『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學
全文
(2) 2 台大日本語文研究 30. Canine Tales and Chinese Literature in Konjaku Monogatarishu Chen, Mung-tzu *. Abstract Canine used to be domesticated as livestock in the Chou dynasty of China.. In addition to its edibility, it used to expel bandits and hunt with. mankind.. Due to its close ties with human daily routines, ancient. canine tales are often found in texts.. In the Six -Dynasty (Wei-Chin. South-North dynasty) period, a great number of Buddhis t tales in India and Xi-yu the west states (consisting of foreign tribes) against the Central Plain entered China, rendering the diversity to canine tales that entered Japan later for frequent cultural exchanges between China and Japan at that time. Actually, ancient literature in Japan used to cover dog -related tales. In particular, Konjaku Monogatarishuu in the late Heian Period the first half of the 12th century as the anthology of Buddhist and vulgar tales in India, China and Japan collects 18 canine t ales where 5 tales are identified to correlate obviously with Chinese ancient legends and tales. The. author. explores. the. correlation. between. aliens. in. Konjaku. Monogatarishuu and those in Chinese literature besides their similarities and dissimilarities wi th a focus on canine talks described in Konjaku Monogatarishuu in order to inquire the correlation with Chinese literature besides the similarities and dissimilarities concerned .. *. P ro fessor, Dep ar t men t o f Japanese Languag e and Literature, Natio nal Tai wan University.
(3) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 3. Keywords: Canine (Dog), Buddhism, Taoism, Confucianism, Konjaku Monogatarishu.
(4) 4 台大日本語文研究 30. 『今昔物語集』における犬説話と古代中国文学 陳明姿*. 要旨 犬は中国において古く周の時代からすでに家畜として飼われてい た。犬は食用の他に、盗賊駆逐や狩猟などにも使われていた。人間 の日常生活と深く関わっているため、古くから犬に関する文献も多 く見られる。六朝の時代に入ると、インドや西域から様々な仏教説 話が中国に伝入したため、犬の説話もいっそうバラエティーに富む ようになった。そして、これらの説話はまた日中両国が頻繁に交流 していたもとに日本に伝わった。日本古代の文学にも犬の説話が多 く見られる。特に十二世紀前半に天竺、震旦、本朝の仏教説話、世 俗 説 話 を 集 大 成 し た 説 話 集『 今 昔 物 語 集 』に は 犬 説 話 が 十 八 も あ る 。 其の中で中国文学と関連のあるものは五つ見られる。拙稿は『今昔 物語集』における異類の説話と中国文学との関連及び異同を考察す る一環として、 『 今 昔 物 語 集 』に お け る 犬 説 話 に 焦 点 を あ て 、中 国 文 学との関連及び異同を考察する試みのものである。. キ ー ワ ー ド : 犬 、 仏 教 、 道 教 、 儒 教 、『 今 昔 物 語 集 』. *. 台湾大学日本語文学系教授.
(5) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 5. 『今昔物語集』における犬説話と古代中国文学 陳明姿. 一、序 『 周 礼 』に「 犬 人 掌 犬 牲 ,凡 祭 祀 共 犬 牲 ,用 牲 物 」 1 と あ る こ と か ら、 「 犬 」は 中 国 で は 古 く 周 の 時 代 か ら す で に 家 畜 と し て 飼 わ れ て い た こ と が 確 認 で き る 。 犬 は 食 用 の 他 に 「 逐 盗 」 2、 狩 猟 3に も 使 わ れ ていた。人間の日常生活と深くかかわっているため、犬に関する古 文献も多く見られるのである。六朝時代に入ると、インドや西域か ら様々な仏教説話が中国に伝入したため、中国の文学はいっそうバ ラ エ テ ィ ー に 富 む よ う に な り 、犬 説 話 も 多 様 に な っ て い く 。そ し て 、 それらの犬説話は日中両国の頻繁な交流を背景に、日本にも伝わる こととなる。日本現存最古の文献『古事記・雄略記』の「布縶白犬 著 鈴 而 」4 は 、犬 と 関 連 の あ る 文 献 が 712 年 ま で に 、す で に 日 本 に 伝 来していたことの証である。又、日本最古の和歌集『万葉集』巻七 に は 「 垣 越 犬 召 越 鳥 獵 為 公 青 山 葉 茂 山 辺 馬 安 公 」 5 ( No1289 ) という和歌がある。この和歌から奈良時代には犬が狩猟にも使われ ていたことがわかる。そして、十二世紀前半に天竺、震旦、本朝の 仏教説話、世俗説話を集大成した説話集『今昔物語集』に収められ ている犬説話は凡そ十八である。一体、これらの犬説話は中国文学 とどういうかかわりをもち、且、どのような異同が見られるのか。 小稿は『今昔物語集』における異類と中国文学との関連及び異同を 考 察 す る 一 環 と し て 、『 今 昔 物 語 集 』 に お け る 犬 説 話 に 焦 点 を 当 て 、 中国文学との関連及び異同を考察する試みである。 1. 漢 鄭 玄 『 周 禮 』 卷 九 , 四 部 叢 刊 明 翻 宋 岳 式 本 , 中 國 古 籍 書 庫 P1 92 注 1 同 掲 書 P9 1 3 『 説 文 解 字 』に は 、 「 狩 ,火 田 也 ,从 犬 守 聲 」、 「 獵 ,放 獵 ,逐 禽 也 ,从 犬 獵 聲 」 と あ る 。即 ち 古 代 狩 猟 の 時 か ら 、必 ず 犬 を 使 う こ と が 明 ら か で あ る 。 ( 段 玉 戴『 段 氏 說 文 解 字 注 』 宏 業 書 局 1 9 7 3 年 11 月 5 日 初 版 ) P3 16 4 萩 原 浅 男、江 島 巣 隼 雄『 古 事 記 上 代 歌 謡 』 ( 小 学 館 1 990 年 9 月 1 日 第 20 版 ) 5 小 島 憲 之 、 木 下 正 俊 、 佐 竹 昭 広 校 注 ・ 訳 『 万 葉 集 』( 三 )( 小 学 館 1 9 7 2 年 5 月 31 日 初 版 ・ 1 990 年 9 月 1 日 第 21 版 ) P2 53 2.
(6) 6 台大日本語文研究 30. 二 、『 今 昔 物 語 集 』 に お け る 犬 説 話 と 古 代 中 国 文 学 『今昔物語集』にはチェックすべき犬説話が十八ある。即ち、巻 三の二十「仏、頭陀給鸚鵡家行給語」、巻九の二十二「兗州都督遂 安公、免死犬責語」、巻九の四十二「河南人婦、依姑令養蚯蚓羹得 現報語」、巻十一の十一「慈覚大師、亘宋、伝顕密法帰来語」、巻 十三の九「理満持経者、顕経験語」、巻十四の十六「元興寺蓮尊持 法花経知前世報語」、巻十四の二十一「比叡山横川永慶聖人、誦法 花経知前世語」、巻十九の三「内記慶滋保胤出家語」、巻十九の四 十四「達智門棄子狗、蜜来令飲乳語」、巻二十の十六「豊前国膳広 国 、行 冥 途 帰 来 語 」、巻 二 十 六 の 七「 美 作 回 神 依 猟 師 謀 止 生 贅 語 」、 巻二十六の八「飛弾国猿神止生贅」、巻二十六の二十「東小女与狗 咋合互死語」、巻二十六の十一「参河国始犬頭系語」、巻二十八の 二九「中納言紀長谷雄家顕狗語」、巻二十九の八「下野守為元家入 強盗語」、巻二十九の三十二「陸奥国狗山狗咋殺大蛇語」、巻三十 一の十五「北山狗人為妻語」である。そのうち、巻九の二十二「兗 州都督遂安公、免死犬責語」と四十二の「河南人婦、依姑令養蚯蚓 羹得現報語」は中国の説話を翻案した説話である。また、巻二十六 の十一「参河国始犬頭系語」、巻二十九の三十二「陸奥国狗山狗咋 殺大蛇語」、巻三十一の十五「北山狗人為妻語」には中国文学の影 が色濃く落とされている。ここでは特にこの五つの説話に焦点を絞 って、中国文学との関連と異同を考察することにしよう。 巻九の二十二「兗州都督遂安公、免死犬責語」の内容は凡そ次の ようである。震旦兗州の都督遂安公が唐の王族ということで、王に 封じられた。都督という官職をやめた後、田猟が好きなので、常に 多くの鷹を飼っている。それがゆえに、常に犬を殺して鷹に食わせ ていた。そうしているうちに、安公が重病にかかった。安公はゆめ うつつの状態で五匹の犬を見る。その犬達は彼の犬殺しを咎める。 安公は最初は従者の過ちにしようとしたが、犬の方は、従者は彼の 命令を従ったに過ぎないという。さらに「自分達は他の食を盗みも.
