アベノミクスの政治学
-第
2 次安倍内閣の経済政策決定過程-
上
川 龍 之 進
(大阪大学大学院法学研究科准教授)【要約】
本稿は、2012 年 12 月の政権再交代から 2013 年 7 月の参議院選挙 までの期間における、第 2 次安倍内閣の経済政策決定過程、具体的 に は予算編成 ・税制改正 ・成長戦略 ・骨太の方 針の策定過 程を概 観 す る。安倍内 閣は、官邸 主導で政策 決定を行い 、それに対 して与 党 内 からは、あ まり抵抗は 生じなかっ た。これは 民主党政権 とはき わ め て対照的で ある。本稿 は、この安 倍内閣の「 成功」の理 由につ い て 、安倍内閣 の経済政策 「アベノミ クス」が、 党内対立を 引き起 こ す ことがない 、誰からも 支持される 政策であっ たため、自 民党は 一 致 団結して参 議院選挙に 臨むことが できたと主 張する。そ のうえ で 本 稿は、そう した政策は 長期的には 持続困難で あり、今後 、自民 党 内 で政策対立 が生じる可 能性がある こと、また 、かりにア ベノミ ク ス が経済成長 を実現させ たとしても 、格差拡大 という観点 から、 安 倍内閣に対して世論の批判が高まる可能性があることを指摘する。 キ ーワ ード: アベノミクス 、安倍晋三 、日本政治 、経済政策 、政 策 決定過程一 はじめに
2009 年 9 月に発足した民主党を中心とした政権(以下、民主党政 権 )は、マニ フェスト違 反や、政策 決定からの 官僚の排除 、政治 と カ ネの問題、 消費税増税 をめぐる党 内対立、閣 僚の相次ぐ 失言・ 失 態 、 普 天 間 基 地 問 題 や 尖 閣 諸 島 問 題 で 見 ら れ た 外 交 面 で の 失 態 な ど 、様々な点 で批判を受 けた。その 中でも特に 重要だった のが、 マ ニ フ ェ ス ト 違 反 と 消 費 増 税 を め ぐ る 党 内 対 立 で あ っ た 。 菅 直 人 内 閣 、野田佳彦 内閣では、 マニフェス トに掲げた 政策をすべ て実現 す ることは不可能だとして、それを修正する一方、2009 年総選挙で鳩 山由紀夫代表が 4 年間は引き上げないと約束していた消費税率の引 き 上 げ に 着 手 し た 。 こ れ に 対 し て 小 沢 一 郎 を 中 心 と し た 反 主 流 派 は 、マニフェ ストの遵守 と消費増税 反対を主張 して党内対 立を繰 り 返し、最終的に党は分裂した1。 こうして民主党が国民の信を失う一方、2012 年 9 月の自民党総裁 選 挙では安倍 晋三が勝利 し、自民党 総裁に返り 咲いた。安 倍は、 民 主 党政権の失 政を糾弾す るとともに 、野田佳彦 首相が自民 党・公 明 党から消費増税法案への賛成を得るため、「近いうちに国民に信を問 う」と約束したのに解散に踏み切らないとして、野田を「ウソつき」 呼 ば わ り し た 。 こ の 挑 発 に 乗 る 形 で 野 田 が 衆 議 院 を 解 散 し た と こ ろ、大方の予想通り 12 月 16 日の総選挙で民主党は惨敗し、大勝し た自民党が公明党とともに政権に復帰することになった。 安倍が率いる自民党は、2012 年総選挙の政権公約として、後述す1 民主党政権の経済政策決定過程については、上川龍之進「民主党政権の失敗と一党 優位政党制の弊害」『レヴァイアサン』53 号(2013 年秋、近刊)、ページ数未定、を 参照。
る経済政策とともに、タカ派色の濃い政策を掲げていた。すなわち、 集 団的自衛権 の行使を可 能とするこ とや、憲法 改正により 自衛隊 を 国 防軍とする こと、子供 たちが日本 の伝統文化 に誇りを持 てる内 容 の 教科書で学 べるよう、 教科書検定 基準を抜本 的に改善し 、あわ せ て 近隣諸国条 項も見直す こと、さら に政府主催 で竹島の日 を祝う 式 典 を開催する ことなどで ある。しか しながら政 権に就くと 、経済 最 優 先の姿勢を 貫き、安倍 自身の思い 入れが強い と思われる タカ派 的 な 政策は先送 りした。こ うした姿勢 が評価され て、また野 党が乱 立 したことも幸いして、自民党・公明党は7 月 21 日の参議院選挙でも 圧 勝して「ね じれ国会」 の解消に成 功し、安定 した政治基 盤を築 く ことに成功した。 本稿は、2012 年 12 月の政権再交代から 2013 年 7 月の参議院選挙 までの期間における、第2 次安倍内閣の経済政策決定過程を概観し、 こ れまでの安 倍内閣の「 成功」の理 由について 検討する。 結論を 先 に 記せば、本 稿は、安倍 内閣の経済 政策「アベ ノミクス」 が、党 内 対 立を引き起 こすことが ない、誰か らも支持さ れる政策で あった た め 、自民党は 一致団結し て選挙に臨 むことがで きたと主張 する。 し か し、その経 済政策は長 期にわたっ て持続する ことは難し いため 、 今 後、自民党 内で激しい 政策対立が 生じ、内閣 への支持率 が低下 す る 可能性があ ること、ま た、かりに アベノミク スで経済成 長に成 功 し たとしても 、国民世論 から安倍内 閣への批判 が今後、高 まるこ と が予測されることを指摘する。
二 第
2 次安倍内閣の経済政策
本章では、第2 次安倍内閣の経済政策決定過程を概観する2。安倍2 以下の事実関係については、当時の新聞記事を参照している。煩雑になるため、単
首 相は衆議院 選挙の時か ら、大胆な 金融政策、 機動的な財 政政策 、 民 間投資を喚 起する成長 戦略という 「三本の矢 」で、経済 再生に 取 り組むと主張した。いわゆる「アベノミクス」である。 実際に内閣発足直後から、安倍は「ロケットスタート」を切った。 第一に、日本銀行に圧力をかけ、物価上昇率2%のインフレ数値目標 を 設定させた 。この効果 もあってか 、急激な円 安となり、 株価も 上 昇した。さらに3 月には新しい日本銀行総裁・副総裁に、黒田東彦、 岩 田規久男と いう「リフ レ派」を就 任させ、大 胆な金融緩 和政策 を 実施させた。第二に、2012 年度補正予算、2013 年度予算を矢継ぎ早 に 編成し、公 共事業費を 大幅に増額 した。第三 に、産業競 争力会 議 で成長戦略の検討を行い、6 月に経済財政諮問会議が策定した「経済 財政 運営と改革 の基本方針 (骨太の方 針)」、規制 改革会議が 策定 し た 「規制改革 に関する答 申」を基に した「規制 改革実施計 画」と と もに、新しい成長戦略「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」を策定し、 閣議決定した。 1 政策決定システム 本節では、第 2 次安倍内閣における経済政策決定システムについ て概観しておく。 第 2 次安倍内閣においても、自民党政権における従来の政策決定 システムは、そのまま引き継がれている。内閣提出法案については、 政 務調査会部 会・審議会 、総務会の 事前承認を 得たものに 限り国 会 に 提出され、 それには党 議拘束がか かるという 仕組みが継 続され る ことになった。 しかし、従 来の自民党 政権におい て見られた 、政府の政 策決定 に
なる事実関係については出典を明記しなかったところもある。
党 が強い影響 力を持つ、 いわゆる「 党高政低」 の政策決定 過程が 復 活 したわけで はなかった 。安倍は閣 内に、派閥 の領袖など 有力政 治 家を取り込んだ。一方で党三役には、自民党総裁選挙の 1 回目の投 票 で 地 方 票 を 集 め て 1 位 と な っ た 石 破 茂 を 幹 事 長 に 任 命 し た も の の 、その石破 の意向を押 し切って、 政調会長に 高市早苗、 総務会 長 に野田聖子を任命した。党三役に初めて女性 2 人を登用することで 党のイメージアップを図るとともに、無派閥で党内基盤が強くない2 人 を就任させ ることで、 党に主導権 を与えない ためだとも 見られ た 3。もっとも2 人とも党執行部の経験に乏しいため、政調会長代理に 安 倍の盟友の 塩崎恭久、 総務会長代 行には二階 俊博といっ た実力 者 を補佐役として置くことにした。 こ う し た 人 事 配 置 に く わ え て 、「 ロ ケ ッ ト ス タ ー ト 」 の 成 功 に よ り 、安倍内閣 への支持率 が高い水準 を維持して いることか ら、こ れ ま でのところ 官邸主導の 政策決定に 対して党か らの抵抗も 少なく 、 「政高党低」と呼ばれる状況になっている4。このため、党内の反対 が強いと見られた環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加も、す んなり了承された。自民党は2012 年総選挙で、「聖域なき関税撤廃」 を前提にする限り TPP 交渉参加に反対すると公約していた。そこで 安倍はオバマ大統領と会談し、「あらかじめ全ての関税撤廃の約束を 求められない」とする共同声明を発表して、TPP への交渉参加を決 定した。安倍は、TPP は聖域なき関税撤廃を前提としないことを確 認したとして、TPP 交渉への参加を正当化したのである5。
