オバマ大統領の国家安全保障チームと
中台政策の展望
林 正 義
(中央研究院欧米研究所研究員)【要約】
本稿は、オバマが組織する国家安全保障チームとオバマが選挙期 間中に中国・台湾に対して行った談話や立場説明から、米国の新政 権が取りうる対中国・台湾政策を整理する試みである。米国国家安 全 保 障 担 当 補 佐 官 は 、 国 務 省 ・ 国 防 省 と 協 調 し な け れ ば な ら な い が、米国は金融危機や各種の非伝統的な安全保障上の脅威に直面し ており、国家安全保障会議の機能に課題が出現している。ヒラリー ・クリントンが強力な国務長官として、オバマと共に米国外交を構 築していくことになろう。 オバマは中国を経済的競争相手としてみなしている。また、中国 による人民元操作と米中貿易不均衡がオバマの重視しているポイン トであることは、台湾の問題がなくとも、米中が衝突する可能性が 存在することが示唆されている。オバマの主張は、知的財産権、人 権侵害、環境保護、対スーダン・イラン政策などで米国が中国とは 異なる意見を持っていることを中国に対して表明するべきだという ものである。米中両国が大量破壊兵器の拡散と地球温暖化という課題へ共同で対処することもオバマの希望するところである。 中台問題については、中台が安定的で予測可能な関係に向けて基 礎的な発展をみせることにオバマは期待を表明している。ブッシュ 政権は、中台の意見の相違は中台の人民が共同で平和的に解決しな ければならないと強調したが、民主党は 2008 年の党綱領で、台湾海 峡問題の平和的な解決が、「台湾人民の期待および最善の利益と一致 している必要がある」と明確に指摘した。オバマは台湾の国際的地 位の向上と中国が台湾に国際的に活動できるスペースをより大きく 与 え る よ う 、 中 で も 「 世 界 保 健 機 関 」( WHO)への参与を認めるよ う希望している。そのほか、米国が「台湾との公式意思疎通チャン ネルを再開する」とも語っている。
【キーワード】
オバマ、ヒラリー・クリントン、台湾、中国、国家安全保障一 はじめに
2008 年 11 月、米国大統領選でオバマ(Barack Obama)民主党候補 が大差で選挙人団票(365 人対 173 人)を獲得し、得票率 53%(6688 万票)対 46%(5834 万票)でマケイン共和党候補に勝利した。オバ マはマケインに比べ 25 歳若く、両者とも上院議員であるものの、マ ケインが 4 期目を務めていたのに対し、オバマは 1 期目の任期満了 前であった。オバマが劣勢だったのは 65 歳以上の有権者層だけであ った。すなわち、大多数の米国の有権者がマケインを過去の英雄と とらえたのである。深刻な金融危機が訪れる中、アフリカ系のオバ マ が 米 国 の 未 来 、 国 際 関 係 の 行 く 末 に 変 革 を も た ら す こ と に な ろ う。また、これは東アジア地域の政治にも影響を与える可能性があ る。 米国の金融機関が相次いで破綻し、経済成長が衰退し、個人資産 が縮小する中、ブッシュ(George W. Bush)大統領の退任前の支持率 は不支持率を大きく下回った。与党共和党という足かせのあるマケ インが有権者に対して国家を第一に考えるよう求めたのと異なり、 オバマは「希望」や「変革は起こせる」などとアピールした。多民 族的な背景を持つオバマには寛容さがある。オバマは米国がイラク 戦争の泥沼に陥る中、イラク戦争の終結を明確に示し、変化・改革 ・前向きな姿勢を選挙の主軸に据えたことで、主要報道機関の社説 でも支持を獲得した。政権移行期の世論調査でも支持率は 83%と、 こ れ ま で の 大 統 領 当 選 者 ブ ッ シ ュ ( 61%) や ク リ ン ト ン ( William Clinton、 68%)を超えていた1。本稿は、オバマが組織する国家安全1 Frank Newport, “Obama Wins 83% Approval Rating for Transition,” January 16, 2009 , cited
保障チームとオバマが選挙期間中に中国・台湾に関して行った談話 や立場説明から、米国の新政権が取りうる対中国政策および対台湾 政策を整理する試みである。
二 オバマの国家安全保障担当チーム
1 オバマの理念 上院選期間中、2004 年 7 月に民主党の全国大会でオバマが行った 基調演説では、「大いなる希望」(Audacity of Hope)と題して、明確 かつ簡潔で、具体的な例を挙げ、激励するような言葉遣いで感動を 誘い、知名度を上げる機会となった。上院議員に当選後は、同名の 書籍を出版し、自身の信仰・民族・上院議員・幼年時代・家庭など についての見方を詳しく語った2。マケインが順調に指名を獲得して から数ヶ月後には、世論調査では 2 位だったオバマが民主党党内予 備選で優勢だと見られていたヒラリー・クリントン(Hilary Clinton) 上院議員を破った。最終的にはマケインにも打ち勝ち、米国の歴史 を書き換える結果となった。オバマは閣僚選びでも、選挙期間中の ライバルや他党にも寛容的な態度を示した。 オバマの主張する今後の国家安全保障戦略には五大目標があると 言えよう。すなわち、①責任を持ってイラク戦争を終結させること、 ②アルカイダ(al-Qaeda)やタリバン(Taliban)との軍事対立を終結 させること、③核兵器やその原料がテロリストの手に渡らないよう 厳しく規制すること、④エネルギー安全保障を構築すること、⑤同2008 年 10 月 17 日に「ワシントン・ポスト」(Washington Post)、19 日に「ロサンゼ
ルス・タイムズ」(Los Angeles Times)、23 日に「ニューヨーク・タイムズ」(New York
Times)が社説でオバマ支持を表明した。
2 Barack Obama, Audacity of Hope: Thoughts on Reclaiming the American Dream (New York
盟システムを再建することである。オバマは米国が迅速にイラク戦 争を終結させてこそアフガニスタンに対する反テロ活動に重心を置 くことができると主張している。また、イラク戦争は間違いで、愚 かな決断であったとも認め、米国は優れたイラク対策は持っておら ず、不十分または非常に不十分な対策しか持っていなかったとも語 っている。2008 年 3 月 31 日までに米軍のイラク撤退を完了するとい う発言をしたこともある。オバマは、シリア・イラン・北朝鮮に対 しても限定された議題について交渉するのではなく、公開対話を主 張している。但しオバマは、イランが協調路線から転換し、核兵器 開発を行うと宣言した場合、すべての対応策(軍事措置を含む)が 可能であるとも語っている。ロシアに関しては核弾頭数規制と核兵 器拡散防止に関して協力すると主張し、5000 万米ドルを投じて「国 際原子力機関」(IAEA)が管理する核燃料銀行を設立し、「核不拡散 条約」(NPT)の関連規定を更新すると表明している3。 オバマは、米国が海外軍事行動を遂行するに十分な州兵と米軍戦 力が不足しているため、州兵予算を上乗せし、少なくとも陸軍・海 兵隊を 9 万人まで増やす必要があると考えている4。中でも米国の海 外行動任務における対外工作チームの軍事的な任務と民事的任務は 更に整合する必要があるという認識を持っており、軍部は和平工作 チームに関知しないという従来の欠点を補っていく必要があると主 張した。米国が攻撃を受けたり、差し迫った危険に直面したりした 時には、米国の重大な死活的利益を保護するため、オバマは必要に 応 じ て 一 方 的 に 軍 事 力 を 発 動 す る こ と も 躊 躇 し な い と 主 張 し て い
3
Barack Obama, “Renewing American Leadership,” Foreign Affairs, Vol. 86, No. 4 (July/ August 2007), p. 9.
