しかしなが ら、自発的 とはいえ、 日本銀行と 民間銀行が 国債を 購 入 してくれる ため、国債 の大量発行 に歯止めが かからなか ったと い う点では、1970 年代後半と同じであり、真渕説には一定の有効性が あ るように思 われる。さ らに日本銀 行の金融緩 和について は、景 気 回 復を目的に していたと はいえ、政 府が金融緩 和を求め、 日本銀 行 が その圧力に 押される形 で金融緩和 に踏み切っ たケースが 何度も み られる16。筆者のみるところ、1998 年に日本銀行法が改正され、日 本 銀行の政府 からの独立 性が強化さ れたにもか かわらず、 日本銀 行 の 金融緩和が 不十分だか らデフレに なり、日本 経済は不況 に陥っ て い るという主 張がリフレ 論者によっ て喧伝され たこともあ って、 日 本 銀行に対す る政府・与 党の圧力は 強まってい った。すな わち、 法 制 度的には日 本銀行の政 府からの独 立性は強化 されたもの の、実 質 的な独立性はかえって低下したのである。
さらに、こ こで注目し たいのは、 国債の大量 発行により 長期金 利 の 上昇が懸念 された場合 や、実際に 長期金利が 上昇した場 合に、 日 本 銀行が長期 金利を抑制 するための 政策をとっ ていること である 。 も ちろん、こ うした事例 の中には、 長期金利の 上昇が企業 の設備 投 資 意欲を減退 させたり、 円高を引き 起こしたり して、景気 に悪影 響 を もたらすと 考えた日本 銀行が、そ うした事態 を防ぐため に自発 的 に 長期金利を 抑制する政 策をとった 場合もある 。しかし、 政府・ 大 蔵 省(財務省 )が長期金 利の上昇に 直面して、 日本銀行に 長期金 利
16 こうしたケースについては、紙幅の都合により十分に論述することができない。上 川龍之進『日本銀行と政治――金融政策決定の軌跡』(中央公論新社、2014 年)を参 照されたい。
を 抑制するた めの政策を 行うよう圧 力をかけ、 それに日本 銀行が 従 っ たようにみ える事例も ある。こう した結果、 国債利払費 が削減 さ れ 、国債がさ らに発行さ れても市中 消化が円滑 に進み、国 債発行 に 歯止めがかからなくなったとみることもできる17。とすると真渕説の 枠組みは、1990 年代後半以降においても部分的にあてはまるのでは ないだろうか。以下、3 つの事例をみておこう(図表 10)。
図表10 10 年物国債金利の推移
(注)単位:%
(出所)財務省ウェブサイト、http://www.mof.go.jp/jgbs/reference/interest_rate/index.htm の データを筆者が加工。
17 このことについては、2016 年 8 月 24 日に開催された PHP 総研「新国家経営研究会」
での河村小百合氏の報告「わが国の歳出と財政運営全体の流れ」から示唆を得た。
ここに記して感謝申し上げる。
1 資金運用部ショック
1998 年 9 月には、長期金利の指標となる新発 10 年物国債利回りは 0.6%台にまで下がっていた。デフレがさらに深刻化すると考えられ た からである 。また、銀 行が自己資 本比率を維 持するため に、企 業 への融資を減らして国債購入を増やしたからでもあった。
と ころが 、小 渕恵三 内閣 が大型 の補 正予算 を編 成し、 国債 発行額 を大幅に増額するとみられたため、さらに大蔵省が 12 月 22 日に、
郵便貯金資金を原資とする資金運用部での国債買い入れを1999 年 1 月 から停止す ると発表し たため、長 期金利が上 昇し始めた 。いわ ゆ る「資金運用部ショック」である。
長期金利は年末には 2%台となり、さらに 1999 年に入っても上昇 を 続けた。こ の金利上昇 が景気に悪 影響を与え るとみられ たため 、 株 価は下落し た。一方、 為替市場で は、アメリ カとの金利 差が縮 小 するという見方から円高が進み、政府・日本銀行は1 月半ばに、約 3 年ぶりの円売り介入を行う18。
このため、日本銀行に対応を求める声が高まった。1 月 29 日には 世 界経済フォ ーラム年次 総会(ダボ ス会議)で 、アメリカ のロバ ー ト ・ルービン 財務長官と ローレンス ・サマーズ 財務副長官 が、加 藤 紘一前自民党幹事長に、「日銀による国債引き受けの議論はどうなっ て いるのか」 と質問する など、日本 銀行の国債 引き受けに 期待感 を 示 す よ う な 発 言 を 行 っ た19。 こ れ を 受 け て 政 府 ・ 自 民 党 の 幹 部 か ら も 、日本銀行 に新発国債 の引き受け や長期国債 の買い切り オペの 増 額を求める声が上がった。
18 清水功哉『日銀はこうして金融政策を決めている――記者が見た政策決定の現場』
(日本経済新聞社、2004 年)、90 ページ。
19 藤井良広『縛られた金融政策――検証 日本銀行』(日本経済新聞社、2004 年)、106
~107 ページ。
