初期一中節劇本之研究--劇本分類及其段物集(段落物集)、歌謠集所收錄之段物、端物(短篇)之研究
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(2) 4 外國語文研究第五期. 参 考 ま で に 丸 本 物 に 関 す る 考 察 は 、既 に「 一 中 節 丸 本『 伝 授 小 町 』 考 ―角 太 夫 節『 七 小 町 』と の 比 較 を 中 心 に ―」 4 、「 一 中 節 丸 本 考 ―他 流 派 の 語 り 物 を 改 題 改 訂 し て 成 っ た 丸 本 ―」 5 の 拙 稿 二 編 が あ る 。. 2. 語 り 物 分 類 一 覧 ( 丸 ( 正 ) 本 ( 含 む 絵 入 狂 言 本 )) 2.1 2.1.1. オリジナルと思われるもの 時代物. a『 伝 授 小 町 』( 内 題 『 当 流 小 町 』) b 絵 入 狂 言 本『 厳 嶋 姫 滝 』 ( 節 事 部「 6 てつとう仙人四季山めぐり」、 「7 姫瀧水の上風流」 (両語り物について宝永六年(1709)二の替り以降、京 布 袋屋座「 厳 嶋姫滝」上演時の 絵 入狂言本( 内 題「 ⃝ 上. 厳 嶋姫滝 水. がらくり 都太夫直正本」)あり。). 2.1.2. 世話物. c『 八 百 屋 お 七 物 語 』( 道 行 部 「 13 八百屋お七枕びやうぶ道行」) d『 助 六 心 中 後 日 』 ( 道 行 、節 事 部「 22 助六あげ巻二度心中道行」、 「59 進 上物ぞろへ」). 2.2. 他流派の語り物を利用したもの. 2.2.1. 時代物. [A. 古浄瑠璃より]. e『 勇 士 の 三 つ 物 』( 典 拠山 本 土 佐 掾 『 源 氏 蓬 莱 三 物 』( 元 禄 三 年(1690) 頃カ))・節事、道行部「2 なら八けいさくらづくし」、 「3 ゆうし三つ 物姫君道行」 f『 け い せ い 大 和 絵 姿 三 幅 対 』 (丸本『 け い せ い 大 和 絵 姿 三 幅 対 』・宇治 加賀掾『愛染明王影向松』 (元禄末~宝永初頃カ(1700 頃)) ・道行部「40. 4. 小 俣 喜 久 雄 、「 一 中 節 丸 本 『 伝 授 小 町 』 考 -角 太 夫 節 『 七 小 町 』 と の 比 較 を 中 心 に -」、『 楽 劇 學 12 号 』 ( 2005.03) 18-31 5 小 俣 喜 久 雄 、 「 一 中 節 丸 本 考 -他 流 派 の 語 り 物 を 改 題 改 訂 し て 成 っ た 丸 本 -」 、 『 歌 舞 伎 研 究 と 批 評 38 号 』 、 (2006.12).
(3) 初期一中節劇本之研究 5. 三幅対政方はちたゝき道行」 [B. 当流浄瑠璃より]. g『 子 の 日 松 』 (出典竹本義太夫『雪女』 ・元禄五年(1692)正月・竹本座)・ 道行、節事部「18. 2.2.2. しのゝめ道行」、「30 ほうらい山まつづくし」. 世話物. h『 助 六 心 中 并 せ み の ぬ け が ら 』(出典山本土佐掾「万屋助六」 (元禄十 三年(1700)以前カ)そのもとは義太夫節竹本内匠利太夫『大坂すけ六 心中物語』)・道行部分「4 助六心中道行」 i『 椀 久 末 の 松 山 』(出典(紀海音作豊竹若太夫『椀久末松山』(宝永七 年 (1710)正 月 頃 カ ・ 豊 竹 座 ))・ 道 行 部 分 「 12 わ ん 久 き や う ら ん の 道 行」. 3. 語 り 物 分 類 一 覧 ( 段 物 集 、 歌 謡 集 に 所 収 さ れ る 段 物 、 端 物 類 ( 正 本 の 道 行 、 節 事 部 分 は 除 く )) 3.1. オリジナルと思われるもの. 3.1.1. 世話物. 27 しゆしやか心中嶋づくし道行 71 吾妻歌七枚起請八百屋お七道行(富松薩摩『 吾 妻 歌 七 枚 起 請 』正 本 の下巻). 3.1.2. 暦浄瑠璃. 15 庚寅たからごよみ(詞章曲節不明)、20 辛卯福徳暦、 31 みつのとみ末広こよみ(詞章曲節不明)、64 甲午年玉福貴暦. 3.1.3. 土産浄瑠璃. 45 千 卜江戸みやげ月 見の船、 46 傾白末社名よせ( 45 「千卜江 戸 み や げ月見の船」後編)、(48 有馬みやげゆな紋づくし)、 49 越路みなと女郎名よせ浮世まんざい、77 江戸八けい名所づくし.
(4) 6 外國語文研究第五期. 3.1.4 11. 遊里歌等. 評判のおみつ 合逢から傘三本足道行、21 紙屋喜兵衛. 和泉しきぶ哥枕づくし、. 26 けいせいしのぶ草、47 石垣色すだれ新名よせ、 50 祇園のうれん茶屋名よせ、51 石垣風流茶屋名よせ、 52 都ふろ屋の名よせ、53 都のいぬゐ色すだれ、 56 色はたけはらみわかな、58 好色湯山八景(菅野宇太夫作)、 60 しきつの浦大みなと風流町づくし、66 北野あんどう平野八けい、 76 都の辰巳四季のけい、80 あぼし色あんどう. 3.1.5. 詞章曲節不明. 14 かるためぐり、16 四条やく者めぐり、17 三まいめぐり、 19 しゆきやうねん仏、32 らくやうくはん音めくり、 33 なん女一代八けい、34 女中ふうそくづくし、 35 みやこあきんと町廻り. 3.2. 他流派の語り物を利用したもの. 3.2.1. 時代物. [A. 古 浄 瑠 璃( 宝 永 以 降 の 富 松 薩 摩 な ど も 含 む )に 依 っ て い る も の ]. 44 手枕曽我かまくら八けい(出典未詳) 54 大和哥五こくしきし. 小町少将道行(清 水 三 郎 兵 衛 作 宇 治 薩 摩『 大. 和 歌 五 穀 色 紙 』( 正 徳 三 年 (1713)秋 頃 カ ・ 宇 治 座 ) 63 ひ み つ の ご ま. と き は ぎ 道 行(『 声 曲 類 纂 』 の 「 加 賀 掾 並 門 弟 の 語. り し 浄 瑠 璃 目 録 」中 に「 秘 密 護 摩 」( 内 容 及 び 詞 章 不 詳 )有 り( 岩 波 文 庫 94 頁 )。 出 典 カ )。 69 源 氏 十 二 段. 長 生 殿 庭 の 四 季 、( 井 上 播 磨 少 掾 「 十 二 段. 四季の. 段 」( 延 宝 二 年 (1674)春 刊 段 物 集 『 忍 四 季 揃 』 所 収 ) お よ び そ の 改 作 の 宇 治 加 賀 掾「 四 季 の 段 」 ( 延 宝 五 年 (1677)刊『 天 狗 内 裏 』第 三 ) の詞章を主に借り、末尾等に近松門左衛門作竹本義太夫「長生殿 四 き 」( 元 禄 十 一 年 (1698)正 月 以 前 カ 『 十 二 段 』 第 三 ・ 竹 本 座 ) の 詞章を若干利用している。.
