習近平にとってのトランプ政権:
ポスト・エンゲージメントの波紋
中
居 良 文
(学習院大学法学部政治学科教授)【要約】
ト ランプ 政権 の登場 は第 7代大 統領 アンド リュ ー・ジ ャク ソン的 な 政治が復活 したことを 意味する。 米国は戦争 と貿易を除 いては 外 部 世界に関与 しなくなる 。現代の君 主となった 習近平にと って、 内 向 きとなった 米国は好都 合である。 米国が中国 の内政に干 渉して く る ことはなく なった。ま た、米国が 国際的関与 から撤退し たため 、 国 際社会にお ける中国の 存在は相対 的に大きく なった。し かし、 君 主 制 の 中 国 は 政 治 体 制 と し て の 魅 力 に 欠 け 、「 米 国 の 平 和 ( パ ッ ク ス・アメリカーナ)」を置き換えるほどの国際性を持たない。大国の 君 主は危険な 存在である 。彼は無謀 な政策を強 行しがちで あるし 、 主 権の確保と 称して戦争 を発動する 可能性があ る。愛国主 義者ジ ャ ク ソンもまた 、米国市民 の利益を守 るためには 戦争をため らわな か っ た。米中両 国は共に軍 備拡大に邁 進している 。米中関係 はまこ と に危険な状態にあると言わざるを得ない。 キーワード:ジャクソニアン、不関与、君主、正統性一 最高指導者の役割
ト ラ ン プ 政 権 は ア ジ ア に ど の よ う な 変 化 を も た ら し つ つ あ る の か ?中国はト ランプ政権 と「うまく つきあって 」いけるの か?米 中 は「戦略的パートナー(strategic partner)」となるのか、或いは「戦 略的競争相手(strategic competitor)」1となるのか?アジアに平和は もたらされるのか或いは米中は「戦争へと運命づけられている」2の であろうか? 本稿はこれ らの問いに 対して、米 中両国の最 高指導者の 意図と 能 力 、及び彼ら が抱える制 度的制約に 注目して答 えようとす るもの で あ る。本稿は 先ず両国の 最高指導者 の「あり方 」に注目す る。米 国 と中国は歴史、文化、経済制度、価値観等多くの点で異なっている。 なかでも、指導者のあり方、即ち被統治者、中国風に言えば「人民」 が 最高指導者 に期待する もの、期待 の仕方は大 きく異なっ ている 。 ト ランプ政権 登場の意味 は、二期目 を迎えた習 近平政権と どう違 う のか。その違いは米中関係にどのように影響するのか。 次に、本稿 は米中両国 の対外政策 の特徴に注 目する。両 国は大 国 で あり、国際 社会に大き な影響力を 持ちうる。 しかし、本 稿の見 る と ころ、両国 ともに巨大 な国内問題 に取り組む ように「運 命づけ ら1 この言葉は G.W.ブッシュ(George W. Bush)政権が 2001 年 9 月 11 日事件の直前まで、 当時の江沢民政権に対して使っていたものである。この言葉は2017 年 12 月に公表 されたNational Security Strategy of the United States of America で使われている。このレ ポートは競争相手がどの国かは指定していない。しかし、同レポートの同段落には 中国、ロシア、北朝鮮、イランの4ヵ国が挙げられている。National Security Strategy of the United States of America (December 2017), p. 45.
2 Graham Allison, Destined For War: Can America And China Escape Thucydides’s Trap? (Boston: Houghton Mifflin Harcourt, 2017); Graham Allison, “The Thucydides Trap: Are the U.S. and China Headed for War?” The Atlantic on net, (September 24, 2015).
れている。」つまり、両国の最高指導者はその言辞に拘わらず、行動 で は国益優先 の対外政策 をとらざる を得ない。 米中両国は それぞ れ の 「お家の事 情」-国内 の政治・経 済・社会事 情-から、 国益優 先 の対外政策、即ち「古典的なパワー・ポリティックス」3に回帰して いく。 では、トラ ンプ政権と 習近平政権 の下、米中 両国は実際 にどの よ うに「つきあってきた」のであろうか。本稿は国際的懸案事項(issue) のうちのいくつかについて、過去 1 年間の両国がどのような行動を と ってきたか 、そしてそ うした行動 がアジアに どのような 変化を 起 こ しつつある かを見てい くことにす る。それら は、グロー バル・ リ ーダーシップ(global leadership)と北朝鮮問題である。 これまでの ところ米中 関係は比較 的安定して いるように 見える 。 そ れはトラン プ大統領も 習近平国家 主席も相手 国への干渉 を避け て い るからであ り、現時点 での戦争は 望んでいな いからであ る。国 内 的 には多くの 問題を抱え ながらも、 両国の経済 は表面的に は順調 で ある4。米国中心の世界秩序、いわゆるパックス・アメリカーナは随 所で綻びを見せつつも、なんとか壊れないでいる。 しかし、米 中関係の将 来を楽観す ることはで きない。中 国の経 済 発 展が続く限 り、覇権が 入れ替わる 時戦争は不 可避である という 、 いわゆるトゥキュディデスの罠5が消え去ることはない。両政権とも
3 岡部達味「中国外交の古典的性格」『外交フォーラム』1 月号(1996 年 1 月)、37 ペ ージ。 4 2017 年第 1 四半期(1~3 月)の GDP 成長率は 6.9%と 2016 年平均 6.7%から上向き に転じつつある。丸川知雄「経済統計を発表できない大連の不況」『ニューズウィー ク日本版』(電子版)2017 年 6 月 12 日。米国の株価は 2018 年 1 月末時点で史上最高 値を更新中である。https://www.newsweekjapan.jp/marukawa/2017/06/post-28.php。 5 Graham Allison, “The Thucydides Trap,” in Richard Rosecrance and Steven Miller eds., The
軍 事力を強化 しているし 、この一年 で戦争回避 のメカニズ ムがで き た わけでもな い。戦争は 予想もしな い「小さな こと」から 発生し う る し、最高指 導者が判断 ミスを犯す 可能性は常 にある。世 界には 、 な か で も ア ジ ア に は 決 し て 小 さ い と は い え な い 紛 争 の 火 種 、「 ア ジ アの鼎」6が厳然と存在していることを忘れてはならない。
二 トランプ政権にとっての中国
1 トランプ政権の基本的性格 大統領就任後約 1 年が経過した現在、トランプ政権の基本的性格 の 一端が明ら かになって きた。選挙 公約やツイ ッターでの 「つぶ や き」ではなく、過去 1 年間にトランプ政権がとった「行動」が明ら かになったからである。 本節では、 先ずトラン プ政権の基 本的性格と は何かを提 示し、 次 に その基本的 性格からど のような対 外政策が生 まれつつあ るかを 見 ていくことにしよう。 トランプ政 権の基本的 性格につい ては、既に 数多くの論 考がな さ れ ている。そ れらの中で 、筆者が最 も説得力が あると考え るのは 、 ハ ーバード大 学でアメリ カ外交史を 講じている ウォルター ・ラッ セ ル・ミード(Walter Russell Mead)の見解である。ミードは 2017 年 3・ 4 月号のフォーリン・アフェアーズ誌論文で、トランプ大統領の登場をジャクソニアン・リヴォルト(the Jacksonian revolt)と形容してい
る7。ジャクソニアンとは、第7 代大統領だったアンドリュー・ジャ
The MIT Press, 2015), pp. 73-79; Graham Allison, Destined For War; Graham Allison, “The Thucydides Trap: Are the U.S. and China Headed for War?” The Atlantic.
