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安倍政権の東南アジア外交とインド 太平洋戦略

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(1)

安倍政権の東南アジア外交とインド

太平洋戦略

*

賢 參

(台湾・国立台湾師範大学東アジア学科准教授)

【要約】

小 論は、 戦後 日本の 東南 アジア 外交 を概観 する うえで 、安 倍政権

の 東南アジア 外交を分析 する試みで ある。戦後 日本の東南 アジア 外

交 では、東南 アジアの天 然資源と日 本製品の輸 出市場を確 保する 経

済 面の目標、 及び日本の 海外貿易を 支えるシー レーンの安 全確保 を

目 指 す 安 全 保 障 面 の 目 標 が 追 求 さ れ て い た 。 今 の 安 倍 政 権 は 、 対

ASEAN 外交 5 原則に続き、自由で開かれたインド太平洋戦略を打ち

出 した。この 戦略には、 東南アジア を含むイン ド太平洋地 域向け の

イ ンフラ輸出 を日本経済 の復興に結 び付けると いう経済面 、及び 中

国 の台頭が生 じる潜在的 な脅威や挑 戦に備える ためのヘッ ジング と

いう安全保障面の目標がある。

キ ーワ ード: 福田ドクトリ ン、戦略援 助、地球儀 俯瞰外交、 四者 連

合、自由で開かれたインド太平洋戦略

(2)

一 はじめに

2012 年 12 月に行われた衆議院総選挙で、自民党を率いる安倍晋三

は、与党民主党を破って首相として再登板した。

2007 年 9 月に政権

を 投げ捨てた と批判され た安倍も、 吉田茂・元 首相に次ぎ 、戦後 首

相の座に返り咲いた二人目となった。しかし、2007 年と比べて 2012

年 という時期 では、日本 を取り巻く 国際情勢は 、一段と不 透明さ と

厳しさを増していた。日中関係に限って言えば、

2010 年という時点

で、中国は国内総生産(

GDP)が 5 兆ドルを超え、日本を追い抜き、

国防予算も日本の二倍以上で

1

GDP とともに米国に次ぐ世界第二位

の経済軍事大国に躍り出た。日本にとって

2010 年は、まさに「チャ

イ ナ・ショッ ク」の年で あった。中 国が増強す る国力を如 何に行 使

するかは、国際社会の主たる関心事となっている。

実 際には 、経 済的・ 軍事 的に台 頭し ている 中国 は、活 発な 海洋進

出 を図ってお り、領有権 争いに関わ る領域を含 む海洋権益 の確保 を

重視する対外強硬論をちらつかせている。

2009 年 11 月、訪中したオ

バマ(

Barack Obama)米大統領と胡錦濤・中国国家主席が発表した

米中共同声明に盛り込まれた中国側の「核心的利益」

(core interests)

と いう表現は 、まさに今 後中国が核 心的利益に 関する自己 主張を 前

面 に出し、そ れを確保す るために強 い姿勢で臨 むことを予 告した よ

うに伺わせる。スウェイン(

Michael D. Swaine)は、中国が主張する

核 心的利益は 、明確に規 定している のが台湾、 チベット、 新疆な ど

領 土問題にと どまったが 、日本・東 南アジア諸 国と領有権 を争っ て

* 小論は日本台湾交流協会 2017 年度第二回招聘活動の助成によるもので、ここで感謝 の意を申し上げる。 1 『平成 24 年版 防衛白書』(第 1 章第 3 節 中国軍事)防衛省、2012 年 8 月、 http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2012/2012/index.html。

(3)

い る尖閣(中 国名:釣魚 島)諸島問 題と南シナ 海問題につ いて、 非

公 式の形でそ れらを「核 心的利益」 あるいはそ れに関わる 「重大 な

関心事項」と位置付け、中国の対外行動が独断さ(

assertiveness)を

増すことを明らかにした

2

。また、高木誠一郎は、スウェインの研究

を 踏まえて、 中国は石原 慎太郎・東 京都知事の 尖閣買い取 りなど の

動 きをけん制 するため、 意図的に「 尖閣問題が 『核心的利 益』と 規

定 されるか否 かを明確に しない微妙 なものとな っている」 と指摘 し

3

、スウェインと同じ判断を示している。

安倍自民党が

2012 年 12 月に提出した政権公約では、日米同盟の

防 衛協力の強 化で中国の 台頭から生 じる脅威を 均衡すると 共に、 イ

ンド、オーストラリア、そして

ASEAN 諸国との安全保障的協力を推

進すると主張している

4

2013 年 1 月 2 日から、発足したばかりの安

倍第二次内閣は、首相、副首相兼財務大臣(麻生太郎)、及び外務大

臣(岸田文雄)など内閣最重要閣僚を動員して東南アジア

7 カ国と

オ ーストラリ アを訪問し た。さらに 、注目すべ きは、安倍 首相本 人

2013 年の間に東南アジア諸国連合(Association of South East Asian

Nations, ASEAN)加盟 10 カ国すべてを訪問し、年末にはその集大成

として日本・ASEAN 特別首脳会議を東京で招集し、南シナ海におけ

る 海洋安全保 障協力を議 題として取 り上げたこ とである。 こうし た

安倍政権の東南アジア外交戦略の目標は、

ASEAN という多国間組織

2 Michael D. Swaine, “China’s Assertive Behavior Part I: “Core Interests”,” China Leadership

Monitor, (Hoover Institution, Stanford University), No.34 (February 22, 2011), pp. 1-25.

3 高木誠一郎「『核心利益』論の展開と中国外交」山本吉宣主査『アジア(特に南シナ 海・インド洋)における安全保障秩序』(日本国際問題研究所、2013 年 3 月)第 4 章 (67 ~ 82 ペ ー ジ )、 http://www2.jiia.or.jp/pdf/resarch/H24_Asia_Security/H24_Asia_ Security.php。 4 「外交を、取り戻す」『自民党の政権公約』自民党、https://www.jimin.jp/election/results/ sen_shu46/。

(4)

の 制度的機能 あるいは東 南アジア地 域秩序を確 かなものと するこ と

に 協力し、そ の協力を通 じて近年東 南アジアに 外交攻勢を 強めて い

る中国に「ヘッジング」(

hedging)をかけるというものである。

中 国の台 頭に よる米 中の 国力消 長、 いわゆ るパ ワー・ トラ ンジッ

ション(power transition)の傾向が顕著になっている情勢下で、日本

は対中ヘッジング戦略を講じており、その核心は、「中国を敵とせず

協力関係を保ちつつ、中国の引き起こす安全保障上のリスクに対応」

することにある

5

。従って本稿は、安倍政権の東南アジア外交と「自

由 で 開 か れ た イ ン ド 太 平 洋 戦 略 」(

Free and Open Indo-Pacific

Strategy、以下はインド太平洋戦略と称す)には、対中ヘッジングと

い う戦略的イ ンプリケー ションがあ るとみて論 述する。ヘ ッジン グ

とは、関与(

engagement)とバランシング(balancing)を巧みに使い分

ける硬軟両様な考え方である。図

1 に表現したように、関与とバラ

ンシングを天秤の両端にかけて、その真ん中にはヘッジングがある。

そ のヘッジン グは、バラ ンシングの 方に傾ける ハード・ヘ ッジン グ

を 選ぶか、そ れとも関与 の方に傾け るソフト・ ヘッジング を選ぶ か

は、対象国の対外姿勢次第である。

1 ヘッジングと関与、バランシングの相互関係

出 典 : 筆者 作成

5 山本吉宣「序章 日米中関係の中長期的展望―パワー・トランジッションの中の日米 中関係」山本吉宣主査『日米中関係の中長期的展望』(日本国際問題研究所、2012 年 3 月)、http://www2.jiia.or.jp/pdf/resarch/H23_Japan_US_China/H23_Japan_US_China.php。

(5)

