の上で、近世前期怪異小説の幽霊譚は、近世怪異小説、後世の怪異譚・幽霊譚 においての役割を明らかにする。
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第二章 古代日本の霊魂観
幽霊は、一般的に死者の霊魂が現世に現れるというものだとされる。幽霊の 発生は、霊魂観・他界観と深く関わっている。縄文・弥生時代の遺跡・遺物、
また奈良時代の記紀、『万葉集』における「黄泉」、「魂」に関する説話や歌など を通して、遥か昔から古代の日本人は既に霊魂の存在、及び我々が生きている
「この世」とは別の「あの世」(死後の世界)の存在を信じるということが明ら かである。古代の日本人の霊魂や死後の世界に対する認識が、後の時代に作り 上げられた幽霊・幽霊譚に影響を与えたのは言うまでもない。したがって、平 安から近世前期にかけての幽霊譚を考察する前に、日本人の霊魂、死後の世界 などのものについての考えを探究しなければならない。
この章では、平安以前の日本人は死後の世界、霊魂に対する考えや意識を検 討する。主として、霊魂の存在、他界観と死後の世界、祖霊信仰と怨霊思想、
三つの部分に分けて論じる。なお、日本人の霊魂観については、すでに多くの 先学により研究されているため、本論は先学を踏まえつつ、古代日本人の霊魂、
死後の世界に対する考え、祖霊信仰と怨霊思想を明らかにしたい。
第一節 霊魂の存在
霊魂とは、人間の身体や人間以外の動植物、自然物、人工物といった物体に 宿り、それらの活動をつかさどるが、そこから遊離する場合であっても、独立 して生存しうる人格的存在である1。霊魂に対する認識は、民族・社会・文化な どの要素に応じて変わっている。日本人の霊魂やあの世に対する認識は、仏教 伝来以前にすでに存在すると考えられる。日本人の霊魂観は確かに仏教伝来に 強く影響されたが、仏教伝来以前の霊魂観も考察する必要があると思われる。
梅原猛氏は『日本人の「あの世」観』において、アイヌ文化と沖縄文化に縄文 文化の最も純粋なレリックを見たと指摘し、アイヌ、沖縄における「あの世」
1 加藤隆浩(2009)「総論」『古代世界の霊魂観(アジア遊学 128 号)』勉誠出版、p.4
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観を取り上げて日本人の原「あの世」観を考えてみた2。また、古代日本人の霊 魂観を考えるには、縄文などの遺跡や古物を除き、古典神話である記紀や詩歌 の原泉『万葉集』を考察する先学も少なくない。古代日本においては、霊魂を タマやタマシヒと呼び、魂・霊の漢字をあたてきた。西宮一民氏は、タマとタ マシヒは同じくタマ(魂魄)のことでありながら、タマは人体の中府にあって、
生きている限りの生命体そのものであるが(魂魄)、タマシヒはそれが中府から 遊離してしまった結果、タマが麻痺して機能しなくなったもの(遊離魂)と、
タマとタマシヒの意味の違いを指摘した3。続いては、先学を踏まえつつ、縄文 時代の遺物・遺跡及びアイヌの「あの世」観における霊魂の認識を取り上げて、
古代日本人の霊魂観を明らかにしたい。その上で、記紀、万葉集における「魂」
に関する説話や歌を含めて考察する。
(一) 縄文時代とアイヌの霊魂に対する認識
縄文時代の貝塚は死者の埋葬地として利用されることが多いことから、貝塚 は「もの送り」の場所であり、貝塚への埋葬行為を通して人の魂も含めてあら ゆる生命は生と死を循環的に再生するといった思想は復元されている4。この時 代の人々は、すでに魂の存在を認め、貝塚を通してすべての生物の魂をあの世 へ送っていた。魂をあの世へ送るという風習は、アイヌ文化にも存在している。
アイヌの人々は、伝統的に霊魂を(1)不滅の存在であり、(2)この世とあの 世を往復し、(3)人は、それ自体を見ることができず、人の前には、ある形ま たは肉体を伴って現れ、(4)霊魂はすべてのものに存在すると考えてきた5。人 が死ぬと魂は肉体を離れて、あの世へ行くと考えられる。また、アイヌの人々 はあらゆるものに霊魂を認めるが、それら霊魂を持つもののなかで、自らの生 活と切っても切れない関係にあり、かつ、人間が素手で立ち向かえないものに 対してのみ「カムイ」という概念を与えている6。例えば、動植物、山、川、太
2 詳しい内容は、梅原猛『日本人の「あの世」観』(中公文庫、1993 年出版)を参照
3 西宮一民(1988)「タマとタマシとミタマとゴリャウ」『国文学 解釈と鑑賞 63(3)』至文堂、
p.68
4 松本直子(2012)「縄文の思想から弥生の思想へ」、苅部直・他編『日本思想史講座1―古代』
ぺりかん社、P.36
