前章では、 長期金利が 上昇した、 もしくは国 債の大量発 行によ り 長 期金利が上 昇するとい う懸念が生 じた際には 、日本銀行 が長期 金 利 の抑制に努 めることで 、国債の円 滑な市場消 化に協力し てきた こ と を論じた。 だが日本銀 行は、財政 赤字を穴埋 めしている (財政 フ ァ イナンス) と受け取ら れると、国 債の信用が 落ち、国債 価格が 暴 落 する(長期 金利が上昇 する)との 考えから、 財政ファイ ナンス と 受け取られることを警戒していた。その歯止めとして2001 年 3 月に 量的緩和を導入した際に設けられたのが、「銀行券ルール」である。
「 銀行券ルー ル」とは、 日本銀行が 保有する長 期国債の残 高は、 銀 行券発行残高を上限とするというものである29。
この「銀行券ルール」は、2012 年 8 月 10 日に事実上、破られる。
日本銀行が資産として保有する長期国債の残高が66 兆 4709 億円、
2010 年 10 月に決定された「包括型金融緩和政策」で導入された「資 産買入等の基金」にある長期国債の残高が 14 兆 4988 億円で、総額 80 兆 9697 億円となり、紙幣発行残高 80 兆 7876 億円を上回ったので ある。だが、「資産買入等の基金」での買い入れは「銀行券ルール」
の別枠とされており、長期国債の保有残高は増え続けた30。「銀行券 ル ール」は形 骸化してい たのである 。だが、そ れでも財政 ファイ ナ ンスへの歯止めとして「銀行券ルール」は残されていた。
28 上川龍之進、前掲『日本銀行と政治』、177 ページ。
29 上川龍之進、前掲『日本銀行と政治』、178 ページ。
30 上川龍之進、前掲『日本銀行と政治』、230 ページ。
2012 年 12 月の衆議院総選挙で自民党・公明党が大勝し、安倍晋三 が 首相に返り 咲いた。リ フレ論者を 政策ブレー ンとした安 倍は、 選 挙 中から金融 緩和による デフレ脱却 を主張し、 首相就任後 、白川 方 明総裁に2%のインフレ目標を受け入れさせた。さらに 2013 年 3 月 に 任期切れと なった日本 銀行総裁・ 副総裁人事 では、リフ レ派の 黒 田 東彦元財務 官を総裁に 、岩田規久 男学習院大 学教授を副 総裁に 任 命 した。首相 が自らと同 じ考えの人 物を日本銀 行の執行部 に送り 込 むことで、日本銀行が首相官邸の統制下に入ったのである。
4 月 4 日の金融政策決定会合で、「量的・質的金融緩和」(いわゆる
「異次元緩和」)の導入が決められた。具体的な内容は以下の通りで あ る。金利誘 導目標を放 棄してマネ タリーベー ス・コント ロール 方 式を採用し、今後2 年間でマネタリーベースを年間約 60 兆~70 兆円 に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う(2012 年末実 績は138 兆円で、2013 年末に 200 兆円、2014 年末に 270 兆円になる 見込み)。イールドカーブ全体の金利低下を促す観点から、長期国債 の保有残高が年間約50 兆円に相当するペースで増加するよう長期国 債の買入れを行う(毎月の長期国債のグロスの買入れ額は 7 兆円強 の見通し)。長期国債の買い入れ対象を、40 年債を含む全ゾーンの国 債としたうえで、買い入れる国債の平均残存期間を、現状の 3 年弱 から国債発行残高の平均並みの 7 年程度に延長する。資産価格のプ レミアムに働きかける観点から、ETF および J-REIT の保有残高が、
それぞれ年間約 1 兆円、年間約 300 億円に相当するペースで増加す るよう買入れを行う31。「銀行券ルール」は、一時適用停止とされた。
加藤出によると、債券市場関係者は、「量的・質的金融緩和」が事
31 日本銀行「『量的・質的金融緩和』の導入について」(2013 年 4 月 4 日)日本銀行ウ ェブサイト(http://www.boj.or.jp/announcements/release_2013/k130404a.pdf)。
実上、国債の直接引き受けになっているとみているという。「現在、
財 務省による 国債発行の 入札の翌日 に、日銀は ほぼ必ず大 規模な 国 債 買入れオペ を実施して いる。全体 として金融 機関や機関 投資家 が 日 本国債を買 う意欲は弱 くなってい るため、証 券会社の債 券ディ ー ラ ーは、国債 を財務省か ら購入して も他に転売 するあてが なく、 翌 日 、日銀が買 ってくれる ことを前提 にして、国 債発行の入 札に応 札 している」。「このため、現時点では債券市場参加者の大半は、『今の 日 銀の国債購 入と直接引 受は実質的 に違いがな い』と感じ ている 」 というのである32。
だが「異次元緩和」にもかかわらず、物価は2%まで上昇せず、実 体 経済も十分 に回復する ことはなく 、日本銀行 は追加緩和 に追い 込 まれる。2014 年 10 月 31 日の金融政策決定会合では、以下の内容の 追加緩和が決定された。マネタリーベースが年間約 80 兆円(約 10
~20 兆円追加)に相当するペースで増加するよう金融調節を行う。
長期国債は、保有残高が年間約 80 兆円(約 30 兆円追加)に相当す るペースで買入れを行う。買い入れる国債の平均残存期間を、7 年~