(5) 初期一中節劇本之研究 7. 72 八千代の玉垣. なをしの前みち行(富松薩摩『山王権現八千代玉垣』. (享保元年(1716)秋以降、享保四年夏頃まで)の道行「なをしのまへ 道 行」は詞章曲節とも一中節のものとほぼ合致する。道 行以 外 の 部 分の節付は、富松薩摩の所謂、宇治座系の節付である。このことか ら 本語り物は、 71『吾妻歌七枚起請』と同 様 に道行部 分 の み 一 中 が 語 ったものと思われる。宇治一派の太夫は上之 巻冒頭の節事「風 流 鳥 さし」と下之 巻の 節 事 「 を ん り や う の 段 」 に 聞 か せ 場 が 設 け ら れ ており、中之巻は一中節を聞かせる趣向としたのではないだろうか。 な お道行 後 の 詞 章 に 「 村 山 平 十 郎 が 口 ま ね を う つ す よ ふ う つ す う つ し も う つ す 阿 波 太 夫 節……」 と の 一 説 が あ る 。 阿 波 太 夫 は 岡 本 文 弥 の高弟で、一中も含め、すべて出羽座系の太夫で、曲節も近しい部 分 があったと思われる。ゆえに薩摩 浄瑠璃の道 行部 分 は 一 中 で は な く阿波太夫が語った可能性も推定できなくはないが、未詳。おそら く『吾妻歌七枚起請』と同様に一中が語ったと思われる)。 73 念 仏往生記. きよひめ道 行(宇 治 加 賀 掾 『 念 仏 往 生 記 』( 本 曲 は 元. 『 大 原 問 答 』と 呼 ば れ 、そ の 刊 年 は 延 宝 六 年 (1678)と 推 定 さ れ て い る )。 74 釈迦八相記. しやのくどうじ道行(管 見 で は 説 経 節 天 満 八 太 夫『 し. や か の 御 本 地 』( 元 禄 八 年 (1695)~ 宝 永 頃 (1704)刊 か 。 江 戸 板 ) 四 たんめの詞章と共通する部分がもっともおおい。現存する古浄瑠 璃 『 し や か 八 さ う 記 』( 寛 文 九 年 (1669)七 月 刊 ) に は 同 様 の 道 行 は な い )。 75 誓願寺本地. けしこく道行(古浄瑠璃『誓願寺本地』 ・寛文八年(1670). 十月) 91 人丸姫道行(松本治太夫『鎌倉袖日記』・元禄六年(1693)) [B. 当流時代浄瑠璃に依っているもの] Ⅰ. 近松物. 28 五たん曽我兄弟かたみ送り(『曾我五人兄弟』 ・元禄 十二年(1699)カ・ 竹本座)) 29 げんぶくそがしゆすびん(『曾我五人兄弟』 ・元禄十二年(1699)カ・竹.
(6) 8 外國語文研究第五期. 本座)) 39 こもち山姥らいくわう道行(『 嫗 山 姥 』 ・正 徳 二 年 (1712)九 月 以 前 カ・ 竹本座) 41 天 智 て ん わ う 美 人 ぞ ろ ゑ (『 天 智 天 皇 』・ 元 禄 四 年 (1691)五 月 十 一 日 以 前カ・竹本座) 42 用明天わう舟路の道行(『 用 明 天 王 職 人 鑑 』・ 宝 永 二 年 (1705)十 一 月 カ・竹本座) 43 大 君 花 て る 姫 道 行 (『 天 智 天 皇 』・ 元 禄 四 年 (1691)五 月 十 一 日 以 前 カ・竹本座) 79 出 世 の 鉢 木 西 明 寺 道 行 ( 竹 本 筑 後 掾 『 最 明 寺 殿 百 人 上 臈 』・ 元 禄 十 二 年 (1699)三 月 頃 カ ・ 筑 後 掾 正 本 に 先 立 ち 加 賀 掾 正 本 が 存 在 し た ) 82 酒 呑 ど う じ 頼 光 四 天 王 道 行 (『 酒 呑 童 子 枕 言 葉 』・ 宝 永 七 年 (1710)五 月 五日以前カ・竹本座) 86 ふた子すみだ川. 狂女道行(『 双 生 隅 田 川 』・ 享 保 五 年 (1720)八 月 三. 日 ・ 竹 本 座 ( 宝 暦 版 『 外 題 年 鑑 』) Ⅱ. 近松以外. 36 ふ つ き そ が す け 時 宮 め ぐ り ( 竹 本 筑 後 掾 『 富 貴 曽 我 』・ 元 禄 十 一 年 (1698)正月以降六月十五日以前成立カ) 37 富貴曽我五月御前道行(竹本筑後掾『富貴曽我』・元禄十一年(1698) 正月以降六月十五日以前成立カ) 38 じねんこじ二ゐの前道行(竹本義太夫『 自 然 居 士 』 ( 元 禄 三 年 (1690) 正 月 十 四 日 ~ 同 十 年 (1697)七 月 二 十 五 日 カ ・ 竹 本 座 ) 55 平安城わかばの前道行( 紀 海 音 作 豊 竹 若 太 夫 『 平 安 城 細 石 』・ 正 徳 五 年 (1715)春 頃 カ ・ 豊 竹 座 ). 3.2.2. 世話浄瑠璃 Ⅰ. 近松物. 65 清十郎おなつかさ物ぐるひ道行(竹 本 筑 後 掾『 五 十 年 忌 歌 念 仏 』 (宝 永 四 年 (1707)七 月 十 四 日 以 前 ・ 竹 本 座 ) 78 大きやうじおさん死出の道行(『 大 経 師 昔 暦 』 ( 正 徳 五 年 (1715)春 カ・.
(7) 初期一中節劇本之研究 9. 竹本座) 87 かうや心中. 久米之助おむめ道行 (『 心 中 万 年 草 』( 宝 永 七 年 (1710). 四 月 八 日 ・ 竹 本 座 (『 鸚 鵡 籠 中 記 』) Ⅱ. 近松以外. 62 あ か ね 半 七 笠 や 三 か つ 心 中 道 行 (『 三 勝 心 中 』 蔦 山 四 郎 兵 衛 作 ( 歌 謡 集 刊 『 落 葉 集 』( 元 禄 十 七 年 (1704)所 収 ) 67 (椀久狂乱)同下のまき十徳六方(丸本『椀久末の松山』・出典(紀 海音作豊竹若太夫『椀久末松山』 (宝永七年(1710)正月頃カ・豊竹座)). 3.3 替 え 歌 ( 5 を 除 く 、 左 記 の す べ て の 曲 が 「 6 てつとう仙人四季山 めぐり」の替え歌と思われる) 5 助六かわり道行、 しきだうせんにんちや や. 8 かはり山めくり( 色 道 仙 人 茶 屋 めぐり. 都太夫一中正本)、. 9 諸国見せ物めぐり(詞章未詳)、10 京三十三所観音めぐり、 23 みやこ大めぐり、24 四きの鳥めくり、25 さけ山めくり. 3.4. 半中作と思われるもの Ⅰ. 近松物. 81 山 崎 与 次 兵 衛 あ つ ま 道 行 (『 山 崎 与 次 兵 衛 寿 の 門 松 』・ 享 保 三 年 (1718)正 月 二 日 ・ 竹 本 座 ( 宝 暦 版 『 外 題 年 鑑 』) 83 け い せ い 三 度 笠 相 合 か ご 道 行( 竹 本 筑 後 掾『 冥 途 の 飛 脚 』・正 徳 元 年 (1711)七 月 以 前 カ ・ 竹 本 座 ) 84 与作小まん夢路の駒. 都半仲(竹 本 筑 後 掾『 丹 波 与 作 待 夜 の こ む ろ. ぶ し 』・ 宝 永 四 年 (1707)末 カ ・ 竹 本 座 ) Ⅱ 85 しまお七. 3.5. 近松以外 かぢまくら. その他. 68 松のうち 御嘉儀(河 東 節 『 松 の 内 』・ 享 保 二 年 (1717)二 月 十 七 日 ・.