2 月 8 日には、堺屋太一経済企画庁長官の具申を受けた野中広務官 房長官が、日本銀行に長期国債の買い増しを求める発言を行う20。大 蔵 省も、国債 の大量発行 が将来の財 政に及ぼす 悪影響を緩 和する た め に 、 既 発 の 長 期 国 債 を 中 期 国 債 に 振 り 替 え る こ と を 検 討 し て お り、長期国債買い切りオペの増額を期待していた21。
日本銀行は 、国債を引 き受ければ 中央銀行の 信認を失う ことに な る として、ま た長期国債 買い切りオ ペについて も、政府の 要求に 従 え ば、日本銀 行が国債価 格を支える ことを公言 するに等し く、財 政 規 律を失わせ ることにな るとして、 絶対に反対 であった。 金融政 策 の企画・立案を担当する企画室(2004 年 7 月より企画局)は、長期 国 債を購入し ても長期金 利が低下す るかどうか はわからず 、長期 金 利を直接操作するのは不可能だという立場であった。けれども、「こ ん な長期金利 と円高が続 けば、日本 経済はもた ない」とい う危機 感 も 抱いていた 。そこで企 画室は、短 期金利をさ らに低くす れば、 長 期 金 利 も 必 ず 下 が る と 考 え 、 短 期 金 利 の 誘 導 目 標 を 限 り な く ゼ ロ%
に近づけることを決めた22。
2 月 12 日の金融政策決定会合では、これまで 0.25%前後としてき た無担保コール翌日物金利の誘導目標を引き下げ、当初 0.15%前後 を 目指し、そ の後、市場 の状況を踏 まえながら 、徐々に一 層の低 下 を促すことが決められた。
こ の決定 につ いて報 道機 関の多 くは 、日本 銀行 が政治 の圧 力に屈 し て政策変更 を行ったの ではないか と疑ってい た。長期買 い切り オ ペの増額は認められない。しかし、政府との関係悪化は回避したい。
20 軽部謙介『ドキュメント ゼロ金利――日銀 vs 政府 なぜ対立するのか』(岩波書店、
2004 年)、76~78 ページ。
21 藤井良広、前掲『縛られた金融政策』、107~108 ページ。
22 軽部謙介、前掲『ドキュメント ゼロ金利』、72~80 ページ。
そこでゼロ金利を導入したというのである23。
こ の日本 銀行 の一段 の金 融緩和 を待 ってい たか のよう に、 大蔵省 は 2 月 16 日に資金運用部の国債買い入れ再開を発表した24。こうし た 政策対応を 受け、長期 金利は低下 した。大蔵 省が日本銀 行を政 策 変更に追い込んだのである。
2 VaR ショック
2003 年 6 月以降、「VaR ショック」と呼ばれる、長期金利の上昇が 起 き た 。「VaR とは金融 機関が市場 リスクの管 理に使って いる指標 で 、ある資産 を一定期間 保有してい ると市場の 変動によっ てどの 程 度 の損失を被 る可能性が あるのかを 計測したも の」である 。当時 は 多 くの銀行が 債券投資に 過度に傾斜 していた。 ところが、 アメリ カ の 長期金利の 上昇や、日 本の経済指 標の好転に より、日本 銀行の 量 的 緩和が予想 以上に早く 解除される という思惑 が生じたこ となど を 契機として、VaR を指標に使っている金融機関が、保有債券の含み 損 拡大を回避 するために 一斉に売り に出た。こ のため、売 りが売 り を呼ぶ展開となり、長期金利が史上最低の 0.43%から、わずか 2 カ 月で1.5%に迫るまで急騰したのである25。
福 井俊彦 総裁 は、長 期金 利の上 昇を 牽制す るた め、量 的緩 和を維 持する考えを講演や記者会見で表明した。さらに10 月 10 日の金融 政 策決定会合 では、量的 緩和の解除 条件につい て、これま でより も 具 体的に示す ことで、量 的緩和が長 期化するこ とを市場に 伝える こ
23 軽部謙介、前掲『ドキュメント ゼロ金利』、95~96 ページ。
24 藤井良広、前掲『縛られた金融政策』、115 ページ。
25 森田長太郎「日本国債の暴落はないのか」『週刊東洋経済』2016 年 10 月 1 日号、42
~44 ページ、清水功哉、前掲『日銀はこうして金融政策を決めている』、74~82 ペ ージ。
とにした。そのうえ、10 月 31 日に公表された「経済・物価情勢の展 望」(展望リポート)で、8 人の政策委員が来年度の消費者物価につ い てマイナス の見通しを 出した。こ のため、量 的緩和が長 期化す る ことが確実視されるようになり、長期金利は低下していく26。 なお、これに先立つ2003 年 5 月 1 日の政策委員会・通常会合では、
日 本銀行が保 有する国債 の会計上の 評価方法を 変更するこ とが決 め ら れている。 日本銀行は 従来、国債 を買ったと きの価格( 簿価) と 国 債の時価の うち、低い 方で評価す る低価法を とっており 、相場 が
日 本銀行が保 有する国債 の会計上の 評価方法を 変更するこ とが決 め ら れている。 日本銀行は 従来、国債 を買ったと きの価格( 簿価) と 国 債の時価の うち、低い 方で評価す る低価法を とっており 、相場 が