家族
中原中也朝な朝な、東の空の紫色の雲の中に、一つの家族がありました。
まずお婆さんが目を覚まし、家中のお掃除を始めます。恰度その時女中は 台所で、竈の下を焚き付けています。お婆さんはお掃除が好きで、大好き で、時偶女中がお掃除をしようものなら直ぐまた自分がやりなおすというふ うでした。といってこのお婆さんは、何もそれ以上に邪慳だというのでもな く、六むづヶ敷し屋1でもないのでした。そういうわけで、朝な朝な、此のお家うちでは 箒の音がする時に、台所では竈の中で、とろとろと火が燃えてるのでありま した。
間もなく此の家うちのお母さんは目を覚まして、鏡台の前で髪を結います。子 供は床の中で目を覚まして、その鏡台のある隣りの部屋で、お母さんが頭の 生地を綺麗にするために使う布が、小さな金盥の中の熱いお湯に漬けられて は絞られる時の、お湯の滴の音を聞いています。やがてお父さんが目を覚ま して、咳払いや煙草盆の音を立て始めると、急に家中活気を呈して来ます。
空をわたって行く烏の啼声までが、急にテムポを速めるように思われまし た。
やがて歯をみがいて、御飯を食べて洋服を着ると、子供は学校に、お父さ んはお役所へ行くのでありました。
さてその学校が何処にあるやら、そのお役所が何処にあるやら、それは雲
1 「難し屋」と同じ。
の中のことで分りません。
だが、朝な朝な、東の空の紫の雲の中に、此のお家があるということは確 かで、皆さんが、やがて大きくなって、皆さんのお父さんも亡くなり、お婆 さんは云うに及ばず、お母さんも亡くなって、皆さんが今度はお父さんにな った時には、それがほんとだと分るのです。
(一九三四・一一・一五)
テキスト:https://www.aozora.gr.jp/cards/000026/files/55932_56010.html (旧仮名を新仮名に変更)
朗 読(参考):http://aozoraroudoku.jp/voice/rdp/rd276.html
銀河鉄道の夜
宮沢賢治九 ジョバンニの切符き っ ぷ
ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸きしを進すすみました。向む こう の方の窓まどを見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざ まの三角標さんかくひょう、その大きなものの上には赤い点々をうった測量旗そくりょうばたも見え、
野原のはら
のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集あつまってぼおっと青白い 霧きり
のよう、そこからか、またはもっと向むこうからか、ときどきさまざまの形 のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそら にうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらのに おいでいっぱいでした。
「いかがですか。こういう苹果りんごはおはじめてでしょう」向む こうの席せきの 燈台看守とうだいかんしゅ
がいつか黄金きん と紅べにでうつくしくいろどられた大きな苹果りんごを落おとさな いように両手りょうてで膝ひざの上にかかえていました。
「おや、どっから来たのですか。立派りっぱ ですねえ。ここらではこんな苹果りんご がで きるのですか」青年はほんとうにびっくりしたらしく、燈台看守とうだいかんしゅの両手りょうてにか かえられた一もりの苹果りんごを、眼めを細ほそくしたり首くびをまげたりしながら、われを 忘わす
れてながめていました。
「いや、まあおとりください。どうか、まあおとりください」
青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。
「さあ、向む こうの坊ぼっちゃんがた。いかがですか。おとりください」
ジョバンニは坊ぼっちゃんといわれたので、すこししゃくにさわってだまって いましたが、カムパネルラは、
「ありがとう」と言いいました。
すると青年は自分でとって一つずつ二人に送おくってよこしましたので、ジョ バンニも立って、ありがとうと言い いました。
燈台看守とうだいかんしゅはやっと両腕りょううでがあいたので、こんどは自分で一つずつ睡ねむっている 姉弟きょうだい
の膝ひざにそっと置お きました。
テキスト:https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/43737_19215.html 朗 読(参考):https://www.youtube.com/watch?v=RmZsqUo5GCg
粉と生活
三輪茂雄パンやケーキ、うどんなどが小麦粉こ む ぎ こから作られることは、君たちもよく知 っているだろう。だが、ガラスも粉こなから作られるといったら、まさかと思う のではないだろうか。ところが、ガラス製造せいぞう工場へ行って見てみると、原料げんりょう はみな粉こなだ。
原料げんりょうのケイ石せきが工場に運ばれてくると、それを細かい粉こなにくだく。それ に、石灰石せっかいせきとソーダ灰ばいの粉こなとを混ぜ合わせま 、千五百度以上いじょうの高温で熱するねっ 。 すると、真っ赤ま か にとけた、あめのようなガラスに変化へ ん かする。これを冷やしたひ ものが、君たちのよく知っているガラスである。