4
る。エネルギー安全保障については、原油の対中東・ベネズエラ依 存を低減させると公約し、再生エネルギーによる米国の電力供給を 2012 年には全体の 10%、2025 年には 25%にしたいと語った5。
2007 年の「フォーリン・アフェアーズ」誌に寄稿した論文で、オ バマは国連事務局の影響力が弱いことと平和維持部隊の戦線が長す ぎることを指摘し、国連「人権理事会」(Human Rights Council)が 8 項目の決議案を可決してイスラエルの行動を譴責したことを批判し たが、国連を敵視しているわけではない。また「北大西洋条約機構」 (NATO)の果たす役割の拡大とメンバー拡大を主張し、特にアフガ ニスタンでの活動などで NATO が集団防衛上、より大きく貢献する ことを希望するとした6。米国の外交政策に関しては「戦略的あいま い」を継続することはできず、人権と民主主義を促進すべきだとし ている。地域安全保障の構造に関しても、伝統的な権力均衡という 手段は回避している。オバマは少年時代に 4 年間インドネシアで過 ごした経験があり、アジア系民族との接触を持つ経歴から、中国の 台頭や、日本と韓国における自主的志向の強まりなどを認識し、米 国にとってさらに効率的なアジアの枠組みを構築すべきだと考えて いる。 アジアの安全保障問題への運用という意味では、多国間主義また は自由制度主義の方が適しているというのがオバマの考えである。 オバマは「アジアでさらに効率的な枠組みを構築したい。この枠組 みは 2 国間の設定や臨時の首脳会談、特別な設定という形式(北朝 鮮問題における「六者会合」など)を超えたものとする。安定と繁 栄の促進のため、米国にとっては東アジア諸国をこのような枠組み
5 “New Energy for America,” cited in (http://my.barackobama.com/page/content/newenergy). 6
に組み込むことが必要であり、またフィリピンにおけるテロ活動や インドネシアにおける鳥インフルエンザなど国際的な脅威への対処 にも有益だと思われる」7と公言している。オバマは米韓自由貿易協 定には批判的だが、これは米国の自動車・米・牛肉などが特別に考 慮されておらず、韓国における労働・環境保護の基準を米国として は受け入れられないからとしている8。 米国が国際社会におけるリーダーとしての役割を再び担うことが 必要だとオバマは考え、国内的な急務としてはまず金融危機からい かに景気を回復させるか、対外的な急務としてはイラク戦争の収束 であると認識している。就任演説でオバマ大統領は、米国が深刻な 経済危機に直面しているが、米国は世界のリーダーとしての地位を 再建し、米国を含めた世界の豊かな国々が「海外の苦痛を座視し、 結果も顧みず世界の資源を消耗してはならない」と呼び掛けた。ま た、「責任を持ってイラクをイラク人民の手に返還し、困難な道のり だがアフガニスタンに平和を構築する」とも公約している9 。 オバマ政権としては、凝り固まったイデオロギーに基づく外交政 策ではなく、理念的で実務的な外交政策を構築する必要があると強 調している。911 事件以来、ブッシュ大統領が米国の勢力を行使する 際に単独行動主義(unilateralism)を示したのと対照的に、オバマは 多国間主義(multilateralism)で米国の主導的地位を再構築しようと している。オバマは、「自己防衛とはパワーに依存するだけでは不十 分であり、パワーさえあれば好きなように振る舞えるというもので
7
Obama, “Renewing American Leadership,” p. 12.
8 “Obama Speaks Out Against Korea-US FTA,” Chosunilbo (Seoul), May 26, 2008, cited in
(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200805/200805260010.html).
9 Barack Obama, “The Remaking of America,” January 20, 2009, cited in (http://www.america.
もない。むしろ…パワーを慎重に活用してこそより強力になること ができる」10と語っており、これは国務長官就任が決定しているヒラ リー・クリントンが指名承認公聴会でも触れた「スマート・パワー」 (smart power)と軌を一にするものである。スマート・パワーとは、 米国のハード・パワーは世界金融危機で深刻な打撃を受けており、 ま た ソ フ ト ・ パ ワ ー だ け で は す べ て の 問 題 を 解 決 で き な い こ と か ら、ハード・パワーとソフト・パワーを組み合わせた「スマート・ パワー」が必要だとするものである。ソフト・パワー(文化、価値 観、政策)には、その魅力と非強制的な方法で、好ましい成果を実 現する力がある。駐日大使に内定しているナイ(Joseph Nye, Jr.)が このソフト・パワーの長年の研究者であるが、彼も「スマート・パ ワー」が米国にとってさらに重要なものであると指摘するようにな っている。 オバマが米国大統領就任後、直面することになる国際的な課題と は次の 7 点であろう。①世界における米国の指導力に影響を与える 米国の金融危機をいかに阻止するか、また経済をどれだけ早期に回 復させられるか、②イラク戦争が予定通り 16 ヶ月で米軍撤退を完了 し、責任と尊厳のある収束となりうるか、③アフガニスタンとパキ スタンの反テロ活動を新たな重心として位置づけ、テロリストの活 動を徐々に制圧できるか、④イスラエルとパレスチナの衝突をどの ように調和まで導くか、イランの核兵器開発を制限できるか、テロ リストによる核兵器の入手をいかに阻止するか、⑤ロシア・中国に よる経済的台頭や両国との間の政治制度・外交戦略の相違に起因し て 、 ロ シ ア ・ 中 国 と い う 二 大 強 国 と 米 国 と の 関 係 が 複 雑 さ を 増 す か、⑥対キューバ禁輸制裁解除問題などを含め、左派政権が多数を
10 Ibid.
占めるラテンアメリカ諸国との関係をいかに改善していくか、⑦米 国と各国の自由貿易協定関連で、交渉が再開されるのか、または交 渉が中断されるか、である。いずれもオバマとその国家安全保障チ ームが一つずつ処理していく必要がある問題ばかりである。 2 オバマの国家安全保障チーム オバマは大統領に当選後、政権移行チームを立ち上げ、「変化」を キャッチフレーズに設置したウェブサイトを通じ情報を発信した。 オバマは迅速なプロセスで閣僚を決定し、財政経済チームを最初に 公表した。続けて国家安全保障チーム、最後に機能的な性質のある 内閣人事を決定した。オバマ政権チームには、ヒラリー・クリント ン(Hillary Clinton)国務長官、バイデン(Joseph Biden)副大統領、 ビルサック(Tom Vilsak)農務長官と 3 人の民主党元大統領候補が顔 をそろえている11。オバマ内閣の顔ぶれには政見、人となりなどが大 きく異なる人物や、女性・異なる民族的背景を持つ人物が多く含ま れており、多元的な顔ぶれが顕著である。こうした多様性がプラス の効果を発揮して、「集団思考」(groupthink)の弊害を回避できると 言われている12 。
11 2008 年 12 月 4 日、オバマはニューメキシコ州知事で国連大使やエネルギー長官を歴 任したリチャードソンを商務長官に指名した。オバマはリチャードソンを「経済外 交家」(economic diplomat)と評している。米国経済が衰退する中、中国との間の巨 額の貿易赤字削減などによりリチャードソンが米国民に就業機会増をもたらしてく れることをオバマは期待した。リチャードソンはポールソン財務長官が米中「戦略 経済対話」で果たしたような指導的役割を果たすことができるだろうと予想された のであった。リチャードソンは北朝鮮問題でも重要な役割を果たした過去を持つ。 結局、リチャードソンは不祥事を理由に指名を辞退した。民主党の党内大統領予備 選挙に参戦している。 12
オバマ政権閣僚は、アラブ系がラフード(Ray LaHood)運輸長官 の 1 名、ヒスパニック系がサラザール(Ken Salazar)内務長官、ソ リス(Hilda Solis)労働長官の 2 名、アジア系がシンセキ(Eric Shinseki) 退役軍人長官、ゲーリー・ロック(Gary Locke)が商務長官、チュー (Steven Chu)エネルギー長官の 3 名、アフリカ系がホルダー(Eric Himpton Holder)司法長官、ジャクソン(Lisa Jackson)環境保護局 長官、カーク(Ron Kirk)通商代表、ライス(Susan Rice)国連大使 の 4 名という顔ぶれである。共和党在籍の閣僚がラフード運輸長官、 グレッグ(Judd Gregg)商務長官、ゲーツ(Robert Gates)国防長官 の 3 名 、 女 性 閣 僚 は ク リ ン ト ン 国 務 長 官 、 ナ ポ リ タ ー ノ ( Jane Napolitano)国土安全保障長官、ソリス労働長官、ジャクソン環境保 護局長官、ライス国連大使の 5 名である13。
