第 4 章 副詞「けだし」の意義
5 先行研究の見解との相違点
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上で本研究は、当該歌を「個人的側面」の強調という線で理解することが 適当かどうか、その検討を目的とするものであった。この点についてまと めておく。
前節までに確認したように、当該歌は、弓削皇子の天武追慕の念を「先 帝追慕」と限定して、自身の天武への思いは、それとは隔たりがあるとい うことを表明していた。換言すれば、額田王は、天武を「天皇」として捉 えているのではない旨、弓削皇子に伝えているということである。天武と 額田王が二人の間に子どももいる関係だったことに基づけば、額田王は、
天武を「天皇」というよりも、自身の愛情の向かう先として把握している のだと考えられよう。当該歌の中に、こうした「愛情の対象としての天武 像」を織り込む額田王の営為は、まさしく額田王の「個人的側面」に関わ るものと言える。あからさまに天武への愛情を詠いあげているわけではな いから、それを「個人的側面」の「強調」とまで述べることには留保が必 要かもしれない。しかし、歌の解釈の中から、額田王の「個人的側面」が 浮かび上がってくるような造形になっているのである。
5 先行研究の見解との相違点
ここまで本研究は、言語分析を通して、当該歌が額田王の「個人的側面」
を表現するものとして解釈されうることを論じてきた。こうした本研究の 主張と、先行研究の見解は、一部、似通いつつも相違するため、その異同 を明らかにしておきたい。
DOI:10.6814/NCCU202101263
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まず、吉井(1976)は、当該歌が額田王の「個人的側面を強調する」も のであると主張するにあたって、「わが恋ふるごと」という文言に着目して いた。しかし、「個人的側面」に関して、それ以上、具体的な考察があるわ けではない。つまり、当該歌が「個人的側面」を表現しているという結論 に関して、本研究は吉井(1976)に賛同するものの、その結論に至る過程 が異なるのである。また、ホトトギスと特定することについて、吉井(1976)
には下に引くような言及があり、その点でも吉井(1976)と本研究の見解 は異なっている。
額田王の作において、<古に恋ふらむ鳥は霍公鳥>と歌われたのは、皇 子の<古に恋ふる鳥>を、変化させたり、異なる性格のものにとりなし た表現ではなく、皇子の意を汲んだ額田王の知的な解釈であって、(後 略)
次に、身崎(1989)は当該歌を「恋のうた」と解釈し、次のように述べ ている。
額田王のうちに醸成されたもの―それは偉大な帝王としての天武より もむしろ夫君・男性としての天武のおもかげ、そしてその天武(大海 人皇子)のつまとしてかれと共有した時間への、「懐古」のおもいだっ たのではないだろうか。
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この記述に関して言えば、本研究の理解には、身崎(1989)と重なる部分 がある。本研究の考えてきたところによれば、当該歌は一口で「恋のうた」
と言ってよいかどうかは措くとしても、そこでの額田王の天武追慕には、
恋情という要因が含まれてはいるはずだからである。けれども、身崎(1989)
には以下の記述も見られる。
額田王の一一二はその「鳥」を「ほととぎす」と明示することによっ て、望帝杜宇の故事をよびおこす。この故事をふまえるかぎり、「鳥(ほ ととぎす)」は故天武天皇にほかならない。
つまり身崎(1989)は、望帝の故事によって天武天皇のイメージが召喚さ れることが、当該歌に「恋のうた」という性格をもたらすと考えており、
【ほととぎす→天武追慕→恋情の表白】という図式が提示されてもいる。
その点で、本研究の主張は身崎(1989)と正反対ということになるだろう。
また、身崎(1989)は次のようにも言及している。
弓削皇子の「古に恋ふる鳥かも」に対して「古に恋ふらむ鳥は」と同 語反復的に応じているのもあきらかに「恋のうた」の手法に通じるも のだ。
述べてきたとおり、本研究は、「古に恋ふる鳥」が「古に恋ふらむ鳥」に置 き換えられたことに解釈上の重大な意味があると考えている。したがって、
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これを「同語反復」とする身崎(1989)と本研究は、立場を異にすること になるわけであった。