイ ダー提 案の なかに 、後 にオバ マ政 権の対 中 戦略の根本 姿勢とみな されるよう になる諸原 則がほぼ網 羅され て い ることを確 認しておこ う。それら は、例えば 、いわゆる 「アジ ア ・シフト」であり、安全保障における「対中ヘッジ」であり、「多国 間 協定への積 極的参加」 である。但 し、これら の原則はこ の時点 で はまだ「現実」の試練を受けていない、単なる政策目標にすぎない。 従 って、ここ に何が書か れているか より、これ らの原則が オバマ 一 期 目において どのように 使われ、ど のような変 化を遂げて いった の かをみることがより重要になる。 同時に、これらの基本原則は、前任者の G.W. ブッシュ大統領の対 ア ジア・太平 洋戦略を根 本的に覆す ものではな い点も確認 してお こ う。対アジア・太平洋戦略の中心はG.W. ブッシュ政権と同様、台頭
す る中国であ る。中国に 対する基本 姿勢は関与 であり、敵 対でも 囲 い込みでもない。これらの原則を貫く姿勢は、G.W. ブッシュ政権と 同様に、アメリカの国益重視である。オバマ政権はG.W. ブッシュ政 権 のように、 政権内部に いわゆる「 ネオコン」 論者たちを 抱え込 ん で いないので 、対アジア ・太平洋戦 略に対中封 じ込めや強 硬な軍 事 対 立路線とい った右寄り の反中イデ オロギーが 持ち込まれ る可能 性 は低かった。しかし、「チェンジ」を掲げて選挙戦を戦い勝利したオ バ マ大統領は 、国内で共 和党政権と は反対方向 からの批判 に晒さ れ ることになった。 確 かに、 一期 目オバ マ政 権の現 状維 持的な 対中 姿勢は 、オ バマ候 補 が大統領選 挙戦で主張 し続けた「 チェンジ」 とは縁遠い もので あ っ た。一期目 のオバマ大 統領は、ア メリカの対 中政策にも 画期的 な 「 チェンジ」 を期待した 選挙民たち 、なかでも リベラルな 立場を と る メディアか らの批判に 曝されるこ とになった 。ベイダー は、ニ ュ ー ヨーク・タ イムズやワ シントン・ ポストによ る批判的な 報道に 悩 まされ、「表面的な反対論に満ちあふれた公共空間の中でまともな対 外政策を追求することは困難だ」13とぼやいている。ベイダーは機微 に あふれる外 交交渉の意 味をマスコ ミが正しく 理解するこ とを求 め た 。しかし、 そもそも「 継続」をあ たかも「変 化」である かのよ う に装うところに無理があった。 一 期目の オバ マ政権 の対 中政策 の特 徴は、 ベイ ダーの 言葉 を借り れば、G.W. ブッシュ政権の対中政策の「微調整(fine-tuning)」14で あ った。前述 したように 、新政権の 最初の政策 は、その後 の展開 に 大 きな影響を 与える。た とえその調 整が小さな 部分的調整 であっ て
13 Bader, Obama and China’s Rise, p. 52 中居訳。 14 Bader, Obama and China’s Rise, p. 3.
も 、である。 では、オバ マ政権は実 際にどのよ うな微調整 を行っ た のか、次にみることにしよう。 (1) 対外政策関係者人事の微調整 オ バマ新 政権 は以下 の人 事にお いて 、共和 党と の協力 関係 を強調 し、安全保障政策におけるG.W. ブッシュ政権との継続性を訴え、中 国 、日本、ア ジア・太平 洋の重要性 をアピール した。注目 すべき は こ れらの微調 整が従来の 制度的枠組 みの中で、 前例に則っ て行わ れ たこと、そしてこの体制が2011 年初頭までの 2 年間に渉って継続し たことである。具体的措置は以下の通り。 - ゲーツ(Robert Gates)国防長官の留任 - ヒラリー・クリントン(Hilary Clinton)の国務長官就任と 4 年間 にわたる継続的関与 - ガイトナー(Timothy Geithner)財務長官の起用と 4 年間にわたる 継続的関与 - 国務省のアジア担当者の布陣、なかでもクリントン政権でアジア ・太平洋担当国防副次官補を務めた海軍出身の外交官、キャンベ ル(Kurt Campbell)の東アジア・太平洋担当国務次官補就任、ま た ク リ ン ト ン 政 権 で 国 家 安 全 保 障 問 題 担 当 大 統 領 副 補 佐 官 を 務 め 、G.W. ブッシュ政権の一期目にはワシントンのブルッキング ス研究所で副所長をしていた、スタインバーグ(James Steinberg) の国務副長官就任
- 国家安全保障問題担当大統領補佐官(National Security Advisor)
への現役軍人、ジョーンズ(James Jones)海兵隊大将の就任
- 共和党のハンツマン(Jon Huntsman)・ユタ州知事の中国大使へ の起用