(7) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 7. しないで、ただ門の前を通っただけで殺された。よって必ず復讐す る」と責める。安公は犬達のために追善供養をするから、命を許し てほしいと頼み、その中の四匹の犬はそれに応じるが、白い犬はど うしても許さない。「自分達は罪無きにして殺された。その上、ま だ死なないうちに、肉むらを切られた。その痛み、苦しみはとても 言葉で言い表せない」といって、彼を責め続けた。 その時、ある人が現れて、「彼を殺しても、あなた達のためにな らないから、むしろ命を許してあげて、追善供養してもらった方が よいのではないか」という。白い犬はこれを聞いて、安公を許すこ とにする。ただ、安公は蘇った後も体が自由にならない。犬達のた めに追善供養をしたが、病はついに治らなかったという。 こ の 説 話 は『 冥 報 記 輯 書 』17 を も と に し て 、翻 案 し た も の で あ る が 、同 話 は 『 法 苑 珠 林 』の 巻 64、『 太 平 広 記 』巻 132 に も 収 録 さ れている。その内容は次のようである。 唐交州都督遂安公李壽,始以宗室封王,貞觀初,罷職歸京第。 性 好 畋 獵,常 籠 鷹 數 聯,殺 他 狗 餵 鷹;既 而 公 疾,見 五 犬 來 責 命 , 公謂之曰:「殺汝者,奴通達之過,非我罪也。」犬曰:「通達 豈得自在耶?且我等,既不盜汝食,自於門首過,而枉殺我等, 要當相報,終不休也。」公謝罪,請為追福,四犬許之,一白犬 不許,曰:「我既無罪殺我,又未死間,汝以生割我肉,臠臠苦 痛,吾 思 此 毒,何 有 放 汝 耶 ? 」俄 見 一 人,為 之 請 於 犬 者 曰:「 殺 彼,於汝無益,放令為汝追福,不亦善乎!」犬乃許之。有頃, 公甦,遂患邊偏風,肢體不遂;於是,為犬追福,而公疾,竟不 差除。(延安公竇惲云:夫人之弟,為臨說之耳)6 『 今 昔 物 語 集 』巻 九 の 二 十 二 の 内 容 と『 冥 報 記 輯 書 』 17 の「 唐 李 寿」の内容とは大体同じであるが、細部はいささか異なっている。 古代の文献書籍は全て手で書き写したものであるため、字が抜けた り、間違ったりする場合がしばしばある。例えば、原作『冥報記』 6. 唐 臨 著 、 佐 々 木 憲 徳 輯 、 慧 淨 法 師 編 『 冥 報 記 、 冥 報 記 輯 書 』( 浄 土 宗 文 教 基 金 会 20 04 年 7 月 ) P1 21.
(8) 8 台大日本語文研究 30. の 方 で は「 交 州 」と あ る が 、 『 今 昔 物 語 集 』の 方 で は「 兗 州 」に な っ ており、人名「李寿」は『今昔物語集』の方では「季寿」と間違っ て し ま っ て い る 。そ の 上「 季 寿 」の こ と を 年 号 だ と 誤 解 し て 、 「季寿 の 初 」に な っ て い る 。そ の 他 、言 葉 遣 い も 微 妙 に 違 っ て い る 。 『冥報 記 』の 方 で は 、安 公 が「 殺 他 狗 餵 鷹 」 ( 人 の 犬 を 殺 し て 、鷹 に 食 わ せ る )と あ る が 、 『 今 昔 物 語 集 』の 方 で は「 常 に 犬 ヲ 殺 シ テ 鷹 二 飼 フ ヲ 以 テ 役 ト ス 」 7 と な っ て い る 。 す な わ ち 、「 犬 を 殺 し て 鷹 に 食 わ せ る のをもっぱらとしていた」と、原作よりもその悪行が強調されてい る の で あ る 。又 、犬 が 公 を 責 め る 時 の 言 葉 が 、 『 冥 報 記 』の 方 で は「 且 我 等 既 不 盜 汝 食 , 自 於 門 首 過 , 而 枉 殺 我 等 」 8 と あ る が 、『 今 昔 物 語 集』の方では「我等ハ他ノ食ヲ不盗ズ、只門ヨリ過ルヲ、枉二我等 ヲ 殺 ス 」 9 に な っ て い る 。『 今 昔 物 語 集 』 の 方 で は 、 あ な た の 食 だ け ではなく、他の人の食も盗まないというふうに、犬の無実がいっそ う強調されているのである。犬は何も悪いことをしないにもかかわ らず、一族は常に安公に殺される。犬の怒りに同調するよう読者を 誘う語りである。 『 今 昔 物 語 集 』の 語 り に は 犬 達 の 怒 り に 合 理 性 を 与 えようとする意図が見られるのである。最後にも原作『冥報記』に ない次の注釈めいた評論が付け加えられている。 然レバ、殺生ノ罪ミ極テ重シ。人、此レヲ聞テ永ク殺生ヲ可止 シ ト ナ ム 語 リ 伝 へ タ ル ト ヤ 10 このように殺生の罪深きことが強調されているのである。仏教は 衆 生 平 等 を 唱 え る 。す べ て の 命 が 尊 い と 考 え て い る の だ 。そ の た め 、 人間が自分の都合で他の生きものを殺すべきではない。まして罪の ない犬を殺すのは、なおさらいけない。そのようなメッセージを読 み取ることができるだろう。この説話は単なる怪異譚ではなく、仏 教の教えを伝えようとする意図が明らかに窺われるのである。 次は巻九の四十二「河南人婦、依姑令養蚯蚓羹得現報語」をみよ 7. 小 峯 和 明 校 注 『 今 昔 物 語 集 』( 二 )( 岩 波 書 店 、 19 99 年 3 月 19 日 ) P2 16 注 6 同 掲 書 P1 21 9 注 7 同 掲 書 P2 17 10 注 7 同 掲 書 P2 18 8.