(8) 10 外國語文研究第五期. 市 村 座 「 傾 城 富 士 高 根 」). 3.6 3.6.1. 出典未詳 時代物. 1 かぐら高砂しのぶ姫道行、61 吉日よろひ曽我とらうきな川、 70 怨霊曽我. 3.6.2. ふねづくし. 世話物. 57 笠や三かつ下のだん. 4.. 段物集、歌謡集に所収される段物、端物類考. 4.1. はじめに. 前 項 、第「 3 」項「 語 り 物 分 類 一 覧( 段 物 集 、歌 謡 集 に 所 収 さ れ る 段 物 、端 物 類( 正 本 の 道 行 、節 事 部 分 は 除 く ))」に 挙 げ た 語 り 物 に つ い て 、本 項 で 検 討 を 試 み た い 。初 期 一 中 節 の 段 物 、端 物 類 は お よ そ 九 十 曲 あ る 。こ れ ら の 分 類 は 先 の「 一 覧 」で 挙 げ た と お り で あ る 。そ の 内 、語 り 物 の 多 く の 部 分 を 占 め る「 3 .2. 他流派の語り物を利用し. た も の 」は 、時 代 物 、世 話 物 、古 浄 瑠 璃 、当 流 浄 瑠 璃 を 問 わ ず 、ほ ぼ 原 拠 と な っ た 語 り 物 と 同 様 の 詞 章 を そ の ま ま 利 用 し て い る 。暦 浄 瑠 璃 や 土 産 浄 瑠 璃 な ど 興 味 を 惹 く 語 り 物 が あ る「 3 .1. オリジナルと思. わ れ る も の 」に つ い て は 、版 本 の 刊 行 時 期 、初 世 一 中 の 活 動( 拙 稿「 初 期 一 中 節 段 物 集 成 立 小 考 」 6 、拙 稿「 初 世 都 太 夫 一 中 の 初 回 江 戸 下 り 」 7. 等)などを考察する際、活用したが、こと内容研究に関しては未だ. 有 効 な 方 法 は 見 出 せ て い な い 。さ ら に「 3 .3. 替 え 歌 」に つ い て も. 同 様 で あ る 。そ の よ う な 中 で 可 能 な 限 り 原 拠 と の 詞 章 比 較 を し た 結 果 、 以下の五曲について特徴的な部分を見いだすことが出来た。よって、 以下、それらについて考察をおこなう。なお「段物、端物類」の内、 6. 7. 注 3 論文に同じ。 小 俣 喜 久 雄 、 「 初 世 都 太 夫 一 中 の 初 回 江 戸 下 り 」 、 『 演 劇 研 究 会 会 報 第 26 号 』 、 (2000.06) 3-15.
(9) 初期一中節劇本之研究 11. オ リ ジ ナ ル 作 品 な ど 、五 曲 以 外 の 語 り 物 に つ い て は 今 後 の 課 題 と し た い。. 4.2. 「大きやうじおさん死出の道行」(通し番号 78)考. 本 語 り 物 は 近 松 門 左 衛 門 作 義 太 夫 節『 大 経 師 昔 暦 』 ( 正 徳 五 年 (1715) 春 カ ( 上 演 時 期 は 岩 波 版 『 近 松 全 集 』 解 題 に よ る )・ 竹 本 座 ) の 道 行 部 分 の 詞 章 を 利 用 し た も の で あ る 。以 下 に 両 者 の 詞 章 を 引 用 し 比 較 を 試みたい。 〈 近 松 門 左 衛 門 作 義 太 夫 節 『 大 経 師 昔 暦 』 8〉 おさん茂兵衛こよみ歌 上. 1. キンのせ. の る人。も. ハルフシ. こま. 乗 たる 駒 も。つゐに行道とは しれど。さいご日の。 (中 ハルなさけ. 略)なひまぜて今は我身のしばりなは。そしりをうけん. 情 なや。. (※ここまで、省略はあるがほぼそのまま一中作に取り入れられて いる。) ウキン. サイモン. ハル. おさん 茂兵衛にいふやうは。よし なき女のりんきゆへ。なん のとが なきそなた迄。 ウ. 2. ウキン. フシ. ハルフシ. 中. あれ不 義者とあや ぶ日つい に命のほろふ日。ゆどの 始に。身 を清め にゐまくら. 新枕 せし. ハルひめはじめ. ウ. ウ. こま. 姫始 。かのきそ始引 かへてひか るゝ 駒 のくらびらき。. スエテ. キン. 思へ は天一天上の。五す い八せんま日もなし。只何事も ウ. 歌. かほ. か ん日と声も。涙にかきくるゝ。茂 兵衛やう/\ 顔 をあげ。こはお 下. ウ. ろか成おさんさ ま。火に入水に入 事もさたむいんぐはとあきらめて。. 8. 近 松 全 集 刊 行 会 編 『近松全集. 第 九 巻 』 収 載 『 大 経 師 昔 暦 』、 東 京 : 岩 波 書 店 、 1988.09..
(10) 12 外國語文研究第五期. ウ. き. ひ がん. せめてみらいのくろ日をの がれ。二季 の彼 岸 にいたらんと念し給へ や 下キン. 3. み だ. ウフシ. ほ. なむ あみだ。なむ阿弥 陀 ぶを帆 にあげて。ともにくぜいの船の りよ ウ. し。ぐれんの井戸ほりせうねつの。地ごくのか まぬりよしなやとい 令泉. ユリ. ノル. そがぬ。道を 。いつのまに。 こゆる我身のしでの山しで の。田おさ フシ. の。田が りよし。野べよりさきを見渡せば。 ハル. とう じ. ウ. やり. おそろ. 過し 冬 至 の冬がれ の。木の 間/\にちら/\とぬき身の 鑓 の 恐 し シテ. ハル. ワキ上. ころす. シテ. や。あれ てそなた の身をつくか。是で そもじを 殺 かや。ちい みも 二人. 中フシ. 今はいつはりと。二人 は顔を打合せ。くどきこがれて泣涙馬の 尾か ハル. ハルフシ. みやひ たすらん。またさ へ返る。夕嵐雪の松原此世から。かゝるく ウ. みだ. ハル. ハツミ. フシ. げんにわうも う日。島田 乱 れてはら /\/\顔に は。いつのはん げ かん. キンハルフシ. しやう。しばられし手のつめたさは。我身一つの 寒 の入。涙ぞゆび フシ. こほり. の。つめ取よし袖に 氷 を。むす びけり。 スエテ. 4. あん. シテ タヽキ つるぎ. つく /\物を 案 ずるに。 ワキ. つち. かねしやう. やいば. やくそく. 我は 剣 の 金性 の。 刃 にかゝる 約束 か。 シテ. わし は土 性はかの土。何とてはかにうづまれず。つい に木性の木の.
(11) 初期一中節劇本之研究 13. ワキ. シテ. 二人. ナヲス ハル. 空に。かば ねをさらし。名を さらし。なん ど小歌 につ くられて。つ ハル. ヲント ウ. よきおきめにあはた ぐち。けあ げ の水に名をながすおさん茂兵衛が あらせうりやう。 はづ. 恥 かしながらたむけ草。おなじざいくはの下女か名の。玉はめいど ハル. に通へ共。こん はく此世にとゞまつてともにうき名はくだす共。め しうじゆ. い ど は 主従 一 所 に て し や ば て 手 な れ し 玉 が わ ざ 。 む け ん の か ま で フシ. 茶をわかし。ゆきゝの人の。ゑかう 請。我身のさとり。ひら く日。 ウ. ハル. アヽなげくまし今更に。何くよ/\とくへ日の。悔むもよ しな引 よ ハルフシ. 中. ハル. せて。むすへ ば露の。命 にてとくればもとの道し ばに。やがていの トル. 上. こや五里六里十し も過て是 ぞ此小川通は三づの川。 ろう. 5. ウ. うはさ. 籠 の町さへ近付は見 物くんじゆとり/\の。こよみが 噂 くりかへ よめ. むかし. す思へはわしが 嫁 取よし。我が 昔 のげんぶくよしの日とりもよし あし. キン. ゑ. や 芦 にさぎ。すそ のもやうも絵 にうつし。筆につらねて末の世にか 三重. たり。つゞけて. 〈一中節〉. 聞及ぶ。.
