安全保障関連の憲法改正を目指す安倍
晋三・自民党のアプローチとその実践
林 賢 參
(台湾・国立台湾師範大学東亜学科准教授)【要約】
本稿は「安倍 1 強」体制の下で、憲法改正を目指し、「美しい国」、 「 新しい国」 へまい進し ようとする 安倍内閣・ 自民党が日 本の安 全 保障政策に関わる憲法前文と第 9 条の改正を目指すアプローチとそ の実践を検証することを目的としている。2016 年 7 月参議院選挙の 勝 利で、自民 党をはじめ とする改憲 勢力は衆参 両院におい ていず れ も 3 分の 2 の議席を確保し、初めて憲法改正の発議を国民投票にか け る条件が揃 うようにな った。しか し、最近の 世論調査で は、憲 法 改 正の反対意 見が賛成を 上回るとと もに、憲法 改正をめぐ る与野 党 の 主張も、改 正派、加憲 派、護憲派 に分かれて いる。安倍 内閣・ 自 民党は憲法第96 条を修正し、改憲の敷居を引き下げるか、または第 9 条の解釈を変更しようと試み、強い反発に遭ったものの、解釈変更 の 目標にたど り着いた。 今後、安倍 自民党は国 会の憲法審 議会で の 議 論を通じて 国民の関心 を引き付け て改憲の合 意形成を図 ってい く だろう。 キーワード:憲法改正、憲法審査会、存立危機事態、集団的自衛権、 平和安全法制整備法一 はじめに
2016 年 6 月 22 日に告示、同 7 月 10 日に投開票が行われた日本参 議 院選挙の結 果、安倍晋 三率いる与 党自民党と 連立与党公 明党は 、 合計 70 議席(自民党 56、公明党 14)、つまり改選議席(121)の過 半数を獲得し、非改選議席 76 議席(自民党 65、公明党 11)を合わ せると参議院全議席の過半数(121)を大きく上回る 146 議席となっ た。 改憲に前向 きな「おお さか維新の 会」、「日本 のこころを 大切 に する党」、及び無所属議員を含む、いわゆる「改憲勢力」は165 議席 となり、憲法改正に必要とされる議員総数「3 分の 2」の 162 議席を 超える結果となった。衆議院でも、自公連立で「3 分の 2」の議席を 占 める現状に 加えて、今 回の参議院 選挙の結果 は、改憲勢 力が憲 法 改 正を国会で 発議するこ とができる ことを意味 する。開票 後、安 倍 首 相は憲法改 正を巡って 、国会の憲 法審査会な どで議論を 深めて い く ことが重要 だという認 識を示し、 改憲の強い 意欲を見せ たので あ る。 また、この選挙で注目に値するのは、改選「1 人区」の選挙結果で あ る。過去を 振り返ると 勝敗が大き く振れ、選挙戦全体の 結果に も 及んできた。今回の参議院選挙では、全国に32 ある 1 人区で民進党 や日本共産党など 4 野党が統一候補を擁立し、一騎打ちで激しい選 挙戦を繰り広げて安倍内閣の現職閣僚 2 名(岩城光英法務大臣と島 尻安伊子沖縄北方担当大臣)を落選に追い込み、11 選挙区での勝利 を制したが、自公連立与党は21 選挙区を抑えて大きく勝ち越したの である。もう1 つの焦点は、比例代表で自民党の得票数が 2000 万票 台 を 超 え た こ と で あ る 。 そ れ は 自 民 党 に と っ て 小 泉 純 一 郎 内 閣 の2001 年参院選で大勝した時以来、15 年ぶりの得票数を獲得した快挙 である1。安倍は自民党長期政権への礎をさらに固めており、いわゆ る「安倍1 強」体制が強まりつつある。 こ うした 日本 国内政 治の 権力構 造を 踏まえ 、本 稿は「 安倍 1強」 体制 が強まるな かで、憲法 改正を目指 し、「美しい 国」、そして 「 新 し い国」へま い進しよう とする安倍 内閣が憲法 改正、特に 安全保 障 政策に関わる前文と第 9 条の改正を目指すアプローチとその実践を 検証する。従って、本稿は自民党が1955 年に創立して以来、憲法改 正 を党是とし て掲げるこ との歴史的 経緯を顧み ながら、安 倍・自 民 党 の改憲論を 明らかにす るとともに 、今後日本 の安全保障 政策の 方 向性を展望する。
二 自民党の党是としての自主憲法の制定