(9) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 9. う。この説話の内容は次のようである。 隋の大業の時代に、河南のある人の嫁がその姑を憎んでいた。そ の 姑 は 目 が 見 え な い 。嫁 は 蚯 蚓 を 切 っ て 羹 を 作 っ て 姑 に 食 べ さ せ た 。 姑はその味を怪しく思い、ひそかにそのししむらを隠しておいて、 息子が来た時に、それを見せた。息子はそれが蚯蚓から作った羹だ と知り、妻と別れることにした。そして、妻をそのもとの家に送り 返す途中で、雷震とともに妻の姿が急に消える。暫くしてから、天 からあるものが落ちてくる。見てみると、身も衣も妻のもとの姿で あるが、頭だけは白い犬になっている。言葉も異ならない。そのわ けを聞くと、妻は自分が姑不孝をしたため、天神に処罰されたのだ と答えた。夫は、そのまま妻を家に連れていき、わけを問う家人に 事情を話した。その後、妻は市に出て物乞いをするようになり、つ いには行方が分からなくなったという。 この説話は『冥報記』(下)の「河南人婦」をもとに翻案したも の で あ る 。 同 話 は 『 法 苑 珠 林 』巻 63、『 太 平 広 記 』巻 162 に も 収 録 されている。その原文は次のようである。 隋 大 業 中 ,河 南 人 婦 ,養 姑 不 孝 ,姑 兩 目 盲 ,婦 切 蚯 蚓 為 羹 以 食 ; 姑怪其味,竊藏一臠,留以示兒。 兒還見之,欲送婦詣縣,未及,而雷震,失其婦;俄從空落,身 衣如故,而易其頭為白狗頭,言語不異。問其故,答云:「以不 孝 姑 , 為 天 神 所 罰 」 夫 以 送 官 。 時 乞 食 於 市 , 後 不 知 所 在 。 11 一見して、かなり短いものであることが分かる。『今昔物語集』 の方はかなり手を加えられているのである。まず、人物間のやりと りが「冥報記」よりもこまかく語られている。 姑がその息子にししむらを見せたところの語りには、『冥報記』 に は な い 「 此 レ 、 汝 ガ 妻 、 我 レ ニ 令 食 メ タ ル 物 也 」 12と い う 姑 の 言 葉が書き入れられている。又、息子がそれを見た時の一節にも『冥. 11. 唐 臨 著 、 佐 々 木 憲 徳 輯 、 慧 淨 法 師 編 『 冥 報 記 、 冥 報 記 輯 書 』( 浄 土 宗 文 教 基 金 会 200 4 年 7 月 ) P6 6 。 12 注 7 同 掲 書 P2 70.
(10) 10 台大日本語文研究 30. 報 記 』 に は な い 「 此 レ 、 蚯 蚓 ヲ 羹 ニ シ カ ル 」 13と い う 心 の 声 が 付 け 加えられている。また、妻のもとの家の家人と夫とのやりとりも語 られている。 このような語りが付け加えられることによって、臨場感のある説 話に仕立てられているのである。 また、犬になった妻が、夫にわけを聞かれた時の返事は「我レ、 姑ノ為ニ不孝ニシテ、蚯蚓ノ羹ヲ令食メタルニ依テ、忽ニ天神ノ罰 シ 給 フ 所 也 」 14と な っ て い る が 、 そ れ に 対 し て 『 冥 報 記 』 の 方 で は 単に「以不孝姑,為天神所罰」とあるのみである。ここでは、不孝 の具体的内容も説明されているのである。さらに雷震の後、突然妻 の姿が消えた時の夫についても「怪シビ思フ程ニ」という心理描写 が付け加えられている。成り行きを簡潔に語る『冥報記』にかなり の肉付けが行われているということができる。 又、筋が原作と異なるところも見られる。 『冥報記』の方では、妻が姑不孝をしたため、夫は公儀の裁きを 求めて県府へ連れていこうとするが、『今昔物語集』の方では、妻 と 別 れ る こ と に し て 、も と の 家 へ 帰 そ う と す る 。こ れ は 両 国 の 文 化 、 習俗の違いによって生じた違いと思われる。中国の方では、極少数 の 例 を 除 い て 、 「 よ め む か え 」 婚 で あ る 15。 結 婚 す れ ば 、 妻 は 夫 の 家へ行って、夫の父母や兄弟と同居し、舅姑を自分の父母と同様に 扱 わ な け れ ば な ら な い 。そ し て 、中 国 は 儒 家 思 想 で 国 を 治 め る た め 、 「孝行」を大変重視する。舅姑に不孝を働けば、処罰されることに なる。そのゆえに、『冥報記』の方では、夫が妻を県府へ送ろうと したのである。それに対して、日本の場合、平安朝の文書には姑不 孝のため、公儀に処罰されるという例は見当たらない。「よめむか. 13. 注 7 同 掲 書 P2 70 注 7 同 掲 書 P2 71 15 そ れ に 対 し て 、 古 代 日 本 の 方 で は 「 妻 問 い 婚 」「 通 い 婚 」 が 行 わ れ て い た 。 結 婚 す れ ば 、男 性 が 女 性 の と こ ろ に 通 う こ と に な る 。 「 よ め む か え 」婚 は 平 安 末 期 に な っ て か ら の こ と で 、主 に 武 家 の 間 で 行 わ れ て い た 。( 池 田 亀 鑑『 平 安 朝 の 生 活 と 文 学 』、角 川 文 庫 、昭 和 39 年 4 月 3 0 日 初 版 、昭 和 46 年 7 月 3 0 日 十 一 版 、 P100 -1 02) 14.
(11) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 11. え」婚は知っていても、姑への不孝により官から処罰を受けるとい うのは、読者にとって腑に落ちない展開と考えられたのではなかろ うか。そのため、このような変更が行われたと推測できる。 さらに、『今昔物語集』の方では、最後のところに、次のような 評論が付け加えられている。 此レヲ以テ思フニ、女、愚痴ニシテ如此クノ悪ヲ造ル事有リ。 現報ヲ得ル事如此シ。設ヒ現罰無シト云フトモ、天神、皆憎ミ 給フ事ト知テ、悪ノ心ヲ止メテ善ヲ可修シトナム語リ伝ヘタル ト ヤ 。 16 姑不孝な妻が現報を受けたと、この説話を解説している。『冥報 記』の方では、不孝をすると、人界の法律ばかりでなく、天からも 処罰が下ると孝行の重要さを説いたのに対して、『今昔物語集』の 方では、むしろ仏教思想の因果応報の恐ろしさを説こうとしている のである。『冥報記』の方では、より儒教思想や道教思想の色彩が 強いのに対して、『今昔物語集』の方では仏教思想の色彩が濃く現 われている。 次は巻二十六の十一「参河国始犬頭系語」を見よう。この話の筋 は次のようである。 昔、三河国の郡の郡司が二人の妻をもっていて、二人にそれぞれ 蚕を飼わせていた。ところがどうしたことが、本妻の方の蚕は皆死 んでしまった。夫は本妻のところに寄りつかなくなり、従者も行か なくなった。そのため、本妻の家は貧しくなる。ある時、本妻が桑 の葉に一匹の蚕を見つけ、大事に大事に育てた。ところが、この蚕 が家で飼っていた白い犬に食われてしまう。そのため、犬を打ち殺 すわけにはいかない、蚕一匹も飼えないとは、前世の因縁だろうと 悲嘆していると、犬がくしゃみをし、鼻の二つの穴から白い糸が二 筋出て来る。それを糸枠に巻くが、糸はまだ出て来るので、竹の棹 にくり掛けた。しかし、それでもまだ尽きず、桶に巻いた。四、五 千両ほど巻き取った後、糸の末端が出てきて犬は倒れて死んでしま 16. 注 7 同 掲 書 P2 71.
