なぜ政権は交代したか?
2016 年台湾総統‧立法委員選挙の観察
蔡
佳 泓
(台湾‧国立政治大学選挙研究センター研究員兼主任)【要約】
本 稿は政 党の 社会的 基礎 、政治 的立 場、馬 英九 総統の 支持 率、経 済状況、政党組織等複数の側面から2016 年の総統選挙を分析し、政 権交代の主要な原因が、過去 8 年間で国民党が若年層、高等教育レ ベ ル層の支持 を失ったた めと考える 。また、副 次的な原因 として 総 統の支持率低迷が、国民党候補指名過程での混乱を招いた。そして、 国民党の組織機能の不全が他方で長期的な問題となっている。 キ ーワ ード: 総統選挙、立 法院選挙、 ナショナル ‧アイデンティテ ィ、両岸関係一 はじめに
2016 年 1 月 16 日に行われた総統‧立法委員選挙では、与党であっ た 国 民 党 の 正 副 総 統 候 補 の 朱 立 倫 と 王 如 玄 の 得 票 率 は わ ず か 31.03% と な っ た 。 一 方 、 民 進 党 候 補 の 蔡 英 文 と 陳 建 仁 の 得 票 率 は 56.12%に達し、国民党は 8 年間握った政権を引き渡すこととなった。 立法委員選挙では、民進党が 68 議席、国民党が 35 議席、親民党 3 議席、そして新政党である時代力量が 5 議席をそれぞれ獲得した。 今 回の選挙が 興味深いの は、なぜ政 権交代が起 こったのか という こ と である。国 民党はなぜ 立法院の議 席数を大き く減らした のか。 さ らに国民党は4 年ないし 8 年後に再び政権を執れるだろうか。 本研究は、 主に社会心 理学の理論 を用いて今 回の政権交 代の原 因 を 考察する。 社会心理学 の理論では 、有権者は 家族および 学校教 育 か ら政党に対 する心理的 な帰属意識 を得るが、 それは政党 帰属意 識 と 呼ばれ、有 権者は政党 帰属意識を 用いて各種 の政治問題 につい て 理解し、どのように投票するのかを決定すると指摘される1。有権者 は 常日頃候補 者の政治的 立場や過去 の実績など を理解する 時間は な く 、それゆえ 長期的な政 党帰属意識 に基づいて 投票を行う 。政党 は 政 治的立場を 表明し政党 帰属意識の 比較的少な い有権者を 取り込 も う とするが、 有権者も政 党帰属意識 に基づいて 自分が好む 立場を 政 党に投射するしている2。 政党帰属意 識の道筋か ら、まず有 権者の構成 や政党の立 場を観 察 し、この 2 つの要素から政党の社会的基礎および政党のポリシーを1 Campbell, Angus, Converse, Philip E., Stokes, Donald and Miller, Warren, The American
Voter (Chicago: The University of Chicago Press, 1960).
2 Page, Benjamin, and Jones, Calvin, “Reciprocal Effects of Party Preferences, Party Loyalties,
分 析すること で、選挙結 果を解釈す ることがで きよう。し かし、 政 党 帰属意識は 外的環境の 変化と有権 者に対する 作用を完全 に説明 で き るものでは ない。この ため、総統 の支持率お よび経済状 況と投 票 と の関連性に ついても考 慮する。最 後に、国民 党の組織変 革につ い て検討し、政党を 1 つのアクターとしてなぜ国民党が選挙で敗北を 帰したのかを分析する。結論において、5 つの側面から明らかとなっ た点をまとめ、政策意義について検討する。
二 有権者の構成の変化
政党の社会 的基礎とは 選挙におけ る世代、教 育レベル、 省籍、 地 域 の対象者に よる支持政 党の比率を 指す。選挙 中の支持は 候補者 の 個 人的な特質 から来る可 能性もある が、政党に ついての選 好では な い 。選挙のデ ータは選挙 後の調査で あり、投票 時の態度を 必ずし も 完 全に反映す るものでは ない。その ほか、デー タは連続し てサン プ ル を追跡した ものではな いため、同 一インタビ ュアーの態 度の変 化 を 調査するこ とはできな い。それで もなお、こ れらのデー タから ど う いった背景 の民衆が国 民党あるい は民進党を 支持するの かを理 解 することができよう3。 これまで民 進党は常々 「台湾意識 」を訴求し 、国民党の 代表は 中 華 民国の伝統 を訴えてき た。そのた め、民進党 の支持者の 中には 本 省 閩南人、つまり台湾で生まれた、あるいは父親が台湾で生まれた 者 が比較的多 い。相対的 に、本人あ るいは先代 が中国大陸 で生ま れ た者は、国民党を支持する割合が比較的高い4。このほか、一般的に3 Yu, Ching-hsin, “Taiwan’s Election and Democratization Study, 2008 (TEDS2008P): The
Presidential Election,” National Science Council Research Plan: NSC: 96-2420-H004-017, 2004.