憲法改正の 動きは自民 党創立の時 期に遡るが 、現在自民 党憲法 改 正推 進本部のホ ームページ にアクセス すると、「わ が党は結党 以来 、 『 憲法の自主 的改正』を 『党の使命 』に掲げて きました」 という ス ロ ーガンも画 面に映し出 される。安 倍晋三の祖 父である岸 信介は 、 東条英機内閣の商工大臣として日米開戦の詔勅に署名し、A 級戦犯 と して巣鴨拘 置所に入れ られた経歴 をもった持 ち主であり 、鳩山 一 郎 ・自民党初 代総裁を支 える党幹事 長として、 鳩山総理と ともに 、 現 行 の 憲 法 は 「 米 国 が 作 っ た 」、「 『 連 合 国 軍 最 高 司 令 官 総 司 令 部 』 (General Headquarters, GHQ)が押し付けた」ものとして憲法改正を 主張する人物であった。憲法第96 第 1 項で定める憲法改正の手続に よれば、衆参両院それぞれ全議席3 分の 2 以上の賛成を得るうえで、1 「改憲勢力は?10 代投票先は?参議選データ分析」『日本経済新聞』2016 年 7 月 11 日、https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/sangiin2016-review/。
国 会が改正の 発議をし、 国民の承認 にあたる国 民投票にか けると い う 仕組みであ る。この承 認には、国 民投票の過 半数の賛成 が必要 で ある。 1955 年 10 月 13 日、革新勢力とされる左右両派の社会党が 4 年間 の 分裂を終わ らせて統一 を実現した 。それを背 景に危機感 を強め た 保 守勢力であ る鳩山一郎 の率いる与 党民主党と 緒方竹虎の 率いる 自 由 党は翌月、 合同して新 たな政党の 自由民主党 (保守合同 )を創 立 した。それにより、戦後日本国内政治のいわゆる「55 年体制」がス タートした。55 年体制の基本的内容は、「憲法改正、安保擁護」を主 張する保守派と「憲法擁護、安保反対」を主張する革新派との対立、 要するにイデオロギー上の「保革対立」そのものであった2。保守合 同の成立を受けて第3 次内閣を発足した鳩山一郎は、1955 年 12 月の 国 会所信表明 で「我が国 を真の独立 国家に立ち 返らせるた めには 、 … (中略)… 憲法を国民 の総意によ って自主独 立の態勢に 合致す る よ うつくりか える…(中 略)…この ために、内 閣に憲法調 査会を 設 置する手続を」とると述べ3、真の独立国家としての憲法改正の必要 性 をアピール した。同月 、自民党も 党内に憲法 調査会の設 置を決 定 した。1956 年 2 月、鳩山首相は内閣に憲法調査会を設置する法案を 国会に提出し、同 5 月に衆参両院の可決で成立した4。「押しつけ憲 法 」論を理由 に改憲を目 指す自民党 と鳩山内閣 の取り組み は、野 党 社会党などのボイコットに遭い、憲法調査会の設置は難航した。
2 許介鱗『戰後日本的政治過程』(台北:黎明文化、1991 年)、頁 28~29。 3 「鳩山一郎内閣総理大臣所信表明演説(1955 年 12 月 2 日)」『日本政治・国際関係デ ータベース 東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室』、http://www.ioc.u-tokyo. ac.jp/~worldjpn/documents/texts/pm/19551202.SWJ.html。 4 廣田直美『内閣憲法調査会が戦後憲法史において果たした役割―渡米調査と二つの 「報告書」に焦点をあてて―』(青山学院大学博士論文、2015 年)、23 ページ。
野党のボイコットにより、憲法調査会は設置法案が可決された後、 1 年 2 ヶ月遅れて 1957 年 8 月に発足した。憲法調査会の発足を遅ら せた原因は、1956 年 7 月 8 日に行われた第 4 回参議院選挙の結果に よると思われる。この選挙は、55 年体制ができてから初めての国政 選挙であり、改憲派が改憲に必要な 3 分の 2 の議席を取れるのか、 護憲派が3 分の 1 の議席を確保できるのかが焦点となった。開票の 結果、護憲派の野党社会党は、前回の獲得議席を18 も上回る 49 議 席を獲得し、61 議席を獲得する自民党に迫る結果となった。それに より、護憲派は非改選議席と合わせて 3 分の 1 を突破し、改憲の阻 止 に成功した 。要するに 、この参議 院選挙は、 憲法改定の 是非を め ぐ る戦後歴史 の中でも画 期的な出来 事であり、 現在に至る まで憲 法 改正が事実上実現困難な政治課題と化したと考えてよい5。 1957 年 2 月に組閣した岸信介は、鳩山一郎とともに自主憲法制定 論を主張して知られる現実的な政治家であった。首相になった岸は、 国 内政治体制 を「占領政 治体制」か ら脱却させ 、独立国家 日本に ふ さ わしい体制 を作り変え るため、日 本を「半独 立」に置い た日米 安 保条約と占領軍 GHQ の影響下で作られた憲法の改正を実現しよう と躍起になった。戦後 A 級戦犯として逮捕され、その後不起訴とな った経歴の持ち主である岸は、現行憲法を「押しつけ憲法」とみて、 改憲の必要性を強く主張し、憲法改正に取り組むため、1957 年 7 月 30 日、鳩山内閣のやり残した憲法調査会の設置をやり遂げた6。翌月、 内 閣に設置さ れた憲法調 査会は、野 党社会党が 委員として の出席 を
