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日本語の能格構文に関する一考察 ─「ガ格」の扱い方をめぐって─

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國立臺灣大學文學院日本語文學系 碩士論文

Department of Japanese Language and Literature College of Liberal Arts

National Taiwan University Master Thesis

日本語の能格構文に関する一考察

―「ガ格」の扱い方をめぐって―

Ergative Constructions in Japanese:

On the Properties of Case Marker ‘GA’

麻子軒 Tzu-Hsuan Ma

指導教授:林慧君 博士 Advisor: Hui-Jun Lin, Ph.D

中華民國 99 年 7 月

July, 2010

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ii

誌謝

能夠完成本篇論文,首先要感謝我的指導教授,林慧君老師細心且親切的指 導。老師總是在我迷失於論點之茫茫大海時適時點醒我,且提示我十分具體有用 之建議,同時也在平時與我討論生活上的大小事,使我獲益良多。另外更要感謝 審查我的論文之兩位口試委員,林文賢老師自大學時代即不斷教導我正確看待日 語研究的觀點,並於撰寫本篇論文時提供了我更宏觀的視野,告誡我理論面上今 後需留意的點;黃鴻信老師除了讓我於研究所在學期間學習到做學問該有的嚴謹 態度,也透過實際操作使我體會到什麼是真正的研究及論文寫作。沒有以上三位 老師的教誨及嚴格把關,這篇論文不可能誕生,在此一併表達我誠摯的謝意。

接著,我要感謝我的家人給我的守護。外公以及外婆一直給予我無比的關心 以及支持,並讓我在經濟上沒有後顧之憂,能夠全心全意將注意力放在論文上。

母親平時則注意我的生活起居,並在不給予我多餘壓力的情況下,讓我在最舒適 的環境下撰寫論文。這篇論文能夠完成,您們功不可沒。

另外,也要感謝同於林慧君老師門下,並常給予我在論文方面十分有益之意 見的周郁涵同學、陳俊宏同學。同時,大學時代的同窗好友,李佳穎同學、許佳 璇同學也在平時以各種形式協助了我許多。當然,更要特別感謝張君如同學細心 地協助我修改英文摘要。除此之外,研究所的行政人員、學長姊、學弟妹、以及 我可愛的學生們,也在各方面給予了我許多的支持。其他仍有太多幫助過我的人,

在此謹以:「謝謝你們!我做到了!」一句話來表達我內心對大家的感激。

麻子軒 謹誌於台灣大學 中華民國九十九年八月十六日

(4)

iii

摘要

在語言類型論中,日語一般被歸類為對格語言,但如同「夏子はメロンが好 きだ」一文所示,在日語中亦可窺見能格語言的性質。因此,若以對格語言之觀 點分析上述例句中之「ガ格」,在研究上將會產生侷限性。本研究將能格語言之觀 點導入日語,並重新定位「ガ格」在語法上之機能。透過設定能格構文之基本形,

我們成功將目前被分為「主語(格)」「對象語(格)」兩種機能的「ガ格」統合成 單一「主格」的概念。另外亦運用「非對格性假說」及「語彙概念構造」之理論,

將存在於能格性文法現象之構文層次及意義層次互相結合。最後,本研究透過比 較能格構文與對格構文之差異,找出了日語中能格構文之本質。

本研究之結論為以下三點:(ⅰ)日語中存在能格構文。其產生過程為:首先 存在著帶有某性質的物體,接著人們認知其物體後,於內心產生情緒反應。也就 是說,由客觀轉為主觀的變化過程,即為能格構文之發生條件。(ⅱ)透過 LCS,

能夠將能格構文(構文層次)及能格性述語(意義層次)互相結合。由其結論可 得知,能格性述語會由於「主觀性強度」之不同,將其構文結構反映在「外項」「內 項」之具現方式上。根據其具現方式之不同,本研究將能格性述語分為三類。(ⅲ)

相對於能格構文為帶有主觀性之構文,對格構文則是帶有客觀性之構文。而在日 語中,能格構文之本質,即在於客觀轉主觀時伴隨之「主觀性使役化」現象。其 本質主要反映在「視點」以及「格配置」等等的日語句法現象上。

關鍵詞:ガ格、主格、能格構文、非對格性假說、LCS、主觀性、使役化

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iv

Abstract

Although Japanese is generally classified as an accusative language in linguistic typology, sentences with an ergative construction, such as

“Natsuko-wa Meron-ga SUKIDA”, are also very commonly seen. Therefore, if we analyze the sentence above from the perspective of accusative language, it will be very difficult to define the case marker ‘GA’. In the thesis, I will review Japanese sentence construction from the viewpoint of ergative language, and thereby redefine the case marker ‘GA’. Through the ergative construction, the two functions of ‘GA’ can be unified into one, which is nominative case. Besides, by referring to the theory of “Unaccusative Hypothesis” and “Lexical Conceptual Structure”, I discuss the ergative constructions in Japanese from both the syntax level and meaning level.

Finally, by comparing ergative construction with accusative construction, I will bring out the essence of the ergative construction in Japanese.

My conclusions are as follows: (ⅰ) The theory of Ergative constructions in Japanese is tenable. The following is how it takes place: First, there is something with certain qualities. Then people recognize it and hence the emotional response. In other words, that objectivity turns into subjectivity is the necessary element in the occurrence of the ergative construction in Japanese. (ⅱ) Through the theory of LCS, the ergative construction (syntax level) and the ergative predicates (meaning level) can be combined together.

Therefore, it is proved that the rule of the appearance in “external argument”

and “internal argument” will change and will be reflected in the syntax,

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v

according to the degree of subjectivity in ergative predicates. Owing to the difference in the appearance, I divided the ergative predicates into three groups. (ⅲ) Whereas ergative construction is with subjectivity, accusative construction is with objectivity. Thus, the essence of the ergative lies in the process, which happens incidentally while the causativization of subjectivity is taking place. This is conspicuous in Japanese syntactic phenomenon such as “point of view” and “case arrangement”.

Keywords: case marker ‘GA’, nominative case, ergative construction, Unaccusative Hypothesis, LCS, subjectivity, causativization

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vi

要旨

言語類型論では、日本語は一般的に対格言語とされているが、例えば「夏子 はメロンが好きだ」という構文には、能格言語の性質が見られる故、従来上記 の文における「ガ格」を対格言語の観点で分析するには限界があるように思わ れる。本稿では、能格言語の観点を日本語に取り入れ、「ガ格」の機能を再検討 した。その結果、能格構文の基本形を設定することで、今までの「主語(格)」

と「対象語(格)」という二通りで扱われた「ガ格」を「主格」にまとめられた。

その上、「非対格性の仮説」と「語彙概念構造」という理論を利用し、能格的文 法現象における統語レベルと意味レベルの関連性を考察し、最後に、能格構文 と対格構文の比較を通し、日本語の能格構文の本質を明らかにする。

本稿の結論は以下の三点である。(ⅰ)日本語に能格構文が存在する。その発 生過程は、まずある物が存在し、それから人間が現れ、その物を認知してから 感情を発した、と定義付けられる。即ち、客観から主観へと変化するプロセス が、能格構文の発生条件である。(ⅱ)LCS を通して、能格構文(統語レベル)

