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君民共治

在文檔中 中江兆民的政治思想 (頁 26-36)

第一章 兆民の「義」の政治と人間観

第二節 君民共治

「民権これ至理なり、自由平等これ大義なり」(『一年有半』)1のように、兆 民の「義」の政治を一言でいうと、それは「自由・平等・民権」の政治である。

兆民は民権自由について「漢土にありても孟軻、柳宗元早くこれを覰破せり、

欧米の専有にあらざるなり」2というように、民権主義は欧米の専有のものでは なかったと主張した。しかし、孟子や柳宗元以外に「民」を政治の主眼に置く 思想家や政治家はそんなに多くなかった。そもそも孟子のような民本思想と西 洋の民主思想とは、人民は受動的に世話をされる者と主体的に政治に参加する 者という本質的な違いがある。

西洋の民主思想は特定の思想、宗教、文化の中で、長い時間を経て発展して きたものである。民主制を日本に移植しようとするならば、日本の歴史、宗教、

文化また固有の政治制度をまず考えなければならないと思うが、兆民はそのこ とについてどう考えているのか。その問題の前に、まず兆民の思考方法を考え る。

紳士君、豪傑君、南海先生三人の会話で成立した『三酔人経綸問答』(1887)

では、極端の理想主義者の代表である紳士君は、「政理的進化の神」3の存在を 信じている。紳士君は、政治社会は「専擅の制」「立憲の制」「民主の制」とい う三つの進化の段階があると考える。その進化論は一直線で、自由平等への道 にもし少しでも後退することがあれば、革命などの大惨事が起こっても当然の ことだとした。その紳士君の進化論について、最も兆民の思想を代表できる南 海先生は進化神の道は迂曲で、「吾儕人類にして妄に進化神を先導せんと欲する ときは其禍或は測る可らざる者有り、唯当に其往く所に隨ふて行歩す可きのみ」

4と反論した。そして進化神の悪む所は紳士君の言うように後退することではな

1 中江兆民『一年有半・続一年有半』岩波書店、1995 年、56 頁。

2 中江兆民『一年有半・続一年有半』岩波書店、1995 年、56 頁。

3 『三酔人経綸問答』『中江兆民全集』八、184 頁。

4 『三酔人経綸問答』『中江兆民全集』八、257 頁。

く、「其時と其地とに於て必ず行ふことを得可らざる所を行はんと欲すること」

だと主張した。つまり自由平等の政治を実現しようとしたら、まず時勢や地方 の風俗を考えなければならない。

そういう考え方はほかの文章でも見られる。『国会論』では、財産制限のある 選挙制を支持する漸進家に対し、兆民は急進家の立場に立ち、普通選挙制を支 持する。漸進家はすでに国会を実現したヨーロッパの国々の中でも、普通選挙 制を採用した国は少ないので、日本も選挙制に制限をかけるべきだと主張する。

それに対して、急進家は「我輩は唯正理公道に是れ従う者なり、我輩は泰西諸 国の制度を講究するに於て唯其正理に合するの如何と公道に適するの如何を見 るのみ」5、「泰西諸国各々其国会の構造に於て制度を相異にする所以のものは 他に非ず、彼れ皆自国特異の歴史有り習慣有り衣食住並びに職業より起因せる 気風有り」6と反論した。

これらの文で、兆民の思考方法がはっきり見えた。松永昌三氏は兆民の思考 方法について、「まず第一に理義(理想、理論、急進)に徹して考え、その方向・

指針を定め、次いで、利益(漸進)を考慮し、現実への対策を設定するという ものであった」7という結論を出した。前節ですでに「利」は「義」の副産物だ という兆民の考え方を紹介したので、「利益を考慮する」というよりは単に「現 実への対策を設定する」のほうが適切なのではないかと思う。いずれにせよ、

兆民は理想主義者であるが、決して現実を一切見ないような極端な理想主義者 ではない。兆民は日本当時の政治の実情を考え、自由平等の政治を実現できる 対策を考えていた。それは「君民共治」である。