5 梶居佳広「イギリスからみた「50 年代改憲論」―駐日大使報告・新聞論説を中心に ―」『立命館大学人文科学研究所紀要』、No. 97(2012 年 3 月)、1~36 ページ。 6 許介鱗、前掲、頁 32;「22.憲法調査会について」『東京大学立花隆ゼミナール 憲法 集 中 講 義 : 資 料 と 解 説 講 義 に 向 け て 』、http://kenbunden.net/constitution/files/ shiryou_ver002/22_071129_a.pdf。
拒否したなかで、第 1 回総会を開いた。総会では,社会党の不参加 で 構成員の偏 りを問題視 され、社会 党に対する 憲法調査会 への参 加 を 要請する決 議案を決定 したが、社 会党は憲法 調査会への 不参加 の 姿勢を崩さなかった7。それに加えて、岸は1960 年 1 月 19 日、日米 関 係をより対 等なものに する新たな 日米安保条 約に調印し 、史上 最 大規模の日米安保反対運動を引き起こしたが、岸は 1960 年 6 月 18 日の夜、死を覚悟して33 万人にも及ぶ抗議デモに囲まれた首相官邸 に ひきこもり 、新日米安 保条約の自 然承認とさ れる時刻、 翌日午 前 零時を待っていたという8。新日米安保条約が成立すると、岸は内閣 総辞職を表明した。 7 月 19 日、岸の後を継いで組閣した池田勇人は、「所得倍増計画」 を 掲げて経済 成長を内閣 政策の重点 に置いた一 方、憲法改 正問題 に ついて、国会での施政方針演説で、「問題の本質が国民各層の間で十 分論議せられ、相当の年月を経て国民世論が自然に 1 つの方向に向 か って成熟し た際に、初 めて結論を 下すべきも のと考えま す」と 指 摘し9、改憲論争を事実上棚上げにした。言い換えれば、池田内閣は そ れまで自民 党の改憲運 動を棚上げ したことを 日本の戦後 体制が 事 実 上認めた、 ということ である。こ うした池田 内閣の改憲 に対す る 消極的な不作為の影響もあって、憲法調査会は1964 年、7 年間にわ た る審議を終 わらせて憲 法改正に対 する賛否両 論を併記す る最終 報 告 書を提出し た。この報 告書につい て、調査会 会長を務め た高柳 賢 三は、賛成と反対の「両論とその論拠、また考え方の差異を併記し、
7 廣田直美、前掲、45~46 ページ。 8 安倍晋三『新しい国へ 美しい国へ 完全版』(文芸春秋、2013 年)、25~26 ページ。 9 「池田勇人内閣総理大臣施政方針演説(1960 年 10 月 21 日)」『日本政治・国際関係 データベース 東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室』、http://www.ioc.u-tokyo. ac.jp/~worldjpn/documents/texts/pm/19601021.SWJ.html。
そ のいずれが 正しいかは 、国民の判 断に待つと いう基本的 態度を 堅 持している」とコメントした10。言い換えれば、憲法調査会の最終報 告 は、鳩山一 郎や岸信介 などの「押 しつけ憲法 」論を否定 したの で あ る。推測の 域を出ない が、この改 憲の根拠が 失われてか ら、日 本 の 政治エリー トあるいは 世論は経済 発展一色に 染められた 現状に 満 足することもあって、21 世紀の幕開けまで憲法改正を求める動きは 見られなかった。 2000 年 1 月 20 日、日本国憲法施行 50 周年を契機に、「日本国憲法 に ついて広範 かつ総合的 な調査」を 行うため、 衆参両院は それぞ れ 憲法調査会を設置し、憲法改正を求める動きが40 年ぶりに再開され た 。かつて岸 内閣の設置 した憲法調 査会と違っ て、今回の 憲法調 査 会 は公的な機 関として立 法府である 衆参両院に 設置された 。憲法 調 査会では、衆議院 50 人、参議院 45 人の委員でそれぞれ組織され、 委 員は各会派 の所属議員 数の比率に より、各会 派に割り当 て選任 さ れる。その後、衆参両院の憲法調査会は概ね 5 年の審議・調査を実 施し、2005 年 4 月、それぞれ最終報告をとりまとめて公表し、多岐 に わたる改憲 に関わる問 題点や各党 派の共通の 認識あるい 異論な ど を明らかにした11。これは今後の日本国民の憲法論議を引き起こす引 水となり、その意義は大きい。その後、自民党も立党50 周年として 「新憲法草案」(旧草案)を公表し、党是である自主憲法の制定を目