と能格性述語(意味レベル)をリンクさせることができる。その結果、能格性 述語は「主観性の度合い」によって、「外項」「内項」の現れ方が変わり、統語 構造に反映されることが分かった。その現れ方をもとに、能格性述語を三つの グループに分類できる。(ⅲ)能格構文は主観性をもつ構文であるのに対し、対 格構文は客観性をもつ構文である。そして、能格構文の本質は、主観性による 使役化にある。この本質は「視点」「格配置」などの統語現象に反映されている。

キーワード:ガ格、主格、能格構文、非対格性の仮説、LCS、主観性、使役化

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目 次

口試委員審定書 ……… ⅰ 誌謝 ……… ⅱ 中文摘要 ……… ⅲ 英文摘要 ……… ⅳ 日文摘要 ……… ⅵ 目次 ……… ⅶ 図目次 ……… ⅹ 表目次 ……… ⅺ

第 1 章 序論 ……… 1

1-1 研究動機と目的 ……… 1

1-2 研究対象と方法 ……… 2

1-3 本論文の構成 ……… 3

第 2 章 先行研究 ……… 5

2-1 「ガ格」研究概観 ……… 5

2-2 時枝説とその問題点 ……… 5

2-3 能格言語とは ……… 8

2-4 本稿の立場 ……… 11

2-5 用語の規定 ……… 13

第 3 章 能格構文における「ガ格」について ……… 15

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viii

3-1 日本語に見られる能格性 ……… 15

3-2 「能格」の本質 ……… 18

3-3 能格構文における「行為・過程の出発点」……… 22

3-4 日本語における「能格」と「主格」の位置付け ……… 27

3-5 二重「ガ格」について ……… 31

3-6 まとめ ……… 33

第 4 章 能格性述語の意味による分類 ……… 37

4-1 理論の枠組み ……… 37

4-1-1 非対格性の仮説 ……… 39

4-1-2 語彙概念構造(LCS)……… 43

4-2 能格性述語の LCS による分類 ……… 46

4-2-1 客観的用法(非対格述語)……… 47

4-2-2 外項の追加による使役化(非対格・使役化的述語)……… 50

4-2-3 主観的用法(使役化的述語)……… 54

4-2-4 内項の背景化(非能格述語)……… 58

4-3 まとめ ……… 62

第 5 章 日本語における能格構文の位置付け ……… 67

5-1 日本語における能格構文と対格構文……… 67

5-1-1 主観性をもつ能格構文 ……… 69

5-1-2 能格構文における擬似一人称 ……… 74

5-1-3 客観性をもつ対格構文 ……… 76

5-1-4 能格構文と対格構文の違い ……… 79

5-2 日本語における能格構文の本質 ……… 81

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ix

5-3 これまでの文法理論についての検討 ……… 82

5-4 まとめ ……… 83

第 6 章 結論 ……… 85

6-1 本論文のまとめ ……… 85

6-2 今後の課題 ……… 87

参考文献 ……… 89

付録 能格性述語 LCS 一覧 ……… 93

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x

図目次

図 2-1 対格言語と能格言語の格分布 ……… 8

図 2-2 対格言語と能格言語の格体系 ……… 8

図 2-3 対格言語と能格言語のイメージ図 ……… 9

図 2-4 連続体としての「主格」と「対象格」……… 11

図 3-1 日本語における能格構文のイメージ図 ……… 16

図 3-2 シルバースティーンの名詞句階層 ……… 19

図 3-3 認知ルートのイメージ図(高い)……… 23

図 3-4 認知ルートのイメージ図(こわい)……… 25

図 3-5 認知ルートのイメージ図(こわい)……… 26

図 3-6 能格構文の基本形と統語構造 ……… 35

図 4-1 自他動詞における枝分かれ構造 ……… 41

図 4-2 結果述語による修飾構造 ……… 42

図 4-3 使役構造の雛形 ……… 45

図 4-4 主観性の度合いによる能格性述語の分類 ……… 57

図 4-5 非能格述語と非対格述語の構造比較 ……… 61

図 5-1 能格構文の基本形と統語構造 ……… 67

図 5-2 対格構文の基本形と統語構造 ……… 68

図 5-3 能格構文の視点図 ……… 70

図 5-4 対格構文の視点図 ……… 77

図 5-5 能格構文と対格構文の視点比較図 ……… 79

(12)

xi

表目次

表 2-1 用語規定の例示 ……… 13

表 3-1 日本語における能格構文を成す述語 ……… 18

表 3-2 自然な構文の流れ ……… 19

表 3-3 名詞句階層に従う構文 ……… 20

表 3-4 名詞句階層に違反する構文 ……… 20

表 4-1 表層構造と深層構造の用語対応 ……… 43

表 4-2 能格構文の基本形と LCS の対応関係 ……… 62

表 4-3 能格性述語の LCS による分類 ……… 63

表 4-4 能格性述語の整理 ……… 64

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1

第 1 章 序論

1-1 研究動機と目的

言語類型論では、日本語は一般的に対格言語と言われているが、「山が高い」

「刺身が好きだ」といった表現の「ガ格」も、西洋文法が中心になった対格言 語の理論に基づき、それぞれ「主格」と「対象格」と論じられたものが多い1。 ところが、「夏子はメロンが好きだ」のような一部の構文においては、述語「好 きだ」の前に来る「メロン」という名詞句は、従来の「主格」と同じ標識から して、日本語にも能格言語の性質が窺える(小泉 1993:208)。したがって、従 来通り、対格言語の観点を通して日本語を分析するには限界があると言えよう。

例えば、上述の対格言語の理論によれば、「ガ格」は一般的に「主格」「対象 格」の二通りに分けて扱われているが、「火事がこわい」という文の「ガ格」は どちらに属するか、明快に分類することは難しい。しかも、「主格」と「対象格」

が標識する名詞句は意味範疇において、それぞれ行為の「主体」と「客体」に 当たることが多いので、いわゆる正反対の概念である。このような全く正反対 の概念は、なぜ同じ格標識で示されるのかも大変興味深い。これらの疑問は、

対格言語の文法理論では解釈しにくい。

以上を踏まえて、本稿の目的は、能格言語という視点を取り入れ、「私は火事 がこわい」のような「ガ格」をめぐる能格的文法現象を考察し、改めて日本語 の「ガ格」の機能を突き詰めたい。また、統語レベルと関連し、日本語におけ

1 代表的な学者に、時枝(1950)がいる。当時、氏が用いた用語は「主語(格)」「対象語(格)」 であったが、それらの用語は文法レベルの「主語」「対象語」と混同しやすいので、本稿ではそ れらを格レベルのものとして明確に示すように、「主格」「対象格」と表記することにした。

(14)

2

る能格性述語の意味分類も検討する。最後に、対格言語の特徴と比較すること によって、日本語の能格的文法現象が生じた具体的な理由を明らかにし、なぜ 日本語において「主格」と「対象格」が同じ「ガ格」標識で示されるかという 疑問の答えを求める。

1-2 研究対象と方法

本稿は共時的研究であり、研究対象となるのは、現代日本語において「山が 高い」「刺身が好きだ」といった表現の「ガ格」とその述語の構文関係である。

このような構文に関して、これまでの研究はほとんど対格言語の立場から論じ ているが、上にも述べた通り、対格言語の観点を通しての分析には限界が存在 する。したがって、本稿では従来とは異なる観点で考察を行いたい。

