本章では、 今後、経済 政策をめぐ って自民党 内で激しい 対立が 生 じ る可能性が あること、 また、かり にアベノミ クスによっ て経済 成 長 が実現され たとしても 、今後、国 民世論から 安倍内閣へ の批判 が 高まることが予測されることを論じる。
1 アベノミクスの限界
安倍は現在 のところ、 党内対立を 生じさせる ことなく、 政権運 営 に 成功してい る。けれど も、このま ま党内対立 を生じさせ ること な く 政権運営を 続けていく ことは困難 である。そ もそもアベ ノミク ス そ れ自体、長 期的に持続 困難な政策 や、相互に 矛盾した政 策が混 在 しているからである。
第一に、安 倍内閣は機 動的な財政 出動として 、公共事業 費を増 額 し 、さらに消 費増税対策 として住宅 ローン減税 ・自動車関 連減税 を 実施することで、「古い自民党」や業界の歓心を買った。だが、国債 を大量に発行したことから、2015 年度までに基礎的財政収支の赤字 の対GDP 比を 2010 年度の水準から半減し、2020 年度までに黒字化 す る と い う 政 府 の 財 政 健 全 化 目 標 の 実 現 は 、 ほ ぼ 絶 望 視 さ れ て い る 。だが安倍 は、財政再 建を放棄し たと見られ るといけな いため 、
この目標を堅持する姿勢をとった。
先 進国の 中に は、ヨ ーロ ッパの 政府 債務危 機の 経験か ら、 巨額の 財 政赤字を抱 えながら財 政出動を行 う日本に対 して懸念を 抱く国 も あった。このため、4 月 19 日の 20 カ国・地域(G20)財務相・中央 銀行総裁会議の声明には、「日本は信頼に足る中期的な財政計画を策 定 すべきだ」 と明記され た。これを 受け麻生財 務相は、同 日午後 の ワシントンでの講演で、2013 年半ばに中期財政計画をとりまとめ、
2014 年 4 月からの消費増税も予定通り実施すると明言した47。北ア イルランドで開催された主要国首脳会議(G8)で 6 月 17 日にまとめ られた世界経済に関する首脳宣言でも、「日本の成長は、短期的な財 政 刺激策、大 胆な金融政 策及び最近 発表された 民間投資を 喚起す る 戦 略により支 えられてい る」とアベ ノミクスを 評価する文 言が明 記 される一方で、「信頼できる中期的な財政計画を定める必要がある」
と い う 指 摘 も 盛 り 込 ま れ た48。 参 院 選 後 に 中 期 財 政 計 画 を と り ま と め、財政健全化を進めていくことが国際公約となったのである。
安 倍は、 国民 にとっ て耳 の痛い 財政 緊縮の 具体 策づく りを 先送り し て参院選で 勝利した。 そこで今後 、いよいよ 財政再建の 具体策 づ
47 西山明宏「G20、黒田緩和に理解 共同声明『脱デフレ意図』 財政再建も求める」
『朝日新聞(夕刊)』2013 年 4 月 20 日、1 面、西山明宏「財政再建へ工程表 麻生 財務相表明」『朝日新聞(朝刊)』2013 年 4 月 21 日、1 面。
48 堀口元・星野眞三雄・林尚行「財政健全化、日本に注文 G8 経済宣言、景気改善は 評価 緩和副作用に懸念も」『朝日新聞(夕刊)』2013 年 6 月 18 日、1 面、林尚行・
堀口元・星野眞三雄「アベノミクス、評価と注文 首相は成果を強調 G8」『朝日新 聞(朝刊)』2013 年 6 月 19 日、3 面。なお、後述する大規模な金融緩和政策につい ても、海外からは通貨安競争につながるという「副作用」を懸念する声がある。こ れまでのところは、日本銀行の金融緩和は国内のデフレ脱却を目的としており、円 安を目的としたものではないという主張が受け入れられている。だが今後、国際会 議の場で批判の的とされる可能性はある。
くりに着手しなければならなくなる。だが、2012 年の衆院選、そし て 今回の参院 選で勝利し た議員たち の大半は、 国土強靭化 などば ら ま き政策を主 張し、業界 団体から支 援を受けて 当選してき ている 。 そ のため、財 政緊縮政策 をいざ実行 に移すとな ると、党内 からの 強 い反発が予想される。
要 するに 、財 政出動 は長 期的に は持 続困難 であ り、早 晩、 財政再 建 政策へと政 策変更を余 儀なくされ る。だが、 歳出削減を 行おう と すると「古い自民党」との対立が生じる49。ここで安倍が指導力を発 揮 して党の財 政出動要求 を抑え込め るのかどう かは、安倍 が国民 の 支 持 を ど れ だ け つ な ぎ と め ら れ る の か に か か っ て く る 。 一 般 的 に は 、世論の人 気が高い首 相の言うこ とには従わ ざるを得な いから で あ る。そして 安倍が国民 の支持をつ なぎとめら れるのかど うかは 、 景 気が回復す るかどうか によるとこ ろが大きい 。とはいえ 、景気 が 回 復しても、 国民の内閣 への支持が 低下する可 能性もある 。この こ とについては後述する。
