他方、量的 ・質的金融 緩和により 、国債管理 政策には綻 びが生 じ る よ う に な っ た 。 こ れ ま で 国 債 が 市 場 で 円 滑 に 消 化 さ れ て き た の は 、余剰貯蓄 の存在だけ ではなく、 財務省理財 局と日本銀 行業務 局 が 、債券市場 参加者の協 力を得て、 国債価格を 安定させて きたか ら でもあった。
量的・質的金融緩和が決定された翌日の4 月 5 日午前には、10 年 物国債金利は 0.315%となり、2012 年 12 月にスイスで記録された 0.36%を下回る史上最低記録を更新した。ところが同日午後には、一 時0.620%に上昇する。
日本銀行が、国債を売買する市場参加者から事情を聞くと、「日銀 が 大規模緩和 で、国債を 一度に買う 量が多すぎ 、不安心理 をあお っ て いる」との 意見が出さ れた。そこ で日本銀行 は、購入回 数を増 や して、1 回当たりの購入量を減らすことを決める。4 月 18 日に、国 債買いオペの回数を月6 回から 8 回に増やし、1 回当たりの購入額を 減らすと表明したのである。これを受け、4 月後半には市場は落ち着 く。
ところが、5 月の連休明けにアメリカの長期金利が景気回復期待か ら上昇したことを受け、5 月 10 日に 10 年物国債金利は 0.590%から 0.700%に上昇する。15 日には 0.920%に、23 日には一時 1.00%に達し た。日本銀行幹部は、「思った通り金利が下がらず正直あせった」と いう。5 月 30 日に日本銀行は、国債買いオペの回数を月 8~10 回程 度に増やすことを表明する。
債券市場参加者からは、「黒田緩和が債券市場を壊した」という日 本 銀行批判が 噴出する。 日本銀行は 国債を大量 に購入して 金利を 低 下させたものの、その一方で、2 年で 2%のインフレ率が実現される
と した。それ ならば、そ れを見込ん で金利は上 昇すること になる は ず である。こ のため債券 市場参加者 は、金利の 方向感をつ かめな く な った。また 、岩田規久 男副総裁の 長年の持論 を汲んだた めか、 金 融 調節の操作 目標をマネ タリーベー スとし、金 利を金融調 節の操 作 目 標から外し てしまった ため、金利 が不安定化 することに なった 。 さ らに、日本 銀行が国債 を買い占め ることで、 国債市場の 流動性 が 極端に低下した。この結果、まとまった売りが出ると金利は上昇し、
こ れが、さら なる売りを 招くことに なってしま ったのであ る。実 の と ころ、長期 金利が急上 昇(国債価 格が急落) したのは、 金利上 昇 に よる評価損 の拡大を懸 念した銀行 が、リスク 圧縮のため に国債 を 売却したことが原因であった45。
最 終的に 金利 を落ち 着か せたの は、 日本銀 行幹 部から 大手 銀行首 脳への電話であった。「抜け駆けはしないでほしい。長期的な観点か ら、国債を売らないでほしい」。6 月以降、長期金利はようやく落ち 着き始める46。
実は国債市場は、「半ば『市場』とは言い難い、閉鎖的な“談合”と も 呼べるムラ 社会が定着 していた。 だからこそ 、安定が保 たれ、 暴 落が 起きなかっ たともいえ る」。「談合 にもさまざ まな形があ る。 例 え ば、売れ残 れば国債暴 落のトリガ ーとされる 国債の入札 。ここ で は『メガバンクと財務省の密な関係』(債券ストラテジスト)が存在 し、 売れ残りが 出にくい仕 組みになっ ている」。「日銀もまた、 銀 行
・証券会社とコミュニケーションを取りながら、『きめ細かい国債買
45 大崎明子「金利急騰!債券市場を破壊した黒田緩和――日銀は管理不能、高まるリ スク」東洋経済オンライン、2013 年 5 月 16 日(http://toyokeizai.net/articles/-/13984)、
「(けいざい深話)黒田日銀の半年:1 トラウマ、国債急落 異例の増税要請」『朝 日新聞(朝刊)』2013 年 9 月 25 日、7 面。
46 前掲、「(けいざい深話)黒田日銀の半年:1 トラウマ、国債急落 異例の増税要請」。
いオペ』(市場関係者)を実施してきた」。「財務省の職人芸的な『国 債 発行計画』 もあって、 投資家同士 では、決し て国債の取 り合い に なる こともなか った」。「 特に生保や年金 基金、ゆう ちょ銀行と い っ たプレーヤーに限っていえば、安定的に買う量が決まっており、『い わば配給制度に近い』(市場関係者)とやゆされるほど。かくして内 輪の需給でほぼ決まるのが、日本国債ムラの特徴なのだ」。
債券の場合、「各証券会社が『債券ディーラー』として取引所の代 わり を務める 」。「各 証券会 社は、国債 を入札で仕 入れて在庫 とし て 抱 え、投資家 からの注文 に応じる。 ディーラー の役目は、 どんな に 相 場が乱高下 しても在庫 を確保し、 その価格変 動リスクを 管理し な がら 流通市場で 売値・買値 を出すこと だ」。だが日 本では、「流通 市 場 で役目をは たしていな い銀行が、 発行市場だ けでディー ラーと し て入札 に参加して いる」。「安定消化のため に銀行が 」、「財務省か ら 優 遇 さ れ て 」 お り 、「 投 資 家 と し て も 巨 額 の 取 引 を 行 う メ ガ バ ン ク が、おのずと国債ムラでの存在感を高めてきた」のである。