兆民は 1881 年に『東洋自由新聞』で「君民共治之説」という文章を発表した。

天皇の存在をめぐって論争し続けた日本の学者や政治家に対し、兆民は「共和 政治」の名に惑わずに、日本は行政立法の権を人民が共有するという実質の「共

5 『国会論』『中江兆民全集』十、62 頁。

6 『国会論』『中江兆民全集』十、63 頁。

7 松永昌三『中江兆民の思想』靑木書店、1970 年、29 頁。

和政治」つまり「君民共治」制を取るべきだと主張した。「君民共治」は文字ど おりに君主(天皇)と人民はともに国を治めることで、即ちイギリスのような 立憲君主制である。兆民の「君民共治」論を理解するためには、まず兆民の「共 和政治」の定義を解明しなければならない。兆民の「共和政治」の定義は簡単 に言うと、人民がある政治体の実質の主権者であることである。しかし、どん な状況で人民は実質の主権者だと言えるのか。次に『民約訳解』と『社会契約 論』を通じて、兆民の「君民共治」論の構造を明らかにしたい。

兆民は『民約訳解』の叙で翻訳の意図を説明した。ヨーロッパ諸国は、ルソ ー、モンテスキュー、ロック、ベンサムなど哲学者の著作に啓蒙され、風俗を 改易し政治制度を改革する。それを契機として、西洋文明が急速発展し、近代 に入るのである。その哲学者の中で、ルソーはその第一人者だと思われる。な ぜなら、それは、ルソー哲学の要約は「民をして自から修治せしめて、官の抑 制する所と為る勿らしむるに在る」8からである。兆民は『民約訳解』を翻訳す る目的は、「人民自治」「人民主権」の原理を日本人に紹介するためだと思われ る。

ルソーの考えでは、自然状態の人間は「社会契約」を結ぶことで、「各契約者 の特殊な自己に代って、一つの精神的で集合的な団体をつくり出す」9。それは 国家または主権者と呼ばれ10、その意志は「一般意志」という。一般意志は「つ ねに正しく、つねに公けの利益を目ざす」11。また、主権は人民全体の意志だ という場合は、「この意志の表明は、主権の一行為であり、法律となる」12。そ の「社会契約」の条項について、ルソーは以下のように述べる。

われわれの各々は、身体とすべての力を共同のものとして一般意志の最高

8 『民約訳解』『中江兆民全集』一、132 頁。

9 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、31 頁。

10 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、31 頁。

11 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、46 頁。

12 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、44 頁。

の指導の下におく。そしてわれわれは各構成員を、全体の不可分の一部と して、ひとまとめとして受けとるのだ。13

このように、ルソーは法律の正当性の根拠として、一般意志を提出したので ある。自然状態にある人間は最初の合意で「社会契約」を締結し、社会状態に 入る。「社会契約」を結ぶことで、ある社会に属するすべての人々が一つの精神 的人格を作りだし、その意志は一般意志と呼ばれる。一般意志は人間の理性に よって成立したものなので、それは間違うことがなく常に正しい。「社会契約」

によって、社会の人々は、その社会の精神的人格の「一般意志」に従うことを 最初の合意で承認した。よって、人々はその具体化したもの、つまり法律を守 る義務がある。「この契約は、何びとにせよ一般意志への服従を拒むものは、団 体全体によってそれに服従するように強制されるという約束を、暗黙のうちに 含んでいる」14

しかし、ルソーの「一般意志」には一つの大きな問題がある。それはルソー 自身も認めたように、「人民の決議が、つねに同一の正しさをもつ、ということ にならない」15ことである。その原因は、「各個人は、人間としては、一つの特 殊意志をもち、それは彼が市民としてもっている一般意志に反」16し、「私の利 益をこころがける」17と考えられる。公けのことについて議論する時、もし多 くの人は「一般意志」を使用せず、「特殊意志」だけで決議する場合、その法律 に正当性はあるのか。多数決では、その法律は一部の人間の「特殊意志」によ って作られるものにすぎず、ほかの人々の自由や利益を侵害する法律になりか ねない。もし正当性があるなら、人間の自由を圧迫する悪法にもかかわらず、

それを守らなければならないことになるのである。もし正当性がないなら、法 律を守らなくていいことになるのではないか。兆民はそれに対し、どう考えて

13 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、31 頁。

14 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、35 頁。

15 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、46 頁。

16 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、35 頁。

17 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、47 頁。

在文檔中 中江兆民的政治思想 (頁 26-36)

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