(12) 12 台大日本語文研究 30. う。本妻は犬を仏神の化身だと思い、桑の木の根のもとに犬を埋め る。本妻が糸を持て佘していると、ちょうど夫が用足しに行くつい でに、その門前を通りかかった。入ってみると、本妻のところの糸 はこの世にまたとないほど上質のものである。今の妻の飼っている 蚕から取れる糸は黒くて粗悪なものだ。本妻から一部始終を聞いた 夫は、本妻を捨てたことを後悔し、そのままこの妻のもとにとどま り、新しい妻のところへは行かなくなった。犬を根元に埋めた桑の 木からはそれからたくさん繭ができた。それをとって糸にすると、 上質の糸ができた。それ以後、犬頭という糸をこの国から天皇に献 上することになった。この話は馬頭娘譚、オシラサマの類話と指摘 さ れ て い る 17。 馬頭娘譚は中国の蠺神説話である。この類型の説話には、三国時 代の張儼の「太古蠺馬記」、晋干寳『捜神記』の「女化蠺」、唐代 『原化伝拾遺』の「蠺女」などがある。このうち、張儼の「太古蠺 馬記」は「女化蠺」と表現上の違いが三ヶ所ほどある他、筋は殆ど 同 じ で あ り 、そ れ が 明 代『 五 朝 小 説 大 観 』に 収 録 さ れ て い る 。た だ 、 『捜神記』では、全く張儼への言及はなく、この説話を引いた唐宋 類書も出典を『捜神記』として、張儼のことには全く触れていない ため、この話が張儼によるものかどうか判然としない。それゆえ、 ここでは、『捜神記』の「女化蠺」を取り上げる。その原文は次の ようになっている。 舊 說:太 古 之 時 ,有 大 人 遠 征 ,家 無 餘 人 ,唯 有 一 女 。牡 馬 一 匹 , 女親養之。窮居幽處,思念其父,乃戲馬曰:「爾能為我迎得父 還,吾 將 嫁 汝。」馬 既 承 此 言,乃 絕 韁 而 去。徑 至 父 所。父 見 馬 , 驚喜,因取而乘之。馬望所自來,悲鳴不已。父曰:「此馬無事 如此,我家得無有故乎!」亟乘以歸。為畜生有非常之情,故厚 加芻養。馬不肯食。每見女出入,輒喜怒奮擊。如此非一。父怪 17. 阪 倉 篤 義、木 田 義 憲、川 端 善明 校 注『 今 昔 物 語集 本 朝 世 俗 部 二 』新 潮 日本 古 典 集 成 ( 新 潮 社 昭 和 54 年 8 月 5 日 印 刷 、 8 月 10 日 発 行 ) P1 6 9 之 注 釈 14 馬 淵 和 夫 ・ 国 東 文 磨 ・ 今 野 達 校 注 ・ 訳 『 今 昔 物 語 集 』三 『 日 本 古 典 文 学 全 集 』 ( 小 学 館 、 1 974 年 7 月 31 日 初 版 、 1 989 年 12 月 20 日 第 十 六 版 ) P 580.
(13) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 13. 之,密以問女,女具以告父:「必為是故。」父曰:「勿言。恐 辱家門。且莫出入。」於是伏弩射殺之。暴皮於庭。父行,女以 鄰女于皮所戲,以足蹙之曰:「汝是畜生,而欲取人為婦耶!招 此屠剝,如何自苦!」言未及竟,馬皮蹶然而起,卷女以行。鄰 女 忙 怕,不 敢 救 之。走 告 其 父。父 還 求 索,已 出 失 之。後 經 數 日 , 得 於 大 樹 枝 間,女 及 馬 皮,盡 化 為 蠶,而 績 於 樹 上。其 (上 爾 下 蟲 ) 綸 理 厚 大,異 于 常 蠶。鄰 婦 取 而 養 之。其 收 數 倍。因 名 其 樹 曰 桑 。 桑者,喪也。由斯百姓競種之,今世所養是也。言桑蠶者,是古 蠶 之 餘 類 也 。 18( 後 略 ) この話の中で全然母親のことに触れられていないことからすると、 恐らく母親はすで存在しないと思われる。家が貧しいから使用人も い な い 。父 親 と 娘 が 二 人 だ け で 暮 ら し て い た の で あ ろ う 。そ の た め 、 父親が遠いところへ出征に駆け出されると、娘が一人ぼっちで寂し かったため、つい飼っていた馬にふざけて「父を連れて帰ってきた ら、お前の嫁になる」と言ってしまう。馬はこの約束を信じ、本当 に父親を連れて帰る。父親が帰って来た後、馬においしい餌を沢山 やるが、馬は食べず、娘を見ると興奮する。そのわけを知った父親 は怒って馬を射殺し、庭に馬の皮を晒した。娘は約束を守らなかっ た 上 に 、馬 の 皮 を 蹴 っ て 罵 っ た 。そ の 時 、馬 の 皮 が 急 に 起 き 上 が り 、 娘を巻いて飛んで行ってしまう。そして、数日後、娘と馬の皮が大 樹の上で蚕になっていることが分かる。その蚕が木の上で作った繭 は特別大きい。隣家の婦人がそれをとって飼うと、今までのものの 何倍もの糸がとれた。 「今世所養是也」とあるように、これが養蚕の縁起譚とされてい る。またその木は娘が死んだところなので、「喪」の意味で「桑」 と命名されたとあるとおり、木名の縁起譚にもなっている。 次は『太平広記』巻四七九の『原化伝拾遺』「蠺女」を見てみよ う。 蠶女者,當高辛帝時,蜀地未立君長,無所統攝。其人聚族而居, 18. 干 寳 『 捜 神 記 』 ( 里 仁 書 局 1 982 年 9 月 10 日 )P17 2 -173.
(14) 14 台大日本語文研究 30. 遞 相 侵 噬。 蠶 女 舊 跡, 今 在 廣 漢 , 不 知 其 姓 氏 。 其 父 為 鄰 邦 掠(「 邦 掠 」原 作「 所 操 」, 據 明 抄 本 改 )去 , 已 逾 年 , 唯 所 乘 之 馬 猶 在 。 女 念父隔絕,或廢飲食,其母慰撫之。因告誓於眾曰,有得父還者,以 此女嫁之。部下之人,唯聞其誓,無能致父歸者。馬聞其言,驚躍振 迅 , 絕 其 拘 絆 而 去 。 數 日 ,父 乃 乘 馬 歸 。自 此 馬 嘶 鳴 , 不 肯 飲 齕 。父 問其故,母以誓眾之言白之。父曰:「誓於人,不誓於馬。安有配人 而偶非類乎?能脫我於難,功亦大矣。所誓之言,不可行也。」馬愈 跑,父怒,射殺之,曝其皮於庭。女行過其側,馬皮蹶然而起,卷女 飛去。旬日,皮複棲於桑樹之上。女化為蠶,食桑葉,吐絲成繭,以 衣被於人間。父母悔恨,念之不已。忽見蠶女,乘流雲,駕此馬,侍 衛數十人,自天而下。謂父母曰:「太上以我孝能致身,心不忘義, 授以九宮仙殯之任,長生於天矣,無複憶念也。」乃沖虛而去。今家 在什邡綿竹德陽三縣界。每歲祈蠶者,四方雲集,皆獲靈應。宮觀諸 化,塑 女 子 之 像,披 馬 皮,謂 之 馬 頭 娘,以 祈 蠶 桑 焉。稽 聖 賦 曰:「 安 有女,(《集仙錄》六「安有女」作「爰有女人」。)感彼死馬,化 為 蠶 蟲 , 衣 被 天 下 是 也 。 」 19 この話でも娘が同じく馬の皮に巻かれて蚕になり、大きい繭を作 って、上質の糸がとれるようになる。養蚕の縁起譚である。ただ、 「娘が父親を連れて帰ってきた者に嫁ぐ」ことを約束したのは、こ こでは娘ではなく、母親になっている。そのため、娘は道徳上の悪 行を行うことはない。親孝行の心をもつ娘は、「太上」に「九宮仙 殯」として抜擢され、天上に永住することとなる。「太上」は道教 では「太上李老君」のことを略称することばであり、「孝行」は儒 教 の 教 え で は 基 本 的 な 道 徳 だ と さ れ て い る 。こ の 蠺 神 説 話 に は 儒 教 、 道教的な思想も織り込まれているのである。 少し話が逸れるが、日本でよく知られている『遠野物語』のオシ ラサマの説話も見ておきたい。その大筋は次の通りである。昔、あ るところに貧しい百姓がいた。妻は無く、美しい娘がいる。又、一 頭の馬を飼っていた。娘はこの馬を愛して夫婦になった。これを知 19. 李 昉 『 太 平 廣 記 』 ( 古 新 書 局 , 197 7) 。 P1 01 8 -101 9.