10 年程度に延長する(最大 3 年程度延長)。ETF、J-REIT の保有残高 が、それぞれ年間約3 兆円(3 倍増)、年間約 900 億円(3 倍増)に 相当するペースで増加するよう買入れを行う33。2015 年 12 月 18 日 の金融政策決定会合では、買入れる長期国債の平均残存期間を、2016 年からは7 年~12 年程度とする補完措置が決められた34。
32 加藤出『日銀、「出口」なし!――異次元緩和の次に来る危機』(朝日新聞出版、2014 年)、173~174、203 ページ。
33 日本銀行「『量的・質的金融緩和』の拡大」(2014 年 10 月 31 日)日本銀行ウェブサ イト(https://www.boj.or.jp/announcements/release_2014/k141031a.pdf)。
34 日本銀行「当面の金融政策運営について」(2015 年 12 月 18 日)日本銀行ウェブサイ ト(https://www.boj.or.jp/announcements/release_2015/k151218a.pdf)。
2016 年 1 月 29 日の金融政策決定会合では、日本銀行当座預金を 3 段階 に分け、(1)基礎残高(金融機関が量的・質的金融緩和のもと で積み上げた既往の残高)については、これまで通りプラス0.1%の 金利を付与し、(2)マクロ加算残高(①所要準備額に相当する残高、
② 貸出支援基 金および被 災地金融機 関支援オペ により資金 供給を 受 け ている場合 、その残高 、③日本銀行当座預金がマクロ的に増加す るこ とを勘案し て、適宜の タイミング でマクロ加 算額〈(1)の基礎 残 高に掛目を 掛けて算出 〉を加算し ていく、以 上①~③の合計額)
については、金利はゼロ%とし、(3)政策金利残高((1)と(2)を 上回る部分)にはマイナス0.1%の金利を適用すること(いわゆる「マ イナス金利政策」)を決定した35。7 月 29 日には、ETF の保有残高が 年間約6 兆円(現行は約 3.3 兆円)に相当するペースで増加するよう 買入れを行うことにした36。
しかし、2 年程度で 2%の物価上昇率を実現するという公約は達成 されなかった。しかも日本銀行は、2016 年 6 月末には日本国債全体 の 36.0%を保有することになり、銀行は取引の担保として国債を一 定 量保有する ニーズがあ ることから 、これまで のペースで 長期国 債 を買い入れることは、今後1~2 年で難しくなるという見方も強まっ て いた。そこ で日本銀行 も、国債買 い入れによ る資金供給 量の拡 大 から、金利調節に政策の軸足を移さざるを得なくなる。実は2016 年 1 月に、それまで黒田総裁が明確に否定してきたマイナス金利政策を 導入したのは、その布石であったと考えられる37。
35 日本銀行「『マイナス金利付き量的・質的金融緩和』の導入」(2016 年 1 月 29 日)日 本銀行ウェブサイト(https://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160129a.pdf)。
36 日本銀行「金融緩和の強化について」(2016 年 7 月 29 日)日本銀行ウェブサイト
(https://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160729a.pdf)。
37 「日銀、緩和枠組み修正 長期金利をより重視 マイナス金利 0.1%維持」『朝日新聞
9 月 21 日の金融政策決定会合で日本銀行は、これまでの「異次元 緩 和」の政策 効果につい て総括的な 検証を行い 、そのうえ で「長 短 金 利操作付き 量的・質的 金融緩和」 を導入する ことを決め た。そ の 内容は、第一に、短期金利については、政策金利残高にマイナス0.1%
のマイナス金利を適用し、長期金利については、10 年物国債金利が 概 ね 現 状 程 度 ( ゼ ロ%程度)で推移するよう長期国債の買入れを行 うことで、長短金利の操作を行うというものである(「イールドカー ブ・コントロール」)。国債の買入対象は、引き続き幅広い銘柄とし、
平 均残存期間 の定めは廃 止された。 また、日本 銀行が指定 する利 回 り による国債 買入れ(指 値オペ)を 導入するこ とと、固定 金利の 資 金供給オペレーションを行うことができる期間を、現在の 1 年から 10 年に延長することも決められた。第二に、2%の物価安定の目標を 目 指し、これ が安定的に 持続するた めに必要な 時点まで、 長短金 利 操作付き量的・質的金融緩和を継続するというものである(「オーバ ーシ ュート型コ ミットメン ト」)。これ により、消 費者物価指 数( 生 鮮 食 品 を 除 く ) の 前 年 度 上 昇 率 の 実 績 値 が 安 定 的 に 2%を超えるま で 、マネタリ ーベースの 残高を拡大 させる方針 を継続する ことと し た38。
このように 日本銀行が 「異次元緩 和」に踏み 出し、国債 を大量 に 購 入すること で、国債金 利は急激に 低下し、さ らにはマイ ナス金 利 まで導入されてしまった。これにより2016 年以降、政府が国債を発 行 すると、金 融機関が額 面価格と利 息の合計よ りも高い値 段で国 債
このように 日本銀行が 「異次元緩 和」に踏み 出し、国債 を大量 に 購 入すること で、国債金 利は急激に 低下し、さ らにはマイ ナス金 利 まで導入されてしまった。これにより2016 年以降、政府が国債を発 行 すると、金 融機関が額 面価格と利 息の合計よ りも高い値 段で国 債