第一章 序論
三、 問題意識、研究方法、目的、範囲
(一)、問題意識
漱石と張文環は、それぞれ近代化社会に対する批判が指摘されてきた。しか し、明治社会における資本主義の発展とそれに伴った実利主義、物質文明に対 する漱石の観察や批判が、どのように父権体制に触れて文明と道徳の関係を探 求する側面、さらに「国家」の概念と対置する独自の「個人主義」に辿り着い た思想上の展開に繋がっていくか。また、戦争協力の作品に示されている国民 国家統合に対する協力的姿勢に相対して、張文環の非戦争協力の作品から国民 国家統合とそれに伴った近代化に対する抵抗が見られるかが、課題として残さ れている。
曾秋桂論文で提起された長塚節の『土』に対する漱石と張文環の関心は、両 作家の繋がりを示している。「「台湾代表的作家の文芸を語る」座談会」におい て、張文環は実際に「本当に好きなのは長塚節の「土」です。日本の作品で本 当に二回も三回も讀み返したのは「土」だけです。その他永井荷風、島崎藤村、
丹羽文雄、島木健作、大谷藤子、国木田独歩などです。」69と述べている。長塚 節の『土』だけでなく、島崎藤村の作品に対して漱石もかなり興味を示してい る。長塚節の『土』と島崎藤村の文学に対する漱石と張文環の共通な文芸的関 心は、どのように国民国家統合とそれに伴った近代化に置かれた両作家の近代 化批判と文芸思想に関連し、両作家の接点を示しているかが興味深い。
(二)、研究方法と目的
フランス初期ロマン派作家で政治思想を重視し、文芸評論を行っていたアン ヌ・ルイーズ・ジェルメーヌ・ド・スタール(Anne Louise Germaine de Staël、
1766-1817)は、社会背景がどのように文学に影響を与え、文学がどのように社
69台湾文芸連盟「「台湾代表的作家の文芸を語る」座談会」(1941.11.01、『台灣藝術』第 3 巻第 1 号)陳萬益編『張文環日本語作品及び草稿全編』台中縣立文化中心,2011
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会に影響を与えたかに着目し、文学者の自由と反専制的使命を強調する『De la littérature considérée dans ses rapports avec les institutions sociales』
(1800)(『社会制度との関係からみた文学』)を発表して、文学社会学の幕を切 り開いた。「時代思潮(Zeitgeist)」と、「民族精神(Volksgeist)」という概念 が、スタール夫人とドイツ人の交友で 1800 年前後に形成したもの70である。そ の精神に基づいた文学社会学は、二次大戦後、「西欧的マルクス主義者」、ルカ ーチ(G. Lukacs、1885‐1971)の文学社会論によって展開し、弟子のリュシ アン・ゴルドマン(Lucien Goldmann、1913‐1970)による体系の整理によって 方法論として定着された。ゴルドマンの構造主義に依拠して形成したその理論 体系は、「作品世界の構造が特定の社会群体の心理的要素に繋がる」という重要 な概念を提示しているが、作者の観点を参照しないまま、マルクス主義に基づ く彼自身の純粋な先見的思想を展開したために、その方法論が批判されてきた。
ゴルドマンの方法論への修正として、経験的文学社会学が形成し、Escarpit,R.
は「作者」と「作品」の結びつきを重視した。Escarpit の理論は作者の内的人 格を把握して、歴史的あるいは批評的な観点から、読者が作者の表現した内容 をより深く享受できると考えた上で、文化政治経済の背景に関して「社会」と いう要素を取り入れた。Fügen,H.N.はさらに、「社会学的文学」と「文学社 会学」を区別した。「社会学的文学」は文学作品に現われた個々の事柄を認識し、
それら個々の事柄が、社会的な個々の事実によって因果的に規定される一方、
「文学社会学」は典型的なものの抽出が問題となり、事象の典型的な経過、行 動様式、その機能の説明に重点が置かれている71。
漱石は、心理学と社会学の理論を応用した『文学論』の中で、文学社会学の 発端となったスタール夫人の交友圏で形成した「時代思潮(Zeitgeist)」とい う言葉を「通語」として「社会進化の一時期における F」で指し示し、それが個 人の「一刻の意識における F」の集合によって形成されていると説明している72。 漱石の『文学論』は形式論に発展したために、文学作品に見られる「時代思潮
70Robert Escarpit『文學社會學』葉淑燕訳,遠流出版, 1990,P6‐7
71濱崎一敏「経験的文学社会学の基本原理と問題点」『長崎大学教養部紀要(人文科学篇)』 第 21 巻 第 2 号,1981.01,135-151
72夏目漱石『文学論(上)』岩波書店,2011,P37-39
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(Zeitgeist)」の現象を論じていない。それでも、近代化を批判するその創作 の展開と独自の「個人主義」への辿り着きは、確かに個人の「一刻の意識にお ける F」をもって、「社会進化の一時期における F」を体現しようとする傾向が 見られる。漱石と共通な文芸的関心を持ち、同じく国民国家統合とそれに伴っ た近代化という社会体制の背景を経験した張文環の創作は、まさにそういう「時 代思潮(Zeitgeist)」を体現する関連的な対象だと考えられる。