5 山崎幸治(2009)「アイヌの霊魂観」『古代世界の霊魂観(アジア遊学128 号)』勉誠出版、p.125
6 山崎幸治(2009)「アイヌの霊魂観」『古代世界の霊魂観(アジア遊学128 号)』勉誠出版、p.126-127
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陽、月、人間にとって欠かせない道具、また天候などのものは、すべてカムイ として敬われる。採集狩猟民族のアイヌの人々にとって、熊などの動物は人間 の国に来るカムイの化身であり、狩猟や漁撈はカムイを出迎える行為とされる7。 アイヌ文化の中で、「熊送り」などの動物の魂を丁重にあの世へ送る儀礼は、天 から恵みを感謝する行為だけではなく、アイヌの人々の霊魂観をよく反映する と思われる。矢などで仕留められたカムイからお土産である肉や毛皮を脱ぐと いう行為は、霊魂を肉体から分離すると意味するのである8。なお、すべてのも のに霊魂が宿っていると信じられているアイヌでは、動物の霊魂のみならず、
器物の魂をあの世へ送る「器物送り」という儀礼もあった。霊魂が不滅の存在 と考えるアイヌの人たちは、あの世は魂がしばらく滞在する場所にすぎず、す べての魂はやがてこの世に戻って永遠の生死を繰り返すことを信じている。
(二) 記紀・『万葉集』の魂
1. タマとタマシヒ
『万葉集』巻第十四・三三九三「筑つ波くば嶺ねの をてもこのもに 守もり部へ据すゑ 母 い守もれども 魂たまそ合ひにける」という歌のように、古代人は人の魂が肉体を離 れて相手に会うと信じており、古代日本人の遊離魂に対する認識が窺える。古 くから魂は遊離しやすいもので、恋愛、病気などの理由で動揺したり遊離した りする魂を鎮静して肉体に戻すために、鎮魂という儀式を行わければならない と信じられていた。遊離する魂を元の身体に戻すための儀式は、タマフリ(魂 振り)とも呼ばれる。「 魂たましひは 朝 夕あしたゆふへに 賜たまふれど 我が胸痛し 恋の繁きに 相手を思う」(巻十五・三七六七)という歌の万葉仮名9を見ると、この歌には恋 の病気を治すために、朝にも夕にもタマフリ(魂魄を振起すこと)をするとい う意味が潜んでいると考えられる10。万葉歌人は魂の遊離で恋慕による精神の動 揺する状態を表現していた。また、『養老職員令』集解、鎮魂祭の記述には、「凡
7 山崎幸治(2009)「アイヌの霊魂観」『古代世界の霊魂観(アジア遊学128 号)』勉誠出版、p.131-132
8 山崎幸治(2009)「アイヌの霊魂観」『古代世界の霊魂観(アジア遊学128 号)』勉誠出版、p.132
9 「多麻之比、、、、
波 安之多由布敝尓 多麻布礼、、、、
杼 安我牟袮伊多之 古非能之気吉尓」(小島憲之・
東野治之・他訳/校注(1994)『新編 日本古典文学全集 06〜09 万葉集(4)』小学館、p.78)
10 西宮一民(1988)「タマとタマシとミタマとゴリャウ」『国文学 解釈と鑑賞 63(3)』至文堂、
p.66
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人之陽気曰魂 。魂、運也。人之陰気曰魄 。魄、白也。然則召復遊離之運白、令 鎮身体之中府。故曰鎮魂」とあり、鎮魂というのは遊離する魂を「身体の中府」
に鎮めることである。ここには、中国の魂魄思想の影響が窺える。『礼記』・郊 特牲に「魂気、帰于天。形魄、帰于地」とあったように、古代中国人は精神を 支える「魂」と肉体を維持する「魄」の二種の霊魂を想定しており、人が死ぬ と、魂という気は肉体を離れて天にもどり、魄は死体とともに地に戻ると考え られる。『左伝』昭公七年に「人生始化曰魄。既生魂、陽曰魂」とあって、人が 生まれた時、肉体である魄ができ、陽の魂がその中に入ることを説明している。
また、「魂兮歸來、入脩門些」(『楚辞』招魂)、「魂魄放佚、厥命将落。故 作招魂」(王逸『楚辞章句』・招魂の序)といったように、招魂によって動揺 する魂を肉体に戻そうとすると述べている。人は病気に陥ったり心が動揺した りする場合、魂が動揺して魄を離れようとするのである。上に挙げた『万葉集』
などの古典文学に見る遊離魂に関する記述には、中国の魂魄思想との関わりが 見られる。つまり、日本の遊離魂の思想は、中国の魂魄思想に影響されること を認めよう。
2. ミタマと幸魂・奇魂・和魂・荒魂
人間の霊魂である「タマ」・「タマシヒ」に対して、すべて神を持つ霊魂を「ミ タマ」と称する。『日本書紀』において、「神霊」と表記されており、幸魂(サ
人間の霊魂である「タマ」・「タマシヒ」に対して、すべて神を持つ霊魂を「ミ タマ」と称する。『日本書紀』において、「神霊」と表記されており、幸魂(サ