安 倍首相 の重 要なブ レー ン、国 家安 全保障 局初 代局長 を務 めてい

る 谷内正太郎 は、安倍第 二次内閣の 外交基本路 線が日米同 盟を基 軸

に 多角的な外 交戦略を展 開していく 「地球儀を 俯瞰する外 交」で あ

り 、 そ れ が 第 一 次 内 閣 の 「 自 由 と 繁 栄 の 孤 」(

Arc of Freedom and

Prosperity)構想につながることを明らかにした

6

。そこで、本稿は安

倍 政権が前後 して提出し た「自由と 繁栄の孤」 とインド太 平洋戦 略

を 検討し、安 倍政権がイ ンド太平洋 という新し い地政学的 概念あ る

い は地域で、 如何に東南 アジア外交 を展開して きたのか、 その政 策

目 標が何かを 明らかにす る狙いであ る。その際 、日本が対 東南ア ジ

ア 外交を展開 している時 、常に陰の 主役を演じ る中国の東 南アジ ア

外交にも触れることにする

7

。これを踏まえて、まず、安倍政権の東

南アジア外交の土台として、戦後日本の東南アジア外交を概観する。

そ して、安倍 政権の東南 アジア外交 政策を動か す戦略的思 考につ い

て 検討を加え るうえで、 中国の台頭 を念頭に展 開されてい る同政 策

の動向を明らかにすることを試みる。

二 資源・市場の獲得と地域の安定を目指す戦後日本

の東南アジア外交

米 ソ冷戦 時代 におい て、 アメリ カは 日本を 共産 勢力の 東南 アジア

地 域への拡散 を封じ込め るための防 波堤として の役割に期 待をか け

るため、『日米安全保障条約』に調印したほか、日本と東南アジアと

の 経済関係強 化に協力し てきた。

一 方、日本は 『サンフラ ンシス コ

平 和条約』に 基づいて東 南アジア諸 国との戦後 処理に着手 し、そ の

6 「地球を俯瞰する安倍外交―谷内正太郎内閣官房参与インタビュー(1)」『nippon. com』2013 年 7 月 5 日、https://www.nippon.com/ja/currents/d00089/。 7 山影進「外交イニシアティブの試金石―対東南アジア外交の戦略的重要性」国分良 成編『日本の外交第4 巻 対外政策 地域編』(岩波書店、2013 年)第 6 章。

(6)

賠 償の支払い にあたり、 日本政府が その賠償額 に相当する 製品あ る

い はサービス を日本企業 から調達し 、賠償相手 国に提供し た。こ う

し た日本の戦 後処理は、 日本と賠償 相手国との 関係改善だ けでは な

く、日本経済の成長にも役立ったのである。

1960 年代、高度成長を

成 し遂げた経 済力を背景 に、日本の 東南アジア 向けの経済 援助は 、

外 交手段とし て積極的に 活用され、 道路や港湾 などのイン フラ整 備

に 注ぎ、経済 の持続可能 な発展を支 える資源供 給の確保と 輸出市 場

の拡大に務めてきた

8

。こうした日本の経済協力は、東南アジアにお

け る 共 産 主 義 勢 力 の 拡 大 を 封 じ 込 め る た め の 対 米 戦 略 援 助 で あ っ

た 。しかし、 目立った日 本企業の東 南アジア進 出は、東南 アジア 諸

国 のナショナ リズムに火 をつけたよ うに反日気 運が高まっ たとい う

思わぬ結果をもたらした。それを象徴する例は、

1974 年 1 月田中角

栄 首相の東南 アジア歴訪 時にタイと インドネシ アで起きた 大規模 な

反日デモと暴動である。

1 転換期としての福田ドクトリン

東南アジアの反日騒動に加えて、

1970 年代には、日本を取り巻く

国 際環境に大 きな変化が 生じた故に 、日本の対 東南アジア 外交の 見

直しや調整が求められた。

1969 年 1 月に発足したニクソン(Richard

Nixon)米政権は、ベトナム戦争の泥沼からの脱却、アメリカ経済の

再 建を図ろう とし、また 中国と連携 してソ連を けん制する ため、 新

た な経済と安 全保障政策 を次々と打 ち出した。 当時アメリ カに次 ぐ

世 界第二位の 経済大国と なっていた 日本は、平 和憲法をテ コに安 全

保 障面での国 際貢献をせ ず「ただ乗 り」と非難 され、アジ ア地域 の

安定における役割を分担するよう米側に強く求められてきた。

8 五百旗頭真編『戦後日本外交史 第3 版』(有斐閣、2010 年)132~134 ページ。

(7)

日 本にと って 東南ア ジア は、天 然資 源、輸 出市 場、投 資先 を提供

す る 地 域 だ け で は な く 、 日 本 の 海 外 貿 易 を 支 え る シ ー レ ー ン (Sea

Lane)の南西ルート、つまり、日本と中東、ヨーロッパ、アフリカ

を 連結する海 上輸送線を 制する要衝 でもあり、 日本の中東 から輸 入

す る原油はま さにこのシ ーレーンに 頼ることに なり、その 戦略的 重

要性は贅言を要しない

9

。このような経済的安全保障の観点から見て

も 、東南アジ アが反日ム ードに覆わ れることは 、日本の経 済発展 と

安 全保障にと って看過で きるような 事態ではな いが、福田 ドクト リ

ンの発表は、こうした反日危機を好機に転換させた。

1976 年 12 月に

組閣した福田赳夫は翌年

8 月、ASEAN 加盟 5 カ国を歴訪し、最後の

訪 問先フィリ ピンのマニ ラで政策演 説を行い、 日本の対東 南アジ ア

外 交の三原則 を取り上げ 、その後「 福田ドクト リン」と呼 ばれた も

のは、以下のようなものである

10

第 一に、 日本 は平和 に徹 し軍事 大国 にはな らな いこと を決 意し、

東南アジアひいては世界の平和と繁栄に貢献する。

第 二に、 日本 は東南 アジ ア諸国 との 間に、 真の 友人と して 心と心

のふれ合う相互信頼関係を築きあげる。

第三に、日本は「対等な協力者」の立場に立つて、ASEAN の連帯

と 強靱性強化 の自主的努 力に対し、 他の域外諸 国とともに 積極的 に

協 力し、また 、インドシ ナ諸国との 間には相互 理解に基づ く関係 の

醸 成をはかり 、東南アジ ア全域にわ たる平和と 繁栄の構築 に寄与 す

る。

こ うした 東南 アジア 政策 の中心 的な 役割を 担う のは、 日本 の政府

9 山影進、前掲書。 10 「福田総理大臣のマニラにおけるスピーチ(わが国の東南アジア政策)」『データベ ース「世界と日本」』(日本と東南アジア)、1977 年 8 月 18 日、http://worldjpn.grips.ac.jp。

(8)

開発援助(

Official Development Assistance, ODA)である。福田は演

説で、「わが国は、既に今後

5 年間のうちに、政府開発援助を倍増以

上に伸ばす方針を」表明したからである

11

1980 年代以降、中国向

ODA が開始されたこともあって、東南アジア向け ODA の受け取

り比率は低下したものの、日本の

ODA 総額は、この時期から大幅に

増額することにより、東南アジア向け

ODA の絶対額が常に増加傾向

を示していた

12

。福田演説の起草に携わった枝村純郎は、福田外交の

理 念について 、世界第二 位の経済大 国に相応し い国際貢献 の決意 を

示すこと、東南アジア地域の安定の基軸とする

ASEAN の連帯強化に

協 力すること 、インドシ ナ三カ国を 含めて東南 アジア諸国 との相 互

信頼関係を築き上げることなどを列挙した

13

。転換期とされる日本の

東南アジア政策は、

ASEAN 加盟国の連帯強化を支援したりインドシ

ナ にも関与し たりして、 東南アジア 地域全体の 繁栄と安定 を目指 そ

うとしていた

14

。これも米軍のベトナム撤退から生じた東南アジア地

域 の権力空白 状態を日本 が経済力で 埋めて米国 の力を補完 すると い

うような考え方があったと思われる

15

こ のよう な経 済援助 政策 を前面 に出 したの は、 平和憲 法の 制約で

国 際社会への 軍事援助が 制限された 中で、日本 政府が経済 援助を 軍

事援助の代替物と見なす戦略援助の考え方が働いた結果であろう

16

11 「福田総理大臣のマニラにおけるスピーチ(わが国の東南アジア政策)」、前掲資料。 12 外務省経済協力局編『我が国の政府開発援助』(上巻)(国際協力推進協会、1990 年)、 60 ページ(表Ⅱ-3)。 13 枝村純郎「『福田ドクトリン』から三十年-理念主導の外交」(日本国際問題研究所、 2008 年 4 月 9 日)、https://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=155。 14 山影進、前掲書。 15 波多野澄雄・佐藤晋『現代日本の東南アジア政策―1950‐ 2005』(早稲田大学出版部、 2007 年)、83 ページ。 16 デニス・T・ヤストモ著、渡辺昭夫監訳『戦略援助と日本外交』(同文館、1989 年)、