(15) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 15. った父親は、馬を桑の木につり下げて殺してしまう。娘は大変悲し んで死んだ馬の首に縋って泣く。さらに父親が怒って馬の首を切り 落とすと、娘はその首に乗って天に昇っていく。オシラサマという のはこの時よりなった神であり、馬をつり下げた桑の枝でその神の 像 が 作 ら れ る 20。 又「大白神考」にもオシラ神の話が語られている、次のようであ る。 昔、長者に一人の美しい姫がいた。長者の名馬栴檀栗毛は、その 姫を恋い慕い、長者が怒ってその馬を殺すと、姫もまた悲しんで命 が絶える。二つの霊は昇天して、次の朝、庭の桑の木に降り、化し て ト ウ ド コ の 蟲 に な っ た 21。 細 部 に は 若 干 の 違 い が み ら れ る が 、 両 者の筋はほぼ同じである。日本の蠺神説話とでも言えよう。 で は 、『 今 昔 物 語 集 』巻 二 十 六 の 十 一 話 と『 捜 神 記 』の「 女 化 蠺 」、 『 原 化 伝 拾 遺 』の「 蠺 女 」と は 、ど の よ う な 関 係 に あ る の だ ろ う か 。 まず、『今昔物語集』の方は、人獣婚姻譚の要素は取り除かれてい るが、次のような類似点が見られる。. 一、動物(馬や犬)の頭部から糸が出て来る。 二、死体とかかわりのある木(桑)に蚕あるいは繭がある。 三、木にある蚕の作った繭から上質の糸が大量に取れる。. これらのことは馬頭娘類型につながる説話であることを示してい る。 参河郡司のもとの妻は犬頭糸がとれることによって夫との仲が もとにもどり、幸福と富を得た。その子孫もこれを受け継ぎ、その 糸を続けて天皇に献上したため、一族はずっと富裕に暮せる。ここ. 20. 柳 田 国 男 「 遠 野 物 語 」『 柳 田 国 男 集 』 第 四 巻 ( 筑 摩 書 房 、 昭 和 44 年 5 月 2 0 日 ) P31 21 柳 田 国 男「 大 白 神 考 」『 柳 田 国 男 集 』第 十 二 巻( 筑 摩 書 房 、昭 和 4 4 年 5 月 2 0 日) P301 -3 02.
(16) 16 台大日本語文研究 30. での犬は飼い主に幸福と富をもたらすものなのだ。 しかし、この説話には、仏教思想が取り入れられていることも看 過できない。まず犬が四、五千両ほどの上質の糸を出してくれたこ とに対して、もとの妻は感謝感激の気持ちで「此ハ仏神ハ犬ニ成テ 助 ケ 給 フ 也 ケ リ 」 22と い う 。 日 頃 信 心 深 い も と の 妻 に 対 す る 仏 神 の 助けだと物語られているのである。又、最後に「此ヲ思フニ、前生 ノ報ニ依コソハ、夫妻ノ間モ返合ヒ、糸モ出来ケン、ト語リ伝へタ ル ト ヤ 」2 3 と い う 評 論 も 付 け ら れ て い る 。夫 婦 の 仲 が も と に も ど り 、 糸 が 出 て 来 た の は す べ て「 前 世 ノ 報 」だ と 説 明 さ れ て い る の で あ る 。 この話によって仏教思想の因果応報を人々に浸透させようとする意 図は明らかだろう。馬頭娘説話の類型の一つには違いないが、この 説明にはまた仏教思想が色濃く落とされているといわなければなら ない。 次は巻二十九の三十二「陸奥国狗山狗咋殺大蛇語」を取り上げた い。大筋は次のようである。 昔、陸奥の国にある身分の卑しい男がいた。その男は多くの犬を 飼っていて、いつもその犬達を連れて、深い山に入り、狩猟をして いた。ある日、彼はいつものように犬達をつれて山に入り、山の中 で 夜 を 明 か す こ と に な っ た 。夜 、彼 は 一 本 の 大 木 の 空 洞 の 中 に 入 り 、 そばに弓、胡簶、大刀などを置いて、前に火を焚いていた。犬達を みなその周りで寝ていた。夜中、犬達の中で、とりわけすぐれて賢 い犬が起き上がって、木の空洞の中で寝ている主人の方に向かって けたたましく吠え立てた。主人は周りを見回ったが、別に異常もな い。だが、犬はなお吠え立てたため、主人は周りを見回ったが、別 に異常もなかった。それでも、犬はなお吠えやまず、しまいには主 人に向かって飛び掛ろうとする。主人は犬が自分を食い殺そうして い る と 思 い 、大 刀 を 抜 い て 脅 し た が 、犬 は ど う し て も 吠 え や ま な い 。. 22. 馬 淵 和 夫 ・ 国 東 文 磨 ・ 今 野 達 校 注 ・ 訳『 今 昔 物 語 集 』三『 日 本 古 典 文 学 全 集 』 ( 小 学 館 、 1 974 年 7 月 31 日 初 版 、 1 989 年 12 月 20 日 第 十 六 版 ) P 581 23 注 22 同 掲 書 P 58 3.
(17) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 17. 主人は噛み付かれたら、かなわないと思って、木の空洞から外に飛 び出した。そのとたん、犬は木の空洞の上を目がけて飛びかかり、 何かに食いついた。それは長さ二丈余りの大蛇であった。主人はそ こでようやく犬の意図を理解して、すぐ大刀で蛇を切り殺した。こ の犬がいなかったら、自分は殺されたであろう。主人はこの犬は自 分にとってこの世に二つとない宝だと思って、犬を連れて家に帰っ て行った。 これは忠犬譚類型の説話である。中国の『捜神記』「華隆家犬」 の 話 と の 類 似 が 指 摘 さ れ て い る 24。 「 華 隆 家 犬 」 の 話 は 次 の よ う で ある。 太興中,吳民華隆,養一快犬,號「的尾」,常將自隨。隆後至 江邊伐荻,為大蛇盤繞,犬奮咋蛇,蛇死。隆僵仆無知,犬彷徨 涕 泣,走 還 舟,復 返 草 中。徒 伴 怪 之,隨 往,見 隆 悶 絕。將 歸 家 。 犬 為 不 食 。 比 隆 復 蘇 , 始 食 。 隆 愈 愛 惜 , 同 于 親 戚 。 25 日本語に直すとおおよそ次のようになる。忠犬「的尾」を連れて 河のそばへ荻を切りに行った主人が、蛇に巻き付かれる。しかし、 的尾が懸命に蛇に噛み付いたため、ようやく蛇は死に、主人は助か った。主人が意識を取り戻すまで、的尾は何も食べなかった。 これは、『太平広記』に収められている『幽明録』の「華隆」と 同話と考えられるが、ただ、『捜神記』の方では時代が「太興中」 とあるのに対して、『幽明録』の方では、「晋泰興二年」としてい る。又『幽明録』の方では、華隆という人物について、さらに『捜 神記』にない「好戈獵」ということばが付け加えられている。川へ 行 く 目 地 は『 捜 神 記 』の 方 で は『 伐 荻 』と あ る の に 対 し て『 幽 明 録 』 の方では「至江邊」とあるだけで、目的については何も語られてい な い 。ま た 、犬 の 様 子 を お か し く 思 っ て 、華 隆 を 助 け に 来 た の は『 捜 神 記 』 で は 華 隆 の 「 徒 伴 」 (朋 輩 )と あ る の に 対 し て 、 『 幽 明 録 』 の. 24. 馬 淵 和 夫 ら 校 注 、 訳 『 今 昔 物 語 集 』( 四 ) 古 典 文 学 全 集 ( 小 学 館 、 197 6 年 7 月 31 日 初 版 、 1 978 年 8 月 20 日 第 十 五 版 ) P4 32 25 注 18 同 掲 書 P 24 1.
