第四章 夏目漱石と張文環の近代化批判と文芸思想の接点
第二節 父権体制と国民国家統合への批判で繋がる藤村文学への関心
かりにして、明治維新の封建打破の精神を文学の精神とする漱石が『破戒』の 提起した階級と父子の問題に着目したのは、父権体制における制度的道徳への 批判を文学の課題とし、それを国家主義と国民国家統合への批判に発展したと 提示する。それから、張文環の「父の要求」における「階級と親子間との間の 問題」への探求を手がかりにして、張文環における父権体制への批判と島崎藤 村の文学への接触の関連性を明示し、さらに台湾植民地の国民国家統合の傾向 への批判の展開との関連を提示する。それによって、父権体制と国民国家統合 を批判する漱石と張文環の文芸思想の接点を提示する。
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第二章 夏目漱石の近代化批判と文芸思想
漱石は、西洋化と対置する「文明批評家」として評価されてきたとともに、
三好行雄によって「人間と文学の総体をあげて、いまなお現代人の<生>に突 きつける問いの重さ、誠実さにある」75と評価され、エゴイズムを批判し道義性 を重んじる作家として認識されてきた。一方、先行研究の回顧において、すで に「文明批判小説」の『虞美人草』の道義性から転換する漱石の倫理意識を提 示している。小泉浩一郎は方法論の視点で漱石のリアリズムをこのように指摘 している。「『草枕』において確立されたこの方法は、『二百十日』(明 39)、『野 分』(明 40)、そして『虞美人草』(明 40)における、<道義>の立場からの現 実への一方的裁断批評の試みを越えて、『三四郎』(明 41)から『こゝろ』(大 3)
に至る現実への内的外的溯及と、その内部からの現実批評の視点の獲得と確立 という、方法的一貫性の第一の出発点にほかならない」76果たして、道義性を乗 り越える漱石のリアリズムは、どのように国民国家統合とそれに伴った近代化 という時代性に対する思考を反映しているのだろうか。本章は、『草枕』、『三四 郎』、『それから』、『こゝろ』を中心に探求していきたいと考えられる。
第一節 『草枕』―国民国家統合とそれに伴った近代化への批判の始まり
一、日清戦争後の社会小説の動向との繋がり
『草枕』(明治 39.9~40.1「新小説」)は、「二十世紀の文明」、「人情」の「煩 い」から離れようとした画工が、山郷の那古井へ「非人情」の旅に出て、「気違 い」と言われた那美に出会い、日露戦争に徴兵される久一への見送りの場面に おいて、同じ汽車に乗った元夫を見て那美の表情に一瞬に表れた「憐れ」で、
75三好行雄編『夏目漱石事典』(二版)学燈社,1992,P9
76小泉浩一郎「人生」『夏目漱石事典』三好行雄編『夏目漱石事典』(二版)学燈社,1992,
P168
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77熊坂敦子「反近代・日本の漱石」『解釈と鑑賞』40(2)学燈社,1975.02,P25-32
78吉田熙生「『草枕』序説」(初出記されず 1976)『漱石作品論集成第二巻坊ちゃん・草枕』
桜楓社,1990.12,P236
79東郷克美「「草枕」水・眠り・死」(『別冊国文学夏目漱石必携』1982.02)『漱石作品論集 成第二巻坊ちゃん・草枕』桜楓社,1990.12,P251
80前田愛「世紀末と桃源郷―『草枕』をめぐって―」(「理想」1985.03)『漱石作品論集成第 二巻坊ちゃん・草枕』桜楓社,1990.12,P261
81平川祐弘『夏目漱石―非西洋の苦闘―』(第 2 刷) 講談社,1993,P342、「汽車の走らぬ 世界―漱石にとってのピトロクリ―」三好行雄編『講座夏目漱石 第 5 巻 (漱石の知的空間)』
有斐閣,2004.09,P296-320
82「We look before and after And pine for what is not: Our sincerest laughter With some pain is fraught; Our sweetest songs are those that tell of saddest thought.」
(前をみては、後えを見ては、物欲しと、あこがるるかなわれ。腹からの、笑といえど、
苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極みの歌に、悲しさの、極みの想、籠るとぞ知 れ)(夏目漱石『草枕』新潮文庫,2011,P9)
83 夏目漱石『草枕』新潮文庫,2011
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的に利害損得の汗を流し去った心持ち」(P12)を感じて、自分の芸術的追求を 東洋の精神世界に求めようとした。しかし、それは画工の理想への追求の側面 を捉えているだけである。
『草枕』の冒頭に、画工の語りは、『不如帰』と『金色夜叉』を「二十世紀の 文明」を書き表した「人情」の小説と呼んでいる。徳冨蘆花の『不如帰』は、