若 い有権者は 年長の有権 者と比較し て民進党を 支持し、教 育レベ ル の 低い有権者 もまた比較 的民進党を 支持する。 本省閩南人の居住地 は 南部の県市 である割合 が高く、こ のため、通 常民進党は 南部で の 得票率が比較的高い。 2004~2016 年の 4 度の選挙で有権者の構成に変化があっただろう か。2004 年の選挙は国民党と民進党の競争が史上最も激化した選挙 であり、得票率の差は1%に満たなかった。両陣営が各自の社会的基 礎を極限まで拡張したことが想像できよう。そして、2008 年の選挙 で は、国民党 候補の馬英 九のイメー ジが良好な のに対して 、民進 党 は 当時一連の 汚職スキャ ンダルがあ ったため、 国民党は従 来民進 党 を支持していた民衆を取り込めた可能性がある。しかし、8 年の執政 後 、国民党支 持者は民進 党候補のイ メージが比 較的良好で あった た め 、民進党支 持に翻り、 国民党の社 会的基礎も 元来の構成 に戻っ た と考えられる。本論の分析で上述の研究仮説を証明する。 本論では、2004~2016 年の台湾選挙‧民主化調査(Taiwan’s Election
and Democratization Studies, TEDS)における、毎回の総統選挙後に行
ったインタビュー資料に加え、選挙研究センターが 1996 年と 2000 年の総統選挙後に実施したインタビューを使用する。
代が台湾で生まれたか否か、大陸のどの省の人間かが示されていた。また台湾で生 まれた者はさらに本省閩南人、本省客家人、先住民に分けられていた。原籍の異な る者の婚姻が一般的となり、本省客家人と本省閩南人は基本的にいずれも台湾で生 まれているが、言語や文化の差異があるため、一般の人はこの両者を区別する。王 甫昌は政府の統計における本籍の定義および統計方法について考察している。王甫 昌「由「中國省籍」到「台灣族群」:戶口普查籍別類屬轉變之分析」『台灣社會學』 第9 期、2015 年、頁 59~117。
図1 2004~2016 年の年齢別国民党投票支持率 (出典)台湾選挙‧民主化調査(TEDS) 図 1 は、各年齢層の国民党に対する支持率を示している。2012 年 以前は差が小さく、2004 年には 40~49 歳の支持率が 5 つの年齢層の 中で最も高く、2008 年に支持率が最高だったのは 30~39 歳の層であ った。2016 年になると、支持率が最高であるのは 40~49 歳の層で約 40%、最低は 20~29 歳で 20%に満たず、30~39 歳においては、20% 前後しかなかった。この結果は本論の仮説を支持している。つまり、 若年層は本来その他の年齢層よりも国民党を支持し、2012 年の馬英 九の再選時には、20~29 歳の有権者の一部はすでに 30~39 歳の層に 入っており、もともと2004 年に高校生であった若年層が投票権を獲 得した 2012 年では、国民党に投票した者が 5 割を超えた。しかし、 2016 年に国民党に投票したのはわずか 2 割で、且つその他の 40 歳以 上の層と1 割以上の差がある。
図2 2004~2016 年の教育レベル別国民党投票支持率 (出典)台湾選挙‧民主化調査(TEDS) 図2 の示すところ、2004 年、小学校及びそれ以下の教育レベルに ある民衆のうち、国民党を支持する者は30%だが、専科学校‧大学 以上では、国民党支持が5 割を超えている。このことから、2004 年 の 陳水扁総統 再選時には 、民進党が 教育レベル の低い層の 支持を 多 く獲得し、国民党と相反した。2008 年‧2012 年を通して、異なる教 育レベルの支持率の差は縮まり、2016 年では、教育レベルを問わず、 国民党支持は平均して 4 割を下回り、小学校及びそれ以下の教育レ ベルの層では、国民党支持は3 割に満たなかった。 図3 では、2004 年、8 割を超える大陸各省市の民衆が国民党を支 持、本省閩南人の国民党支持は 4 割を下回っていたことが分かる。 本省客家人もまた、2004 年に国民党支持が 4 割余りであった。2008 年になると、本省客家人の国民党支持は 9 割近くに上り、大陸各省 人をわずかに下回った。2012 年を経て、2016 年には、省籍を問わず
国 民党支持率 はいずれも 減少してい る。注目に 値するのは 、本省 客 家人の国民党支持率が2008 年以降 5 割近く低下し、本省閩南人の支 持率に近づいていることである。 図3 2004~2016 年 省籍背景別国民党投票支持率 (出典)台湾選挙‧民主化調査(TEDS) 以上 3 つの図から、本省閩南人の国民党支持率は低く、省籍の差 異 は確実に存 在している ことが明ら かとなった 。教育レベ ルの低 い 層 は国民党を 支持してこ なかったが 、その他の 教育レベル との差 異 は 不明瞭にな ってきてい る。年齢の 差異は本来 それほど明 確では な いものの、直近の選挙では、40 歳以下の民衆が国民党を支持してい な いことは明 白で、この 趨勢が今後 も継続する のか、観察 を続け た い。 そのほか、2004 年と比較して、40 歳以下の有権者の国民党支持率 は 2 割近く減少し、教育レベルの低い有権者の国民党支持率に大き
な 変化はない が、専科学 校‧大学以上の教育レベルを有する有権者 の国民党支持率は 3 割近くも下がっている。本省閩南人は 1 割程度 下がった。この12 年の間に、国民党は若年層、高等教育層の有権者 からの支持を失ったことが見て取れる。
三 政党の政策立場の変化
政党政治の 精神は、政 党が表明す る政治的立 場について 有権者 の 賛同を獲得することにあり、有権者は最も近い立場の政党を選択し、 政 党に政府を 編成し選挙 時の約束を 実現しても らう。政策 によっ て は 抽象的なも のもあるが 、比較的具 体的なもの もある。野 党は政 権 を 握った実績 がないため 、選挙で有 権者の支持 を得るため には、 与 党 とは異なる 立場を提出 しなければ ならない。 与党は通常 現状維 持 を アピールし 、有権者の 批判に対し て改善を約 束するが、 あまり に 厳 しい政策課 題を提出す ることはで きない。と いうのも政 権運営 時 の 態度との差 が大きすぎ ると疑念を 持たれてし まうためで ある。 こ の ほか、特定 の政策にお ける業績が 特に良いと 認識される 、つま り 「イシュー‧オーナーシップ」の概念を獲得する政党もある5。 民進党は2008 年の選挙で国民党に経済成長が不十分だと批判され、 加 えて両岸関 係の悪化や 米国および 日本との関 係も芳しく なく、 外 交と内政のいずれも苦境に立たされていた。馬英九は2008 年、総統 就任後、両岸関係を積極的に改善し、2008 年 6 月には北京で第 1 回 江 陳会談が開 催され、両 岸の週末チ ャーター直 行便開放や 大陸観 光 客の訪台等の政策が確定した。同年に第2 回会談が台北で挙行され、 そ の 後 矢 継 ぎ 早 に 「 海 峡 両 岸 経 済 協 力 枠 組 協 議 」(Economic5 Petrocik, John R., “Issue Ownership in Presidential Elections, with a 1980 Case Study,”