(12) 14 外國語文研究第五期. はしらこよみ. 大きやうじ 柱暦. おさん 茂 兵 衛 道行. かんおし. 1. 地. つゐに ゆく。道とはかねて。聞 し か ど 。 け ふ の 我 身 の さ い ご 日 は 。 地. ウ長地. 我 のみきゆる心地して。あま たの人の命ごひ。それをつゑともはし はる地. はる地. ウ. はる. ら共。はし らごよみの中だんに。むこ どりよしとかきたるは 。あた 入. 地. 替り小おくり. のはじ めかやれごよみ。か みのつぎめもはら/\ とないて。出し夜 大坂さいもん. はるふし. 引. の。うき身にも。いつか此 世に金神と。思ひま はせばむねせかれ ウ地. 八 十 八 夜 及 び な き 年は 十 九 と 廿 五 の な ご り の 霜 と 見 あ ぐ れ ば そ ら 引. にしられぬ露なみだ。十方ぐれに道見へずなく /\ひかれヨヲヽゆ ウ. 一つつきゆり. 地. く涙よ その見るめもあはれ成 。人めぬすみてあらはれて。ふ ぎとは かん地. なんのかのへさる。しら でおふ夜の其むくひ世の口のはにうたわれ 地. ウ地. 色長地. て。丸 のおごけにうみためし。まを のひねりそ身の上は。見へ ず水 なわしばりなわ世にそしられん情なや。 すへふし. 4. 二上りたゝき二人. つく/\物をあんず るに。われはつるき の金性のヲやいばにかゝる ワキ. シテ. ワキ. やくそくか。わし は土性はかの土。何と てはかにうづまれず。終に シテ. 二人. シテ. 木性 の。木の そらにかばねをさらし名をさらし。おん ど小哥にうた.
(13) 初期一中節劇本之研究 15. ワキ. 二人よみうりふし. われて。つよ きうきめにあわた口。けあげの水に 名をながすおさん 茂兵へが後の世をたすけ給へや シテ. 3. なむあみだ。なまみだぶつなむあみだ仏なむあみだ。みだ の六字を ワキ. ほにあげて。友に くぜいの舟のりよし。ぐれんの井戸ほりせうねつ 引 てうし上ル. の。地ごくのかまぬり よしなや といそがぬたびぢいつのまにしでの 引取. 引. ゆりつきゆり. たをさの。田か りよしの もりが見るめはづかし や。 地. 2. いろ地. ウ地. あ れふき物とあやぶ日。終に 命をほろぶ日。思へ ば天一天上の五す ウ. い八せん。ま日もなし只 何事も 色地. 5. くり上. 夢 の 世 と 我身 の さ と り ひ ら く 日 ひ つ じ の あ ゆ み 隙 も な く はや さ い ヲトルふし. ごばもちかづけば。見物くんじゆとり/\に。ふたりが うわさよし あしを。筆につくしてすゑの世に。かたりつゞけて聞およぶ. 義太夫節、一中節の引用部の段下げ部分は、義太夫節部分では一中が 詞章を取り入れなかった所をほぼ示し、一中節部分では一中のほぼ独自 の詞章部分である事を示す。 上記の引用詞章を比較すると、近松作義太夫節では12345の詞章 順が、その詞章を利用した一中では14325と、冒頭語り出しの1と 最終部分の5の部分のみ省略改訂をやや加えながらもそのまま取り入 れているのに対して、その間は4と2を入れ替えただけにもかかわらず、 近松の原作とは随分印象がかわったような感じをうける改変がなされ ている。.
(14) 16 外國語文研究第五期. 一中は近松作の美文を巧みに応用して本曲を作り上げている。元が近 松 作 義太夫節ということで 聴 衆には知れ渡っていた語り物であるから、 特に語り出しの詞章順を変えなかったことは、近松作とのアイデンティ ティーを保てる所から、観衆に聞き知った詞章の語り物という印象を与 え、語り上げまで興味深く聴かせる効果があったのではなかろうか。そ の中で途中の順序を入れ替えることは、逆に一中のオリジナリティーを 出すことともなり、聴衆は聞いたことがある詞章でとっかかりを作られ、 中心部で新鮮味を感じさせる詞章が満喫できるという巧みな手法であ る。現在の視点から見れば小手先のテクニックではあるが、聴衆を満足 させるには労少なく益多しといううまいやり方だと思う。同様の手法は つぎの「山崎与次兵衛あつま道行」にもみられる。. 4.3. 「山崎与次兵衛あつま道行」(通し番号 81)考. 本 語 り 物 は 近 松 門 左 衛 門 作 義 太 夫 節 『 山 崎 与 次 兵 衛 寿 の 門 松 』( 享 保 三 年 (1718)正 月 二 日 ・ 竹 本 座 ( 上 演 時 期 は 宝 暦 版 『 外 題 年 鑑 』 に よ る )) の 道 行 部 分 の 詞 章 を 利 用 し た も の で あ り 、 一 中 の 弟 子 の 都 半 中 が 節 付 し た 語 り 物 で あ る 。同 様 に 両 者 の 詞 章 を 引 用 し 、相 異 部 分 を 指 摘する。 〈近松門左衛門作義太夫節『山崎与次兵衛寿の門松』 9 〉 与次兵衛あづまみち行 歌ハル. a. 下巻. 中. 春に そだつも花さそふ。て ふはなたねのあぢしらず。なたねのてふ ウ. ウ. は花しらず。しられすしらぬ中ならば。う かれそめまひ。くる ふま ナヲス. △地色ウ. ひ物あぢ きなや。あつま 立より ※a うれ. b 9. 一中3部分が冒頭にくる。 ハル. 色. 詞. ヲヽ 嬉 しやお心も し つまつたか。ア レ御らんぜよむしでさへつかひ. 近 松 全 集 刊 行 会 編 『近松全集 店 、 1989.02.. 第十巻』収載『山崎与次兵衛寿の門松』、 東京:岩波書.
(15) 初期一中節劇本之研究 17. はなれぬあげはのてふ。我々も二人づれすいなどうしの中々に。お 心よはやといさむれば。 ※b c. 一中2部分に相当。. あづまうけだせ山ざき与次兵衛。うけだせ/\山ざき与次兵衛。い つか思ひのナ下ひもとけて。むかし思へはうやつらや。うやつらや しのぶむかしもうやつらや。情なやたれ有ふ山ざき与次兵衛様とて 人々に。おくれぬかみのみだれ心あづまが顔も見わすれて。うつゝ なやとせいすれは。そなたは藤屋のあづまかの。(後略) ※c. 一中1部分に相当。. 〈一中節〉 ねびき. かとまつ. 崎与次兵衛 寿 の 門松 山 道行 藤 屋 あづま. 二上り. 1. 都半仲 キン. あづ ま請出せ山ざき与次兵衛。請だ せ/\山ざき与次兵衛いつかお もひのナ下ひもとけて。むかしおもへばうやつらや忍ぶむかしもう 詞. やづらや。情 なやたれあらふやまざき与次兵へ様とては。人におく れぬ乱れがみ。あづまが顔も見わすれて。うつゝなやとせいすれば。 太夫. そな たは藤やのあつまか。 哥. 2. ヲヽう れしやな。あれあれを見やむしさへも。つかひはなれぬあけ はのてう。我 々 とてもふたりづれ。すいなどふしの中/\に。 地. 3. はるにもそたつ花さそふ。なたねはてうの花しらす。て うはなたね 地. のあぢしらず。し らずしられぬ中ならば。うかれまい物さりとては。 ハル地. くる ふまいものあじきなや。.
