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前章で、近藤(2005)は能格言語の性質を用いて、「主格」と「対象格」は連 続体として捉えることが可能だということを述べた。しかし、近藤はそれを日 本語の「ガ格」に実証する試みはしなかった。本稿はこれより、能格言語の性 質を日本語に求めて、「ガ格」の機能を改めて検討したい。

3-1 日本語に見られる能格性

日本語は原則的に対格言語として扱われているが、以下に示したように、一 部の構文において、能格言語の性質(能格性と略す)が見られる。これらの構 文を「能格構文」という。まず、(1)(2)を見てみよう。

(1) 私が 彼女を 好きだ。

(2) 私が お酒を 飲みたい。

この場合、「私」は文法レベルで「主語」に当たり、格レベルで「ガ格」によっ て示される。一方、「彼女」と「お酒」は文法レベルで「目的語」に相当し、格 レベルで「ヲ格」によって標識される。しかし、(3)(4)はどうだろうか。

(3) 私は 彼女が 好きだ。

(4) 私は お酒が 飲みたい。

(3)(4)において、もともと「ヲ格」で標識された「彼女」と「お酒」は、(1)

(2)で「主語」を表す「ガ格」によって示される。つまり、「目的語」として

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認識された物は、「主語」と共通の格標識で標示されることになる。これは前節 で紹介した能格言語の性質と同じである。分かりやすくするために、それぞれ のイメージを、図 3-1 に示す。ちなみに、(1)(3)の述語は「好きだ」と、一 つの形態素から成したもので、「単純形」と称する。一方、(2)(4)の述語は「飲 み+たい」と、二つの形態素が結合したもので、「複合形」と称する。今回本稿 で主に考察するのは、「単純形」の方である。

図 3-1 日本語における能格構文のイメージ図

対格構文 能格構文

単 純 形

(1)私が 彼女を 好きだ (3)私は 彼女が 好きだ y MOVE x y CAUSE [x MOVE]

複 合 形

(2)私が お酒を 飲みたい (4)私は お酒が 飲みたい y MOVE x y CAUSE [x MOVE]

上述の通り、図 3-1 の出来事を日本語で表現すれば、二通りの言い方がある。

しかし、それぞれの格配置が異なる。例えば、「目的語」に相当する「彼女」と

「お酒」は(1)(2)の場合では「ヲ格」で標識されるが、(3)(4)の場合では

「ガ格」と、格標識が変わる。このように、「目的語」として認識された物が、

「主語」と共通の格で標示されるという能格言語の特徴は、対格言語の日本語 にも存在する。ただし、それはあくまでも一部の構文に現れるだけで、完全な

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能格言語ではない1。故に、厳密的には「能格言語の性質」としか言えない。略 して「能格性」という。そして、「能格性」を帯びた構文を「能格構文」と呼ぶ。

ここで断っておくが、能格構文は必ずしも上に挙げた例のように、「ガヲ交替」

で対を成すものではない。例えば、「日本語が上手だ」「お金が必要だ」のよう に、「ガ格」標識が片方の文だけに存在し、それと対応する「ヲ格」標識の文が 存在しない例もある。しかし、これらの例でも、「ガ格」が標識しているのは文 法レベル上「目的語」に相当するので、能格構文として認定できる。要するに、

「ガヲ交替」で対を成すことは、能格構文の必要条件ではない。

日本語に見られる能格構文は、(5)-(10)の六分類が挙げられる。これは、

久野(1973:50-51)に見られる「対象格」として解釈された「ガ格」の例を整 理したものである。後ろの括弧は、述語の意味分類を示している。その中で、(6)

と(10)は「ガ格」と「ヲ格」が交替できないものであるが、文法レベル上「ガ 格」がマークした名詞句は「目的語」に相当するので、能格構文と認められる。

(5) 納豆が 嫌いだ。(感情)

(6) 日本語が 上手だ。(能力)

(7) 英語が 話せる。(可能)

(8) カメラが 欲しい。(願望)

(9) 窓が 開けてある。(存在)

(10)お金が 必要だ。(必要)

1 二枝(2007b)では、いわゆる能格言語でも、完全に能格構造が確立された純粋な能格言語は 少ない。そのほとんどは、対格構文と能格構文が混在する性質をもつ。この性質を「分裂能格性」

という。この定義に従えば、日本語は広い意味でも「分裂能格性」をもつと考えられる。

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なお、上記の六分類に属する代表的な述語例を整理すると、以下の表 3-1 がで きる。述語に対する意味の考察は次章で行う。

表 3-1 日本語における能格構文を成す述語 意味分類 語例

感情 好き、嫌い、怖い、悲しい、懐かしい、おかしい 能力 上手、下手、得意、苦手、分かる、見える、聞こえる 可能 できる、「可能動詞」「~れる/~られる」

願望 欲しい、「~たい」

存在 ある、いる、「~てある」

必要 要る、必要

日本の能格構文に関する研究は、小泉(1982)、柴谷(1982)、角田(1983a、

b)などによって始まった。角田(前掲)は、豪州の原住民語を例に、能格現象 はどの文法カテゴリーに分布するかについて考察した。しかし、それは表面的 現象に止まり、能格の本質までにはたどり着けなかった。その後、再び能格の 本質について考察した研究には、二枝(2007b)がある。氏は、バスク語やオー ストラリアの能格(諸)言語を対象として取り上げ、能格の本質は「行為・過 程の出発点」を明記することにあると述べたが、それを日本語に実証しなかっ た。次節は、二枝の説を踏まえて、日本語における「能格」の本質を論じたい。