バ マ大統領の 安全保障政 策への懸念 を打ち消す 狙いがあっ たこと は 間 違いがない 。ヒラリー ・クリント ンの国務長 官就任は、 オバマ 大 統 領の外交経 験の不足を 補うと共に 、中国への 強い関心を 表現し た ものであった。ヒラリー・クリントンは2007 年にはフォーリン・ア フ ェアーズ誌 に論文を発 表し、台頭 する中国へ の対応をそ の対外 政 策 の中心に据 えていた。 強烈な個性 を持つ二人 の関係は長 続きし な い という大方 の予想を裏 切って、ヒ ラリー・ク リントン・ 国務長 官 は4 年の任期を全うした15。 ガ イトナ ー財 務長官 は、 国際金 融の プロで ある だけで なく 、改革 開放政策が開始された直後の1981 年には対外開放されたばかりの北 京に留学したという筋金入りの知中派である16。前任者のポールソン (Henry Paulson)も中国でのビジネス経験は豊富で、中国指導部、 な かでも経済 戦略対話の 相手方であ った王岐山 ・副総理と は旧知 の 間 柄であった 。つまり、 この人事は 、同じ知中 派を起用す ること で 前 政権との継 続性を担保 した上で、 より強力な 交渉担当者 を起用 し た ことになる 。中国市場 に大きな利 害を持つゴ ールドマン ・サッ ク ス の 会 長 で あ っ た ポ ー ル ソ ン と 、 財 務 省 で 国 際 担 当 事 務 次 官 を 務 め 、ニューヨ ーク連邦準 備銀行総裁 を経験した ガイトナー とでは 、 どちらが中国にとってタフな交渉相手であったであろうか。 国 務 省 人 事 に は オ バ マ 大 統 領 の ア ジ ア へ の 関 与 が 反 映 さ れ て い る 。キャンベ ルはアジア 全域に目配 りをする立 場であり、 そうで き る だけの人脈 と経験を持 っていた。 スタインバ ーグはワシ ントン の ブ ルッキング ス研究所の 副所長とし て、ベイダ ーらと日常 的に接 し
15 ある政権内部の観察者によれば、二人の関係を一番危ぶんだのは国務省の中堅幹部 であった。しかし、政権の二年目には「彼らは意外とうまくやっている」というの が多数意見となったといわれる。 16 筆者は 1981 年夏の北京大学短期漢語学習班でガイトナーとは同級生であった。
て おり、とも すれば対立 しがちな国 務省と国家 安全保障会 議の調 整 役 をはたした 。クリント ン国務長官 の対中政策 はこの二人 が企画 ・ 立案したと考えていいだろう。
オバマ大統領の国家安全保障会議(National Security Council)人事
は 一見地味で ある。過去 には国家安 全保障問題 担当大統領 補佐官 に は キッシンジ ャー、スコ ウクロフト 、ブレジン スキー、ア レン、 パ ウ エル、ライ スといった 超大物が就 任した。補 佐官に現役 の軍人 が 就任するのは意外ではあるが、異例ではない。前例は 1987 年 11 月 レーガン政権二期目のコリン・パウエル(Colin Powell)陸軍中将の 就 任 で あ る 。2010 年 10 月 に 補 佐 官 と な っ た ド ニ ロ ン ( Thomas Donilon)は次席補佐官からの昇格である。このポストに次席補佐官 が昇格するのはクリントン政権のバーガー、さらにはG.W. ブッシュ 政 権のハドリ ーに前例が ある。いず れも、二期 目の大統領 の側近 中 の 側近として 対外政策決 定に関与し た。オバマ 大統領は、 これま で と もすれば対 外政策決定 において脚 光をあびる ことの多か った国 家 安 全保障会議 に、表面的 には目立た ないが極め て重要な対 外交渉 の 裏方の役割を担わせたと言っていいであろう。 ハ ンツマ ン・ ユタ州 知事 の中国 大使 への起 用は 、中国 国内 の対外 政 策担当者た ちにオバマ 政権の対外 政策継続の 姿勢を強く 印象づ け た 。ハンツマ ン知事は、 共和党の次 期大統領候 補の一人と して強 い 影 響 力を 持っ て いた だけ で なく 、G.W.ブッシュ政権でシンガポール 大 使を務め、 アジア情勢 を熟知して いた。また 、ハンツマ ン知事 は 若 い頃モルモ ン教の宣教 師として台 湾で活動し たことがあ り、中 国 語に堪能だった17。
(2) 外交活動の微調整 オバマ政権が最初に準備した外交活動は、2009 年 2 月のクリント ン 国務長官の アジア歴訪 である。ベ イダーによ れば、最初 に東ア ジ ア におけるア メリカのプ レゼンスの 再建を主張 したのは、 国家安 全 保障会議(NSC)次席補佐官のドニロンであった18。この提案に国務 省 の東アジア ・太平洋担 当国務次官 補に就任が 予定されて いたキ ャ ン ベルが強く 同意し、国 務副長官の スタインバ ーグが彼の 上司の ク リ ントン長官 を説得した 。国務長官 が最初の訪 問先にアジ アを選 ぶ のは、ケネディ政権のラスク長官以来のことであった。 ベ イダー らは 、この 訪問 を慎重 に計 画した 。訪 問国に は先 ず、ア メ リカの最も 重要な同盟 国である日 本、次にこ れも同じく 重要な 同 盟 国である韓 国、そして 中国、最後 にインドネ シアが選ば れた。 中 国 訪問を同盟 国である日 韓両国とセ ットにして 行うのはい わば「 定 石 」である。 その定石を 踏まえた上 で、アメリ カのアジア 重視を 象 徴 するかのよ うに、訪問 先にインド ネシアが付 け加えられ た。日 中 韓 の い わ ば 定 番 に イ ン ド ネ シ ア を 加 え た の に は 複 数 の 理 由 が あ っ た。先ず、インドネシアがアジア最大のイスラム国家であったこと。 次に、インドネシアが東南アジア諸国連合(ASEAN)の主要メンバ ー であったこ と。そして 、少年期を インドネシ アで過ごし たオバ マ 大統領がインドネシアには特別の親近感を抱いていたことである。 ク リント ン国 務長官 のイ ンドネ シア 訪問は 小さ な変化 、外 交活動 の 微調整、で あった。訪 問の主要な 目的は日中 韓というア ジアの 主 要 な国々との 関係を再確 認すること にあり、新 たな対アジ ア戦略 を 打ち出すことではなかった19。しかし、結果的にクリントン国務長官