Cooperation Framework Agreement, ECFA)を含む 27 項目の協議およ び覚書が締結された。これら協議の成果は、馬英九政権が掲げた「統 一せず、独立せず、武力行使せず」および「92 年コンセンサス」の 基 礎の上に積 み上げられ たものだと 言うことが できるが、 民進党 か ら は中国の好 意に過度に 依頼しては いないかと 疑問を持た れ、ま た 多 く の 国際的 な 場 面 で は 依 然 と し て 中 国 か ら の 排 斥 に あ っ て い た6。 民進党の蔡英文は、2012 年に初めて総統候補として選挙で戦った ときに、「台湾コンセンサス」を発表し、多数の有権者による合意こ そ コンセンサ スであると したが、彼 女の主張は 大きな共鳴 を得る こ とはなかった。一方、馬政権が主張した「92 年コンセンサス」は、 郭台銘、王雪紅、王文淵といった多くの企業家から支持を得た7。 陳陸輝等8の分析によれば、2008 年の総統選挙において、両岸関係 の 経済貿易交 流に対する 有権者の態 度と、国民 党候補に対 する支 持
6 「92 年コンセンサス」は、1992 年に海峡交流基金会(海基会)の辜振甫理事長、海 峡両岸関係協会(海協会)の汪道涵会長がシンガポールで会談する前、双方の職員 が香港で協議し、台湾側が「双方が一つの中国の原則を堅持するが、その意味の解 釈は各自で異なる」ことを表明、海協会も「海峡両岸はいずれも一つの中国の原則 を堅持し、(中略)『一つの中国』の政治的意味には干渉しない」と示した(「何謂「九 二共識」」國家政策研究基金會、2001 年、http://old.npf.org.tw/PUBLICATION/NS/090/ NS-B-090-001.htm[2016 年 8 月 18 日取得])。海基会‧海協会は後の 1993 年 4 月、 辜汪両氏が正式に会談し、4 項の協定を締結したが、そこに「92 年コンセンサス」 という文言はない。2000 年に民進党が選挙で勝利すると、大陸委員会の蘇起主任委 員(当時)が「一つの中国、各自解釈」を「92 年コンセンサス」と呼んだ。2005 年 連戦が中国大陸を訪問した際、中国も「92 年コンセンサス」を使用したが、依然「一 つの中国」原則を強調していた。 7 「「不能沒 92 共識」王雪紅挺馬 強調個人發言 綠:政治操作」『蘋果日報』2012 年 1 月 14 日 、 http://www.appledaily.com.tw/appledaily/article/headline/20120114/33959958 (2016 年 8 月 18 日閲覧)。 8 陳陸輝、耿曙、王德育「兩岸關係與 2008 年台灣總統大選:認同、利益、威脅與選民 投票取向」『選舉研究』第16 卷第 2 期、2009 年、頁 1~22。
とには関連性があることが分かる。2012 年の総統選挙について、例 えば湯晏甄9によると、「92 年コンセンサス」を支持する有権者、お よび ECFA による経済効果を評価する有権者は民進党候補に投票し ない傾向がある。また蒙志成10も、選挙前の電話アンケート資料で、 選挙日が近づくにつれ両党候補者への投票確率が「92 年コンセンサ ス」の支持の変動によって大きく変わったことを明らかにした。 このことか ら、今回の 選挙におい て、国民党 候補の朱立 倫は変 わ らず「92 年コンセンサス」を主張した11。一方、蔡英文は「現状維 持」を表明し、1992 年の両岸会談の歴史的事実は否定せず、当時双 方 が相互理解 の精神を堅 持し、小異 を残して大 同につき、 両岸関 係 を より推進し ようとした その間の協 議、意思疎 通の経緯と 事実を 認 めた12。これは、「92 年会談精神」とも呼ばれている。 民進党が「現状維持」を表明した後、中国当局は「92 年コンセン サ ス」につい て明確な態 度を表明す るよう要求 したが、民 進党は 譲 歩 することな く、引き続 き「現状維 持」を以っ てその他の 諸国に 対 し 両岸関係の 立場を説明 した。これ に対し、米 国は、米中 間に南 シ ナ 海問題やア ジア回帰政 策に起因す る緊張関係 が生じてい たため 、 民進党に対して「92 年コンセンサス」を認めるよう要求しなかった
9 湯晏甄「「兩岸關係因素」真的影響了 2012 年的台灣總統大選嗎?」『台灣民主季刊』 第10 卷第 3 期、2013 年、頁 91~130。 10 蒙志成「「92 共識」對 2012 年台灣總統大選的議題效果:「傾向分數配對法」的應用與 實證估算」『選舉研究』第21 卷第 1 期、2014 年、頁 1~45。 11 朱立倫が 2015 年 5 月に中国を訪問した際、習近平中国共産党総書記に対し、双方が 1992 年に「両岸は一つの中国に属するが、意味‧定義は異なるコンセンサス」を得 ていると提起した。「定義九二共識 朱立倫用「同屬一中」」『自由時報』2015 年 5 月 4 日、http://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/1306148(2016 年 8 月 18 日閲覧)。 12 邱采薇「蔡英文:我的維持現狀 和馬總統不同」『聨合新聞網』2015 年 12 月 25 日、 http://udn.com/news/story/1/1401744(2016 年 8 月 18 日閲覧)。
と 考えられる 。他方で、 国民党が選 挙期間中一 貫して民進 党に後 れ を とっていた ため、選挙 後、民進党 政権とより 多くの協力 ができ る よう中立な立場を取っていたとも考えられる。 それ以外に、有権者は過去 8 年間の両岸関係について多くの不満 を持っていた。2013 年 6 月 21 日、両岸両会が中国‧上海市で第 9 回 トップ階段 を行い海峡 両岸サービ ス貿易協定 に署名、開 放する 項 目リストを対外的に公表した。2014 年 3 月 18 日、内政委員会の張慶 忠 召集委員が サービス貿 易協定の本 会議(院会 )への送付 、つま り 委 員会におけ る逐条審議 をこれ以上 行わないこ とを宣言し た。こ の 行 為に対して 、それまで 立法院の外 で待機して いた市民団 体や学 生 組 織が、立法 院に進入し て議場を占 拠し、サー ビス貿易協 定撤回 、 審 議のやり直 しを要求し 、そこでは 両岸協議の 監督条例を 制定し て 初めて審議がなされるべきだと強調した。学生は議場を24 日間に亘 り占拠し、3 月 23 日の晩には行政院への突入もはかったが、警察の 動員により強制排除された。江宜樺行政院長は3 月 22 日学生と直接 交 渉をしたが 、江宜樺行 政院長が同 協定撤回の 提案を承諾 しなか っ たことで交渉は決裂した。4 月 6 日、王金平立法院長は財界と黙約を 結 んだ後、両 岸協議監督 条例草案の 立法化前に 、両岸サー ビス貿 易 協 定に関連す る議員の協 議交渉会議 は招集しな いことに同 意する 声 明を出し、学生らは4 月 8 日には議場から退去し、運動は収束した。 一般的に、反サービス貿易協定運動は、民衆の92 年コンセンサスを 基 礎とする両 岸関係への 関心を喚起 し、また国 民党のこの 年の地 方 統一選挙での敗北をもたらした13。
13 この運動は先の公民運動と併せて若者の政治参加の意志を引き上げた。Tsai (2016)の 研究によれば、2012 年の総統選挙で 30 歳以下の投票状況はその他の年齢層に比べ低 かったが、2014 年の地方統一選挙では、30 歳以下の投票実施状況は大きく改善した。
