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第一章 序論

第二節 先行研究

で、女性幽霊の怨念や復讐をモチーフとする幽霊譚は圧倒的に多い。そういう 傾向も初期にすでに窺える。なぜ近世の人々は幽霊に高い関心をもち、多くの 怨霊の話を作り上げていたのか。幽霊譚の流行は何かの時代背景、思想風土な どのものを反映するのか。また、近世文学の成立において大きな位置を占める 中国文学は、怪異小説の幽霊譚にどのような影響を及ぼしたのか。それらの発 想に基づいて、近世前期怪異小説の幽霊譚を究明してみたい。

しかし、幽霊の話は近世に入ってから初見したものではなく、早くも平安時 代の古典にすでに幽霊の話が見られる。『源氏物語』の六条御息所の怨霊、ある いは『今昔物語集』の源融の幽霊などのように、少くとも平安にはすでに死者 が幽霊となって現世に残るという考えがあったことが明らかである。なお、六 条御息所のような恋人を独占できなかった怨念で怨霊となって祟るという幽霊 譚は近世幽霊譚の中でも多数見られるということから、幽霊が怨念などで祟る という特徴は平安時代の幽霊の話にすでに窺えることがわかる。要するに、近 世の幽霊譚は、前の時代の幽霊譚を基盤として形成されたものだとも言えよう。

したがって、近世幽霊譚を検討する際に、近世以前の幽霊譚を無視してはいけ ないと考えられる。なお、幽霊譚の成立は時代背景、思想風土の影響なども考 慮に入れるべきだと思われる。

本論は、近世幽霊譚の発生とその流行の経緯を解明する一つの手がかりとし て、時代の変容の視点に据えて、近世前期怪異小説の幽霊譚を探究してみたい。

近世幽霊譚を形成する基盤をより深く理解するために、近世怪異小説のみなら ず、平安時代から中世にかけての幽霊譚を視野におさめて、近世以前の幽霊譚 を究明し、幽霊譚の発生とその時代の変容を把握する必要があると思う。この 考察を通じて、近世怪談ブームの形成をより深く理解し、日本文学の幽霊譚や 怪談の研究に新たな可能性を提示したいと思う。

第二節 先行研究

(一) 幽霊、幽霊譚に関する先行研究

この部分では、幽霊と妖怪、幽霊・幽霊譚発生の背景、文芸作品の幽霊・幽 霊譚にわけて、幽霊、幽霊譚に関する先行研究を紹介する。

3 日中比較研究』勉誠出版、2010 年、p.11-18)

3 柳田國男「妖怪談義」(昭和十三年三月刊『日本評論』第十一巻第三号に初出)、小松和彦校注

(2013)『新訂 妖怪談義』角川文芸、p.17-19

4 池田弥三郎(1959)『日本の幽霊』中央公論社、p.45-47

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たように5、物語に実際に登場する幽霊は、上述した定義とは必ずしも一致しな い。池田氏は、場所、時刻で幽霊と妖怪を定義する他に、『日本霊異記』、『今昔 物語集』、『源氏物語』の物語を取り上げて、「道を聞く幽霊」「場所に出る妖怪」、

「家に憑く幽霊」に分けて論じる。その中で、『源氏物語』「夕顔」の巻に登場 する六条御息所の生霊は日本の幽霊の系統からみれば場所に出た妖怪と見なす ほうが妥当だと述べた6。六条御息所の生霊を妖怪と見なすのは、「ある限られた 場所に出るのは妖怪」という定義に基づいたからだろう。また、一般的には、

幽霊は人間の肉体の死後、霊魂が現世に残って働くものであるから、六条御息 所の生霊はその条件を満たさないため、幽霊と言いがたいのであろう。

幽霊と妖怪を区別すべきかどうかについて、いまだに定論がないが、少くと も幽霊が死者の霊魂が現世に現れるものだということは議論の余地がない。本 論は、幽霊と妖怪との区別の議論を別として、異なる時代に描かれる幽霊の姿 とその変容に注目していきたい。それに、出現の場所、時刻で幽霊の特徴を語 るより、幽霊がこの世に残る理由、動機を重視するほうがよいのではないかと 思われる。

2. 幽霊・幽霊譚発生の背景

幽霊の発生について、阿倍主計氏は、「仏教の輸入以後、仏法にしたがって悟 りを開くことを怠った人間が、現世への欲望が残った執着のために、極楽へ行 きかねて宙宇に迷っていると説いたために、幽霊にいよいよ理論的に出現しや すくなった」と指摘した7。同氏はさらに幽霊発生の基盤を以下のとおり述べた8

支配権の絶対性に対する議論も検討も許されず、年上に対する忠誠心と従順 のみが強制される、封建社会の制度と道徳が強く固定化されるほど、庶民の

5 「皿屋敷」の話では、あの屋敷の持主は何代もかわるが、お菊の幽霊はその家をさらず、毎晩 出現し皿を数えて九枚目になると泣き出すという。その話に出たお菊は明らかに決まっている場 所に出る幽霊である。また、安珍清姫の伝説では、清姫は大蛇に化して自分から逃げる安珍を追 いかける。大蛇になった清姫は明らかに妖怪になってしまう。それと柳田氏がいう「化け物は相 手を択ばず」という定義にずれがある。(諏訪春雄『霊魂の文化誌―神・妖怪・幽霊・鬼の日中 比較研究』勉誠出版、2010 年、p.14-15)