(9)

福 田のあとを 継いだ大平 正芳首相は 、経済によ る戦略援助 に理念 を

込めるかそれともその方向性を付けるために、「総合安全保障」とい

う概念を提示した

17

。その後、日本政府は対外経済協力を総合安全保

障政策に結びつけて強調するようになった。

1987 年 5 月 1 日、訪米

中 の中曽根康 弘首相は講 演で、日本 の対外経済 援助政策を 「西側 の

責 任ある一員 として、米 国との協議 のもとに、 世界の平和 と繁栄 の

た めに積極的 に貢献する 」ような戦 略的な枠組 みとして位 置付け て

おり

18

、アメリカの対外政策を支援する中曽根外交の戦略的インプリ

ケーションを明らかにした。

ARF の創設と ASEAN+3 の制度化への関与

1970 年代末、インドシナにおいては、ベトナムによるカンボジア

侵攻及びカンボジア内戦が生じており、

ASEAN はその問題解決にあ

まり役割を果たせず

19

、東南アジア地域機構としての限界を見せた。

カ ンボジア内 戦について 、日本は仲 介役を務め たこともあ って、 最

終的に

1991 年 10 月にパリで開かれた国際会議では、カンボジアの

各 勢力による 内戦終結の 合意にこぎ つけた。こ れを受けて 日本は 、

翌年

9 月、『国際平和協力法』に基づいて自衛隊と文民警察官を「国

連 カ ン ボ ジ ア 暫 定 統 治 機 構 」(

UNTAC)に派遣し、カンボジアの国

家再建に貢献した

20

。その後、冷戦終結による国際環境の激変を背景

4 ページ。 17 「政策研究グループにおける大平総理大臣の発言」、『データベース「世界と日本」』 (日本の安全保障政策)、1979 年 4 月 2 日、http://worldjpn.grips.ac.jp/。 18 デニス・T・ヤストモ著、前掲書、12~13 ページからの引用。 19 山影進、前掲書。 20 「カンボジア和平及び復興への日本の協力」外務省、2007 年 1 月、http://www.mofa.go. jp/mofaj/area/cambodia/kyoryoku.html。

(10)

に、

ASEAN は東ティモールを除いて東南アジア全域をカバーする 10

カ国体制へと変貌し、

ASEAN をハブにするアジア太平洋地域の平和

と 安定に役立 つと思われ る様々な制 度も次々と 作られてい った。 そ

の 中 で 、 最 も 注 目 さ れ た の は 、

ASEAN 地 域 フ ォ ー ラ ム ( ASEAN

Regional Forum, ARF)の創設と ASEAN+3(日中韓)の制度化であ

る。

1991 年 7 月、ASEAN 拡大外相会議に出席した中山太郎外相は、ア

ジア太平洋地域の長期的な安定を確保するため、

ASEAN 拡大外相会

議 の下に政治 対話の場と して高級事 務レベル協 議の仕組み を設置 す

る よ う 提 案 し た が

21

ASEAN 側 は 最 終 的 に 中 山 提 案 と は 異 な り 、

ASEAN ルール(ASEAN Way)

22

に基づく仕組みである

ASEAN 地域

フォーラム(

ARF)を発足し、現在の 26 カ国と EU を擁するアジア

太 平洋安全保 障対話の仕 組みとして 発展してき た。最も重 要視さ れ

る南シナ海問題において、

ASEAN 係争諸国あるいは「航行の自由」

(Freedom of Navigation, FON)を重視する日米などは、ARF の枠組

み を活用して 南シナ海に おける中国 の独断行動 をけん制す るとい う

意図があると言っても過言ではない。

また、

ASEAN+3 を開催するきっかけとなるのは、1997 年 7 月の

タ イ・バーツ 暴落に端を 発する東南 アジア通貨 危機であっ た。こ の

危機に襲われた中で、「

ASEAN+日中韓三カ国」の非公式首脳会議は

同年

12 月に初めて開催され、危機脱出策を模索したが、危機は収ま

らなかった。そのために、翌年

12 月の ASEAN 首脳会議を主催した

ベトナムは、再び日中韓三カ国首脳を招待し、二回目の

ASEAN+3

21 「ASEAN 拡大外相会議・全体会議における中山外務大臣ステートメント」『データ ベース「世界と日本」』(ASEAN)、1991 年 7 月 22 日、http://worldjpn.grips.ac.jp/。

22 ルールとしての「ASEAN Way」について、佐藤考一「米中関係の展開と ASEAN」『国

(11)

首脳会議が行われた。この会議で小渕恵三首相は、総額

300 億ドル

にのぼる「新宮沢構想」を発表し、金融危機に襲われた

ASEAN 諸国

と 韓国に資金 援助の意向 を表明した 。これをき っかけに首 脳会議 と

金融・外交閣僚級会合を含む

ASEAN+3 枠組みが確立されたのであ

23

こうした

ASEAN 関連の制度化が進められた中で、日中両国の競争

が徐々に浮き彫りになっていく。

2000 年に入ると、中国は高度成長

を成し遂げた経済力をテコに東南アジアに外交攻勢を強め、

ASEAN

3 の制度化のリーダーシップを握ろうとしている。また、中国は日

本に先駆けて

2001 年の ASEAN+3 首脳会議で、ASEAN との自由貿

易協定(

FTA)について 10 年以内の締結に向けて合意した。それに

対し、日本は翌年の首脳会議で、

ASEAN との間に「包括的経済連携

協定」(

Comprehensive Economic Partnership Agreement, CEPA)を 10

年 以内のでき るだけ早期 に実現する ことで合意 した。その 後、小 泉

首 相の靖国神 社参拝を背 景に、日中 両国は関係 悪化の一途 をたど っ

て お り 、 東 ア ジ ア 共 同 体 の 提 案 や 東 ア ジ ア ・ サ ミ ッ ト (

East Asia

Summit, EAS)の主催などをめぐる日中間の主導権争いが繰り広げら

れ、

ASEAN との関係強化や地域機構の制度づくりの主導権をも競い

合う光景をあらわにした

24

三 安倍第一次内閣の東南アジア外交

2006 年 10 月初め、小泉の後を継いだ安倍晋三は、小泉の靖国参拝

23 田中明彦『アジアの中の日本』(NTT 出版、2007 年)、234~243 ページ;大庭三枝「変 容する日ASEAN パートナーシップ:東アジア地域秩序の基軸に」『nippon.com』2017 年8 月 7 日、https://www.nippon.com/ja/currents/d00345/。 24 田中明彦、前掲書、288~291 ページ;大庭三枝、前掲資料「変容する日 ASEAN パ ートナーシップ」。

(12)