ホワイトハウス幕僚チームの候補者リスト第 1 弾の発表後、2008 年 11 月 24 日にはガイトナー(Timothy Geithner)財務長官、サマー ズ(Lawrence Summers)国民経済会議(National Economic Council) 委 員 長 、 ロ ー マ ー ( Christina Romer) 経 済 諮 問 委 員 会 ( Council of Economic Advisors)委員長の指名が発表された。11 月 26 日には、「外 交情報諮問会議」(Foreign Intelligence Advisory Board)を模して「経 済再生諮問会議」(Economic Recovery Advisory Board)を特設し、ボ ルカー(Paul Volcker)元米連邦準備理事会議長を委員長とすること が発表された。また、経済財政問題の重要性を鑑み、新しくバイデ ン 副 大 統 領 直 属 と し て 設 置 し た 経 済 顧 問 に バ ー ン ス タ イ ン ( Jared Bernstein)を指名した14。ガイトナーが有する米国の対中政策への影
13 最初に商務長官に指名されたジャド・グレッグ(Judd Gregg)はオバマと理念が異な ることを理由に指名を辞退した。その後、オバマは元ワシントン州知事のゲーリー ・ロック(Gary Locke)を商務長官に指名した。 14 ガイトナーはニューヨーク連邦準備銀行総裁を務め、財務省や国際通貨基金での経
響力はあまり大きくなく、米国閣僚の半数近くを率いて中国と「戦 略経済対話」を開催したブッシュ政権のポールソン(Henry Paulson) 財務長官ほどではない。この点から見て、バイデン副大統領とクリ ントン国務長官の方が米国の対中政策ではより大きな役割を果たす ことになろう。 オバマは 2008 年 12 月 1 日にクリントン国務長官の指名を発表す ると同時に、ゲーツ国防長官の留任と、国家安全保障担当補佐官へ の元 NATO 最高司令官のジョーンズ(James Jones)前海兵隊総司令 官の起用、国土安全保障長官へのナポリターノアリゾナ州知事の起 用を発表した。ゲーツとジョーンズの起用は、オバマ政権初期にお ける国防総省との関係を緩和することになるであろう。ジョーンズ は、米国の中東地域における安全保障担当特使や、アトランティッ ク・カウンシル(Atlantic Council of the United States)主席を歴任し ている。ゲーツとジョーンズは、イラク戦争を漸次的に終結するに 当たり、反テロ活動の焦点をアフガニスタンに転換していくと考え られる。米軍指導層は共和党支持傾向があり、従軍経験のない大統 領に不信感を持つ傾向がある。オバマはゲーツとジョーンズという タカ派イメージの強い人事により、外交・国防政策改革を行う上で の抵抗を低く抑えることを狙っているのだろう。オバマは外交政策 が目的を達成するためには、外国政府の説得に加え、さらに重要な 要素として国内の民衆を説得する必要があるということをよく理解 している。オバマがヒラリー・クリントン、ジョーンズ、ゲーツを
験を有していたため、共和党政権期でも民主党政権期でも職務を務めており、議会 でも両党議員と密接な協力関係を有している。サマーズは論議を醸す人物である が、経験豊富で財務次官、財務副長官、財務長官の要職を歴任し、ハーバード大学 学長を務めた人物である。サマーズは堅実な中産階級の力で米国に健全な経済をも たらすことができると主張しており、この点でオバマの理念と一致している。
指名した経緯にはこうした考慮が働いていた15。オバマの主要安全保 障アドバイザーであるスーザン・ライスはアフリカ問題に精通して おり、国連大使として任命されたが、この人事からオバマが国連と アフリカ関連に力を注ぐ可能性が示唆されている。オバマは国連大 使を閣僚級に引き上げたが、これはブッシュが国連大使の重要性を 低下させたことと大きく異なっている。 ナポリターノはアリゾナ州司法長官を務めたことがあり、米国の 全国州知事ランキングで上位 5 以内にランクされ、全米でも優秀な 女性指導者として高い評価を得ている。これまでにも官僚体系の運 用と米国の国境警備の経験を有しているが、2008 年から 2013 年に米 国が直面し得る国土安全保障上の主な脅威としては、中東・アフリ カの情勢不安、国境安全保障、サイバー攻撃などが予想されている 16。2009 年 1 月、オバマはパネッタ(Leon Panetta)元大統領首席補
佐官を CIA 長官に、ブレア(Dennis Blair)元海軍大将を「国家情報 長 官 」( Director of National Intelligence) に 指 名 す る こ と を 発 表 し た。パネッタは情報関係の経歴がなく、ブレアが重用されると予測 される。「国家情報長官」は大統領に対する安全保障ブリーフィング を任務としており、オバマは週 7 回のブリーフィングを要求してい る。これはブッシュへのブリーフィングを 1 回上回っている。ブレ ア は 台 湾 問 題 に も 明 る く 、「 漢 光 演 習 」 視 察 の 訪 台 も 複 数 行 っ て い る。台湾支持派であるが、失言の過去がある17 。
15 Peter Beinart, “Obama Chooses an Unlikely Team of Hawks,” Time, December 8, 2008. 16
Eileen Sullivan, “Homeland Security’s 5-year Threat Picture,” Washington Times, December 25, 2008.
17
Helene Cooper, “A World of Issues Waiting, Obama and His Foreign Policy Squad Brush Up,” New York Times, December 16, 2008; Al Kamen, “I Didn’t Say That. But If I Did,”
オバマが国務長官にヒラリー・クリントンを指名した理由は、ヒ ラリー・クリントンの才知と世界的な知名度に加え、オバマがクリ ントンを通じて米国外交のイメージ刷新と同盟関係再構築を狙った ことにあり、あえてライバルを閣僚に迎えたのである。これは、リ ン カ ー ン ( Abraham Lincohn) 大 統 領 の 哲 学 的 啓 示 に も 適 合 し て い る。すなわち、ヒラリー・クリントンを 2012 年の党内予備選に出馬 させず、上院でオバマ政権への反対をも表明させないためである(ヒ ラリー・クリントンは民主党内予備選で 1800 万票を獲得しており、 かなり固い民意的基礎を有している)。クリントンは約 90 カ国を歴 訪した経験を持ち、諸外国の指導者とも個人的に密接な関係を築い ている。夫のクリントン元大統領は任期 8 年を務めたため、オバマ は外交問題に関してクリントン元大統領の支援をも獲得することに もなる。 ヒラリー・クリントンは選挙期間中、「イラク戦争終結は、米国が 世界のリーダーとして復活するための第 1 歩である」と語っており、 自身が米国大統領として当選した場合、2 カ月以内に国防総省・国家 安全保障会議・統合参謀本部を招集し、イラク撤退のための総合計 画を提出させ、同時に徹底的な外交的イニシアティブを併用すると 公約している。また、ヒラリー・クリントンはイラクから米軍を完 全には撤退させるつもりはないと語ったこともあり、イラクに米軍 を一部残してアルカイダ(al-Qaeda)組織の捜索活動を実施し、イラ ク北部のクルド(Kurdish)地域に米軍を部分的に駐留させるとして いる。ヒラリー・クリントンは、米国がイラクから撤退してこそ、 パレスチナ建国やイスラエル・パレスチナ関係正常化などの中東和 平問題に関して米国の選択肢が広がると考えている18 。
18
ヒラリー・クリントンは、軍事革新を進め、イラク作戦で負傷し た 軍 人 に 対 す る 医 療 や 社 会 福 祉 を よ り 手 厚 く す る よ う 主 張 し て い る。ブッシュ政権が部分的な軍事力を投入するだけでアフガニスタ ンのタリバンやイラクのフセイン(Saddam Hussein)政権を制圧でき ると認識していたことは、間違った仮設であったとクリントンは批 判している。また、米国が世界をリードしていくためには、能力・ 戦略・説得・ひらめき・刷新を組み合わせること、すなわち武力と 外交をいずれも強化することが必要だとも語っている。国連に関し てクリントンは直接的な批判はしていないものの、国際機関を十分 機能させるには国際機関をできる限り利用するべきで、その理由は 「効率のある国際機関であれば、米国としても重大な死活的利益を 保護するために一方的な手段を取る必要を感じなくとも済む」19から であると指摘した。ヒラリー・クリントンもオバマ同様、議題に制 限を設けず、直接イランと交渉することを主張しており、イランが 核兵器開発を継続する場合は、米国が全ての対応策(軍事措置を含 む)を準備するべきだと主張している。大統領候補者全員の中でも、 ヒラリー・クリントンは戦略武器規制と軍備縮小の重要性を最も強 く 強 調 し た 候 補 者 で 、 上 院 が 2009 年 に 「 包 括 的 核 実 験 禁 止 条 約 」 (CTBT)を批准すること、「核拡散防止条約」(NPT)を強化するこ と、国際核燃料バンク(international fuel bank)設立により核燃料供 給源の取得と価格を確保することなどを主張している20。この問題に
関しては、ヒラリー・クリントンとオバマの考え方はほぼ一致して いる。
Affairs, Vol. 86, No. 6 (November/December 2007), p. 8.