18 Bader, Obama and China’s Rise, p. 9. 19 Ibid, p. 13.
の インドネシ ア訪問は、 オバマ政権 がアジアへ の関与を本 格化さ せ る ための重要 な出発点と なった。オ バマ政権は 、インドネ シア訪 問 の 成 功 を 足 が か り に 、 以 後 ベ ト ナ ム 、 フ ィ リ ピ ン 、 ミ ヤ ン マ ー と ASEAN 諸国との関係を深めていく。いわゆる「アジア・シフト」は オバマ政権の最初から着手されていたのである。 で は、こ の微 調整が 成功 した理 由は 何か。 それ は、こ の政 策的微 調 整にかかる 初期コスト が低かった せいである 。インドネ シアが 求 め たのは、ア メリカの関 与が中国を 刺激しない 形で行われ ること で あった。そのためには、アメリカの関与がASEAN 主導の地域主義的 枠 組みを通し て実行され るのが望ま しい。この 方向性はベ イダー た ち が描いてい たシナリオ と一致した 。ベイダー たちはクリ ントン 国 務 長官のイン ドネシア訪 問にあたっ て、アメリ カの関与が 口先だ け でないことを示す必要を感じていた。国務省・NSC チームが辿り着 いた結論は、訪問に際してアメリカは東南アジア友好条約(ASEAN
Treaty of Amity and Cooperation、TAC)に加入すべきだというもので
あった20。 東 南 ア ジ ア 友 好 条 約 (TAC)は紛争の平和的解決をうたっていた も のの、強制 力はなく、 死文化して いた。しか し、中身が 死文化 し て いるが故に 、この条約 に参加する ことはアメ リカにとっ て無害 で あ る。この無 害な関与を することに よる「見返 り」は大き い。ア メ リカはそのアジア関与が ASEAN 諸国の団結を破壊するものではな い と訴えるこ とができる 。さらに、 アメリカは 将来的に東 アジア サ
ミット(East Asia Summit、EAS)に参加するオプションを手に入れ
ることができる。EAS は 2005 年にマレーシアのリーダーシップの下
に、ASEAN10 カ国で発足した。2007 年には ASEAN10 カ国に日中韓
の三国、ニュージーランド、オーストラリア、インドが加わり、EAS は 、経済だけ でなく政治 や安全保障 の問題も扱 うアジアの 主要な 国 際組織に成長しつつあった。ベイダーたちは、この時点でEAS への 参 加の下準備 、いわゆる 根回し、を していたこ とになる。 アメリ カ は 2011 年 11 月、インドネシアのバリ島で開催された第 6 回サミッ トにおいて、ロシアと共にEAS へ参加することになる。 ク リ ン ト ン 国 務 長 官 の 中 国 訪 問 は 無 事 終 了 し た 。 ベ イ ダ ー た ち は 、この訪問 に対する期 待値を低く 設定した。 夫クリント ン元大 統 領 の在任中か らヒラリー は人権問題 や通商問題 で強く中国 政府を 批 判 し て お り 、 中 国 側 に は 彼 女 に 対 す る 警 戒 感 が 強 か っ た か ら で あ る 。訪問は先 ず彼等共産 党指導部の ヒラリーに 対する警戒 感を解 く と ころから始 めなければ ならない。 クリントン 国務長官は 強硬な 対 中 批判を封印 し、中国指 導部の信頼 を勝ち取っ たとベイダ ーは記 録 している21。 一 方で、 クリ ントン 国務 長官の 中国 訪問に 人権 問題で の突 破口を 期 待した民主 党のリベラ ルたちの間 には、失望 感が広がっ た。主 流 メ ディアも、 クリントン 国務長官の 訪中は目立 った成果を 挙げな か っ たとして、 オバマ批判 に転じた。 オバマ大統 領は就任早 々、対 外 政 策の中長期 的側面に無 理解な選挙 民という厄 介な荷物を 背負い 込 むことになった。 (3) 米中対話方式の微調整 オ バマ大 統領 は米中 の対 話メカ ニズ ムの強 化を はかっ た。 地球規 模 の経済再建 や核兵器の 拡散防止、 あるいは地 球温暖化対 策とい っ た 巨大な問題 に取り組ま なければな らないアメ リカの大統 領が、 中
国 問題にのみ 時間を費や すことはあ ってはなら ない。その ために は 米 中 関 係 が 急 速 に 悪 化 し 、 危 機 的 状 況 に な る こ と を 防 ぐ メ カ ニ ズ ム、ベイダーの言葉を借りれば「セーフティーネット(safety net)」 が必要である22。米中対話の場としては、既に財務長官が主宰する米 中 経済戦略対 話と、米中 の次官レベ ルが参加す る政治・安 保対話 が あった。 ベ イダー たち はこう した 対話メ カニ ズムの 基本 構造を 変え る必要 は 感じなかっ た。既存の メカニズム は、両国の 官僚的縄張 りを有 る 程 度克服する ことができ たし、代表 たちの信頼 関係を築く には有 効 だったからである。問題は、政治・安保対話が経済対話に比べ 1 ラ ン ク低いレベ ルでの交流 にとどまっ ていた点に ある。ベイ ダーた ち は 関係各部門 との数ヶ月 にわたる討 議の末、政 治・安保対 話を経 済 と 同 じ レ ベ ル に ラ ン ク ア ッ プ し 、「 戦 略 ・ 経 済 対 話 (Strategic and Economic Dialogue、S&ED)」として毎年開催するという提案を作成 し た23。 あ ら ゆ る 公 式 文 書 に お い て そ う で あ る よ う に 、 こ の 提 案 の 「and」の意味は重要である。このメカニズムの中国語の名称は「戦 略 与経済対話 」であり、 戦略が単な る形容詞で はなく、政 治や安 全 保障を含んだ名詞として使われている。 ベ イダー たち は、こ の新 メカニ ズム が機能 する ように 、細 部にわ た り微調整を 行った。即 ち、アメリ カ側の代表 を国務長官 と財務 長 官 とする一方 で、中国側 の代表に国 務大臣で外 交を担当す る戴秉国 と 副 総 理 と し て 経 済 全 般 を 担 当 し て い た 王 岐 山 を 指 名 し た の で あ る 。戴秉国と 王岐山はそ れまでの米 中対話の常 連であり、 その実 務 能 力は実証済 みであった 。この新メ カニズムの 下、米中対 話は、 ク