(18) 18 台大日本語文研究 30. 方では「家人」とある。とはいえ、二つの筋はほぼ同じである。 こ の 二 つ 以 外 に も 、『 捜 神 後 記 』、『 集 異 記 』、『 宣 室 志 』、『 廣 異記』、『擴異記』、『源化記』など、六朝や唐代の古代小説にも 忠犬譚の説話が多く収録されている。又、『太平広記』の巻四三七 畜獣四犬(上)には犬の説話が二十話収録されており、中に忠犬譚 (日頃餌をやる人を飼い主に含めた場合)は十四ある。飼い主を守 るために、命を落とした犬もいる。但し、『捜神記』にある「華隆 家犬」はこの類型の説話の早い例であるし、犬が戦った相手が同じ 蛇であるという点、飼い主も犬も命を落としていない点を考え合わ せれば、「陸奥国狗山狗咋殺大蛇語」が生成される際、日本に伝わ った『捜神記』の「華隆家犬」が参考にされた可能性が大きいと考 えられる。しかし、類似するところもあれば、異なっているところ もある。以下に相違点を整理してみよう。. 一、舞台背景:『捜神記』の方では、川のそばで起きたことになっ てるのに対して『今昔物語集』の方では、山の中で起きたことにな っている。 二、犬の忠義ぶり:『捜神記』の方では、主人が蛇に巻き付かれた 時に、犬が懸命に蛇を噛み殺して、主人を助ける。そして、主人が 意識を失ったのを見て、泣きながら舟と草叢の間を彷徨う。そのお かげで朋輩達がおかしく思って、主人を助けに来るのである。又、 主 人 が 意 識 を 取 り 戻 す ま で 、忠 犬 は 何 も 食 べ な い 。そ れ に 対 し て『 今 昔物語集』の方では、犬が主人の休んでいる木の空洞に大蛇が棲ん でいることに気づいて、その大蛇がまだ主人に危害を加える前に、 けたたましく吠えたて、大蛇を威嚇している。そして主人が木の空 洞を出るや否や、すぐ大蛇に噛み付く。又、『捜神記』の方では、 主人が危険に遭った時、犬が懸命に助けたのに対して、『今昔物語 集』の方では、危険を未然に防ごうとして、犬は木の空洞に向かっ て 飛 び 掛 か り な が ら 吠 え や ま ず 、事 情 を 知 ら な い 主 人 に 誤 解 さ れ て 、 殺されそうになるが、このように主人のためを思っての犬の行動が.
(19) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 19. かえって主人に誤解される例は『太平広記』にも見られる。『太平 広記』巻四八七の『擴異記』「劉巨麟」がそれである。劉巨麟は唐 開元の時代の都督で、よく夜に、朝廷の使者を接待していた。ある 夜、又使者を迎えようとするが、彼の飼い犬はどうしても出掛けさ せようとしない。劉巨麟は自分には従者が沢山ついているから、危 険 の 目 に 遭 う 筈 が な い と 思 い 、犬 の こ と を 怒 っ て 、閉 じ 込 め さ せ る 。 それにもかかわらず、彼が馬に乗った際、犬が飛び出して来て、あ る従者の咽元に噛み付いて、殺してしまう。従者の懐を調べると刃 物が見付かった。その従者は日頃、劉巨麟に叱責されていたため、 恨みに思い、劉巨麟を暗殺しようと企んでいた。犬がそれに気付い て、主人を危険から守ったのである。又、同じ『太平広記』巻四三 七の『集異記』「鄭韶」も同じモチーフをもった説話である。隋の 煬帝の時代に鄭韶という人がいた。ある時、彼は煬帝の使者を迎え ようとした時、飼い犬がどうしても出掛けさせようとしない。その ため、しまいには、鄭韶が怒り出して、犬を柱に縛らせたが、犬は その縄を引っ張って切り、従者の薛元周を噛み殺す。元周の懐を調 べると、刃物を見付かった。鄭韶も忠犬のおかげで、死を免れたの である。このように、犬が主人の身に危険が迫っていることに気付 き、懸命に主人を守ろうとするが、かえって主人に誤解される類型 の説話は古代から中国には見られる。「陸奥国狗山狗咋殺大蛇語」 にはそのような中国の話型も流れ込んでいる可能性が高い。とはい え、主人を守りたい一心で、我が身をも顧みない『今昔物語集』の 犬は、その忠義ぶりが「華隆家犬」よりもさらに強調されていると いうことができるだろう。 三、人物の心理のより詳しい描写:例えば、犬が木の空洞に向かっ て飛び掛りながら、吠えたのを見た時の主人の内心が、次のように 語られている。 此ノ狗ノ可吠キ物モ不見エヌニ、我レニ向テ此ク踊懸リテ吠ユ ルハ、獣ハ主不知ヌ者ナレバ、我レヲ、定メテ此ル人モ無キ山.
(20) 20 台大日本語文研究 30. 中 ニ テ 咋 テ ム ト 思 フ ナ メ リ 。 此 奴 切 殺 シ テ バ ヤ 26 又、木の空洞から飛び出そうとする時にも「此ル狭キ空ニテ此 ノ 奴 咋 付 ナ バ 悪 カ リ ナ ム 」 27と 心 の 中 が 語 ら れ て い る 。 即 ち 、 木の空洞から出たのは、蛇がいることに気づいたのではなく、 空洞のスペースが狭いから、犬と闘ったら、勝てないし、噛ま れたら対応しにくいと思ったからであった。そして、犬が飛び 掛かりながら吠え付いたのは自分を大蛇から守りたいためだと 知 っ た 主 人 の 内 面 が「 殺 シ タ ラ マ シ カ バ 何 許 悔 シ カ ラ マ シ 」2 8 と 語られ、さらに翌日、大蛇の長さ、太さを目にした時の驚きが 「寝入タラム程ニ、此ノ蛇ノ下テ巻付ナムニハ、何態ヲカセマ シ 。此 狗 ハ 、極 カ リ ケ ル 、我 ガ 為 ノ 此 ノ 不 世 ヌ 財 ニ コ ソ 有 ケ レ 」 29. と記され、あらためて犬の行動のすばらしさ、ありがたさが. 強調されている。このように作中人物の心の声が挿入されるこ とによって、ストーリーが厚みを増し、展開に緊張感が生まれ ているのである。 四、末尾の注釈めいた評論:『今昔物語集』には末尾に次のような 評言が付されている。 此レヲ思フニ、実ニ狗ヲ殺タラマシカバ、狗モ死テ主モ其ノ後 蛇ニ被呑マシ。然レバ然様ナラム事ヲバ吉々ク思ヒ静テ、何ナ ラム事ヲモ可為キ也。此ル希有ノ事ナム有ケル、トナム語リ伝 へ タ ル ト ヤ 。 30 もし、主人が早とちりして、犬を殺してしまったら、自分も大蛇 に 呑 ま れ て し ま っ た だ ろ う 。語 り 手 は 、こ の 事 実 を 踏 ま え て 、も し 、 日頃自分に忠義を尽くしてくれた犬に、急に変わった動きがあった ら 、冷 静 に 考 え て か ら 対 応 を 取 る べ き だ と 人 々 に 訓 戒 を 垂 れ て い る 。. 26. 馬 淵 和 夫 ら 校 注 、 訳 『 今 昔 物 語 集 』( 四 ) 古 典 文 学 全 集 ( 小 学 館 、 1 97 6 年 7 月 31 日 初 版 、 1978 年 8 月 20 日 第 十 五 版 ) P 43 3 27 注 26 同 掲 書 P 43 3 28 注 26 同 掲 書 P 43 4 29 注 26 同 掲 書 P 43 4 30 注 26 同 掲 書 P 43 4 -435.