3 「(点検 100 日 安倍政権:中)重鎮去って政高党低 主導権奪い自民一変」『朝日 新聞(朝刊)』2013 年 4 月 5 日、3 面。 4 同上。 5 藤田直央「TPP 交渉参加へ 安倍首相、来月にも表明 関税の『聖域』日米声明」『朝 日新聞(夕刊)』2013 年 2 月 23 日、1 面、「TPP 交渉参加、安倍首相に一任 自民役
なお連立政 権を組む公 明党とは、 政府・与党 連絡会議、 政府・ 与 党 協議会、与 党政策責任 者会議、与 党国会対策 会議を設置 し、様 々 なレベルで調整を行うことにした6。 次に経済政 策の決定シ ステムとし て、経済財 政諮問会議 を復活 さ せ たこと、内 閣に日本経 済再生本部 を新設し、 その下部組 織とし て 産 業競争力会 議を設置し たことが注 目される。 経済財政諮 問会議 で は 、 中 長 期 的 な 経 済 財 政 運 営 の 目 標 や 予 算 編 成 の 基 本 方 針 を 決 定 し 、官邸主導 で予算編成 を進める。 また、諮問 会議では日 本銀行 総 裁がメンバーであるため、2013 年 1 月 22 日に公表された政府・日本 銀行の共同声明に明記された、2%の物価上昇率という目標達成の進 捗状況を検証していくこととした7。なお諮問会議の事務局は、内閣 府の経済財政担当部局が担当する。 経済財政諮 問会議が、 財政金融政 策というマ クロ経済政 策を司 る 一 方で、企業 の国際競争 力向上や技 術革新を後 押しする成 長戦略 と い ったミクロ 経済政策を 司るのが、 日本経済再 生本部であ る。こ れ は 本部長が首 相、閣僚す べてが構成 員となって おり、日本 経済再 生 本部総合事務局は内閣官房に置かれている。事務局には12 省庁から 職員が出向しており、次長以上を除く 46 人のうち 12 人が経産省出 身者、12 人いる参事官も 3 分の 1 が経産省出身者と、経産省が最大 勢力を占めた8。
員会が了承」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 2 月 26 日、1 面、大津智義「自民 TPP 慎重 派、失速 抵抗断念、条件闘争へ」同4 面、「TPP『公約たがえない』 安倍首相」『朝 日新聞(夕刊)』2013 年 2 月 26 日、2 面。 6 「自民、政策決定を再構築、与党連絡会議を復活、官邸とのバランス焦点。」『日本 経済新聞(朝刊)』2012 年 12 月 28 日、4 面。 7 野沢哲也「金融政策、政府主導に 物価目標 2%を明記・来年から無期限緩和 諮問 会議で定期検証」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 1 月 23 日、1 面。 8 「経産省 VS 財務省の主導権争いも 安倍カラーで産業再生へ、日本経済再生本部が
日本経済再 生本部の下 部組織の産 業競争力会 議は安倍総 理が議 長 を務め、安倍を含めた閣僚 7 名と民間議員 10 名の計 17 名が参加し て いる。民間 議員には、 竹中平蔵慶 應義塾大学 教授・元経 済財政 政 策担当大臣・パソナグループ会長ら大学教授 2 名、それに長谷川閑 史 ・武田薬品 社長、新浪 剛史・ロー ソン社長、 三木谷浩史 ・楽天 会 長兼社長といった企業の経営者 8 名が名を連ねた。事務局は主とし て 経産官僚に よって占め られている 。これに対 し竹中や三 木谷が 、 民 間人の事務 局入りを提 案し、経済 同友会や楽 天などから 民間 人 5 人 が 加 わ っ た9。 会 議 で の 議 論 は 「 産 業 競 争 力 強 化 法 案 」( 仮 称 ) と して秋の臨時国会に提出することが予定されている。 経済財政諮 問会議と日 本経済再生 本部を所掌 するのは、 甘利明 経 済 再生担当大 臣であり、 社会保障と 税の一体改 革担当とし て、民 主 ・自民・公明の 3 党合意に基づいて設置された「社会保障制度改革 国民会議」の運営にも責任を持つ。 また産業競 争力会議は 、内閣府に ある総合科 学技術会議 、規制 改 革 会議と連携 するものと された。規 制改革会議 は、民主党 政権で は 行 政刷新会議 の規制・制 度改革に関 する分科会 (後に「規 制・制 度 改 革委員会」 に名称変更 )を受け皿 とする形で 廃止されて いたも の の、第 2 次安倍内閣で復活した。その前身は、オリックスの宮内義 彦 会長が長期 間にわたり 委員長を務 めた、行政 改革委員会 規制緩 和 小委員会、行政改革推進本部・規制改革委員会、総合規制改革会議、 規制改革・民間開放推進会議である。
初会合」『msn 産経ニュース』2013 年 1 月 8 日、http://sankei.jp.msn.com/politics/news/ 130108/plc13010821410018-n1.htm(2013 年 5月 1 日取得)。 9 「競争力会議、事務局に民間人 5 人登用。」『日本経済新聞(夕刊)』2013 年 3 月 12 日、2 面。
2 予算編成 本節では、第2 次安倍内閣における 2012 年度補正予算および 2013 年度予算の編成過程を概観する。安倍内閣は発足するとすぐに、「15 カ月予算」という考えの下、2012 年度補正予算と 2013 年度予算の編 成に着手した。 1 月 15 日には緊急経済対策を盛り込んだ、総額 13 兆 1054 億円の 補正予算案を閣議決定した。歳出には、基礎年金の国庫負担2 分の 1 を維持するのに必要な措置として2 兆 5842 億円のほか、震災復興・ 事前防災対策に3 兆 7889 億円、地方自治体の負担の最大 9 割を国が 肩代わりする臨時交付金(「地域の元気臨時交付金」)1 兆 3980 億円 などが盛り込まれた。公共事業費の総額は 5.2 兆円で、2012 年度当 初予算5.1 兆円とほぼ同額であった。財源は 2011 年度の決算剰余金 や 2012 年度の国債の元利払い費の使い残し、それに 5 兆 2210 億円 の建設国債の増発で賄われた10。 野 党時代 の自 民党・ 公明 党は、 民主 党政権 で予 算は水 膨れ したと 批判してきた。ところが2013 年度予算案では、重点政策の見直しは 進 まなかった 。野党時代 に自民党・ 公明党が「 子ども手当 」から 名 称を変更させた「児童手当」は、約1.4 兆円とほぼ同じ予算額が認め ら れた。農家 への戸別所 得補償制度 は「経営所 得安定対策 」と名 称 を変えて存続し、385 億円の削減にとどまった。公立高校実質無償化 への所得制限の導入も、2014 年度以降に先延ばしされた。社会保障 関係費の 7 割を占める年金や医療は、社会保障制度改革国民会議の 議 論が進んで いないこと を理由に、 民主党政権 の概算要求 を踏襲 し
10 「補正 13.1 兆円決定、臨時閣議、今年度、国債依存度 51.8%に。」『日本経済新聞(朝 刊)』2013 年 1 月 16 日、1 面、「補正予算案、復興・防災、企業支援が柱、公共事業、 従来型膨らむ恐れ。」同5 面。