(16) 18 外國語文研究第五期. なお右記の引用部は作品の冒頭部であり、3部分以降の語り物の中盤 から後半部分では一中に省 略 が目立 つ が 、 近 松 の 詞 章 順 と 同 様 である。 はしらこよみ. 本 語 り 物 で は 先 に 検 討 し た 「 大 き や う じ 柱暦. おさん 茂兵衛道行」で、近松. 作と冒頭語り出しの部分の詞章順を変えずに、ほぼそのまま利用してい たのに対して、冒頭より詞章順を入れ替えている。本作は一中の弟子の 半中が手掛けたものである が如何な る作意が あったの か、検 討 し た い 。 二上り. キン. さて一中節が1部分に「あづ ま請出せ山ざき与次兵衛。請だ せ/\山 ざき与次兵衛~」と、俗謡にもうたわれていた「山崎与次兵衛踊」を冒 頭に持ってきているのは、語り物を聞かせる際によりインパクトが強く なる手法となろう。義太夫節では近松は作品全体の一部として道行部分 も描いているが、一中節ではその道行部分のみの活用であるために、 「山 崎与次兵衛」の世界を語り出しと同時によりつよくあらわしたかったの だろう。「山崎与次兵衛踊」は、既に元 禄 十 七 年 (1704)刊 ( 京 都 ) 歌 謡 集 『 落 葉 集 』 に 所 収 さ れ て お り 、 巷間に知れ渡っていたもので、近松 もそれから取り入れたとおもわれる。巷で周知の俗謡を、語り出しに据 えることは別段特殊な手法とも言えないが、聴衆へのアピールは格別で あったろう。このあたり半中の才がうかがえる。ただ c の網掛け部分「お くれぬかみのみだれ心」は、その前後も含めた意味が「山崎与次兵衛様 といって、人 々 におくれはとらぬ人であったのが、おくれ髪の乱れたよ うに心も乱れ、吾妻の顔も見忘れて 10 」となるのだが、一中の1「人に お く れぬ 乱れがみ。」では「山崎与次兵衛 様 といって、人 々 におくれは とらぬ人であったのが、おくれ髪の乱れたように」までの意味となって し ま い、「 心 も 同 様に乱れて、吾妻の 顔も 見忘れる」という「心が 乱れ る」という部分が導き出せなくなってしまうので、詞章の内容的つなが りからは、良いものとは言いかねる。半中は「みだれがみ」という語句 を使用したく、また語調も良いところからの改変かと思われるが、この. 10. こ の 部 分 の 口 語 訳 は『 日 本 古 典 文 学 全 集 44』、鳥 越 文 蔵 校 注・訳『 近 松 門 左 衛 門 集 2』 収 載 『 山 崎 与 次 兵 衛 寿 の 門 松 』、 東 京 : 小 学 館 、 1975.08 に よ る 。.
(17) 初期一中節劇本之研究 19. あたり近松の厳密な詞章に対して、若干の内容的不備よりも語り口に重 きをおく半中の嗜好がうかがいしられる。 結局、本語り物で冒頭から詞章順を入れ替えたのは、俗謡で周知の「山 崎与次兵衛踊」をより一層、効果的に使用したかったからであろう。 また義太夫では節付が、a 部分が「歌」→b 部分が「詞」→c 部分が「歌」 となっており、コントラストの映えるようなものとなっている。一方一 中節では、1の部分が冒頭に「二上り」とあり、これは二上り歌のこと と 思 われるので、義太夫同 様 、「歌」による語り出しである。ただ2の 部分も「哥」であり、表記されている曲節から見ると3の部分も「地」 とあるところから「詞」は用いられておらず、すべて旋律のある節付と なっている。これは一中節の方が端物として、語り物全体を歌的なもの として聞かせようとする狙いがあったからではないだろうか。義太夫節 のようなコントラストを描くのも妙で、評価に値するものであるが、半 中の節付も節事を得意とする初世一中の節付の流れを、肯定的に受け継 いだものともおもわれる。なお同様の例は「かうや心中. 久米之助おむ. め道行」でも確認できる。. 4.4. 「かうや心中. 久米之助おむめ道 行」(通し番号 87)考. 本 語 り 物 は 近 松 門 左 衛 門 作 義 太 夫 節『 心 中 万 年 草 』 ( 宝 永 七 年 (1710) 四 月 八 日 ・ 竹 本 座 (『 鸚 鵡 籠 中 記 』)) の 道 行 部 分 の 詞 章 を 利 用 し た も のである。両者の詞章を引用し、相異部分を指摘する。 〈近松門左衛門作義太夫節『心中万年草』 11 〉 久米之介お梅道行 歌. 下. まぼろしや。アぢやうごうの。かぎりとはいかに。いかなるしや ウ. ユリ. ユリ. ばやらん。世は何の。たとへぞや。あひそめてはやみとせ。かげ ユリ. ばかりの。ちぎりにて。. 11. 近 松 全 集 刊 行 会 編『近松全集. 第 五 巻 』収 載『 心 中 万 年 草 』、東 京:岩 波 書 店 、1986.07..
(18) 20 外國語文研究第五期. ハル. 1. ユリ. 下. つ ま は の な か の ひ と つ ゐ ど 名 は 。の ち の 世 の 。 か た み か や 。の こ す フシ. かたみはおやのため。 中ウ. 2. ウ. 我 は そ さ ま の ま へ が み の 。な が き 来 世 も わ し が 此 な を さ ぬ ひ た ひ ウ. フシヲクリ. ハル. 此 ま ゝ で 。見 た り 見 せ た り 六 道 の 。つ ぢ の 。 ち ま た は 。お ほ く 共 フシ. 中ウ. はぐれまいぞと。夕月は。はやいりはてゝふけわたる。 スヱテ. 3. キン. ま だ き さ ら ぎ の や へ が す み 。か く れ し の ぶ に よ け れ 共 。か ほ が 見 ヲクリ. にくのおぼろよやふたつ。よいことあらしふく 地. 4. ハル. 木 の 下 つ ゆ の た ま が は の 。ど く の し づ く も ふ る な ら ば 。身 に き づ ウ. ウ. ウ. 中. つけずしにたやとかほとかほとをすりよせてこぼす涙はをのづ ウ. 中フシ. ハル. か ら 。た が ひ の 口 に つ た ひ 入 。ま つ ご の 水 と な り け ら し 。( 後 略 ). 〈一中節〉 かう や まんねんさう く め. 高 野 万年草 久米 の介心中 お む め 二上りうた. あいのて. 合手. おんなき らやるかうやアの/\やまへなぜに めまつは。はゆ るぞや。 あいのて. あいのて. あいのて. あいのて. あきの たをさの。なみだ のあめよともに なみだの。おとし みづ.
(19) 初期一中節劇本之研究 21. なをす地 きさらき. 3. はる地. まだ 二月 の八重かすみ。かく れしのぶによけれども。アヽかほか 入. はる地. かんふし. 見に くのおぼろよや。二つ よい事あらしふく。はなの さかりもこよ ひかきりと見わたせば。 地うく. 1. をとし地. つま は野中のひとつ井戸名はのちの世の。かた見かや。ついを とさ れてちごさくら。 はる地. 2. うく. われ はおまへのまへがみの。なが きらいせもわしが此。なをさぬひ たゝき ワキ. たひ此まゝに。見たり見せたり六だうの。 みち のちまたはおほくと 太夫. ワキ. 太夫. も。はく れまひぞとゆふ月は。はや いり。はて ゝふけわたり。 つきゆり. 4. のる地. 中地. 此したつゆの たまかはをはつ くどくちとくむならば。身に きづつけ 長地. 長地. ずしにたやと。こほ すなみたはをのづから。たが ひのくちにいりつ 入. どひまつごのみつと なりけらし。(※後 略。なおこのあとは一中の 省略が多く、また改訂もやや認められるが、詞章順はそのままであ る。). 右 記 の よ う に「かうや心中. 久米之助おむめ道行」でも、原拠となっ. た近松の詞章順1234を3124と入れ替えている。一中正本では上 記の主だった改変箇所は冒頭から中盤辺りまでで、その後は近松作を省 略しつつ語順をそのままに活用している。前半の部分でとくに入れ替え ようとすることは、近松作義太夫節と同様の詞章をもちいながらも観衆 に新鮮味を感じさせる詞章で、義太夫とイメージが重ならないようにし たいとする配慮があったからだろう。このあたり、前の「大きやうじ.