(21) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 21. 単なる奇譚では終わらせず、教訓的な意味を与えようとしているの である。. 次は巻三十一の十五「北山狗人為妻語」を見よう。その大筋は次 のようである。 昔、京にある男がいた。その男は北山へ遊びに行ったが、道に迷 って途方に暮れる。その時、ある柴の庵を見付けた。庵の内から二 十余りの若い美しい女が出来てきた。男は一夜泊めてもらうように 頼んだ。女は最初、夫に情夫だと疑われるかもしれないからと断る が、帰ろうにも帰るすべのない男が、再三、頼んだ結果、女は「自 分の兄」ということにして男を泊めることにする。そのかわり、そ のことを決して口外にするなと男に言い含めた。その女の夫という のは実は大きな恐ろしい白い犬であったが、女の取りなしで、一夜 無事に過ごすことが出来た。ところが、男は女との約束をやぶり、 皆にこのことを言ってしまい、若者達が山の中に入って、その犬を 射殺そうとする。だが、矢は当たらず、犬は女を連れて山奥に消え ていった。男は二、三日後に死んでしまったという。 これは人犬結婚譚類型の説話であり、その先行説話は中国の『瀟 湘錄』や『搜神記』に見られる。 『搜神記』巻十四の「盤瓠」がそれであり、その大筋は次のよう である。 高辛氏(帝礐)の時代、戎呉は強盛だったので、度々辺境を侵 して来た。なかなかその大将を捕らえて、戎呉の軍隊を破ることが できない。そのため、王は戎呉軍の大将の首を取って来るものがあ れば、黄金千金、万戸の領地を与えた上、娘を賜るといって英雄を 募った。その結果、盤瓠という五色の犬が戎呉の大将の首を銜えて 来たため、しかたなく王は娘を嫁がせた。王女は盤瓠と一緒に山の 中に入って岩屋の中に住み、三年後、六人の男子と六人の女子を生 んだ。盤瓠が死んだ後、六人の男子は六人の女子と結婚して夫婦に なった。.
(22) 22 台大日本語文研究 30. これは人と犬が結婚する説話の早い例である。江戸時代の曲亭 馬琴の『南総里見八犬伝』にも影響を与えたとされている。 中国にあるもう一つの例は『太平広記』巻四三八畜獣五犬(下) に収められている唐の李隠の『瀟湘錄』の「杜修己」である。梗概 を記すと次のようになる。 越人杜修己は一匹の白い犬を飼っていた。修己は大変白い犬を 可愛がり、いつも珍膳を与えた。ある日、修己が出掛けた後、白い 犬はその妻薛氏に噛み付くと脅かし、私通しようとする。修己はそ れを知って、白い犬を殺そうとしたが、逃げられてしまい、妻とも 別れることにした。妻は実家の薛家に帰ったが、半年後、白い犬は 突然、薛家に訪れ、彼女を銜えて行く。そして、一年後、薛氏との 間に一子をもうけた。その子は外形は人間に似ているが、体中白い 毛が生えている。白い犬が死んだ後、薛氏はその子を連れて、山を 下り、やがて薛家で厄介になった。その子は外形が醜く、性格も凶 悪である。出掛けてはしばしば強盗を働いた。そのため、薛家はそ の子を殺そうとする。母の薛氏はそれを知って強盗をやめるように 戒め、彼の出生の秘密を明した。それを聞いた白い犬の子は薛家を 出て行ったが、三年後戻って来て、母以外の薛家の人達を全部殺し てしまう。そして、屋敷に火を放ち、母を連れ去った。 『瀟湘錄』のこの説話も人犬結婚譚ではあるが、登場する白い犬 は主人に珍膳を食べさせてもらうほど可愛がられていたにもかかわ らず、恩を仇で返す。主人の留守の間に、その妻を脅かして、私通 しようとするのである。野獣の本性が現われたとでも言えようか。 白い犬の子も、自分が盗賊になって人を殺すのは、「犬」の「気」 を受け、「人の心」がないからだと考え、ついには自分が世話を受 けた外祖父の一家を皆殺しにしてしまう。 ここで語られている白い犬は、日本の白い犬と全く違う性質が与 えられている。日本の白い色の動物は古来、霊妙な力を持つと考え.
(23) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 23. ら れ て い る 31が 、 こ こ で は む し ろ 不 忠 不 義 、 邪 悪 な 畜 生 と し て 語 ら れているのだ。又、犬の妻になった薛氏も「淫逸」を好む女性とし て語られ、白い犬の子まで根からの悪者とされている。「杜修己」 の中の犬は、その性質において、「盤瓠」の犬、『今昔物語集』巻 三十一の十五の犬と明らかに異なっている。まず、「盤瓠」の方を 振り返ってみよう。 「 盤 瓠 」に 登 場 す る 犬 は 出 生 の 仕 方 か ら 普 通 の 犬 と 異 な っ て い る 。 人間の耳の中から「頂虫」として誕生した後、犬に化したのだ。毛 の色も普通の犬には見られない五色である。そして、それまで人間 にはできなかった戎呉の大将の首をとってくるという仕事を簡単に 成し遂げた。外形は犬であるが、神を思わせるような存在として語 ら れ て い る 。又 、娘 が 盤 瓠 に 嫁 い だ 後 、王 は 悲 し く 恋 し く 思 う の で 、 使者をして見に行かせたが、「天輒風雨,嶺震雲晦」のため、その 住処まで辿り着くことができない。盤瓠の同意を得なければ、その 家を訪問できないわけである。これもまた神に近い存在としての盤 瓠を印象付けている。 一方、犬と結婚した娘は、王の子供でありながら、人間と犬は結 婚 し て は い け な い と い う 官 吏 達 の 諌 言 に 耳 を 貸 さ ず 、約 束 し た 以 上 、 王が守らなければ、国に禍を齎すといって、皆の反対を押し切り、 盤瓠のもとに行く。この娘の振る舞いは、先に触れた『搜神記』巻 十四の「女化蠶」の話を想起させる。「女化蠶」では、馬との約束 を守らなかったため、娘が馬の皮に巻かれて、桑の木の上で蚕にな ってしまう。「女化蠶」の娘やその父親と比べると、「盤瓠」の王 女の立派さが際立つ。こうしてみると、「盤瓠」には、神仙譚的な 能力や高潔さが盛り込まれているといえるかもしれない。 このような神仙譚的な趣向は、『今昔物語集』巻三十一の十五 の話にも取り入れられている。この話では、犬の妻に世話になった 男が山を下りた後、犬が人を妻にしていることを言いふらしてしま う。そのため、皆で弓矢や刀剣を携えて犬を殺しに行く事態となる 31. 注 26 同 掲 書 P 58 6.
