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認知言語学と外国語習得

第1章 先行研究の概観

2.  認知言語学と外国語習得

2.1 認知言語学におけるプロトタイプ理論 2.1.1 認知言語学の飛躍

認知は英語のcognitive から来ており、behaviorial(行動主義的)

に対する形容詞である。認知的スタンスは、内的なものをブラッ クボックス化し、外的に観察可能なものだけに注目し研究を進め ようとした行動主義(behaviorism)に対して、1970 年代以降に台 頭してきた(『応用言語学事典』p. 430)。

言語学における認知主義は 1980 年代より世界で大きな発展を

見せ、理論上の指導者であるGeorge Lakoff と Ronald W. Langacker がそれぞれ認知意味論および認知文法論の分野において新しい試 みを行い、急速に支持を拡大しつつある。

Lakoff(1987)においては、Dixon(1982)の研究を引用し、

オーストラリアの原住民言語Dyirbal 語を例として、言語と文化背 景の知識、すなわち言語と認知との密接な関係が述べられている。

Dyirbal 語の話者が文中で名詞を用いる時にはいつでも、その名詞 の前にbayi, balan, balam, bala の 4 語のうちどれかを付加しなけれ ばならない。Lakoff は Dixon(1982)の記述に基づいて、これら の 4 つの分類詞の図式を下記のよう示した。

Ⅰ Bayi:(人間の)男性;動物

Ⅱ Balan:(人間の)女性;水;火;戦い

Ⅲ Balam:肉でない食物

Ⅳ Bala:以上のクラスに入らないものすべて

(池上嘉彦・河上誓作他訳 1993: 111)

この分類の原則には、経験領域の原理 (the domain of experience principle)、神話と信仰の原理(the myth-and-belief principle)など が観察された。前者は例えば、魚は生き物であるため Ι の範疇に 入れられ、魚釣りの器具は生き物でもないし、食べ物でもないか ら IV の範疇に入れられている。また、光と星は、火と同じ経験の 領域に属するので、火とともにⅡの範疇に入る。そして、戦いに 用いる道具(例えば、槍)と戦場は、戦いと同じ経験の領域に属 するので、戦いとともにⅡの範疇に入る。一方、信念が範疇化を 左右する例としては、鳥は生き物であるが、Dyirbal 族は鳥を女性 の死亡後の魂であると信じているため、女性と同じくⅡの範疇に 分類されている。また、コオロギは、神話では「老婦人」なので、

Ⅱの範疇に入る。そして、風はⅣの範疇であるが、神話上男であ ると信じられているので、Ⅰの範疇に入る。

Langacker(1987;1991)は、言語形式にはそれぞれ相応した 語義があると仮定し、動詞、名詞、形容詞等の認知体制を検証し、

派生・合成・時制・受身文・能格性等の言語現象についての説明 を試みた。認知言語学者の共通概念は、言語は思考の道具であり、

人類の認知作用に基づいて生まれたものだというものである。こ の立場を経験基盤主義(experientialism)という。

2.1.2 プロトタイプ理論

我々は日常生活に経験している様々な事物を効率的にグループ分 けをすることができる。すなわち我々には、事物から何らかの類似 性や一般性を抽出し、それに基づいて、事物をグループにまとめる 能力があると考えられる。このように事物をグループにまとめる認 識上のプロセスを、一般に範疇化(categorization)という。また我々 は、頻繁に未知の領域の物事を既知の領域の事象に喩えて理解して いる。つまり、我々は両者の間の何らかの類似性を見出すことによっ て、未知の物事を認識しており、このような類似性の連想に基づく 認識をメタファー(metaphor)と呼ぶ。この二つの概念は我々の認 識に関わる重要な概念である(河上 1996: 27)。

古典的カテゴリー理論では、意味は客観的かつ普遍的な意味 素性の集まりによって定義されていた。例えば、よく引用される

‘bachelor’(独身男性)の意味を原子的な素性に分解すると、次の ような意味成分ないし意味素性が抽出される。

 <bachelor >= [human]+[adult]+[man]+[unmarried]

従って、これらの素性すべてが備わっているものはbachelor という

語で表されるカテゴリーの成員になり、逆に、一つでも欠けていた ら、それはカテゴリーの成員として認められないことになる。

しかし、我々の日常生活では、はっきりと区別できないものが たくさんある。例えば、水差しと花瓶、cup と bowl の境界線は曖 昧である。その属性は、しばしば人間の経験や現実世界の事物に 影響され、例えば、水差しに花を入れたら花瓶と思う、などである。

従って、カテゴリーの成員と非成員との関係は、古典的カテゴリー 観のようにYes か No かで両者間に明確な境界線が引かれるような ものではない(河上 1996: 31)。