研究方法として、本稿では能格言語という視点を導入し、「ガ格」に対する扱 い方の説明を試みる。さらに、「非対格性の仮説」と「語彙概念構造」という生 成文法の理論の枠組みを用いて、「ガ格」をめぐる能格的文法現象を統語面と意 味面を通して考察する。言い換えれば、能格言語と生成文法の接点を見つけ、

両者の理論を互いに結び付けさせることが本稿の研究手法なのである。

なお、本稿で用いる例文は、インターネット上で公開されている「青空文庫2」 というウェブサイトから収集したものである。「青空文庫」は、著作権の消滅し た日本語の文学作品をテキストファイル形式でそろえた電子図書館であり、検 索エンジンを使えば、サイト内をキーワードで検索できる。

2 青空文庫ウェブサイト:http://www.aozora.gr.jp/

(15)

3

1-3 本論文の構成

本論文は 6 章で構成されている。第 1 章では、研究動機や研究対象など、本 稿の位置付けについて述べる。第 2 章は先行研究の部で、これまで「ガ格」の 研究概観、及び「能格」に関する文献を要約して紹介する。続いて、第 3 章か ら第 5 章までは、本稿の中心となる部分である。第 3 章は、「ガ格」の位置付け に関する考察であるが、まず能格言語から「能格」の本質を求めて、それを日 本語に実証することを試み、「ガ格」の機能を改めて検討する。さらに、そのプ ロセスを通し、日本語における能格構文の基本形を設定する。第 4 章は、理論 の枠組みの章であり、前章で設定した能格構文の基本形を「非対格性の仮説」

と「語彙概念構造」を通して、意味面とリンクさせるとともに、能格性述語の 分類を行う。第 5 章では、日本語における能格構文と対格構文の違いを考察す ることによって、能格構文の特徴とその位置付けを提示する。第 6 章は、本論 文のまとめと今後の課題である。

(16)
(17)

5

第 2 章 先行研究

2-1 「ガ格」研究概観

まず、これまで「ガ格」の研究を振り返ってみよう。「ガ格」は大槻(1897)

をはじめ、多数の学者によって研究がなされてきた。その研究の流れは、主に 二つの方向に分けることができる。一つは、構造主義の考え方で、代表的な学 者に、橋本(1969)などがいる。構造主義では、「ガ格」で標識された名詞句を すべて「主格」と見なす立場を取っている1。もう一つは、時枝(1950)をはじ めとし、久野(1973)などの生成文法学者に引き継がれ、現在主流の説となっ た、「ガ格」名詞句を「主格」と「対象格」の二通りで扱うという考え方である。

構造主義は、主に形態という立場から統語現象を論じるので、「ガ格」を一つ に認定する考え方は容易に想像が付く。しかし、形態面を出発点とした構造主 義は、意味面をあまり考慮に入れないため、なぜ同じ形態のものが複数の統語 機能を担うのか説明できないなどの点において、理論的には不十分なところが 見られる。それに対し、「ガ格」を二つに分けて考えた時枝説は、後に生成文法 という強力な理論に支持され、主流となったのもそれなりの理由がある。本稿 において、先行研究に関する検討も時枝説を中心に行う。次節より、現在主流 となった時枝の説を簡単に紹介し、その問題点を提示する。

2-2 時枝説とその問題点

時枝(1950:235-238)は、「ガ格」によってマークされた名詞句を、「主格」

1 「ガ格」をすべて主格標識と見なす考え方は、柴谷(2001)などの最近の研究にも見られるが、

氏は構造主義の立場から論じたわけではない。これについては後述する。

(18)

6

と「対象格」の二分類に分けた。例えば、

(1) 山が 高い。

(2) 刺身が 好きだ。

氏は上記(1)(2)の「ガ格」について、(1)を「主格」と、(2)を「対象格」

と、それぞれ違うものとして扱った。その後、久野(1973)、柴谷(1978)、奥 津(1986)、三原(2006)なども、生成文法の観点から「ガ格」を考察したが、

「ガ格」を二通りに扱うことに変りはない。

ところが、以下の例を見てみよう。

(3) 火事が こわい。

(4) (私は) 火事が こわい。

(3)の「ガ格」は、果たして「主格」として捉えるべきなのだろうか。もし「主 格」として認めるならば、「火事」は「こわい」という性質を帯びた主体になり、

文全体は「火事は恐ろしいものである」と解釈することができる。しかし、(3)

は(4)のように、「私は」という名詞句が省略された結果とも考えられる。そ の場合、「火事」は「こわい」という感情を引き起こす対象となり、(3)の「ガ 格」は「主格」ではなく、「対象格」として解釈したほうが適切だと思われる。

同じ述語、同じ「ガ格」にもかかわらず、見方によって違う扱い方が出る。つ まり、「主格」と「対象格」の扱い方には、曖昧なところが見られるのである。

次の実例(5)は、(3)(4)とは少し異質なものであるが、「ガ格」の解釈に

(19)

7

関しても曖昧なところがある。例文は山口(2000:223)による。

(5) 「この千鶴子さんはね君、ピエール氏が非常に好きだったんだよ。君は いつも傍にいたくせに、写真なんて機械に気を取られて、知らないんだ ろう」と云って笑った。「ピエール氏が好きか、を好きか、どっちだ」「さ ア、それはこの人に聞かなくちゃ」 (横光利一『旅愁』)(下線筆者)

下線部の「ガ格」は、「主格」として取るべきか、「対象格」として取るべきか、

それは聞き手も動揺している。故に、「ピエール氏が好きか、を好きか、どっち だ」と問いかけたのである。

時枝説の問題点を以下にまとめる。まず、一部の構文において、「主格」と「対 象格」の認定が微妙で、明快に区別することができない。(3)-(5)に示した ように、「ガ格」の解釈が曖昧になるため、格標識の認定が一致しない問題が生 じる。さらに、「主格」と「対象格」を標識する名詞句は、意味範疇でそれぞれ 行為の「主体」と「客体」に当たることが多く、いわゆる正反対の概念である。

このような正反対の概念が、なぜ同じ格標識で示されるのかも疑問である。

これらの問題点の解決策は、能格言語の性質に求めたい2。近藤(2005:12-19)

は、能格言語の観点を用いて、従来二通りで扱われた「主格」と「対象格」は 連続的な存在で、ただ物事を見る視点の違いによると述べた3。それについては、

次節より詳しく紹介する。

2 柴谷(2001)は、本稿と類似した能格パターンの観点を提示したが、主語を二つもつ「二重主 語構文」という主張は本稿と考え方が違う。本稿の考え方については第 3 章で後述する。

3 近藤が用いた用語は「主語」「目的語」であるが、筆者が確認した限り、氏が論じた「主語」

「目的語」は、実は格レベルの「主格」「対象格」に相当するものだと考えられる。

(20)

8

2-3 能格言語とは

まず、能格言語について簡単に説明する。言語類型論では、世界中の言語を 対格言語と能格言語の二種類に分ける。池上(1981)、小泉(1982)、角田(1991)、 近藤(2005)などで、詳しく論じられている。その詳細は、図 2-1 に示す4