問題で悪化した日中関係を改善するため、「氷を砕く旅」と呼ばれる

訪 中をした。 これを境に 、日中両国 は戦略的互 恵関係の構 築を目 指

そうと躍起になっており、一時に関係が好転した。翌年

9 月、安倍

は健康を理由に総辞職したが、その後の自民党政権と

2009 年に発足

した民主党政権は、日中戦略的互恵関係の構築を引き続き推進した。

しかし、

2010 年 9 月に起きた中国籍漁船と海上保安庁巡視船との衝

突 に端を発し た尖閣諸島 の領有権争 いにより、 日中関係は 再び悪 化

に 転じてきた 。これを背 景に日中両 国は、パー トナーであ ると同 時

に ライバルで もあるとい う様相を鮮 明に呈する ようになり 、それ ぞ

れ東南アジア地域における影響力の拡大に力を注いできた。

1 中国の対

ASEAN 外交攻勢

1990 年代以降、南シナ海の領有権紛争をめぐる中国の主張と独断

行動を背景に、東南アジア諸国の中国脅威論が徐々に現れてきた

25

こうした中国脅威論を払しょくし

26

、東南アジアでの発言力を高める

ためにも、中国は

ARF の発足を機に、ASEAN+3 や中国・ASEAN

など対話枠組みの制度化に積極的に関与し、

ASEAN とのパートナシ

ッ プ強化に踏 み切った。 また、中国 は「南シナ 海における 関係国 の

行動に関する宣言」(

Declaration on the Conduct of Parties in the South

China Sea, DOC)を受け入れ、「東南アジア友好協力条約」(Treaty of

Amity and Cooperation in Southeast Asia, TAC)に署名したりすること

で、中国の平和的台頭を

ASEAN 諸国にアピールした。中国の ASEAN

接 近の意図は 、東南アジ アという中 国の周辺地 域で日米両 国の影 響

25 この点について、佐藤考一「南シナ海紛争・東南アジア非核地帯構想とARF・ASEAN 中国首脳会議」『中国脅威論とASEAN 諸国』(東京:勁草書房、2012 年)第四章。 26 飯田将史「中国の東南アジアに対する安保協力―ARF への対応を中心に―」『防衛研 究所紀要』第6 巻第 1 号(2003 年 9 月)、95~107 ページ。

(13)

力 をできる限 り薄くさせ る一方、中 国の影響力 を強化して 好まし い

周辺地域秩序を構築するということである。

経済面から言えば、中国経済の高度成長を背景に、中国と ASEAN

諸国の経済関係は急速に発展してきた。

1990 年と 2005 年の中国対

ASEAN 貿易総額を比べてみると、輸出は 14.8 倍、輸入は 25.4 倍と

目覚ましい急拡大を示した

27

。また、

2000 年と 2010 年の ASEAN 諸

国 の貿易相手 の輸入・輸 出シェアを 比較すると 、対中輸出 ・輸入 の

シェアは、

4%・5%から 11%・14%に大幅に増加しているのに対し、

対日輸出・輸入のシェアは、

13%・19%から 10%・12%に低下して

いる

28

。同じように

2016 年のデータと比較しても、日本側はさらに

8%・10%に低下し、中国側は 13%・20%に拡大している

29

。中国と

ASEAN 諸国の貿易関係が緊密になるほど、ASEAN 諸国は、「勝ち馬

に 乗る」とい うような対 中姿勢をと る可能性が 高くなる一 方、日 米

な どと協力し て中國をバ ランシング する意欲が 低くなると 思われ る

30

。それに加えて、1997 年 7 月のアジア金融危機で、中国は影響を

受 けた東南ア ジア諸国に 経済支援を したり、地 域経済安定 化のた め

に 人民元の切 り下げを回 避したりし て、責任あ る大国とし て役割 を

果 たしたと高 く評価され た。従って 、東南アジ アにおける 中国の プ

レゼンスの増大に伴い、中国はそれをテコに

ASEAN 関連地域機構の

27 石川幸一「急拡大する中国と ASEAN の貿易関係」『季刊 国際貿易と投資』Winter 2006(No. 66)、48~67 ページ。

28 「ASEAN 情報マップ」ASEAN-JAPAN CENTRE、6 ページ、http://www.asean.or.jp/ja/

asean/know/base/outline/aseanmap_full.pdf/at_download/file。

29 「ASEAN 情報マップ」(2017 年 12 月改訂版)ASEAN-JAPAN CENTRE、12 ページ、

http://www.asean.or.jp/ja/wp-content/uploads/2017/12/WEB_full-page_ASEAN_Map2017_ 12051.pdf。

30 Denny Roy, “Southeast Asia and China: Balancing or Bandwagoning,” Contemporary

(14)

制 度化に影響 力を発揮し 、中国にと って望まし い方向へ導 かせる よ

うになった。

安全保障面 から言えば 、中国寄り の立場をと っているラ オス、 カ

ンボジア、ミャンマーを除いて

ASEAN 諸国は、経済的に台頭する中

国 が東南アジ ア地域の経 済発展に役 立つことを 歓迎する一 方、軍 事

力を増強しつつある中国が地域を支配する可能性を恐れている

31

。こ

のような対中懸念こそ

ASEAN 諸国の中国脅威論を生み出す源であ

り、アメリカが打ち出したアジアへの「ピボット」(

pivot)」や「リ

バランス」(

rebalance)戦略を歓迎する原動力でもある。そこで、中

国は

ASEAN の地域統合や秩序構築において、日米などが中国をけん

制 するような 制度づくり を警戒しな がら、日米 の影響力を 希釈す る

ことに躍起となった。他方、

ASEAN 諸国も ARF や ASEAN+1 など

の 多国間対話 の場を創設 し、日米な ど域外大国 の協力を得 て中国 の

独断行為をけん制しようと意図している

32

。こうした

ASEAN 諸国の

意図が強ければ強いほど、日本は

ASEAN 諸国の協力を得て中國をけ

ん制する可能性が大きくなる。

2 「自由と繁栄の孤」構想と日米豪印の四者連合の試み

安倍晋三は

2006 年 7 月、組閣する前に公刊した著書で、日本と「自

由 、民主主義 、基本的人 権、法の支 配」といっ た普遍的価 値を共 有

す る米豪印三 カ国の首脳 または外相 レベルの戦 略的協議を 行い、 こ

31 Vibhanshu Shekhar, “ASEAN’s Response to the Rise of China: Deploying a Hedging Strategy,” CHINA REPORT, Volume 48, Issue 3, August 2012, pp. 253-268.

32 菊池努によると、ASEAN 諸国の対外関係の基本は、大国の力の行使を抑制したり、

大国間の力の緩やかな均衡状況を利用したりして自らの行動の余地を拡大すること にある。菊池努「インド太平洋地域秩序と地域制度、スイング・ステート」黒柳米 司編著『「米中対峙」時代のASEAN』(東京:明石書店、2014 年)、第二章。

(15)

う した普遍的 価値観をほ かの国々と 共有するた めに協力す るよう 呼

び 掛 け て い る

33

。 第 一 次 内 閣 を 発 足 し た 安 倍 は 、 国 会 所 信 表 明 で

ASEAN との協力を一層進めるとともに、アジアに存在する民主国

家として、自由な社会の輪をアジア、そして世界に広げていくため、

オ ーストラリ アやインド など、基本 的な価値を 共有する国 々との 首

脳 レベルでの 戦略的な対 話を展開」 すると指摘 し、アジア 、そし て

世界へ普遍的価値を広げていくとの決意を示した

34

2006 年 11 月、麻生太郎外相は政策演説で、安倍首相の価値観外交

に 呼応するか のように、 普遍的価値 を共有する 国々と連携 し、ユ ー

ラ シア大陸の 外縁に沿っ て朝鮮半島 から、東南 アジア、南 アジア 、

中 央アジア・ コーカサス 、トルコ、 それから中 ・東欧にバ ルト諸 国

にいたる広大な弧状の地域を「自由と繁栄の弧」にする構想(図

2)