10 豊下楢彦・古関彰一『集団的自衛権と安全保障』(岩波書店、2014 年)、119~120 ペ ージ。 11 衆議院憲法調査会「衆議院憲法調査会報告書」2005 年 4 月、http://www.shugiin.go.jp/ internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/houkoku.pdf/$File/houkoku.pdf;参議院憲法調査会 「参議院憲法調査会報告書」2005 年 4 月、http://www.sangiin.go.jp/japanese/kenpou/ houkokusyo/pdf/honhoukoku.pdf。
指す姿勢を見せている12。
三 安倍晋三の憲法改正論とそのアプローチ:第 1 次
内閣時期まで
岸信介の孫であり、政治理念の継承者でもある安倍晋三としては、 憲法改正が彼の悲願だろう。現実に安倍晋三は2006 年 9 月総理大臣 に 就任して以 来、岸の「 占領政治体 制から脱却 」を「戦後 レジー ム か らの脱却」 に切り替え てそれをス ローガンに 掲げ、憲法 改正に 強 い意欲を燃やしているように見える。 岸 信介研 究の 第一人 者と 呼ばれ る原 彬久は 、安 倍がは じめ て自民 党総裁に立候補するにあたって、2006 年 7 月に上梓した『美しい国 へ』と題する政策集ともいうべき著書を読む限り、「安倍の中にはし っかり岸がいるな」と述べ、祖父と孫、2 人の考え方はよく似ている とコメントした13。祖父岸に憧れた安倍は同著書で、日米安保条約の 改 正を実現し た岸を「日 本の自立を 実現する」 と称えた。 また、 岸 が 実現できな かった憲法 改正につい て、安倍は 憲法改正こ そが日 本 「 独立の回復 」の象徴で あると述べ 、同郷であ る幕末長州 藩思想 家 吉田松陰の座右の銘、「自ら顧みて縮くんば、千万人といえども吾往 か ん」という 孟子の言葉 を引用し、 祖父の遺志 を継いで憲 法改正 を 目指す自らの強い決意を明らかにした14。ともに首相を務めた祖父岸 信 介と叔祖父 佐藤栄作、 そして首相 の座を目前 に死去した 自民党 実 力者の父安倍晋太郎の政治系譜をもった安倍晋三は、1993 年の衆議12 「今こそ自主憲法の制定を改正へのわが党の姿勢 保利耕輔・憲法改正推進本部長 に聞く」自民党、https://www.jimin.jp/activity/colum/110291.html。 13 「憲法改正、集団自衛権行使…安倍首相『岸信介氏の孫という宿命』」『週刊朝日』 2014 年 2 月 21 日号、https://dot.asahi.com/wa/2014021200064.html。 14 安倍晋三、前掲、33、44 ページ。
院 総選挙に野 党自民党候 補者として 出馬し、初 当選を果た した。 元 首 相森喜朗と 小泉純一郎 の知遇を得 たこともあ って、安倍 は森内 閣 に 続いて小泉 内閣の内閣 官房副長官 、長官、そ して自民党 幹事長 な どの要職を歴任した後、2006 年 9 月小泉の後を継いで首相として選 ばれた。 1994 年 10 月、自民党は結党以来初めての党基本問題調査会を開い て 「自主憲法 の制定」を 含めて党の 基本理念、 綱領などの 見直し 作 業 に着手した 。安倍は新 米議員とし てベテラン 議員中川昭 一を中 心 にする党内の保守勢力とともに、「自主憲法の制定」というような文 字 を盛り込ま ない「自由 民主党新宣 言」の案に 猛反発した 経緯が あ った15。また、安倍は2000 年 5 月 11 日、衆議院憲法調査会委員とし て 同調査会で 、現行憲法 が連合国側 の強い意思 (ポツダム 宣言) に 基 づいて制定 されたのを 理由に、日 本人の手で 新しい自主 憲法を 作 る べきだと主 張した。