図 2-1 対格言語と能格言語の格分布

対格言語

自動詞文 自主(主格)-動詞

他動詞文 他主(主格)-動詞-他目(対格)

能格言語

自動詞文 自主(主格)-動詞

他動詞文 他主(能格)-動詞-他目(主格)

対格言語では、自動詞文の主語(自主と略す)と他動詞文の主語(他主と略 す)が同じ「主格」によって標識されるのに対し、他動詞文の目的語(他目と 略す)が「対格」によって標識され、「主格」と区別する。そして、能格言語の 場合は、自主と他目が同じ「主格」で標識されるのに対し、他主が「能格」で 標識され、「主格」と区別する。その格体系を、図 2-2 に整理する5

図 2-2 対格言語と能格言語の格体系 対格言語 主格 対格

他主 自主 他目 能格言語 能格 主格

4 近藤(2005)を参考にして書き直したものである。

5 小泉(1982)、角田(1983b)を参考にして書き直したものである。

(21)

9

実際に例文を作ってみると、以下のようになる。(6)(7)は対格言語、(8)(9)

は能格言語の例である6。それぞれの深層意味表記を後ろに付けておく。深層意 味表記は池上(1981)によるものである。

(6) 花瓶が 割れた。 → x MOVE

(7) 太郎が 花瓶を 割った。 → y MOVE x

(8) 花瓶□ 割れた。 → x MOVE

(9) 太郎△ 花瓶□ 割った。 → y CAUSE [x MOVE ]

分かりやすくするために、例文のイメージを図 2-3 に示しておく(筆者作成7)。

以下、イメージ図を見ながら、近藤(2005)の考え方を説明する。

図 2-3 対格言語と能格言語のイメージ図

対格言語 能格言語

自 動 詞

文 (6)花瓶が 割れた (8)花瓶□ 割れた

x MOVE x MOVE

他 動 詞

文 (7)太郎が 花瓶を 割った (9)太郎△ 花瓶□ 割った

y MOVE x y CAUSE [x MOVE ]

6 (8)(9)は日本語を仮に能格言語とした架空例である。格標識も架空のものを用いた。

7 以下では、掲載されている図表は特に断りのない限り、当資料は筆者作成を示すものである。

(22)

10

人間は、いちばん最初に認知するもの、または最も重要だと思うものを「主 格」(通常は無標)で標識するのが普通である8。図 2-3 を見れば分かるように、

両言語類型(対格言語と能格言語)は自動詞文において、現れる名詞句が一つ しかないため、「主格」は当然ながらその唯一の名詞句(ここでは「花瓶」に当 たる)を標識することになる。

ところが、他動詞文では、名詞句が二つ(太郎と花瓶)に増えたため、「主格」

をヒト(太郎)に置くか、モノ(花瓶)に置くか、その違いによって、格標識 の配置が変わる。対格言語の他動詞文では、「主格」をヒトに置くが、能格言語 の他動詞文では、「主格」をモノに置く。シルバースティーン(1976)の名詞句 階層によると、階層の左端(ヒトに関する名詞句)からは「対格型格組織」が 延びてくる一方、階層の右端(モノに関する名詞句)からは「能格型格組織」

が生じてくる。要するに、対格言語で、ヒトは「主格」、モノは「対格」として 捉えられやすいのに対し、能格言語で、ヒトは「能格」、モノは「主格」として 認識されやすい。シルバースティーン(前掲)の説明は、正に(7)と(9)の 格配置と一致している。

上述のように、(7)と(9)は言語類型によって格配置が異なる。しかし、語 意内容的にはどちらの場合も同じ出来事を語っている。ただ、モノ(花瓶)は、

焦点の置き方によって、対格言語では「対格」(統語的機能から見れば、時枝説 の「対象格」に相当する)と、能格言語では「主格」と、それぞれ捉え方が分 かれる。言い換えれば、「主格」と「対象格」は、図 2-4 のように、連続体とし て捉えることが可能である。

8 現代日本語の場合、「主格」は有標の「ガ格」で標識するが、大野(1977)、山田(2010)など では、昔の日本語において、「主格」は無助詞、いわゆる無標の「ゼロ格」で示されていた。

(23)

11

図 2-4 連続体としての「主格」と「対象格」

主格 対象格

←――――――――――――――― 花瓶 ―――――――――――――――→

能格言語 対格言語

上図の線は、仮に左端を能格言語、右端を対格言語と設定しておこう。そし て、(7)と(9)の例における「花瓶」はこの線では、左端に行くほど「主格」

の性格が強く、右端に行くと少しずつ「対象格」の性格を帯びるようになる。

即ち、連続的に変化していくものである。

以上、近藤は能格言語の観点を用いて、「主格」と「対象格」の関係について 説明した。しかし、近藤の考察は言語類型論に重点が置かれたため、日本語に 取り入れて文法現象を解決する試みは見当たらなかった。能格言語が如何に「ガ 格」と関わるのかも、詳しく触れていない。本稿の考えでは、この能格言語の 観点をもって日本語の「ガ格」構文について考察すれば、前節で論じた「ガ格」

をめぐる問題点も解決できようと思われる。そして、なぜ日本語は従来「主格」

と「対象格」を同じ「ガ格」で標識するのかも、納得がいく。以上を踏まえて、

本稿の目的は、能格の観点を取り入れ、能格構文における「ガ格」の役割を解 明することにある。

2-4 本稿の立場

まず、簡単に先行研究をまとめるが、これまで「ガ格」の研究は、時枝が提 示した「主格」「対象格」の二分類が主流である。しかし、(3)-(5)に示した ように、時枝の説は「主格」と「対象格」の区別が曖昧な構文を説明するには

(24)

12

限界がある。

これを解決するために、本稿では能格言語の観点を取り入れて論じる。これ まで、能格言語を対象にした研究はあるが、主に言語類型論の立場から論じた ものが多く、日本語に導入して、文法現象、特に「ガ格」をめぐる問題を解決 する試みはあまり見当たらなかった。故に、本稿は能格言語の性質を用いて、

日本語の「ガ格」をめぐる能格的文法現象を考察し、改めて「ガ格」の機能を 突き詰めたい。考察の重点は、以下の三点にある。

(ⅰ)能格構文における「ガ格」:日本語に見られる能格性を通して、「ガ格」

の機能を改めて検討し、能格構文の基本形を設定する。それと関連する 問題、例えば、二重「ガ格」の構文も説明する。

(ⅱ)能格性を帯びた語彙の分類:どのような意味特徴をもつ語彙に、能格性 があるのか、また、それらの語彙意味はどのように能格構文に反映され ているのか、いわゆる統語面と意味面のリンクに関する考察である。

(ⅲ)日本語における能格構文と対格構文の違い:日本語の能格構文は、対格 構文とどう違うのか。また、その本質は何なのかを検討する。

(ⅰ)に関しては、能格構文における「ガ格」の位置付け、及びその周辺の 問題を取り扱う。(ⅱ)では、能格性をもつ述語は意味的にどのように統語と対 応するのかを検討する。そして(ⅲ)は、能格構文は如何に対格構文と区別す るのかを論述する。以上の三つの課題は、それぞれ 3、4、5 章で検討していく。

(25)