た。また、70~74 歳の医療費自己負担を 2 割から 1 割に軽減してい る 特例措置に ついては、 民主党政権 がそれを継 続していた ことを 自 民党は批判していたにもかかわらず、2012 年度補正予算に 2000 億円 を計上し、継続することを決めた。「夏の参院選前に負担増の話は一 切駄目と、官邸にひっくり返された」(厚労省幹部)からであった。 他方、予算増額を公約にしていた公共事業費については、「地域自 主 戦略交付金 」を廃止し て各省庁の 交付金に移 すことにし 、これ を 財源として前年度比7119 億円(15.6%)の増額を実現した。防衛費 も11 年ぶりとなる前年度比 400 億円(0.8%)の増額とした。 ところが、新規国債発行額は 4 年ぶりに税収を下回った。これは 財 政健全化へ の配慮を見 せたいとす る安倍首相 や麻生太郎 財務相 の 指 示によるも のであった 。ただ、歳 出削減に最 も貢献した のは、 リ ーマン・ショック後に毎年度 1 兆円近く計上してきた経済危機対応 予 備費の廃止 であり、こ れまでは年 度途中で補 正予算の財 源に回 さ れてきた。また国債費からも、10 年物国債の想定利回りを 2.0%から 1.8%に引き下げたり、残高約 10 兆円の国債整理基金の積立金から 7 兆円を取り崩して借換債を減らしたりするなどして、3700 億円程度 を削減した。 実 質的な 歳出 削減策 とし ては、 第一 に、生 活保 護の扶 助基 準の引 き下げにより、3 年間で段階的に 670 億円を削減することが挙げられ る 。自民党は 、生活保護 の不正受給 問題を受け 、生活保護 給付 の 1 割 引き下げを 衆院選の公 約に掲げて おり、これ が実施され たので あ る。もっとも、1 割削減となる対象世帯は全体の 2%に過ぎず、その うえ受給者が増加したことから、2013 年度予算では 300 億円増の 2 兆8224 億円と過去最高を更新した。 第 二に、 地方 公務員 の給 与を国 家公 務員の 給与 引き下 げに 合わせ て7 月から 7.8%引き下げることを前提として、地方交付税交付金を
8504 億円減額した。だが、地方自治体からの反発が強かったため、「緊 急防災・減災事業費」4550 億円や地域活性化のための「地域の元気 づくり事業費」3000 億円などを配分することで、地方一般財源(地 方税・地方交付税等)については前年度と同程度の水準(59.8 兆円、 対前年度比0.13 兆円増)が確保された11。 12 月に総選挙、組閣が行われ、予算編成が大幅に遅れる異例の事 態であったところ、安倍は予算編成の速度を重視した。このため2012 年度補正予算案および2013 年度予算案の決定に際し、部会で意見を 述 べる機会が ほとんどな かったとし て、自民党 内からは不 満の声 が 上がった。もっとも、15 カ月予算での公共事業費の大幅増額と、後 述 する減税と が実現され たことから 、不満の声 はそれほど 大きく は ならなかった12。 一方、健全 財政を望む はずの財務 省は、ほと んど抵抗を 見せな か っ た。安倍首 相は衆院選 の選挙期間 中から景気 が後退する 中、消 費 増 税を行うこ とに慎重な 発言を繰り 返していた 。このため 財務省 幹 部らは、「今年 4~6 月の景気が落ち込めば、消費増税を本気でスト ップしかねない」と懸念し、「消費増税が幹、補正は枝葉」という言
11 以上、2013 年度予算の内容については、「脱デフレ優先、改革遅れ、来年度予算案、 公共事業を増額、補正含め歳出100 兆円超。」『日本経済新聞(朝刊)』2013 年 1 月 30 日、1 面、粟井康夫「財政規律、綱渡り、来年度予算案 92.6 兆円、参院選・消費 税に照準。」同3 面、「検証安倍予算(中)暮らしの不安、和らぐか――現役世代へ 負担なお。」『日本経済新聞(朝刊)』2013 年 2 月 1 日、5 面、松浦茂「平成 25 年度 予算案の概要」『調査と情報』第772 号(国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 772 (2013.3.7 ))、 http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8068769_po_0772.pdf?content No=1(2013 年 7 月 23日取得)、「平成25 年度予算政府案 平成 25 年度予算のポイン ト 」。 財 務 省 、http://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2013/seifuan25/ 01point.pdf(2013 年 7 月 23日取得)。 12 「安倍政権きょう 1 ヵ月、経済・外交、首相が主導、官僚掌握へ協調姿勢。」『日本 経済新聞(朝刊)』2013 年 1 月 26 日、4 面。
葉が財務省内でかわされていた13。財務省にとっては、消費増税の実 現が何よりも重要だったわけである。 3 税制改正 本節では、第2 次安倍内閣における 2013 年度税制改正の決定過程 について概観する。 安 倍内閣 では 、これ まで の自民 党政 権と同 様、 自民党 税制 調査会 が税制改正の主導権を握ることとなった。特に2013 年度税制改正で は、12 月に政権が交代したという事情もあり、政府税制調査会の会 合 は開かず、 自民党と公 明党の代表 者によって 構成される 与党税 制 協 議会で策定 された「与 党税制改正 大綱」が閣 議決定され 、税制 改 正 法案として まとめられ ることにな った。自民 党税調では 、恒例 だ った企業や業界団体からの聞き取り調査も見送られた。 自民党税調 を牛耳り、 決定権を独 占していた 非公式幹部 会(イ ン ナー)のメンバーは、7 人から実質 4 人に縮小した。これまでのメン バーのうち、伊吹文明は衆議院議長に就任したため、また石原伸晃、 林 芳正は入閣 したため、 それぞれ税 調を退任し た。町村信 孝は病 気 療 養中であっ た。そこで 、これまで のメンバー である野田 毅会長 、 額 賀福志郎小 委員長、宮 沢洋一幹事 と、新たに 顧問として 加わっ た 高 村正彦副総 裁がインナ ーを構成し た。このほ か石田真敏 幹事が 、 地 方税担当と して会合に 出席した。 このため自 民党税調で は、野 田 の影響力が強まったと見られた14。
13 「補正予算案を決定、参院選にらみ景気優先、財務省、消費増税へ膨張黙認。」『日 本経済新聞(朝刊)』2013 年 1 月 16 日、2 面。 14 「自民税調、政治力どこまで、幹部会縮小、派閥も弱く。」『日本経済新聞(朝刊)』 2013 年 1 月 4 日、2 面、永井央紀「自民税調その力の源――要望集約、調整に徹す (永田町インサイド)」『日本経済新聞(朝刊)』2013 年 1 月 13 日、4 面。
自民党と公 明党の間で は、消費増 税の際に軽 減税率を導 入する 時 期 をめぐって 意見が対立 した。公明 党は衆院選 の時から、 消費税 率 が8%に上がる 2014 年 4 月からの導入を主張していた。一方、自民 党税調では、「低い税率での導入はダメだ。消費税率15%以上ならい い」(幹部)といった慎重論が大勢だった。結局、「消費税率の10% 引 き上げ時に 軽減税率制 度を導入す ることを目 指す」とい う表現 で 折り合った15。 その一方で自民党・公明党は、民主党とも協議を行った。2012 年 の消費増税法案可決に伴う 3 党合意で、所得税・相続税の富裕層へ の 課税強化に ついては年 末の税制改 正に先送り すること、 低所得 者 層 への対策に ついては給 付付き税額 控除か軽減 税率の導入 を検討 す る こと、自動 車取得税( 地方税)・ 自動車重量 税(国税、 一部を 地 方 に譲与)の 見直しを消 費増税まで に決めるこ と、消費増 税時に は 住 宅の購入者 負担の軽減 策をとるこ とを決めて いたからで ある。 ま た 、自公両党 だけでは参 議院で過半 数の議席を 占めていな いため 、 民主党の協力を必要としていたからでもあった。 ところが自 民党・公明 党は、民主 党との協議 のテーマを 所得税 と 相続税の課税強化に限定した。「増税の責任は民主党と分担し、消費 者 や 業 界 が歓 迎 す る 減税 の“手柄”は渡さない」ためである。民主党 は 、自動車や 住宅の減税 議論への参 加を求めた ものの、受 け入れ ら れず、「うちが関わったのは結局、増税の話だけ。減税の話もやりた かった」(民主党税調幹部)と落胆の声が上がった16。結果、所得税 については、課税対象となる所得のうち4000 万円を超える部分で税
15 「税制大綱決定、与党、参院選にらむ、減税措置ずらり、業界・有権者に配慮。」『日 本経済新聞(朝刊)』2013 年 1 月 25 日、4 面。 16 同上。
