第 3 章では、能格性を通して日本語の「ガ格」をめぐる統語構造を見てきた。
そして、最も重要なポイントは、「まずある性質を帯びた物体が存在し、それか ら人間が現れ、それを認知してから感情を発する」という能格構文の発生過程 である。最初に視野に入ったのは物体のため、「ガ格」は当然ながらその物体の 標識に使われた。さらに、後に加わった人間には「行為・過程の出発点」を明 記する必要が生じたので、新たな格標識として「能格」が必要となる。
ただ、そのような能格構文の統語構造は、意味的に如何に能格性をもつ語彙
(以下「能格性述語」と略す)と対応するのかはまだ明らかではない。この問 題を解明するために、やはり意味の領域に立ち入る必要がある。本章は、まず
「非対格性の仮説」と「語彙概念構造」という理論の枠組みを取り入れて、能 格構文を意味面から考察し、最後にその結果をもとに能格性述語の分類を行う。
4-1 理論の枠組み
第 3 章で、能格構文の基本形を設定したが、まだ未解決な問題が残っている。
それは、同じ能格性述語にもかかわらず、述語によって取れる統語構造のパタ ーンには、基本形からずれるものもあり、様々であることだ。この現象は、能 格性述語の間にも、違う性質が存在することを意味している。例えば「こわい」
という述語には、
(1) 火事が こわい。
(2) 私は 火事が こわい。
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(3) 私は こわい。
と、三通りの統語構造のパターンがある。(1)は、「火事」が「こわい」という 性質を帯びていることを意味する。(3)は、「私」が「こわい」という気持ちを 抱いているとして読み取れる。そして(2)は、状況に応じて(1)にも(3)に も解釈することが可能である。第 3 章の能格構文の基本形は、(1)から(2)ま での過程を説明できるが、(3)については説明が足りない部分がある。また、
他のパターンを取る述語も見られる。例えば、
(4) 彼女が 好きだ。
(5) 私は 彼女が 好きだ。
(4)は(1)と同質のものとは考えにくい。なぜなら、(1)は「こわい火事」
という装定表現に互換できるのに対し、(4)は「好きな彼女」に言い換えると、
意味的に不安定になり、「私が好きな彼女」のように、「誰かが」を補う必要が あるからだ。そのため、(4)は(5)から「私は」が省略された結果に見える。
しかし、もしそうであれば、(4)は最初から存在しないことになり、能格構文 の基本形に当て嵌まらなくなる。
以上示したように、第 3 章の能格構文の基本形を成立させるには、すべての 能格性述語がこの基本形に適用できることを理論付けなければならない。その ため、本章はまず「非対格性の仮説」を取り入れ、「外項」と「内項」の概念を 説明する。次に、「語彙概念構造」を導入し、「外項」と「内項」は如何に統語 構造と対応するのかを見る。また、上に挙げた、述語によって違う統語構造が 生じるという問題を明らかにするには、やはり意味の考察を行う必要があると
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思われるので、本稿では「語彙概念構造」を用いて、能格性述語の意味面を統 語面とリンクさせる一方、能格性述語を体系的に分類・整理する。
4-1-1 非対格性の仮説
「非対格性の仮説」は関係文法および変形文法 GB 理論で発見された説である。
それをはじめて提出したのは Perlmutter(1978)であった。その後、この仮説 は西洋言語だけではなく、いろいろな言語にも実証された。影山(1993)、岸本
(2005)なども、それを日本語に取り入れ、その適用性を証明した。内容につ いては、簡単に要約すると、以下のようになる。
「非対格性の仮説」は一言で言えば、自動詞を「非能格動詞」と「非対格動 詞」との二種類に分ける仮説である。伝統的な考え方では、自動詞は統語構造 において、他動詞と以下のような対応関係が想定される。
(6) 他動詞文: 主語 目的語 他動詞 自動詞文: 主語 自動詞
つまり、「自動詞文の主語」と「他動詞文の主語」を、統語構造で同一物として 扱うことになる。しかし、このような考え方は、非常に表層的な観察である。
実際に自動詞構文を分析すると、「自動詞文の主語」は統語的に「他動詞文の主 語」に対応する場合と、「他動詞文の目的語」に対応する場合があることが、後 の研究で分かった。例えば、下に挙げた結果構文という統語現象の例である。
以下の例文は、影山(1996:26-28)をもとに書き直した。
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(7) 太郎が 花瓶を 粉々に 割った。
(7)は、「太郎が花瓶を割って、花瓶が粉々になった」と解釈できる。「粉々に」
は目的語「花瓶」の結果を修飾しているため、結果述語という。結果述語の修 飾先は、他動詞文の目的語でなければならない。例えば、