13

2-5 用語の規定

これまでの研究では、「動作主」「主格」「主語」などの違うレベルの用語を混 同して扱うことが多い。確かに、ほとんどの構文において、「動作主」「主格」「主 語」が一致することが多いが、必ずしも一致するとは限らない。つまり、一対 一の対応が存在しない。本稿は、「意味」「格」「文法」の三つのレベルを扱うた め、厳密な用語規定が必要となる。本稿での用語は、角田(1991:167-169)の 定義に従って規定する。例えば、「太郎が花瓶を割った」という文は、表 2-1 の ように、異なるレベルにおいて、異なる用語を使うことにする。

表 2-1 用語規定の例示

太郎が 花瓶を 割った

意味レベル 動作主 対象

格レベル 主格 対格

文法レベル 主語 目的語

意味レベルは、文中にある名詞句が表わす意味役割についての分類である9。 上記の例では、「太郎」は「割る」という行為を行う役なので「動作主」であり、

「花瓶」はその行為を受ける役なので「対象」である。そして、格レベルは、

形態の面に注目する用語である。例えば、「太郎」は「ガ格」という形態で標識 するので「主格」であり、「花瓶」は「ヲ格」という形態で標識するので「対格」

である。ちなみに、具体的な形態が存在しない「ゼロ格」も格の一種である。

最後に、文法レベルは、文法機能がどのように働くかということに注目して施 す分類である。例えば、英語の「主語」が三人称単数の場合、「述語」にはsを 付けることが義務付けられるので、「主語」と「述語」には「一致」という文法

9 生成文法や格文法において、深層構造に規定されるθ役割に相当する。

(26)

14

機能が働く。日本語の「主語」は、表面的にはあまり観察されないが、尊敬語 化すると「述語」と「一致」が発生するので、観察されやすくなる。表 2-1 の 例を尊敬語化すると、「太郎が花瓶をお割りになった」になる。この場合、「太 郎」が尊敬表現「お割りになった」の先行詞になるので、文法的に「一致」が 発生する。故に、「太郎」は「主語」として規定される。「目的語」も特定の検 証法で定義することができる。一つ例を挙げれば、日本語においては、「目的語」

の後ろに形式名詞の「こと」を挿入することが可能である。「私はあなた(のこ と)を愛している」という文で示したように、「あなた」の後ろに「こと」を挿 入できることから、「あなた」を「目的語」と規定できる。

まとめとして、本稿の用語は以下のように規定する。「~格」が付くものは「格 レベル」のもので、「~語」の付くものは「文法レベル」のもので、そして、特 に何も付かないものは「意味レベル」のものである。

(27)

15

第 3 章 能格構文における「ガ格」について

前章で、近藤(2005)は能格言語の性質を用いて、「主格」と「対象格」は連 続体として捉えることが可能だということを述べた。しかし、近藤はそれを日 本語の「ガ格」に実証する試みはしなかった。本稿はこれより、能格言語の性 質を日本語に求めて、「ガ格」の機能を改めて検討したい。

3-1 日本語に見られる能格性

日本語は原則的に対格言語として扱われているが、以下に示したように、一 部の構文において、能格言語の性質(能格性と略す)が見られる。これらの構 文を「能格構文」という。まず、(1)(2)を見てみよう。

(1) 私が 彼女を 好きだ。

(2) 私が お酒を 飲みたい。

この場合、「私」は文法レベルで「主語」に当たり、格レベルで「ガ格」によっ て示される。一方、「彼女」と「お酒」は文法レベルで「目的語」に相当し、格 レベルで「ヲ格」によって標識される。しかし、(3)(4)はどうだろうか。

(3) 私は 彼女が 好きだ。

(4) 私は お酒が 飲みたい。

(3)(4)において、もともと「ヲ格」で標識された「彼女」と「お酒」は、(1)

(2)で「主語」を表す「ガ格」によって示される。つまり、「目的語」として

(28)

16

認識された物は、「主語」と共通の格標識で標示されることになる。これは前節 で紹介した能格言語の性質と同じである。分かりやすくするために、それぞれ のイメージを、図 3-1 に示す。ちなみに、(1)(3)の述語は「好きだ」と、一 つの形態素から成したもので、「単純形」と称する。一方、(2)(4)の述語は「飲 み+たい」と、二つの形態素が結合したもので、「複合形」と称する。今回本稿 で主に考察するのは、「単純形」の方である。

図 3-1 日本語における能格構文のイメージ図

対格構文 能格構文

単 純 形

(1)私が 彼女を 好きだ (3)私は 彼女が 好きだ y MOVE x y CAUSE [x MOVE]

複 合 形

(2)私が お酒を 飲みたい (4)私は お酒が 飲みたい y MOVE x y CAUSE [x MOVE]

上述の通り、図 3-1 の出来事を日本語で表現すれば、二通りの言い方がある。

しかし、それぞれの格配置が異なる。例えば、「目的語」に相当する「彼女」と

「お酒」は(1)(2)の場合では「ヲ格」で標識されるが、(3)(4)の場合では

「ガ格」と、格標識が変わる。このように、「目的語」として認識された物が、

「主語」と共通の格で標示されるという能格言語の特徴は、対格言語の日本語 にも存在する。ただし、それはあくまでも一部の構文に現れるだけで、完全な

(29)

17

能格言語ではない1。故に、厳密的には「能格言語の性質」としか言えない。略 して「能格性」という。そして、「能格性」を帯びた構文を「能格構文」と呼ぶ。

ここで断っておくが、能格構文は必ずしも上に挙げた例のように、「ガヲ交替」

で対を成すものではない。例えば、「日本語が上手だ」「お金が必要だ」のよう に、「ガ格」標識が片方の文だけに存在し、それと対応する「ヲ格」標識の文が 存在しない例もある。しかし、これらの例でも、「ガ格」が標識しているのは文 法レベル上「目的語」に相当するので、能格構文として認定できる。要するに、

「ガヲ交替」で対を成すことは、能格構文の必要条件ではない。

日本語に見られる能格構文は、(5)-(10)の六分類が挙げられる。これは、

久野(1973:50-51)に見られる「対象格」として解釈された「ガ格」の例を整 理したものである。後ろの括弧は、述語の意味分類を示している。その中で、(6)

と(10)は「ガ格」と「ヲ格」が交替できないものであるが、文法レベル上「ガ 格」がマークした名詞句は「目的語」に相当するので、能格構文と認められる。

(5) 納豆が 嫌いだ。(感情)

(6) 日本語が 上手だ。(能力)

(7) 英語が 話せる。(可能)

(8) カメラが 欲しい。(願望)

(9) 窓が 開けてある。(存在)

(10)お金が 必要だ。(必要)

1 二枝(2007b)では、いわゆる能格言語でも、完全に能格構造が確立された純粋な能格言語は 少ない。そのほとんどは、対格構文と能格構文が混在する性質をもつ。この性質を「分裂能格性」

という。この定義に従えば、日本語は広い意味でも「分裂能格性」をもつと考えられる。

(30)

