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l C h engchi U ni ve rs it y 國立政治大學日本語文學系
碩士學位論文
萬葉集 112 番歌の言語分析
― 額田王の「個人的側面」をめぐって ―
萬葉集 112 號歌之語言分析
― 以額田王的「個人面」為中心 ―
指導教授:栗田 岳 博士 研究生:董哲愷 撰
中 華 民 國 一 一 〇 年 六 月
DOI:10.6814/NCCU202101263
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謝辭
終於畢業了。這句話聽起來好像是脫離苦海,但實際上是充滿了不捨。老實說一開 始只是抱著洗學歷的心態來到政大,卻沒想到碰到這麼好的同學與老師,讓我對原本只 想寫完論文閃人的地方,多了一些感情與珍貴回憶。
在找指導教授前,一直很害怕會跟教授鬧得不歡而散,但非常謝謝指導我的栗田老 師,當我沒想法的時候會幫我找到許多想法可以讓論文更臻完善,有時候也會讓我偷懶 一下,在討論期間包容我的駑鈍,從開始到論文交出去都沒有發生任何爭執,心中著實 充滿感動與感謝。也很慶幸我是栗田老師在政大最後一位指導的研究生。
謝謝鄭家瑜老師,從碩一到碩三不斷地協助、提供相關書籍讓我閱讀,日本文學課 中給我的啟發,是我碩士生涯中非常寶貴的知識。謝謝山藤老師,嚴肅中帶著關懷,從 課程中提供了我許多論文的靈感。謝謝徐翔生老師和于乃明老師,總是溫暖的關懷與問 候,學業、生活、工作等各方面的協助必會銘記在心。
謝謝佳穎、文晴、庭穎、宏沛,很幸運能跟你們成為同學,我以為的研究所同學就 是各過各的生活,但一路上都有你們陪伴,讓我的碩士生涯走得很安心,也很放心,願 未來大家都能安好。謝謝家輝學長、泱伶學姊、卲詮學長、菅原學姊…,教會了什麼都 不懂的我許多事情,讓我更能適應碩士生活。謝謝李雩、又菁助教、鴻霖、翔耀、晏綾,
系辦工讀的日子因為有你們,讓我可以賺錢還能當個快樂的研究生。
最後謝謝爸媽跟弟弟,謝謝你們一路上的支持、鼓勵及陪伴,讓我可以好好完成學 業。研究生的漫漫長路並不好走,或許個性使然,常常想偷懶也想放棄,但因為有個溫 暖的家,讓我可放心、專心完成學業,無後顧之憂。
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摘要
『萬葉集』卷二相聞部中的第 111 與 112 號歌為弓削皇子與額田王之贈答歌。其贈 答歌中,兩人用和歌緬懷已故的天武天皇。有研究表示,第 112 號歌(以下統稱「該歌」)
雖與第 111 號歌有共鳴,但實為額田王強調「個人面」之產物。本研究將以此為出發點,
運用文法論來了解額田王如何在該歌當中表達其「個人面」。而具體分析方式為以下四 點。
1. 多數研究指出,該歌中所出現的杜鵑鳥與中國古代蜀國望帝杜宇的故事有相當程度 之關聯性。本研究先從『萬葉集』中關於杜鵑鳥的漢字表記為「霍公鳥」之原因,
及探討中國古典書籍與『萬葉集』中杜鵑鳥的意象,再深究望帝的故事與該歌有何 關聯性。
2. 『萬葉集』中,連接動詞「恋ふ」的格助詞為「NI」與「O」,而該歌屬「NI」與「恋 ふ」的組合。本研究進一步從日文中「與格」、「對格」的觀點去分析該歌中的格助 詞「NI」前面所接續的名詞是否為人類相關之名詞。
3. 該歌為修飾名詞的助動詞「RAMU」中的一例,然各注釋書的解釋卻有所分歧。本 研究將焦點放在作歌者與對方的距離感,並實際透過『萬葉集』中例子進行確認,
進而明白「RAMU」具有何種功能。
4. 目前對於該歌所出現的副詞「KEDASHI」之研究尚有不足之處,因此本研究將以『萬 葉集』出現「KEDASHI」一詞的和歌進行分析,並討論該歌的解釋與「KEDASHI」
的意涵。
【關鍵詞】萬葉集、額田王、杜鵑鳥、戀、RAMU、KEDASHI
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要旨
「萬葉集」巻二の 111、112 番歌は弓削皇子と額田王による贈答歌で、それぞれに、
故人である天武天皇への思いが詠まれている。このうち 112 番歌(以下、「当該歌」
と称する)に関しては、それが額田王の「個人的側面」を強調したものであるという 先行研究の見解があり、本研究はそれを考察の出発点とする。当該歌原文の言語分析 を進めることによって、当該歌がいかにして額田王の「個人的側面」を表出している のかを明らかにするものである。具体的には、以下四点の分析を行った。
1. 一般に、当該歌におけるホトトギス対しては、古代中国の「望帝の故事」との関 連が指摘されている。その「望帝の故事」が当該歌の解釈に何をもたらすのかに ついて、『萬葉集』ホトトギスの「霍公鳥」という表記の問題や、中国古典および 萬葉歌におけるホトトギスの表象をふまえつつ、検討を行う。
2. 『萬葉集』において、動詞「恋ふ」は、格助詞「ニ」及び「ヲ」を取る。当該歌は
「~ニ恋ふ」の例であるが、当該歌がニ格であることの意味を、「人名詞」である かどうか、「与格」「対格」といった観点によって分析していく。
3. 当該歌は、名詞修飾を行う助動詞ラムの例であるが、諸注の解釈は分かれている。
本研究は、詠み手と対象との距離感に着目しながら用例の観察を進め、名詞修飾 のラムがいかなる機能を持つのかを明らかにする。
4. 当該歌に見られる副詞「けだし」は、これまで、その意義の考察が十分ではなか った。そこで本研究では、改めて萬葉集の用例の検討を行い、当該歌の解釈と「け だし」の意義との相関について論じる。
【キーワード】萬葉集、額田王、ホトトギス、恋ふ、ラム、けだし
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目次
序論 ... 1
1 研究対象 ... 1
2 額田王の「個人的側面」 ... 5
3 吉井(1976) ... 6
4 身崎(1989) ... 8
5 当該歌原文の解釈をめぐって ... 9
6 注釈書の解釈 ... 10
7 論点 1 ホトトギスと望帝の故事の関連 ... 12
8 論点 2 動詞「恋ふ」の格の問題 ... 12
9 論点 3 名詞修飾節に現れる助動詞ラムの機能 ... 14
10 論点 4 副詞「けだし」の意義 ... 15
11 論文構成 ... 16
第 1 章 萬葉集ホトトギス歌と望帝の故事 ... 17
1.1 「萬葉歌のホトトギス」概略 ... 17
1.1.1 ホトトギスの表記 ... 17
1.1.2 夏の景物としてのホトトギス ... 19
1.2 中国古典のホトトギス ... 20
1.3 萬葉集ホトトギス歌と望帝の故事 ... 22
1.4 まとめ - 当該歌との関わり -... 25
