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中間言語研究 1.1 中間言語の定義

第1章 先行研究の概観

1.  中間言語研究 1.1 中間言語の定義

外国語学習者の誤用を詳しく分析すると、母語の影響だけでは 説明できないものが多い事実から、Corder(1967)は第二言語学 習者の言語は、それ自体、規則的体系を持ち、言語的記述が可能 な「言語」であると主張した。しかし、それは目標言語(the tar-get language)に向かう発達過程にある中間的なものであることか ら「中間言語」と呼ばれる。

中間言語(interlanguage)という用語は Selinker(1972)によっ て下記のように規定されている。

…the existence of a separate linguistic system based on the observ-able output which results from a learner’s attempted production of a TL1 norm. This linguistic system we will call “interlanguage” (IL)

(Selinker 1972: 214)

1950 年から 1960 年代まで、対照研究が盛んに行われた。対照 研究は母語と目標言語の違いから、学習者の誤用は予測できると とらえたが、異なった母語の学習者から同様の誤用が観察された り、母語と目標言語との違いに基づくだけでは予測できない誤用 が現れたりしたため、研究の焦点は対照分析から誤用分析へと移っ ていった(迫田 1998: 3)。従って、中間言語は母語あるいは第一 言語の影響を断ち切ってはいないものの、母語の影響を受けた第 二言語、あるいは目標言語における誤用類型という単純な考え方

1 TLはtarget language(目標言語)の略称である。

は必ずしも通用しない。中間言語は学習者が目標言語を目指して 学習している段階の自然な習得現象であり、第二言語習得に付き もののプロセスである。言い換えれば、中間言語は特有の言語体 系である。

中間言語には、学習者の母語背景とは関わりなく、また、習得が 進んでも特有の形態が残るという現象が見られる。すなわち、いわ ゆる臨界期(critical period)以後の言語習得には、母語からの転移

(transfer)や学習者自身による過剰な一般化(overgeneralization)の せいで、発音のみならず文法面においても、決して目標言語のよう な形態にはならず、言語発達が停滞する化石化(fossilization)とい う場合がある。母語獲得がほぼだれにでも保障されているのとは違 い、第二言語習得は、学習者の年齢、学習環境、学習方法、あるい は動機、パーソナリティによって大きく左右され、目標言語のよう に完成されるという保証はない(『応用言語学事典』p. 838)。

1.2. 中間言語における誤用の判定

成人が外国語としての目標言語を習得する際、母語の既習知識 が習得を促す促進剤としての効果的な側面がある一方、習得の妨 げになる「干渉」と言われる悪い側面もある(野田・迫田・渋谷・

小林(2001: 94)。しかし、中間言語における誤用がすべて母語の 影響によるものではなく、母語の影響によらないものもある。また、

誤用の判定も容易なことではない。

本稿の研究資料となる学習者の作文の文が誤用であるかどうか の判定はしばしば困難である。たとえば、「てくれる」に関する誤 用の例、「おじいさんは私達を育てて来ました」は、そのまま事実 を叙述していることになり、必ずしも誤用とはいえないが、教育 上はやはり、感謝の気持ちが込められる「私達を育ててくれまし

た」に修正するのが普通である。長友・迫田(1988)においても、

「談話文法上の『語彙』の誤用」について「これらの誤用は、それ が使われている文という単位だけでは誤用かどうか判断できない。

他の文との関係、つまり、談話というコンテキストの中ではじめ て誤用と判断できるものである(長友・迫田 1988: 150)」と指摘 しているように、誤用判定の難しさは明らかである。誤用の判定 に対して、長友・迫田(1988)は「文文法上正しいか」という基 準だけでなく、「談話文法上許容できるか」も誤用のフィルターと している。すなわち、文法上の誤りを誤用と判定するのみならず、