19 Ibid., p. 6. 20
ヒラリー・クリントンは 2009 年 1 月 13 日に上院外交委員会にお ける指名承認公聴会で、三大急務として、安全保障、経済成長、米 国の世界における指導的地位強化を指摘した。前述したように、ク リントンは米国が世界をリードしていくためには、能力・戦略・説 得・ひらめき・刷新を組み合わせること、すなわち武力と外交をい ずれも強化することが必要だと語っている。ヒラリー・クリントン が触れた「スマート・パワー」とは、前向きな考え方、持続的な外 交、圧力と切り札の併用、政府機関の協調、NGO とのパートナーシ ップ構築、現代的テクノロジー利用による情報収集、交渉者の地位 強化などを指す。また、ヒラリー・クリントンは多国間主義の追求 を優先しているが、単独行動主義というオプションも留保すべきだ と考えている21。 ヒラリー・クリントンは、副長官に前国家安全保障担当補佐官で テキサス大学「リンドン・ジョンソン公共政策大学院」(Lyndon B. Johnson School of Public Affairs ) の ス タ イ ン バ ー グ ( James. B. Steinberg)院長を指名した。また、ジャコブ・ルー(Jacob “Jack” Lew) を新設した資源管理専任の副長官に指名し、政治担当のバーンズ国 務次官は留任させた。スタインバーグはクリントン元大統領とも旧 知の仲である上、国務省全体の思考や国家安全保障会議など他の機 関との協調・連携を担当し、特使との協調作業にも当たることにな る。行政管理予算局(Office of Management and Budget)前局長のル ー 副 長 官 は 、「シティグループ」(Citigroup)勤務経験もあり、ヘッ ジ・ファンド監督に当たることになっているが、この人事からヒラ
21
“Statement of Senator Hillary Rodham Clinton Nominee for Secretary of State,” Senate Foreign Relations Committee, January 13, 2009, cited in (http://foreign.senate.gov/testimony /2009/ClintonTestimony090113a.pdf).
リー・クリントンが国務省の予算増加を目指し、国務省の国際金融 危機への対応能力向上を目指していることが示唆されている。ゲー ツ国防長官とジョーンズ国家安全保障担当補佐官もヒラリー・クリ ントンによる予算獲得提案に支持を表明している。これまでアフガ ニスタンおよびイラクの経済再建予算が軍部の負担を増加させてき たが、軍部ではこの種の業務は外交問題主管機関が処理すべきもの だとの認識があった。ヒラリー・クリントンは国務省の機能拡大も 目指しており、ブッシュ政権の財務省主導による外交政策を調整す る意図が見られる22。 ヒラリー・クリントンは、より強力な国務省の構築を目指し、予 算増を企図しているのに加え、知名度の高い特使を紛争地域に派遣 したり、金融危機をめぐる国務省の世界経済問題処理における役割 強化も計画している。ヒラリー・クリントン国務長官による国務省 の役割拡大の結果、他の主要閣僚との間であつれきが生じる可能性 もあるだろう。ブッシュ政権では任務執行のための特使派遣は非常 に稀であり、ライス(Condoleezza Rice)国務長官自身が複数の和平 計画処理に当たっていたが、多忙のため、成果が芳しくないのが実 情であった。特使派遣を利用すれば、国務長官の業務を分担させる ことができ、また体制内の人材をより多く運用することで、国務省 の影響力発揮も可能になる。オバマとヒラリー・クリントンは、ベ テラン外交官のホルブルック(Richard C. Holbrooke)をアフガニス タン・パキスタン担当特別代表(special representative)に任命し、 またミッチェル(George Mitchell)前民主党上院院内総務を中東和平 特使(special envoy)としてガザ(Gaza)回廊危機とイスラエル・パ
22 Mark Landler and Helene Cooper, “Clinton Moves to Widen Role of State Department,” New
レスチナ問題の処理に当たらせた23。北朝鮮問題において、オバマは 元 米 国 駐 韓 大 使 で あ る ス テ ィ ー ブ ン ・ ボ ス ワ ー ス ( Stephen Bosworth)を特使に任命した。 表 1 オバマ政権の国家安全保障チーム 国家安全保障担当補佐官 ジェームズ・ジョーンズ(James Jones) 国務長官 ヒラリー・クリントン(Hilary Clinton) 国務副長官 ジム・スタインバーグ(Jim Steinberg)
国務副長官 ジャコブ・ルー(Jacob “Jack” Lew)
アフガニスタン・パキ スタン特使 リチャード・ホルブルック (Richard Holbrooke) 中東特使 ジョージ・ミッチェル(George Mitchell) 北朝鮮特使 スティーブン・ボスワース (Stephen Bosworth) 国防長官 ロバート・ゲーツ(Robert Gates) 国土安全保障長官 ジャネット・ナポリターノ (Janet Napolitano) 国家情報長官 デニス・ブレア(Dennis Blair)
CIA 長官 レオン・パネッタ(Leon Panetta)
退役軍人長官 エリック・シンセキ(Eric Shinseki) 商務長官 ジャド・グレッグ(Judd Gregg) 財務長官 ティモシー・ガイトナー (Timothy Geithner) 大統領首席補佐官 ラム・エマニュエル(Rahm Emanuel) 国民経済会議委員長 ローレンス・サマーズ (Lawrence Summers) 大統領上級顧問 デビッド・アクセルロッド (David Axelrod) 大統領法律顧問 グレッグ・クレイグ(Greg Craig)チベ ット調整官の経験がある
23
David McKeeby, “Obama Names Special Envoys for Middle East, Afghanistan-Pakistan,” January 22, 2009, cited in (http://www.america.gov/st/peacesec-english/2009/January/ 20090122175146 idybeekcm1.328677e-02.html).