同 調査会では 、安倍は憲 法の前文の 全面的 な 見 直しを主張 するととも に、集団的 自衛権行使 の禁止に関 する政 府 の第9 条解釈に異議を申し立てたこともあった16。その後、安倍は前 述した著書で憲法の前文と第9 条について次のような認識を示した。 要するに、第 9 条は日本を「自国の安全を守るための戦争」まで放 棄 させようと するもので ある一方、 憲法の前文 は「敗戦国 として の 連合国に対する“詫び証文”のような宣言」とみなして、「まさに憲法 第9 条の“枕詞”になっている」17ということである。 このように憲法改正を強く主張する安倍は、2003 年 11 月 25 日、 衆議院予算委員会で自らの憲法改正を行うべき 3 つの理由を明らか
15 安倍晋三、前掲、125~126 ページ。 16 「第 147 回国会 憲法調査会 09 号」衆議院、2000 年 5 月 11 日、http://www.shugiin.go.jp/ internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/008914720000511009.htm。 17 安倍晋三、前掲、33、44 ページ。
に するうえで 、当時の首 相小泉純一 郎の憲法改 正に関する 意見を 質 した。その1 つは、現行憲法は GHQ の一部の人が短期間に作成した もので、このような制定過程こそが問題である。また、2 つ目は、現 行 憲法ができ てすでに半 世紀を過ぎ て、時代に 適合できな い条文 が ある。そして、3 つ目は、新しい時代に向かって日本人自らの手で新 しい憲法を作るべきである18。この3 点の理由は、その後首相に就任 した安倍の持論となった。 2006 年 9 月 26 日、安倍は小泉の後を継いで第 1 次内閣を発足した。 翌月 4 日の参議院本会議で、自民党総裁選挙で訴えた「戦後レジー ム からの脱却 」の意味に ついて社会 民主党代表 福島瑞穂の 質問に 答 え 、占領時代 に制定され た、国の基 本を形作る 憲法や教育 基本法 な どは、「変えられない、変えてはいけないという先入観のある時代は も う終わった 」と述べた 。また、憲 法改正の質 問について 、安倍 は 「現行の憲法は、日本が占領されている時代に制定され、60 年近く を 経て現在に そぐわない もの」と答 弁し、改定 の必要性を アピー ル した19。さらに、10 月 18 日衆参両院の国家基本政策委員会合同審査 会で問われる憲法改正についても、安倍は前述した 3 つの理由を繰 り返して答弁した20。首相となった安倍が憲法改正の決意を明確に示 し たのは、憲 法改正に必 要な手続き である国民 投票に関し て規定 す る「日本国憲法の改正手続に関する法律」(通称:国民投票法)を成
18 「第 158 回国会 予算委員会 第 1 号」衆議院、2003 年 11 月 25 日、http://www.shugiin. go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001815820031125001.htm。 19 「第百六十五回国会参議院会議録第五号」国会会議録検索システム、2006 年 10 月 4 日、http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/165/0001/16510040001005.pdf。 20 「第百六十五回国会国家基本政策委員会合同審査会会議録第一号」国会会議録検索 システム、2006 年 10 月 18 日、http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/ryoin/165/9001/16510189 001001.pdf。
立させたことである。 自民党は「自主憲法の制定」を党是としているが、50 年が経過し た としても、 憲法改正に 必要な手続 きを定める 法律さえも 制定し て いない状態である。憲法第96 条が定める憲法改正の手続では、衆参 各議院全議席 3 分の 2 以上の賛成を必要とし、その手続が済んだう え で、国民の 承認を得る ための国民 投票の手続 に移ること になる 。 2005 年 9 月 22 日、衆議院に委員 50 名からなる「憲法調査特別委員 会 」が設置さ れ、憲法改 正の手続き を定める国 民投票法制 に係る 議 案の審査・起草にあたることになった。2006 年 5 月 26 日、国民投票 法案の自民党案と民主党案はそれぞれ衆議院に提出され、翌月 1 日 に実質審議に入った21。