率を40%から 45%に引き上げることにした。相続税については、基 礎控除を現行より4 割縮小し、最高税率も引き上げることにした。 もっとも自 民党は、高 所得者への 課税強化に はもともと 反対で あ った。そこで祖父母が教育資金を一括して孫に贈る場合、孫 1 人あ たり1500 万円まで贈与税を非課税にする制度を導入したり、相続す る土地の評価額を 8 割減にできる宅地特例の対象を、最大で 240 平 方メートルから 330 平方メートルに引き上げたりすることで、富裕 層への配慮を示した。 一方、自動 車重量税・ 自動車取得 税について は、自民党 が衆院 選 の 公約で「廃 止を含めて 検討」と明 記して、自 動車業界か ら支援 を 受けた。そこで自動車取得税は、消費税が10%に引き上げられる 2015 年10 月に廃止することが決められた。また、2014 年 4 月には取得税 率 を引き下げ 、エコカー 減税も拡充 する方針が 示された。 けれど も 詳細は、1 年後の税制改正に先送りされた。もっとも、地方税の自動 車 取 得 税 の 廃 止 を 決 め な が ら 、 地 方 財 政 に 影 響 は 及 ぼ さ な い と さ れ、しかしながら、財源の手当ては先送りされた。 国税の自動車重量税については、「与党税制改正大綱」に「自動車 重 量税につい ては、車両 重量等に応 じて課税さ れており、 道路損 壊 等 と密接に関 連している 。今後、道 路等の維持 管理・更新 や防災 ・ 減 災等の推進 に多額の財 源が必要と なる中で、 原因者負担 ・受益 者 負 担としての 性格を明確 化するため 、その税収 について、 道路の 維 持 管理・更新 等のための 財源として 位置づけ、 自動車ユー ザーに 還 元 されるもの であること を明らかに する方向で 見直しを行 う」と 明 記された17。自動車重量税を道路特定財源に戻すと読み取れる、この
17 自由民主党・公明党「平成 25 年度税制改正大綱」(平成 25 年 1 月 24 日)。自由民主 党、http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/pdf085_1.pdf(2013 年 7 月 18日取得)。
表 現には、党 税調総会や 政調会で批 判の声が上 がった。野 田税調 会 長 は、重量税 は使途を限 定しない一 般財源であ るが、重量 税を存 続 さ せるからに は課税根拠 を記した方 がわかりや すく、大綱 は課税 目 的 を 明 記 し た も の で 、 使 途 は 道 路 に 限 定 し た わ け で は な い と 弁 明 し 、了承を得 た。菅義偉 官房長官も 、道路特定 財源化はし ないと 明 言した18。この文言は、閣議決定された「平成 25 年度税制改正の大 綱」には記載されなかった19。党と政府の立場を使い分ける、自民党 お得意の手法を用いたのである。 住宅ローン減税については、これまで最大控除額が年20 万円だっ たものを、2014 年 4 月から 2017 年 2 月に入居した人については、認 定住宅(長期優良住宅や低炭素住宅)の場合は10 年間で 500 万円に、 それ以外の住宅の場合は400 万円に、それぞれ拡充することにした。 ま た、所得税 や住民税が 少なく、減 税だけでは 負担分を引 ききれ な い ケースでは 、その分を 現金で給付 することと した。ただ 、その 規 模 や財源につ いての決定 は先送りさ れた。自動 車関連税制 につい て も 住宅ローン 減税につい ても、参院 選前に減税 表明を急い だため 、 制度設計や調整が間に合わなかったのである20。 このように2013 年度税制改正は、消費者や業界向けの選挙対策色 が濃いものとなった21。安倍は3 月 18 日に東京都内のホテルで開か
18 「税制大綱決定、与党、参院選にらむ――道路維持に重量税『改革に逆行』。」『日 本経済新聞(朝刊)』2013 年 1 月 25 日、4 面。 19 「平成 25 年度税制改正の大綱」(平成 25 年 1 月 29 日)。財務省、http://www.mof.go.jp /tax_policy/tax_reform/outline/fy2013/250129taikou.pdf (2013 年 7 月 23日取得)。 20 前掲「税制大綱決定、与党、参院選にらむ、減税措置ずらり、業界・有権者に配慮」。 21 2013 年度税制改正の概要については、梶善登「平成 25 年度税制改正案の概要」『調
査と情報』第773 号(国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 773(2013.3.7))、 http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8068771_po_0773.pdf?contentNo=1(2013 年 7 月23日取得)を参照。
れた自民党の会合で、「参院の戦いは親のかたきを討つようなもの。 これに勝たなければ、私は死んでも死にきれない」22と述べたが、そ の意気込み通り、参院選を見据えての税制改正だったわけである。 4 成長戦略 本節では、第 2 次安倍内閣における成長戦略の策定過程について 概観しておく。 政府は成長戦略の議論のたたき台として、2013 年 1 月に新しい成 長 戦略のイメ ージを発表 した。それ によると、 新しい成長 戦略は 産 業 投資立国・ 貿易立国を 目標とし、 ①新しい産業や成長分野を国が 応援する「戦略市場創造プラン」、②日本から企業が流出するのを防 ぎ、雇用や所得の増大もめざす「ニッポン産業再興プラン」、③貿易 の活発化などをめざす「国際展開戦略」の 3 つの分野から構成され る。「戦略市場創造プラン」はさらに、①国民の「健康寿命」を延ば す 、②経済的な再生可能エネルギーを実現する、③安全・便利で経 済 的な次世代 インフラを つくる、④農林水産業や観光業など地域の 資源を生かす、という4 分野に力を入れるとされた23。 日本経済再 生本部・産 業競争力会 議の事務局 は経産省か らの出 向 者 が多数を占 めており、 この会議を 設置するこ と自体、経 産省の ア イ ディアによ るものであ った。経産 省の考えで は、新しい 成長戦 略 の 柱は、成長 産業の育成 に向けた新 ターゲティ ング・ポリ シーの 策 定であった24。これはつまり、政府が育成すべき産業を特定し、それ
22 「(点検 100 日 安倍政権:上)周到に政権工程表 『参院選までは経済』就任前に 指示」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 4 月 4 日、3 面。 23 榊原謙「(アベノミクスって、なに?:49)成長戦略編 『第 3 の矢』ってどんなも の?」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 3 月 26 日、7 面。 24 「霞が関、勢力図は、経済政策、主導権狙う――経産省、財務省。」『日本経済新聞
を 支援すると いうもので 、昔ながら の産業政策 を髣髴とさ せる内 容 だ ったのであ る。また、 医療・健康 、再生可能 エネルギー 、次世 代 イ ンフラ、農 業・観光を 経済成長の 柱とすると いうアイデ ィアは 、 民主党政権の成長戦略と変わりはなかった。 ところが、 竹中平蔵や 三木谷浩史 ら産業競争 力会議の民 間議員 た ち は、経産省 の思惑を越 え、企業に 自由を与え る規制改革 の実現 を 強 く主張した 。民間議員 は各々が担 当するテー マ別会合で 、成長 戦 略への提言を行った。「雇用」を担当する長谷川閑史・武田薬品工業 社 長は、労働 者の解雇基 準を明確に することや 、裁量労働 制を拡 大 することなど、雇用規制の緩和を求めた。「健康」を担当する佐藤康 博 ・みずほフ ィナンシャ ルグループ 社長は、公 的な医療保 険が使 え る 診療と自由 診療とを組 み合わせた 「混合診療 」の手続き を簡単 に す ることや、 再生医療な ど最先端技 術の開発を 加速するた め、米 国 立保健研究所(NIH)を参考にして「日本版 NIH」を設立することを 求めた。「農業」を担当する新浪剛史・ローソン社長は、株式会社の 農業参入の全面自由化を求めた。「科学技術・IT」を担当する三木谷 浩 史・楽天社 長らは、市 販薬のイン ターネット 販売の解禁 や、ネ ッ トでの取引規制をなくすことを求めた。 こ うした 要求 の中で 、特 に強い 反発 を買っ たの が、農 林水 産省が 反 対する株式 会社の農業 参入と厚生 労働省が反 対する混合 診療の 拡