オバマの人事は、国家安全保障チームにせよ、経済財政チームに せよ、影響力・経験いずれの側面から見ても、緻密に計算された、 温和な印象を持つ。人事名簿から明らかなことは、オバマが左派反 戦主義者ではないことで、また戦争支持派の政治的ライバルや職業 軍人をも任命し、共和党籍の国防長官を国家安全保障分野の要職に 留任させたことから、オバマの許容範囲は広いことが示され、また 軽視できない人事哲学を対外的に示したと言えよう。「ニューヨーク ・タイムズ」はオバマ政権の国家安全保障チームの人事を称賛し、 2008 年 12 月 1 日付社説で「ここ数年はホワイトハウスにおける十分 な議論が欠乏していたことから優れた政策決定が行われなくなって おり、これが米国の指導能力崩壊につながっていた。オバマ次期大 統領による国家安全保障チームの人選は安堵感を与えるものとなっ た」24と評した。 オバマが第 2 弾として発表した閣僚メンバーはすべて政界での長 い経験を持つ人物で、米国が高度に困難な事態に直面する中、経験 豊富な人物であれば、すぐに問題解決に着手できるという利点はあ る 。 し か し な が ら 、 商 務 長 官 と し て 指 名 し た リ チ ャ ー ド ソ ン ( Bill Richardson ) が 不 祥 事 、 厚 生 長 官 に 指 名 し た ダ シ ュ ル ( Thomas Daschle)が税金未納問題で指名を辞退しており、それほど順調に進 んでいないという一面も露呈している。オバマ政権の閣僚人選は中 間路線傾向にあり、一部自由派のオバマ支持者から一部の人事に不 満が出ているが、保守派支持者からは受け入れられており、一般国 民の約 70%が閣僚人事を承認している25。政権移行過程では、オバ
24
Editorial, “Mr. Obama’s Team,” New York Times, December 1, 2008.
25 “Newsweek Poll conducted by Princeton Survey Research Associates International,” January
マがこれまでの次期大統領よりも多くの重要な政策的談話を発表し たり、より深刻な難題に直面せざる得ないことが明らかとなり、こ の 時 期 は 政 権 と 大 統 領 が 二 重 に 存 在 し て い る も 同 然 の 状 態 と な っ た。これは正に米国が複数の深刻な難題に直面していることを示唆 するものであり、次期大統領が自身の政策を取りまとめるための閣 僚チームを組織できるようゆとりが与えられる。 オバマによる変革の中心事項には、外交調停の強化と危険地域の 再建援助増額などの「ソフト・パワー」的オプションが含まれてい る。すなわち、オバマ政権は「多国間主義」志向で、軍事力重視だ けにとどまらないということである。世界的な金融危機という状況 下で、経済問題が米国の国家安全保障分野の最優先課題であり、オ バマの国家安全保障チームと財政経済チームは多くの問題で密接な 協力が必須となる。国家安全保障の展望については、米国経済回復 と自由市場体系の改革が、完備された伝統的外交政策の策定同様、 重要となろう。あるいはそれ以上の重要性が叫ばれる可能性もある。 懸念されるのは、オバマ政権の閣僚にオバマ自身が信頼する人物 が少ないのに対し、ホワイトハウス職務の人事はその反対になって いることである。従って、ホワイトハウスの幕僚を通じていかに閣 僚と効果的に連携するかが成功のカギとなろう。ホワイトハウスの 幕僚人事を見ると、いずれもオバマと密接な関係を持ち、何年もの 間共に働いてきた経験を持っていることから、幕僚による補佐がオ バマが政策を貫徹できるか否かのカギを握るとみられる。また、オ バマ自身が果たす役割も重要である。ベストセラーとなった 2 冊の 著書からは、ブッシュに比べ、知識という意味での知恵や思考能力 も豊富であることが示されている26。大統領個人が時間をどれだけ費
26
やせるかという点や指導者としてのスタイルが、今後の政策の行く 末を左右する可能性がある。そのほか、ヒラリー・クリントンとオ バマの関係も試金石となる。ヒラリー・クリントンの役割転換と他 の閣僚・幕僚メンバーとのチームワークが今後の焦点である。ヒラ リー・クリントンは軟弱な国務長官にはならないだろう。ジョーン ズ国家安全保障担当補佐官も、軍人という経歴と国家安全保障担当 補佐官という職務自身が持つ役割との間に落差があることが課題で ある27 。 2009 年 2 月、オバマは第一号「大統領政策指令」(Presidential Policy Directive)と第一号「大統領研究指令」(Presidential Study Directive) に署名した。「大統領政策指令」は国家安全保障会議を拡大したもの で 、 閣 僚 委 員 会 ( Principals Committee)、 副 長 官 級 委 員 会 (Deputies Committee)、政策調整委員会(Interagency Policy Committee)の三つの 委員会により構成されている。「大統領研究指令」は、リーダー間の 戦略計画を強化することを目的としており、最後はオバマにより裁 決される。「大統領研究指令」はブッシュが設立した「国土安全保障 会議」(Homeland Security Council)を今後も単独で維持するか、ある いは国家安全保障会議と合体させるかについて、60 日以内に研究成 果を発表し、計画を提出することになっている28。
国家安全保障に対するオバマの定義は比較的広範なもので、最初
Inheritance (New York: Random House, 1995)である。
27 米国で軍人を国家安全保障担当補佐官に任命した政権はレーガン政権であった。当
時、パウエル(Colin Powell)は国家安全保障担当補佐官に就任したが、それまでに 統合参謀本部議長を務めたことがなかったため、広く疑義が呈された。
28
“Presidential Policy Directive-1,” The White House, February 13, 2009, cited in (http://www.fas.org/irp/offdocs/ppd/ppd-1.pdf ); “Presidential Study Directive-1,” The White House, February 23, 2009, cited in (http://www.fas.org/irp/offdocs/psd/psd-1.pdf).
の「大統領政策指令」では、法で定められている大統領、副大統領、 国務長官、国防長官、エネルギー省長官のほか、財務長官、司法長 官、国土安全保障長官、駐国連大使、大統領首席補佐官、国家安全 保障担当大統領補佐官なども国家安全保障チームのメンバーに含ま れている。法で定められた 2 名の軍事と情報の補佐官は、それぞれ 統合参謀本部議長、国家情報長官が務め、大統領法律顧問も招聘さ れている。国家安全保障担当大統領補佐官と副補佐官は全会議に参 加し、大統領首席補佐官の補佐となる。国際経済問題においては、 商務長官、米国貿易代表、大統領経済政策担当補佐官、経済諮問委 員会委員長が参加し、国土安全保障やテロ問題においては、大統領 の 国 土 お よ び 反 テ ロ 問 題 担 当 の 補 佐 官 が 加 わ る 。 科 学 技 術 問 題 で は、科学技術政策局長が参加する必要があり、その他の行政内閣閣 僚やベテランの政府高官も適宜議論に加わる。 ジョーンズは国家安全保障担当補佐官として、国務省・国防総省 と 協 調 し な け れ ば な ら な い た め 、 水 曜 朝 の 定 例 三 者 会 議 を 設 置 し た。しかし、ヒラリー・クリントンとゲーツが持つ経歴という要素 に加え、米国が直面している複数の非伝統的安全保障上の脅威を鑑 みると、国家安全保障会議の機能にも難題が待ち構えていると言え よう29。ヒラリー・クリントンが強力な国務長官として、オバマと共 同で米国外交を推し進める可能性が比較的強いと言えよう。
三 オバマ政権の台湾海峡両岸に対する見方
1 対中政策 オバマはイラク問題解決後、中国の台頭と中国によりもたらされ29 Karen DeYoung, “Obama’s NSC Will Get New Power,” Washington Post, February 8, 2009,
る問題処理により多くの時間を費やすであろう。オバマは変革で米 国を取り戻すと表明しており、対中国・台湾政策に関しても、意向 的 に も 立 場 的 に も 共 和 党 の マ ケ イ ン 程 強 硬 で は な い 。 オ バ マ 就 任 後、中国と台湾に一連の政策的影響が出ることが予測されることか ら、選挙期間中のオバマによる中国・台湾関連の談話を検証する必 要がある。 2008 年の米国大統領選期間中、マケインに比べ、オバマ上院議員 は中国の軍事的現代化やそれがもたらしうる安全保障上の脅威につ いて批判することは少なかった。オバマは「最終的に武力で米国の 国 民 を 保 護 す る 必 要 が 生 じ た 場 合 、 迷 い は 感 じ な い 」30と 保 証 し た が、軍事的なハード・パワーで中国を抑止することは強調していな い。むしろ反対に、政治的・経済的手段を運用することを主張し、 中国とは競争する分野と協力する分野があると語った。中国の台頭 については、米国がこれまでよりも多くの分野で中国と競争する必 要が発生することから、中国は米国の競争相手であり、敵でも友人 でもないと語った。中国が「国際的ルールを順守」し、中国が地域 安全保障において責任を果たすことを確認し続けると保証し、米国 と中国が「十分な軍事的コンタクトで米中関係をさらに安定化させ る」ことを保証した31。 中国における人権保護の実践内容については、オバマとヒラリー ・クリントンで立場が共通している。両者ともブッシュ大統領が北 京オリンピック開幕式に参加しないよう呼び掛けた。オバマは中国 が言論・出版・集会・宗教などの自由や、インターネットへの制限
30
Obama, “Renewing American Leadership,” p. 7.