第二に、黒 田総裁の下 、日本銀行 は大胆な金 融政策を実 施した 。 日本銀行は4 月 3・4 日の金融政策決定会合で、金利誘導目標を放棄 し て マ ネ タ リ ー ベ ー ス ・ コ ン ト ロ ー ル 方 式 を 採 用 す る こ と を 決 め た。そのうえで、今後2 年間でマネタリー・ベースを年間約 60~70 兆 円 に 相 当 す る ペ ー ス で 増 加 す る よ う 金 融 市 場 調 節 を 行 う こ と
(2012 年末実績は 138 兆円で、2013 年末に 200 兆円、2014 年末に 270 兆円となる見込み)、イールドカーブ全体の金利低下を促す観点 から、長期国債の保有残高が年間約50 兆円に相当するペースで増加 するよう買入れを行うこと(毎月の長期国債のグロスの買入れ額は7
49 増税で財政再建を行おうとすれば、「古い自民党」からだけではなく、景気回復を優 先する「リフレ派」や「上げ潮派」からも反発の声が上がるだろう。
兆円強の見通し)、さらに長期国債の買い入れ対象を、40 年債を含む 全 ゾーンの国 債としたう えで、買い 入れる国債 の平均残存 期間を 、 現 状の 3 年弱から国債発行残高の平均並みの 7 年程に延長するこ と、それにくわえて、資産価格のプレミアムに働きかける観点から、
指数連動型上場投資信託(ETF)および不動産投資信託(J-REIT)の 保有残高が、それぞれ年間約1 兆円、年間約 300 億円に相当するペ ースで増加するよう買入れを行うことを決めた50。この「異次元緩和」
により、物価上昇率を2 年程度で 2%に引き上げ、日本経済を回復さ せるというのが、安倍と黒田の目論見である。
も っとも 、こ の目論 見が 成功す るか どうか は不 明であ る。 まず、
国 際競争が激 しい現在に おいて労働 者の賃上げ が実現する 見込み は 低いから、金融を緩和しても物価は上がらないという見方がある。
さ らに、 そも そも金 融緩 和だけ では 景気は 回復 しない とい う見方 も根強い。実のところ、日本銀行が 4 月に「量的・質的金融緩和」
を 導 入 し て か ら 、 黒 田 の 思 惑 に 反 し て 長 期 金 利 は 上 昇 し て い る 。2 年 後に物価上 昇率 が 2%になると長期金利も上昇すると考えられる か ら、これは むしろ当然 のことであ る。しかも 日本銀行が 、金融 市 場 調 節 の 操 作 目 標 を 金 利 か ら マ ネ タ リ ー ・ ベ ー ス に 変 更 し た こ と で 、長期金利 は不安定化 してしまい 、乱高下を 繰り返すよ うにな っ てしまった51。このため、実体経済が良くなる前に金利が上昇して、
か えって実体 経済の回復 を阻害して しまうこと になるかも しれな い
50 日本銀行「『量的・質的金融緩和』の導入について」(2013 年 4 月 4 日)。日本銀行、
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2013/k130404a.pdf(2013 年 7 月 23日取得)。
51 大崎明子「金利急騰!債券市場を破壊した黒田緩和 日銀は管理不能、高まるリス ク」『東洋経済オンライン』2013 年 5 月 16 日、http://toyokeizai.net/articles/-/13984(2013 年7 月 24 日取得)。
のである52。
ま た 、 ア ベ ノ ミ ク ス へ の 期 待 が 先 行 し て 上 昇 を 続 け て き た 株 価 も、5 月中旬以降、乱高下を繰り返している。この原因としては、株 価 が急上昇し た反動だと いう見方に くわえて、 アメリカの 金融緩 和 が 早期に縮小 されるとい う見方が広 がったこと や、中国を はじめ と す る新興国経 済の変調な どが挙げら れている。 このように 日本の 景 気 や株価は世 界経済の動 向に大きく 左右される のであり、 日本銀 行 の 金 融 政 策 の み に よ っ て 自 由 に 操 作 で き る わ け で は な さ そ う で あ る。
次 にアベ ノミ クスの 矛盾 として 、金 融緩和 と財 政出動 は、 長期的 に は両立でき ないという 見方を紹介 しておきた い。という のも、 黒 田自身が認めるように、「日本銀行による多額の国債買入れが、内外 の 投資家から 、ひとたび 『財政ファ イナンス』 と受け取ら れれば 、 国 債市場は不 安定化し、 長期金利が 実態から乖 離して上昇 する可 能 性」があるからで53、この恐れが現実化しないように、日本銀行は金 融 緩和を続け ていくうち に、政府に 対して財政 再建を求め ざるを 得 なくなるのである54。
52 もちろん物価が想定通りに上昇すれば、名目金利は上昇しても実質金利は上昇しな いことになり、景気回復を阻害することはない。問題なのは、物価は上昇しないの にインフレ期待が高まって長期金利が上昇してしまうことである。
53 黒田東彦「講演 量的・質的金融緩和」(読売国際経済懇話会における講演、2013 年
53 黒田東彦「講演 量的・質的金融緩和」(読売国際経済懇話会における講演、2013 年