6 Robert Kaplan, Asia’s Cauldron: The South China Sea And The End of a Stable Pacific (New York: Random House, 2014).
クソン(Andrew Jackson)(任期:1829 年-1837 年)の政治を指す。 リヴォルトとは第二次大戦終了以来、70 年間にわたり主流をなして いた米国政治への反乱を意味する。ミードは、トランプ政権を190 年 前のジャクソン的な政治の「復活」とみる。 では、ジャ クソン的な 政治とは何 か。ミード によれば、 それは 以 下である。 (1) ポピュリズム(populism)とナショナリズム(nationalism) の混合 ジ ャ ク ソ ニ ア ン に と っ て 米 国 と は 米 国 人 で 構 成 さ れ る 国 民 国 家 (nation-state)であり、政治の主眼は国内にある。米政府の役割は米 国 民の安全と 経済的繁栄 を保証する ことであり 、個人の自 由を保 護 することである。個人の自由こそが米国の核心的価値(core national values)であり、米政府といえどもこの核心的価値を制限したり、干 渉 したりする ことは許さ れない。従 ってジャク ソニアンの 政府は 、 法 の執行と公 共秩序の確 保のために 必要な地方 警察を持つ だけの 小 さな政府となる。 (2) 対外政策への選択的関与 ジャクソニアンの対外政策への関与は間歇的(intermittently)であ る 。ジャクソ ニアンの対 外政策への 関心は低く 、対外政策 への関 与 は しばしば国 内の選挙日 程に左右さ れる。但し 、戦争に対 するジ ャ ク ソニアンの 反応は敏速 かつ強力で ある。ジャ クソニアン は米国 民 の 安全と価値 が脅威にさ らされたと 感じたとき 、戦争に訴 えるこ と を ためらわな い。なぜな らジャクソ ニアンは彼 らの地位が 諸外国 あ
る いは国内の 反米分子に よって常に 脅かされて いると考え ている か ら である。ジ ャクソニア ンにとって 指導者とは 米国の核心 的価値 を 実 力で守るこ とができる 人間である 。軍もまた 強力でなけ ればな ら な い。ジャク ソニアンに とって、英 国からの独 立戦争の最 終局面 で 米 国軍に決定 的勝利をも たらしたジ ャクソン将 軍はまさに 理想的 な 大統領だったのである8。 (3) 反エリート・反支配階級(establishment)主義 ジ ャクソ ニア ンは反 エリ ート・ 反支 配階級 主義 者であ る。 それに は 次の三つの 理由がある 。先ず、ジ ャクソニア ンは国内の 知的エ リ ートたちはグルになって(in cahoots)ジャクソニアンを政治から排 除 しようとし ていると考 える。ジャ クソニアン にとって政 治エリ ー ト は 権 力 の 独 占 を 企 む 国 内 の 敵 な の だ9。 次 に 、 ジ ャ ク ソ ニ ア ン は 、 国内の知的エリートは真の愛国者(patriot)ではないと考える。彼ら エ リートたち は人類全体 に奉仕する などと言い ながら、実 は米国 市 民 の自由と権 利をないが しろにして いる。更に 、彼らエリ ートた ち は 大量の移民 を受け入れ ようとして いる。そう して、彼ら 移民の 間 に 支持層を広 げようとし ているのだ 。これは米 国市民に対 する裏 切 り 行為に他な らない。彼 らエリート たちはジャ クソニアン を時代 遅 れの、極度の愛国主義者(chauvinist)と批判するが、実は彼らエリ
8 ジャクソン将軍は 1814 年のニューオーリンズ防衛戦において英国軍を撃退し、当時 の米連邦で最も尊敬される有名人となった。William Graham Sumner, Andrew Jackson (New York: Chelsea House, 1980), p. 50.
9 1825 年の大統領選挙でジャクソンを破ったアダムズ国務長官はジャクソンを「文法 も知らない野蛮人」と評したと伝えられる。一方のジャクソンは敗北の陰に東部エ リートたちの「腐敗した裏取引」があったと批判した。Robert Remini and Robert Rupp eds., Andrew Jackson: A Bibliography (London: Meckler, 1991), pp. xxv-xxvi.
ー ト た ち こそ が 国 家 反逆 罪 (treason)を犯しているのだ、というの がジャクソニアンの主張である。 (4) 反コスモポリタン(cosmopolitan)主義 ジャクソニ アンは国内 の知的エリ ートたちが 標榜するコ スモポ リ タ ニ ズム -現 代 の文 脈で は いわ ゆる グ ロー バリ ズ ム(globalism)- に 強く反発す る。世界の 動きに同調 することは 米国の核心 的価値 を 相 対化し、ひ いてはその 喪失に繋が りかねない とジャクソ ニアン は 考 える。この 観点に立て ば、米国が グローバリ ズムの動き に反対 す るのは当然となる。 (5) 対外政策の策定者・実行者への不信 ジャクソニアンは対外政策の策定者・実行者を信用しない10。彼ら は 安定した国 際環境をつ くるのに失 敗したから である。ジ ャクソ ニ ア ンは対外政 策に精通し ようという 意思を持た ない。ジャ クソニ ア ンは 彼らが真の 味方と考え るリーダー に対外政策 を全面的に 委ねる 。 ト ランプ 政権 の対外 姿勢 はミー ドの 指摘す るジ ャクソ ニア ンの政 治 的特徴と基 本的に合致 する。トラ ンプ政権は ジャクソン 的政治 の 現 代 に お け る 復 活 で あ る 。 ト ラ ン プ 政 権 の 原 型 (prototype)はジャ ク ソン的政治 に見いだす ことができ る。問題は 現代の米国 が抱え る 課題の解決に、ジャクソン的政治手法がどこまで役に立つかである。 ジ ャクソンの 時代は、米 国の政治制 度の形成期 であり、資 本主義 経 済 の勃興期で もあった。 ジャクソン 大統領はそ の後の米国 のあり 方
10 ジャクソンの友人のイートンによれば、外交官は「ダンス教師」であり、「ヨーロッ パの腐敗以外の何ものをも合衆国にもたらさない。」J.W.ウォード(宇田佳正訳)『ア ンドルー・ジャクソン 時代のシンボル』(研究社叢書、1975 年)71 ページ。
を方向づける多くの課題に直面した11。現代のジャクソニアンはジャ ク ソン大統領 の時代とは 大きく異な った国際環 境において 更に大 き な課題に直面している。 次 に、ミ ード の指摘 はト ランプ 政権 には歴 史的 前例が あっ たこと を 示している 。米国では 、粗野で外 交経験のな い差別主義 者の男 が 大 統領になる ことが過去 にもあった のである。 トランプ政 権の新 機 軸と見えたもの、例えば「米国最優先主義(America First)」とか「偉
大なる米国の復興(Make America Great Again)」もまた、190 年前に
既 に出現して いた。つま り、トラン プ政権は米 国式民主主 義への 現 代版反抗(revolt)ではあっても、根底的否定ではない。トランプ政 権は米国式民主主義の一つの変種(variation)であり、250 年にわた る 米国の民主 主義が時々 産み落とす 「鬼っ子」 -やんちゃ で暴れ ん 坊だが、やがて大人になる-である12。 そ こで問 題と なるの は、 果たし てト ランプ 政権 が米国 的民 主主義 の枠組み-「民主主義のガードレール」13-を乗り越えることはない の か、という 点である。 大統領が民 主主義のガ ードレール 、即ち 議
11 サムナーによれば、ジャクソンは独立戦争を支援したフランスと喧嘩を始めただけ でなく、テキサスの独立を巡ってメキシコと対立した。一方、米国領の拡大に伴い、 英仏からの投機的資金が米国に大量に流入した。国内では奴隷制度、郵便制度、銀 行制度、警察制度を巡る争いがあり、独占に反対し「平等な権利」を求める運動、 投資保護を求める動き、政府の不干渉政策を批判する運動が起きた。Sumner, Andrew Jackson, pp. 402-438. 12 戦後のジャクソン研究の先駆者であるシュレシンジャーは 1945 年の著書の結論部分 で、ジャクソン的な伝統が米国から消え去ることはないと予言した。何故ならば、 ジャクソン的な伝統は「リベラルで資本主義的な社会が継続していくためには不可 欠なもの(internal necessities)」だからである。Arthur Schlesinger, JR., The Age of Jackson (Boston: Little, Brown and Company, 1945), p. 505.