22 Ibid, p. 21.
リントン・ガイトナーと戴秉国・王岐山という 4 名の実力者たちを 中 心メンバー として繰り 広げられる ことになる 。中国はこ の提案 を 受け入れ、米中「戦略・経済対話(S&ED)」は、オバマ大統領と胡 錦濤総書記が初めて顔を合わせた 2009 年 4 月のロンドン・G-20 会 議で発表された。 ベ イダー たち は、米 中関 係の象 徴的 な側面 にお いても 微調 整を行 った。中国が米中関係を規定する名称(Label)にこだわったからで ある。G.W. ブッシュ政権は中国との関係を「建設的、協調的、かつ 率直な関係」と呼んだ。ベイダーたちの提案は、「積極的、建設的、 か つ包括的」 というもの であった。 提案を聞い たオバマ大 統領は 苦 笑いを浮かべたものの、反対はしなかったという24 。オバマ大統領 が より重視し たのは、胡 錦濤総書記 をはじめと する中国の 指導者 た ち と実際に会 うことであ った。ロン ドンにおけ るオバマ・ 胡錦濤 会 談は2 時間に及んだ。会談に臨んで、オバマ大統領は 11 月のシンガ ポールにおける APEC 首脳会談に合わせて、中国を公式訪問する意 図を表明した。 (4) オバマ訪中をめぐる微調整 オ バマ訪 中を 実現す るた めには 、ベ イダー たち による 事前 の調整 が必要だった。差し迫った問題は訪中直前の10 月に予定されていた オ バマ大統領 とダライ・ ラマとの会 談であった 。中国は台 湾、チ ベ ッ ト、そして 新疆ウイグ ル自治区の 独立阻止を その「死活 的利益 」 と していた。 そのため、 中国はチベ ットに高度 の自治を要 求する ダ ラ イ・ラマを 敵視してい た。一方、 オバマ大統 領は宗教的 指導者 で あり、人権活動家でもあるダライ・ラマを尊敬しており、「彼には必
24 Ibid, p. 23.
ず会う」と明言していた25。 ベ イ ダ ー ら は 、 中 国 側 関 係 者 と チ ベ ッ ト 亡 命 政 府 の 双 方 と 接 触 し、10 月に予定されていた会見を無期限延期することで妥協にこぎ 着 けた。中国 側は胡錦濤 総書記のメ ンツが潰れ る事態を回 避でき た し 、チベット 亡命政府側 はいつか適 当な時期に オバマ大統 領がダ ラ イ ・ ラ マ と 会 見 す る と い う 確 約 を 得 た の で あ る 。 ダ ラ イ ・ ラ マ は 2010 年 2 月 18 日にホワイトハウスでオバマ大統領と会見した。対話 は70 分に及び、会談後オバマ大統領はダライ・ラマを直接会って最 も 感銘を受け た三名の人 物の一人に 数えたとい う。残りの 二人は エ リザベス女王とネルソン・マンデラである26。 オ バマ訪 中の 障害と なり かねな いも う一つ の問 題、台 湾へ の武器 売 却問題はオ バマ訪中後 に先送りさ れた。先送 りした理由 として 、 ベイダーは3 つを挙げている27。先ず、2008 年 10 月に G.W. ブッシ ュ政権が64 億ドルに及ぶ武器売却をしており、当面の需要は満たさ れ ていたこと 。次に、台 湾の馬英九 政権は大陸 との関係を 大きく 改 善 しており、 台湾の安全 保障に差し 迫った脅威 はなかった こと。 最 後 に台湾への 武器売却問 題を担当す るキャンベ ル国務次官 補の議 会 承認が6 月にずれ込んだこと。先送りはしたものの、ベイダーらは、 台 湾への武器 売却を続け るべきだと 考えていた 。それは、 やは り 3 つ の理由から である。先 ず、台湾に 大陸からの 先制攻撃を 耐える だ け の武力を与 えるべきだ という戦術 上の理由。 次に、アメ リカが 台 湾 の防衛に関 与し続ける という姿勢 を示す政治 的理由。そ して、 ア ジ ア諸国にア メリカに対 する信頼感 を与えると いう外交的 理由で あ