しかし、国 民党は、民 衆が地方統 一選挙にお いて両岸関 係への 不 満を表出したことを敏感には察知していないようであった。2015 年 5 月に朱立倫主席が中国大陸を訪問、同年 11 月 7 日には、馬英九総 統 が習近平主 席とシンガ ポールで会 談(馬習会 )を挙行し た。習 近 平からは、「92 年コンセンサスの堅持を強化し、両岸交流を深化させ る」との発言があった。そして馬英九総統も「92 年コンセンサス」 を持 ち出し、「海 峡両岸はい ずれも『一 つの中国』 の原則を堅 持し 、 そ の意味は各 自口頭での 表明する方 法で解釈す ることがで きる」 と いう内容、つまり「一つの中国、各自表明(一中各表)」の「92 年コ ン センサス」 を提起した 。馬習会は 国際メディ アから評価 を受け た も のの、国民 党と中国大 陸の結びつ きを強化し たように見 え、か え って有権者の疑念を生じさせた。 本稿で用い た調査資料 には、民衆 の馬習会へ の態度と投 票の傾 向 が 現れている 。選挙前の 民衆に投票 意図をイン タビューし た際、 同 時に馬習会への意見も尋ねた。この 2 つの変数をクロス集計し、得 られた結果を表1 に示した14。 表 1 において、投票意図および馬習会の評価を明確に示さなかっ た 民衆を除き 、52%が馬習会は台湾にプラスの影響を与えると回答 している。そしてそれらの民衆の中で、47.9%が国民党指名の朱立倫 に 投じると回 答し、民進 党指名の蔡 英文に投票 すると回答 した者 は
and Local Elections,” presented at Taiwan Symposium: Taiwan Elections in 2016 and Beyond, University of Texas at Dallas, Mar. 25, 2016.
14 本稿で使用したデータの一部は「2012~2016 年「台湾選挙‧民主化調査」4 年期研究 計画(4/4):2016 年総統‧立法委員選挙訪問調査案(TEDS2016)」(TEDS2016)(MOST 101-2420-H-004-034-MY4)」から抽出。「台湾選挙‧民主化調査」(TEDS)の長期計 画 主 任 は 黃 紀 教 授 で あ る 。 詳 細 な デ ー タ は 以 下 を 参 照 :TEDS 網 頁 : http://www.tedsnet.org。筆者は、上述の機構およびスタッフのデータ提供および協力 に感謝を申し上げる。本文内容については、筆者自身が責任を負う。
31.9%、親民党籍の宋楚瑜に投票するとの回答は 20.1%だった。こ の 結果は、馬 習会に肯定 的な民衆の 多数が、朱 立倫を支持 すると い う ことを意味 する。一方 、馬習会が マイナスの 影響を及ぼ すと回 答 した者のうち、88.4%が蔡英文を支持し、朱立倫と宋楚瑜の支持はそ れぞれ3.5%、8%のみであった。 表1 馬習会が台湾に与える影響と投票意図 朱立倫 蔡英文 宋楚瑜 合計 馬習会が台湾 に与える影響 プラス 839(49.2) 560(36.9) 352(13.8) 1751 マイナス 38(3.5) 949(88.4) 86(8.0) 1073 なし 50(9.2) 404(74.5) 88(16.2) 542 合計 927 1913 526 3366 (出典)台湾選挙‧民主化調査(TEDS) さらに観察すると、選挙後の調査において、有権者は「92 年コン センサス」をあまり支持していないことが見て取れる。表 2 にある 次数の分配表が示すところでは、31.5%の民衆は 92 年コンセンサス による協議進行を支持し、27.7%が使用を不支持、8%が 92 年コンセ ンサスは無いとの認識であり、その他約 3 割が知らない、あるいは 意見なし、その他となった。このため、民衆のわずか31.5%しか 92 年 コンセンサ スの重要性 を認めてお らず、この 数字は国民 党の得 票 率と非常に似通っている。 また92 年コンセンサスと投票の選択の間に関係があるか否かをさ らに分析した表3 では、92 年コンセンサスを支持する有権者の一部 が国民党を支持し、また一部は民進党を支持していることが分かる。 しかし、92 年コンセンサスを支持しない者では非常に少数のみが国 民 党を選択し ており、大 部分は民進 党を支持し ている。意 見なし 、 その他については、そのうち76.2%が民進党を支持している。
表2 92 年コンセンサスによる協議進行支持の次数とパーセンテージ 次数 パーセンテージ 92 年コンセンサス使用支持 532 31.5 92 年コンセンサスは使用すべきでない 469 27.7 92 年コンセンサスは無い 135 8.0 意見なし、その他 554 32.8 計 1690 100.0 (出典)台湾選挙‧民主化調査(TEDS) 表3 の結果からは 92 年コンセンサスは確かに多くの有権者にとっ て重要な議題であるが、その多くがこの議題の含意は知らないまま、 依然として民進党を選択していることが見て取れる。民進党が92 年 コ ンセンサス を支持する 有権者の一 部をひきつ けているの は、お そ らく民進党が92 年コンセンサスを完全に否定しないため、そのため 国民党ではなく民進党を選択していると思われる。 表3 92 年コンセンサスによる協議進行支持と投票の選択 国民党 民進党 計 92 年コンセンサス使用支持 223(61.9) 137(38.1) 360 92 年コンセンサスは使用すべきでない 40(11.5) 309(88.5) 349 92 年コンセンサスは無い 6(5.7) 99(94.3) 105 意見なし、その他 73(23.8) 235(76.2) 308 計 342(30.5) 780(69.5) 1122 (注)括弧内の数字はパーセンテージ (出典)台湾選挙‧民主化調査(TEDS) このことか ら、民進党 が両岸関係 についての 立場を変化 させた こ と で、なぜ政 権交代が起 こったのか を説明する ことが可能 である と 考える。民進党はサービス貿易協定、92 年コンセンサスに反対の立 場から、92 年の会談の事実、現状維持を認め、有権者に国民党と民
進党の明らかな区別を難しくした。国民党が2014 年の地方統一選挙 の失敗から教訓を得て、「92 年コンセンサス」の立場を調整していれ ば 、民進党の 訴求を相殺 することが できたかも しれない。 しかし 、 国 民党は中国 大陸との関 係を考慮し 、調整路線 を歩まなか ったこ と で 、朱習会、 馬習会とも より多くの 有権者の支 持を得られ ること は なかった。
四 馬英九総統の支持の低迷
民主政治の原則の 1 つに、政治家は各種の監督を受けなければな ら ず、定期的 あるいは不 定期に選挙 を通じて交 替するとい うもの が ある15。合理的選択モデルで有権者が現職者の実績に基づいて現職者 を 引き続き支 持するかを 判断する。 このため、 現職者は再 選を果 た す ため、有権 者の肯定を 得ようと努 力して実績 を上げなけ ればな ら な い。そして 挑戦者はこ れまでの実 績が無いた め、将来に 対する 約 束 に注意が向 けられる。 しかし現職 者は過去の 実績が良い ために 、 実 績に基づい た将来への 約束を提出 することで 、有権者の 支持を 獲 得 する可能性 がある。こ れはつまり 選挙アカウ ンタビリテ ィの概 念 である16。 かつて多く の研究で選 挙アカウン タビリティ の意味につ いて議 論 がなされた。Key17は、調査資料により有権者は判断する知恵を持ち、 政 府の施政実 績および政 策の立場を 観察して誰 に投票する かを決 定15 Downs, Anthony, An Economic Theory of Democracy, (New York: Harper, 1957).