13 Charles Krauthammer, “The guardrails can’t contain Trump,” Washington Post, May 18, 2017.
会 、裁判所、 メディア、 世論などの 制約を乗り 越えて暴走 する危 険 は 対外行動に おいて最も 大きい。米 国的民主主 義は緊急時 におけ る 政策決定の権限を大統領に委ねているからである。 現在までト ランプ政権 がとってき た対外行動 は以下のよ うなも の である14。 (Ⅰ)国際的関与からの離脱:環太平洋パートナーシップ(TPP: Trans- Pacific Partnership)及び気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定、 いわゆるパリ協定(Paris Agreement)からの離脱、世界貿易機関(WTO:
World Trade Organization)を軽視し二国間交渉を重視する意向表明、
北米自由貿易協定(NAFTA: North American Free Trade Agreement)の
再交渉。
(Ⅱ)国連機関からの脱退:国連教育科学文化機関(UNESCO: United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)から脱退、国
連人口基金(UNFPA: United Nations Fund for Population Activities)へ
の資金拠出停止、国連への拠出金を大幅削減する意思表明。 (Ⅲ )米国へ の入国 制限 : 難民受け入れの凍 結及び一部 のイスラム 教 国出身者の 米国への入 国禁止措置 、メキシコ 国境管理強 化、外 国 人労働者向け入国ビザ審査の厳格化。
(Ⅳ )軍 事 同 盟 及 び 軍 事 力 強 化 : 北 大 西 洋 条 約 機 構 (NATO: North Atlantic Treaty Organization)を支持、核戦力拡大、国防費の 10%増 額を表明、核兵器禁止条約制定交渉に不参加。 こ れ ら の 行 動 で 最 も 目 立 つ の は 、 国 際 的 関 与 (engagement)から の 離脱である 。次に目立 つのは移民 への強い抵 抗である。 最後に 軍 事 力への信仰 である。ト ランプ政権 は明らかに 現代の文脈 でジャ ク ソ ニアン政治 をやろうと しており、 対外行動に おいては世 界各国 の
14 「国際問題月表」『国際問題』2017 年 3 月号−12 月号より中居作成。
利 害が複雑に からみあっ た網から米 国を振りほ どくべく行 動した と 言 って良い。 関与からの 離脱である から、トラ ンプ政権の 対外政 策 の 基本姿勢は 不関与、即 ちエンゲー ジメントな らぬディス エンゲ ー ジメント(disengagement)である。 ト ランプ 政権 初年度 の対 外行動 は、 明らか に従 来の米 国の 対外行 動 とは異なっ ている。ト ランプ政権 に批判的な ワシントン ・ポス ト 紙は10 月には、トランプ大統領は「脱退司令官(Exiter in Chief)で あり、その主要な対外政策は契約破棄である」15という記事を掲げト ランプ政権の対外政策を強く批判した。契約破棄ばかりしていると、 世 界の信用を なくす。ま た、米国が 自国優先( アメリカ・ ファー ス ト)の行動をとれば、当然ながら他国も自己利益優先の行動をとる。 従 って、米国 の指導力は 失われ、米 国は単なる エゴイスチ ックな 大 国に堕し、世界は不安定化するというわけである。 歴史的文脈を無視した復活は危険である。190 年前のジャクソニア ン にとって反 コスモポリ タン主義は 素朴ではあ るが、単純 明快な 行 動 指針であり えた。世界 と米国を結 ぶ複雑なネ ットワーク などな か ったからである。英国の覇権下にあった世界と欧州から距離をとり、 米 国の利益を 最優先する というのは 、ジャクソ ンにとって 、ひい て は 巨大な発展 途上国であ った当時の 米国にとっ て一つの合 理的な 選 択 肢であった 。事実、米 国は北米大 陸において その版図を 確実に 広 げ ていった。 ジャクソン 政権は先ず フロリダ、 次いでテキ サスを 事 実上併合した。 現 代は明 らか に違う 。第 二次世 界大 戦後の 世界 秩序は 米国 が主導
15 Adam Taylor, “Ditching deals has become Trump’s main foreign policy,” Washington Post, October 13, 2017. 同記事は外交問題評議会(CFR: Council on Foreign Relations)会長の リチャード・ハース(Richard Haass)がトランプ政権の対外政策を「離脱ドクトリン (the Withdrawal Doctrine)」と呼んだことを紹介している。
し て作ってき たいわゆる 米国の平和 (パックス ・アメリカ ーナ) で ある。米国の平和体制を支えてきたのは、「米国が世界的大国になれ たのは、世界が抱える問題の解決に取り組んできたからだ」16という 考 えである。 つまり、世 界の平和を 支えるため に米国が世 界と関 わ っ て い く (engage)していくこと、そしてそのために必要な公共財 (public goods)を米国が負担することは、結局米国のためになるの だという認識である。 ト ランプ 政権 の不関 与政 策は明 らか に米国 の平 和を自 ら破 壊する ものである。 で は、初 年度 のトラ ンプ 政権は 中国 に対し てど のよう な行 動をと っ てきたので あろうか? その結果- あくまで暫 定的なもの ではあ る が -米中関係 にはどのよ うな変化が みられるの であろうか ?次に み ることにしよう。 2 トランプ政権の対中行動 (1) 主要な対中行動年表2017 年17 先ず、トラ ンプ政権が 中国に対し て実際にと ってきた行 動を時 系 列に沿って整理してみよう。 1 月:蔡英文台湾総統がテキサスでシュライバー(Randy Schreiber) 元国務副次官補、クルーズ(Ted Cruise)上院議員らと非公式に会見; 娘婿クシュナー(Jared Kushner)を大統領上級顧問に採用。 2 月:トランプ大統領が習近平国家主席と電話会談し、中国と台湾 は不可分の領土だとする一つの中国原則を確認;中国は2017 年いっ
16 Walter Russell Mead, Power, Terror, Peace, And War: America’s Grand Strategy in a World at Risk (New York: Vintage Books, 2004) p. 213.
17 「国際問題月表」『国際問題』2017 年 3 月号−12 月号、U.S. Department of State, https://www.state.gov/secretary/tavel/2017/index.htm より中居作成。
ぱ い 北 朝 鮮 か ら の 石 炭 輸 入 を 停 止 す る と 宣 言 ; テ ィ ラ ー ソ ン (Rex Tillerson)が国務長官に就任;フリン(Michael Flynn)大統領補佐官
辞任、後任にマクマスター(Herbert McMaster)陸軍中将を任命。
3 月:アジアインフラ投資銀行(AIIB: Asia Infrastructure Investment Bank)への加盟国・地域がアジア開発銀行(ADB: Asia Development Bank)を上回るが米は不参加;中国が 2017 年度国防予算 7%増を発
表;米韓両軍が米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD: Terminal High
Altitude Area Defense missile)の韓国配備を開始;ティラーソン国務 長官が訪中し習近平国家主席と会談。
4 月:トランプ大統領と習近平国家主席がフロリダで首脳会談、米 政 府は北朝鮮 を差し迫っ た安全保障 上の脅威と する声明を 発表; バ
ノ ン(Steve Bannon)大統領首席戦略官が国家安全保障会議(NSC:
National Security Council)から外れる;米政府連邦法人税を 35%か
ら15%に引き下げると公表。 5 月:北京で開催されたシルクロード経済圏構想「一帯一路」会議 に 国家安全保 障会議の東 アジア担当 官が参加、 米企業の参 加の可 能 性を示唆;米中包括的経済対話で10 項目の合意発表。 6 月:トランプ政権がパリ協定からの離脱を表明、李克強・中国首 相がパリ協定の遵守を表明;マティス(James Mattis)国防長官がア ジ ア安全保障 会議で演説 し、南シナ 海の一方的 で威圧的な 現状変 更 は 容認しない と言及;中 国はパナマ と国交樹立 、パナマと 台湾は 断 交 ;ティラー ソン国務長 官が北朝鮮 の核・ミサ イル開発を 支援す る 中 国企業に独 自の制裁を かけると示 唆;米財務 省は北朝鮮 のため の マ ネーロンダ リング(資 金洗浄)に かかわった として中国 丹東銀 行 に 制裁措置を 発動;米中 外交安全対 話にティラ ーソン国務 長官と マ テ ィス国防長 官が出席、 中国側は楊 潔篪・国務委員と房峰輝・中央 軍事委員が出席した。