6 池田弥三郎(1959)『日本の幽霊』中央公論社、p.96-97

7 阿倍主計(1968)『妖怪学入門―日本の妖怪・幽霊の歴史』雄山閣、p.13

8 阿倍主計(1968)『妖怪学入門―日本の妖怪・幽霊の歴史』雄山閣、p.68

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内心の叛逆は夢の世界に託されることになる。善人必ずしも現世において勝 利をおさめないことを、経験によって思い知らされ、いやでも認めざるを得 ない。制度や境遇の圧力に支配されて志を遂げず、矛盾を感じながらも恨み を抱いたまま世をさらねばならぬ庶民にとっては、古来の俗信にしたがって 死後の霊魂に復讐を頼み、せめてもの心やりとするほかはなかった。

要するに、阿部氏は、幽霊の発生は、仏教の渡来と封建制度に深くかかわると 述べている。諏訪氏は、九世紀の『日本霊異記』にはまだ出現していなかった 日本の幽霊が、十二世紀の『今昔物語集』にはみごとに成熟した姿で登場した のは、平安時代当時の社会情勢にふかい関わりがあったと説明した9。同氏は日 本人の他界観、幽霊の性格、幽霊の可視化を幽霊出現の三要件として挙げて、

それを吟味しないと幽霊の出現を解明することができないと指摘した10。要する に、日本の幽霊、幽霊譚を分析する際に、時代背景、当時の社会情勢のみなら ず、文化的、民俗的、あるいは思想的な観点から考えなければならない。

3. 文芸作品における幽霊、幽霊譚

通時的な視点から文芸作品の幽霊、幽霊譚を検討する先学について、諏訪春 雄氏の『霊魂の文化誌―神・妖怪・幽霊・鬼の日中比較研究』(勉誠出版、2010 年)と暉峻康隆氏の『幽霊―冥土・イン・ジャパン』(岩波書店、1997 年)を挙 げる。まず諏訪氏は、仏教渡来以前の日本人の他界観、祖霊信仰、シャーマニ ズムなどを検討して、平安時代に幽霊が本格的に発生する前にすでに幽霊発生 の要件が整ったと指摘した。彼はさらに仏教の地獄観による幽霊の怨霊化を説 明し、日本的幽霊像の形成を検討する。諏訪氏は、日本の幽霊を検討する際に、

文化、思想の視点のみならず、中国も視野におさめて比較する。一方、暉峻氏 は、日本人の死生観、霊魂観、そして歴史的、文化的な視点から、平安時代か ら近代にかけての様々な文芸作品に現れた幽霊を検討する。彼は、各時代の文 芸作品を取り上げて幽霊の特徴を提示し、それを形成する時代背景を解明する。

さらに、幽霊は変化しつつ存続しえて日本の文化的所産となったのは、霊魂の

9 諏訪春雄(2010)『霊魂の文化誌―神・妖怪・幽霊・鬼の日中比較研究』勉誠出版、p.177-178

10 諏訪春雄(2010)『霊魂の文化誌―神・妖怪・幽霊・鬼の日中比較研究』勉誠出版、p.178

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存在を信じていたからであったと指摘した11。上述した二つの先学は、時代背景、

思想、文化的視点から通時的に幽霊・幽霊譚の時代の変化、変化の要因を検討 する傾向が強いが、文芸作品のテキストの分析にはより深める可能性があると 思われる。

(二) 近世怪異小説に関する先行研究

近世怪異小説は、一般的に都賀庭鐘の『古今奇談英草紙』(1749)を境に前後 期に分けると考えられる。まず、近世怪異小説の展開について、野田寿雄氏は、

近世初期に成立した民話的怪異小説『とのゐ草』(1660)、仏教的怪異小説『因 果物語』(1661)、翻案的怪異小説『伽婢子』(1667)を怪異小説の三つの典型と してその後の作品に影響を及ぼした、と指摘した12。太刀川清氏は『近世怪異小 説研究』(笠間書院、1979 年)において、その三系列に焦点をしぼって、作品研 究を試み、系列の変遷過程を解明する。同氏は、怪異小説は万治、寛延、延宝 ころに小説の一ジャンルとして現れて以来、仮名草子の時代、浮世草子の時代、

近世初期に成立した民話的怪異小説『とのゐ草』(1660)、仏教的怪異小説『因 果物語』(1661)、翻案的怪異小説『伽婢子』(1667)を怪異小説の三つの典型と してその後の作品に影響を及ぼした、と指摘した12。太刀川清氏は『近世怪異小 説研究』(笠間書院、1979 年)において、その三系列に焦点をしぼって、作品研 究を試み、系列の変遷過程を解明する。同氏は、怪異小説は万治、寛延、延宝 ころに小説の一ジャンルとして現れて以来、仮名草子の時代、浮世草子の時代、

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