31 “The Democrats’ First 2008 Presidential Debate,” New York Times, April 27, 2007, cited in
撤廃、労働者が労働組合を組織する権利、チベット人民の権利への 保障獲得などを含む人権をさらに尊重するよう求めた。但し、オバ マの最大の関心は、中国の軍事的脅威でも人権問題ではなく、中国 の潜在的経済力であった。米国民により多くの就業機会を提供する ことと中国との貿易不均衡を低減させることを公約している。中国 からの玩具輸入を停止する考えを示したが、その直後に過分な鉛を 使用して製造された玩具の輸入を禁止すると立場釈明を迫られたこ ともある。2008 年 5 月には、上院の法案(公正為替法案 S796)を共 同提出したが、この法案は、米国の 1974 年の貿易法修正により、中 国に対して人民元の再評価を行うよう圧力をかけるものであり、中 国が為替相場を操作している結果、中国の対米輸出品が競争力を増 し、米国市場に干渉していると認定したのであった32。 オバマの米中貿易不均衡に対する重視は、米中間に台湾問題がな かったとしても、両者に衝突の可能性があることを示唆するもので ある33。しかし、オバマの中国による通貨操作への態度は、就任後も 選挙期間中と全く変化していないというわけではない。ガイトナー 財務長官がオバマの見方を引用し、中国が人民元の為替相場を操作 し て い る と 指 摘 し た が 、 こ れ に 対 し て 中 国 で は 抗 議 の 声 が 上 が っ た。そこでオバマ大統領は 2009 年 1 月 30 日に中国胡錦濤国家主席 と電話会談し、ガイトナー財務長官の発言が引き起こした米中間の 緊張を緩和する意を示した34。オバマは中国を競争相手とみなし、知
32 “Text of S796: Fair Currency Act of 2007,” cited in (http://www.govtrack.us/congress/
billtext.xpd?bill=s110-796).
33 Ian Johnson, “U.S.-China Relations May Test Obama,” Wall Street Journal, Asia Edition,
January 22, 2009, p. 9; Mark Landler, “China Jittery About Obama Amid Signs of Harder Line,” New York Times, January 25, 2009.
34
的財産権・人権問題・環境保護・スーダン政策・イラン政策などで 中国に同意できない旨を表明するべきだとしている。中国は責任あ る大国としての役割を果たすべきで、米国も中国の戦略能力向上に は警戒し、密接に観察していく必要があり、また、米国と中国が協 力 し て 大 量 破 壊 兵 器 の 拡 散 と 世 界 温 暖 化 の 難 問 に 対 応 し た い と し た。 ヒラリー・クリントンとオバマは大統領選挙期間中、中国経済が 米国に与える影響を重視し、中国経済が「ゆっくりと米国の経済的 主権を侵食している」と認識した。2007 年 2 月、中国の株式市場に おける暴落の影響を受け、ヒラリー・クリントンはバーナンキ(Ben Bernanke) 米 連 邦 準 備 理 事 会 議 長 と ポ ー ル ソ ン 財 務 長 官 に 書 状 を 送 り、中国保有の債権を低減するための行動を取るよう促した。ヒラ リー・クリントンはまた中国の経済措置にも関心を表明し、中国政 府が人民元為替相場を操作するのをやめ、知的財産権の法的保護を 厳格化するよう呼び掛けた35 。中国が保有する米国国債は、2008 年 9 月(5870 億米ドル)に初めて日本(5698 億米ドル)を上回り、11 月には 6819 億米ドルに達した36。この点についていえば、オバマ政 権が直面するのは金融危機下で経済回復が待たれるという構造であ るため、中国に圧力をかけるためのカードが少なくなる。例えば、 2009 年 2 月中旬、ヒラリー国務長官は東アジアを最初の外遊先に選 び、相次いで日本、インドネシア、韓国、中国を訪問した。ヒラリ ーは中国の人権問題についてはあまり触れず、中国が引き続き米国
(http://www.cbsnews.com/stories/2009/01/30/world/main4765108.shtml?source=RSSattr=W orld_4765108). 35
Council on Foreign Relations, “Hillary Clinton, U.S. Secretary of State,” cited in (http://www.cfr.org/publication/17864/hillary_clinton_us_secretary_of_state.html).
36
国債を購入することを希望すると述べた。中国の温家宝副総理は米 国国債の安全性についての憂慮を示し、米国が保証するよう要求し た37。 ヒラリー・クリントンは 1995 年に北京を訪問し、女性の権利と人 権を改善するようよびかけたが、その際、中国政府が講演の原音声 を放送しなかったという経緯がある。また、2003 年のヒラリー・ク リントンの著書「リビング・ヒストリー」(Living History)内の中国 に関する部分は、中国語版では大幅に削除されており、中国の人権 問題には早くから不満を持っていたと見られる38。その証拠に、2008 年 2 月にヒラリー・クリントンがジョージ・ワシントン大学(George Washington University)で外交政策に関する講演で、中国の人権問題 を批判し、大統領に当選した暁には強い態度で中国に臨まなければ ならないとし、特に女性の権利を抑圧する国は、米国の利益と価値 観に衝突するのが常だとも語っている39。 ヒラリー・クリントンは、米中関係は米国の対外関係でも最重要 の二国間関係だが、両国は価値体系と政治体制が根本的に異なって いるととらえている。ヒラリー・クリントンは、米国は北朝鮮問題 に関して中国の支持を必要としており、米国が北東アジア安全保障 レジーム(Northeast Asian security regime)を構築するためにも中国 の協力が必要であると指摘したが、同時にインドの国連における影 響力と地位の強化も必要だと強調している。加えて、ブッシュ政権
37 Anthony Faiola, “China Worried About U.S. Debt,” Washington Post, March 14, 2009, p. A1. 38
Council on Foreign Relations, “Hillary Clinton, U.S. Secretary of State,” cited in (http://www.cfr.org/publication/17864/hillary_clinton_us_secretary_of_state.html).
39
“Senator Hillary Rodham Clinton’s Remarks on Foreign Policy at George Washington University,” February 25, 2008, cited in (http://sweetness-light.com/archive/about-hillarys -long-fabled- speech- in-china).