そうでないものについてはさらに談話文法上の誤りになるかどう かの認定を行う必要がある。

認知心理学のプロトタイプ理論の観点から言えば、あるカテゴ リーを構成する項目の中で中心的な成員がプロトタイプとして存 在し、周りを周辺的な成員が囲み、成員の典型性や帰属性( mem-bership)に関して勾配を持ちながら、ファジーな境界を形成してい ると考えられる(辻 2002)。こうしたカテゴリーをプロトタイプ・

カテゴリー(prototype category)と呼び、このような勾配を生じさ せながらカテゴリーを形成する認知作用をプロトタイプ効果と呼 ぶ(Rosch and Lloyd 1978)。誤用のカテゴリーは統語論や意味論、

語用論に下位分類でき、それぞれの分野において中心的な誤用が 存在している。しかし、上に示した例のように、統語論において は誤りではないが、語用論においては修正を加えることが多い。

このようなケースは典型的な誤用ではないが、誤用カテゴリーの 周辺に位置しているものと考えられる。

また、誤用の範囲の認定について、「全体的誤り」(global error)

と「局所的誤り」(local error)の2種類を区別すべきことが指摘 されている。「全体的誤り」とは学習者が犯した誤用のうち、文構

造や語順にかかわって決定的に文を理解困難にさせる誤りであり、

「局所的誤り」とは活用語尾などの単一の要素等の誤りで理解可能 な場合のことである(Ellis 1994)。

一般に、言語転移の分類には、「正の転移」(positive transfer)と「負 の転移」(negative transfer)がある。第二言語学習者の第一言語と 第二言語の類似点が習得にプラスに作用する場合は正の転移であ り、相違点が習得にマイナスに作用する場合は負の転移である。

負の転移に関して、Odlin(1989: 36-8)は、過少生成(underpro-duction)、過剰生成(overproduction)、誤生成(production errors)、誤解 釈(misinterpretation)の 4 つの下位区分を立てている。過少生成と は、ある言語項目に関して第一言語と第二言語との言語的差異があ まりに大きい場合、第二言語の使用に際してその項目を避けようと することを指し、回避(avoidance)とも呼ばれる。これについては、

Schachter(1974)の回避研究や、水谷(1985)の「非用」論でも 指摘されている。水谷の定義する「非用」とは、外国語話者にとっ て学習しにくいものは、「誤用」としては表面に出ない、つまり「用 いない」という意味である(水谷 1985: 14)。すなわち、学習者は 自分が難しいと感じる文法構造をなるべく使用しまいとすることか ら、誤用としては表面化しない。従って、誤用は作文に現れた言語 形式のみでないことに留意する必要がある。

過剰生成は、これとは逆に第二言語の「特定の」表現や語彙な どを多く使用する場合である。そして、誤生成は、作文や発話に 母語の影響が表出することで、第二言語の一部を母語の語彙で置 き換えたり、母語の語順で文を産出したり、母語と第二言語との 違いを意識しすぎて、過剰訂正(hypercorrection)を行う場合であ る。さらに、誤解釈は、第二言語の文を母語の知識によって、誤っ て解釈する場合である。

ここで、本稿における誤用認定および修正(添削)に対する認 識を整理しておく。本コーパスにおける誤用の認定および修正で は、統語論、意味論、形態論、語用論による理論的観点から文法 性(grammaticality)もしくは容認可能性(acceptablity)を厳密に 判定し修正しているわけではない。本作文コーパスにおける修正 文は、作文を担当する日本語教師が、主に学習者への指導を目的 として修正したものである。したがって、それは教育的な観点が その第一の目的であり、表現の簡潔さ、文体の統一性、その学習 者の学習レベルといった点にも配慮して修正がされている場合が 多くある。それゆえ、修正個所の中には、純粋に誤用といえる文 以外にも、文法的には正しいが日本語母語話者は使わないであろ う文や、文自体はよいが文脈から判断すると別の表現に変えたほ うがよい文などが多く含まれている。したがって、修正候補も一 つとは限らず多数考えられるけれども、本コーパスでは、教育的 観点から望ましいと判断された表現に修正されている。また以上 の点から、本稿で使われている「誤用」という用語も、そうした 広い意味で使われていることに注意してほしい。