7 月:習近平国家主席が香港を視察;米政府は、北朝鮮が発射した
火星 14 号を大陸間弾道ミサイル(ICBM: Inter Continental Ballistic
Missile)と断定し、米中韓三ヵ国は北朝鮮に対する圧力強化で一致; トランプ大統領はプリーバス(Reinhold Priebus)大統領首席補佐官 を更迭、後任はケリー(John Kelly)国土安全保障長官。 8 月:中国が軍創設 90 周年を記念する軍事パレード挙行;ティラ ー ソン国務長 官と王毅外 相が会談、 対北朝鮮制 裁の履行を 確認; 中 国軍とインド軍、シッキム州の国境地帯から撤退。 9 月:トランプ大統領は北朝鮮の核実験に対して、軍事行動が選択 肢 と表明、韓 国へ高高度 防衛ミサイ ルを追加配 備、国連安 全保障 理 事 会が北朝鮮 への原油輸 出制限を可 決、中国と ロシアも賛 成;ト ラ ン プ大統領が 北朝鮮への 金融制裁を 含む追加制 裁を発表; トラン プ 政権が連邦法人税を35%から 20%へ引き下げ;ティラーソン国務長 官が訪中。 10 月:米韓合同軍事訓練実施;中国共産党第十九回党大会、2 期 目の習近平政権発足。 11 月:トランプ大統領がアジア歴訪、習近平国家主席と首脳会談、
ベ ト ナ ム で は ア ジ ア 太 平 洋 経 済 協 力 会 議 (APEC: Asia Pacific
Economic Cooperation)首脳会議に参加、フィリピンでは東南アジア
諸国連合(ASEAN: Association of South-East Asian Nations)との首脳
会議に参加; 中国が北朝鮮へ特使派遣、党対外連絡部の宋濤・部長。
12 月:トランプ政権が北朝鮮をテロ支援国家に再指定;史上最大
規 模 の 米 韓 合 同 演 習 実 施 ;「 国 家 安 全 保 障 戦 略 (National Security
Strategy of the United States of America)」を発表。
(2) トランプ政権の対中行動の特徴
disengagement) で あ る 。 上 述 し た 諸 行 動 は 一 見 し た と こ ろ オ バ マ (Barrack Obama)政権の関与政策の部分的修正のように見える。し か し、初年度 トランプ政 権の対外行 動全体を貫 いている原 理は不 関 与 であり、対 中行動も例 外ではない 。トランプ 政権の対中 政策の 基 本原理が不関与である理由は以下である。 第一に、オ バマ政権の 対中関与政 策は米国の 一般市民に は解り に く く、不人気 であった。 安い中国製 品に市場を 席巻され、 その結 果 米国 の労働者が 職を失って いるという のが米国庶 民の実感で あった 。 つ まり、トラ ンプ候補に とって対中 関与を止め はしないま でも、 目 立って減らすことは効果的な選挙戦術だった。 第二に、オ バマ政権の 対中関与政 策に対する 批判が米国 内の言 論 界で巻き起こったこと。フリードバーグ(Aaron Friedberg)18、アリ
ソン(Graham Allison)19、ピルズベリー(Michael Pillsbury)20、ナ
ヴァロ(Peter Navarro)21らはその政治的立場と論理こそ異なるもの の、一様に「このままの関与を続けていてはよくない」と主張した。 第三に、ト ランプ政権 はアジアに 対する軍事 的関与を、 経済的 関 与と切り離した(delink)。トランプ政権は、アジアへの軍事的関与 を 控えるつも りはない。 米国に対し て戦争をし かけようと してい る 国があるからだ22。但し、トランプ政権の軍事関与は選択的である。
18 Aaron Friedberg, A Contest for Supremacy: China, America, and the Struggle for Mastery in Asia (New York: Norton, 2011).
19 Graham Allison, Destined For War ; Graham Allison, “The Thucydides Trap: Are the U.S. and China Headed for War?” The Atlantic.
20 Michael Pillsbury, The Hundred-Year Marathon: China’s Secret Strategy to Replace America as the Global Superpower (New York: Henry Holt and Company, 2015).
21 Peter Navarro, Crouching Tiger: What China’s Militarism Means for the World (New York: Prometheus Books, 2015).
米 国の安全が 脅かされて いるとトラ ンプ政権が 判断した場 合に、 特 定 の場所と期 間に関与す るのであっ て、オバマ 式のアジア への政 策 重点シフト(pivot to Asia)を意味しない。トランプ政権のアジアに 対する原則はあくまでも不関与である。 第四に、対中不関与はトランプ政権の重要政策の一つ、「小さな政 府」と連動している。トランプ政権は「(ワシントンの)泥沼を一掃
する(drain the swamp)」という政策を着実に実行している。オバマ
政権の一年目には連邦政府の職員は68,000 人増加したのに対し、ト ランプ政権では 16,000 人減少した23。中でも、国務省の予算は大幅 に 減少し、人 員不足が目 立っている 。北朝鮮危 機が深刻化 するな か で 、トランプ 政権は未だ に駐韓国大 使を任命し ていない。 トラン プ 政 権には、ワ シントンに 存在する数 多くの政策 シンクタン クを政 策 立 案に活用し ようという 動きは見ら れない。関 与をしない のであ る から、包括的な政策立案など必要ないといわんばかりである。 第五に、ト ランプ政権 は中国との 経済関係を 否定しない 。但し 、 そ れらの経済 関係の主体 は私企業な いしは個人 であり、彼 らは自 己 責任で商取引(business deal)を行う。政府の役割は、中国で米企業 が 不当な取り 扱いを受け ていないか 監視するこ と、そして 、米国 に 進 出してきた 中国企業が 不正な活動 をしないよ う監督する ことで あ る 。トランプ 政権は馬雲 や郭台銘と いった華人 経営者の対 米投資 を 歓 迎する。そ れは、彼ら の活動分野 が少なくと も直接には 米国企 業 と競合しないからである。 これらの行動を貫いているのは、中国を特別扱いせず、ビジネス・
Warning Order: China Prepares for Conflict and Why We Must Do the Same (Washington D.C.; Center for Security Policy Press, 2016).
23 Lisa Rein and Andrew Ba Tran, “How the Trump era is changing the federal bureaucracy,” Washington Post, December 30, 2017.
ラ イクにつき あっていこ うという姿 勢である。 米資本主義 はジャ ク ソ ンの時代以 降二世紀を かけて世界 に拡散した 。こうした 経済発 展 は 政府が主導 したわけで はない。私 企業が自主 的に市場を 全世界 に 拡大したのである。従って政府はビジネス取引(business deal)に干 渉すべきではない。 中国を相手 にビジネス をすること は、ジャク ソン的政治 の否定 で は ないことに 注意すべき であろう。 ジャクソン はテネシー 州に綿 花 農場を持つ農場主であった24。つまり、政治とビジネスは両立すると いう発想はジャクソンの時代に既に存在していたのである25。ニュー ヨ ークの不動 産王トラン プは、彼の 商取引で培 った「芸術 として の
取引(the art of the deal)」26の効用に強い自信を持っている。トラン
プ 政権は「損 になること はしない、 無駄なこと はしない、 但し儲 け が 出るなら誰 とでも取引 する」とい うトランプ 流商取引の ルール で 対外関係を律しようとしているといえよう。
三 習近平にとってのトランプ政権
1 習近平政権の基本的性格 (1) 伝統的君主習近平 トランプ政 権が現代の ジャクソニ アンだとす ると、習近 平政権 の 基 本的性格は 何と形容す べきであろ うか。習近 平政権につ いても ト ラ ンプ政権同 様、過去1 年間の行動 にその基本 的性格をみ ること が24 Schlesinger, The Age of Jackson, p. 36. アンドリュー・ジャクソンの経歴については、 https://ja.wikipedia.org/wiki/、アンドリュー・ジャクソンを参照。
25 シュレシンジャーによれば、社会の安定のためには政府とビジネスの強い連携が必 要だと主張したのは憲法創案者の一人、アレクサンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton)である。Schlesinger, The Age of Jackson, pp. 8-10.