18

なお、上記の六分類に属する代表的な述語例を整理すると、以下の表 3-1 がで きる。述語に対する意味の考察は次章で行う。

表 3-1 日本語における能格構文を成す述語 意味分類 語例

感情 好き、嫌い、怖い、悲しい、懐かしい、おかしい 能力 上手、下手、得意、苦手、分かる、見える、聞こえる 可能 できる、「可能動詞」「~れる/~られる」

願望 欲しい、「~たい」

存在 ある、いる、「~てある」

必要 要る、必要

日本の能格構文に関する研究は、小泉(1982)、柴谷(1982)、角田(1983a、

b)などによって始まった。角田(前掲)は、豪州の原住民語を例に、能格現象 はどの文法カテゴリーに分布するかについて考察した。しかし、それは表面的 現象に止まり、能格の本質までにはたどり着けなかった。その後、再び能格の 本質について考察した研究には、二枝(2007b)がある。氏は、バスク語やオー ストラリアの能格(諸)言語を対象として取り上げ、能格の本質は「行為・過 程の出発点」を明記することにあると述べたが、それを日本語に実証しなかっ た。次節は、二枝の説を踏まえて、日本語における「能格」の本質を論じたい。

3-2 「能格」の本質

二枝(2007b:173-179)は、能格の本質は「行為・過程の出発点」を明記す ることにある、と述べた。その論証過程を以下のように要約する。

言語構造は、「主語から行為・過程が発せられ、主語の外に向かい目的語に到

(31)

19

達する」という流れを最も自然に受け入れる。例えば、「彼女は熊を殺した」で は、「彼女」は「主語」であり、「熊」は「目的語」であるが、エネルギーの流 れから見れば、「彼女」は「行為・過程の出発点」であり、「熊」はその「到着 点」である。このように、「主語から目的語へ」の流れと「出発点から到着点へ」

の流れが一致するという構造が、最も自然な構文なのである。表 3-2 に整理し ておく。矢印は、流れの方向を示している。

表 3-2 自然な構文の流れ 彼女は 熊を 殺した。

統語構造 主語 目的語 (主語から目的語へ)

行為・過程 出発点 到着点 (出発点から到着点へ)

しかし、人間は「活動性」と「限定性」の高い名詞句を「行為・過程の出発 点」として捉える傾向がある。「活動性」とは、動作の行使者になりやすさの度 合いである(Dixon:1979)。そして「限定性」は、旧情報として特定されやす さの度合いと定義される(Trask:1979)。これについては、シルバースティー ン(1976)の名詞句階層で手際よく説明できるので、まず図 3-2 を参照しよう2

図 3-2 シルバースティーンの名詞句階層 代名詞 名詞

1人称 2人称 3人称 親族名詞、 人間名詞 動物名詞 無生物名詞 固有名詞

自然の力 抽象名詞、

の名詞 地名

2 名詞句階層はシルバースティーン(1976)によってはじめて提出された。もともとは英語版で あったが、本稿で引用したのは、角田(1991:39)による日本語版である。

(32)

20

二枝(前掲)によると、シルバースティーンの名詞句階層は、左側に行くほど

「活動性」と「限定性」の程度も高くなる。逆に右の方に行くほど、その程度 が低くなる。即ち、左の方にある名詞ほど、「行為・過程の出発点」になりやす い。例えば、日本語で「彼女は熊を殺した」が成立するのは、表 3-3 が示した ように、「3人称」が「動物名詞」より「活動性」が高いので、「自然な構文の 流れ」と「名詞句階層の流れ」が右向きに一致しているからである。

表 3-3 名詞句階層に従う構文

彼女は 熊を 殺した。

統語構造 主語 目的語

行為・過程 出発点 到着点

名詞句階層 3人称 動物名詞

表 3-3 において、二つの矢印が同じ方向を向いているので、自然な日本語とし て受け入れるが、もし「彼女」と「熊」を入れ替えて、「熊は彼女を殺した」に すると、不自然な日本語になってしまう。それは、「熊」より「彼女」の方が「行 為・過程の出発点」として認識されやすいので、「熊」が「主語」の位置に立つ と違和感が感じられるからである。表 3-4 を参照しよう。

表 3-4 名詞句階層に違反する構文

熊は 彼女を 殺した。

統語構造 主語 目的語

行為・過程 出発点 到着点

名詞句階層 動物名詞 3人称

ところが、能格言語では「活動性」と「限定性」の低い名詞句が「行為・過 程の出発点」になることがある。その場合、誤認識を回避するために、特にそ

(33)

21

れを「行為・過程の出発点」であると明記する必要が生じる。この役目を果た す有標格が「能格」である。

その例として、二枝が挙げたのは Kham 語である3。下記の例文において、「対 格」は「OBJ」と、「能格」は「ERG」と、それぞれ略記する。

(11)nga nan-lay nga-poh-ni-ke.

I you-OBJ 1A-hit-2P-PERF ‘I hit you’

(12)nan no-lay na-poh-ke.

you he-OBJ 2A-hit-PERF ‘You hit him’

(13)no-e nan-lay poh-na-ke-o.

he-ERG you-OBJ hit-2P-PERF-3A ‘He hit you’

格標識は明らかに分裂能格性に従っている。そして、(11)(12)の例は、どち らも「主語から目的語へ」と「出発点から到着点へ」の流れが一致する。例え ば、(11)では、二人称の you より、一人称の I の方が「活動性」の程度が高い ので、「行為・過程の出発点」として認識されやすい。(12)も、三人称の he よ り、二人称の you の方が「行為・過程の出発点」として捉えられやすい。故に、

(11)も(12)も「主語」は無標識の「ゼロ格」のままである。それに対し、(13)

では、you より「活動性」の低い he が「行為・過程の出発点」になってしまう。

この場合、「活動性」の高い you は「行為・過程の出発点」として誤認識される 可能性があるため、he が「行為・過程の出発点」であることを明記する必要が 生じる。そこで付けた格標識は「能格」である。

3 例文は二枝が DeLancey(1981)から引用したものである。

(34)

22

以上見てきたように、人間は一番効率的な方法で、言語に格標識を付与する 傾向がある。一番自然と考えられるものには無標、逆に特殊と考えられる場合 は有標となる。「能格」自体はそのために存在する格標識だと考えられる。結論 として、「能格」は「行為・過程の出発点」を明記するための格標識だというこ とが明らかになった。次節は、二枝によって解明された「能格」の本質を日本 語に導入し、日本語における能格構文の基本型を考察する。

3-3 能格構文における「行為・過程の出発点」

前述のように、二枝(2007b)は能格の本質は「行為・過程の出発点」を明記 することにあると論じたが、それを日本語に実証しなかった。本節では、二枝

(前掲)で説明した能格の本質を日本語に導入し、能格的文法現象を検討した い。まず、「行為・過程の出発点」という観点を用いて、先行研究で論述した例 文を逐次的に考察していく。

(14)山が 高い。

(14)の場合、「高い」という述語の意味内容をもっているのは「山」である。

それが言語化されるまでの認知ルートを、以下のように想定できる。まず、人 間は「山」を目に映す過程を経てはじめて、「山」というものを認知し、それか ら今までの経験と照合してから、頭の中で「高い」という判断を下したのであ る。また、この文にある名詞句は「山」しかないので、「ガ格」はそこに置くし かない。故に、「ガ格=主格」は唯一の項である「山」を標識したと考えられる。

認知ルートのイメージを図示すると、図 3-3 になる。

(35)

23

図 3-3 認知ルートのイメージ図(高い)

