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食うことと うことと うことと恋 うことと 恋 恋すること 恋 すること すること すること
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政治大學日本語文學系 政治大學日本語文學系政治大學日本語文學系
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1.ジェンダージェンダージェンダージェンダー意識意識意識意識でででで考考考える考えるえる文学表現える文学表現文学表現文学表現ののの異化の異化異化異化とととと越境越境越境越境────告白自伝小説告白自伝小説告白自伝小説告白自伝小説のののの 陥穽陥穽
陥穽陥穽(((桎梏(桎梏桎梏桎梏))))
林芙美子の代表作である『放浪記』は、昭和三年八月より昭和五年十月まで『女 人芸術』に発表された作品である。この作品は半自伝ともいうべき内容で、叙述 のスタイルについても日記風に事実を記録する体裁をもっている。しかし、貧困・
痛苦の仔細を述べることはなく暗い雰囲気を濃厚にはしていない。
芙美子は、『放浪記』の日記を書いた動機について、後に次のように言っている。
<この「放浪記」は、十八歳頃から、二十二三歳頃までの日記を、とびと びにまとめてみたので、働いていた私は、日記の形式とか、詩のやうな形 式のものしか書けなかった。一日働いて疲れて戻ってくる生活だったせゐ か、書くと云ふことは、こんな簡単な形式しか選べなかったのだと思ふ。
……私は母を強く愛してきた。母は私のお守りのやうなものだとおもって ゐる。……私の「放浪記」は別れてゐる母へ送る手紙のやうなものだとも 云へるであろう。>(決定版「放浪記」はしがき『林芙美子全集 第十六 巻』)
<此放浪記を書き始めた動機は、ハムズンの「飢ゑ」といふ小説を読んで からである。>(「放浪記Ⅱ 林芙美子文庫」あとがき『林芙美子全集 第 十六巻』)
昭和十四年十一月、芙美子は新潮社から『放浪記―決定版―』を刊行した。改 造社版を出してから既に十年、既に大作家になっていた芙美子は、幼きときの文 章のままで流布していくことに耐えられず、気の済むまで書き直したのがこの「決 定版」である。以後の流布本はこの「決定版」によっている。
<「放浪記」は、私の青春の記念であり、これはこれだけで、私の仕事の一 部分であってよいのだとおもってゐる。「放浪記」は、幼い文字で、若い 私の生活を物語ってゐる作品だけれども、私はこれを私の作品の代表的な ものにされるのは、いまは不服な気持ちである。……
「放浪記」は、いままでにずゐぶん版を重ねて、若いひとたちに多く読ま れてきた。今度決定版として出版するにあたり、不備だった処を思ひきり
私は書き直してみた。>(決定版「放浪記」はしがき『林芙美子全集 第 十六巻』)
芙美子は、この頃のことを「此放浪記を書始めた動機は、ハムズンの『飢ゑ』
といふ小説を読んでからである。作家になるなぞとは思ひもよらない事だったが、
とりとめもない心の独白を書いてゐるうちに、私は次々に書きたい思ひにかられ、
書いてゐる時が、私の賑やかな時間であった。」と述べている。「歌日記」は芙美 子の憂さの捨てどころである。「書くこと」で、現実の悲惨な生活からやっと救わ れている。「作家になるなぞとは思ひもよらなかった」にしても、芙美子は、いつ の日かこの「歌日記」を活字にしたいという強い思いを持っていた。72
ジェンダーとは文化的性差、すなわち社会・文化に規定された女と男のありよ うを示すことばである。家庭、学校、職場ほか大小さまざあな集団に組み込まれ て暮らす中で、ひとは自身の役割を認識し、それをこなすべく学習を積むことを 強いられる。そのうちでも、性役割は、女/男のどちらかに生まれたかというセ ックス(生物学的な性差)によって、個性や個人の要望にはかかわりなく、「女(男)
は~でなければならない」といった常識として体得することを繰り返し求められ るものである。また、ケイト・ミレットは、フェミニズム文学批評の古典的著書
『性の政治学』の中で、「個人的なことは政治的である」と看破し、「性による支 配は、おそらくイデオロギーとしてわれわれの文化の中に最も広く行きわたり続 け、最も根本的な力の概念となるだろう」と指摘している。文学表現を、個と個 が切り結ぶことで生まれる場、そこに現出するドラマを捉えたものとして考える ならば、表現の中に、旧来のジェンダー意識を異化したり越境する発想や方法が どのように導入・実現されているかを探ることは評価の機軸として極めて重要な ものとなる。昭和初期において、ジェンダーの視点から評価し得る文学表現を探 るアプローチとして、昭和初期のベストセラー小説のひとつ、林芙美子の『放浪 記』から始めたい。
<あれもこれも書きたい。山のように書きたい思ひでありながら、私の書い たものなぞ、一枚だつて売れやしない。それだけの事だ。名もなき女のい びつな片言。どんな道をたどれば花袋になり、春月になれるものだらうか。
写真屋のような小説がいいのださうだ。あるものをあるがままに、おかし な世の中なり。たまには虹も見えると云ふ小説や詩は駄目なのかもしれな い。/あんまり蚊にさされるので、また、汗くさいちぢみに手を通して、
畳に海老のようにまるまつて紙に向ふ。何も書く事がないくせに、いろん な文字が頭にきらめきわたる。>
72齋藤富一『私の林芙美子』、崙書房
作品が男女いずれの視点から物語られ、そのことによって何が有効に映し出さ
『放浪記』の挿入詩と本文の関係から考えれば、三十四編の詩編のうち、はじ めに考察したいのは、『放浪記』に挿入された自作詩と重複する詩である。詩集の 中における詩と、『放浪記』の中の挿入詩では、同じ詩であっても、詩の評価は全 く変わってくる。詩集の中で詩をみるよりも、『『『放浪記『放浪記放浪記放浪記』』』』ででで挿入詩で挿入詩挿入詩挿入詩としてみたとしてみたとしてみた方としてみた方方方 がが
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況況がががが想像想像想像できるからである想像できるからであるできるからであるできるからである。。。。詩の背景の説明は、詩がそれだけで自立していない ため必要であった。『放浪記』の挿入詩と本文の関係は、挿入詩のみならず、石川 啄木の短歌や「古詩源」の漢詩、チェーホフの「桜の園」など小説の一節のほか、
両親と交わした書簡、といった数々の挿入文にもあてはまった。小説の中に挿入 文を入れる方法は、『放浪記』以降、最晩年の『浮雲』まで続いた、林芙美子の独 特のものであった。75このような挿入詩と本文の関係性を石田忠彦は「伊勢物語」
などの歌物語の影響としてみている。
また、原子朗氏は「林芙美子」(『国文学』昭44・1臨増)で、『放浪記』の 文章形式の特徴として、句切れが短い、改行が多い、直喩の多用、女性語の多用、
文末「だ」止めの多いこと、文末「なり」「候」止め、俗語、卑語の多用、カタカ ナ表現、オノマトペ頻要などを挙げ、ユーモア、平易などの効果に言及し、それそれそれそれ らの
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投投
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