できる。この 1 年間の習近平の最大の目標は何だったのか。それは 自己の権力の確立であった。この目標を習近平は基本的に達成した。 習近平はトランプ政権誕生の直前に「党中央の核心」27の地位を手に 入れた。そして、その 1 年後の 2017 年 10 月、習近平は第十九回党 大会において自らを核心とした新指導部を発足させた。 習近平は現代の君主28である。習近平は 2012 年に党中央総書記に 就 任した時点 では、党中 央の指導者 集団の中の 最高位の指 導者に 過 ぎなかった。その後の 5 年間で習近平は君主となったのである。今 後の 5 年間、或いはそれ以上の期間、米国が向き合うのは君主・習 近平である。 では、君主 とはどのよ うな存在な のであろう か。マキア ヴェッ リ によれば、君主の最大の特徴は「法の無視」29である。君主には世襲 制 の君主と、 自らの実力 によって君 主の地位を 獲得した新 君主が あ る30。前者にとって統治は容易である。それは、「(世襲の君主は) 先 祖伝来の秩 序から逸脱 しないよう にし、諸々 の出来事に 対して 適 切に対処するのみで充分だからである」31習近平は革命家の第二世代、 い わゆる「紅 二代」であ る。しかし 、最初から 習近平にト ップの 座 が 約束されて いたわけで はない。習 近平はトッ プの座を勝 ち取ら な ければならなかった新君主である。 1997 年に習近平が中央候補委員に選出された時の党内序列は、350
27 『人民日報』(北京)2016 年 10 月 28 日、第 1 版。 28 君主の定義はマキアヴェッリに従って「いかなる制約にも服さずにいられる連中」 としておこう。マキアヴェリ「政略論」(永井三明訳)『世界の名著16』(中央公論社、 1966 年)336 ページ。 29 同上。 30 ニッコロ・マキアヴェッリ(佐々木毅訳注)『君主論』(講談社、2004 年)、32 ペー ジ。 31 同上。
位前後であったと想定される32。そこから、2002 年の中央委員入り、 2012 年の政治局常務委員(いわゆるトップセブン)入り、最後に 2016 年 末の「党中 央の核心」 まで、習近 平は勝ち上 がってきた 。この 過 程 は、マキア ヴェッリが 新君主のモ デルと考え たチェーザ レ・ボ ル ジアが権力を獲得していった過程と同じである33。チェーザレ・ボル ジ アは法王の 庶子である という地位 を利用し、 法王庁の利 権(そ の 最 大のものは 領地からの 税収である )を失うこ とを恐れる 保守的 貴 族 を味方に付 け、暗殺、 陰謀、個人 攻撃、敵対 する諸外国 との同 盟 及 び破棄、要 するにあり とあらゆる 手段を使っ てライバル を蹴落 と してローマ法王領の実質的君主となった34。 新君主の統 治には困難 がつきまと う。何故な らば、新君 主は「 権 力 獲得の過程 で傷つけた すべての人 々を敵にま わすことに なり、 他 方 かつて味方 した者達を 彼らの期待 にそうよう に満足させ えない た め」35である。従って、新君主は賢明で勤勉でなければならず、反抗 の芽を事前に摘み取らなければ破滅する36。新君主が最優先でしなけ ればならないこと、それは領地の支配である。
32 高橋博ら編『中国最高指導者 WHO’S WHO 2013-2018 年版』(蒼蒼社、2013 年)、133 ページ。 33 チェーザレ・ボルジアについては、マキアヴェッリ『君主論』「第七章 他人の武力 または幸運によって得た君主権について」68~80 ページ;F. グイッチャルディーニ (末吉孝州訳)『フィレンツェ史』(太陽出版、1999 年)291~392 ページ;F. グイッ チャルディーニ(末吉孝州訳)『イタリア史II, III』(太陽出版、2001-2002 年);塩野 七生『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』(新潮社、2014 年)を参照した。 34 チェーザレ・ボルジアはマキアヴェッリやグイッチャルディーニといった同時代人 の著作には「ヴァレンティーノ公」として登場する。フランス国王から公爵の地位 と領地を与えられていたからである。グイッチャルディーニ『フィレンツェ史』、291 ページ。 35 マキャヴェッリ『君主論』、34 ページ。 36 マキャヴェッリ『君主論』、48 ページ。
君主はその領地を「良く」統治しなければならない37。良い統治と は 他国の侵略 から領土を 守り、領土 を拡大し、 苛酷な搾取 をせず 、 領 民に君主を 怖れさせる こと、彼ら に愛国心を 持たせるこ と、そ し て腐敗を摘発することである。 チェーザレ ・ボルジア は宗教を統 治の手段と して利用し た。彼 に と って、法王 の権威は法 王領の確保 を合理化す る「建前」 にすぎ な かった38。ローマ周辺の中部イタリア、ロマーニャ地方はそれが神か ら 与えられた 法王の領地 だという理 由で地方貴 族から取り 上げら れ た 。奪取を実 行したのは 、チェーザ レ・ボルジ アが組織し た法王 軍 で ある。チェ ーザレと同 時代を生き た歴史家グ イッチャル ディー ニ は、「彼(チェーザレ)は教会の金と兵によって十分に武装されてい たために、恐れられるようになる」と観察した39。賢明な君主とは、 従 って教義( イデオロギ ー)に頼ら ず、世俗的 な力、即ち 軍事力 と 経 済力、によ って支配す る者である 。チェーザ レは少なく ともロ マ ー ニャとその 周辺の中部 イタリアに おいては、 法王と教会 による 精 神 的な支配を 軍事力と経 済力による 世俗的な支 配に置き換 えるこ と に成功した。 こうしてみ てくると、 習近平政権 がチェーザ レの君主制 と強い 連 続 性を持って いることに 気づく。習 近平政権に 新しさがあ るとす れ ば 、それは習 近平がチェ ーザレ・ボ ルジアだけ でなく、共 産党政 権 の 過去の君主 たちの伝統 をも引き継 いでいる点 にある。内 戦に勝 利 し 共産党政権 を打ちたて た毛沢東と 中国を崩壊 の危機から 救った 鄧
37 マキャヴェッリ『君主論』、74 ページ。 38 グイッチャルディーニはチェーザレの父、法王アレクサンデル 6 世を「彼の内には 宗教は存しない。信仰の遵守もない。」と批判した。グイッチャルディーニ『フィレ ンツェ史』、386 ページ。 39 グイッチャルディーニ『フィレンツェ史』、292 ページ。
小 平が習近平 の先例であ る。中国の 次なる国家 目標は「中 華民族 の 偉 大な復興」 である。こ の「偉大な 事業」の実 現のために は、権 力 の 個人への集 中即ち、君 主制が必要 だ。習近平 が「党中央 の核心 」 に なったとい うことは、 中国政治が 「先祖返り 」したこと を意味 す る 。かつて歴 史上に存在 した統治形 態の復活と いう点で、 トラン プ 政 権と習近平 政権は似て いる。彼ら が新機軸と して打ち出 す政策 に 「既視感」があるのはそのせいである。 (2) 「現代の」君主習近平 君主習近平 は「現代的 」な問題に 対応できる のであろう か。中 国 の体制の危機に繋がりかねない問題は多数存在する40。なかでも深刻 な のが、党に 対する信頼 の低下、腐 敗の蔓延、 経済の停滞 、そし て 複雑化した国際関係であろう。 これらの現 代的な問題 に君主習近 平はどのよ うに対応し ている の か 、以下にみ ていくこと にしよう。 先ず、党に 対する信頼 の低下 に ついて。500 年前のチェーザレ・ボルジアもまた、カソリック教会の 権威失墜を経験していた41。信念の危機は国家にとって深刻である。 何 故 な ら ば 、「 人 民 が も う な に も 信 用 し な い よ う な 傾 向 に な っ て し まうと、その国家の破滅は避けうべくもない」42からである。堕落し た 教会をどう 建て直すべ きか。チェ ーザレの解 答は、既に みたよ う に 、法王軍の 組織、そし て軍事力に よる周辺国 の占領・統 治であ っ た。まさに、「武装した預言者は勝利し、武器なき預言者は破滅」43し たのである。