(8) *太郎が 花瓶を クタクタに 割った。
(8)においては、「太郎が花瓶を割って、太郎がクタクタになった」という解 釈にはならない。これで、結果述語は他動詞文の主語ではなく、目的語を修飾 することが分かった。それでは、次の例を見よう。
(9) 花瓶が 粉々に 割れた。
(9)は(7)(8)と違って、自動詞文であるが、結果述語「粉々に」が修飾し ているのは、自動詞文の主語「花瓶」であることが観察される。「花瓶が割れて、
(花瓶が)粉々になった」と解釈することができる。ところが、
(10)*太郎が クタクタに 働いた。
(10)は(9)と同じ、自動詞文であるが、結果述語「クタクタに」は、自動詞 文の主語「太郎」を修飾できない。つまり、「太郎が働いて、(太郎が)クタク タになった」と解釈することができない。
(9)(10)を見て言えるのは、同じ自動詞にもかかわらず、「割れる」と「働
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く」は性質が違うことだ。そして、その異なる性質は統語構造にも反映されて いる。上述の通り、自動詞文(9)の主語は、結果述語で修飾できることから「他 動詞文の目的語」と同じ振る舞いを示すことが分かった。それに対し、自動詞 文(10)の主語は、結果述語で修飾できない点において「他動詞文の主語」と 同じ振る舞いを示すと考えられる。Perlmutter(1978)は、例文(9)のタイプ の自動詞を「非対格動詞」、例文(10)のタイプの自動詞を「非能格動詞」と呼 ぶ1。これまでの論述を整理し、自他動詞の統語的対応関係を(11)にまとめる。
(11)他動詞文: 主語 目的語 他動詞 非能格動詞文: 主語 自動詞 非対格動詞文: 主語 自動詞
なぜこのような違いが生じるのか。これについては、以下の枝分かれ構造で 説明する。図 4-1 は、影山(1996:19)を参考にして書き直したものである。
図 4-1 自他動詞における枝分かれ構造
他動詞 非能格動詞 非対格動詞
S S S
NP VP NP VP NP VP
NP V NP V NP V
太郎が 花瓶を 割った 太郎が 働いた 花瓶が 割れた
1 日本では、すでに三上(1972)が、自動詞を「能動詞」と「所動詞」との二種類に分けたが、
ここでの「非能格動詞」と「非対格動詞」とほぼ対応している。
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生成文法は、「非能格動詞」と「非対格動詞」の主語を、D 構造において違う ものとして設定する。「非能格動詞」の場合、主語は初めから S の指定部に位置 する。図 4-1 を見れば分かるように、「非能格動詞」の枝分かれ構造で、「太郎」
という名詞句は、最初から S のすぐ下の NP(S の指定部)に位置する。それに 対し、「非対格動詞」の場合、主語は VP の下、つまり他動詞文の目的語に相当 する場所に位置し、それから S 構造として言語化されたとき、S の指定部は空欄 のままでは不適格になるため、変形規則に従い、S の指定部に移動したのである。
図 4-1 における「非対格動詞」の枝分かれ構造を見れば、「花瓶」という名詞句 が S の指定部に移動した矢印が見られるはずである。
これで、なぜ「結果構文」が自他動詞文において違う統語現象を起こすのか について解釈できる。「非対格動詞文の主語」は、もともと「他動詞文の目的語」
と同様、VP の下に位置するので、同じ階層にある「結果述語」によって統御さ れる。しかし、「非能格動詞文の主語」は、S の指定部にあるため、次の階層に ある「結果述語」によって統御されない。詳しくは図 4-2 を参照する。
図 4-2 結果述語による修飾構造
非能格動詞 非対格動詞
S S
NP VP NP VP
NP AdP V NP AdP V
太郎が クタクタに 働いた 花瓶が 粉々に 割れた
上述のように、自動詞を「非能格動詞」と「非対格動詞」に分けるのは「非
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対格性の仮説」の主な内容である。そして、自動詞を二種類に分類するので、
二種類の自動詞主語を区別する用語が必要となる。そのため、「主語」「目的語」
という表層構造(S 構造)に使われた用語の代わりに、深層構造(D 構造)にお いて「外項」「内項」という用語が規定された。「外項」だけをもつ自動詞は「非 能格動詞」、「内項」だけをもつ自動詞は「非対格動詞」というように、それぞ れ定義付けられる。以上に述べた表層構造と深層構造の用語における対応関係 を正確に表記すると、次の表 4-1 になる2。
表 4-1 表層構造と深層構造の用語対応
外項 内項
他動詞文: 主語 目的語 他動詞
非能格動詞文: 主語 自動詞
非能格動詞文: 主語 自動詞