瀬戸物せ と も のやれんがは、土や石をくだいて粉こなにし、固めてかた 焼やいたものである。
コンクリートの電柱や建造物けんぞうぶつは、セメントの粉こなと砂すなとじゃりを混ぜ合わせてま 固めたかた
ものである。ブラスチック製品せいひんも、粉こなの 原 料げんりょうを型かたに入れて、固めたかた も のである。
このように見てくると、わたしたちの身みの回りにある多くの物は、粉こなの 過程か て いを通ってできていることが分かる。では、なぜ粉こなにするのだろうか。粉こな にすると、どんな都合つ ご うのいいことがあるのだろうか。パンができるまでを例れい にとって、その理由を考えてみよう。
小麦のつぶは、かたい皮におおわれている。そこでまず、このかたい皮を 取りのぞいてから、小麦のつぶを粉こ にする。小麦のつぶには、食べられない ふすまの部分がしっかりと食いこんでいるので、粉こなにしなければ分けられな
いからだ。
その後、さらに細かくくだいて、粉こなのつぶの大きさをそろえて、均質きんしつにす る。それに、さとうやイーストなどを混ぜ合わせま 、水を加えて練るね 。こうす ると、食パンでも菓子か しパンでも、作りたいものを作ることができる。
そして最後さ い ごに、形を整えてから焼くや 。こうして、味も形も焼きや 加減かげん も、自 分の好みこの に合ったパンができ上がる。
テキスト:『CD BOOK/すてきに朗読を 朗読をたのしもう』
(さ・え・ら書房)
トロッコ
芥川龍之介或ある夕方、――それは二月の初旬だった。良平は二つ下の弟や、弟と同じ年 の隣の子供と、トロッコの置いてある村外れへ行った。トロッコは泥だらけ になったまま、薄明るい中に並んでいる。が、その外ほかは何処ど こを見ても、土工 たちの姿は見えなかった。三人の子供は恐る恐る、一番端はしにあるトロッコを 押した。トロッコは三人の力が揃そろうと、突然ごろりと車輪をまわした。良平 はこの音にひやりとした。しかし二度目の車輪の音は、もう彼を驚かさなか った。ごろり、ごろり、――トロッコはそう云う音と共に、三人の手に押さ れながら、そろそろ線路を登って行った。
その内にかれこれ十間けん程来ると、線路の勾配こうばいが急になり出した。トロッコ も三人の力では、いくら押しても動かなくなった。どうかすれば車と一しょ に、押し戻されそうにもなる事がある。良平はもう好よ いと思ったから、年下 の二人に合図をした。
「さあ、乗ろう!」
彼等は一度に手をはなすと、トロッコの上へ飛び乗った。トロッコは最初 徐おもむ
ろに、それから見る見る勢いきおいよく、一息に線路を下くだり出した。その途端に つき当りの風景は、忽たちまち両側へ分かれるように、ずんずん目の前へ展開して 来る。顔に当る薄暮はくぼ の風、足の下に躍おどるトロッコの動揺、――良平は殆ほとんど 有頂天
うちょうてん
になった。
しかしトロッコは二三分の後のち、もうもとの終点に止まっていた。
「さあ、もう一度押すじゃあ」
良平は年下の二人と一しょに、又トロッコを押し上げにかかった。が、ま だ車輪も動かない内に、突然彼等の後うしろには、誰かの足音が聞え出した。のみ ならずそれは聞え出したと思うと、急にこう云う怒鳴り声に変った。
テキスト:https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/43016_16836.html 朗 読(参考):http://aozoraroudoku.jp/voice/rdp/rd248.html
ニュース番組作りの現場から
清水建宇ニュース番組を作る報道スタッフのうち、ニュースの内容や伝え方を決め る人はデスクとよばれています。東京のテレビ局のデスクのもとに、山梨やまなし県 の支局かられんらくがありました。「山梨県は、富士山ふ じ さ んの噴ふん火に備えた初めて のひなん訓練を十一日後に行う。」という内容です。デスクは、富士山の噴火 に備えた訓練はこれが初めてであるということにおどろきました。そして、
多くの人の関心をよぶ話題だと考えて、ニュース番組の中で特集として伝え ることにしました。
さっそく、取材したりさつえいのしかたを決めたりするディレクターと、
放送の中で、テレビを見ている人に向かって話すアナウンサーを決め、二人 をよんで会議を開きました。三人で話し合った結果、まず、なぜ富士山の噴 火に備えた訓練がこれまでなかったのか、なぜ訓練をすることになったの か、この二つの疑ぎ問を中心に取材しようと決めました。放送の十六日前で す。
ディレクターは取材を始め、山梨県の防災担たん当者や火山の研究者、地元の 観光業者らに問い合わせたり、富士山の噴火の歴史に関する資料を集めたり しました。取材で最も大切なのは正確さです。だれに聞いた話でも、他の人 の話や資料で確かめます。
ここまでの取材で、次のようなことが分かりました。富士山は長い間噴火 していないので、住民の間にあまり危き機感がありませんでした。また、富士
山の周囲には湖や温泉せんがたくさんあり、観光が重要な産業です。噴火を想定 した訓練をすると、それだけで観光客に不安をあたえてしまうのではないか という声もありました。それで、噴火に備えた訓練には、これまで地元の住 民の多くが必ずしも積極的ではなかったのです。そして、このような住民感 情から、県の人たちも防災訓練を行うことにふみ切れなかったのです。
テキスト:『国語 五(下)大地』(光村図書出版株式会社)