第四章 紅茶
4.3 日本の紅茶に関する記述
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武の著作が初めてである。『米欧回覧実紀』(2・21)によれば、「英 国に消費する茶は、下等の品多けれども、一口一人に 4 磅の平均 に至る。其茶は紅茶黒茶及び緑茶なり」とある。
明治 20(1887-89)年の「浮雲」『二葉亭四迷』の二・八の中に、
「骨牌を弄ぶ事も出来、紅茶の好悪を飲別ける事も出来」とある。
いい紅茶、悪い紅茶の認識が広まっていたことが分かる。さらに、
明治 42(1909)年の夏目漱石『それから』の中に、紅茶に関するシ ーンがある。ここで描かれる紅茶の場面から、日本に紅茶が普及 していたことがよくわかる。第 1 章の中に描いている生活描写を 見てみよう。
約 30 分のあと彼は食卓に就いた。熱い紅茶を啜りながら燒き パンにバタを付けると、門野と伝ふ書生が座敷から新聞を畳 んで持つ来た。
とある。ここでは、当時は熱い紅茶を飲みながら、パンにバター を付けるという西洋風、現代風の食事風景が描かれている。また、
『それから』の 6 章 2 番の中にも、紅茶を飲む場面がある。以下の 引用文ように説明している。
代助が朝食の膳に向つて、例の如く紅茶を呑んでゐると、門 野が、洗ひ立ての顔を光らして茶の間へ這入つて来た。
とある。主人翁代助の朝食はいつも紅茶を飲む。そして、16 章 7 番の中に、「朝飯は食はずに只紅茶を一杯飲んだ」にもある。さらに、
6 章 2 番の箇所も参照してほしい。
代助は椅子の上で、時々身を動かした。さうして、自分では 飽く迄落ち付いて居ると思つてゐた。やがて、紅茶を呑んで 仕舞つて、例の通り読書に取りかゝつた。
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とある。また、12 章 3 番の中に、
立ちながら紅茶を一杯啜つて、タヱルで一寸口髭を摩つて、
それを、其所へ放り出すと、すぐ客間へ出て、「やあ兄さん」
と挨拶をした。
ほかに、明治 36(1903)年の連載小説である『食道楽』の春の巻 243
「手軽な菓子」中でも、紅茶が日本で流行していたことが描かれて いる。
小山「ナニ炭代位は持出しても構いません。二十銭の会費で 豚のロースに牛の舌の寄せ物にレモンのゼリーにビスケット に手軽なチョコレートケーキが紅茶が飲めるという事を広く 世人に知らしめれば忽ち世間の流行となって茶話会の弁当は サンドウィッチか冷肉料理になりましょう92。
また、同章の中に、当時の紅茶のほかに飲み物がある。続いては、
ミルクティ―の値段を説している。
……お登和嬢「前の時が珈琲ですから今度は紅茶位がよいでし ょう、紅茶半斤へ砂糖と牛乳を交ぜて四十銭位です。それにお 菓子を何か添えましょう……93。
とある。そして、春の巻 74 章の「いろいろの朝食」の中に、「そ の外にこの日はパンへバターをつけて少し食べて錫蘭の紅茶を飲み ます。」とある94。明治 36(1903)年に、すでに錫蘭紅茶に流行ってい
92 村井(2012):179.
93 村井(2012):179.
94 村井(2005):211.
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たことが分かる95。そして、他の文献によるれば、富徳蘆花の『不如 帰』(1898-89)上の五の中によると、「紅茶(コウチャ)を持て来し 紅のリボンの少女に紫陽花の花を簪与えつ」とある。
95 『食道楽』(下):191、199 などがある。
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