2007 年元旦、安倍首相は年頭所感で国民投 票 法 案 に つ い て 、「 本 年 の 通 常 国 会 で の 成 立 を 期 し 」、「 そ れ を 契 機 と して、憲法 改正につい て、国民的 な議論が高 まることを 期待」 す ると述べた22。一方、1 年余り遅れをとった参議院も 2007 年 1 月 26 日、委員35 名からなる憲法調査特別委員会を設置した。こうした中 で 、国民投票 法にあたる 「日本国憲 法の改正手 続に関する 法律」 が 同年5 月衆参両院で可決成立し23、憲法改正の具体的な手続きが整う ようになった。また、同年 8 月 7 日、衆参両院に憲法と関連法制の 調 査及び憲法 改正案の審 査にあたる 憲法審査会 が設置され 、遅れ な がら2011 年から国会で与野党の憲法改正に関する本格的な議論が始 まった。
21 間柴泰治「憲法改正国民投票法案の主な論点―国民投票運動に対する公的助成制度 ―」国立国会図書館『調査と情報』第 578 号(2007 年 3 月 30 日)、1~10 ページ。 22 「年頭所感」首相官邸、2007 年 1 月 1 日、http://www.kantei.go.jp/jp/abespeech/2007/01/ 01syokan.html。 23 同法は 2010 年 5 月 18 日に施行される。
四 憲法改正に向けての抜け道
2007 年 9 月、突然内閣を投げ出した原因で、自ら政治家としては 一度死んだと語るほど政治的挫折を味わった安倍晋三は、2012 年 9 月自民党総裁の座に復帰し、同12 月に行われた衆議院総選挙で与党 民 主党を破り 、首相の座 に返り咲い た。この選 挙では、憲 法改正 を 公約に掲げた自民党が294 議席を獲得して大勝し、改憲勢力が衆議院 3 分の2 を超える議席を獲得するという新たな情勢が生まれた(表 1)。 表1 近年の憲法改正をめぐる主な動き 2000 年 1 月 衆参両院が憲法調査会を設置 2005 年 4 月 衆参両院の憲法調査会が報告書を公表 2005 年 9 月 衆議院憲法調査特別委員会が設置 2005 年 11 月 自民党が「新憲法草案」(旧)を公表 2006 年 9 月 安倍第1 次内閣が発足 2007 年 1 月 参議院憲法調査特別委員会が設置 2007 年 5 月 衆参両院が国民投票法を可決 2007 年 8 月 衆参両院が憲法審査会を設置 2010 年 5 月 国民投票法が全面施行 2012 年 4 月 自民党が新たな「新憲法草案」を選挙公約に掲げる 2012 年 12 月 安倍第二次内閣が発足、安倍が第96 条の改正を優先 2013 年 2 月 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を招集 2014 年 6 月 改正国民投票法が成立 2014 年 7 月 集団的自衛権行使を可能にする憲法解釈変更を閣議決定 2014 年 12 月 衆院選で自民・公明連立与党が3 分の 2 の議席を確保 2015 年 5 月 ① 衆参両院の憲法審査会で本格的議論が再開 ② 自民党が衆院憲法審査会で優先すべき改憲テーマとして 緊急事態条項、環境権、財政規律条項を提案 ③ 集団的自衛権行使を可能にする新安保法案を閣議決定 2015 年 9 月 新安保法案が成立 2016 年 7 月 参院選で自民党など改憲勢力が3 分の 2 の議席を確保 (出典)筆者作成。同選挙で、 自民党はサ ンフランシ スコ平和条 約発効、す なわち 日 本が主権を回復する60 周年に合わせ、野党時代の 2012 年 4 月 28 日 に 提出した「 日本国憲法 改正草案」 を選挙公約 として掲げ た。こ れ は2005 年版旧草案を全面的に改めたものである。同草案は新憲法と よ べるほどの 全面改正で あるが、前 文、国防軍 の保持を新 たに規 定 する第9 条と憲法改正の敷居を引き下げる第 96 条の修正、自衛権の 明 記、及び緊 急時首相の 権限を拡大 する「緊急 事態の章」 を新た に 設けるなど、幅広い改正を提唱し24、その改正の内容を読む限り、そ れ は現行憲法 の本質或は 根幹を変え るものだと いっても過 言では な か ろう。それ に対し、憲 法改正に反 対する護憲 派の反対論 や改憲 の 議 論を慎重に 進めるべき だという慎 重論が相次 いで声を上 げたの で ある。 