を 明らかにし た。その実 現にあたり 、麻生は、 日本は米国 、オー ス

トラリア、インド、それに

EU 諸国という普遍的価値と利益を共有

す る同盟友好 国と協力し て「自由と 繁栄の弧」 の形成・拡 大に努 め

ていくと強調した

35

33 安倍晋三『美しい国へ』(東京:文春新書、2006 年)、162~164 ページ。 34 安倍晋三「第 165 回国会における安倍内閣総理大臣所信表明演説」首相官邸、2006 年9 月 29 日、http://www.kantei.go.jp/jp/abespeech/2006/09/29syosin.html。 35 麻生太郎「『自由と繁栄の弧』をつくる:拡がる日本外交の地平」外務省、2006 年 11 月30 日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/18/easo_1130.html。

(16)

2 「自由と繁栄の弧」

出典:「『自由と繁栄の弧』をつくる」、外務省、2006 年 11 月 30 日、http://www.mofa.go. jp/mofaj/press/enzetsu/18/easo_1130.html。

「自由と繁栄の弧」は、米国防総省が

2001 年 9 月に起きた同時多

発テロ事件直後に発表した「四年毎の国防計画見直し」(

Quadrennial

Defense Review)で、アフリカやバルカン半島から中東を通って東南

アジア、朝鮮半島に至る帯状の紛争多発地域を「不安定の孤」(

arc of

instability)と呼ぶ概念を念頭に描いた構想だと思われる。米国が軍

事 力でこの孤 を安定させ るのに合わ せて、日本 はその安定 回復に 向

けて

ODA の供与や人的交流など経済的・政治的援助を行い、米国を

サポートするといった戦略援助を進めていこうとしていた。

2007 年 1 月、安倍首相は日本・ASEAN 首脳会議に臨んで、普遍的

(17)

価値の共有を基礎とする

ASEAN 統合を支援するため、2006 年設置

済みの日

ASEAN 統合基金に加え、ASEAN の「バランスのとれた経

済 発展」をは じめとする イニシアテ ィブを提示 し、メコン 川流域 の

ミ ャンマー・ ラオス・タ イ・カンボ ジア・ベト ナムからな るメコ ン

地域諸国を経済協力の重点地域として

ODA を拡充すること、経済連

携に向けた

ASEAN 諸国の努力を支援するために新たな協力を実施

すること、日本・

ASEAN の CEPA 交渉の妥結に全力を挙げることを

約束した

36

。経済面から言えば、日本は当時

ASEAN の最大の域外貿

易相手国、外資投資国、

ODA 供与国であるのに対し、ASEAN は日

本 の最も重要 な貿易・投 資パートナ ーの一つで ある。そこ で、安 倍

政権は

ASEAN 全体との CEPA 交渉を早期に妥結できるよう努力する

と 同 時 に 、

ASEAN 諸 国 と の 二 国 間 経 済 連 携 協 定 ( Economic

Partnership Agreement, EPA)について、タイ、インドネシア、ブルネ

イとの交渉も各々大筋合意に漕ぎつけて署名した

37

2007 年 8 月、

日本・インドネシア

EPA の署名に臨んだ安倍は、インドネシアで演

説し、日本のシーレーンの要衝に位置する

ASEAN の重要性を強調す

るうえで、日本政府がメコン地域への重点的援助や

ASEAN 統合など

に支持・協力することを改めて表明した

38

イ ンドネ シア 訪問の 後、 安倍は 次の 訪問先 イン ドに出 発し た。イ

ンドは

1990 年代前半から、東南アジア諸国との政治・経済・安全保

36 「第10 回 ASEAN+3 首脳会議(概要)」外務省、2007 年 3 月 13 日、http://www.mofa.go. jp/mofaj/area/asean/asean+3/shuno_10th.html。 37 「日・ASEAN 包括的経済連携協定」外務省、2018 年 1 月 26 日、http://www.mofa.go.jp/ mofaj/gaiko/fta/j_asean/。 38 「インドネシアにおける安倍総理大臣政策スピーチ『日本とASEAN-思いやり、分 かち合う未来を共に』」、外務省、2007 年 8 月 20 日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/ enzetsu/19/eabe_0820.html。

(18)

障関係の強化を目指すルック・イースト(

Look East

)政策を打ち出

し たことで、 東南アジア 地域が日印 協力の場に なってきた 。前述 し

た ように、中 国は同じ時 期に東南ア ジアへの外 交攻勢を強 めてき た

反 面、その対 外的独断姿 勢が東南ア ジア諸国の 懸念をも引 き起こ し

た。この中国に対する懸念を背景に、東南アジア諸国は、アメリカ、

日 本、インド などの域外 大国を巻き 込んで中國 をけん制す る意図 が

見 て取れる。 実際には、 日印両国も 中国の台頭 に対する懸 念を背 景

に 、経済面や 安全保障面 での協力関 係を強化し 始めたわけ である 。

2007 年 8 月、安倍は「二つの海の交わり」と題するスピーチをイン

ド 国会で行い 、日印両国 が「自由と 繁栄の弧」 の要をなし て米国 、

オ ーストラリ アと協力し 、太平洋全 域及びイン ド洋に面す る南ア ジ

アを含む「拡大アジア」に自由と繁栄をもたらそうと訴えている

39

安倍のインド訪問に先立って日米豪印四カ国は

5 月 25 日、マニラ

で開かれた

ARF 会議の隙間を利用して独裁国家中国の台頭に備える

ための民主的平和を拡大する四者連合(Quadrilateral Group)を非公

式で協議した

40

。最も注目を集めたジェスチャーとして、同年

9 月初

め、日本はオーストラリア、シンガポールに加えて、

1990 年代から

始 ま っ た 米 印 合 同 海 軍 演 習 「 マ ラ バ ー ル 」(Malabar)に初めて参加

し た 。 演 習 の 場 所 は 、 イ ン ド 東 岸 の 港 湾 都 市 ビ シ ャ カ パ ト ナ ム

Visakhapatnam) か ら マ ラ ッ カ 海 峡 の 出 入 り 口 を 扼 す る ア ン ダ マ

ン・ニコバル

(

Andaman and Nicobar Islands

)諸島の東岸に至るベンガ

ル湾海域であるが

41

、それは、日米豪印四カ国が共同でマラッカ海峡

39 安倍晋三「二つの海の交わり」外務省、2007 年 8 月 22 日、http://www.mofa.go.jp/

mofaj/press/enzetsu/19/eabe_0822.html。

40 Brahma Chellaney, Australia-India-Japan-US Quad, The Japan Times, July 19, 2007,

http://chellaney.net/2007/07/19/australia-india-japan-us-quad/。

(19)

の 航行安全を 守る体制作 りの瀬踏み といっても よい。しか し、中 国

の 強い反発に 遭い、また 、インド、 そしてオー ストラリア それぞ れ

の国内事情や対中関係の考慮で、この四者連合の試みが頓挫した。

2010 年以降、中国は海空軍の増強をテコに海洋進出が一段と活発

に なった。そ の中で最も 懸念される のは、中国 が南シナ海 で七つ の

環 礁を埋め立 てて海空軍 の拠点化を 進めており 、それによ り南シ ナ

海 における軍 事バランス が益々中国 側の有利に 傾いていく ように 思

われる。一方、ルック・イースト政策を掲げているインドは、

ASEAN

諸 国との経済 協力を強化 するととも に安全保障 面での協力 をも深 め

よ うとした。 長尾賢によ ると、イン ドは武器の 運用に関す る教育 や

整 備、共同訓 練、武器の 取引など三 つの分野に 分けてベト ナム、 マ

レーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、ミャンマーなど

ASEAN

諸国との軍事交流を実施している

42

。そこで、

ASEAN 諸国に接近し

て いるインド は、中国が 南シナ海又 は東南アジ アでの影響 力を拡 大

す る動きを警 戒し、日米 と協力して 中國をけん 制すること で、日 印

両 国が東南ア ジアを含む インド太平 洋地域で協 力しようと いう安 倍

の提唱に応えるようになった。

四 台頭する中国を念頭に置いたインド太平洋戦略:

経済面と安全保障面の協力強化

安倍は第一次内閣の時から、日中戦略的互恵関係の構築(関与)、

お よび日米同 盟の強化や 四者連合( バランシン グ)など対 中ヘッ ジ

ング戦略を模索し続けてきた

43

。具体的に言うと、現段階では、安倍

https://www.spf.org/oceans/wp/wp-content/pdf/200707.pdf。 42 長尾賢「インドと東南アジアの防衛協力の進展が日本にもたらす機会」『国際情報ネ ットワーク分析IINA』、https://www.spf.org/iina/articles/nagao-india-defense.html。 43 林賢參「第二次安倍晋三内閣の対中ヘッジング戦略」『問題と研究』第43 巻 2 号(2014

(20)

政権は対中ヘッジングの一翼を南シナ海に面する

ASEAN 諸国に担

わせるため、ODA の供与を通じてベトナム、フィリピン、インドネ

シ アに対する 海洋安全保 障のキャパ シティ・ビ ルディング を支援 し

続けている。

2013 年 12 月、安倍は日本・ASEAN 特別首脳会議を招

集 し、海洋安 全保障、及 び航行・飛 行の自由と 安全を確保 する協 力

を強化するよう呼び掛けた

44

。とはいえ、日本の対

ASEAN 外交の狙

いは、海洋安全保障にとどまらず、日本・

ASEAN の経済協力の強化

を通じて

ASEAN 諸国の対中一辺倒を防ぐとともに、日本経済の復興

に も役立って 、中国のパ ワーを相殺 するまでに 日本のパワ ーを強 め

る ことにある 。また、近 年日印関係 が飛躍的に 進展してい る背景 に

は 、中国の台 頭に対する 日印両国の 共通の懸念 がある。そ こで、 安

倍 政権はイン ド太平洋地 域を協力の 場とし、米 印豪を巻き 込んで 経

済 と安全保障 の両面での 協力を進め ていくとい うような対 中ヘッ ジ

ング戦略を練り上げていくと考えられる。

1 質の高いインフラ輸出を

日本経済再生に結び付ける

東 南アジ ア諸 国は戦 後日 本の繁 栄に 欠かせ ない 経済的 パー トナー

である。特に、近年インドネシア、タイ、シンガポール、ベトナム、

マレーシア、フィリピンなど

ASEAN 六カ国の経済成長も著しいた

め、日本と

ASEAN 諸国の経済関係を一層強化していけば、日本経済

の再生にもつながると思われる。

2013 年 1 月、公表された安倍政権

ASEAN 外交 5 原則の第 3 項目では、「様々な経済連携のネットワ

ー クを通じて 、モノ、カ ネ、ヒト、 サービスな ど貿易及び 投資の 流

年4-6 月)、29~65 ページ。 44 「日・ASEAN 特別首脳会議(概要)」外務省、2013 年 12 月 14 日、http://www.mofa.go. jp/mofaj/area/page3_000594.html。

(21)

れを一層進め、日本経済の再生につなげ、

ASEAN 諸国と共に繁栄す

る」と規定し

45

ASEAN 諸国との経済協力を強化する意欲に溢れて

いるように見える。外務省

HP をチェックしてみれば、安倍が ASEAN

諸 国の首脳と の会談で、 貿易・投資 、インフラ 整備等の経 済分野 の

協 力を強調し ており、そ こには、二 国間経済協 力関係の緊 密化と 多

国間経済協定の締結を通じて成長し続けている

ASEAN 諸国の経済

的 活力を、日 本経済の再 生に取り組 もうとの姿 勢が明確に 見られ る

46

。下の表を見れば、安倍が如何に東南アジア外交を重視しているか

が分かる。

1 安倍首相の東南アジア訪問一覧(2018 年 4 月執筆現在まで)

日 付

訪 問 別

訪 問 先

2006 年

11 月 17~20 日

APEC 首脳会議

ベトナム

12 月 8~10 日

二国間

フィリピン

2007 年

1 月 9~15 日

東アジア・サミ

ット

フィリピン

8 月 19~25 日

二国間

インドネシア、イン

ド、マレーシア

2013 年

1 月 16~19 日

二国間

ベトナム、タイ、イ

ンドネシア

5 月 24~26 日

二国間

ミャンマー

7 月 25~27 日

二国間

マレーシア、シンガ

ポール、フィリピン

10 月 6~10 日

APEC 首脳会議

ASEAN 関連首脳

会議

インドネシア

ブルネイ

45 「安倍総理大臣の東南アジア訪問(概要と評価)」外務省、2013 年 1 月 18 日、 http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_abe2/vti_1301/gaiyo.html。 46 「 日 ・ ASEAN 包 括 的 経 済 連 携 協 定 」 外 務 省 、 2018 年 1 月 26 日 、 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/j_asean/index.html。インドネシアを除いての署名 国がすでに国内批准手続きを済ませて発効した。

(22)

11 月 16~17 日

二国間

カンボジア、ラオス

2014 年

5 月 30~31 日

シャングリラ・

ダイアログ

シンガポール

11 月 12~17 日

ASEAN 関連首脳

会議

ミャンマー

2015 年

4 月 21~23 日

アジア・アフリ

カ会議

60 周年記

念首脳会議

インドネシア

11 月 18~23 日

APEC 首脳会議、

ASEAN 関連首脳

会議

フィリピン

マレーシア

2016 年

9 月 4~9 日

ASEAN 関連首脳

会議

ラオス

2017 年

1 月 12~17 日

二国間

フィリピン、インド

ネシア、ベトナム、

オーストラリア

11 月 9~15 日

APEC 首脳会議

ASEAN 関連首脳

会議

ベトナム

フィリピン

出典:外務省HP(http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/page24_000037.html)を基に筆者作 成。

一方、

ASEAN 諸国にとっては、2015 年の ASEAN 共同体の実現を

前に、東南アジアの海と陸に散在する

ASEAN 各国をつなぐ連結性の

整備や強化が主要課題であるが、

2011 年 11 月に行われた第 14 回日・

ASEAN 首脳会議においては、民主党野田佳彦内閣は、ASEAN 連結

性強化に向けて「陸の回廊」と「海の回廊」の整備、及び「

ASEAN

全 域ソフトイ ンフラ案件 」を柱とし て支援を実 施していく ことを 表

明した

47

2012 年 12 月 26 日、野田の後を継いだ安倍は、第二次内

閣発足当日の閣議で「日本経済再生本部」の設置を決定し、その後、

47 「第 14 回日・ASEAN 首脳会議(概要)」外務省、2011 年 11 月 18 日、http://www.mofa. go.jp/mofaj/area/asean/j_asean/shuno_14th.html。

(23)