16 Miller, Arthur H. and Wattenberg, Martin P., “Throwing the Rascals Out: Policy and
Performance Evaluations of Presidential Candidates, 1952-1980,” The American Political
Science Review, vol. 79, no. 2 (June, 1985), pp. 359~372.
17 Key, V. O. Jr., The Responsible Electorate (Cambridge, Massachusetts: Harvard University
することを実証した。Key は、有権者が米共和党政権の実績に不満 を 抱いていた ために共和 党から民主 党へと投票 先を変更し たこと を 発見した。Fiorina18は、個人の政党の選好が、過去の選好および最近 の 政府の実績 から同時に 影響を受け 、さらに政 府の実績は 支持傾 向 お よび投票行 為の決定に 影響を与え ると主張し た。有権者 の投票 行 為 は候補者の 過去の実績 により決定 されるもの で、将来の 展望に つ いてではない。Fiorina の研究では政府の実績という変数は政党帰属 意 識 あ る い は 候 補 者 評 価 か ら 独 立 し て い る と 示 さ れ る 。Shanks and Miller19の分析では、1980 年、1984 年に米国でレーガンが勝利した原 因について、1980 年の選挙で有権者がカーターを放棄しレーガンを 選択した原因は国内経済の悪化であり、1984 年の選挙ではレーガン の 実績に加え 民意が彼の 保守政策を 支持したた めと指摘し 、再び 現 職者の支持率の重要性を実証的に示した。張傳賢‧張佑宗20は、ラテ ン アメリカ国 家における 民主化以後 の選挙結果 および政府 の体制 の 差 異について 研究し、選 挙アカウン タビリティ は確実に存 在する こ と を指摘した 。与党の国 会選挙にお ける得票率 は経済成長 率ある い は 失業率に伴 って上下す ることから 、有権者は 、とりわけ 総統制 を 採 用する国家 において、 与党の実績 に対して賞 罰を与える ことが 見 て取れる。 こうしたことから、現職者の角度から2016 年の総統選挙を観察す
18 Fiorina, Morris P., Retrospective Voting in American National Elections (New Haven,
Connecticut: Yale University Press, 1981).
19 Shanks, J. Merrill and Miller, Warren E., “Policy Direction and Performance Evaluation:
Complementary Explanations of the Reagan Elections,” British Journal of Political Science, vol. 20, no. 2 (April, 1990), pp. 143~235.
20 張傳賢、張佑宗「選舉課責:拉丁美洲國家政府施政表現與選舉得票相關性的研究」『台
ると、たいへん妥当な解釈を得ることができる。図 4 は、馬英九総 統の2012 年 9 月~2016 年 3 月の満足度の趨勢を示している。満足あ るいはたいへん満足を併せた回答のパーセンテージは2012 年 9 月時 点で 18.5%(17.6%+1.9%)、その後 17%から 2 ポイント前後を移動 している。しかし 2014 年 12 月になると、満足度は 12.6%となる。 注目すべきは、この時期に地方統一選挙があり、民進党が13 の県市 長の座を獲得しており、国民党は 6 席、無党籍は 1 席となった。馬 英 九総統が責 任を取って 党主席を辞 任し、新北 市長の朱立 倫氏が 引 き継いだ。2015 年の初めには馬英九総統の満足度は上昇し続け、2015 年6 月には、22.2%を突破、2016 年 3 月には 29.3%まで上がった。 図4 馬英九総統の実績に対する満足度 (出典)台湾選挙‧民主化調査(TEDS) 総統選挙の直前に馬英九総統の実績満足度は 20.7%に達したもの の 、国民党候 補の選挙情 勢を大きく カバーする ものではな かった 。 つ まり、それ は社会にお いて民数の 大多数が現 職の国民党 政権に 不
満を抱いていたということを表している。その上、「たいへん不満」 と回答した比率は一貫して 4~5 割に達し、選挙後は 22.5%に急降下 し た。このよ うな環境に おいて、選 挙の勝敗は 早晩決定し ていた と 言えよう。 本稿においては 2008~2012 年の総統満足度に関するデータが不足 しており、総統の満足度と馬英九総統の再任時、および2016 年の総 統 選挙の結果 との間にあ る関係につ いて比較す ることがで きない 。 し かし、確か なことは、 低迷する総 統の満足度 と国民党の 総統候 補 指 名の混乱に は関連性が あるという ことである 。立法院副 院長だ っ た 洪秀柱は競 争する相手 がいない状 況の中、電 話による世 論調査 で 支持率 3 割以上という条件をクリアし、46%の支持率をもって 6 月 中の総統候補の党内予備選挙を通過し、7 月 19 日に国民党は全国代 表 会議で洪秀 柱を指名し た。しかし 、洪秀柱の 指名獲得後 、世論 調 査の支持率は一貫して蔡英文から 10~20 ポイント後れを取っていた 21。国民党は10 月 17 日に指名者を朱立倫に挿げ替えたが、支持率は 依 然として伸 びなかった 。国民党の 指名過程の 混乱は、馬 総統の 支 持 率低迷に起 因し、国民 党の政治家 は傍観して 自ら願い出 ようと は せず、結果として洪秀柱が意表をつく形で指名を獲得したが、選挙3 カ月前に慌ただしく朱立倫への挿げ替えとなった。
五 経済の低迷
米国の研究 の多くでは 、経済状況 の好悪と与 党の得票率 にはか な り 明 確 な 関 係 が あ る と 実 証 的 に 示 さ れ て い る 。 例 え ば 、Lewis-Beck21 「無情真實的未來事件」というサイトでは、歴代の世論調査結果を収集しており、 指名前の洪秀柱の支持率が蔡英文をリードしていたことが確認できる。しかし、指 名後は一貫して蔡英文から後れを取り、最後の調査では25 ポイントも差をつけられ た。無情真實的未來事件網頁、http://tsjh301.blogspot.tw/。