1 憲法改正の敷居を引き下げる:第96 条の修正を狙う 2012 年 12 月 17 日、安倍晋三は政権を奪還した記者会見で、今後 改憲の日程について、第96 条の改正を優先的に目指す考えを表明し た。安倍は「たった 3 分の 1 を超える国会議員が反対をすれば、国 民 の皆様は指 一本触れる 事もできず 」として、 憲法改正の ハード ル が高すぎる現状を解消したいと強調した25。安倍が首相再登板を契機 に、改憲をめぐる有識者の議論や国会での論弁が活発に交わされた。 安倍は2013 年 1 月 30 日の衆議院本会議で、「憲法の改正については、 党 派ごとに異 なる意見が あるため、 まずは、多 くの党派が 主張し て おります憲法96 条の改正に取り組んで」いくと答弁した26。さらに、
24 自民党憲法改正推進本部「日本国憲法改正草案」自民党、http://constitution.jimin.jp/draft/。 25 「安倍晋三総裁 記者会見」自民党、2012 年 12 月 17 日、https://www.jimin.jp/news/press/ president/128914.html。 26 「第百八十三回国会 衆議院会議録第二号」国会会議録検索システム、2013 年 1 月
2 月 26 日の参議院予算委員会でも安倍は、同じ答弁を繰り返し述べ たほか、「国民の6 割が、あるいは 7 割が改正したいと考えていたと しても、3 分の 1 をちょっと超える国会議員が反対をすれば議論すら できないのはおかしい」と強調し27、第 96 条で規定する改憲の発議 要件である「衆参各議院の総議員の 3 分の 2 以上の賛成」という高 す ぎるハード ルを「衆参 それぞれの 過半数」に 引き下げる 理由を 明 らかにした。 こうした安倍の問題提起により、憲法第 96 条をめぐる議論が活発 化し、憲法改正への下地が作られ始めた。2013 年 5 月 9 日に開かれ た第 183 回国会衆議院憲法審査会では、衆議院法制局が憲法改正の 手 続きについ ての主要論 点を報告し た後、それ をめぐる議 論が交 わ された28。数日後、憲法改正の国会発議要件を3 分の 2 から過半数へ 緩和することを目指す超党派の「憲法96 条改正を目指す議員連盟」 は総会を開き、350 人が参加し29、その改正の是非が争点となる2013 年 7 月の参院選に向けて改憲勢力の意欲と結束をうかがわせる。し かし、その後、連立与党公明党が第96 条の先行改正に消極的なだけ ではなく30、各種世論調査での第 96 条先行改正に対する支持の低さ か ら、自民党 内にも慎重 論がくすぶ り、憲法改 正の要件緩 和をめ ぐ る議論がトーンダウンするようになった。安倍晋三は同5 月 14 日の
30 日、http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/183/0001/18301300001002.pdf。 27 「第百八十三回国会 衆議院会議録第六号」国会会議録検索システム、2013 年 2 月 26 日、http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/183/0014/18302260014006.pdf。 28 「第百八十三回国会 衆議院憲法審査会第八号」国会会議録検索システム、2013 年 5 月 9 日、http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/183/0250/18305090250008.pdf。 29 「超党派「96 条改正議連」再始動 参加議員 350 人に達する」『産経新聞』2013 年 5 月13 日、http://www.sankei.com/politics/news/130513/plt1305130010-n1.html。 30 「公明、96 条先行改正に慎重論 党憲法調査会」『産経新聞』2013 年 4 月 26 日、 http://www.sankei.com/politics/news/130426/plt1304260044-n1.html。