第 2 章 動詞「恋ふ」の格 ... 26
2.1 動詞「恋ふ」のニ格とヲ格 ... 26
2.2 松田(1998) ... 26
2.3 伊藤(1976) ... 28
2.4 「~ニ恋ふ」と「~ヲ恋ふ」の差異 ... 31
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2.4.1 「~ニ恋ふ」 ... 32
2.4.2 「~ヲ恋ふ」 ... 32
2.5 「恋ふ」の「与格」と「対格」... 35
2.6 まとめ - 当該歌との関わり -... 38
第 3 章 名詞修飾のラム ... 39
3.1 諸注における当該歌ラムの解釈... 39
3.2 名詞修飾のラムと「伝聞」「推量」 ... 40
3.3 名詞修飾のラムと「現在対象」性 ... 42
3.4 用例分析 ... 44
3.4.1 対照的な関係を持つもの ... 44
3.4.2 対照的な関係を持たないもの ... 47
3.4.3 名詞修飾のラムに共通する性格 ... 48
3.5 「わがこと・ひとごと」の観点... 49
3.6 まとめ - 当該歌との関わり -... 52
第 4 章 副詞「けだし」の意義 ... 55
4.1 辞書における記述 ... 55
4.2 「けだし」の分類 ... 58
4.2.1 タイプ A ... 58
4.2.2 タイプ B ... 60
4.2.3 「けだし」の意義 ... 63
4.3 まとめ - 当該歌との関わり -... 65
結論 ... 67
1 111 番歌と当該歌の贈答 ... 67
2 111 番歌 ... 68
2.1 111 番歌の「古に」 ... 68
2.2 111 番歌の「古人」 ... 69
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2.3 贈歌としての「意図」 ... 69
3 当該歌 ... 70
3.1 当該歌のラム ... 70
3.2 当該歌のホトトギス ... 71
3.3 「先帝追慕」の意味 ... 72
3.4 返歌としての「意図」 ... 72
3.5 当該歌の「けだし」 ... 73
4 額田王の「個人的側面」 ... 73
5 先行研究の見解との相違点 ... 74
6 おわりに ... 77
参考文献 ... 78
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表目次
表 1 111 番歌に対する諸注の解釈 ... 3
表 2 当該歌に対する諸注の解釈 ... 4
表 3 当該歌に対する「古に恋ふ」の訳 ... 13
表 4 当該歌に対する「ラム」の訳と解釈 ... 14
表 5 当該歌に対する「けだし」の訳 ... 15
表 6 辞書における「けだし」の解釈と例歌 ... 56
図目次
図 1 「名詞句階層」 ... 37DOI:10.6814/NCCU202101263
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序論
1 研究対象
額田王の和へ奉る歌一首 倭京より進り入る
古に恋ふらむ鳥はほととぎすけだしや鳴きし我が思へるごと 額田王奉レ和歌一首 従二倭京一進入
古尓 恋良武鳥者 霍公鳥 盖哉鳴之 吾念流碁騰
(二・112)1
『萬葉集』巻二相聞部に収められる額田王の歌である。本研究はこの 112 番歌を対象とした考察であり、以下、これを当該歌と称する。
当該歌は弓削皇子から贈られた、次掲 111 番歌への返歌となっている。
吉野宮に幸せる時に、弓削皇子、額田王に贈り与ふる歌一首 古に恋ふる鳥かもゆづるはの御井の上より鳴き渡り行く
幸二于吉野宮一時、弓削皇子贈二与額田王一歌一首 古尓 恋流鳥鴨 弓絃葉乃 三井能上従 鳴済遊久
(二・111)
1 以下、萬葉歌の引用は『新編日本古典文学全集』(小学館)による。また、挙例に際し ては(巻数・歌番号)とし、巻数は漢数字、歌番号はアラビア数字で記載する。
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弓削皇子は天武天皇の皇子であり、額田王は天武天皇と男女の関係にあ った。111 番歌の題詞には「吉野宮に幸せる時に、弓削皇子、額田王に贈り 与ふる歌一首」とあり、弓削皇子が持統天皇(天武天皇の次代)の吉野宮 行幸の際に詠んだ歌だと考えられている。弓削皇子は吉野宮の懐かしい風 景を見て額田王に歌を贈った。当該歌も、一見すると 111 番歌同様、「古」
(いにしへ)という時代を懐かしむ歌かのようである。
次に、諸注における111 番歌と当該歌の解釈を順に表 1、2 としてまとめ ておく。参観した注釈書は『萬葉集私注 一』(土屋文明、筑摩書房 1955 年、
以下『私注』)、『萬葉集全註釋 三』(武田祐吉、角川書店 1956 年、以下『全 註釋』)、『萬葉集注釋 二』(澤瀉久孝、中央公論社 1957 年、以下『注釋』)、
『新潮日本古典集成 萬葉集 一』(青木生子ほか、新潮社 1976 年、以下『集 成』)、『新編日本古典文学全集 萬葉集 一』(小島憲之ほか、小学館 1994 年、
以下『新全集』)、『新日本古典文学大系 萬葉集 一』(佐竹昭広ほか、岩波 書店 1999 年、以下『新大系』)である。
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表 1 111 番歌に対する諸注の解釈
書名 意味
『私注』
古へのことに戀ひ居る鳥でありませうか、ゆづる葉のみ 井の上をすぎて鳴きわたつてゆきます。
『全註釋』
昔を慕っている鳥でしょうか、この吉山中の弓弦葉の御 井の上を通って鳥が鳴いて渡って行く。
『注釋』
昔に心ひかれてゐる鳥でありませうか。ゆづるはのみ井 の上を鳴き渡つてゆきます。
『集成』
古を恋い慕う鳥なのでありましょうか、弓弦葉の御井の 上を鳴きながら飛んで行きます。
『新全集』
亡き父帝を慕う鳥でしょうか。ゆずりはの御井の上から 鳴いて飛んで行くのは。
『新大系』
昔のことを恋い慕う鳥なのだろうか、ユズリハの樹のあ る御井の上を通って、鳴きながら飛んで行く。
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表 2 当該歌に対する諸注の解釈
書名 意味
『私注』
古へに戀ふらむ鳥かと歌をいただきましたが、其の鳥は ほととぎすでありませう。恐らくその鳥は鳴いたことで ありませう。私が古へを戀ふるごとくに。
『全註釋』
昔を慕っているでしょうその鳥は、ホトトギスでしょ う。きっとわたくしと同じ心で鳴いたことでございまし ょう。わたくしが昔を戀しく思っておりますように。
『注釋』