(20) 22 外國語文研究第五期. はしらこよみ. 柱暦. おさん 茂兵衛道行」とは改訂の方向を異にする部分である。ただ本作も. 含めた、これまで引用の三作はすべて近松作を原拠としており、その美 文を活用するなかで自派独自の新味を出そうと工夫が凝らされている 点は一致する。本語り物でも、近松と同様の美文をものすのは大変だが、 小手先の工夫で、義太夫と一中という根本的な節の相異もさることなが ら、あらたな「高野心中」の浄瑠璃と、聴衆に印象づけるねらいがあっ たのだろう。. 4.5. 「 けいせい三度笠相合かご道行」(通し番号 83)考. 本 語 り 物 は 近 松 門 左 衛 門 作 義 太 夫 節『 冥 途 の 飛 脚 』 ( 正 徳 元 年 (1711) 七 月 以 前 カ・竹 本 座 )の 道 行 部 分 の 詞 章 を 利 用 し た も の で あ る 。以 下 に両者の詞章を引用し、相異部分を検討する。 〈 近 松 門 左 衛 門 作 義 太 夫 節 『 冥 途 の 飛 脚 』 12 〉 謡クセ. すい ちやうかうけいに。枕ならべしねやのうち。 (中略)しんみのめ ハル. をとあひ。頼. 中. フシ. スヱテ. ハル. ま ば願ひかの えさる。かう しんだうよとふし おがみ。. 上. ふ りかへり見る。しやうまんの(※語り出しよりここまではほぼ一 中正本にそのまま取り入れられている。) ノル. 1. 中. ハル. 中. あい ぜ ん。様に あいきやうを。い のるしばゐの子共衆や。だうとん ウ. ぼりの色 々 やなれしくるわのそれぞとは。もんで覚しちやうちんの ハル. ウ. ウ. 中にはかなやつち屋 内。此もつかうに打 そひてわ たしが紋の松かは キン. ヲクリ. の。松のちとせをいのりしに。さだめぬ ちぎりちやうちんのきゆ る。. 12. 近 松 全 集 刊 行 会 編『近松全集. 第 七 巻 』収 載『 冥 途 の 飛 脚 』、東 京:岩 波 書 店 、1987.11..
(21) 初期一中節劇本之研究 23. ウ. ウ. フシ. ウ. 地中ウ. 命の夕 へには此紋付て我 中の。経か たび らとくはんねんし。めい ど ハル. の道を此様に手をひか ふぞやひかれふと。 ウ. 又取かはしなく涙袖 のこほりととぢあへり。 キン. 2. たがせきすへぬ道なれどとひ /\ゆけばはかゆかず。今朝の姿を其 なりに. すあしにせきだしみづけば。空にみぞれの一くもりあられ。 ウ. ハツミ. フシ. まじりに吹 木のは ひら り。ひらのに行か ゝり。 ハルフシ. ウ. ウ. ウ. こゝは しる人。多ければ。こちへ/\と袖 おほひ。里 のうら道あ ぜ 七ツユリ. ハル フシ. 中. 道 を すぢり も ぢ り て 藤井 寺 。 あ れ / \ あ れ を 見 や 。 ど こ の ゐ な か も恋の世や。 歌. 3. ハル. 中. せどになをつむ十七八が門 に立たは忍びの妻かゑ。野風身 のど くこ ちはいらしやんせゑ ノルハル 中. フシ. 地ハル. よその む つごと。ねた ましく。それ 覚えてかいつのこと。かの初雪 ウ. ウ. の朝ごみに。ね まきながらにをくられし大門口のう すゆきも。今ふ ウ. フシ. る雪もか はらねどかは りはてたる身の行衛。 ウ. 4. ウ. 我 故染て。いとほしやも との白地をあさぎより。恋はこんだの八ま ウ. 歌キン. ん に き し や う せ い し の 筆 の ば ち 。 そ な た を よ け て と 泣 涙 しば し 。.
(22) 24 外國語文研究第五期. 上. キン. 引. 人め. ウキン. の 。ヤゆるしはあれど。申是 なふさりとては。わしが身とて 中. ヲクリ. 地. もまゝには と末は涙にはてしなくのべ の。三つおりし ぼるにも フシ. すそにやつるゝ。をざ ゝ原。. 〈一中節〉 三度笠相合籠道行. 都半仲. うたひ. すい ちやうこうけいに。枕ならべしねやの内。なれしふすまの夜す 二上りうた. ウ. がらも。四つ門の 跡夢もな し。さるにても我妻の。秋よ りさきにか フシ. 本調子地. はる地. な ら ずとあだし情のよを 頼み。人を頼 みの綱切 レて。よは の中戸も 地. 入. 中地. 引 か へ て 。 人 め の 関 に せ か れ ゆ く 。 きの ふ の ま ゝ の び ん 付 や 。 かとせつきやう. はる地. 髪のわげめ のほつれたを。わけてしんじよとヲヽくしを取。手さ へ ウ. 替り小をくり. 地. 涙にこゞゑ付。ひ へたる足をふともゝに。相合ごた つ相ごしの。か ご さいもん. のいきづゑいきて又。つゞく 命がふしぎぞとふたりが泪こぼれ口。 明ぬ間は。しばしとて。籠のすだれをあげてさへ。ひざ組かはす籠 ウ. 替りつきゆり. 地. の内 。せば きつとめの有し よの。仰に 似たはに たれ共。す みのうづ 地. 中地. みびいつしかに。あ したの霜とおきかへて。よは の嵐によばれては。 ウ. きん替り. こ と をるのべのかぶろ松。すぎし其よがをもはれていとゞ 涙のた ね.
(23) 初期一中節劇本之研究 25. はねはつみふし. ならぬ。何くど/ \ と思ふぞや。是ぞ一れんたくしやうと。なぐさ はる地. ウ地. みつ又なぐさみに。ひよ くきせるのうすげふり。朝出 のしづや火を つなきふし. 色地. もろふ。のもりが 見るめ恥 かしと。 籠立 させて隙をやる。あたへの 引取. 露の命さへ。をしからぬ身は。おし からず。猶もをしまぬ。かちは すへふし. 二上り たゝき. 太夫. だ し 。をしむ はなごりばかりぞや終に きな れぬわたぼうし。わし か ワキ. 太夫. ワキ. かほよりこなさんの。はだ に是をと風ふせぐひら りぼうしの。むら さ 二人. 太夫. ワキ. きや。色で あいしははやむかし。けふ はしん身のめをとあい。たの ま 二人うたかゝり. ば 願 ひかのへさる。 かうしんど うよとふしおがみ。跡ふりかへれば しやうまんと。 (この間は原拠となった近松の詞章省略・1の部分) 又取かはしなく涙。袖の氷と。とぢあへり。 (この間は原拠となった近松の詞章省略・2の部分) 本調子. ウ地. 爰は しる人おほければ。こち へ/\と袖おほひ。里のうら道あぜ道 替七つゆり. いなか. をすじりもぢりて 藤井寺。 あれ。あれを 見や。どこの田舎 も恋のよ や。 (この間は原拠となった近松の詞章省略・3の部分) 上地. 入. よそのむつごとねたましく。それ 覚へてかいつの事。かのはつ雪の朝 ウ地. 込に。ねまきながらに送られし。大門 口のうす雪も今ふる雪もかは.