日清戦争を背景にして旧家族の軋轢と戦争に出された夫の死に繋がる女の悲運 を描き、尾崎紅葉の『金色夜叉』は、名利目当てで両親の言いなりに結婚した 女への復讐として高利貸しに堕落した男の悲運を描いている。日清戦争後の明 治二十年末に、戦争の起した社会不況で、社会小説を求める声が高くなり、社 会性や作者の観念性を反映させる深刻小説や観念小説が、硯友社門下の広津柳 浪や川上眉山などの作家によって書かれはじめた。飛鳥井雅道の指摘によると、
すでに労働社会に視線を向いた柳浪の取り扱う「家庭問題」は、「三十年代文学 のカギともな」り、そして明治三十年代における社会小説動向は、魯庵、柳浪、
蘆花を中心とする、日本の封建的な「家」またはそれを支える半封建社会との 対決であった 84。『不如帰』と『金色夜叉』はまさにその流れの中で、日清戦争 後の社会の実情をよく書き表していることによって、社会小説の最盛期、明治 三十年代で歓迎されていた。
作中人物の画工が「住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、有難 い世界をまのあたりに写すのが詩である、画である」(P6)と主張し、「恋はう つくしかろ、孝もうつくしかろ、忠君愛国も結構だろう。しかし自身がその局 に当れば利害の旋風に捲き込まれて、うつくしき事にも、結構な事にも、目は 眩んでしまう。」(P11)というように、『不如帰』と『金色夜叉』の描き出した 世の中と対置するのは、まさに資本主義と国民国家統合を発展する明治社会の 実情から離れようとする意図を示している。にもかかわらず、佐藤勝が反近代 の中で文明現実を常に意識している画工のこと85を指摘したように、画工は最初 から旅の中で人間に出会い、「我利私欲の覊絆」が現れる可能性を予想した。
84飛鳥井雅道『近代文化と社会主義』晶文社,1970,P46
85佐藤勝「「草枕」論」(「国語と国文学」1972.04)『漱石作品論集成第二巻 坊ちゃん・草 枕』桜楓社,1990.12,P195
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山郷の婆さんの口から那美の花嫁姿を聞いた画工は、那美に対して「花の頃 を越えてかしこし馬に嫁」(P26)という俳句的美しい想像があったが、いくら 人間を「見様次第で如何様とも見立てがつく」ものと捉え、「純客観」の目、「超 然と遠きから見物する気で」、「全力を挙げて彼等の動作を芸術の方面から観察 する」(P15~17)ように努めても、婆さんが二人の男に懸想してどちらも選べ なく自己犠牲で死んでしまった昔話の長良の娘のような存在で、「気違い」にな った那美のことを話したとたん、近代小説を熟読した画工は、すぐに『ハムレ ット』の内容を思い出し、花嫁姿の那美の顔を、父が恋相手のハムレットに誤 殺されたため、正気を失い、足を踏み外して溺れ死んでしまった悲劇的ヒロイ ンのオフェリアのイメージと重ねてしまった。画工にとって、那美の存在はむ しろ「我利私欲の覊絆」という「人情」の要素の取り入れた近代小説のヒロイ ンに近かった。二人の男に懸想した長良の娘に例えられた那美は、二人の男の 間に挟まれていたが、その事情は決して愛する相手が決められないような単純 な昔話ではない。那美は「是非京都の方へと」、京都修行に出た時に知り合った 男に嫁ぐのを望んでいたが、「親ご様が無理に」取り決めて、親の利益目当ての
「我利私欲」で「城下で随一の物持ち」(P29)に嫁がせられたのである。那美 の「恋」と結婚の事情は、まさに画工の指す近代テクストの「人情」の要素、
すなわち「親」、「恋」、「利害の旋風」を表している。「百万本の檜に取り囲まれ て、海面を抜く何百尺かの空気を呑んだり吐いたりしても、人の臭いはなかな か取れない」(P14)という画工の語りから分かるように、山郷の那古井は「人 情」という現実の色合いを残し、純粋に「理想郷」として造形されていない。
その上で、画工が床屋に行った場面で、「日英同盟国旗」が現れ、志保田の隠 居に訪ねた時も、那美の甥の久一が徴兵されたことが語られている。「現実世界 は山を越えて、海を越えて、平家の後裔の住み古したる孤村にまで逼る。」(P111)
と久一のことを感嘆した画工の認識のように、天皇中心の「忠君愛国」、すなわ ち富国強兵のための国民国家統合は、すでに山郷の那古井に侵入している。天 皇イデオロギーの頂点となった日露戦争を背景とした『草枕』は、まさに日清 戦争後の社会小説の『不如帰』、『金色夜叉』に描き出された社会実情と深く関
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連し、「親」、「恋」、「忠君愛国」、「我利私欲」、すなわち富国強兵のための近代 化における資本主義の導入と、封建思想の残存した父権体制と国家権力に侵入 された山郷の近代性を描き出している。
漱石は、確かに「Self-consciousness の結果は神経衰弱を生ず」、「父子ノ関
漱石は、確かに「Self-consciousness の結果は神経衰弱を生ず」、「父子ノ関