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2008 年以降の日台関係は、馬政権が推進する「活路外交」の脈絡 の下で進展した。4 年余りの展開を回顧すれば、2008 年の「聯合号」

事件、2009 年の台湾地位未定論発言の引き起こした軋轢は、日台関 係が 久しく経験 していなか った緊張と 軋轢を経験 することと なった 。 し かし、その 後は台湾側 が提出した 「台日特別 パートナー シップ 」

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%AA%E7%A9%BA%E6%9C%80%E6%96%B0).pdf#search='民間航空業務維持に関す る取り決め'。

81 「特許手続分野における相互協力のための公益財団法人交流協会と亜東関係協会と の 間 の 覚 書 」 公 益 財 団 法 人 交 流 協 会 、2012 年 4 月 13 日 、 http://www.koryu.

or.jp/ez3_contents.nsf/Top/9863180816113BB9492579D5001A768A?OpenDocument ;「 マ ネーロンダリング及びテロ資金供与に関連する金融情報の交換に関する公益財団法 人交流協会と亜東関係協会との間の覚書」公益財団法人交流協会、2012 年 4 月 25 日、

http://www.koryu.or.jp/ez3_contents.nsf/Top/E57276A5BD7B7783492579EB0003C093?Op enDocument。

に 顕著な対日 重視政策の 姿勢と右に 沿った形で の実務交流 の進展 で あった。

国交のない 日台関係に おいて垣間 見られる「 継続性」と して、 本 稿 では日台双 方国民の好 感度、堅調 な実務交流 につき検討 した。 一 方で「挑戦」として、「聯合号」事件、台湾地位未定論発言に対する 台 湾側の強い 反発と摩擦 は、日本側 は親身に政 権交代の意 味を認 識 さ せられ、日 本側も変化 する必要を 痛感させら れた。その 一方で 、 2010 年には 3 名の元首相が訪台するという展開があったが、その背 景 には中国が 日台関係の 動きに対し て放任姿勢 を採ってい るわけ で は なく、台湾 の対外政策 の動向に自 信をもって 対処できる ように な ったと指摘した。

最 後に「 聨合 号」事 件後 に台湾 側に より提 出さ れた特 別パ ートナ ー シップ、日 台双方で合 意された交 流と協力に かかる覚書 の合意 に よ り、国交の ない日台関 係における 実務交流の 枠組みが固 まった 。 2011 年 3 月の東日本大震災に対する台湾官民の日本社会への支援は 日台関係発展の新たな契機となり、同年 7 月の「日台絆イニシアテ ィブ」では、特に日本の復興支援を後押しする具体的な項目を決め、

日 本要人の頻 繁な訪台、 実務交流強 化にかかる 覚書が交わ された こ とをふまえ、馬総統自身から「この40 年で最も友好的な『特別パー トナーシップ関係』を確立した」と語られるまでになった82。 日本では2009 年に歴史的な政権交代があったが、対外政策では対 米関係の「漂流」、対中関係の緊張などもあり、民主党政権独自の台 湾 政策は全く 伺えず、断 交後一貫し ている従来 の実務関係 を粛々 と 処理していく立場と姿勢を堅持しているが、2011 年 3 月の東日本大

82 「中華民國第 13 任總統、副總統宣誓就職典禮」中華民國総統府、2012 年 5 月 20 日、

http://www.president.gov.tw/Default.aspx?tabid=131&itemid=27200&rmid=514。

震 災後の日台 関係は、国 交がないと いう制約の 中でできる 限りの 実 務交流の協力と強化を推進する展望が見える。

馬総統の再 選により、 台湾の両岸 政策を含む 対外政策に 大きな 変 動 はないとの 見通しがさ れる中で双 方が今後と も中長期的 な実務 交 流 の枠組みに 沿った形で 協力関係を 築いていく ことが、日 台関係 を 安 定させるこ とになるは ずである。 両岸関係、 米台関係を はじめ と す る東アジア 情勢、日本 と台湾双方 の内政の動 向など日台 関係に 影 響 を与える要 素は複数存 在するが、 今後は両岸 関係だけで なく中 国 国 内の動向と 日中関係な どにも注意 を払いなが ら、日台関 係の動 向 を考察し続ける必要がある。

( 寄 稿 :2012 年 5 月 10 日、採用:2012 年 6 月 13 日)

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