の「4 者提唱」(米・日・豪・印)の推進を継続する可能性があり、 中でもテロ撲滅活動、気候変動への対応、エネルギー供給保護、経 済成長の促進などで協力を深めると見られている40。 そのほか、ヒラリー・クリントンは中国の経済成長では環境保護 が軽視されていると認識しており、米国・中国・日本がクリーンエ ネルギー獲得・エネルギー効率促進・気候変動対応などで協力する ことを提案した。二酸化炭素排出削減に対する中国の努力が足りな いと批判し、米国・中国・インドが排出量で協力すべきであるとし た。また、生態・エネルギー問題で、G-8 に類似した E-8 サミットを 設立することができるのではないかとも語った。米国は、中国が国 際機関に組み込まれ、中国が国際規範を順守することが米中の利益 を統合させることになると説得しようとしている41。中国と米国の間 で重要な死活的利益に相違が生じれば、米国は中国といつ何時対決 せざるを得なくなる。ヒラリー・クリントンは中国がアフリカの天 然資源獲得を競っていることがアフリカにおける米国の利益に影響 を与えているという認識も表明している。 米国の大統領選挙期間中、中国の専門家が注目したのはオバマと オバマの今後の中国政策のレベルがマケインを超えるかどうかであ った。この中で、オバマが人権・環境保護・気候変動・世界貿易機 関の規則・貿易赤字・知的財産権・為替相場などの問題で中国に対 し、より強い圧力をかけ、中国がより大きな責任のある役割を果た すよう強く求めてくると認識し、共和党のブッシュやマケインより も対応が難しいことに中国は気付いたかもしれない。またオバマが イラクからの撤退スケジュールを提出したことから、今後の外交政
40 Clinton, “Security and Opportunity for the Twenty-first Century,” pp. 13-14. 41
策 で 、 米 国 が さ ら に 中 国 に 焦 点 を 当 て て く る と 感 じ 始 め た で あ ろ う。オバマ政権のバイデン副大統領に至っては、中国に対してさら に手厳しい。2007 年 12 月、民主党大統領候補の予備選における演説 で、バイデンは上院外交委員会委員長として、中国が人権に違反し ていることを国連の場で訴えたいと考えてきたと語り、ブッシュ政 権は中国を貿易の競争相手にしようとしただけで、実際には「投降 したのであって、競争はしていない」と批判している42。金融危機へ の対応や台湾への武器売却で止まっている米中軍事交流の再開のた めに、米国は中国と協力する必要があるが、中国海軍の台頭をなお ざりにしているわけでもない。2009 年 3 月、南シナ海海峡付近で中 国の艦船が米海軍海洋調査船インペッカブル(USNS Impeccable)の 航路を妨害した直後、オバマは直ちにミサイル駆逐艦「チャン=フ ー」(USS Chung-Hoon)を派遣して、護衛に当たらせた43。 2 対台湾政策 オバマは「一つの中国政策」を認めているが、台湾の民主主義を 高く評価している。マケインが「フォーリン・アフェアーズ」誌に 発表した論文で、中国が台湾に対してミサイルを配備している脅威 を指摘したのと同様、オバマは馬英九総統当選祝賀メッセージで、 「中国東南部に配備しているミサイルを撤去し、「台湾との」信頼醸 成措置をセットアップすること」を中国に対して強く要求した44。民
42 “Hold China accountable; it’s capitulation, not competition,” December 2007, cited in
(http://www.thomascrampton.com/china/joe-biden-on-china/).
43 Ann Scott Tyson, “Destroyer to Protect Ship Near China,” Washington Post, March 13, 2009,
p. A12.
44 Sam Graham-Felsen, “Obama Statement Congratulating Taiwanese President-Elect Ma
主党はこれまで中台関係について「中間協定」(interim agreement) を提案した過去があるが、中台が緊密に往来し、協議を行っている ので、あえてこの提案を大々的に推奨する必要はないだろう。オバ マは金融危機とその他の外交政策という難題を抱えており、中台が 「さらに安定した予測可能な関係を築くための基礎」に向けて発展 することを期待するとした。ブッシュ政権期には、陳水扁総統が住 民投票や正名などの動きで米国とは非協力的な立場を示した結果、 米国は中台の意見相違は中台の人民が共同で平和的に解決しなけれ ばならないと強調するスタンスに変わってしまっていた。2008 年に 民主党が発表した党綱領により、オバマは「台湾関係法」を順守す ると公約し、「台湾海峡の両岸問題の平和的解決を継続して支持する と共に、台湾人民の希望および最善の利益と一致している必要があ る」と語った45。このようなスタンスは台湾にとって比較的有利なも のである。 オバマは少なくとも 2 度にわたり、台湾の国際的地位向上の実行 可能性について触れている。オバマは中国が台湾に対して国際社会 に参与できる機会をより広く与えるよう希望するとし、特に「オブ ザ ー バ ー 」 と し て の 「 世 界 保 健 総 会 」( WHA)出席など「世界保健 機関」(WHO)への参与に触れている。また、「台湾との公式な意思 疎通のチャネルを再開する」ことにも触れている。2008 年 5 月 20 日の馬英九総統就任当日は、リチャード・ブッシュ(Richard Bush) 前「米国在台湾協会」理事長に託したオバマの親書では、台湾海峡 両岸がさらに緊張緩和を進めることを希望し、中国が建設的で前向
gGBnPT).
45 The 2008 Democratic Party Platform, Renewing America’s Promise, p. 38, cited in
きな方法を取ることを要求するとし、馬英九政権の「実務的であり、 対抗的でない」政策路線に呼応した46。 オバマは「台湾関係法」の枠組みの下で台湾への武器売却を進め ることを主張し、「可能性のある侵略を抑止するため、台湾が必要と する武器を継続して提供する」と公約している。但し、皮肉なこと にオバマ政権のアドバイザーからは、ブッシュ大統領が F-16 戦闘機 の台湾への売却可否を北京オリンピック後まで延引したことが結果 として米国の各種利益のバランスを取る良い方法となったという声 もあった。ブッシュ大統領は 2008 年 10 月の議会休会直前になって、 65 億米ドル規模の対台湾武器売却を議会に通知してきた。 F-16C/D 型戦闘機 66 機は含まれていながったが、結局中国は米中軍事交流を 即時凍結させることになった。オバマ政権は、ブッシュ大統領が遅 々として決定を下さなかったのは責任のあるやり方ではないとした が、民主党政権が就任すれば一定の期間は中国との探り合いが続く ことから、F-16C/D 型戦闘機を売却するとすれば、オバマ政権就任 直後は中国との関係が緊張をせざるを得ない。オバマは中国が台湾 に対するミサイルによる威嚇をやめるよう希望している。しかし、 オバマが直面する台湾海峡情勢は、台頭する中国と弱小化する台湾 であり、台湾海峡両岸の軍事バランスは顕著に中国に有利な傾向が ある。その反面、中台関係の緩和が続けば、財政困難を理由に国民 党政権が米国から大型の武器を調達する差し迫った必要は更にない と判断する可能性もある。また、米国側としても、中国からの抗議 や反撃の可能性などを考慮し、台湾への武器売却をますます主体的
46
“Obama’s Letter to Ma,” cited in (http://jting.wordpress.com/2008/05/23/obamas-letter- to-ma/;) CNA, “Obama Pledges Support for Taiwan,” Taipei Times, May 25, 2008, p. 3; CNA, “Obama Send Personal Note to Ma,” China Post, May 22, 2008.
