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〈明治の知識〉における「国民性」言説の展開と儒教
――井上哲次郎から 1920 年代の台湾知識人・蔡培火まで――
交通大学社文所副教授 藍弘岳 The appeal to national character is
generally
a mere confession of ignorance
-Max Weber はじめに
「国民性」の意味は必ずしも明確ではない。にもかかわらず、なぜこのよう な曖昧な概念が、二十世紀初期において、日本の成功と中国の失敗を説明する ものとして多く使われていたのか。さらに、なぜそれは日本帝国の「同化」言 説においてもよく見られるのか( 後述)。一体「国民性」とは何か。これは単 に〈近代西洋の知識〉から翻訳された概念であるとのみ言えるのだろうか。そ れとも、漢文脈の思惟と論理から理解すべきものであろうか。
本文は主として後者の視点から、井上哲次郎を中心にして、近代日本におけ る「国民性」論の展開と漢文脈における儒教思想との関連を考察する。さらに、
同じ漢文圏に属する殖民地台湾で、伊沢修二、後藤新平などの帝国官僚は、ど のように「同化政策」における「国民性」(或いはそれに類する概念)を理解 し、運用していたのかを論ずる。これを踏まえて、主に蔡培火を例に、台湾の 植民地時代の知識人はいかに「国民性」を理解し、批判していたのかを検討し、
これを通して、〈明治の知識〉における「国民性」言説の展開と儒教との関連 性を明らかにしたいと考える。さらには、植民地時期の台湾における〈近代西 洋の知識〉と〈明治の知識〉、また〈明治漢学〉と〈台湾漢学〉との類似と差 異、及びこれらの知識形態が交錯していた複雑な知識情況の一端を明らかにす る。
一 〈明治の知識〉における「国民性」――概念の創出と言説の展開 1 洋文脈における「国民性」とその翻訳
明治時代においては、「国民性」と対応する洋文脈の概念は一つだけではな い。まず、「国民性」という言葉を流行させたことに中心的役割を果たした芳 賀矢一は、おそらくドイツ語の Geist を翻訳するためだといわれる。また、後 述の井上哲次郎は、「国民の性格」(「民族の性格」)をドイツ語の
volkscharacter の訳語として使っている(井上哲次郎『国民道徳概論』)。さ らに、坂井衡平は『日本国民性論』(1922)において、「国民性」に対応する概 念として、nationality、 national character、 national spirit などの英 語語彙を挙げた。それだけではなく、フランス語を通して、初めて「国民性」
に関する概念に接した明治知識人もいたであろう。実際、19 世紀のヨーロッ パでは、代議制度の運用に伴い、「国民性」論は市民社会における市民の政治 資質に関わるものとして盛んに論じられたようになり1、それはしばしば、文 明に相応しい国民の性格として説明された。こうした西欧の「国民性」に対す る理解は、二十世紀初期の日本における「国民性」論の流行の背景ともなって いる。
しかし、日本における「国民性」概念の形成過程を理解するためには、翻訳 以外、すなわち漢文脈からさらに考察すべきであろう。漢文脈の視点から見れ ば、「国民性」は近代的意味の「国民」(nation)概念が作られた後に、儒教に 関わる「性」という概念と結び付けて作られた概念であったと言える。
2「国民文学論」と「国民性」概念の創出
「国民」は一つの政治概念であるのに対して、「国民性」論の発生と流行は、
「国民文学」と「国文学」という学科の誕生と関わっている。まず、国文学科 の創立者の一人である芳賀矢一(1867-1927)は、1907 年に『国民性十論』(初 版 1907)を発表し、これが最も早く「国民性」をテーマにした書籍であると 考えられる。しかし、「国民性」概念の創出と流行は、やはり日清・日露戦争 における日本の勝利と関連しており、日清戦争後に創刊された『太陽』や『帝 国文学』で展開された、「国民文学」論の一つの結果とも言える。高山樗牛っ (1871-1902)はその代表者になっている。高山の考えでは、日本の「国民性」
(「国民之性情」)には、A「快闊楽天」B「尚武任俠」C「道義情緒に富める」D
「忠孝義勇を以て人道の大本となす」E「家系の継承を重むじ、国家の運命を 懸念する」F「君父の為に死するを以て最高の名譽となす」(「小説革新の時機」)、 G現世主義(「明治思想の変遷」)がある。
もう一人の「国民性」論者である芳賀矢一は『国民性十論』に、a「忠君愛 国」b「祖先を崇び、家名を重んず」c「現世的、実際的」d「草木を愛し、自 然を喜ぶ」e「楽天洒落」f「淡泊瀟洒」g「繊麗繊巧」h「清浄潔白」i「礼節 作法」j「温和寛恕」と、十項目の日本人の「国民性」を挙げて論を組み立て た。高山樗牛の国民性論と比べれば、A-e、BCDE -a、E-ab、F-f、G-c との間 には対応関係が見られる。両者の「国民性」論にはある程度の影響関係がある かもしれないが、これらは共に、「国文学」に関わる日本神話、歴史書、文学 テキスト、芸術作品といった材料を分析し、帰納的に得たものである。しかも、