(24) 24 台大日本語文研究 30. が、犬は前の男の顔を見たとたん、女を前に押し立て、山奥の方に 逃 げ て い く 。大 勢 で 取 り 囲 ん で 矢 を 射 掛 け る が 、少 し も 当 た ら な い 。 男 た ち は 「 此 ハ 只 者 ニ モ 非 ヌ モ ノ 也 ケ リ 」 32と い っ て 引 き 返 し 、 約 束を守らなかった男は二、三日して死んでしまう。つまり、男には いわゆる罰が当たったのであり、そのことは次に続く「彼ノ狗ハ神 ナ ド ニ テ 有 ケ ル ナ メ リ 」 33と い う 物 知 り の 古 老 の 言 葉 か ら 明 ら か で ある。「北山狗人為妻語」に見られる、犬を神格化する傾向、それ に、約束の履行・不履行というモチーフはおそらく、「盤瓠」から 影響を受けたと思われる。とはいえ、両者の間には次のような異な る点も見られる。. 一、人と犬が結婚する事情:「盤瓠」の方では、王の娘が王の約束 を守るため、犬と結婚したとあるが、それに対して『今昔物語集』 の 方 で は 、 あ る 日 思 い が け ず 、 「 奇 異 キ 物 ニ 被 取 レ 」 34て 、 そ の 妻 にされたと女が語っている。つまり、さらわれて来たのである。 二、人と犬との結婚後の生活:「盤瓠」の方では、特にその結婚後 の生活については語られていないが、六人の男子と六人の女子が生 ま れ た こ と か ら す る と 、夫 婦 生 活 は つ つ が な か っ た も の と 思 わ れ る 。 盤瓠も「蠻夷」一族の祖先になっている。それに対して『今昔物語 集 』で は 、夫 婦 に 子 供 は な い 。だ が 、犬 は「 入 テ 竈 リ 前 ニ 臥 セ リ 」、 女 は 「 苧 ト 云 フ 物 ヲ 績 テ 、 狗 ノ 傍 ニ 居 タ リ 」 35と い う こ と か ら 分 か るように、犬はその家の家長としてその妻と仲睦じく暮らしている よ う で あ る 。 そ し て 、 「 乏 シ キ 事 ハ 不 侍 也 」 36と あ る こ と か ら 、 人 間の妻に不自由な暮らしをさせていないこともわかる。 三、約束の履行・不履行:『搜神記』の方では、王女が約束をしっ かり守ったとあるだけで、そのことについてのコメントは別にみら. 32 33 34 35 36. 注 注 注 注 注. 26 26 26 26 26. 同掲書 同掲書 同掲書 同掲書 同掲書. P 58 8 P 58 9 P 58 6 P 58 7 P 58 6.
(25) 『今昔物語集』裡的犬的故事與中國文學 25. れない。それに対して『今昔物語集』の場合、最後に「糸益無キ事 云 タ ル 男 也 カ シ 。然 バ 信 無 力 ラ ム 者 ハ 心 カ ラ 命 ヲ 亡 テ ボ ス 也 ケ リ 」3 7 という語りがある。男は約束を守らなかったため、命を落としたわ けである。『搜神記』では、たとえ相手が犬であっても、しっかり 約束を守る王女のことが語られているのに対して、『今昔物語集』 の方では約束を守らなかった男の最期を描くことによって、読者へ の教訓が示されている。『今昔物語集』は犬説話においても、中国 の説話を取り込みつつ、独自にそれを編み直しているといってよか ろう。. 三、結び 以上の考察を通して、 『 今 昔 物 語 集 』巻 九 の 二 十 二「 兗 州 都 督 遂 安 公、免死犬責語」と四十二「河南人婦、依姑令養蚯蚓羹得現報語」 はそれぞれ、 『 冥 報 記 輯 書 』の「 唐 李 壽 」と『 冥 報 記 』の「 河 南 人 婦 」 か ら の 翻 案 説 話 で あ り 、巻 二 十 六 の 十 一「 参 河 国 始 犬 頭 系 語 」は『 捜 神記』の「女化蠶」の馬頭娘説話のモチーフを、巻二十九の三十二 「 陸 奥 国 狗 山 狗 咋 殺 大 蛇 語 」は『 搜 神 記 』 「 華 隆 家 犬 」の 忠 犬 譚 説 話 のモチーフを、そして、巻三十一の十五「北山狗人為妻語」は『搜 神記』 「 盤 瓠 」の 人 犬 結 婚 譚 の モ チ ー フ を 取 り 入 れ た こ と が 明 ら か に な っ た が 、『 今 昔 物 語 集 』 に は 、 次 の よ う な 相 違 点 も 見 ら れ る 。. 一、読者がより分かりやすく読めるように、本来断片的な中国怪異 譚に心理描写を加えたり、説明めいた言葉を書き入れたりして、も っとまとまりのあるストーリーに書き換えている。 二、日本の風俗習慣に合わせるため、筋を変更したところも見られ る。 三、読者の興味を引くために、いろいろ手を入れて原作より紆余曲 折のある展開にしている。 四、中国の方では、儒教、道教の色彩をより色濃く帯びているのに 37. 注 26 同 掲 書 P 58 9.
(26) 26 台大日本語文研究 30. 対して、日本の方では仏教思想の影が色濃く落とされている。 五、奇なる話や珍しい話を語り伝えるだけでなく、必ず最後の評論 として教訓の言葉を付け加え、人々を教え諭そうとしている。. 『今昔物語集』の犬説話は、その生成において、中国の説話が翻 案されたり、各種のモチーフが取り入れられたりしているが、日本 の読者がより面白く、かつ、分かりやすく読めるように、日本の文 化に合わせて筋を変えたり、加筆したりして、原作の中国の説話と 異なる趣の説話が作り上げられているのである。. 参考文献 小 島 憲 之 、 木 下 正 俊 、 佐 竹 昭 広 校 注 ・ 訳 ( 1990)『 万 葉 集 ( 三 )』 小 学館 小 峯 和 明 校 注 ( 1993)『 今 昔 物 語 集 ( 二 )』 岩 波 書 店 阪 倉 篤 義、木 田 義 憲、川 端 善 明 校 注( 1979) 『今昔物語集. 本朝世俗. 部二』新潮社 唐 臨 著 、 佐 々 木 憲 徳 輯 、 慧 淨 法 師 編 ( 2004)『 冥 報 記 、 冥 報 記 輯 書 』 浄土宗文教基金会 萩 原 浅 男 、 江 島 巣 隼 雄 ( 1990)『 古 事 記. 上代歌謡』小学館. 馬 淵 和 夫 ら 校 注 ( 1978)『 古 典 文 学 全 集 ( 四 ) 今 昔 物 語 集 』 小 学 館 馬 淵 和 夫・国 東 文 磨・今 野 達 校 注・訳( 1974) 『日本古典文学全集三 今昔物語集』小学館 柳 田 国 男 ( 1969)「 遠 野 物 語 」『 柳 田 国 男 集 第 四 巻 』 筑 摩 書 房 干 寳 ( 1982)『 捜 神 記 』 里 仁 書 局 李 昉 ( 1977)『 太 平 廣 記 』 古 新 書 局 漢鄭玄『周禮』卷九,四部叢刊明翻宋岳式本,中國古籍書庫.
(27)
相關文件
6 《中論·觀因緣品》,《佛藏要籍選刊》第 9 冊,上海古籍出版社 1994 年版,第 1
The first row shows the eyespot with white inner ring, black middle ring, and yellow outer ring in Bicyclus anynana.. The second row provides the eyespot with black inner ring
development consequently results in the rising of such Buddhist sects as Shelun zong and Weishi zong in China. Lévi the French scholar corrected and published the Sanskrit
This article is for the founding of the modern centuries of Buddhist Studies in Taiwan, the mainland before 1949, the Republic of China period (1912~1949), and Taiwan from
• helps teachers collect learning evidence to provide timely feedback & refine teaching strategies.. AaL • engages students in reflecting on & monitoring their progress
Robinson Crusoe is an Englishman from the 1) t_______ of York in the seventeenth century, the youngest son of a merchant of German origin. This trip is financially successful,
fostering independent application of reading strategies Strategy 7: Provide opportunities for students to track, reflect on, and share their learning progress (destination). •
Strategy 3: Offer descriptive feedback during the learning process (enabling strategy). Where the