25 Bader, Obama and China’s Rise, p. 73. 26 Ibid, p. 75.
る。オバマ大統領は2010 年 1 月に、潜水艦の提供に繋がる分野を除 いた武器売却提案を行い、議会は1 月末提案を承認した。 オ バマ訪 中に はもう 一つ の隠れ た障 害があ った 。それ は、 どの国 に 、どの順序 で立ち寄る かという問 題である。 しかし、こ の問題 に つ いてベイダ ーらが頭を 悩ませた形 跡はない。 それは、ク リント ン 国 務長官のア ジア歴訪と いう前例が あったから である。ま た、ベ イ ダ ーらは、日 本が大統領 の訪問先か ら外れる、 いわゆる「 頭越し 外 交 」を極度に 警戒してい ることを知 っていた。 オバマ大統 領のス ケ ジュールは、最初に日本、次ぎに APEC 首脳会談が行われるシンガ ポール、中国、そして最後に韓国の順であった。 ベ イダー たち は、米 中首 脳会談 のア ジェン ダに オバマ 大統 領が重 要と考える項目を全て盛り込んだ。それらは、イランの核開発疑惑、 北 朝鮮、元の 切り上げ問 題、気候変 動への取り 組み、スー ダンで の 集団虐殺、人権、チベットであった28。人権、チベット、台湾問題で 米 中の主張が 真っ向から 対立するこ とはいわば 「折り込み 済み」 で あ った。アメ リカが中国 に何を望ん でいるかを 明らかにす ること が 首 脳会談の目 的だったか らである。 共同声明に は、ベイダ ーの予 想 に 反して、オ バマ大統領 の対アジア 政策を支持 する一節が 入った 。 それは、「中国は平和と安定、繁栄に貢献するアジア・太平洋国家と してのアメリカを歓迎する」という条項である29。台湾政府は共同声 明 に台湾の主 権に関して 何らかの変 化がもたら されること を懸念 し た 。キャンベ ルとベイダ ーは共同声 明の文言に ついて、逐 一台湾 側 と 打ち合わせ た。台湾に 関しては、 共同声明は 従来のアメ リカの 立 場をなんら変更するものではないことが(No New Changes)が確認
28 Bader, Obama and China’s Rise, p. 54. 29 Ibid, p. 55.
された30。 訪 中の現 場で のベイ ダー たちの 仕事 は、オ バマ 大統領 とい う人間 と そのメッセ ージを直接 中国の一般 市民に伝え る手段を考 えるこ と で あった。オ バマ大統領 自身が市民 ・学生との 直接対話を 強く望 ん だ のである。 中国側はそ のような動 きに強く抵 抗した。ベ イダー た ちは辛うじて2 つの小さな新機軸を実現するのに成功した。1 つは上 海 に お い て 小 規 模 な 大 統 領 と 市 民 と の 対 話 集 会 を 持 っ た こ と で あ る 。この集会 はアメリカ の大統領選 挙戦でひん ぱんに開か れる市 民
集会(Town Hall Meeting)をモデルにしたものであった。この集会
の 様子は、国 営テレビで のライブ放 送はなかっ たものの、 インタ ー ネ ットのニュ ーズサイト と上海テレ ビで放映さ れた。この 集会で の オバマ大統領のスピーチは、1984 年に同じ復旦大学で当時のレーガ ン大統領が行ったスピーチをモデルにしたものであった31。 も う一つ の小 さな新 機軸 は、オ バマ 大統領 が当 時アメ リカ ではほ と んど知られ ていなかっ た『南方周 末』紙との 単独インタ ビュー を 行ったことである。『南方周末』紙のインタビュー記事は中央政府か ら の強い圧力 を受け、紙 面の半分近 くを空白に する、いわ ゆる「 天 窓」記事となった32。当時、オバマ大統領のこの行動はアメリカでは ほとんど評価されなかった。しかし、『南方周末』は編集者が左遷さ れた後も、検閲すれすれの報道を続け、2013 年新年号の記事差し替 えをめぐる事件で中国の検閲の実態を暴露するに至った。
30 Ibid, p. 56. 31 Ibid, p. 58. 32 福島香織『中国のマスゴミ−ジャーナリズムの挫折と目覚め』(扶桑社新書、2011 年)、190~193 ページ。
3 新戦略 2009 年 12 月のコペンハーゲン・気候変動サミットまでに、一期目 オ バマ政権の 対中政策の 基本姿勢は 固まった。 それは、対 中協調 を ベ ースにしつ つも、中国 との付き合 い方に各種 の微調整を 行い、 徐 々 にアジアへ の関与を増 やしていく 方向といっ てよいであ ろう。 こ の路線は後述するように、政権の 2 年目以降、多くの制約を受ける こ とになった 。ここでは 、これらの 制約につい ては次節に 譲り、 オ バマ政権の 3 年目、即ち一期目オバマ政権の対中政策の到達点を確 認しておこう。 2011 年 11 月、オバマ大統領はアメリカの軍事的・経済的関与の重 心 を 欧 州 ・ 中 東 か ら ア ジ ア へ 移 す い わ ゆ る 、 リ バ ラ ン シ ン グ (Re-balancing)戦略を打ち出した。この戦略は、前節でみたような オ バマ政権の 初期的政策 の継続なの か、あるい は変更なの であろ う か 。両方の側 面があるが 、本稿の分 析では、継 続の面がよ り多い と い うことにな る。つまり 、大統領選 挙を控えた この時期に 、オバ マ 政 権はそれま での各種の 政策的微調 整にリバラ ンシング戦 略とい う 名 前をつけた のである。 リバランシ ングという 言葉にバラ ンスと い う 言葉が含ま れているこ とが重要で ある。一期 目のオバマ 政権の 対 中 政策を貫く ものは、中 国との関係 をアジアの 同盟国と中 国の周 辺 国 とのバラン スを考えな がら微調整 していくと いうもので あった 。 こ れは、とも すればアメ リカの戦略 的意図を一 方的に相手 国に押 し つ ける、いわ ゆるユニラ テラリズム (アメリカ 中心主義) を伝統 的 なバランス・オブ・パワー(Balance of Power)に変更したことを意 味する。 確 かに、 リバ ランシ ング 戦略に は、 増大す る中 国から の軍 事的脅