昔に心惹かれてをりませう、その鳥は、ほととぎすでご ざいませう。そして、それは、或いは鳴きはいたしませ んでしたか。私が思ひつづけてをりますやうに。
『集成』
古を恋い慕う鳥はほととぎすなのですね。その鳥はおそ らく鳴いたことでしょう、私が遠い昔を恋い慕っている ように。
『新全集』
亡き人を慕うという鳥はほととぎすです。おそらく鳴い たことでしょう。わたしがお慕いしているように。
『新大系』
昔 を 恋し が る 鳥 は ほ と と ぎ すな の で し ょ う 。 お そ ら く 、私が昔のことを懐かしんでいるように鳴いたので しょうね。
確認されるように、諸注における当該歌(及び 111 番歌)の解釈には、さ したる異同も認められない。この点に関して、身崎(1989)は次のように
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述べている。
作家論・作品論をとわず額田王にかかわる論文が氾濫するなかにあっ て、正面きってこの作品をとりあげたものはきわめてすくない。しか も、他の作品ほどには個々の表現の具体的な分析・検討がおこなわれ ていず、ありていにいって、額田王の全歌中でももっとも注目されて いない作品ではないだろうか。
この身崎(1989)の見解をふまえると、諸注において当該歌の解釈に大き な異同が見られないのは、従来、当該歌がそれほど注意を払われてこなか ったことの現れでもあると言えそうである。
2 額田王の「個人的側面」
前節で確認したような研究状況にあって、当該歌の解釈に関して着目す べき指摘をするのは、吉井(1976)である。吉井(1976)は、当該歌が「額 田王その人の個人的側面を強調する方向にずらされたものである」と述べ る。つまり、当該歌と111 番歌の間には、「懐旧」という共通の性格が存在 するかたわら、当該歌では額田王の「個人的側面」が強調されてもいて、
ただ111 番歌と共感しあうような歌ではないというのである。
本研究は、当該歌の詳細な解釈にまつわる数少ない先行研究である、こ の吉井(1976)の見解を、考察の出発点に据えることとする。具体的には、
当該歌が本当に「個人的側面」を強調するものであると言えるのか、もし
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言えるのだとすれば、どのようなかたちで、111 番歌に対して「個人的側 面」を強調しているのか。このことを考察するものである。まず、次節に おいて、吉井(1976)の述べるところを具体的に確認する。
3 吉井(1976)
額田王による「個人的側面」の強調という問題に関して、吉井(1976)
は次のように言及している。
〈古に恋ふる〉心情において、両者が同感しうるものを感じ合ってい たことが、二人の唱和の成立を導いた必須条件ではなかったかと考え られるのである。// ただし、額田王の作では、その後半において〈わ が恋ふるごと〉と、古への回想が額田王その人の個人的側面を強調す る方向にずらされているが、それでも、やはりこの〈古〉は額田王の 和歌にとっても重要である。
確認されるように、吉井(1976)は、当該歌に「懐旧」という点で 111 番 歌に通じる側面を認めるものの、それだけにはとどまらず、当該歌は「個 人的側面」が強調されてもいるのだと述べている。また、吉井(1976)が 当該歌に「個人的側面」の強調という性格を見出すのは、そこに「わが恋 ふるごと」という文言が存在するためであった。そして、先にも触れたと おり、額田王が天武天皇と男女の関係にあったという経緯に基づけば、こ の「個人的側面」とは、額田王の天武天皇への恋情、或いは、必ずしもそ
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うとだけは言い切れないにしても、それと深く関わるものということにな るだろう。吉井(1976)は、当該歌にそのような性格を認めた上で、111 番 歌との間にずれが生じていると主張しているわけである。
しかし、当該歌と 111 番歌とのずれに関して注意すべきなのは「わが恋 ふるごと」という文言だけではない。111 番歌では、「古」を思って鳴く存 在が、単に「鳥」とのみ詠まれる。しかし、当該歌では「古に恋ふらむ鳥 はほととぎす」と述べ、あえて鳥がホトトギスと特定されている。このず れについて、吉井(1976)には次の言及が見られる。
額田王はただその鳥を、皇子の意のところを汲みつつ、中国蜀の望帝 の故事にかけて、より限定的に、霍公鳥と名称化したにすぎないと思 われる。
「霍公鳥と名称化したにすぎない」という記述 からわかるように、吉井
(1976)は、当該歌が鳥をホトトギスと特定していることと、「個人的側面」
の強調との間に、直接的な関連を認めていない。しかし、そのように考え ることの根拠が示されているわけではない。さらに、当該歌は、31 という 限られた音数の中で、ことさらに「鳥=ホトトギス」という判断を展開し ているわけで、そこには何らかの意図があるはずである。当該歌に「個人 的側面」の強調という性格を認めるのなら、併せて「鳥=ホトトギス」と いう判断が提示されることの意味を探る必要があるのではないだろうか。
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4 身崎(1989)
前節で確認した「個人的側面」の強調と「鳥=ホトトギス」という判断 が提示されていることとの関連という問題に関しては、身崎(1989)の見 解にも注意が必要である。身崎(1989)には、次の指摘が見られる。
萬葉時代にあっては、望帝杜宇の故事がただちに『懐旧』を想起させ る、といった強固なむすびつきはなかったのではないだろうか。
身崎(1989)は、111 番歌の「鳥」が、当該歌でホトトギスと特定された結 果、望帝の故事が想起されることになるとする。そのため、当該歌のホト トギスからは、「懐旧」という一般的な性質ではなくて、より限定的な「先 帝追慕」という性質が読み取られるのだと主張している。そして、当該歌 における「先帝」とは「天武天皇」に他ならないから、当該歌には天武天 皇への「恋のうた」という性格が認められると述べるのである。
こうした「恋のうた」という身崎(1989)の見解は、吉井(1976)にお ける額田王の「個人的側面」の強調ということと、基本的には一致するも のと言えるだろう。ただし、吉井(1976)は、前節で見たとおり、当該歌 における「鳥=ホトトギス」という判断の提示は、「個人的側面」の強調に おいて大きな意味を持つものではないと 考えていた。それに対して身崎