(24) 26 外國語文研究第五期. はつみふし. らねど替りはて たる。身の行衛。 (この間は原拠となった近松の詞章省略・4の部分) 地. す そにやつるゝ小笹原。霜にかれのゝすゝき原。ぼう。/\さら/ ウ地. \さつとなつたは。我を追手の尋ぬるよと。おほ ひ重なりかげかく し。 (この間は原拠となった近松の詞章省略・5の部分) うれいふし. 妻恋鳥の は を と に お ぢ 。 る 身 と 成 は 。 い か 成 つ み の む く い ぞ と 。 すへふし. はやめ. くどき なげきて。 行姿。なく か笑ふかとんだ 林 の村がらす。せめて 一夜の心なく。とがむる聲の高間やま。あのかづらきの神ならで。 ひるの通じつゝまじく。身を忍ぶ道恋の道。我からせばき浮世の道。 竹の 内とうげ袖ぬれて。岩やごへとて石道や。野こへ山こへ里こへ て行は。恋路のならひかや. 一中節の省略部分は、詞章の後半部にほぼ集中している。これは他 の一中節の語り物と比しても別段特別なものではない。道行部分の冒頭 語り出し近くは、しばしば特徴的な節が施され詞章も良く知るものが利 用されることが多い。その前半の部分をたっぷり聞かせ、後半を簡単に 済ませることは、近松による義太夫節では、丸本全体の中の道行部分で、 詞章の整合性が問われるので、簡単には省略できないのに対して、端物 として節を聞かせることにその比重を置いていると思われる一中節で は容易に省略できる立場にある。ただしこれまでみてきた「4.3「山 崎与次兵衛あつま道行」考」、 「4.4「かうや心中. 久米之助おむめ道. 行」考」では、冒頭から詞章順の入れ替えをおこない新味を出していた のに対して、本曲では同様の変更はおこなわれていない。そのような中 で本曲において省略された部分は、とくに義太夫では舞台を想起させる.
(25) 初期一中節劇本之研究 27. ような描写的な感じをうけ、また人形の所作も感じさせる部分ではなか ろうか。一中では人形を利用した舞台での上演が行われたとしても竹本 座ほど本格的ではなく、もっぱら座敷での上演のため、上記の部分は省 略してもかまわなかったとも考えられる。 具体的に見てみると、省略部1の部分の スヱテ. ハル. 上. ノル. 中. かう しんだうよとふし おがみ。ふ りかへり見る。しやうまんのあい ぜ ハル. 中. ん。様に あいきやうを。い のるしばゐの子共衆や。だうとんぼりの ウ. ( ※太字部分は一中でも取り入れ 色 々 やなれしくるわのそれぞとは。 られている。) では、この部分は 「庚申堂よ」と、伏し拝み、振り返って見ると、勝鬘院の愛染様には、 愛敬がよくなるよう祈る芝居の子供役者や、道頓堀の色子をはじめ、 いろいろな人たちの奉納したさまざまな品がみえる。 13 といった訳となり、特に太字部分など視覚に訴えている部分と思われる。 また1で同様 に視 覚に比重をおいていると思われる点がもう一点ある。 それは 地中ウ. ハル. めい どの道を此様に手をひか ふぞやひかれふと。 で、この部分の意味は 「冥途の道をこのように手を引きましょうよ」「引かれよう」 となる。指示語の「此様に」が使われているところから、原拠の近松作 義太夫節では梅川、忠兵衛がともに手を引き、引かれ合う人形の所作が おこなわれたはずである。一方、一中でこのような部分を削除している のは、一中では人形を用いない座敷などでの端物の上演であり、人形の 所作を如実に感じさせるような上記一文は、削除した方がよりよいと判. 13. こ の 部 分 の 口 語 訳 は『 日 本 古 典 文 学 全 集 44』、鳥 越 文 蔵 校 注・訳『 近 松 門 左 衛 門 集 2』 収 載 『 冥 途 の 飛 脚 』 、 東 京 : 小 学 館 、 1975.08 に よ る 。.
(26) 28 外國語文研究第五期. 断したからなのではなかろうか。 つぎの234の省略部分は上記の例ほど人形の有無を明確に指摘は できない。が、その中で2の「空にみぞれの一くもりあられ。まじりに ウ. ハツミ. 吹 木のはひら り 。」は、太字部分などやや描 写 的である。3では「せど 歌. に な を つむ十七八が門 に立 たは忍びの妻かゑ。」 と 、 十 七 八 歳 の娘が話 しかけてくる部分も、描写的で実際の人形の所作があったとしてもよい 部分である。4の部分の 上. キン. 人め. 引. ウキン. の 。ヤゆるしはあれど。申是 なふさりとては。わしが身とて 中. ヲクリ. 地. もまゝには と末は涙にはてしなくのべ の。三つおりし ぼるにも は、口語訳が 「しばらくは一目を……、ヤ許してはもらえても、もうし、これのう、 そうはいっても、わたしの身とてもそのままには……」と、あとは涙 がとめどなく、言葉もとぎれ、延紙の三つ折をもしぼるばかりの有様 であった。 となり、登場人物が煩悶する箇所である。この部分を、人形を伴わず語 ったとするとやや間延びの感がでるのではないだろうか。義太夫のよう に人形を使用し、視覚に訴えつつ語るのであれば、間延びせずこの苦悩 の面もちは観衆に伝わっただろう。ここを一中節で省略したのは、やは り人形という制約がなく、遊廓などで端物として語ることを一番の前提 としての改訂なのではなかろうか。人形を使うことも初世一中は確かに あった。本曲をまとめた弟子半中も然りであろう。しかし座敷などでそ れを用いないで語ることが、義太夫以上に頻繁であったと考えられる一 中や半中であったとおもわれるために、そのような場にあった改訂がま ず優先的におこなわれたと考えたい。 「三度笠相合籠道行」の省略箇所は、このように初世一中の高弟であ る半中の活躍場所も、一中同様、遊廓の座敷が多かったということを匂.
(27) 初期一中節劇本之研究 29. わせてくれるのである。 つぎに「ふた子すみだ川. 狂女道行」の改訂例を見てみよう。これも. 「三度笠相合籠道行」のように、その活躍の場が関係してくる改訂だと おもわれるが、それとは省略態度が異なる。次節でみてゆきたい。. 4.6. 狂女道行」(通し番号 86)考. 「ふた子すみだ川. 本 語 り 物 は 、近 松 門 左 衛 門 作 義 太 夫 節『 双 生 隅 田 川 』 ( 享 保 五 年 (1720) 八 月 三 日・ 竹 本 座( 上 演 時 期 は 宝 暦 版『 外 題 年 鑑 』に よ る )の 道 行 部 分の詞章を利用したものである。以下に両者の詞章を引用する。 〈 近 松 門 左 衛 門 作 義 太 夫 節 『 双 生 隅 田 川 』 14 〉 狂女道行 サイモン. ウキン. はらひ 清め奉るのしやかは。らごらの親仁にて。エほて いはから子 ハル. ウキン. ウ. ハル. のおうばやく。ゑん まは鬼の旦那也。扨日 の本の我 せんぞ。えん の ウキン. ハル. 行者と申するはあつ きあくまのむしくすり。今に つたへて跡腹をや ウキン. ハル. まぬ 山ぶのきやうがいは日待。月待。きのへ子に。ふく 徳延命長久 ウキン. ハル. キン. の。代僧 代待たい参り。人の 願ひはかのへさるつち とのみは雲水に。 ハル. ナヲス. フシ. 地. ウ. ハル. 任す る足の浦山を。すゝ めて東にくだ る也。又 爰に子 を失ひ歎の 余 色. 詞. り に 心乱 れ。 行 衛を尋東 路へ下る女 性の候。見るめもいたはしく。 地. ウ. ハル. 色. 此二三日道つれしが。あ れ/\あ れへ狂ふて正た いなや。暫これに待 謡詞. 受。とひ 慰て参らせんと思ひ候. 14. 近 松 全 集 刊 行 会 編『 近 松 全 集. 第 十 一 巻 』収 載『 双 生 隅 田 川 』、東 京:岩 波 書 店 、1989.08..