従って、カテゴリー内では、成員それぞれの成員らしさの度合 いは一定ではなく、相互に差が見られる場合がある。このように 成員間で帰属度に差が見られる現象をプロトタイプ効果(prototype effect)と呼ぶ。認知言語学のプロトタイプ理論は、このように二項 対立的な基準によってカテゴリー化しようとする古典的カテゴリー 観に対して、典型性の判断に基づく段階性を重視した「程度の理論」

である。例えば、鳥カテゴリーでは、誰もが鳥と認める典型的な鳥と、

ダチョウのように羽やくちばし、産卵の属性はあるものの、飛ぶと いう属性に欠けた成員もある。従って、鳥というカテゴリーにおけ るメンバーの典型度は同じではないと考えられる。言語習得におい ても、このように典型度が異なることによるプロトタイプ効果が見 られる。

また、カテゴリーのもっとも典型的な成員の持つ特徴の抽象的集 合体は、プロトタイプである。カテゴリー化はプロトタイプを核と し、その周りに様々な成員が位置しており、その中では、プロトタ イプに近いものもあれば、周辺的なものもあり、成員間で様々な段 階性が見られる。なお、カテゴリーは、中心となるプロトタイプと の類似性に基づいて拡張していくと考えられる(Rosch 1975)。

2.2 認知的視点と外国語習得

森山(2000: 22)では、第二言語習得研究の流れが次のように 整理されている。

 ① 行動主義の時代(1950 〜 1960 年)

 ② 生得主義の時代(1960 年以後〜今日)

 ③ 認知主義の時代(1980 年以後〜今日)

環境的要因である刺激により言語習得がなされるとする行動主 義的立場に対して、Chomsky は生成文法を提示し、人類には生得 的な言語習得装置(Language Acquisition Device)があり、普遍文 法(Universal Grammar)が働いていると主張し、攻撃を加えた。

普遍文法は第二言語習得研究に最も影響力がある理論と言って も過言ではないが、統語論の優位を主張してきた生成文法に対し て、意味論が統語論に優先されるべきであると主張するグループ が 1960 年代に現れた。統語論と意味論の関係を巡る論争が始ま り、それが契機となって生成文法を中心とした生得的アプローチ から、のちの認知的アプローチへと至る生成意味論が派生して行っ た(森山 2000: 44-5)。1970 年代以降に認知的スタンスが台頭し てきたが、このスタンスを特徴づける上で重要な概念は、「心的表 象」(mental representation)と「情報処理」(information processing)

の二つである(『応用言語学事典』p. 430)。

「心的表象」について、同事典は次のように説明している。

心的表象の問題は「主体が事物をどのように表象しているか」

を表象する理論に研究の関心を差し向ける。外国語学習の文 脈では、学習者の「中間言語」研究は、まさに心的表象の研 究でもある。意味論の問題設定では、意味はそこにある何か

(something out there)ではなく、心の中にある何か(something in the mind)ということになる。すなわち、「語には意味がある」

から「人は語の意味というものをどのようにとらえているか」

という問題への移行を意味する。(『応用言語学事典』p. 430)

「情報処理」の問題は、構造からプロセスの研究への移行を促 す。外国語学習を理論化するには情報処理の視点が不可欠である。

また、意味の研究においても、情報処理の視点を取り込むことで、

意味の発生、意味の創造、意味の変化、心的意味の構造化などを 原理的研究しようとする方向に関心が移っている(『応用言語学事 典』p. 430)。

「意味の発生」に関しては、意味の「身体性」(embodiment)と いう概念が提案されている(Lakoff1987;Johnson1987)。すなわち、

人は日々の身体的経験から意味の祖形とも言える身体図式(image schema)を創出し、そこから意味の抽象化をさらに測るというの がその基本的なとらえ方である(『応用言語学事典』p. 432)。「意 味の変化」に関しては、「文法化」(grammaticalization)に関心が 寄せられいる。以下では、情報処理モデルおよび文法化を概観する。

2.2.1 情報処理モデル

情報処理のモデルは、刺激が知覚を通じて入力され、運動器官 を使って反応を出力するという認知のメカニズムでSLA(Second Language Acquisition, 以下 SLA と略記)を説明しようというもの である(小柳 2004: 67)。

小柳(2004: 67)によると、学習者は、言語運用能力が発達 するにつれ、練習や経験と共に絶えず新たな文法知識の統合、再 構築(restructuring)を繰り返しているという。また、FLA(First Language

Acquisition)では認知上の制約から、「操作原理(Operat-ing Principles)」(Slobin, 1985)が働き、言語習得という認知課題

Acquisition)では認知上の制約から、「操作原理(Operat-ing Principles)」(Slobin, 1985)が働き、言語習得という認知課題