(1989)は、「鳥=ホトトギス」という判断が提示されるからこそ、当該歌 に望帝の故事が召喚され、よって額田王の天武天皇への「恋のうた」とい う性格が現れてくるのだと考えている。両者の差異はその点に求められる
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わけである。
しかし、身崎(1989)は、当該歌を「恋のうた」と解釈することについ て「恣意・奇矯のそしりをまぬかれないかもしれない」とも述べている。
したがって、この見解には、そのように考える根拠が乏しいのではないか という危惧も残される。今後、さらなる考察を深める必要があると言える だろう。
5 当該歌原文の解釈をめぐって
2 節でも述べたとおり、本研究は、当該歌が額田王の「個人的側面」を 強調するものと認められるのか、認められるのなら、それはいかようにし て強調されているのか、という問題を考察するものである。そして、前節 までに行った先行研究の確認に基づけば、「個人的側面」の強調という問題 を論じるにあたっては、当該歌において「鳥=ホトトギス」という判断が 提示される意味を問う必要があると言える。
その意味を問うためには何がなされるべきか。本研究は、当該歌原文の 語句を改めて吟味する必要があると考える。本研究の見るところ、当該歌 の原文の解釈自体に、依然、解決すべき点が残されているのである。原文 の語句を精密に検討し、そこから導かれた解釈をふまえることによって、
「個人的側面」の強調という問題も明らかになっていくのではないだろう か。
その際、文学作品の解釈というものに、個人によって幅が生じうること は、本研究も承知している。しかし、その解釈は、あくまでもその文学作
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品の「本文に書かれていること」にまつわるもののはずである。「本文に書 かれていること」から乖離していたり、矛盾していたりする読解は、もと もと解釈者個人による裁量の幅の外に置かれているだろう。そして、当該 歌のような古代の作品の場合、常に我々現代人が「本文に書かれているこ と」を容易に把握できるとは限らない。作品の解釈における個人の裁量と いう問題以前に、「本文に書かれていること」が何であるのかというレベル から検討を要するケースもあり、当該歌もその一つなのである。ゆえに、
これから本研究においてなされるのは、当該歌の原文には何が書かれてい るのかという問題に関して、合理的な一つの見解を提示しようとする試み である。
6 注釈書の解釈
当該歌原文の語句に関する問題の所在を確認するために、まず、当該歌 についての諸注の解釈をまとめた表2 を次頁に再掲しておく。
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表 2 当該歌に対する諸注の解釈
書名 意味
『私注』
古へに戀ふらむ鳥かと歌をいただきましたが、其の鳥は ほととぎすでありませう。恐らくその鳥は鳴いたことで ありませう。私が古へを戀ふるごとくに。
『全註釋』
昔を慕っているでしょうその鳥は、ホトトギスでしょ う。きっとわたくしと同じ心で鳴いたことでございまし ょう。わたくしが昔を戀しく思っておりますように。
『注釋』
昔に心惹かれてをりませう、その鳥は、ほととぎすでご ざいませう。そして、それは、或いは鳴きはいたしませ んでしたか。私が思ひつづけてをりますやうに。
『集成』
古を恋い慕う鳥はほととぎすなのですね。その鳥はおそ らく鳴いたことでしょう、私が遠い昔を恋い慕っている ように。
『新全集』
亡き人を慕うという鳥はほととぎすです。おそらく鳴い たことでしょう。わたしがお慕いしているように。
『新大系』
昔 を 恋し が る 鳥 は ほ と と ぎ すな の で し ょ う 。 お そ ら く 、私が昔のことを懐かしんでいるように鳴いたので しょうね。
本研究は、当該歌原文の解釈に関して、大きく四つの論点が残されている と考える。以下、順に確認していく。
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7 論点 1 ホトトギスと望帝の故事の関連
第3、4 節で確認したとおり、111 番歌において「鳥」と詠まれていたも のを、当該歌がホトトギスに特定していることに関して、先行研究は、蜀 の望帝の故事との関連を指摘している。望帝の故事とは、蜀の君主であっ た杜宇が、自身の没後も国のことを案じて、その魂がホトトギスとなった というものである。
既に第4 節で見たように、身崎(1989)は、当該歌において望帝の故事 の意味するところは、あくまで「先帝追慕」であり、「懐旧」へと一般化さ れるものではないと述べている。こうした当該歌と望帝の故事との関連の あり方については、萬葉集及び中国古典におけるホトトギスの表象を視野 に入れつつ、確認を行う必要があるだろう。
8 論点 2 動詞「恋ふ」の格の問題
当該歌原文の「古に恋ふ」の訳は、次頁に示す表3 のようにまとめられ る。
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表 3 当該歌に対する「古に恋ふ」の訳
書名 意味
『私注』 (訳出していない)
『全註釋』 昔を慕つているでしよう
『注釋』 昔に心惹かれてをりませう
『集成』 古を恋い慕う
『新全集』 亡き人を慕う
『新大系』 昔を恋しがる
(下線は引用者による)
原文では「古に恋ふ」とあり、動詞「恋ふ」はニ格を取っている。しかし、
注釈書には「~を慕う」「~を恋しがる」等、ヲ格を用いて訳するものが相 当数、存在することは見られるとおりである。そして、事情がより複雑に なるのは、萬葉集には「~ヲ恋ふ」の例も見出されるという点である。つ まり、萬葉集の「恋ふ」は、ニ格 / ヲ格の双方を取る。しかし、「~ニ恋 ふ」と「~ヲ恋ふ」の差異の詳細は明らかになっていない。また、当該歌 が「~ニ恋ふ」となっていることは、その解釈にどのように関わるのだろ うか。これらの問題についての検討が、今後、求められるのである。
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9 論点 3 名詞修飾節に現れる助動詞ラムの機能
当該歌原文の「恋ふらむ鳥」は、名詞「鳥」を修飾する節の述語に助動 詞ラムが現れたものである。諸注の訳は、次の表4 のとおりである。
表 4 当該歌に対する「ラム」の訳と解釈
注釈書 訳文 ラムの解釈
『私注』 (訳出していない)
『全註釋』 昔を慕つているでしようその鳥 推量
『注釋』 昔に心惹かれてをりませう、その鳥 推量
『集成』 古を恋い慕う鳥 訳に反映させない
『新全集』 亡き人を慕うという鳥 伝聞