(28) 30 外國語文研究第五期. 一セイ. 引. 詞. 春の くる。空も霞かたきの糸。乱 れて名をや。ながすらん 。な ふ道 行人に物とはふ。梅若といふ十二三のおさな子に。もしあひはなさ れぬか。何あひも見もせぬとや。 〈一中節〉 二子隅田川狂女道行 春もくる。そらもかすみのたきのいと。みだれて名をやながすらん。ノ ヲ道行人にものとをふ。むめわかといふ十二三なおさな子にもしあいは なされぬかヤアなにあいも見もせぬとや。(※後略・以下も近松の詞章 をほぼそのまま取り入れている。). 一中節では冒頭の近松の堅苦しい詞章の部分は省略している。これ は硬派の義太夫節に対して、軟派系の柔らかな浄瑠璃といわれる一中節 には、そのような詞章があまりそぐわないため、一中が嫌った部分と思 われる。なお同様の 省略は拙稿「 他 流 派 の 語 り 物 を 改 題 改 訂 し て 成 っ た 正 ( 丸 ) 本 考 」 15 内 で 考 証 し た 、『けいせい大和絵姿三幅対』、『椀久 末の松山』でも確認できる。. 5. ま と め 以 上 を ま と め る と 本 稿 に お け る 考 察 で 取 り 扱 っ た 語 り 物 は 、す べ て 原 拠 は 近 松 浄 瑠 璃 で あ っ た 。た だ 詳 細 な 考 察 は 省 く が 、近 松 以 外 か ら取った語り物についても以下のような特徴が若干ながら認められ る 。た と え ば 、元禄八年(1695)の三勝半七の心中事件を取り扱った一中 の端物は二種ある。一つ目の「 62 あかね半七笠や三かつ心中道行」は、 蔦 山 四 郎 兵 衛 作 『 三 勝 心 中 』( 歌 謡 集 刊 『 落 葉 集 』( 元 禄 十 七 年 (1704) 所 収 )か ら と っ た も の で あ り 、二 つ 目 は「 57 笠や三かつ下のだん」 (出 典 未 詳 )で ある。が、どちらも海 音 作『 三 勝 半 七 二 十 五 年 忌 』 (享保四 年 (1719)・ 豊 竹 座 初 演 ) と 同 様 の 描 写 、 詞 章 が と り こ ま れ て い る 部 分 15. 注5論文に同じ。.
(29) 初期一中節劇本之研究 31. が あ る 。 ま た 「 75 誓願寺本地. けしこく道行」は、古浄瑠璃の『誓願. 寺本地』 (寛文八年(1668)十月)の詞章を借りたものであるが、最終部分 近くで、極めて僅かなものだが「と有いほりにやどをかり」と、一中で は場面説明の詞章を省いている。この語り物は端物な為、もっぱら座敷 などで語ったと思われるが、近松作以外からでも同様の省略方法は確認 できる。ただ先の近松浄瑠璃から取った語り物は特にそうだが、一 中 活 躍期の内、後年成立の語り物に特徴的な部分が多いことがわかった。 「 78 大きやうじおさん死出の道行」の入れ替えなど、一中も 年を追い 自身の人気、立場も明確になった時期、はじめて近松作からの流用作に 趣向を凝らしたようにも見受けられる。またピックアップしたそれ以外 の作品は、すべて弟子の半中作のものであり、その手法は一中正本『椀 久末の松山』冒頭で海音作の節事とはいえ、堅苦しく小難しい詞章部分 を省略するなどにみられる、師匠一中のものと同様の手法もうかがえる。 その中で語順を変え、特徴的な節を語り出しにもってくるなど、半中の ある意味自由な手法も認められ、それは後に宮古路豊後と名を変え、豊 後節を流行らせた才能の一端が一中の弟子であった時期からうかがえ るとも言える。 ただし今後、オリジナル作の検討などをおこなわなければはっきり したことは言えないが、近松作に依ったものなどは、ほとんどがそのま ま詞章を流用しているところからみて、近松の美文というものを差し引 いても、一中が詞章内容より語る節が聴衆を魅了し、詞章の改変などを する必要性がうすかったとかんがえられる。また段物、端物では特にそ うだが、語る場所が操り浄瑠璃を駆使する浄瑠璃小屋というより、座敷 芸として人形もあまり使わなかったのか、人形の所作を感じる部分が詞 章上省略されている点は、その活躍場所を検討する上で注目すべきもの となった。今後、オリジナル作品の検討に有意義な手段を得、その語り 物内容のさらなる特徴を導き出したい。.
(30) 32 外國語文研究第五期. 引用書目 (一 ) 専 書 近 松 全 集 刊 行 会 編 、『近松全集. 第五巻』収載『心中万年草』、東京:. 岩波書店、 1986.07. 近 松 全 集 刊 行 会 編 、『近松全集. 第七巻』収載『冥途の飛脚』、東京:. 岩波書店、 1987.11. 近 松 全 集 刊 行 会 編 、『近松全集. 第九巻』収載『大経師昔暦』、東京:. 岩波書店、 1988.09. 近松全集刊行会編、 『近松全集. 第十巻』収載『山崎与次兵衛寿の門松』、. 東京:岩波書店、 1989.02. 近松全集刊行会編、 『近松全集. 第十一巻』収載『双生隅田川』、東京:. 岩波書店、 1989.08. 鳥 越 文 蔵 校 注 ・ 訳 『 近 松 門 左 衛 門 集 2』(『 日 本 古 典 文 学 全 集 44』) 収 載 『 山 崎 与 次 兵 衛 寿 の 門 松 』、 東 京 : 小 学 館 、 1975.08. 鳥 越 文 蔵 校 注 ・ 訳 『 近 松 門 左 衛 門 集 2』(『 日 本 古 典 文 学 全 集 44』) 収 載 『 冥 途 の 飛 脚 』 、 東 京 : 小 学 館 、 1975.08. 諏 訪 春 雄・小 俣 喜 久 雄 、『 一 中 節 の 基 礎 的 研 究. 第一巻. 正 本 集 』、. 東 京 : 勉 誠 出 版 、 1999.01.. (二 ) 期 刊 小 俣 喜 久 雄 、 「 初 期 一 中 節 段 物 集 成 立 小 考 」 、『 東 洋 大 学 大 学 院 紀 要 第 32 集 』、 (1996.03). 83-103. 小 俣 喜 久 雄 、「 初 世 都 太 夫 一 中 の 初 回 江 戸 下 り 」、『 演 劇 研 究 会 会 報 第 26 号 』 、 (2000.06) 小俣喜久雄、「翻刻. 3-15. 初 期 一 中 節 の 語 り 物 ( 一 )」 、 『 東 洋 大 学 大 学. 院 紀 要 第 36 集 』 、 (2000.02). 143-167. 文 集 』 2000 年 版 近 世 分 冊 、 (2002.07) 小俣喜久雄、「翻刻. 転載. 『国文学年次別論. 668-680. 初 期 一 中 節 の 語 り 物 ( 二 )」 、 『 東 洋 大 学 大 学. 院 紀 要 第 37 集 』 、 (2001.02). 233-252. 転載. 『国文学年次別論.
(31) 初期一中節劇本之研究 33. 文 集 』 2001 年 版 近 世 分 冊 、 (2003.09) 小俣喜久雄、「翻刻. 588-598. 初 期 一 中 節 の 語 り 物 ( 三 )」 、 『 東 洋 大 学 大 学. 院 紀 要 第 38 集 』 、 (2002.02). 359-376. 文 集 』 2002 年 版 近 世 分 冊 、 (2004.09). 転載. 『国文学年次別論. 601-610. 小 俣 喜 久 雄 、 「 一 中 節 丸 本 『 伝 授 小 町 』 考 -角 太 夫 節 『 七 小 町 』 と の 比 較 を 中 心 に -」、『 楽 劇 學 12 号 』、 (2005.03). 18-31. ( 大 葉 大. 學 九 十 三 學 年 度 個 人 型 研 発 専 題 計 画 主 持 人・計 畫 名 稱 「一 中 節 基 礎 研 究 ―探 討 一 中 節 之 「詞 」及 初 世 都 太 夫 一 中 之 人 物 像 ―」 ( ORD-9329) 成 果 中 的 一 部 分 ) 小 俣 喜 久 雄 、 「 一 中 節 丸 本 考 -他 流 派 の 語 り 物 を 改 題 改 訂 し て 成 っ た 丸 本 -」 、 『 歌 舞 伎 研 究 と 批 評 38 号 』 (2006.12).
(32) 34 外國語文研究第五期.
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