3-2 「能格」の本質

二枝(2007b:173-179)は、能格の本質は「行為・過程の出発点」を明記す ることにある、と述べた。その論証過程を以下のように要約する。

言語構造は、「主語から行為・過程が発せられ、主語の外に向かい目的語に到

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達する」という流れを最も自然に受け入れる。例えば、「彼女は熊を殺した」で は、「彼女」は「主語」であり、「熊」は「目的語」であるが、エネルギーの流 れから見れば、「彼女」は「行為・過程の出発点」であり、「熊」はその「到着 点」である。このように、「主語から目的語へ」の流れと「出発点から到着点へ」

の流れが一致するという構造が、最も自然な構文なのである。表 3-2 に整理し ておく。矢印は、流れの方向を示している。

表 3-2 自然な構文の流れ 彼女は 熊を 殺した。

統語構造 主語 目的語 (主語から目的語へ)

行為・過程 出発点 到着点 (出発点から到着点へ)

しかし、人間は「活動性」と「限定性」の高い名詞句を「行為・過程の出発 点」として捉える傾向がある。「活動性」とは、動作の行使者になりやすさの度 合いである(Dixon:1979)。そして「限定性」は、旧情報として特定されやす さの度合いと定義される(Trask:1979)。これについては、シルバースティー ン(1976)の名詞句階層で手際よく説明できるので、まず図 3-2 を参照しよう2

図 3-2 シルバースティーンの名詞句階層 代名詞 名詞

1人称 2人称 3人称 親族名詞、 人間名詞 動物名詞 無生物名詞 固有名詞

自然の力 抽象名詞、

の名詞 地名

2 名詞句階層はシルバースティーン(1976)によってはじめて提出された。もともとは英語版で あったが、本稿で引用したのは、角田(1991:39)による日本語版である。

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二枝(前掲)によると、シルバースティーンの名詞句階層は、左側に行くほど

「活動性」と「限定性」の程度も高くなる。逆に右の方に行くほど、その程度 が低くなる。即ち、左の方にある名詞ほど、「行為・過程の出発点」になりやす い。例えば、日本語で「彼女は熊を殺した」が成立するのは、表 3-3 が示した ように、「3人称」が「動物名詞」より「活動性」が高いので、「自然な構文の 流れ」と「名詞句階層の流れ」が右向きに一致しているからである。

表 3-3 名詞句階層に従う構文

彼女は 熊を 殺した。

統語構造 主語 目的語

行為・過程 出発点 到着点

名詞句階層 3人称 動物名詞

表 3-3 において、二つの矢印が同じ方向を向いているので、自然な日本語とし て受け入れるが、もし「彼女」と「熊」を入れ替えて、「熊は彼女を殺した」に すると、不自然な日本語になってしまう。それは、「熊」より「彼女」の方が「行 為・過程の出発点」として認識されやすいので、「熊」が「主語」の位置に立つ と違和感が感じられるからである。表 3-4 を参照しよう。

表 3-4 名詞句階層に違反する構文

熊は 彼女を 殺した。

統語構造 主語 目的語

行為・過程 出発点 到着点

名詞句階層 動物名詞 3人称

ところが、能格言語では「活動性」と「限定性」の低い名詞句が「行為・過 程の出発点」になることがある。その場合、誤認識を回避するために、特にそ

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れを「行為・過程の出発点」であると明記する必要が生じる。この役目を果た す有標格が「能格」である。

その例として、二枝が挙げたのは Kham 語である3。下記の例文において、「対 格」は「OBJ」と、「能格」は「ERG」と、それぞれ略記する。

(11)nga nan-lay nga-poh-ni-ke.

I you-OBJ 1A-hit-2P-PERF ‘I hit you’

(12)nan no-lay na-poh-ke.

you he-OBJ 2A-hit-PERF ‘You hit him’

(13)no-e nan-lay poh-na-ke-o.

he-ERG you-OBJ hit-2P-PERF-3A ‘He hit you’

格標識は明らかに分裂能格性に従っている。そして、(11)(12)の例は、どち らも「主語から目的語へ」と「出発点から到着点へ」の流れが一致する。例え ば、(11)では、二人称の you より、一人称の I の方が「活動性」の程度が高い ので、「行為・過程の出発点」として認識されやすい。(12)も、三人称の he よ り、二人称の you の方が「行為・過程の出発点」として捉えられやすい。故に、

(11)も(12)も「主語」は無標識の「ゼロ格」のままである。それに対し、(13)

では、you より「活動性」の低い he が「行為・過程の出発点」になってしまう。

では、you より「活動性」の低い he が「行為・過程の出発点」になってしまう。

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