『新大系』 昔を恋しがる鳥 訳に反映させない
(下線は引用者による)
確認されるように、諸注のラムの理解は、「伝聞」の解釈を採用するもの、
「推量」の解釈を採用するもの、訳出にラムを反映させていないものと三 つに分かれている。また、名詞修飾のラムの例に「伝聞」「推量」の解釈を 適用することが適当であるのかは、現時点で明らかではない。このように、
名詞修飾節に現れるラムがいかなる機能を果たすのかについては不明な点 が多い。したがって、当該歌の理解に際しても、ラムをどう解釈するべき かは議論の余地があるのである。
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10 論点 4 副詞「けだし」の意義
まず、当該歌原文の「けだし」に対して、諸注がどのような訳を与えて いるかを、次の表 5 にまとめる。
表 5 当該歌に対する「けだし」の訳
書名 意味
『私注』 恐らく
『全註釋』 きっと
『注釋』 或いは
『集成』 おそらく
『新全集』 おそらく
『新大系』 おそらく
表5 に見られるとおり、多くの注釈書が「けだし」を「おそらく」と訳し て、推量に関わる意味を解釈している。また、「きっと」という理解も、「お そらく」同様、推量に関わるものと言える。そして、これらと多少、趣が 異なるのものとして「或いは」という理解が挙げられる。こうした諸注の 解釈は、どれが妥当なのであろうか。
また、「けだし」の意味に関して、辞書類は、おおむね「推量」の系統と
「仮定」の系統とを指摘している。即ち、多くの注釈書が採用する推量的 理解が、本当に適切なものであるのかは明らかでない。よって、この「け だし」の意味するところを考察し、それを当該歌の理解に還元していく必
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要があると言えるだろう。
11 論文構成
以下、本研究は、これまでに述べた四つの論点一つずつに1 章を充てて 考察を進めていく。具体的には、第1 章で、ホトトギスと望帝の故事との 関わりについて、先行研究で論じられてきたことの確認を行う。次いで第 2 章では、当該歌に現れる動詞「恋ふ」の取る格の問題を取り上げる。ま た、続く第3 章において、助動詞ラムによる名詞修飾がいかなる機能を持 つのかを考え、そして第4 章では、副詞「けだし」の例に対して文法的な 分析を行う。これらの考察の結果をふまえた上で、当該歌における額田王 の「個人的側面」の強調という問題を明らかにし、それを「結論」章にお いてまとめることとしたい。
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第 1 章 萬葉集ホトトギス歌と望帝の故事
1.1 「萬葉歌のホトトギス」概略
当該歌に言語化されたホトトギスからは、何が読み取られることになる のか。この点について本章では、望帝の故事との関連を中心に、先行研究 の確認を進める。「序論」第 7 節でも触れたとおり、望帝とは蜀の君主であ る杜宇のことであり、没後も国のことを案じたため、その魂はホトトギス と化したとされる人物である。そのような望帝の問題に立ち入る前に、ま ず本節では、萬葉歌におけるホトトギスの概略について確認しておくこと とする。
1.1.1 ホトトギスの表記
萬葉集のホトトギスは、「保等登伎須」のように音仮名で記されたものと、
正訓のものの 2 種が認められる。中国古典のホトトギスには、「杜鵑」「霍 公鳥」「鵜鴃」「子規」「郭公」等さまざまな漢字表記が見られるが、萬葉集 の訓字は「霍公鳥」に限られている。しかし、先行研究では、萬葉集の表 記がなぜ「霍公鳥」に限定されるのか、さらには、中国古典でホトトギス が「霍公鳥」と記される所以についても明らかにされていない。そこで、
以下、李(2002)を参照しつつ、本研究に可能な範囲で、この「霍公鳥」
表記に関わることをまとめていく。
「霍公鳥」という語に見出される「霍公」とは、霍の初代の君主であり、
周の武王の弟に当たる。そして、この霍公に関連して、『史記』巻 13 の「三
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代世表」には次の記述が見られる。
(1) 漢大將軍霍子孟名光者,亦黃帝後世也。(中略)霍者,國名也。武王 封弟叔處於霍,後世晉獻公滅霍公,後世為庶民,往來居平陽。
(『史記』巻 13「三代世表」)
霍光という西漢の将軍は、霍公の子孫であるが、それが古代中国の伝説的 な聖帝である黄帝の「後世」にも当たるとされているわけである。
確認されるとおり、霍公は黄帝との関連のもとで把握されることがある ような人物なのだが、このことは望帝杜宇の場合も同様である。
(2) (前略)蜀王,黃帝後世也,至今在漢西南五千里,常來朝降,輸獻於 漢,非以其先之有德,澤流後世邪。
(『史記』巻 13「三代世表」)
ここでの「蜀王」は杜宇のことであり、その杜宇が黄帝の「後世」と記さ れていることがわかる。
ここまでに見たとおり、霍公は、伝説的な黄帝の系譜に連ねて把握され るという点で、望帝杜宇と相並ぶような存在である。さらに「霍公」とい う語の発音は「郭公」と等しい。こういった事情と、鳥を崇拝する発想と が相俟って、「霍公鳥」という表記がなされるようになったのではないかと されるのであった。
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1.1.2 夏の景物としてのホトトギス
萬葉集のホトトギスは、いわゆる夏の風物詩として、集中に多く詠まれ る鳥である。本研究が調査したところ、萬葉集のホトトギス歌は全部で 155 首あり、夏部に納められた歌が最も多い。ホトトギスは、旧暦 4 月~5 月 頃、日本に渡来する鳥であり、夏の到来を告げる鳥とも言えるため、初声 を待つ歌も数多い。特に後期萬葉に、ホトトギス歌の急増したことが確認 される。
次に、萬葉歌において、ホトトギスと取り合わされることの多い景物を まとめ、その例歌を引いておく。
「五月の玉」
(3) ほととぎす(霍公鳥)いたくな鳴きそ汝が声を五月の玉にあへ貫く までに
(八・1465)
「あやめぐさ」
(4) ほととぎす(霍公鳥)厭ふ時なしあやめぐさ縵にせむ日こゆ鳴き渡 れ
(十・1955)
「藤波」
(5) 藤波の散らまく惜しみほととぎす(霍公鳥)今城の岡を鳴きて越ゆ なり
(十・1944)
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「卯の花」
(6) 皆人の待ちし卯の花散りぬとも鳴くほととぎす(霍公鳥)我れ忘れ めや
(八・1482)
「橘」
(7) 橘は常花にもがほととぎす(保登等芸須)住むと来鳴かば聞かぬ日 なけむ