それは中国文化と近代西洋文化との比較によって抽出された、日本文化の特質
1 Roberto Romani, National Character and Public Spirit in Britain and France , 1750–1914, p1-11.
であったと考えられる。その意味で、「国民性」は、発明された「国民」概念 と、作られた「国文学」の伝統を踏まえて創出された概念と言えよう。重要な のは、ここで「忠君愛国」が「国民性」のひとつとされたことである(後述)。
しかし、「国民性」言説が爆発的に出現したのは大正時代、特に第一次世界 大戦以後である。日本思想史の脈絡から言うと、これは「国民道徳論」の発展 とも関連しているのではないかと思われる。
3「国民道徳論」と「国民性」言説の展開――井上哲次郎の議論を中心に 井上は『国民道徳概論』において、『教育勅語』が「国民道徳之粋」である と主張し、「国民道徳」が「国民性」(「民族的精神」)によって顕現されたもの だと述べている。さらに、彼は日本の「国民性」について、1「現実性」、2「楽 天性」、3「単純性」、4「淡泊性」、5「潔白性」、6「感激性」、7「応化性」、8
「統一性」(「同化性」)、9「短気性」、10「依頼性」、11「淺薄性」、12「鋭敏 性」、13「狭小性」、14「虚栄性」といった、十四項目を挙げた。そのうち、前 五項は明らかに芳賀矢一の『国民性十論』における c から h までの項目に対応 している。ただし、『国民性十論』が大方「国民性」がもつ肯定的側面の効果 を強調するのに対して、井上は「単純性」、「淡泊性」、「潔白性」などの「国民 性」の外に、「短気性」「狭小性」といった、負の面の「国民性」をも挙げた。
さらに、「感激性」(感情的に激し易い)、「応化性」(環境に適応する能力)、「統 一性」(同化能力)の三つの「国民性」によって、日本がなぜ近代西洋文明の衝 撃に耐え、独立国家として維持できたのかを説明した。
そして、井上は、「忠君愛国」を「国民性」としては捉えていなかったが、
その概念は彼の「国民性」論と「国民道徳」論における核心的概念とも言える。
基本的には、「忠君愛国」は《勅語衍義》で恐らく初めて使用され、後に多く の修身書にも使われるようになった。その概念は、《勅語衍義》に展開された
「孝悌忠信」と「共同愛国主義」(「共同愛国の義心」)の二つの道徳概念が付 け加えられ、作り上げられたものとも考えられよう。「孝悌忠信」は伝統的な 儒教道徳であるのに対して、「共同愛国主義」は、古来からの東洋学術におい てはほとんど論じられていない Patriotism の訳語であろう。すなわち、「忠君 愛国」は尊皇を前提とし、伝統的な東洋道徳と近代西洋道徳が結合して作り出 された、明治の新道徳(〈明治の知識〉)と言えよう。しかし、これは全く井上 哲次郎自身の独創による理論とは言えず、江戸時代の家(イエ)社会の構造を 踏まえ、忠孝」(忠孝一致)と「尊王」などの江戸儒学の言説を継承しながら、
改造したものであろう。
さらに、注目したいことは、普遍的な個人の性格を論ずる儒教理論が、特殊 集団の性格を論ずる「国民性」論に援用されていることである。井上は、『国 民道徳概論』に、荻生徂徠の気質不変説を用い、「国民性」(「民族的性格」)の 不変性を説明している。しかし、一方、「国民性」には「善」と「悪」がある
ので、「感情的に激し易い」(「感激性」)「気根が強くない」(短気性」)といっ た悪い「国民性」は、教育によって矯正すべきだとも主張した。こうした考え には、おそらく「気質可変」を主張する朱子学の人性論、ないし教育論の影響 が考えられる。
井上によれば、日本人自身がもつ悪い「国民性」を変えるだけではなく、植 民地にある異民族は「無勢力」的な「戦敗者」として、教育によって「日本民 族」に同化されるべきである。ここでは、「日本民族」になるための最重要條 件は血縁ではなく、「国民性」或いは「国民性」に基づく「国民道徳」になっ ている。これが、井上哲次郎の家族国家観が、単一民族の想像に基づきながら も、多民族帝国の理論としても援用し得る理由になっている。こうした考えの 背後には、既述のように、朱子学がもつ楽観的な人性論が関わっているはずで
井上によれば、日本人自身がもつ悪い「国民性」を変えるだけではなく、植 民地にある異民族は「無勢力」的な「戦敗者」として、教育によって「日本民 族」に同化されるべきである。ここでは、「日本民族」になるための最重要條 件は血縁ではなく、「国民性」或いは「国民性」に基づく「国民道徳」になっ ている。これが、井上哲次郎の家族国家観が、単一民族の想像に基づきながら も、多民族帝国の理論としても援用し得る理由になっている。こうした考えの 背後には、既述のように、朱子学がもつ楽観的な人性論が関わっているはずで