そこで、本研究は、国民国家統合とそれに伴った近代化という典型的な事象 を中心に、文学の事実性を重視し、「作者」、「作品」、「読者」、「社会」の関係か ら文学を探求する経験的文学社会学の方法に基づく。漱石と張文環の近代化批 判と文芸思想の本質を探求し、両作家の共通な文芸的関心と文芸思想の関連性 を明らかにし、その接点を提示することによって、明治社会と台湾植民地社会 に影響を与えた国民国家統合とそれに伴った近代化を批判する時代思潮の一端 を示すことを研究目的とする。
(三)研究範囲
両作家の作品、創作背景、資料を通してその近代化社会への批判の内容を考 察する必要がある。テクスト表現による読解を中心にする一方、作家と文壇の 背景に関する資料をコンテクストのように用いて証左を示し、時代背景の視野 を開いていく。
漱石の「藝術觀及人生觀の一局部を代表したる小説」73の『草枕』は、今まで
「反西洋」の東洋観を示していると捉えられてきたが、実際に画工の近代化批 判、那美と「家」の関係、日本帝国主義の象徴である日露戦争を背景とした久 一の徴兵が描かれている。そして『三四郎』は、新旧文化の混雑を描き出した 都市小説として捉えられてきたが、日露戦争後の社会不況を後景にし、三四郎 の文明体験の挫折、広田先生などの作中人物の近代化批判を表現している作品 であり、特に作中で提起されている「新しき西洋」と「古き日本」の概念が見
73夏目漱石「明治 39 年 8 月 7 日芥舟先生宛書簡」『漱石全集第二十八巻』岩波書店,1957,
P74
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られる。『それから』は、代助の近代化批判を描いている上で、国家資本主義の 矛盾とブルジョアジー父権社会への反抗が指摘され、特に道徳に挑戦する代助 の姦通心理が描かれている。そして、『こゝろ』は大正時代に書かれ今まで倫理 的な小説として提起されてきたが、明治時代を生きた「先生」の人生と「明治 の精神」の意味との関連を示し、「先生」に「現代思想」の問題を求めてきた青 年のことを描いている作品であり、漱石の提起した国家主義と対置する「個人 主義」に関連させるように取り上げられてきた。『草枕』、『三四郎』、『それから』、
『こゝろ』は、『吾輩は猫である』と『野分』のように実利主義への批判に限る のでなく、『虞美人草』の道義意識でもない、また『行人』、『彼岸過迄』、『道草』、
『明暗』のように近代化問題への討論があまり見られない作品群と異なり、国 民国家統合とそれに伴った近代化という時代性に関連していると伺える。それ らの作品を中心に、作家資料と文壇背景を提示して、漱石の近代化批判と文芸 思想の本質を探求していきたいと考えられる。
張文環に関して、「落蕾」は植民地の社会階級の問題を描き出しているが、近 代化批判との関連性にあまり触れていないために、本研究の研究対象に取り入 れない。一方、『フォルモサ』の停刊と転向風潮の最中において書かれた「父の 要求」は、近代文明への憧憬の問題と親権意識の圧迫が指摘されてきたが、父 と植民側の賀津子に対する主人公の陳有義の「階級と親子間の間の問題」の思 考について未解明なところがまだ多い。「過重」は、コロニアルモダニティと被 植民者の父権の喪失が指摘されてきたが、台湾文芸連盟と『台湾新文学』への 張文環の参加という背景を取り入れて、植民地生活を描いた作品の意図を提示 する必要がある。日本統治期間で創作した唯一の長編作品の『山茶花』は、近 代化の中の台湾植民地社会を描いていると指摘されてきたが、植民地の近代教 育を受けた主人公の成長を描写する作品の意図と張文環の近代化批判、文芸方 法の関連性を解明する必要がある。また、「資本家―植民者―父権」の構造が論 じられてきた「閹雞」は、特に皇民文学に対抗する『台湾文学』への掲載、自
張文環に関して、「落蕾」は植民地の社会階級の問題を描き出しているが、近 代化批判との関連性にあまり触れていないために、本研究の研究対象に取り入 れない。一方、『フォルモサ』の停刊と転向風潮の最中において書かれた「父の 要求」は、近代文明への憧憬の問題と親権意識の圧迫が指摘されてきたが、父 と植民側の賀津子に対する主人公の陳有義の「階級と親子間の間の問題」の思 考について未解明なところがまだ多い。「過重」は、コロニアルモダニティと被 植民者の父権の喪失が指摘されてきたが、台湾文芸連盟と『台湾新文学』への 張文環の参加という背景を取り入れて、植民地生活を描いた作品の意図を提示 する必要がある。日本統治期間で創作した唯一の長編作品の『山茶花』は、近 代化の中の台湾植民地社会を描いていると指摘されてきたが、植民地の近代教 育を受けた主人公の成長を描写する作品の意図と張文環の近代化批判、文芸方 法の関連性を解明する必要がある。また、「資本家―植民者―父権」の構造が論 じられてきた「閹雞」は、特に皇民文学に対抗する『台湾文学』への掲載、自