(十七・3909)
当該歌のホトトギスは、いま確認してきた夏の季節感とは無縁の詠まれ方 をする例である。既述のとおり、そうした当該歌のホトトギスに関して先 行研究は、中国古典における望帝の故事との関連を指摘している。そこで 次節では、望帝の故事を中心に、中国古典におけるホトトギスの表象を概 観する。
1.2 中国古典のホトトギス
はじめに、望帝の故事に先立つ『楚辞』(春秋戦国)の例を見る。
(8) 恐鵜鴃之先鳴兮 使夫百草為之不芳 (『楚辞』「離騒」)
(8)で「鵜鴃」とあるのがホトトギスのことである。中国古典のホトトギ スは「杜鵑」と記されることが多いのだが、この場合、そうなってはいな い。また、ここでのホトトギスは、望帝の故事との関わりを持たないのは
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もとより、後世の例に見出されることのある「懐旧」や「恋愛」といった 性格も認められない。(8)におけるホトトギスは、鳴くと草花を散らせて しまう鳥と見なされ、むしろ恐ろしい鳥というイメージが持たれていたわ けである。
次に、望帝の故事に関して、中国北宋に編纂された『太平御覧』の「剣 道南」の記述を確認しておく2。
(9) 揚雄《蜀王本紀》曰:(前略)后有王曰杜宇,出天墮山;又有朱提氏 女名曰利,自江源而出,為宇妻;乃自立為蜀王,號曰望帝,移居郫邑。
(10) 《十三州志》曰:(前略)時巫山壅江,蜀地洪水,望帝使鱉冷鑿巫 山,治水有功。望帝自以德薄,乃委國禪鱉冷,號曰開明。遂自亡去,
化為子規,故蜀人聞鳴曰:「我望帝也」。
このような望帝とホトトギスの関わりが作品の中に見出される例として、
鮑照の作「擬行路難」(魏晋南北朝)が挙げられるのだが、そこには「杜鵑」
という語が現れてもいる。次の(11)を見られたい。
(11) (前略)中有一鳥名杜鵑 言是古時蜀地魂
聲音哀苦鳴不息 羽毛憔悴似人髭(後略) (「擬行路難」)
2 『太平御覧』に引かれる『蜀王本紀』(前漢)及び『十三州志』(北魏)の原典は散逸 している。
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孫(2014)が述べるとおり、この(11)では、ホトトギスが「失意した天 子の喩」とされているのである。
一方、李商隠の詩「錦瑟」(晩唐)は、より積極的に望帝の故事を取り入 れたものである。
(12) 錦瑟無端五十弦 一弦一柱思華年
莊生曉夢迷蝴蝶 望帝春心托杜鵑(後略) (「錦瑟」)
見られるとおり、ここでは、望帝がホトトギスと化したことが正面から述 べられているわけである。さらに、下に引く白居易の『琵琶行』(中唐)に も望帝の故事が援用されている。
(13) (前略)住近湓江地低溼 黃蘆苦竹繞宅生
其間旦暮聞何物 杜鵑啼血猿哀鳴(後略) (「琵琶行」)
(13)の場合、「ホトトギスが血を吐く」という発想も盛り込まれているこ とは、確認されるとおりである。
1.3 萬葉集ホトトギス歌と望帝の故事
本節では、望帝の故事と萬葉歌の関連について確認していく。「序論」第 4 節で確認したように、身崎(1989)は、萬葉集の和歌において望帝の故 事が喚起するイメージは「先帝追慕」ということに限られ、「懐旧」一般へ
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と通じていくものではないと述べている。次に身崎(1989)の述べるとこ ろを引いておく。
しかし、後代はともかくとして、萬葉時代にあっては、望帝杜宇の故 事がただちに「懐旧」を想起させる、といた強固なむすびつきはなか ったのではないだろうか。
また、高桑(2008)は、石上堅魚と大伴旅人の贈答を考察したものであ るが、そこにも萬葉歌におけるホトトギスと望帝の故事に関する言及が見 られる。次に、その石上堅魚と大伴旅人の贈答を引く。
(14) ほととぎす(霍公鳥)来鳴きとよもす卯の花の共にや来しと問はま しものを
(八・1472)
(15) 橘の花散る里のほととぎす(霍公鳥)片恋しつつ鳴く日しそ多き
(八・1473)
(14)は大伴旅人の妻である大伴郎女が病で没し、その喪を弔うために勅 使として派遣された石上堅魚が詠んだもので、(15)は、その(14)に対す る大伴旅人の返歌である。高桑(2008)はこの贈答を論ずるにあたって、
次のように指摘している。
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ここで注目されるのは、蜀魂の鳥ホトトギスを詠むことで「死者追慕」
を歌ったのは、旅人の②(引用者注:本研究での番号は(15)である)
が最初らしいということである。蜀魂の鳥として初めてホトトギスを 詠んだ額田王の歌では、ホトトギスにより「先帝追慕」が表現されて はいたが、それを「死者追慕」と言いかえることはできないだろう。
(中略)旅人の試みは、蜀魂の鳥ホトトギスを「先帝追慕」を表象す る鳥から「死者追慕」を表象する鳥へと転換することで、新たな死者 追慕の歌い方を創出する試みともなっていたのである。
萬葉歌のホトトギスの表象に「死者」一般への追慕という性格がもたらさ れたのは、大伴旅人の創意によるのであって、当該歌におけるホトトギス は、あくまでも「先帝追慕」の文脈の中にあると述べるわけである。
さらに、萬葉集ホトトギス歌と、それより後のホトトギス歌とを比較し た孫(2014)には、次の言及が見られる。
和歌におけるホトトギスの歌は、『萬葉集』に始まり、懐旧の鳥・恋の 鳥・賞美される鳥として詠まれたが、『古今集』を経てそのイメージは 一変し、悲哀な色に染められ、さらに、生と死の世界の通い使者とし て詠まれ、悲痛な鳥として後の世に伝承されてきた。
つまり、ホトトギスの表象という点では、萬葉の時代と古今以降との間に 分水嶺がある。萬葉集のホトトギス歌は、総体として、まだ「死」のイメ
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ージを帯びるものではないというのであった3。
1.4 まとめ - 当該歌との関わり -
前節で確認したように、身崎(1989)は、望帝の故事の意味するところ は、萬葉歌全般において「先帝追慕」に限られ、「懐旧」一般への広がりを 持たないと考えている。一方、高桑(2008)は、旅人歌のホトトギスを望 帝の故事をふまえるものとした上で、この旅人歌が萬葉集において「先帝」
に限定されない「死者」一般への追慕を意味する最初のホトトギス歌であ ると主張する。
このように、萬葉集ホトトギス歌における望帝の故事と、「懐旧」や「死 者追慕」という問題にまつわる先行研究には、多少の差異も観察される。