(14)山が 高い

しかし、(15)の例になると、状況は少し違う。

(15)火事が こわい。

(15)の場合、「火事」はもちろん「こわい」という述語の意味内容をもってい る。その認知ルートは、まず人間は「火事」というものを目に映して、それを 認知してから、今までの経験と照合し、頭の中で「こわい」という判断を下し たと想定される。ここでも名詞句が一つしかないため、「ガ格=主格」は「火事」

を示すことになるが、少し曖昧さを感じるのはなぜだろう。それは、「こわい」

という述語は、潜在的に「誰か」という名詞句の存在が感じられるからである。

その「誰か」という名詞句を明示化した結果は(16)である。

(16)私は 火事が こわい。

(16)の場合、その認知ルートは以下のように想定される。まず「火事」とい うものを目に映して、それを認知してから、今までの経験と照合し、頭の中で

「こわい」という判断を下した。ここまでの過程は(15)と全く同じであるが、

もしその「こわい」という判断がその人に感情を起こさせたら、人は「こわい」

(36)

24

という感情を外に発散し、その結果は(16)になる。(15)では、名詞句が一つ しかないが、(16)では名詞句が二つに増えた。しかし、本来(16)は(15)を もとに何かを付加することによって派生した文なので、名詞句が二つに増えて も「ガ格」は(15)と同じく、「火事」に置かれるはずである。そこで、新たに 現れた名詞句「私」には、統語的に「ガ格」とは別に、何か新しい格標識を付 与することが必要となる。ここでは、「私」という名詞句は、意味的に感情を発 する場所として解釈できるので、前節で考察した能格の本質、つまり「行為・

過程の出発点」と共通していると考えられる。そのため、「行為・過程の出発点」

を明記する点において、「私」を標識する格を「能格」として定義付けられよう。

西尾(1988)、寺村(1992)によると、形容詞は一般的に、客観叙述の属性形 容詞と、主観叙述の感情形容詞とに分けられる。そして、一部の形容詞におい て両方の性質を同時にもつものがある、と述べた。(15)と(16)の「こわい」

は正しくそれである。これで、なぜ「こわい」は二種類の統語構造が存在する のかを説明できる。(15)は、「火事」に存在する「こわい」という属性を客観 叙述にした結果であるのに対し、(16)は、「私」が「火事」というものを感じ て、そして「火事」が「私」に「こわい」という感情を引き起こした主観叙述 である。両者の認知ルートとしては、以下のようにまとめることができる。

まず、プロセスは「火事」から始まり、それから人間に投射して、認知され る。そして、もしそこで止まれば、(15)のような客観叙述になる。しかし、も しそこで終わらないで、人間は何かの感情が引き起こされた場合、「認知のルー ト」は外に向って発散し、(16)のような主観叙述になる。(15)と(16)の文 をそれぞれイメージ図にして比較しよう。

(37)

25

図 3-4 認知ルートのイメージ図(こわい)

物 人→物

(15)火事が こわい (16)私は 火事が こわい

図 3-4 を見て、ある現象が観察される。それは、「ある対象物が触発物として存 在し、それを人間が感じ」、そして「心から感情を発した」という流れである。

その統語的派生順序は、一項構文の「物」から、二項構文の「人→物」へと変 化する、と想定できよう。上図に示したように、一項構文では名詞句は「物」

しかないので、焦点はそこに置かれるが、二項構文ではエネルギーの流れは「人」

から「物」へと発するので、もともと「物」に置かれたはずの焦点が、「活動性」

の高い「人」に移ったという視点転移の現象が生じる。これまでの先行研究は、

「人」を「主格」と認定するのも、このことに由来するのだろう。しかし、格 標識は形態レベルのもので、必ずしも文法レベルの焦点を反映するわけではな い。本節の観察では、一項構文と二項構文は別々に出来たものではなく、順序 的に派生関係をもっているので、「ガ格=主格」は一項構文でも二項構文でも、

同じ名詞句、つまり「物」に置かれるはずである。それと関連して、新たに現 れた名詞句「人」は「主格」ではなく、「行為・過程の出発点」を明記する「能 格」として解釈した方が適切である。

このように、「ガ格」として認識される名詞句の他に、新しい別の名詞句が加 わることによって、「行為・過程の出発点」であることを明記する必要が生じて くる。この点において、二枝が主張した「能格の本質」と共通性が見られる。

(38)

26

したがって、二枝の説を日本語に応用することも可能だと思われる。

「行為・過程の出発点」を明記する点に関しては、二つの名詞句の「活動性」

がほぼ同じ場合、例えば、両方とも「人」の場合は、より明らかに観察できる。

次の二例を比較してみよう。

(17)太郎は 花子が こわい。

(18)花子は 太郎が こわい。

(17)(18)では、名詞句は「太郎」と「花子」との二つがある。しかも、同じ 人間である三人称の名詞句なので、活動性はほぼ同じである。この場合、どち らが「行為・過程の出発点」なのかを知る手掛りは、前後文脈の他に、形態に よる標識に頼るしかない。本節で述べたように、「能格」によって標識された名 詞句は、新しい「行為・過程の出発点」であることを示しているため、(17)は

「太郎は花子に対して、こわい気持ちを抱いている」と解釈することができる。

逆に、(18)は「花子は太郎に対して、こわい気持ちを抱いている」というよう に読み取れている。その認知ルートを下のように図示する。

図 3-5 認知ルートのイメージ図(こわい)

人→人 人→人

(17)太郎は 花子が こわい (18)花子は 太郎が こわい

(39)

27

以上の論述から分かったように、能格構文の二項構文における二つの名詞句 は、文中において統語性質が異なるので、本稿ではそれぞれ「能格」と「主格」

として区別して考えている。次節より、「能格」と「主格」をそれぞれ日本語の 構文に設定する場合は、どのように位置付けられるかを論じる。

3-4 日本語における「能格」と「主格」の位置付け

以上考察したように、日本語の能格構文は「行為・過程の出発点」という点 において、二枝が論じたものと共通点が見られる。残った問題は「能格」標識 である。日本語は能格構文の構造に関して、ほとんど他の能格言語と同じであ るが、違う点は一つある。それは、日本語は他の能格言語のように、「能格」と して新たな格標識が現れないことである。本節ではこの点について論述する。

もう一度(15)(16)の例を見よう。従来の文法理論で、(15)(16)の「火事」

に付く「ガ格」はそれぞれ「主格」「対象格」として捉えられるが、能格言語の 観点を導入することにより、それらをすべて「主格」として認識することが可 能となる。ただし、そうすると(16)の「私」に付く格標識をどう扱うかは問 題となる。なぜなら、「私」を標識するために、新たな格標識として「能格」が 現れるように要求されるはずだが、「私」の後ろに付くのは副助詞の「ハ」であ る。しかも、「ハ」は日本語にすでに存在したものであり、新たなものではない。

今までの研究は、この「ハ」の扱い方について、以下のような考え方がある。

(ⅰ)格助詞「ニ」が消去されて残ったもの

(ⅱ)「ハ」自体が「能格標識」である

(40)