40 Gordon Chang, The Coming Collapse of China. (London: Arrow Books, 2002). 41 グイッチャルディーニ『イタリア史第 4 巻』、270 ページ。
42 マキアヴェリ「政略論」、321 ページ。 43 マキャヴェッリ『君主論』、64 ページ。
習近平は党 の武装をゼ ロから始め る必要はな かった。中 国にお い て 党は最初か ら武装して いたからで ある。習近 平が必要と してい た の は、軍の支 持を確保す ることであ る。君主は 軍を敵にま わして は な らない。軍 には君主を 引きずり下 ろす実力が あるからで ある。 チ ェ ーザレの軍 隊は命令に 忠実で結束 が固かった 。何故か。 グイッ チ ャ ルディーニ の観察によ れば、それ は「兵士に 対しては、 ヴァレ ン ティーノ公(チェーザレ)はまことに気前が良かった44」からである。 軍にはふんだんな予算が配布され、軍人には高い地位が与えられた。 一 方、少しで も政治的野 心を見せた り、不服従 のおそれが あると み なされた軍人はいかに有能であっても容赦なく抹殺された。 腐敗摘発に 関しても習 近平はチェ ーザレ・ボ ルジアばり の果断 さ を発揮した。習近平は汚職摘発、いわゆる「厳打(厳しい摘発)」を 自 己の権力の 確立に利用 した。江沢 民も胡錦涛 も「厳打」 により 政 治 的ライバル を排除した 。しかし、 その規模と 徹底性は遠 く習近 平 に 及ばない。 鄧小平によ ってトップ に指名され た彼らには 大規模 な 弾 圧を実施す る必要がな かったので ある。腐敗 摘発はチェ ーザレ 的 な手法で実施された45。内部告発が奨励され、実際の摘発は党の直属 機関が実行した。 注意すべき は、チェー ザレが腐敗 そのものを 一掃しよう などと は し なかったこ とである。 カソリック 教会はいわ ゆる免罪符 の販売 で 大きな利益を上げていた。チェーザレの父で法王のアレクサンデル6 世 は法王庁の 高位のポス トを「あた かも競売に かけられる ように 売
44 グイッチャルディーニ『フィレンツェ史』、316 ページ。 45 マキャヴェッリ『君主論』、74 ページ。チェーザレはロマーニャの統治を「残酷かつ 俊敏なレミッロ・デ・オルコ」に委ねた。オルコは極めて短期間でロマーニャの秩 序を回復した。しかし、彼の峻厳な統治が民衆の間に憎悪を惹起したことを知った チェーザレはレミッロを殺害し、罪を臣下にかぶせた。
却」46した。君主チェーザレは自分の身内である法王庁の腐敗は放任 した。同時代の歴史家グイッチャルディーニは法王アレクサンデル6 世 を「恐ろし いほど貪欲 で・・・金 を引き出す 手段を見て 取ると 、 彼は躊躇うことなく奪い取る」47と記録し、アレクサンデルが法王に なったことは「醜悪で、恥ずべきことであった」48と断罪している。 法王の地位を金で買ったというのがその理由である。 経済に関し ては、習近 平が新機軸 を打ち出す 必要はなか った。 彼 の 前任者たち の対応策が 成功してい たからであ る。鄧小平 以来の 指 導 者たちは、 党を革命組 織から、軍 事力と経済 力を独占す る世俗 的 権 力機構に作 り替えてき た。その方 向性は法王 庁を世俗的 な統治 機 構 に再編成し ようとした チェーザレ と変わらな い。チェー ザレの 時 代と異なっているのは、宗教の影響力の強靱さである49。16 世紀の イ タリアにお いては、ル ネサンス文 化の担い手 となった近 代的人 間 で あっても「 中世のヨー ロッパ人と 同じく、宗 教的に生ま れつい て いた50。」つまり、圧倒的多数の人民は法王から破門されることを心 か ら恐れてい た。死後、 地獄に落と されるから である。チ ェーザ レ は こうした法 王の影響力 を利用して 、法王庁の 領土を拡張 してい っ た。 現代中国で は「金儲け をすれば、 地獄に落ち る」などと 信じて い る 人は極めて 少数であろ う。従って 、現代の君 主は宗教に 頼るわ け
46 グイッチャルディーニ『フィレンツェ史』、385 ページ。 47 同上。 48 同上。 49 グイッチャルディーニは、法王たちの不行跡により法王位に対する畏敬の念は失わ れたが、法王の権威は宗教の名声と権威によって何とか維持されたと記録している。 グイッチャルディーニ『イタリア史第4 巻』、270 ページ。 50 ブルクハルト(柴田治三郎訳)「イタリア・ルネサンスの文化」『世界の名著 45』(中 央公論社、1966 年)、518 ページ。
に はいかない 。人民には 社会の安定 と公共秩序 を保証し、 国を外 国 の 侵略から守 らなければ ならない。 人民の「今 よりもっと 豊かに な りたい」という要求にも応えなければならない。習近平が党・国家・ 軍 のトップを 独占するの は、習近平 が法王の息 子だからで はない 。 君 主制がこれ らの目的を 達成するた めに最も効 率的で人民 に受け 入 れ られやすい 統治形態で あるからだ 。党はこれ までのとこ ろ社会 の 安定を維持しており、人民から一定の支持を受けている。ブルース・ ディクソン(Bruce Dickson)の言葉を借りれば、党は高い「実績正 統性(performance legitimacy)」51を持っているということになる。 市場経済が もたらす収 入の格差は どうすべき か。マキャ ヴェッ リ のみるところでは、「冨の偏在という悪傾向」52はローマ時代から存 在 していた。 この傾向を 立法措置で 一掃しよう とするのは 「思慮 の 浅い方策」53である。何故ならば、既得権を失う貴族の抵抗は強く、 政 治の混乱を 招くからで ある。マキ ャヴェッリ の処方は従 って、 時 間 をかせぎ悪 弊が現れる ことを遅ら せ、時がた つにつれて 問題が ひ とりでに消滅してしまうことを待つことである。 では、習近 平政権は何 故「一帯一 路」等の積 極的な対外 政策を 展 開 するのか。 マキャヴェ ッリは君主 が外向きな 政策をとる のは国 内 で 自己の威信 を高めるた めだと指摘 する。即ち 、君主が人 民から 尊 敬されたければ、「偉大な事業をなし、比類のない模範を自ら示すこ と」54が有効である。この場合、君主が人民に与えるのは実利ではな い ことに注目 したい。そ れは「夢」 でも「希望 」でも「幻 想」で も
51 Bruce Dickson, The Dictator’s Dilemma: The Chinese Communist Party’s Strategy for Survival. (New York: Oxford University Press, 2016), p. 302.