(朝刊)』2012 年 12 月 31 日、3 面、大鹿靖明「(限界にっぽん)第 2 部・雇用と成 長 大阪から:5 介入政策の復活」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 1 月 21 日、6 面。 後者の記事によると、経産省には長年、規制緩和や金融政策などを通じて経済成長 を促すことを重視する「フレームワーク派(制度派)」と、特定の産業や企業への介 入、具体的には成長が見込めそうな産業を重点支援したり、経営難の企業を救って 業界再編を促したりすることを重視する「ターゲティング派(介入派)」とがあり、 第2 次安倍内閣では「ターゲティング派」が影響力を強めているという。
大 で、農業参 入はあまり 議論されず 、混合診療 は「限られ た病院 で 手続きを簡単にする」という提言に落ち着いた25。 こ れに対 し、 竹中平 蔵や 三木谷 ら「 規制緩 和路 線」の 民間 議員た ちは強く反発した。「ビジネス環境」を担当する竹中は、有料道路や 空 港、水道な ど官製イン フラの運営 権を民間売 却すること にくわ え て 、地域に限 って首相主 導で大胆に 規制を撤廃 する「アベ ノミク ス 戦 略特区」を 設置し、特 区で「混合 診療」や「 道路の民営 化」が で きるようにすることを提案した26。三木谷も、通信インフラを無料で 利用できるようにする「IT アウトバーン構想」を提唱し、具体的な 施策として「NTT 再々編等を含むインフラの国有化も検討」すると 明記したペーパーをテーマ別会合に提出した27。 一方、安倍 は成長戦略 を段階的に 発表して内 閣への期待 を高め 、 それを公約として参院選に臨もうとしていた。まず4 月 19 日に、「女 性 が輝く日本 」をキーワ ードに、働 き手として 女性の人材 活用を 柱 とする成長戦略の考え方を打ち出した。具体的には、5 年間で保育所 の定員を40 万人分増やして「待機児童ゼロ」をめざすとし、さらに 経済3 団体トップと会談して、現在最長1年半の育休期間を 3 年に 延 ばすことや 短時間勤務 を選びやす くするよう に要請した 。その ほ か 、若者の人 材づくりを 進めるため 、大学生の 就職活動の 解禁時 期 を3 カ月後ろ倒しにすることや、医療機器の承認期間を早めること、
25 福山亜希・末崎毅「第 3 の矢、的はどこ 民間議員と官僚綱引き 成長戦略で主導 権争い」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 4 月 24 日、7 面。 26 同上。 27 永田稔・大鹿靖明「(けいざい深話)三木谷氏と新経連:4 突き進むほどに高まる 壁」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 6 月 15 日、9 面、「楽天・三木谷氏の『インターネ ット国有化論』に波紋」『msn 産経ニュース』2013 年 4 月 16 日、http://sankei.jp.msn. com/economy/news/130416/biz13041608320005-n1.htm(2013 年 7 月 9 日取得)。
「日本版NIH」を創設することなども示した28。 5 月 17 日に安倍は、成長戦略の考え方第 2 弾を発表した。第 2 弾 では、「世界で勝って、家計が潤う」をキーワードに、国際競争力の 強化を掲げた。具体的には、現状10 兆円のインフラ輸出を 7 年以内 に 30 兆円に増やすこと、現状 4500 億円の食料輸出を 7 年以内に 1 兆円規模に増やすこと、現状1 兆円程度の 6 次産業化市場を 10 年以 内に10 兆円規模にすること、世界大学トップ 100 に入っている大学 を、現在の2 校から 10 年以内に 10 校増やすこと、現状 63 億円の設 備投資を3 年以内に 70 兆円規模とすることなどを挙げた。さらに安 倍 は、自らを 本部長とす る「農林水 産業・地域 の活力創造 本部」 を 首相官邸に設置し、農家の所得を10 年後にほぼ倍増させるという目 標を掲げた。成長戦略第 2 弾では、TPP 交渉への参加表明に対する 農 業関係者の 反発を抑え るため、農 業の活性化 に重点を置 いたと 見 られた29。 6 月 5 日に安倍は、「民間活力の爆発」をキーワードとした成長戦 略第3 弾を発表した。10 年後の 1 人当たり国民総所得水準を現在よ り150 万円(年 3%超)増やすこと、国家戦略特区を創設すること、 一般用医薬品(市販薬)のインターネット販売を原則解禁すること、 農 地を集約す る農地集積 バンクの取 り組みを強 化すること 、環境 ア セスメントの運用見直しで電力関係投資を30 兆円規模に増大させる こ と、老朽化 したインフ ラを造り直 すため、建 設や運営に 民間資 金 を用いるPFI(民間資金の活用)の手法で 12 兆円規模の事業を推進
28 「保育所定員 40 万人増 成長戦略、女性を活用 安倍首相方針」『朝日新聞(朝刊)』 2013 年 4 月 20 日、1 面、「成長戦略、安倍首相会見〈要旨〉」同 4 面。 29 福山亜希「農業前面、視線は参院選 成長戦略第 2 弾、TPP反発意識」『朝日新聞 (朝刊)』2013 年 5 月 18 日、3 面、「教育・子育て・観光…強気の目標 『第3 の矢』 成長戦略、第2 弾発表」同 5 面。
すること、原発の再稼働を進めることなどが盛り込まれた30。この中 で 安倍が規制 改革の目玉 としたのが 、市販薬の インターネ ット販 売 の 原則解禁で あった。こ れは三木谷 が強く主張 しており、 政府の 対 応 によっては 産業競争力 会議の民間 議員を辞任 することを ほのめ か していた31。結局は、厚労省や日本薬剤師会、薬害被害者団体などの 反 対にもかか わらず、安 倍が主導し て成長戦略 に盛り込ま れた。 た だ し安全性の 評価が定ま っていない 一部の品目 については 、副作 用 などを検討するとされた。 同じ5 日に規制改革会議も、答申案をまとめた。「健康・医療」、「保 育」、「エネルギー・環境」、「雇用」、「創業等」の 5 分野で、項目ご とに結論を出す時期を明記した。「エネルギー・環境」では、電力シ ス テム改革と して発送電 分離と小売 料金の全面 自由化、そ れに次 世 代自動車の世界最速普及のための規制緩和が、「保育」では、認可保 育 所への移行 を目指す認 可外保育所 の改修・運 営費支援や 保育士 数 の増加策の策定が、「健康・医療」では、再生医療ルールの整備や医 療 機器の認証 基準の見直 し、一般健 康食品の機 能性表示を 可能と す る 仕組みの整 備や一般用 医薬品(市 販薬)のイ ンターネッ ト販売 規 制の見直しが、「雇用」では、職務、勤務地または労働時間があらか じ め決められ ており、そ の仕事や勤 務地がなく なれば正社 員より も 緩い基準で解雇できる「限定正社員」(ジョブ型正社員)の雇用ルー
30 「電力投資で 30 兆円、民間資金で 12 兆円 安倍首相、成長戦略第 3 弾発表」『朝日 新聞(夕刊)』2013 年 6 月 5 日、1 面、「民間活力、成長の柱に 高い目標、実現不 透明 安倍政権、戦略第3 弾を発表」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 6 月 6 日、1 面、「『第 3 の矢』読み解くと 成長戦略第 3 弾発表」同 5 面、「安倍首相の講演〈要旨〉 成 長戦略第3 弾発表」同 7 面。 31 阿部彰芳・佐々木英輔・田伏潤・福山亜希「薬ネット販売、大半解禁 市販 8 割に、 高リスク2 割先送り 厚労省検討会」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 6 月 1 日、2 面。
ルの整備や、派遣労働規制の大幅緩和、裁量労働制の拡大が、「創業 等 」では、ベ ンチャー企 業育成のた め、インタ ーネットを 通じて 小 口 でお金を集 める「クラ ウドファン ディング」 の整備や、 老朽化 マ ン ションの建 て替え促進 策、ビッグ データ利用 のためのガ イドラ イ ンの作成が、それぞれ明記された32。 な お「雇 用」 分野で 話題 となっ た、 裁判所 が解 雇を無 効と した労 働 者に対し、 会社がお金 を払って雇 用契約を打 ち切る「解 雇の金 銭 解 決制度」は 、引き続き 検討される ことになり 、成長戦略 には入 ら な かった。そ の代わりに 、従業員を 一時的に休 業させて雇 用を維 持 す る企業を支 援する「雇 用調整助成 金」を減ら して、従業 員を転 職 さ せた企業を 支援する「 労働移動支 援助成金」 に予算を移 す案が 、 成長戦略に盛り込まれた。ある政府会議の委員によると、「官邸から 『解雇の話は難しいから参院選後に』と言われた」という33。 さ らに規 制改 革会議 にお いても 、成 長戦略 のと りまと めに 合わせ る ため、農水 省や農水族 議員の反対 が強い、農 業参入規制 の緩和 に よ る企業の農 地所有の完 全自由化や 、厚労省や 日本医師会 の反対 が 強い「混合診療」の拡大といったテーマは、先送りされた34。 これにより 成長戦略が 出揃った。 しかし市場 関係者の間 では、 法 人 税減税、株 式会社の農 地取得、混 合診療の大 幅拡充など が抜け 落 ち ており、雇 用の流動化 など、規制 緩和も不十 分と見られ た。ま た