威への対抗という側面がある33。しかし、具体的なリバランシングの 中 身をみると 、この戦略 は大きな兵 力のシフト を目指した もので は ないことが判明する。例えば、アメリカは 7 年をかけて海軍艦船の 60% を太平洋艦隊に移動することを意図している。一方、現在太平 洋艦隊は既に全艦船の55% を保有している。従って、リバランシン グの結果、2020 年までに増える艦船の数は 23 隻にすぎない34。オー ス トラリアへ の海兵隊の 配備を除い て、東南ア ジア諸国に は恒常 的 な アメリカ軍 の駐留を支 える設備も 準備もない 。リバラン シング は 漸進的かつ小規模な象徴的なものとなる。 ま た、こ のリ バラン シン グ戦略 の目 指すと ころ は、外 交、 経済、 予 算、安保を 統合した、 即ち各分野 のバランス をとった、 対アジ ア 政 策であり、 安全保障が 突出した優 先度を与え られている わけで は ない。この戦略の発表が、バリ島におけるEAS への参加表明と同調 し ていること に注意すべ きであろう 。前述した ように、オ バマ政 権 はEAS への参加に向けて、着々と準備を進めてきた。つまり、初年 度 と次年度の オバマ政権 は「戦略」 なしで、な んとかやっ てきた の である35。リバランシング戦略とは、これらの実績の積み重ねに後か ら つけた名前 にすぎない 。オバマ大 統領は対外 政策におい ては、 バ ラ ンス・オブ ・パワーを 重視し、ア メリカの国 益を優先す る。こ れ は アメリカの 対外政策に おいては、 党派を超え て主流であ った、 保 守的リアリズムの立場である。
33 Michael McDevitt, “Critical Military Issues: The Rebalancing Strategy and Naval
Operations,” (January 29, 2013), http://nautilus.org/napsnet/napsnet-policy-forum/critical- military-issues-the-rebalancing-strategy-and-naval-operations/.
34 同上。
三 二期目オバマ大統領の対中政策
一期目のオバマ政権の対中政策は、初年度つまり 2009 年 12 月に はその基本型が成立し、大統領選挙戦に入る直前の 2011 年 11 月に 「 新戦略」と しての体裁 を整えた。 では、その 成立までの 過程で 一 期 目のオバマ 政権の対中 政策はどの ような挑戦 を受け、ど のよう な 修 正を余儀な くされたの であろうか 。言い換え るならば、 オバマ 政 権の初期的対中政策はどこまで通用したのか。 1 中国の積極的海洋進出戦略 2009 年 3 月に発生したインペッカブル号事件は、それがオバマ政 権 の発足直後 に起きただ けに、その 後の対中政 策に大きな 影響を 与 えた36。アメリカ海軍のインペッカブル号は世界に一隻しかない最新 鋭 の音響測定 艦であり、 その任務は 海南島を基 地とする中 国の原 子 力潜水艦の追跡調査にあったと考えられる。中国海軍の調査船 5 隻 が、インペッカブル号を海南島沖 120 キロという中国の排他的経済 水 域 (EEZ)で包囲し、調査活動を妨害した。排他的経済水域をあ た かも領海の ように解釈 する中国の 主張に周辺 諸国は強い 警戒感 を 抱いた。 中 国の積 極的 海洋進 出は アジア の三 つの領 域で 表面化 した 。韓半 島 (朝鮮半島 )に近い黄 海、尖閣諸 島を含む東 シナ海、そ して南 沙 群 島を含む南 シナ海であ る。こうし た中国の積 極的海洋進 出は成 功 し たのであろ うか。中国 の海洋権益 は積極政策 により保護 された の であろうか。36 Robert Ross, “The Rise of China, the Emerging East Asian Security Order, and the Prospects
結 果から みる と、現 時点 での中 国の 積極的 海洋 進出政 策の 成績は 落 第である。 チョナン号 事件やヨン ピョン島砲 撃事件とい った北 朝 鮮 の挑発行動 を容認する かのような 姿勢をとっ た中国は、 韓国と ア メ リカが共同 した強い対 応、具体的 には黄海近 海での合同 軍事演 習 と 2010 年 11 月の空母ジョージ・ワシントンの黄海への展開を招い た37。尖閣諸島においては、中国側の度重なる領海侵犯は日米安保条 約の強化に繋がっただけでなく、日本の防衛予算の11 年ぶりの増加 をもたらした38。また、2010 年 9 月の中国人船長の逮捕に対する報 復 措置として 、中国がレ アアースの 禁輸を示唆 したことは 、中国 の 対外イメージを大きく傷つけた39。 南 シナ海 につ いては 中国 の成績 はさ らに低 調で ある。 多国 間との 間に事実上の紛争をかかえる南シナ海を、台湾やチベットなみの「死 活 的 利 益 」 と み な す か の よ う な 一 部 の 中 国 政 府 関 係 者 の 主 張 は 、 ASEAN 諸国の指導者たちの不安をつのらせた40。中国はフィリピン やベトナムといった南沙群島問題の当事国だけでなく、ASEAN 諸国 に対中警戒感を持たせてしまった。ASEAN 諸国は、中国とのバラン