52 マキアヴェリ「政略論」、282 ページ。 53 同上。
構わない。マキャヴェッリによれば、「人民は多くのばあい、うわべ の りっぱさに 幻惑される あまり、結 局は自分の 破滅につな がるよ う なことを本気で望む」55のである。 対外関係に ついて習近 平がチェー ザレから学 ぶものはあ ったで あ ろ うか。先ず 、チェーザ レが繰り広 げたのは荒 削りではあ るが、 近 代 的な勢力均 衡外交であ ったことに 注目したい 。周囲をナ ポリ、 フ ィ レンツェ、 ヴェネチア 、ミラノと いう準独立 の都市国家 に囲ま れ て いた法王領 ・ロマーニ ャは常に他 国からの侵 略に直面し ていた 。 法 王庁内部も 分裂し、イ タリアの外 部にはスペ イン、フラ ンス、 ド イ ツ、イギリ スといった 大国が存在 し、彼らは いずれもイ タリア へ の 干渉を繰り 返していた 。こうした 状況の中、 チェーザレ は先ず 法 王 庁の軍備を 整え脅威と なりそうな 近隣の軍隊 を大部分壊 滅させ る ことから始めた56。次にチェーザレはそれまでの友好国フランスを裏 切り、秘密裏にスペインと接触した。大国間の離間をはかることで、 自 国の生き残 りを狙った のである。 マキャヴェ ッリは法王 の突然 の 死がなければ、この計画は速やかに成功したであろうと述べている57。 ロマーニャ を他国の侵 略から守る ためには断 固たる措置 が必要 で あ り、そのた めにはあり とあらゆる 手段が合理 化される。 そのよ う な 果断な措置 を素早くと れるのは君 主をおいて ない。共和 国で普 段 行 われている 政治上の手 続は時間が かかり、危 急の場合に は危険 き わまりないものである58。従って、チェーザレの成功は習近平が君主 であることを合理化する一つの有力な歴史的根拠となる。
55 マキアヴェリ「政略論」、321 ページ。 56 マキャヴェッリ『君主論』、75 ページ。 57 同上。 58 マキアヴェリ「政略論」、273 ページ。
一方、周辺国にとって君主国は危険かつ手強い相手である59。君主 の 行動を制約 するものは 国内には存 在しないか らである。 君主は 必 要 にせまられ ていなくと も、野心に かられて戦 いをいどむ ことが あ る60。君主はいったんとりかわした友好関係を簡単に踏みにじる61。 同 盟関係はそ の時の打算 に左右され る。法王庁 は諸外国と 数多く の 協 定文書を取 り交わした が、法王が それらの協 定を遵守し た形跡 は ない62。そもそも君主とは「人民にくらべると、はるかに恩義を裏切 りやすいし、気まぐれで、慎重な配慮に乏しいものである。」63君主 が 信頼関係を 守るのは彼 自身が何ら かの脅威に さらされて いる時 だ け である。君 主を脅かす ような非常 に強力な勢 力がある場 合、君 主 は「現在の紛争のみならず将来のそれをも全力を尽くして回避」64し なければならない。 現代中国に おいて、紛 争を全力で 回避しなけ ればならな い非常 に 強 力な勢力と は米国であ る。では、 君主習近平 はどのよう な米国 観 と米国経験を持っているのであろうか。次にみることにしよう。 習近平は将 来有望な党 幹部-いわ ば新貴族- の一員とし て米国 と の接触を始めた。河北省正定県党委員会書記の習近平は1985 年に米
59 チェーザレが軍事行動と謀略を駆使して真っ先に獲得したのはイーモラとフルリと いう小さな法王領だった。グイッチャルディーニ『フィレンツェ史』、291 ページ。 60 マキアヴェリ「政略論」、278 ページ。国内で権力を確立した毛沢東が 1958 年 3 月に いわゆる「大躍進」を発動すると同時に、台湾への軍事挑発に踏みきったのがその 例である。 61 マキアヴェリ「政略論」、344 ページ。 62 グイッチャルディーニは、「彼(法王アレクサンデル 6 世)は何事であれ、簡単に約 束する。しかし、己の利益にならない限り、約束を守ることは決してない。正義な ど少しも気にかけていない。」と記録している。グイッチャルディーニ『フィレンツ ェ史』、386 ページ。 63 マキアヴェリ「政略論」、338 ページ。 64 マキャヴェッリ『君主論』、40 ページ。
国への海外視察旅行に参加した65。習近平は福建省福州市委書記とし て1997 年 9 月の第 15 回党大会で党中央候補委員となり、1998 年か ら 2 年間清華大学へ通学し学位を取得した。そこで米国式の実践教 育 に触れた可 能性がある 。清華大学 経済管理学 院の実践教 育を委 託 されたのが、2006 年に G.W.ブッシュ(George W. Bush)政権の財務 長官に就任したヘンリー・ポールソン(Henry Paulson)であった66。 2002 年 11 月の第 16 回党大会で党中央委員に昇格し、同時に経済 的 先進地域で ある浙江省 のトップと なった習近 平の米国体 験は本 格 化する。2006 年夏、習近平書記は代表団を率いて訪米、ニューヨー ク でポールソ ンら米有力 企業・金融 機関の代表 と面会した 。同 年 7 月に財務長官に就任したポールソンは11 月に訪中し、習近平の紹介 で胡錦涛国家主席との会見を果たした67。習近平はこの時点で既に米 中の実務的交渉に「関与」していたのである。 習近平は2007 年 10 月の第 17 回党大会で党内序列 6 位の中央政治 局常務委員に昇格し、5 年後のトップの座を確保した。2008 年 3 月 に国家副主席となった習近平は国家を代表する立場となり、2008 年 11 月、オバマ候補が当選すると中国の対米政策の担い手となった68。 習 近平の徒弟 時代を通じ て米国は中 国に対して 関与政策を とり続 け た。2012 年、習近平がトップになってからも、オバマ政権の対中関 与政策は続いた。
65 中華人民共和国外交部編『中国外交 2013 年版』(世界知識出版社、2013 年)、213 ペ ージ。
66 Henry Paulson, Dealing With China: An Insider Unmasks the New Economic Superpower. (London: Headline Publishing Group, 2015) p.105.
67 Paulson, Dealing With China, pp. 178-181.
68 習近平の副主席時代(2008-2013 年)の米中関係については、中居良文「第 4 章 習近 平のアメリカ:副主席時代(2008-2013 年)」『米中関係と米中をめぐる国際関係』(日 本国際問題研究所:2017 年)、43~57 ページ。
青年幹部習近平は1980 年代中盤という米中関係が最良の時期に米 国 を体験した 。中堅幹部 となった習 近平が次に 米国と接触 したの は 2000 年代前半という米国の対中関与政策の形成期であった。つまり、 「 現代の」君 主習近平の 米国原体験 は中国に関 与してくる 米国で あ る 。法王の庶 子として生 まれたチェ ーザレの外 国経験は、 当時の 王 侯 ・貴族のほ とんどがそ うであった ように、豊 富かつ複雑 である 。 ス ペイン出身 の貴族を両 親に持ち、 フランス王 国から公爵 の地位 と 領 地を与えら れたチェー ザレに較べ ると、習近 平の米国経 験は実 践 的ではあるが、限定的かつ官僚的である。 関与政策を とる米国し か経験して こなかった 習近平にと って、 関 与 してこない トランプ政 権は、扱い にくい相手 である。習 近平が 、 時 間をかけて 蓄積してき た対米関与 の経験と知 識が役に立 たない か ら である。フ リードバー グは台頭し た中国は米 国にとって 歴史的 前 例 のない未経 験な存在で あるとし、 それ故に米 国は中国に 対して 特 別な注意が必要であると主張した69。同様な事情は中国にも存在する。 ト ランプ政権 は習近平政 権にとって 未経験な存 在である。 従って 、 米 中関係は「 混合的で、 複雑で、不 確実で、潜 在的に不安 定な関 係 (mixed, complex, uncertain, and potentially unstable relationship)」70に
ならざるを得ない。 2 米中関係の展開 (1) グローバル・リーダーシップ(global leadership)を巡って 2017 年初頭、中国と米国はグローバル・リーダーシップを巡るつ ばぜりあいを開始した。先手をとったのは中国である。1 月 17 日、
69 Aaron Friedberg, A Contest for Supremacy. p. 36. 70 Aaron Friedberg, A Contest for Supremacy. p. 2.
世界経済フォーラム(WEF: World Economic Forum)に初めて出席し た習近平国家主席は講演で「自由貿易の発展堅持」71を訴えた。直後 の1 月 20 日、大統領就任式に臨んだトランプは米国第一主義を宣言 し、同時にTPP からの離脱を正式表明した。自由貿易体制を守る米 国、それに抵抗する中国というこれまでの図式は逆転した。 国 際 的 関 与 か ら 離 脱 を は か る 米 国 に 替 わ っ て 、 中 国 が グ ロ ー バ ル・リーダーシップをとるという姿勢は、2017 年 6 月に更に鮮明と な った。トラ ンプ政権が 気候変動抑 制に関する 多国間の国 際的な 協 定 、いわゆる パリ協定か らの離脱を 正式に表明 したことに 対し、 中 国 は素早く反 応した。同 時期ドイツ を訪問中で あった中国 の李克 強 首相はドイツのメルケル(Angela Merkel)首相と共同記者会見を開 き、「中国と欧州は手を携えて(協定を)着実に実行していく」72と 言明したのである。 中国の外交攻勢は続いた。中国は既に2013 年秋には中央アジアに 「 シ ル ク ロ ー ド 経 済 帯 」73を 建 設 す る と い う 構 想 を 発 表 し て い た 。 2017 年 5 月 15 日、習近平政権は北京で「一帯一路サミット」74を開 催 し、中央ア ジアを越え て欧州・中 東と中国を 繋ぐ経済圏 を国家 事 業として建設すると宣言した。そして、7 月にハンブルグで開催され た20 ヵ国・地域首脳会合(G20 summit)でこの「一帯一路構想」は G20 の趣旨と「高度に合致している」75と言明した。
71 「国際問題月表」『国際問題』2017 年 3 月号、56 ページ。 72 『環球時報』(北京)2017 年 6 月 2 日、第 1 版。 73 大西康雄「一帯一路構想とその中国経済への影響」アジ研ポリシー・ブリーフ(電 子版)No. 86、2017 年 3 月 29 日発行、http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/ PolicyBrief/Ajiken/086.html。 74 『環球時報』(北京)2017 年 5 月 16 日、第 1 版。 75 『日刊 中国通信』2017 年 7 月 11 日(東京:中国通信社)。
一帯一路サミットには 130 ヵ国からの代表が参加し、その中には 国家安全保障会議(NSC: National Security Council)のアジア部長、
ポッティンジャー(Matthew Pottinger)が含まれていた。米中両国は サミット直前の11 日に、貿易不均衡の是正に向けた「100 日計画」76 で合意していた。中国は農業や金融分野で米国企業に市場を開放し、 米国は「一帯一路」に協力するというのが合意の内容である。 では、米国 が「一帯一 路」に協力 するとはど ういうこと であろ う か 。サミット でポッティ ンジャーは 、条件付き 協力を表明 した。 ポ ッ ティンジャ ーはもし「 一帯一路」 に収益性が あれば、米 企業は 興 味を持つだろう、という希望的観測を表明した77。そもそも、自由主 義 経済体制の 国において は、国家が 私企業の経 営判断に介 入する こ と はない。ト ランプ政権 が国を挙げ て「一帯一 路」に関与 するこ と は 原理的にあ り得ないの である。ポ ッティンジ ャーのサミ ット参 加 はいわばお付き合いであった。 一方、習近 平にとって は「一帯一 路」に米国 の協力が得 られた と い うのは、た とえそれが 消極的なも のであって も、大きな 外交的 成 果 であった。 トランプ大 統領は世界 のメディア からグロー バル・ リ ー ダーシップ の欠如を批 判され、国 際会議で注 目を浴びる ことは な く なった。す っかり陰の 薄くなった トランプ大 統領に替わ って、 国 際 会議の中心 人物となっ た感のある 習近平を中 国国民は歓 迎した 。 中 国は今後、 米国や日本 と競合する アジア太平 洋地域を迂 回して 、 中東、アフリカ、欧州に進出するというわけである。
76 『環球時報』(北京)2017 年 5 月 13 日、第 3 版。
77 Dingding Chen, “3 Reasons Why the US Should Join China’s Belt and Road Initiative,” The Diplomat, May 25, 2017, https://thediplomat.com/2017/05/3-reasons-why-the-us-should- join-chinas-be lt-and-road-initiative/.
