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有限委任

在文檔中 中江兆民的政治思想 (頁 61-74)

第二章 兆民の国会論

第二節 有限委任

前節では、主権者として政治に参加する近代的市民のあり方について述べた が、その市民たちがともに話し合って主権者の意志たる法律を決める場所の国 会について、兆民はどう考えていたのか。『国会論』では、兆民は、

国会未だ設けざる前の政府は真の政府に非ざるなり、仮の事務所なり、国 会未だ立たざる前の人民は真の人民に非ざるなり、仮の聚合物なり、政府 の名義を正して真の政府のと為し受託者と為し、人民の名義を正して真の 人民と為し委託者と為し、政府をして人民をして並に自ら恥るところ無き を得せしむる者は、其れ唯だ国会乎1

と述べた。政府を真の政府にし人民を真の人民にするために、国会を設立し なければならないと兆民は主張した。なぜなら、国会は法律を制定する場所で あり、人民が実際にその意志を行使する場所だからである。国会がないと、人 民主権というのも空想に等しい。

しかし、もし国会が設立されたとしても、それは人民主権の政治を実現する とは限らない。実際に法律を決めるのは人民に選ばれた代議士だという間接民 主制では、代議士以外の人民は選挙の日にだけ国の主人であり、それ以外の日 には奴隷であることも可能である。そのため、代議士の権限の制限、選挙人と 代議士の委任関係は重要である。

1890 年 11 月に開設された日本最初の国会である帝国議会を立派な国会にす るために、兆民は『選挙人目ざまし』(1890 年)を著した。その目的は、『国会 論』と同じように、「国会」で政府を真の政府にし人民を真の人民にすることで ある。ただ選挙人の資格と国会の最低限の権限を論じる『国会論』とは異なり、

『選挙人目ざまし』では兆民は主に選挙人と代議士の関係について論じた。そ れによると、代議士の委任の方法は「無限委任」と「有限委任」があるが、兆

1 『国会論』『中江兆民全集』十、74-75 頁。

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民は「有限委任」の立場に立つ。

「有限委任」と「無限委任」について説明する前に、まず選挙人はどの基準 で代議士の適性を判断するのかということを説明する。兆民は、選挙人に向け て以下のように告げた。

代議士とは其名の指示する如く公等に代はりて事を議す可き者なり、左れ ば其第一の資格は政事の綱要に関して公等と所見を同ふするの処に在り、

若し政事の綱要に関して公等と所見を異にして又は反対の意見を持するに 於ては正しく公等の政敵なり、一歳十五円以上の税金を出して丁寧に慇懃 に他日の政敵を買取るが如きは智者は為さゞるなり、政事の綱要に関して 公等と所見を同くして、其人且つ智有り勇有り学識有り口弁有るに於ては 是れ天実に公等に賚ふに神使を以てせしなり、公等と所見を異にし又は反 対の意見を持して、其人且つ智有り勇有り学識有り口弁有るに於ては、是 れ天実に公等に賚ふに悪魔を以てせしなり、否な公等自ら天使を買取りし なり、自ら悪魔を買取りしなり、一紙の票箋は以て天使を買ふ可く以て悪 魔を買ふ可く、又或は以て天使にも非ざる悪魔にも非ざる無益無害の豚犬 をも買ふ可し2

兆民は、代議士は三種類に分けられると述べた。最上の代議士は自分と同じ 意見を持つ能力の高いものである。最低の代議士は能力が高いが、自分と反対 の意見を持つものである。その間にあるのは、兆民は具体的に説明せずただ「無 益無害の豚犬」と例えるが、おそらく自分とは意見の衝突は特になく、平凡な 能力の持ち主で、可もなく不可もない代議士を指しているのだろう。

兆民がこの文章を書く時は、選挙権は年に国税十五円以上を納める日本人だ けに限るとする制度が確定されていた。兆民はそれに対し、「衆議院議員を選挙 するの権有る者即ち直接国税十五円以上を納むる者のみ日本国民にて、其他は

2 『選挙人目ざまし』『中江兆民全集』十、84-85 頁。

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日本国民に非ざる」と不満を言ったが、選挙権のある日本国民にどのように適 切な議員を選ぶのかを伝えるために、この文章を書いた。税金を納める以上、