32 規制改革会議「規制改革に関する答申~経済再生への突破口~」(平成 25 年 6 月 5 日 )。 内 閣 府 ・ 規 制 改 革 会 議 、http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/publication/ 130605/item1.pdf(2013 年 7 月 10 日取得)。 33 「第 3 の矢どこへ 点検成長戦略(4)雇用改革尻すぼみ――人材流動化は棚上げ」 『日本経済新聞(朝刊)』2013 年 5 月 4 日、3 面。 34 「混合診療・農地改革…難題は積み残し 規制改革答申」『朝日新聞(朝刊)』2013 年6 月 6 日、7 面。
成 長戦略の内 容にしても 、数値目標 は掲げてい るものの、 その目 標 を どのように 実現するの か、具体的 な政策はほ とんど書か れてい な か った。この ため成長戦 略は期待外 れという見 方が強まり 、株価 は 急落、6 日には日経平均株価が 2 カ月ぶりに 1 万 3000 円台を割り込 んだ35。 慌てた安倍は 9 日には、例年なら年末に決められる税制改正を前 倒 し し 、 企 業 に 設 備 投 資 を 促 す 法 人 減 税 を 秋 に 決 定 す る と 発 言 し た 。これによ り参院選ま で市場の期 待をつなぎ とめ、株価 を維持 し ようとしたのである。 5 骨太の方針 本節では、第 2 次安倍内閣における「骨太の方針」の策定過程に ついて概観しておく。第 2 次安倍内閣は、民主党政権下で活動が停 止していた経済財政諮問会議を復活させ、「経済財政運営と改革の基 本方針(骨太の方針)」を策定することにした。安倍首相や菅官房長 官 は、経済財 政諮問会議 の民間議員 に竹中平蔵 を起用しよ うと考 え た 。けれども 、麻生太郎 副総理・財 務大臣らが 難色を示し 、結局 、 産業競争力会議の民間議員として採用されることになった36。 竹 中が外 され た経済 財政 諮問会 議で は、規 制緩 和や市 場競 争を重 ん じ た 「 市 場 主 義 路 線 」 を 否 定 す る か の よ う な 議 論 が 登 場 し た 。4 月18 日に経済財政諮問会議は、ベンチャー企業の育成で有名な、原
35 「成長の矢、株安の洗礼 市場、アベノミクス懐疑も 戦略第 3 弾を発表」『朝日新 聞(朝刊)』2013 年 6 月 6 日、2 面、湯地正裕・高田寛「一転、止まらぬ下落 東証、 2 カ月ぶり 1 万 3 千円割れ 成長戦略『期待外れ』」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 6 月 7 日、9 面。 36 「安倍官邸、力関係は、重要事項、菅・麻生氏と――外交・安保、首相が主導。」『日 本経済新聞(朝刊)』2012 年 12 月 31 日、2 面。
丈 人・アライ アンス・フ ォーラム財 団代表理事 を招いて意 見を求 め た 。原はかね てより、行 き過ぎた規 制緩和を批 判しており 、この 会 合 では、原も メンバーと した「目指 すべき市場 経済システ ムに関 す る 専門調査会 」を設置す ることが決 められた。 甘利経財相 は会議 後 の記者会見で、「安倍内閣というのは、何か市場原理主義のような捉 え 方をされる けれども、 その安倍内 閣だからこ そ原さんを お呼び し たのである」と述べた37。 この調査会は 6 月 6 日に中間報告をまとめた。そこでは、市場競 争 が行き過ぎ ると「勝者 総取り」に なる恐れが あり、分配 が偏り す ぎると勤労意欲が低下する恐れがあるとして、「短期的な利益のみ志 向 するマネー ゲームに偏 らず、実体 経済主導の 持続可能な 経済社 会 を実現する」という提言がなされた38。これを受けて「骨太の方針」 でも 、「目指すべ き経済社会 の姿」とい う項目が盛 り込まれ、「グ ロ ー バルな市場 経済は、大 きな可能性 を与えてく れるが、時 に暴走 す るエネルギーを内包している」として、「未来につながる長期的投資 を 可能とし、 人材を育み 、環境とと もに生きる 経済社会を 担保す る 市場システムが形成された社会」を目指すと記された39。とはいえ、 成 長戦略では 規制改革を 進める方針 が示されて おり、安倍 内閣が 市 場 主義路線を とるのか、 それとも異 なる路線を とるのかは 、不明 確 なままであった。
37 「第 8 回記者会見要旨:平成 25 年 会議結果 甘利内閣府特命担当大臣記者会見要 旨」(平成25 年 4 月 18 日)。内閣府・経済財政諮問会議、http://www5.cao.go.jp/keizai- shimon/kaigi/minutes/2013/0418/interview.html(2013 年 7 月 9 日取得)。 38 末崎毅「骨太、市場主義と決別? 方針素案、『日本型』を模索 過度な規制緩和に 批判も」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 6 月 7 日、7 面。 39 「経済財政運営と改革の基本方針~脱デフレ・経済再生~」(平成 25 年 6 月 14 日)。 内 閣 府 、http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2013/2013_basicpolicies.pdf (2013 年 7 月 11 日取得)。
さ らに「 骨太 の方針 」で 、より 注目 された のが 、財政 再建 への取 り組みであった。第2 次安倍内閣は「機動的な財政政策」と称して、 景 気回復のた め公共事業 を中心とし た財政出動 を行った。 しかし 、 その一方で、2015 年度までに基礎的財政収支(プライマリー・バラ ンス)の赤字の対国内総生産(GDP)比を 2010 年度の水準から半減 し、2020 年度までに黒字化するという政府の財政健全化目標は堅持 す ることにし た。そこで 今後、どの ように財政 再建に取り 組むの か が注目された。 4 月 22 日の経済財政諮問会議では 4 人の民間議員が、政府の財政 健 全化目標の 達成が「不 可欠」とす る提言を出 そうとした 。とこ ろ が、政権内から異論が出て、目標達成を「目指す」にされたという40。 にもかかわらず自民党内からは、「骨太の方針」の策定にあたり、財 政健全化が強調され過ぎているという批判の声が上がっていた41。ま た 自民党内か らは、市販 薬のインタ ーネット販 売を原則解 禁する こ とにも反対意見が相次ぎ、「骨太の方針」では国土強靭化を前面に出 すべきなどと、財政出動を求める声が相次いだ42。「古い自民党」は、 まだまだ健在であった。 6 月 14 日に「骨太の方針」は閣議決定された。その構成は以下の 通 りであった 。まず第1 章「デフレ 脱却・日本 経済再生と 目指す べ き姿」では、景気回復のためには「三本の矢」(いわゆるアベノミク ス )を一体と して実行す ることが不 可欠である とし、今後 の経済 財
40 「骨抜き、骨太の方針 再建うたえど具体策なし 財政・経済政策、安倍政権が大 枠」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 5 月 29 日、5 面。 41 「『財政健全化、強調しすぎ』 骨太の方針に自民から異論」『朝日新聞(朝刊)』2013 年5 月 31 日、4 面。 42 「骨太の骨抜く?声次々 薬ネット販売慎重に・財政出動足りぬ 自民会合」『朝 日新聞(朝刊)』2013 年 6 月 8 日、4 面。