(2) 北朝鮮問題を巡って トランプ大統領と習近平国家主席は、2017 年 4 月 6 日、フロリダ で 初の首脳会 談を行った 。中国の官 製メディア はこの会談 を「世 紀 の会談、全世界の期待を受けての会談」78と報道した。これは、君主 習 近平の権威 を印象づけ るための国 内向け演出 であった。 中国に は 首 脳会談を急 ぐ理由があ った。両首 脳は台湾問 題について は、2 月 10 日に電話会談を行い、一つの中国原則を確認したものの、それ以 後 接触が途絶 えていたか らである。 これとは対 照的に、日 本の安 倍 首相は11 月にはニューヨークで非公式に会談したほか、2 月にはワ シントンで首脳会談、更にはフロリダで 2 泊 3 日のゴルフ外交を繰 り 広げていた 。米国は尖 閣有事への 関与を明確 に表明し、 アジア の 安全保障にこれまで以上に積極的に関与していく姿勢を見せた。 トランプ政 権は習近平 国家主席と の首脳会談 をビジネス ・ライ ク に 処理した。 外交上の儀 礼はそこそ こに抑え、 成果を求め たので あ る 。成果とは 何か。それ は北朝鮮問 題に関する 中国の「関 与」で あ る。会談の2 日目、両首脳は「取引(deal)」に合意し、会談は大成 功に終わったと中国の公式メディアは報道した79。中国の公式報道は こ の取引があ たかも両国 にとって有 利な内容で あるかのよ うに伝 え た 。つまり、 中国は北朝 鮮の核兵器 開発の阻止 に協力する 、米国 は 対中貿易制裁を発動しない、という合意があったとするのである。 本稿はこの 会談の成果 は違う点に あったと考 える。第一 の成果 は 両 国首脳がお 互いを最終 政策決定者 として認め 合ったこと である 。 今 後両国が相 手国の指導 者の正統性 を問うこと はない。ト ランプ は
78 『環球時報』(北京)2017 年 4 月 7 日、第 1 版。 79 「駐美大使崔天凱談中美元首會語」『人民網』2017 年 4 月 17 日、http://world.people. com.cn/nl/2017/0417/c1002-29214548.html。
「米国社会分裂の象徴」80などではなく、大統領として扱われる。習 近平もまた「中国版ゴッドファザー」81などではなく、国家主席とし て 扱われる。 習近平はい わば君主と してのお墨 付きを手に 入れた の である。 次に、この 交渉を通し てお互いの 手の内が見 えてきたこ とが大 き い 。相手の欲 しいもの、 それを手に 入れるため に何をして くるか が 解 ってきたの である。ト ランプ政権 が習近平政 権に求めた のは「 具 体 的な成果」 であり、即 応力である 。トランプ の対外政策 実現の 手 段 は経済制裁 、軍事力の 行使或いは 軍事的圧力 である。ト ランプ が 部 下に求める のは、能力 よりも忠誠 である。そ してトラン プは軍 事 行動を即決断行する82。習近平は今回の会談で、「貿易摩擦解決のめ の 100 日計画」を準備してきただけでなく、北朝鮮への制裁を即断 した。 では、習近平はトランプ政権に何を求めたのであろうか。それは、 一 言で言えば 中国の発展 の邪魔をす るな、とい うことであ る。中 国 の外相王毅は 2017 年末の講演で米中関係に触れ、「中国は米国を改 変 するつもり はないし、 米国に取っ て代わるつ もりもない 。同様 に 米国は中国を左右できないし、その発展を阻止することもできない」 83と中国の要求を端的に表現している。 今回の合意 でこの目標 は半ば達成 された。ト ランプ政権 が少な く と も当面は対 中経済制裁 を発動しな いことが判 明したから である 。
80 姚洋「美國政治衰敗開始顯現」『環球時報』(北京)2016 年 11 月 14 日、第 14 版。 81 余傑『中國教父習近平』(台北:前衛出版社、2014 年)。 82 習近平との会談初日にシリアへのミサイル攻撃を実行したのがその例である。『環球 時報』(北京)2017 年 4 月 8 日、第 8 版。 83 「外交部部長王毅在 2017 年國際形勢與中國外交研討會開幕式上演講」『新華網』2017 年12 月 11 日(中居訳)、http://news.xinhuanet.com/world/2017-12/11/c_129762823.htm。
ま た、トラン プ政権がオ バマ政権ば りのいわゆ る「人権外 交」を 繰 り 広げる意思 もないこと が判明した 。習近平は トランプ政 権の対 外 不 関与を基本 的に歓迎し た。米国か らの妨害が なければ、 中国は 着 実に力をつけ、2035 年までに米国と並ぶことができよう。 しかし、ト ランプ政権 の対外政策 は中国にと って「いい ことず く め 」ではなか った。中国 はトランプ 政権の対外 不関与の代 償を払 う こ とになった のである。 先ず、中国 は北朝鮮へ の制裁を実 行しな け れ ばならなく なった。ト ランプ政権 は言葉では なく、行動 を求め た か らである。 首脳会談直 後から中国 は『環球時 報』紙上で これま で に例のない強い北朝鮮批判を繰り広げた84。その後、北朝鮮が挑発行 為 をエスカレ ートする度 に、米国が 軍事圧力を 強め、中国 が追加 制 裁を発表するというパターンが繰り返され、現在に至っている。 習近平はト ランプ政権 との取引を 自己の権力 確立のため の手段 と し て利用した 。しかし、 トランプ政 権もまた習 近平政権と の取引 を 利 用したので ある。トラ ンプ政権は 北朝鮮問題 への対応を 軍事力 の 示 威に限定し た。そして 、北朝鮮の 最高指導者 ・金正恩と の交渉 と い う最も困難 な仕事を中 国に「丸投 げ」した。 トランプ政 権は自 ら 北 朝鮮問題の 解決策を考 えたり、実 際の交渉に 関わったり するこ と な く、ひたす ら中国の対 応を「不十 分だ」と言 い続けると いう楽 な ポジションを獲得した。 国際社会で の発言権( 話語権)を 拡大すると いう習近平 政権の 目 標 の達成も難 航した。国 際会議の舞 台で、トラ ンプ大統領 を押し の け てはみたも のの、習近 平政権は「 自由と民主 主義」に替 わる普 遍