and Rice22では、GNP が 1 ポイント上昇するごとに、現職総統の得票 率は6.83 ポイント増加することが分かっている。Abramowitz23でも、 GNP が 1 ポイント増加するごとに、現職総統の得票率が 7 ポイント 増加するとしている。Rosenstone24の推定では、可処分所得が1 ポイ ント増加するごとに、現職総統の得票率が 7 ポイント増加する。ま た 、個人レベ ルにおける 調査データ の研究でも 類似した結 果が見 ら
れる。例えば、Kinder and Kiewiet25では1972 年~1976 年の選挙にお
い て、国内の 経済状況が 投票に与え る影響に比 べると、個 人の経 済
事情のほうがより強く影響するとされる。またKiewiet and Rivers26は、
「 国内の経済 状況の認知 が有権者の 現職者への 支持を決定 する」 と
指摘している。さらにMacKuen, Erickson, and Stimson27でも、個人の
政 党選好は過 去の経済状 況に影響を 受ける可能 性があると 示して い る。 過去 8 年間、台湾のマクロ経済実績は悪くはないが、限定的であ る。馬政権成立時、経済成長率は約5%あった。2008 年末には-7.88% まで下落し、その後緩やかに上昇して、2010 年には 12%を突破した。
22 Lewis-Beck, Michael S, and Rice, Tom W., Forecasting Elections, (Washington, DC: CQ
Press, 1992).
23 Abramowitz, Alan I., “An Improved Model for Predicting Presidential Election Outcomes,”
PS: Political Science, Vol. 21, 1988, pp. 843~847.
24 Rosenstone, Steven J., Forecasting Presidential Elections, (New Haven: Yale University
Press, 1983).
25 Kinder, Donald R. and Kiewiet, Roderick, “Economic Discontent and Political Behavior: The
Role of Personal Grievances and Collective Economic Judgments in Congressional Voting,”
American Journal of Political Science, Vol. 23 (Aug. 1979), pp. 495~527.
26 Kiewiet, D. Roderick, and Rivers, Douglas, “A Retrospective on Retrospective Voting,”
Political Behavior, Vol. 6, 1984, p. 384.
27 MacKuen, Michael B., Erikson, Robert S. and Stimson, James A., “Macropartisanship,”
その後再び下降し、2012 年末には 4.63%に落ち、それからは 2~4% の間を行き来している28。この 8 年間で、1 人当たりの名目 GDP は 18,131 米ドルから 23,395 米ドルに上昇し、1 人当たりの 1 カ月あた りの賃金(工業およびサービス業を含む)は、年平均44,367 台湾元 から48,490 台湾元に上昇した。言い換えれば、1 人当たりの名目 GDP は29%増加したが、賃金は 9.2%しか増加していない。一方で、失業 率は3.8%から 2009 年時に 6%まで上昇し、その後は下降して現在約 4%となっている。これらの数字から、台湾の民衆の賃金が低水準で あ るという問 題は深刻で あり、経済 成長の成果 が民衆に均 等に分 配 さ れていると はいえない ことが大ま かに見て取 れる。この ため、 馬 政 権は貧富の 差の拡大や 低賃金の責 任を取るべ きだと一貫 して非 難 された29。 表4 では、現在の経済状況を過去 1 年間と比較し良くなったと回 答した有権者がわずか9.5%であったことが分かる。67.2%の有権者 は差がないと答え、悪くなったと回答した者も23.3%のみであった。 過去 1 年間よりも経済状況が悪くなったと認識する有権者の中で、 75.4% が 民 進 党 に 投 票 し 、 差 は な い と 回 答 し た 有 権 者 に お い て も 68.8%が民進党を支持し、国民党に投票したものは 31.2%のみであ っ た 。 良 く な っ た と 回 答 し た 有 権 者 で も 、 国 民 党 を 選 択 し た 者 は 39.6%で、60.4%は民進党に票を入れている。これらの結果が示すこ
28 行政院主計處網頁、http://www.dgbas.gov.tw/point.asp?index=1 を参照。 29 例えば彭明輝(2013)は政府の機能不全だと指摘し、嚴思祺(2015)は馬政権が過 度にECFA が台湾にもたらす経済効果に過度に期待‧依存していると指摘している。 彭明輝「年輕人活該領22K?台灣薪資被低估 5 成」『天下雜誌』2013 年 2 月 21 日、 http://www.cw.com.tw/article/article.action?id=5047397#;嚴思祺「台灣來鴻﹕馬英九執 政七年「得與失」」『BBC 中文網』2015 年 5 月 21 日、http://www.bbc.com/zhongwen /trad/taiwan_letters/2015/05/150521_taiwan_letters_ma_ying-jeou_7th_anniversary_office (ともに、2016 年 8 月 24 日閱覽)。
と は、多数の 民衆は経済 状況が少な くとも変わ りないと認 識して い る にもかかわ らず、それ が国民党の 功績である とは認識さ れず、 そ の 他さまざま な原因によ って民進党 に票を投じ たことが示 されて い る。他方で、アンケートは過去 1 年間の経済状況のみをインタビュ ア ーに尋ねて いるが、よ り長い時間 の実情を尋 ねることで 彼らの 投 票の選択を解釈することができる原因を探求できるかもしれない。 表4 過去 1 年間の経済状況と投票の選択 国民党 民進党 計 良くなった 42(39.6) 64(60.4) 106(9.5) 差はない 40(31.2) 309(68.8) 750(67.2) 悪くなった 6(24.6) 99(75.4) 260(23.3) 計 340(30.5) 776(69.5) 1116 (注)カッコ内は% (出典)台湾選挙‧民主化調査(TEDS)