『日本再興戦略』をも策定した

48

2013 年版『日本再興戦略』のア

クション・プラン「国際展開戦略」では、日本の「強みのある技術・

ノウハウ」、特に

鉄道や道路、発電所や上下水道などインフラ・シス

テ ムを最大限 に生かして 海外市場の 獲得をはか り、東南ア ジアが そ

の ターゲット の一つであ ると規定し ている。そ のために、 安倍政 権

2013 年『インフラ・システム輸出戦略』を策定し、東南アジアを

含めての海外輸出を目指しており

49

、安倍自身もトップセールスの振

る 舞いで日本 のインフラ ・システム を東南アジ アに売り込 もうと し

ている。そこで、

2013 年末の日本・ASEAN 特別首脳会議で安倍は、

5 年間で約 2 兆円規模の ODA 供与を活用し、ASEAN 地域の質の高

いインフラ整備への協力を表明した。具体的にいうと、日本は

ODA

供 与を通じて メコン地域 にある「陸 の回廊」及 びインドネ シア、 フ

ィ リピン、シ ンガポール 、マレーシ アなどの「 海の回廊」 の整備 の

支援を実施しようとしている。

さらに、2015 年 5 月 21 日、安倍は東京で開かれた国際会議で、東

南 アジア、南 西アジアひ いては中央 アジアに至 るまで、ア ジア地 域

の 膨 大 な イ ン フ ラ 需 要 に 応 え る た め 、「 日 本 の 経 済 協 力 ツ ー ル を 総

動 員した支援 量の拡大・ 迅速化」な ど四本の柱 からなる「 質の高 い

イ ンフラパー トナーシッ プ」を発表 し、日本政 府はアジア 開発銀 行

ADB)と連携しながら、今後 5 年間で約 1,100 億ドルをアジア向

け のインフラ 整備に提供 し、これを 触媒として 「世界中か らアジ ア

地 域に対し、 民間の更な る資金とノ ウハウ」の 流れ込みを 目指す こ

48 「これまでの『日本再興戦略』について」首相官邸、https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ keizaisaisei/kettei.html。同戦略は年度ごとに更新する。 49 「インフラシステム輸出戦略」首相官邸、2013 年 5 月 17 日、https://www.kantei.go.jp/jp/ singi/keikyou/dai4/kettei.pdf。

(24)

とを明らかにした

50

。こうしたインフラ輸出の構想は、その後安倍が

提 出したイン ド太平洋戦 略の一翼を 担うことに なった。同 会議で 安

倍は、日本国際協力機構(

JICA)が「ADB と協力して、民間のイン

フ ラ・プロジ ェクトへの 出融資を行 う、新たな 仕組みを設 けます 。

ADB の民間向け出資能力は、従来の 3 倍に増える予定」であり、ま

た 「日本政府 も、民間と パートナー シップを組 んでインフ ラ整備 を

進めるアジア各国への支援を拡大し」、「今後

5 年間で 4 兆円を超え

る支援を」行うとした

51

こ の安倍 の発 表は、 イン フラ整 備で 第一次 内閣 の「自 由と 繁栄の

孤」構想を具現化し、アジア地域を

21 世紀の世界経済をけん引する

成 長センター にさせ、世 界各国の出 資と民間企 業の参加を 呼び掛 け

ているものである。特に、東南アジア地域は、

2015 年 ASEAN 経済

共 同体の発足 によって各 国の経済発 展やインフ ラ整備をテ コに、 域

内 貿易の拡大 が続くと考 えられ、日 本企業にと ってこれは 大きな ビ

ジ ネスチャン スになり、 日本経済再 生に助け舟 を出すこと が期待 さ

れ る。これは 、二か月後 に控える中 国の主導す る「アジア インフ ラ

投資銀行」(

AIIB)の創設署名式を想定し、日本主導の ADB が AIIB

に 負けないと の意志表明 だろう。そ のために、 安倍は日本 が主催 す

2016 年先進7か国(G7)伊勢志摩サミットを利用して、「質の高

いインフラ投資の推進のための

G7 伊勢志摩原則」を合意に至らせ、

そのタイミングに合わせて、日本は今後

5 年間を目標として、総額

2,000 億ドルの資金を供給する「質の高いインフラ輸出イニシアテ

50 「『質の高いインフラパートナーシップ』を公表しました」経済産業省、2015 年 5 月 21 日、http://www.meti.go.jp/press/2015/05/20150521003/20150521003.html。 51 「第 21 回国際交流会議『アジアの未来』晩餐会 安倍内閣総理大臣スピーチ」首相 官邸、2015 年 5 月 21 日、http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0521speech.html。

(25)

ィブ」を発表し

52

G7 協力体制をアピールした。

2017 年 11 月 6 日、東京で行われた日米首脳会談で、トランプ

Donald Trump)米大統領と安倍首相は、「日米が主導してインド太

平 洋を自由で 開かれたも の」とし、 そのために 、両国政府 は「法 の

支配 ,航行の自 由等の基本 的価値の普 及・定着 」、「連 結性の 向上 等

によ る経済的繁 栄の追求 」、「海 上法執 行能力構築 支援等の平 和と 安

定のための取組」など三つの施策を進めることを確認した

53

。翌日、

日 本 国 際 協 力 銀 行 (

JBIC)や日本貿易保険(NEXI)、米国政府系金

融 機 関 で あ る 海 外 民 間 投 資 公 社 (

Overseas Private Investment

Corporation, OPIC)は、日米首脳会談で示された二つ目の施策に応え

る かのように 、新興途上 国に対する インフラ輸 出での連携 に関す る

覚 書を結んで 、共同で投 融資したり 保険をつけ たりし、日 米企業 の

国際展開を支援すると報じられた

54

。さらに、

2018 年 4 月 4 日に開

か れた日米印 三カ国外務 省局長級会 合では、イ ンド太平洋 地域の イ

ン フラ整備や 海洋安全保 障などの分 野における 協力を強化 するた め

の 具体的な道 筋について 議論し、今 後ネパール やバングラ デシュ な

ど 南西アジア 諸国や東南 アジアのミ ャンマーを 軸に対象事 業を選 ぶ

ことで一致した

55

。いうまでもなく、これは中国の国家発展戦略構想

52 「G7 伊勢志摩サミットに向けて『質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ』を公 表しました」経済産業省、2016 年 5 月 23 日、http://www.meti.go.jp/press/2016/05/ 20160523010/20160523010.html。 53 「日米首脳ワーキングランチ及び日米首脳会談」外務省、2017 年 11 月 6 日、 http://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_003422.html。 54 「日米印、共同でインフラ投資 インド太平洋地域で 資金力で中国に対抗」『日本経 済新聞』2018 年 4 月 9 日、https://www.nikkei.com/article/DGXMZO29154380Z00C18 A4PP8000/。 55 「第 9 回日米印局長級協議の開催」外務省、2018 年 4 月 4 日、http://www.mofa.go. jp/mofaj/press/release/press1_000217.html。

(26)

とされる「一帯一路」

One Belt, One Road)構想とそれを支える AIIB

を念頭に置いたものである。

2013 年 9~10 月、中国習近平政権は陸上・海上交通ルートを連結

す るインフラ 整備をはじ めとする五 つの分野の 連結性を向 上し、 ユ

ー ラシア大陸 とアフリカ を一体化に する「一帯 一路」構想 を発表 し

た。それは陸上の「シルクロード経済ベルト」と海上の「

21 世紀海

上シルクロード」で、南北から米地政学者スパイクマン(

Nicholas J.

Spykman)の語るランド・パワーとシー・パワーが交錯するユーラシ

ア大陸の沿岸部であるリムランド(

rimland)

56

を挟み込もうという地

政学的国家戦略であるが、金融面でそれを支えるのが

AIIB の役目で

あ る。このタ イミングか ら見れば、 日本の「質 の高いイン フラパ ー

ト ナーシップ 」は、中国 の「一帯一 路」を念頭 に練った対 抗措置 と

され 、「自由と繁 栄の孤」、そ して「アジ アの民主的 セキュリテ ィ ・

ダイアモンド」(

Asia’s Democratic Security Diamond)構想につながる

イ ンド太平洋 戦略を、金 融面から支 える強化措 置といって も過言 で

は ないだろう 。それによ り、日中両 国は、アジ ア・アフリ カでイ ン

フラ輸出を奪い合うような「陣取り合戦」の構図が見て取れる。

2 インド太平洋におけるシーレーンの安全確保構想

「 アジア の民 主的セ キュ リティ ・ダ イアモ ンド 」は、 安倍 第二次

内 閣が発足し た翌日、ヴ ェブサイト に掲載され た英語論文 であり 、

56 スパイクマンは、ユーラシア大陸外縁の「リムランドをコントロールしたものがユ ーラシアを制し、ユーラシアを制したものが世界の運命をコントロールする」と指 摘した。中国の「一帯一路」構想には、このリムランドを支配する野心があるかも しれない。Paul S. Giarra, “The Navy and Nation Need a Maritime Strategy,” US Navy Institute Proceedings Magazine, December 2017, Vol 143/12/1, 378, https://www.usni.org/ magazines/proceedings/2017-12/navy-and-nation-need-maritime-strategy.