37 あるアメリカの外交官によれば、ジョージ・ワシントンは予定されていた訓練日程 を終えており、黄海に展開する予定はなかった。従って、中国軍関係者の「アメリ カ軍の黄海進入を許さない」というレトリックが黄海への展開の引き金になったと いう。 38 『朝日新聞』2013 年 1 月 18 日。同紙によると、安倍内閣による新年度予算では防衛 費が400 億円増加するだけでなく、自衛官が 8 年ぶりに増加する。海上保安庁の予 算は前年比4 割増が見込まれている。 39 傷ついたのはイメージだけではない。日本をはじめ各国が対抗措置を講じた結果、 中国のレアアースの輸出実績は2012 年末には 2010 年に較べ、三分の一に下落し、 輸出価格も大幅に低下した。『朝日新聞』2012 年 12 月 29 日。 40 ベイダーによれば、少なくとも 2010 年 3 月の時点では、外相の楊潔篪も国務委員の
戴秉国も「死活的利害(Vital Interest)」という言葉は使わなかった。Bader, Obama and
ス をとるため に、アメリ カのアジア におけるプ レゼンスを 歓迎す る ようになった。2011 年 11 月にアメリカが EAS に加入する下地は既 に 出来ていた 。オバマ政 権は、中国 が周辺諸国 の警戒感を あおっ た が ために、極 めて少ない コストでア ジア回帰を 果たすこと ができ た のである。 ア メリカ のア ジア回 帰に は死角 が存 在する 。そ れは、 米中 が国交 正 常化にあた って悩み抜 いた問題、 即ち台湾問 題である。 中台の 経 済 的依存関係 が進展する なかで、台 湾の実質的 独立は保持 できる の か 、そのため にアメリカ あるいは日 本は何がで きるのか、 という 問 題である41。アメリカの一部では、中国との戦争を避けるためにアメ リカは台湾から手を引くべきだという論議も起きている42。尖閣諸島 ( 中国語名: 釣魚台列嶼 )の問題に 関しては、 台湾は当事 者とし て 振 る舞ってい るし、将来 的にも振る 舞うであろ う。現在ま で、馬 英 九 政権は、尖 閣問題につ いて中国政 府と共同歩 調をとるこ とには 慎 重 である。し かし、何ら かの事情で そのような 抑制が効か なくな っ た 場合、アメ リカは従来 経験してこ なかった困 難に直面す ること に な ろう。なか でも、台湾 近海におけ る日中の衝 突はなんと しても 避 け なければな らない。そ うした衝突 は米中関係 をも一気に 悪化さ せ るからである43。
41 2009 年までの中台経済関係と台湾の政治的自立性の問題に関しては、大嶋英一「中 台経済関係の進展と台湾の自立性」『2009 年度財団法人交流協会日台交流センター 日台研究支援事業報告書』(財団法人交流協会、2010 年 3 月)を参照。
42 Charles Glaser, “Will China’s Rise Lead to War?” Foreign Affairs (March/April 2011). 43 Richard Bush, The Perils of Proximity: China-Japan Security Relations (Washington D.C.:
2 日本との関係 初 期のオ バマ 政権に とっ て、日 本が 対中政 策の 制約に なる ことは 想定外であった。しかし、2009 年 8 月の総選挙の結果誕生した鳩山 政 権はオバマ 政権にとっ て扱いにく い相手とな った。鳩山 政権が 、 ア メリカを除 外した「東 アジア共同 体」への関 与を打ち出 しただ け で な く 、 ア メ リ カ と の 同 盟 関 係 を 見 直 す 意 思 を 表 明 し た か ら で あ る 。ベイダー らは、鳩山 政権が日米 の同盟関係 をないがし ろにし 、 過度に中国にすり寄ることを強く懸念した44。その懸念を裏付けるか の ように、鳩 山政権は既 に日米が合 意していた 沖縄の普天 間基地 の 移転を見直すと宣言した。 鳩山政権はその政権公約にもない普天間基地問題をとりあげ、「勝 手にこけてしまった」結果となった45。この公約を実現できなかった 鳩山首相は2010 年 6 月に辞職した。オバマ候補同様に、「チェンジ」 を掲げて華々しく登場した鳩山政権は 9 ヶ月しか持たなかった。鳩 山 政権を継い だ菅政権と 野田政権は いずれも日 米安保体制 の堅持 を 打ち出し、オバマ政権との関係は好転した。2010 年 9 月の尖閣諸島 領 海での中国 漁船の拿捕 問題に対す る中国の強 硬姿勢は、 日本の 一 般市民に日米安保体制の重要性を再認識させた。さらには2011 年 3 月 の東北大震 災の支援活 動に在日米 軍が参加し た、いわゆ る「と も だ ち作戦」の 結果、日本 の一般市民 の対米感情 は好転した 。これ は 尖 閣問題を巡 って日中の 市民感情が 極めて悪化 したことと 対照的 で ある。 し かし、 オバ マ政権 の一 期目を 通じ て日本 はア メリカ の対 中政策 の良きパートナーとはなれなかった。5 年半続いた小泉政権の後、毎