六 政党組織の機能不全
陳宏銘30の指摘では、国民党の政党組織は 2000 年の選挙での敗北 後、一旦は「選挙マシン」(選舉機器)への改造が図られたが、2004 年の再敗北、2008 年の勝利を経て 2012 年になっても、国民党は依然 と して大衆官 僚型の政党 、つまり常 態的に巨大 な組織の枠 組みを 持 っ ていた。し かし選挙時 に候補者を 補佐する機 関へと切り 替わる こ と ができるつ まり「選挙 マシン」に なれるとは 限らない。 陳は、 国 民 党が選挙マ シンである ことと同時 に巨大な組 織を維持し ようと し た が、結果と して両者と もうまくい かず、選挙 においてず るずる と30 陳宏銘「「選舉機器」政黨轉型路線與黨政關係的建構:中國國民黨的經驗(2000-2012) 『台灣政治學刊』第17 卷第 2 期、2013 年、頁 15~69。
敗北を遂げたと指摘する。 国民党の組 織にアプロ ーチする前 に、まずは 国民党の党 員数を 理 解する必要がある。国民党組織発展委員会(組発会)が2014 年 9 月 に発表した統計によると、党員数は合計 105 万人余りで、朱立倫が 主 席の補欠選 挙に参選し た際に、党 費を納め党 員権利を有 してい た 党員数は34 万 9,374 人だった31。Lin32によると、2000~2010 年の 10 年に、国民党の党員数は徐々に増加し、80 万人から 110 万人となっ て おり、支持 者を引き込 む能力があ るように見 える。しか し、実 際 に党費を納め且つ党員権利の資格を有する党員は、推定で30 万人余 り とされる。 これらの党 員の中で、 党主席の投 票に参加で きる者 は さ らに半分だ けしかいな い。朱立倫 が党主席に 当選した時 の投票 率 は56.34%で、洪秀柱が 2016 年 3 月 26 日に主席に当選した際の投票 率は41.61%で、投票可能人数は 33 万 7,148 人であった33。つまり、 実際に党務に参加しているのは約15 万人、国民党の忠実な支持者は 33 万人、国民党の支持者は 100 万人ということである。 国民党の末 端組織は、 県市の党支 部および各 県市内の郷 鎮市区 の 党支部である。表 5 を見ると、新北市と台南市には党支部以外に、
31 国民党の党員数と有権選挙者数の計算に関しては、国民党が 2015 年 1 月 8 日に公布 したプレスリリースを参照(國民黨文化傳播委員會「國民黨澄清外界對「黨員人數」 與「投票率」誤解」中國國民黨、http://www.kmt.org.tw/2015/01/blog-post_18.html)。そ のほか、『國民黨黨員黨費繳交辦法』第 12 条の規定に基づき、党費未納の党員は、 最大5 年の党費を追加納付して初めて投票権を得ることができる。また、「中國國民 黨主席選舉辦法」第5 条規定に基づき、「党員が推薦および投票への連署に参加でき るのは、入党満4 カ月で党員権利を有するものに限られている。
32 Lin, Chiung-chu, “A Primary Study on Party Membership of the Kuomintang in Taiwan:
From the Party Workers’ Perspectives,” Taiwan Political Science Review, Vol. 17, No. 2, 2013, pp. 71~114.
33 周志豪「得票率 56.16% 洪秀柱當選黨主席」『聯合報』2016 年 3 月 26 日、http://udn.
19 の郷鎮市区党支部があり、最多となっている。そのほか、嘉義県 や 高雄市にも かなり多く の党支部が 置かれてい る。一部、 例えば 台 北 市や高雄市 などは、郷 鎮市区の党 支部のほか 、栄誉国民 を主要 と す る黄復興党 部を有する 地域もある 。国民党の 地方党部の 主任委 員 は 党中央が任 命して派遣 するが、こ れは民進党 の地方党支 部の主 任 委員が党員の選挙で決定することとは異なる点である。 表5 各県市の党支部および郷鎮市区の党支部 県市 県市党支部および郷鎮市区の党支部数 基隆市 1 新北市 20 台北市 8 桃園市 14 新竹県 14 新竹市 1 苗栗県 7 台中市 15 彰化県 9 南投県 6 雲林県 7 嘉義県 19 嘉義市 1 台南市 20 高雄市 17 屏東県 9 台東県 6 花蓮県 6 宜蘭県 6 澎湖県 1 金門県 1 連江県 1 (出典)國民黨全球資訊網、http://www1.kmt.org.tw/list.aspx?mid=25。 県市の党支 部数をさら に観察する と、中南部 の党支部数 が少な く
な いことが分 かる。しか し相対的に 国民党の中 南部におけ る得票 率 は低く、これら党支部の昨日があまり明確ではないと思われる。図5 では、地方の党支部数と2016 年の総統選挙の得票率が反比例の関係 にあることを示している。党支部が 1 つしかない連江県や金門県な ど は得票率が 高いが、嘉 義市など低 い地方もあ る。党支部 数が多 い 嘉義県や台南市は数に相応する成績は見せていない。 図5 2016 年総統選挙の各県市における国民党得票率と地方党支部数 (出典)筆者作成。 現在、党中央には 6 つの委員会がある。それぞれ、政策会、組発 会 、文化伝播 委員会、行 政管理委員 会、国家発 展研究院、 考査紀 律 委 員会である 。これらの 委員会のほ か、任務ご とに編成さ れた単 位 が多数ある。6 つの委員会には、副秘書長、秘書長が置かれている。 この 6 委員会の主管および正副秘書長を観察すると、かなり高い割 合 で選挙の経 験があり、 民進党がし ばしば現職 あるいは前 任の立 法
委 員を任用し てトップの 主管を担当 させること と比較して 、国民 党 組織は行政管理と選挙実績を両立させているようである34。 しかし、国民党はなぜ中央および地方選挙での得票率が2008 年以 降下がり続けているのだろうか。陳宏銘35の分析では、党による政府 の補佐(以黨輔政)、党政プラットフォーム等の国民党の党政関係モ デルは、「選挙マシン」へ転換しようとした際に、党政協調の構造的 問 題にぶち当 たり、転換 を中止する こととなっ た。しかし 、陳の 説 明 は、国民党 の末端組織 が機能不全 に陥り、中 央組織は選 挙動向 を 見 据えようと するが、地 方組織は原 動力が不足 していると いう現 象 を 生み出して いる点に触 れていない 。その原因 を求めると 、地方 の 党 支部主任委 員が民選で なく中央が 任命、派遣 しているほ か、こ れ ま で国民党の 地方支部と 地方派閥と の間には複 雑に絡み合 った関 係 が あり、買収 によって有 権者を動員 することが でき、投票 率や支 持 率を引き上げきた経緯がある36。しかし、社会の変遷および政党競争 の激化とともに、地方派閥の影響は次第に衰退していった37。このた