に決断しなくなる可能性もある。このような状況になれば、台湾と 米国が台湾への武器売却再評価を行う可能性も出現するであろう。 オバマとヒラリー・クリントンは、中国経済の台頭と問題につい て、特に警戒心を持っている。両者とも中国による人民元為替相場 の操作、知的財産権の侵害、スーダン政府によるダルフール(Darfur) 鎮圧支持などを比較的強く批判している。また、両者とも台湾海峡 の両岸問題について非常に深い理解を持っている。ヒラリー・クリ ントンが国務長官となったが、その中国政策理念は、ヒルズ(Carla Hills)元通商代表とブレア元太平洋軍総司令官が共同議長を務める 「 外 交 問 題 評 議 会 」( Council on Foreign Relations) の 「 米 中 関 係 」 (US-China Relations)計画提案とかなり類似のものであると言える だろう。とりわけ、同報告書には 30 名あまりの米中関係専門家が参 与しており、ブレアがオバマ政府の「国家情報長官」となり、計画 ・執行を担当するフランク・ジャヌージが東アジア問題担当者とな る。 この報告書では、中国に対して米国が期待することとして、①平 和・安全で人民に責任ある態度を示す中国は、米国の利益にも合致 する、②責任ある、協力的で、国際規則と国際メカニズムを順守す る意思があり、地域と世界の問題に対する処理を共同分担する中国 は、米国の利益に合致する、③繁栄し、開放され、外国からの輸入 と投資を吸収する意欲もあり、世界経済推進のけん引力となる中国 は、米国の利益に合致する、④公平で継続可能な発展を進め、国内 の弱者グループにも関心を注ぎ、地方・地域・グローバル環境に対 してマイナスの影響が生じるのを制限する中国は、米国の利益に合 致する、の 4 点を指摘している。また、この報告書は、米国が上記 目標の実現のためには中国周辺諸国とも緊密な協力を進めるべきだ と し て お り 、 特 に 日 米 安 保 の 拡 大 や 日 米 韓 安 全 保 障 計 画 の 協 調 強
化、アセアン発展へのさらなる関心に触れている。また、米国大統 領は、現在の米中関係では双方が互いに猜疑的になっていることを 率直に認め、両国が相互理解と信頼を強化していく措置を取ること を呼びかけるべきだとも指摘している47。 ここで注目に値するのは、この「米中関係」計画報告書で、中国 との間で新たなコミュニケを制定するか、または台湾の地位につい て別途正式な「臨時的協定」(中間協定)を制定することが指摘され ていることであるが、これは問題解決にならないばかりか、むしろ 新たな問題を引き起こす可能性がある。米国は、両岸関係について、 「二重の抑止」と「二重の保障」という政策を継続し、中国の侵略 を抑止し、台湾独立行動に反対すべきである。同時に米国は、中国 に対して台湾が中国からの離脱を働きかけないことを保証し、台湾 に対して中国と台湾に対話を迫り最終協定を結ぶよう圧力をかけな いこともまた保証すべきである。米国は中国に対して、米国が「台 湾関係法」に記載されている義務を履行することを明確に説明すべ きであって、中国であれ台湾であれ一方的に現状を変更しようとす る動きには反対し、また、台湾に対する武器(ミサイル防衛システ ムを含む)売却を継続して台湾が中国からの攻撃を抑止し、中国の 脅威に対抗できる能力を強化すべきである。米国は、台湾には中国 の 侵 略 を 抑 止 す る た め に 防 衛 能 力 を 改 善 す る 必 要 が あ る と し た 上 で、国防資源の運用は慎重に行い、台湾が特に核兵器のような攻撃 性の威嚇性武器を取得することには反対する立場を引き続き明確に 台湾に対して表明するべきである48。
47
U.S.-China Relations:An Affirmative Agenda, A Responsible Course (New York: Council on Foreign Relations, 2007), pp. 81-82.
48
上述の「米中関係」報告書は、台湾海峡両岸の問題を解決するた めの方案はいかなるものであっても平和的で非脅迫的なものでなけ ればならないと強調している。この指摘が示唆することとして、中 国が武力で統一をはかる試みを阻止するため、米国は武力行使も辞 さ な い と い う こ と を 中 国 に 理 解 さ せ な け れ ば な ら な い と い う こ と と、米国は台湾独立を支持せず、台湾が米国の軍事干渉を期待して 危機を誘発してはならないということを台湾に対して明確に伝える べきだというポイントが含まれている。ヒラリー・クリントンは、 台湾海峡危機に介入するかどうかについて、クリントン元大統領と 同様「戦略的あいまい」政策をとっており、台湾海峡危機への介入 について明言しないスタンスである。しかし、中台関係の緩和とい う現況下では、クリントン・ブッシュ両政権が直面してきた台湾海 峡情勢という難題にオバマ政権が直面せずとも済む結果となってい る。国民党が与党に返り咲いてから中国が武力行使による恫喝を行 わないようになり、台湾もいつ何時台湾独立行動を強化するような 事態にはならない状態になったことから、オバマ政権が台湾海峡危 機に直面するということにはならないであろう。 オバマ政権は、台湾海峡の両岸が平等な地位で、あらかじめ条件 を定めない状況の下、直接政治対話を行い、中台が軍事的「信頼醸 成措置」を採取して、さらに緊張緩和を進めることを奨励すべきで ある。米国は、台湾と中国の間の調停者の役割を果たすことを拒ん でおり、台湾海峡両岸の分離を解決する具体的法案を裏書きするこ ともないとしている。台湾海峡両岸の海峡交流基金会と海峡両岸関 係協会が交渉を再開し、多項目にわたる協定に調印したことで、米 国の関心も大きく低下することが見込まれ、ひいては台湾海峡両岸 の交渉を奨励する必要がないと考えるようになるかもしれない。但 し、米国の新政権は、台湾海峡両岸の平和的解決に関して、台湾人
民の希望と最善の利益を尊重することを重視していることから、台 湾と中国の関係発展が過度に加速することにある程度の牽制をかけ ることが可能になるだろう。 オバマ政権の閣僚チームに関して、国家安全保障会議・国務省・ 国防総省各部門で中国問題を担当する上級主任、国務次官補、国防 次官補は、いずれも台湾海峡問題に関する高い認識を持ち、長く係 わってきた人物ばかりである。8 年間の共和党政権期、台湾はワシン トンにある「ブルッキングス研究所」(Brookings Institution)のベー ダー(Jeff Bader)、リチャード・ブッシュ、バイデン前上院議員のア ジア問題チーフアドバイザーのジャヌージ、米国新国際戦略センタ ーの CEO であるカート・キャンベル(Kurt Campbell)など民主党の 専門家・学者と密接なコンタクトを保ってきた。こうした人物は台 湾の動きを深く理解しており、これまでの国民党による国防予算審 議拒否や民進党が効果的に国防予算を可決できなかったことなどに 良くない印象を持っている。しかし、国民党が与党となっても国防 建設と国防予算を支持するのであれば、中台関係が改善してもある 程度の敵対意識が残ることになり、米国の疑念も打ち消されるであ ろう。台湾海峡の軍事バランスに変化が起きており、米国と台湾の 軍事協力もこれに伴い明らかに調整の必要がある。米台でも台湾海 峡の軍事的不均衡に対応し、早期に新段階の軍事協力を思考すべき である。
四 結論
オバマ政権下の米中関係は、対抗ではなく協力が主流となるであ ろう。なぜなら、両国は世界金融危機に協力して対処する必要があ り、地域における役割を果たすためにもさらにインターアクション を展開する必要があるからである。中国はオバマ政権に対して静観を続け、早期に安定した関係を構築することを希望している。同時 に金融危機が中国に与える打撃を最小限にとどめるためには、中国 の成長維持を継続したい。米中「戦略経済対話」を継続するとして も、ヒラリーと国防省による指導で、過去のブッシュ政権のやり方 を変えていくであろう。米中の軍事交流もオバマ就任後、ほどなく して再開すると見込まれている。しかし、両国の軍事は特に海上で 近距離接近しており、米中関係はたとえ「台湾問題」がなくても依 然として軍事衝突や突発事故の発生という可能性を潜在的に秘めて いる。 オバマは中国を米国の競争相手と認識しており、中国と率直で建 設的、協力的な関係を保つと主張し、中国が「責任あるステークホ ルダー」となることを期待するとしている。オバマは中国とより深 く接触し、中国がさらに大きな国際責任を担うよう促したいと考え ている。また、非軍事的手段により中国が国際的ルールを順守する よう説得することを志向している。しかし、イラク戦争を収束させ れ ば 、 オ バ マ も 中 国 が も た ら す 難 題 に 直 面 し な け れ ば な ら な く な る。オバマは台湾の民主主義を称賛し、「一つの中国政策」の下、台 湾が強い防衛能力を持つことも支持している。米国新政権が直面し うる状況とは、中国台頭という陰影の下、中台間の緊張が急速に緩 和される事態である。オバマは世界金融危機の処理に追われ、台湾 海峡問題に関心を注ぐ時間にも限界があるため、台湾海峡両岸が長 期的に平和で安定した構造を発展させることを希望している。この 構造により、台湾が軍事的脅威という憂慮を低下させ、独立しなが らも限界のある外交的活動のスペースを持たせたいと考えている。 〈参考文献〉