政運営及び基本戦略が提示された。次に第 2 章「強い日本、強い経 済 、豊かで安 全・安心な 生活の実現 」では、成 長戦略の基 本設計 が 提示された。それから第3 章「経済再生と財政健全化の両立」では、 財 政健全化目 標、財政健 全化の取組 方針、主な 歳出分野に おける 重 点化・効率化の考え方が提示され、最後に第4 章「26 年度予算編成 に 向けた基本 的考え方」 で、予算編 成の在り方 と今後の取 り組み に ついて説明がなされた。 ところが、 財政健全化 の具体策に ついては、 ほとんど示 されな か っ た。予算や 税収の具体 的な見通し を示す「中 期財政計画 」は、 参 院選後の 8 月に策定されることになった。個別の項目についても、 社会保障費については、「聖域にせず見直す」と明記されたものの、 数値目標は盛り込まれず、「重点化・効率化」の項目が個別に記され ただけであった。しかも具体的に記されたのは、特例で 1 割に据え 置かれている70~74 歳の医療費窓口負担の見直しについて「早期に 結 論を得る」 とされたこ とと、生活 保護費の給 付水準を見 直すと さ れ たことくら いで、医療 ・介護につ いては電子 レセプト( 医療費 の 請 求書)の活 用や後発医 薬品の利用 促進、地域 医療体制の 見直し に よ る効率化な ど、歴代政 権が掲げて きた内容が 並べられた だけで あ っ た。社会保 障制度改革 国民会議で 制度改革が 検討されて いるこ と を 理由に、参 院選前に国 民に痛みを 強いる社会 保障の削減 を打ち 出 すことは回避したのである。 地方交付税についても、削減の試みは後退した。2008 年のリーマ ン・ショック以後に緊急的に創設された歳出特別枠(2012 年度予算 では約 1 兆円)について、当初は、この上乗せを減らそうとする財 務省の求めに応じ、「骨太の方針」の原案には「危機以前の状況に向 け て適正化を 図っていく 」と記され た。ところ が、地方自 治体な ど の 猛反発を受 けて、最終 的には「平 時モードへ の切替えを 進めて い
く必要がある」という表現に弱められた。 その一方で公共事業については、「政府横断的な国土強靭化(ナシ ョ ナル・レジ リエンス) への取組を 行う」と明 記された。 ただし 公 的負担の軽減を図るため、民間の資金・ノウハウを利用するPPP(官 民連携)やPFI を積極的に活用するとされた43。 結局、参院選を前にして、国民に「痛み」を強いる厳しい政策や、 業 界から反発 が出る改革 をことごと く先送りし たのであり 、ある 経 済官庁の幹部は「『骨細』と言われてもしかたない」と述べたという 44。
三 官邸主導の成功要因
本章では、第 2 次安倍内閣において、これまでのところ官邸主導 で 経済政策が 順調に決定 されている のはなぜか 、その理由 につい て 検討する。 1 自民党の政策対立 民主党政権では、マニフェストの履行や消費増税の是非、TPP へ の 参加をめぐ って党内対 立が続き、 民主党に対 する国民の 信頼は 失43 以上、「骨太の方針」の内容については、末崎毅「財政再建策、先送り 『国土強靱 化』は明記 骨太素案提示」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 6 月 7 日、1 面、大日向寛 文・大津智義「骨太方針、痛み封印 経財会議が素案提示 年金・医療、見えぬ具 体策」同3 面、「(社説)財政再建 どこが『骨太』なのか」『朝日新聞(朝刊)』2013 年6 月 8 日、16 面、福山亜希・末崎毅「選挙意識し骨抜き 民間提言生きず 経済 政策閣議決定」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 6 月 15 日、3 面、「経済再生策、痛み後 回し 骨太の方針・成長戦略を決定」同 7 面、前掲「経済財政運営と改革の基本方 針~脱デフレ・経済再生~」(平成25 年 6 月 14 日)。 44 大日向寛文・大津智義、前掲「骨太方針、痛み封印 経財会議が素案提示 年金・ 医療、見えぬ具体策」。
われた。一方、第 2 次安倍内閣では、官邸主導で経済政策が決定さ れ ているにも かかわらず 、党からの 抵抗は目立 たず、自民 党はよ く まとまっているように見える。 もっ とも 2009 年の政権交代前には、自民党も党内対立が先鋭化 し 、国民の信 頼を失って いた。自民 党内では小 泉政権末期 から、 規 制 緩 和 や 金 融 緩 和 に よ り 景 気 を 回 復 さ せ 、 行 財 政 改 革 を 徹 底 す れ ば 、消費増税 は不要だと して、小泉 構造改革の 継続を主張 する「 上 げ 潮派」と、 市場主義的 改革には消 極的で、財 政再建のた めには 消 費増税が不可欠だと主張していた「財政タカ派」とが対立していた。 前 者を代表す るのが中川 秀直・竹中 平蔵で、後 者を代表す るのが 与 謝 野馨・谷垣 禎一であっ た。もっと も自民党の 一般議員の 多くは 、 再 選 を 最 大 の 目 的 と す る こ と か ら 、 公 共 事 業 費 の 増 大 を 望 み つ つ も 、消費増税 については 消極的であ った。ここ では彼らを 「古い 自 民党」と呼んでおく。 小泉純一郎首相は「骨太の方針2006」で、今後 5 年間の歳出削減 策 をまとめ、 消費増税は 先送りした 。自然増を 除く社会保 障費の 毎 年2200 億円削減も、この時に決まった45。2006 年 9 月に小泉の後を 継 いだ安倍は 、もともと 社会保障の 充実にも関 心があった ものの 、 「上げ潮派」の主張に沿った政策を展開した。 安 倍内閣 は、 当初は 高い 支持率 を得 ていた もの の、郵 政民 営化法 案 に反対して 自民党から 追い出され た造反議員 の復党を認 めたこ と で 支持率を急 落させた。 それ以後、 年金記録に 大量の不備 ・ミス が あっ たことが発 覚したこと (いわゆる 「年金記録 問題」、「 消えた 年
45 「骨太の方針 2006」の策定過程については、清水真人『経済財政戦記――官邸主導 小泉から安倍へ』(日本経済新聞出版社、2007 年)、上川龍之進「2005 年総選挙後に おける政策決定過程の変容」『選挙研究』22 号(2007 年)、54~68 ページ、を参照。
金 問 題 」)、 強 行 採 決 を 連 発 す る な ど 強 引 な 国 会 運 営 が 目 立 っ た こ と 、さらに閣 僚の不祥事 ・失言が相 次いだこと から、国民 の支持 を 失い、2007 年参議院選挙で自民党は大敗した。参院選直後は、安倍 は 首相辞任を 否定してい た。けれど も、持病を 悪化させ体 調を崩 し たことから、結局は首相辞任に追い込まれた。 小 泉内閣 末期 から安 倍内 閣にか けて は、景 気は 良かっ たも のの、 格 差 問 題 へ の 関 心 が 高 ま り 、 構 造 改 革 路 線 へ の 批 判 も 目 立 ち 始 め た。そこで2007 年 9 月に発足した福田康夫内閣以降、政策の方向性 は 変化する。 福田内閣は 、改革路線 を後退させ たと批判さ れるの を 恐れて、公共事業費の抑制や社会保障費2200 億円の削減は継続する も のの、社会 保障の機能 強化と財源 確保を検討 する「社会 保障国 民 会議」を設置した。しかし、「ねじれ国会」での民主党の抵抗に苦し み、福田は突然、辞任してしまう。 2008 年 9 月に発足した麻生太郎内閣では、さらに大きな政策転換 が なされた。 リーマン・ ショックに より世界金 融危機が発 生し、 日 本 も急激な景 気の悪化に 見舞われた ため、麻生 内閣は小泉 内閣が 決 定した 5 年間の歳出削減策を放棄し、景気刺激策として公共事業を 中 心とした巨 額の財政出 動を行った 。その一方 で、与謝野 馨経済 財 政 政策担当大 臣が中心と なって、持 続可能な社 会保障構築 と安定 財 源確保に向けた「中期プログラム」を策定した。そこでは、3 年以内 の 景気回復に 向けた集中 的な取り組 みにより経 済状況を好 転させ る ことを前提に、2011 年度から消費税率を段階的に引き上げる方針を 打 ち出した。 菅直人内閣 で経財相と して入閣し た与謝野の 下でま と められた「社会保障・税一体改革成案」は、この「中期プログラム」 が基になっている。 こ の麻生 内閣 の政策 に対 し、中 川秀 直や武 部勤 ら「上 げ潮 派」は 強く反発し、「麻生おろし」を画策した。麻生内閣は、麻生自身およ