34 例えば、朱立倫は党主席を務めた際(2015 年 1 月 19 日~2016 年 1 月 18 日)、黄昭順、 盧秀燕、江政彦の3 人を副秘書長に任命した。前 2 名はいずれも立法委員である。 ただし、選挙経験を有しトップ主管となっているのは、文化伝播委員会の主任委員 である林奕華のみ。また洪秀柱の党主席当選後は、7 人が副秘書長に任命された。そ れぞれ、林國正元立法委員、葉壽山元屏東市長、饒慶鈴台東県議会議長、楊瓊櫻元 立法委員、蕭淑麗嘉義市議会議長、林德福党団書記長、そして国家発展研究院特別 助手であった張雅屏が副秘書長兼組発会主任委員に格上げされた。そのうち張雅屏 のみが公職に就いた経験がないが、かつて馬英九の台北市長選および総統選の補佐 を務めた。 35 陳宏銘、前掲論文。 36 王金壽「重返風芒縣:國民黨選舉機器的成功與失敗」『台灣政治學刊』第 8 卷第 1 期、 2005 年、頁 99~146。 37 吳重禮「台灣地區「派系政治」研究文獻的爭議:美國「機器政治」分析途徑的啟示」 『政治科學論叢』第17 期、2002 年 12 月、頁 81~106。
め、地方党支部の機能は大きく低下した。過去 8 年間、国民党は政 権 を握ってい たが、党の 発展にかな った方向性 を見出すこ とがで き ず 、地方組織 のパフォー マンスも振 るわなかっ たことへの 反応が 、 今回の選挙において噴出したと考えられる。
七 むすび
政権が交代 したのは何 が原因であ ったか、と いう最初の 問いに 戻 ると、本稿では、8 年間の国民党による施政において、総統の支持率 が低迷し、経済情勢でも傑出した実績を見せることがなかったため、 国 民党候補者 が民衆への 支持を獲得 するのは容 易ではなか ったと 考 え る。加えて 、有権者の 構成の変化 や政党の立 場の調整、 国民党 の 末 端組織の機 能不全とい った点も、 政権交代が 再び起こっ た原因 で あろう。 さらに、国民党が敗北した主要な原因は、2008 年からの 8 年間に、 国 民党が若者 層、高等教 育層からの 支持を失っ たことが明 らかに な っ た。また副 次的な原因 として、総 統の支持率 が低迷し、 経済情 勢 が以前に比べ悪くなったと回答した民衆は 23.3%しかいなかったに も かかわらず 、その多く が民進党に 投票したこ とが挙げら れる。 ま た、総統の支持率低迷が、国民党候補指名の過程で混乱を生じさせ、 国 民党候補者 が一貫して 後れを取っ たことも関 係する。国 民党の 組 織 機能の不全 は他方で長 期的な問題 となってい る。有権者 の構成 が 徐 々に変化し たことが、 なぜ国民党 に不利に働 いたのか。 この点 に つ いては、有 権者が国民 党の両岸政 策において 過度に中国 に依存 し た ことへの不 満があり、 他方では年 金改革、賃 金上昇の停 滞、労 働 権 益といった 問題に対す る反応が遅 い政府への 不満という 可能性 が あるが、さらに多くの調査データによる仮説の実証が必要である。 台湾はアジアでは数少ない民主国家の 1 つであるが、民主化および 経済成長の 課題に多く 直面してい る。しかし 、問題の多 くは与 党 の 盲点となっ ている可能 性があり、 政権交代を 通じて、新 たな政 党 に より前政権 が解決でき なかった問 題を処理し 、あるいは 社会全 体 の 福祉を引き 上げること ができる。 ただし、政 権与党が実 績を収 め る か否かは、 自身の努力 のほか、民 衆による積 極的な監督 にかか っ ている。2000 年、2008 年、2016 年と 3 度の政権交代を果たし、台湾 の 民衆は理性 や長期的な 展望をもっ て新政権の 施政が民主 、人権 の 基 準にかなっ ているか検 証し、政党 競争の好循 環を達成さ せるこ と ができるだろう。 (寄 稿 :2016 年 8 月 25 日、採用:2016 年 10 月 4 日) 翻 訳 :『 問 題と研 究 』 編集 部
為何政黨輪替?臺灣
2016 年總統與
立法委員選舉的觀察
蔡
佳 泓
(國立政治大學選舉研究中心研究員暨主任)【摘要】
本 文從 政黨的 社會 基礎、 議題 立場、 馬英 九總統 的支 持度、 經濟 情況以及政黨組織等幾個層面分析2016 年總統選舉,認為政黨輪替的 主要原因是在這 8 年之間,國民黨似乎失去了年輕、高教育程度的民 眾 支持。次要 原因是總統 支持度低迷 ,造成國民 黨提名過程 混亂。 國 民黨的組織功能不振則是另一個長久的問題。 關鍵字:總統選舉、立法委員選舉、國家認同、兩岸關係Why Party Turnover? Observations of
Taiwan’s 2016 Presidential and
Legislative Elections
Chia-Hung Tsai
Research Fellow and Director, Election Study Center, National Chengchi University
【
Abstract】
This paper offers to explain why party turnover happened in Taiwan’s 2016 presidential election. It investigates parties’ social base, issue positions, President Ma’s rating, economic situations and party organization. It is found that Kuomintang seems to lose young and high educated voters over the past eight years. The second reason for party turnover is low presidential popularity that leads to chaotic nomination process.
Keywords: Presidential election, Legislative election, National identity, cross-Strait relations
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