ところが、日本銀行が国債を大量に買い占めるようになり、「長ら く 続いてきた ムラ社会の 均衡」が「 突如破壊」 されてしま った。 市 場 参加者から は「ボラテ ィリティ( 価格の振れ 幅)が高過 ぎる」 と いう「不満が噴出する」。国債市場特別参加者(プライマリー・ディ ー ラ ー 、PD)47「 各 社 は 、 そ れ ぞ れ 取 れ る リ ス ク 量 の 範 囲 内 で し か 在 庫を抱えら れない。リ スク量はボ ラティリテ ィ(価格の 振れ幅 )
47 PD 制度とは、入札に際して国債の発行予定額の 4%以上に応札するなどの義務を負 う一方、国債を追加購入したり、財務省との会合に参加したりすることができる権 利を与えられる仕組みであり、証券会社19 社、メガバンク 3 行(2016 年 7 月に三菱 UFJ 東京銀行が資格を返上してからは 2 行)が認定されている。国債発行額の 84%
以上はPD が応札している。「三菱 UFJ『PD』返上の影響度」『週刊東洋経済』2016 年10 月 1 日号、44 ページ。
で計算する」。このため、「相場の乱高下」により、「在庫を抱えられ ない ディーラー が続出した 」。市場関係 者は、「黒田 さんはよそ 者 だ から、ムラ社会を理解していなかったんですよ」と語る。
さらに、「PD が財務省から仕入れた国債を、そのまま日銀に渡す 取 引 が 常 態 化 し て い る た め に 、 流 通 市 場 へ の 供 給 量 が 激 減 し て い る 」。「干 上がっ た国債市場 では取引が 減少してお り、商売上 がっ た りの ディーラー の撤退も現 実味を増す 」。実際のと ころ、「特に 『 欧 州 系のディー ラーは、本 社から日本 国債ビジネ スで取れる リスク を 減ら されている 』(市場関係 者)といい 、体力を弱 めている。『そ の うち 撤退するの では』との 声すら聞こ えてくる 」。このため、「大 き な 売 り 買 い 注 文 が 出 れ ば 、『 一 気 に 価 格 が 一 方 向 に 振 れ か ね な い 』
(市場関係者)」というのである48。
2016 年 7 月には、三菱 UFJ 東京銀行が PD の資格を返上するとい う事態が起こる。三菱UFJ は幹部が、「国のメインバンクになる」、「う ち は、ただも うかればい いわけでは ない。意味 のないプラ イドと 満 足 感を持って いるんです よ、国を支 えていると いうポジシ ョンに 、 ね 」と述べて おり、自身 の財務が傷 ついても「 外国人投資 家の売 り を買い支えたこともある」ほどの銀行であった49。アベノミクスによ る株価上昇で一部の銀行が株式投資を増やす中でも、三菱 UFJ は国 債購入を継続し、国債保有額は他の2 メガバンクを引き離す 28.3 兆 円に達していた。だが三菱 UFJ も、国債入札で得た国債を日本銀行 に 高値で売り 渡して利益 を稼ぐ「日 銀トレード 」を視野に 入れ始 め た ところ、公 認会計士か ら次のよう な指摘を受 ける。国債 をすぐ に
48 「日本国債という談合市場」『週刊ダイヤモンド』2013 年 10 月 19 日号、34~37 ペ ージ。
49 「国のメインバンク 三菱 UFJ」『週刊ダイヤモンド』2013 年 10 月 19 日号、30~31 ページ。
日 本銀行に売 るつもりで あれば、短 期売買を目 的とした勘 定に分 類 し 直すべきで 、長期保有 を前提とし た現在の会 計処理では 不適切 だ と いうのであ る。短期売 買のための 勘定に移せ ば、債券価 格は時 価 で 評価しなけ ればならず 、金利上昇 が銀行収益 に影響する ように な る。三菱UFJ は、「落札義務を利回りプラスの銘柄に絞ってもらえま せんか」と理財局に訴えたものの、「落札義務を果たさなければ行政 処分の対象になる」と言われ、PD として落札義務すべてを履行して い くことは困 難だと考え たというの である。あ る銀行の幹 部は、 三 菱 UFJ の PD 資格返上を「銀行収益を圧迫するマイナス金利政策を 突如始めた日銀への抗議だ」と受け止めたという50。
このことから、1990 年代後半以降、国債が円滑に消化された一因 と して、財務 省統制では なく、財務 省・日本銀 行・民間金 融機関 の 協 調 関 係 が あ っ た こ と が わ か る 。 日 本 銀 行 に 対 す る 首 相 官 邸 統 制 は 、国債の発 行を容易に し、財政規 律を緩めた ものの、そ のこと が 皮 肉にも、こ れまで国債 の発行を容 易にしてき た財務省・ 日本銀 行
このことから、1990 年代後半以降、国債が円滑に消化された一因 と して、財務 省統制では なく、財務 省・日本銀 行・民間金 融機関 の 協 調 関 係 が あ っ た こ と が わ か る 。 日 本 銀 行 に 対 す る 首 相 官 邸 統 制 は 、国債の発 行を容易に し、財政規 律を緩めた ものの、そ のこと が 皮 肉にも、こ れまで国債 の発行を容 易にしてき た財務省・ 日本銀 行