び 閣僚の度重 なる失言や 失態、景気 の低迷によ る失業問題 の深刻 化 に より、支持 率が低下の 一途をたど ったのだが 、さらに、 この自 民 党内の内紛が、麻生内閣・自民党への支持を低下させた。その結果、 2009 年 8 月の総選挙で自民党・公明党は大敗し、政権を失うことに なった46。 2 アベノミクスの本質 ところが第 2 次安倍内閣では、少なくとも現時点では、こうした 政 策対立が顕 在化してい ない。これ は民主党政 権で消費増 税が決 定 さ れたことと 、安倍首相 が、自民党 内で対立の ある政策を すべて 取 り込んだ経済政策を打ち出したためだと考えられる。 野 田内閣 が消 費増税 を決 定して くれ たおか げで 、安倍 内閣 は消費 増税導入の是非を判断する必要がなくなり、「財政タカ派」対「上げ 潮派」・「古い自民党」という対立は生じなかった。一方で安倍は、 機 動 的 な 財 政 政 策 と 称 し て 公 共 事 業 費 を 大 幅 に 増 額 し 、「 古 い 自 民 党 」を満足さ せた。また 、大胆な金 融政策(と いうよりも 、大胆 な 金 融政策が実 現されると いう期待を 外国人投資 家に与えた こと) に よ り、円安を 引き起こし 、輸出企業 の収益を改 善するとと もに、 株 価 も上昇させ た。これに より国民に 景気回復感 を与えるこ とで、 内 閣 支 持 率 を 上 昇 さ せ る こ と に 成 功 し た 。 そ し て 支 持 率 が 高 い う ち に、「聖域」をア メリカに認 めさせたと 称して、「古い自民党」 か ら は反対の多いTPP 交渉への参加を決めた。さらに TPP への参加にく
46 安倍内閣・福田内閣・麻生内閣の政治過程については、上杉隆『官邸崩壊――安倍 政権迷走の一年』(新潮社、2007 年)、読売新聞政治部『真空国会――福田「漂流政 権」の深層』(新潮社、2008 年)、清水真人『首相の蹉跌――ポスト小泉 権力の黄 昏』(日本経済新聞出版社、2009 年)、読売新聞政治部『自民党崩壊の 300 日』(新潮 社、2009 年)などを参照。
わ えて、民間 投資を喚起 する成長戦 略を実施す るとして、 竹中平 蔵 ら を産業競争 力会議に参 加させるこ とで、徹底 した規制緩 和を求 め る構造改革派および経済界の期待にも応えた。もっとも、「古い自民 党 」や既得権 益団体の反 発を引き起 こすような 大胆な規制 改革は 先 送りした。 つまりアベノミクスとは、「上げ潮派」にも「古い自民党」にも「い い顔」をすることで、党内をまとめることができる政策なのである。
四 経済政策の対立軸
本章では、 今後、経済 政策をめぐ って自民党 内で激しい 対立が 生 じ る可能性が あること、 また、かり にアベノミ クスによっ て経済 成 長 が実現され たとしても 、今後、国 民世論から 安倍内閣へ の批判 が 高まることが予測されることを論じる。 1 アベノミクスの限界 安倍は現在 のところ、 党内対立を 生じさせる ことなく、 政権運 営 に 成功してい る。けれど も、このま ま党内対立 を生じさせ ること な く 政権運営を 続けていく ことは困難 である。そ もそもアベ ノミク ス そ れ自体、長 期的に持続 困難な政策 や、相互に 矛盾した政 策が混 在 しているからである。 第一に、安 倍内閣は機 動的な財政 出動として 、公共事業 費を増 額 し 、さらに消 費増税対策 として住宅 ローン減税 ・自動車関 連減税 を 実施することで、「古い自民党」や業界の歓心を買った。だが、国債 を大量に発行したことから、2015 年度までに基礎的財政収支の赤字 の対GDP 比を 2010 年度の水準から半減し、2020 年度までに黒字化 す る と い う 政 府 の 財 政 健 全 化 目 標 の 実 現 は 、 ほ ぼ 絶 望 視 さ れ て い る 。だが安倍 は、財政再 建を放棄し たと見られ るといけな いため 、この目標を堅持する姿勢をとった。 先 進国の 中に は、ヨ ーロ ッパの 政府 債務危 機の 経験か ら、 巨額の 財 政赤字を抱 えながら財 政出動を行 う日本に対 して懸念を 抱く国 も あった。このため、4 月 19 日の 20 カ国・地域(G20)財務相・中央 銀行総裁会議の声明には、「日本は信頼に足る中期的な財政計画を策 定 すべきだ」 と明記され た。これを 受け麻生財 務相は、同 日午後 の ワシントンでの講演で、2013 年半ばに中期財政計画をとりまとめ、 2014 年 4 月からの消費増税も予定通り実施すると明言した47。北ア イルランドで開催された主要国首脳会議(G8)で 6 月 17 日にまとめ られた世界経済に関する首脳宣言でも、「日本の成長は、短期的な財 政 刺激策、大 胆な金融政 策及び最近 発表された 民間投資を 喚起す る 戦 略により支 えられてい る」とアベ ノミクスを 評価する文 言が明 記 される一方で、「信頼できる中期的な財政計画を定める必要がある」 と い う 指 摘 も 盛 り 込 ま れ た48。 参 院 選 後 に 中 期 財 政 計 画 を と り ま と め、財政健全化を進めていくことが国際公約となったのである。 安 倍は、 国民 にとっ て耳 の痛い 財政 緊縮の 具体 策づく りを 先送り し て参院選で 勝利した。 そこで今後 、いよいよ 財政再建の 具体策 づ
47 西山明宏「G20、黒田緩和に理解 共同声明『脱デフレ意図』 財政再建も求める」 『朝日新聞(夕刊)』2013 年 4 月 20 日、1 面、西山明宏「財政再建へ工程表 麻生 財務相表明」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 4 月 21 日、1 面。 48 堀口元・星野眞三雄・林尚行「財政健全化、日本に注文 G8 経済宣言、景気改善は 評価 緩和副作用に懸念も」『朝日新聞(夕刊)』2013 年 6 月 18 日、1 面、林尚行・ 堀口元・星野眞三雄「アベノミクス、評価と注文 首相は成果を強調 G8」『朝日新 聞(朝刊)』2013 年 6 月 19 日、3 面。なお、後述する大規模な金融緩和政策につい ても、海外からは通貨安競争につながるという「副作用」を懸念する声がある。こ れまでのところは、日本銀行の金融緩和は国内のデフレ脱却を目的としており、円 安を目的としたものではないという主張が受け入れられている。だが今後、国際会 議の場で批判の的とされる可能性はある。
くりに着手しなければならなくなる。だが、2012 年の衆院選、そし て 今回の参院 選で勝利し た議員たち の大半は、 国土強靭化 などば ら ま き政策を主 張し、業界 団体から支 援を受けて 当選してき ている 。 そ のため、財 政緊縮政策 をいざ実行 に移すとな ると、党内 からの 強 い反発が予想される。 要 するに 、財 政出動 は長 期的に は持 続困難 であ り、早 晩、 財政再 建 政策へと政 策変更を余 儀なくされ る。だが、 歳出削減を 行おう と すると「古い自民党」との対立が生じる49。ここで安倍が指導力を発 揮 して党の財 政出動要求 を抑え込め るのかどう かは、安倍 が国民 の 支 持 を ど れ だ け つ な ぎ と め ら れ る の か に か か っ て く る 。 一 般 的 に は 、世論の人 気が高い首 相の言うこ とには従わ ざるを得な いから で あ る。そして 安倍が国民 の支持をつ なぎとめら れるのかど うかは 、 景 気が回復す るかどうか によるとこ ろが大きい 。とはいえ 、景気 が 回 復しても、 国民の内閣 への支持が 低下する可 能性もある 。この こ とについては後述する。 第二に、黒 田総裁の下 、日本銀行 は大胆な金 融政策を実 施した 。 日本銀行は4 月 3・4 日の金融政策決定会合で、金利誘導目標を放棄 し て マ ネ タ リ ー ベ ー ス ・ コ ン ト ロ ー ル 方 式 を 採 用 す る こ と を 決 め た。そのうえで、今後2 年間でマネタリー・ベースを年間約 60~70 兆 円 に 相 当 す る ペ ー ス で 増 加 す る よ う 金 融 市 場 調 節 を 行 う こ と (2012 年末実績は 138 兆円で、2013 年末に 200 兆円、2014 年末に 270 兆円となる見込み)、イールドカーブ全体の金利低下を促す観点 から、長期国債の保有残高が年間約50 兆円に相当するペースで増加 するよう買入れを行うこと(毎月の長期国債のグロスの買入れ額は7