28

(ⅰ)の考え方について、池上(1981)は次の例をもって説明してある。

(19)ボクハ ウナギダ

(20)ボクニ(ハ) ウナギダ

場所理論によると、日本語では名詞句が主題化されるとそれに伴っている格助 詞は消去されうるということがある。それにしたがって(20)より格助詞の「ニ」

が消去され、代りに係助詞の「ハ」が導入されると、結果的に(20)は「ボク ハウナギダ」となり、(20)は(19)と表層的に同一になる。

しかし、この考え方には問題がある。久野(1973:51-52)によると、この類 の構文をすべて「ニ」格に還元することができない。例えば、(21)を(22)に 還元することが不可能である。例文は久野(前掲)から引用したものである。

(21)誰ガ 英語ガ 上手デスカ。

(22)*誰ニ 英語ガ 上手デスカ。

例文に示した通り、まず「ニ」があって、それを主題化して、「ニハ」になると ともに「ニ」が消去され「ハ」だけが残るという(ⅰ)の説には問題点が存在 する。それでは、(ⅱ)はどうだろうか。まず、次の例文を見てみよう。

(23)春子は リンゴが 好きだ。(下線筆者)

小泉(1982:88)は、(23)という例を挙げて、以下のように述べている。

(41)

29

「春子はリンゴが好きだ」という表現は、「春子がリンゴを好きだ」という 基底文から、主格の「が」を主題化して「は」に替え、対格の「を」を表 層で助詞「が」に改めて出来たものではなく、「春子は」の能格的「は」と

「リンゴが」の主格「が」はいずれも深層において直接に格の指定を受け て生み出されたものと考えられる。

小泉の主張に従えば、「ハ」の後ろには、他に「格」のような成分が存在しない。

つまり、「ハ」自体が「格」として機能することになる。しかしながら、周知の ように、「ハ」は日本語文法において、「格助詞」ではなく「副助詞」に分類さ れることが一般的である。故に、「ハ」は「格」として機能しないはずである。

小泉の説は、日本語文法の助詞理論に違反するため、本稿はそれに従わない。

その代わり、三つ目の可能性を提案する。

(ⅲ)能格標識「△」が「ハ」の後ろに隠された

前述の通り、「ハ」は、もとの格成分を覆い、主題化する性質をもっている。

そして(16)では、新たな出発点が現れることにより、もともと「私」を出発 点と明示するための能格標識として、何かの新たな「格助詞」が生まれるはず なのだが、「ハ」が先に主題化機能として働いたので、新しい格標識「能格」は

「ハ」の後ろに隠されて、具現化されなくなる。

「ハ」が先に主題化を機能して格標識が具現化されないことについては、以 下の三点を挙げて裏付けよう。第一に、野田(1996:75-82)によると、「ハ」

には破格の主題構文が存在する。例えば、(24)を見よう。

(42)

30

(24)このにおいは ガスが 漏れてるよ。(下線筆者)

(24)において、「におい」は述語「漏れてる」とは何の格関係も成立しない。

即ち、「ハ」の後ろには何の格標識も存在しない。いわゆる「ゼロ格」なのであ る。そこから分かるように、「ハ」の主題化機能は、格標識が規定されるより先 に働く。もし先に格標識が規定されるとしたら、(24)のような「ゼロ格」を主 題化にした文は成立しないはずである。

第二に、能格候補の名詞句は主題化される理由が極めて高い。なぜかという と、それは「活動性」と「限定性」の高い名詞句がほとんどだからである。シ ルバースティーン(1976)、角田(1991)に見られるように、名詞句階層では、

人間であればあるほど、「活動性」と「限定性」が高くなっていく。そして、主 題化が働く最も重要な条件は、「限定性」なのである。見てきた通り、「能格」

が付く名詞句は「行為・過程の出発点」になりやすい「限定性」の高い人間で あるので、主題化が稼動する条件は能格構文において十分にそろっている。

第三に、生成文法において、格の付与は名詞と動詞の関係に基づくため、本 稿で設定した「能格」も実は「ゼロ格」と同じで、わざわざ独立させる必要性 がないのではないか、という疑問も考えられるが、以下の例文の分析において、

「能格」を区別することに意義があると思われる。

(25)小林さんは 奥さんが こわい。

(25)の文は、二つの意味をもっている。一つは「小林さん」を「ゼロ格」と 見なす解釈である。この場合、文の意味は「小林さんの奥さんには、こわいと

(43)

31

いう性質を有している」として読み取れて、いわゆる「象は鼻が長い」と同じ 構文なのである。しかし、この文には「小林さんは、奥さんに対してこわい気 持ちを抱いている」という別の解釈も存在する。二つ目の意味に関して、もし

「小林さん」を「ゼロ格」と見なしたら、意味的に一つ目と同じになるため、

両者における統語構造の違いを説明できない。この文では、小林さんが奥さん に対して「こわい」という感情を発したため、やはり「行為・過程の出発点」

を明記する「能格」で説明しなければならない。つまり、(25)は表層では一つ の構造を成しているが、深層では二つの構造が想定される。故に、格も別々に 設定した方が適切だと思われる。

以上の理由に基づき、本稿では(ⅲ)能格標識「△」が「ハ」の後ろに隠さ れた、という説を主張する。「能格」標識の解釈が確定したら、関連して「ガ格」

も「主格」として位置付けられる。「△」を用いたのは、能格標識が隠されて現 れなかったため、どのような形をするのか分からないからである。(16)の文を 還元させて文構造を表示すると、(26)となる。

(26)私は(△) 火事が こわい。

まとめとして、上記の文では、「私」を「能格」とし、そして「火事」を「主 格」と位置付けることが可能である。

3-5 二重「ガ格」について

最後に、いわゆる二重「ガ格」について論じよう。

(44)

32

(27)私の方が 日本語が 上手だ。

(28)健ちゃんが くもが 嫌いなことは 知ってたよ。

二重「ガ格」とは、(27)(28)のような、「ガ格」が二つ存在する構文のことで ある。なぜ論じる必要があるのか。それは、本稿の立場は、「ガ格」をすべて「主 格」と認定することなので、二つの「ガ格」が存在する構文は、それぞれどの ように扱うべきか、説明する必要があるからだ。

(27)にある二つの名詞句、「私の方」と「日本語」はどちらも「ガ」を取る が、それらは「主格」なのかというと、そうではない。野田(1996:256-265)

は、「ガ」は「格助詞」の用法の他に、「排他」と「従属節用法」の使い方があ る、と述べている。「排他」とは、「他ではなく、コレこそだ」を特に強調した い時に使う表現なのである。(27)の例がそれに該当する。日本語が上手な人は、

他ではなく、この「私」こそだ、というニュアンスが読み取れる。

(28)の例は、野田(前掲)が主張した「ガ」のもう一つ、いわゆる「従属 節用法」なのである。これは、「ハ」に標識されたものは文末の述語に係る性質 があるので、従属節において誤解を回避するために、「ハ」の代わりに「ガ」が 代用されることをいう。(28)では、「健ちゃん」はもともと「ハ」が付いたも のなのだが、従属節に置かれるため、「ハ」のままでは文末の「知ってた」に係 ってしまう。故に、代わりに「ガ」が起用されたのである。これで「健ちゃん」

が係る述語は「嫌い」だということが分かる。

「排他」と「従属節用法」はどちらも「格助詞」として機能するのではなく、

副助詞的な働きをもっている。そのため、(27)(28)において「私の方」と「健

數據

表 4-3  能格性述語の LCS による分類

參考文獻

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