しかし、当該歌を考察する本研究にとって重要なのは次の点だろう。
当該歌におけるホトトギスは、望帝の故事との関連のもとに把握されて きた。そして、その当該歌においては、望帝の故事はホトトギスに「懐旧」
や「死者追慕」といった、より一般に開かれたイメージを召喚しない。当 該歌のホトトギスを、望帝の故事との関連のもとに解釈するのであれば、
あくまでも「先帝追慕」という文脈に即して理解するのが適当だというこ となのである。
3 ただし、古代中国においては、人間と異なって空を飛ぶことのできる鳥類に対し、人 間を冥界に連れて行く等、現実世界と神霊世界を行き来できる存在というイメージが持 たれていたという。こうした発想が、萬葉歌に何らかの影響を及ぼしているかどうかと いう問題には注意が必要であろう。なお、こうした「鳥霊」に関しては、張(2002)を 参考にした。
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第 2 章 動詞「恋ふ」の格
2.1 動詞「恋ふ」のニ格とヲ格
本章では、動詞「恋ふ」がニ格を取る場合とヲ格を取る場合では、どの ような差異が認められるのかについて論じる4。
「序論」第8 節でも触れたとおり、当該歌、111 番歌共に「古に恋ふ」と なっており、動詞「恋ふ」はニ格を取っている。しかし、古語においては
「~ヲ恋ふ」のほうが一般的であるとされる。たとえば伊藤(1976)は、
萬葉集においては「~ニ恋ふ」がよく使われるが、萬葉集より後の文献で は「~ヲ恋ふ」のほうが普通であると指摘している。たしかに、本研究が 萬葉集を調査したところでも、「~ニ恋ふ」のほうが優勢であった。「~ヲ 恋ふ」が 12 例であったのに対し、「~ニ恋ふ」は 89 例確認されたのであ る。では、こうした「~ニ恋ふ」と「~ヲ恋ふ」の差異は、先行研究にお いてどのように論じられてきたのであろうか。
2.2 松田(1998)
松田(1998)は「恋ふ」について次のように述べている。
古代の「恋ふ」は、動作・状態の原因・由来・動機などを表す助詞ニ によって導かれる動詞であり、ある原因によって発動する動作(状態)
4「恋ひわたる」のように、「恋ふ」が複合動詞の前項となったものも考察対象に含めるこ ととする。
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であった。
その一方で、松田(1998)は、「~ヲ恋ふ」の例の存在にも言及している。
助詞ヲは文中にあって動作の対象をあらわす。そこには単に原因によ っての自発的行為ではなく、より積極的・能動的な「恋ふ」が例外的 とはいえ存在したことを示しているとも解釈できよう。
以上を総合すると、「~ニ恋ふ」は、主語の感情が他者によって誘発されて いることを言語化しており、松田(1998)の言葉によれば「自発的」5な性 格がある。それに対して「~ヲ恋ふ」は「自発」性を持たず、「積極的・能 動的」な内容を言語化するということになる。しかしながら、このような 見解には、それに疑問を抱かせるような例も存在する。
(16) 凡ろかに我し思はば人妻にありといふ妹に(尓)恋ひつつあらめや (十二・2909)
(17) 石走る垂水の水のはしきやし君に(尓)恋ふらく我が心から
(十二・3025)
5 ここに言う「自発」とは、日常生活で用いられる「自発的に行動する子ども」等の意味 ではなく、文法用語としての「自発」に相当することに注意が必要である。つまり、ある 動作が主語の意志によってもたらされたのではなく、自然発生的なものだという概念で ある。
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(16)は、自分がいい加減には思っていないからこそ、人妻に恋い慕うと いうリスクも犯すのだと述べており、相手から誘発された「自発的」なも のというよりも、むしろ「積極的・能動的」な姿勢が見て取れる。また、
(17)は「我が心から」とあるように、他人が原因なのではなく、自分の 意志で恋をしているのだと述べるものであり、まさしく「積極的・能動的」
である。このような例が存在することを考慮に入れると、「~ニ恋ふ」が、
他者を原因として自然に発生した事態を言語化すると考えることは、即断 と言わざるを得ないのではないか。また「~ニ恋ふ」のニを「動作・状態 の原因・由来・動機などを表す助詞ニ」と判断することにも、慎重さを要 するかと思われる。
2.3 伊藤(1976)
伊藤(1976)は、萬葉歌の「~ニ恋ふ」において、ニに上接する名詞は、
「人間」であると主張している。
(18) 韓亭能許の浦波立たぬ日はあれども家に(尓)恋ひぬ日はなし
(十五・3670)
(18)は「家に」となっているが、この「家」は「家人」「家妻」の意味だ として、伊藤(1976)では「人間」の例とされる。また、111 番歌と当該歌 の「古に」の場合も、その「古」は「天武天皇」を指すとして、「人間」の 例の一つとして数えられるのである。
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一方、伊藤(1976)は、「~ヲ恋ふ」を「格助詞ヲ」の例ではないとし、
「間投助詞、もしくは、間投助詞的な接続助詞としての性格が顕著だと考 えられる」と述べている。伊藤(1976)における「間投助詞、もしくは、
間投助詞的な接続助詞」とは、文法研究的には、金水(1993)などが「終 助詞」として分類するものに相当すると考えられる。その金水(1993)は、
それら「終助詞ヲ」の特徴の一つに、現代語で「のに」と訳せることを挙 げている。つまり「終助詞ヲ」は、何ごとかと相反する性格を持つ句に接 続するということである。そして、たしかに萬葉集の「~ヲ恋ふ」には、
何ごとかと相反する性格を持ち、「のに」と訳すことができるものが多い。
(19) はしけやし間近き里を(乎)雲居にや恋ひつつ居らむ月も経なく に
(四・640)
(20) 旅にあれど夜は火灯し居る我を(乎)闇にや妹が恋ひつつあるら む
(十五・3669)
(19)は「里」との距離が近いのに、雲のように遠く感じるとするもので あり、(20)は、旅先の自分は火を灯しているのに、家の妻は闇の中にいる という意味である。いま確認したとおり、これら2 首は「のに」と訳せる が、そうであるからと言って、必ずこれらのヲが「格助詞ヲ」ではないと いうわけではない。しかし、これらが「終助詞ヲ」の例であると考えるこ
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とを妨げる要因もないと言えよう。
しかし、「~ヲ恋ふ」には「終助詞ヲ」とは考えられない例も存在する。