44 Bader, Obama and China’s Rise, p. 43.
年 のように替 わる日本の 政権は対外 政策の継続 性を維持す るには あ まりにも不安定だったのである。2012 年 12 月の総選挙で、民主党は 大 敗し、鳩山 元首相は政 界を引退し た。政権に 返り咲いた 安倍首 相 は 、二期目の オバマ大統 領の良きパ ートナーと なれるであ ろうか 。 安 倍首相は自 ら東南アジ アを歴訪し 、中国へは 連立を組む 公明党 の 山口代表を送った。「戦略と経済対話」というメカニズムを持つに至 っ た米中に較 べ、日中の 政府間対話 メカニズム は脆弱であ る。民 間 レ ベルの交流 も尖閣問題 以来、細く なったまま である。日 本流バ ラ ンス外交が機能するまでには少なくとも 3 年程度の時間と地道な対 話の積み重ねが必要である。
四 おわりに
一 期目の オバ マ政権 の対 中政策 のキ ーワー ドは 、微調 整と バラン ス である。政 策の転換は 、継続を意 識しながら 、個別案件 の微調 整 を 積み重ねる 形でなされ た。オバマ 大統領は、 先ずその対 外政策 チ ー ム に お け る 共 和 党 と 民 主 党 の バ ラ ン ス を と る と こ ろ か ら 開 始 し た 。次に、オ バマ大統領 は米中関係 における経 済と安全保 障のバ ラ ン スをとり、 首脳訪問に おける儀礼 上のバラン スをとり、 中国と 日 本とのバランスをとり、更には中国と ASEAN とのバランスをとっ た。 二 期目の オバ マ大統 領も 引き続 きこ の漸進 的勢 力均衡 政策 を続け ると考えられる。何故なら、この政策こそ一期目の4 年間で試され、実際に役に立った(Tried and True)政策だからである。この政策を
継 続するため には二種類 の障害を乗 り越えるこ とが必要で ある。 い ず れの障害も 外的なもの というより は、内的な ものである 。先ず 、 オ バマ大統領 の時間が国 内政策、な かでも銃規 制と移民問 題、に 拘 束 されてしま うこと。二 期目のオバ マ大統領が 先ず取り組 まなけ れ
ば ならなかっ たのは、国 内の経済問 題、いわゆ る「財政の 崖」問 題 だったのは示唆的である。 二 つ目の 障害 は、二 期目 にあた って オバマ 大統 領が過 度に 野心的 に なることで ある。二期 目の大統領 は常に歴史 に名を刻む ことを 考 える。オバマ大統領は一見効果的で万能であるかのような「大戦略」 を 打ち出す誘 惑と戦わな ければなら ない。一期 目の対中政 策を目 覚 ま しい成功と 評価し、そ の勢いに乗 って壮大な 対中戦略を 打ち出 す と き、つまず きも始まる 。それは、 とりもなお さず、経済 成長政 策 の成功を過信し、「中華民族の復興」などという大げさなスローガン を打ち出した中国の失敗を繰り返すことに他ならない。 ( 寄 稿 :2013 年 2 月 5 日、採用:2013 年 3 月 4 日)
歐巴馬政府第二任期之對中政策
―初期政策之形成過程―
中
居 良 文
(學習院大學法學部教授)【摘要】
歐 巴馬 總統雖 然抱 持著世 界和 平之偉 大願 望,然 美國 國內存 在多 種 問題,上台 後無法於外 交上分配太 多時間。其 初期對中國 政策, 並 非基於大戰略,而是一面跨越面臨之課題,一面擷取而作成。 連 任之 總統受 其第 一任任 期採 取之政 策所 限制。 這是 因為對 外政 策 的政策連續 性之重要, 以及第二任 任期難以全 面推翻其第 一任之 政 策之故。 歐 巴馬 第二任 任期 之對中 國政 策,延 續其 第一任 之政 策,預 料將 採 取漸進且慎 重之交往政 策。或可形 容為所謂「 彈性且綜合 性之勢 力 平衡(balance of power)政策。其政策目標為:將中國之亞洲政策導 向為如同2008 年前一般的穩健且和平,防範突發性事件導致之關係惡 化於未然,以及擴大美國之影響力至包含中國的全亞洲。 關鍵字:連續性、平衡、現實主義、合理性制約Obama’s Second Term China Policy:
The Making of the Second Term Early Policy
Yoshifumi Nakai
Professor, Gakushuin University Law Department
【
Abstract】
Although President Obama has aspirations for world peace, the large amount of domestic problems in the United States has prevented him from allocating too much time on foreign policy. His early stage China Policy was not based on any grand strategy but rather an assortment of responses formed gradually to overcome challenges that surface.
Re-elected presidents are limited by the policies formulated in the first term. Considering the importance of policy continuity, overturning the first term foreign policy in the second term is extremely difficult.
Obama’s second term China policy is a continuation of his first term policy and is expected to adopt a gradual and prudent engagement approach, i.e. it can also be called the balance of power policy. The policy objective is to guide China’s Asia Policy back to the pre-2008 stability and peace, guarding against any deterioration of relations caused by unexpected events, as well as expanding United States’ influence to China and the greater Asia region.
〈参考文献〉 『朝日新聞』 大嶋英一「中台経済関係の進展と台湾の自立性」『2009 年度財団法人交流協会日台交流 センター日台研究支援事業報告書』(財団法人交流協会、2010 年 3 月)。 福島香織『中国のマスゴミ−ジャーナリズムの挫折と目覚め』(扶桑社新書、2011 年)。 マイケル・オクセンバーグ「米中関係」アトランティック・カウンシル編『中国とアメ リカ・今後十年の展望』(人間の科学社、1984 年)。 松永信雄『ある外交官の回想』(日本経済新聞社、2002 年)。
Bader, Jeffrey, Obama and China’s Rise: An Insider’s Account of America’s Asia Strategy (Washington D.C.: Brookings, 2012).
Bush, Richard, The Perils of Proximity: China-Japan Security Relations (Washington D.C.: Brookings Institution, 2010).
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Lindblom, Charles, The Policy-Making Process. 2nd edition, (Englewood Cliffs: Prentice-Hall,
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McDevitt, Michael, “Critical Military Issues: The Rebalancing Strategy and Naval Operations,” (January 29, 2013), http://nautilus.org/napsnet/napsnet-policy-forum/critical-military-issues -the-rebalancing-strategy-and-naval-operations/.
Pierson, Paul, Politics In Time: History, Institutions, and Social Analysis (Princeton: Princeton University Press, 2004).