しかも選挙権に財産制限がある以上、議員候補者に投票するのは税金で国会に おける自分の代弁者を買うようなものである。だから、自分と同じ意見の候補 者を選ぶべきである。自分と異なる意見または反対の意見を持つ候補者を選ぶ のは、税金を費やして政敵を国会に送り込むのと同じようなことである。

兆民は選挙人に対して、「先づ公等の胸中に政事の綱要無かる可らず」3、代 議士を選ぶ「其第一の資格は政事の綱要に関して公等と所見を同ふするの処に 在」4ると述べていた。家屋の建造を大工に任せる前に、家の主はあらましの図 面が必要なように、選挙人も政治に参加するには自分の意見を持たなければな らない。そうでもなければ、くじ引きでもすれば済むのに、わざわざ選挙の手 数をかける必要はなくなるだろう。兆民はそう言っている。

以上をまとめると、兆民は、選挙人はまず国のことについて自分なりの意見 があり、自分と同じ意見を支持する有能な代議士を選ぶべきだと考えている。

そのため、代議士は国会で選挙人の代表として、法律を作り政策や予算の審議 をすることができるのである。しかし、代議士は選挙人の意見を国会で代弁す ることができても、その方法は「有限委任」と「無限委任」の二種類がある。

無限委任とは、「選挙人たる者唯代議士の論綱を聴きたる丈けにて選挙して、

一切の事項は代議士をして国会中に於て臨機応変もて論述せしむる」という委 任制度である。代議士が選挙人の支持を得て国会で選挙の時に約束した政見の 通りに行動する委任制度である。その主意は「選挙人中の明眼者をして成丈け 活潑に其明を用ひしむるに在り、被選人中の大才子をして成丈け自由に其才を

3 『選挙人目ざまし』『中江兆民全集』十、85 頁。

4 『選挙人目ざまし』『中江兆民全集』十、84 頁。

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振はしむるに在」5るのである。選挙人は人を見る目を養い、優秀な候補者を選 び、代議士を国会において自由にその才能を発揮させるのである。選挙人にと って眼識が一番必要なもので、候補者にとってはその能力が一番必要なもので ある。

有限委任とは、「代議士は云はゞ選挙人の脳髄にて思考したる条件を自己の唇 舌にて論述する」6という委任制度である。有限委任は、代議士が選挙人の委託 を受け、国会で彼らの意見を代弁する委任制度である。その主意は、「選挙人即 ち国会外多数人民の権を重くして、代議士即ち国会中少数人民の権を軽くする に在り、多数選挙人をして成る丈け政事に参預せしむるに在り、少数被選人を して成る丈け自ら恣にせしめざるに在」7るのである。有限委任における代議士 は無限委任における代議士ほど自由ではなく、国会で発言する時は基本的に選 挙人の意見に従うのである。それはなるべく少数の代議士の権限を制限し、多 数の選挙人の参政権を最大にする制度である。

兆民は有限委任論のほうに軍配を上げた。なぜなら、それは間接民主制のも とにおいて最もルソーの人民主権の理念を実現できる制度だからである。

ルソーは国会や代議士を否定的に捉える。「主権は本質上、一般意志のなかに 存する」8から、主権は「分割できない」9かつ「代表されえない」10。よって、

ルソーは代議制を否定する。更にルソーはイギリスの代議制について以下のよ うに批評した。

イギリスの人民は自由だと思っているが、それは大まちがいだ。彼らが自 由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、イ

5 『選挙人目ざまし』『中江兆民全集』十、88-89 頁。

6 『選挙人目ざまし』『中江兆民全集』十、88 頁。

7 『選挙人目ざまし』『中江兆民全集』十、88 頁。

8 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、133 頁。

9 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、44 頁。

10 桑原武夫、前川貞次郎訳、ルソー『社会契約論』岩波書店、1954 年、133 頁。

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ギリス人民はドレイとなり、無に帰してしまう。11

ルソーが代議制に反対するのは、選挙によって人民は主権者としての権利を 代議士に譲り、選挙の日にしか政治に参加することができないからである。

ルソーの代議制否定論に対し、兆民は一方ではそれを認めてはいたが、他方 では近代社会は「議会」と「代表」なしには成立しえないということを承認し

ルソーの代議制否定論に対し、兆民は一方ではそれを認めてはいたが、他方 では近代社会は「議会」と「代表」なしには成立しえないということを承認し

在文檔中 中江兆民的政治思想 (頁 61-74)

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