(27)

オ ーストラリ ア、インド 、日本、米 国(ハワイ )によって 、イン ド

洋 地域から西 太平洋に広 がる海洋権 益を守るた めのダイア モンド を

形 成し、中国 が南シナ海 を要塞化し て「北京の 湖」にする ことを 防

ごうというシーレーン防衛の構想であった

57

。また、安倍は

2013 年

1 月 18 日インドネシア国会演説の原稿で、日本にとってインド洋と

太 平洋を結び つける海洋 アジアのシ ーレーン防 衛の重要性 を改め て

強 調し、その ためには、 日本はアメ リカ、そし てインド、 オース ト

ラ リアを巻き 込んでアジ アの海を自 由でオープ ンなものと しなけ れ

ばならないと訴えた

58

。その後、安倍は日本のシーレーン防衛を主要

課 題とするイ ンド太平洋 戦略を提起 し、インド に続いて、 米豪両 国

の 賛同を得て 対中ヘッジ ングの一環 である四者 連合の構想 を復活 さ

せた。

2013 年 2 月 28 日の国会施政方針演説で安倍は、日本の存立基盤で

あ る海を自由 でオープン なものとす るという全 世界にとっ ての重 要

原則が危機に瀕しており、「力の行使による現状変更」に反対しなく

て はならず、 これこそ日 本の国益で あると述べ た。その上 で、安 倍

は「価値観外交」を進めるためには、

「緊密な日米関係を基軸として、

オーストラリアやインド、

ASEAN 諸国など海洋アジア諸国との連携

を 深 め 」 て い か な け れ ば な ら な い と の 認 識 を 示 し た

59

。 さ ら に 、

12

月 に 制 定 さ れ た 日 本 初 の 国 家 安 全 保 障 戦 略 で は 、「 ペ ル シ ャ 湾 及 び

57 Shinzo Abe, “Asia’s Democratic Security Diamond,” 27 December 2012, PROJECT

SYNDICATE, http://www.project-syndicate.org/commentary/a-strategic-alliance-for-japan- and-india-by-shinzo-abe。 58 安倍晋三「開かれた、海の恵み――日本外交の新たな 5 原則――」外務省、2013 年 1 月 18 日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/25/abe_0118j.html。 59 安倍晋三「第百八十三回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説」首相官邸、 2013 年 2 月 28 日、http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement2/20130228siseuhousin.html。

(28)

ホ ルムズ海峡 、紅海及び アデン湾か らインド洋 、マラッカ 海峡、 南

シ ナ海を経て 我が国近海 に至るシー レーンは、 資源・エネ ルギー の

多 くを中東地 域からの海 上輸送に依 存している 我が国にと って重 要

である」

60

として、日本のシーレーンの要衝を占める地域に位置する

ASEAN 諸国の海上保安能力の向上を支援すると規定している。要す

る に、安倍外 交は、日本 経済の再生 に不可欠な 海外市場と 海洋権 益

の 獲得を除い て最も重視 する国益が 対外貿易と エネルギー の輸入 に

か かわるシー レーンの安 全確保であ り、それを 確かなもの とする 外

交・安全保障戦略として対

ASEAN 外交、特に南シナ海を取り囲む

国 々との関係 を深めてい かなければ ならないと いう判断に 至った と

考えられる。

谷内正太郎によると、安倍色が強い「地球儀を俯瞰する外交」は、

日 米同盟を基 軸として、 次の三つの 柱から構成 される。一 つ目は 、

日本は海洋国家であるので、「公海の自由や航行の自由とか、海の国

際 法やルール 、自由で開 かれた海洋 秩序を重視 する」こと 、二つ 目

は、「自由、人権、民主主義、法の支配という普遍的な価値観を重視

する」こと、そして、三つ目は、政府は国際的な規範を守りながら、

市場開拓や資源獲得のために「民間企業の世界展開を応援していく」

こ とである。 従って、第 二次内閣が 発足して以 来、安倍は 「世界 全

体を眺め回して戦略的に外交を進めて」おり、「世界の重要な所に多

角的な戦略的外交の布石を打ってきた」と、谷内は強調した

61

。こう

し た安倍の構 想から考え ると、戦後 日本外交は ずっと重視 する東 南

ア ジアはもち ろん、ルッ ク・イース ト政策から もう一歩踏 み込ん で

60 「国家安全保障戦略について」内閣官房、2013 年 12 月 17 日、https://www.cas.go.jp/ jp/siryou/131217anzenhoshou/nss-j.pdf。 61 鈴木美勝「谷内・初代国家安保局長に聞く」『外交』、Vol. 23(Jun 2014)、68~77 ペ ージ。

(29)

アクト・イースト(

Act East)政策に切り替えたインドとの関係の優

先順位が高くなるだろう。

2000 年以降、米印関係改善の影響もあって、日印両国は共に国連

安 全保障理事 会常任理事 国入りを目 指す協働関 係、及び中 国の台 頭

に 対 す る 懸 念 を 共 有 す る た め 、「 グ ロ ー バ ル ・ パ ー ト ナ ー シ ッ プ 」

2000 年 8 月)から「戦略的グローバル・パートナーシップ」(2006

12 月)、「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」(2014 年 9

月 )を経て、 現在のイン ド太平洋地 域と世界の 平和と繁栄 を主導 す

る「日印新時代」(

2016 年 11 月)にいたるまで大きく飛躍してきた。

こ うした 日印 関係は 、同 盟と呼 ぶほ どの関 係に はいか ない が、

1970

年代以降の冷戦時代において、キッシンジャー(

Henry A. Kissinger)

の言ったソ連を対象とする米中「暗黙の同盟」(

Tacit Alliance)関係

に 近い。特に 、近年中国 はインド洋 に軍事的存 在感を増強 し、そ の

触 手をネパー ル、バング ラディシュ 、スリラン カといった インド 周

辺 国に伸ばし てインドの 懸念を引き 起こした。 具体的には 、中国 は

ミャンマーのシットウェ(

Sittwe)港、バングラディシュのチッタゴ

ン(

Chittagong)港、スリランカのハンバントタ(Hambantota)港・

コ ロ ン ボ (Colombo)港 、モルディブのマラオ(Marao)、パキスタ

ンのグワダール(

Gwadar)港などの建設や整備に援助を行い、将来

中 国 海 軍 の 拠 点 を 確 保 し よ う と す る 「 真 珠 の 首 飾 り 」(

String of

Pearls)戦略を徐々に具現化していくのである。インド洋に浮かぶこ

れ ら真珠は、 アフリカ・ 中東からの シーレーン 防衛に当た る一方 、

イ ンド包囲網 にもなり、 インドの神 経をとがら せている。 インド は

こ うした中国 脅威に対抗 するため、 日米との安 全保障協力 関係の 強

化に乗り出したのも当然の成り行きだろう。

2015 年 12 月、訪印した安倍はインドのモディ(Narendra D. Modi)

首 相と会談し 、日印共同 声明を発表 した。同声 明で日印両 国は、 イ

數據

図 2  「自由と繁栄の弧」  出典: 「 『自由と繁栄の弧』をつくる」、外務省、2006 年 11 月 30 日、http://www.mofa.go.  jp/mofaj/press/enzetsu/18/easo_1130.html。  「自由と繁栄の弧」は、米国防総省が 2001 年 9 月に起きた同時多 発テロ事件直後に発表した「四年毎の国防計画見直し」( Quadrennial  Defense Review)で、アフリカやバルカン半島から中東を通って東南 アジア、朝鮮半島に至る帯状の紛争多発地

參考文獻

相關文件

Cheng, ed., China: Modernization in the 1980s (Hong Kong: The Chinese University of Hong Kong, 1989), p.161..

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