次に示す(21)と、後に引く(23)がその例である。
(21) 風を(乎)だに恋ふるはともし風をだに来むとし待たば何か嘆か む
(四・489)
伊藤(1976)は、(21)が次の(22)と同じように、「ニ向かって」「ニ対し て」と解釈できるヲと同じだと主張している。
(22) 草枕旅行く君を(乎)人目多み袖振らずしてあまた悔しも
(十二・3184)
しかし、仮にそのような解釈が成り立つとしても、それは、「格助詞ヲ」に
「ニ向かって」「ニ対して」のような意味があると考えるべきだろう。たと えば、現代語の「田中さんにひどいことを言う」という文について考えて みよう。この文は「田中さんニ向かって」「田中さんニ対して」という解釈 が可能だが、ここでの「に」は、あくまでも格助詞である。つまり、「ニ向 かって」「ニ対して」という解釈が成立するからといって、(21)の「~ヲ 恋ふ」が格助詞の例ではないと主張することはできないのである。
続いて、(21)同様「終助詞ヲ」とは考えられないものと述べた(23)で
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あるが、これは「恋ふ」と「わたる」が複合した「恋ひわたる」の例とな っている。
(23) 高麗剣我が心から外のみに見つつや君を(乎)恋ひ渡りなむ
(十二・2983)
伊藤(1976)は、萬葉集の「恋ひ渡りなむ」は、動詞の対象が、すべてニ でマークされていると主張している。次に「恋ひ渡りなむ」がニ格を取っ た例を示しておく。
(24) 紫の帯の結びも解きも見ずもとなや妹に(尓)恋ひ渡りなむ
(十二・2974)
伊藤(1976)は、(23)のヲ(乎)がニ(尓)の誤写であるとして、(23)
が「格助詞ヲ」の例ではない可能性を主張している。しかし、異例が生じ た際に誤写を想定して解決しようとするのは、望ましいあり方とは言えず、
問題かと思われる。
2.4 「~ニ恋ふ」と「~ヲ恋ふ」の差異
ここまで、先行研究では「~ニ恋ふ」と「~ヲ恋ふ」の差異が、十分に 説明されていないことを確認した。以下、萬葉集の用例に対して、本研究 の分析を進める。
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2.4.1 「~ニ恋ふ」
まず、「~ニ恋ふ」は、本研究が見る範囲でも、「人間」を表示するもの が大勢を占めた。「人間以外」の例としては、先掲(18)の「家」と、当該 歌及び 111 番歌の「古」が挙げられるが、いずれも、伊藤(1976)の説く とおり、「家人」や「古人」という含みを読み取ることに、特に不自然な点 はないかと思われる。したがって、ニを下接させる名詞は「人間」に限ら れるという伊藤(1976)の指摘はもっともなものだと言えよう。
2.4.2 「~ヲ恋ふ」
2.3 節で確認したとおり、伊藤(1976)の「~ヲ恋ふ」に関する言及は、
一部の「~ヲ恋ふ」を「終助詞ヲ」と見なす点には一定の妥当性が認めら れたものの、「終助詞ヲ」と見なしえない例の扱いには問題が残されていた。
はじめに、それら「終助詞ヲ」と見なしえない二つの例(21)と(23)に ついて検討していく。
まず(23)であるが、伊藤(1976)が指摘するとおり、萬葉集の「恋ひ わたりなむ」において、対象がヲでマークされているのは(23)のみであ る。次に再掲する。
(23) 高麗剣我が心から外のみに見つつや君を(乎)恋ひ渡りなむ
(十二・2983)
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‧ 國
立 政 治 大 學
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N a tio na
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しかし、(23)には他の例とは異なる事情がある。(23)は「外のみに見つ つや君を恋ひわたりなむ」となっており、「君」は「恋ひわたる」だけでは なく、「恋ひわたる」に先行して現れる動詞「見る」の対象にもなっている。
即ち、一つの「君」が、二つの動詞の対象となっているのである。とする と、ヲ格は「恋ひわたる」ではなく、先に現れる「見る」が付与したもの と考えることができる。したがって、伊藤(1976)のように誤写を想定し なくとも、この(23)は「~ヲ恋ふ」の例には当たらないこととなるので はないか。
このように考えてみると、「終助詞ヲ」と見なしえない二つの例のうち、
残されるのは(21)ということになる。これも再掲する。
(21) 風を(乎)だに恋ふるはともし風をだに来むとし待たば何か嘆か む
(四・489)
先に見たとおり、ここでヲに接続するのは「風」であるから、「人間」の例 ではない。つまり、「~ニ恋ふ」によって表示されるのが「人間」であるの に対して、「~ヲ恋ふ」の方は「人間以外」を表示するのではないかと想定 することができる。
このとき注意されるのは、伊藤(1976)が「終助詞ヲ」と見たもののう ち、ヲに「人間」が上接している例があるということである。次にその例 を示す。
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(20) 旅にあれど夜は火灯し居る我を(乎)闇にや妹が恋ひつつあるらむ
(十五・3669)
(24) 香具山に雲居たなびきおほほしく相見し児らを(乎)後恋ひむかも
(十一・2449)
再掲の(20)は「自分は明るいところにいるのに、妻は闇の中にいる」と いうことを詠むものであり、一方の(24)では「少し見ただけなのに、後 になって恋情が湧く」ということが詠まれている。つまり、これらにおい ては、相反する内容を持つことが歌の中で明確化されている。しかし、こ のような性格は、「終助詞ヲ」と見なされた例すべてに共通するわけではな い。たとえば次の(25)を見られたい。
(25) 橘の下吹く風のかぐはしき筑波の山を(乎)恋ひずあらめかも
(二十・4371)
この(25)は、相反する内容を持つものであると解釈しようと思えばでき るかもしれないが、文の中にそうした性格が明確化されてはいない。
つまり、「人間」+ヲになっている(20)と(24)は、「終助詞ヲ」とさ れた例の中でも、何ごとかと相反する性格を持つという「終助詞ヲ」らし さが強く現れた例だと言える。もし、これらのヲが終助詞ではなく、格助 詞であったとすれば、「~ヲ恋ふ」の対象が「人間以外」であるという見解 の反例となるだろう。しかし、いま述べたとおり、これらからは「終助詞
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