参議院予算委員会で、第 96 条の改正について「(各種世論調査で) 反 対の意見の 方が多いの も事実だ。 いま国民投 票に付した ところ で 否決される」と述べ31、第 96 条を優先する憲法改正のアプローチを 変えることを示唆した。その後、行われた第96 条改正の賛否に関す る世論調査でも「反対」が増える傾向である(表2)。 表2 憲法第 96 条の発議要件を緩和する改正に関する世論調査 新聞 公表時期 賛成 反対 毎日新聞 2013 年 5 月 20 日 41% 52% 日本経済新聞 2013 年 5 月 27 日 34% 41% 読売新聞 2013 年 7 月 1 日 40% 46% 東京新聞 2013 年 7 月 2 日 37.5% 42.9% 朝日新聞 2013 年 7 月 15 日 31% 48% (出典)筆者作成。 自民党が提出した「参議院選挙公約2013」では、憲法第 96 条で規 定する「憲法改正の発議要件を『衆参それぞれの過半数』に緩和し、 主 権者である 国民が『国 民投票』を 通じて憲法 判断に参加 する機 会 を得やすく」すると訴えたが32、同条文の先行改正を公約に掲げてお ら ず、それを 選挙戦での 主要な争点 として前面 に打ち出す ことも な か った。それ は同条文の 改正につい て有権者の 支持が高く ないし 、 公 明党の慎重 姿勢も崩し ていないな どの判断に よるもので ある。 小 林節慶応大学教授が指摘したように、安倍自民党が憲法第96 条の改 正 を狙うとい うのは、憲 法改正への 「裏口入学 」と非難さ れても 仕
31 「首相「96 条改正、今なら否決」世論調査巡り見解」『日本経済新聞』(夕刊)2013 年5 月 14 日、http://www.nikkei.com/article/DGKDASFS1400N_U3A510C1EB1000/。 32 「参議院選挙公約 2013」自民党、http://jimin.ncss.nifty.com/pdf/sen_san23/2013sanin2013- 07-04.pdf。
方がない33。こうした厳しい反対意見に影響されたかのように、2016 年 7 月の参議院選挙に向けての自民党選挙公約では、憲法改正につ いて、「衆議院・参議院の憲法審査会における議論を進め、各党との 連 携を図り、 あわせて国 民の合意形 成に努め、 憲法改正を 目指し ま す 」と明記す るにとどま り、具体的 にどの条文 を改正する かにつ い て触れなかったのである34。 2 第9 条解釈の変更と「平和安全法制整備法」の制定 安 倍がこ うし たアプ ロー チをと って いるの と同 時に、 日米 同盟の 強 化策として 集団的自衛 権の行使を 禁ずる日本 政府の統一 見解或 は 憲法解釈を変更しようという近道をも模索している。2013 年 2 月 7 日 、安倍は日 本周辺の安 全保障環境 が一層厳し さを増す中 、それ に 対 応するよう 安全保障の 法的基盤を 再構築する 必要がある ことを 念 頭 に、有識者 からなる首 相の私的懇 談会「安全 保障の法的 基盤の 再 構 築に関する 懇談会」を 招集し、集 団的自衛権 行使の問題 を含む 憲 法との関係を検討させる。同2 月 22 日、訪米中の安倍はホワイトハ ウスでオバマ(Barack Obama)米大統領と会談し、日米同盟の強化 に つながる集 団的自衛権 行使問題に ついての検 討を開始す ること を 説明したが、しかし、同懇談会は同 2 月 8 日、初めての会合を開い た後、おそらく第96 条改正をめぐる世論の反応や改正の可能性を見 極めるため、しばらく開店休業の状態となった。 前述したように、第 96 条の改正に関する世論が厳しい反応を示し たことを背景に、第2 回懇談会が同年 9 月 17 日に開かれ、本格的な
33 「慶大名誉教授・小林節氏『解釈改憲は憲法ハイジャックだ』」『日刊ゲンダイ』2014 年5 月 19 日、http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/150288。 34 「参議院選挙公約 2016」(自民党政策 BANK)自民党、https://www.jimin.jp/election/ results/sen_san24/political_promise/bank/。
議論が始まった。この会合で挨拶した安倍は、「いかなる憲法解釈も、 国 民の生存と 国家の存立 を犠牲にす る帰結とな ってはなら ない」 と いう考え方を示したうえで、「国民の生存と国家の存立を確保し、そ の 基盤となる 国際社会の 平和と安定 を実現する には何が必 要かと い う観点」から35、それにふさわしい集団的自衛権行使をめぐる憲法第 9 条の解釈を再検討することを求めた。これまでの憲法解釈によれば、 日 本政府は日 本が集団的 自衛権を有 しているが 、憲法の容 認する 個 別 自衛権の限 界を超える ものとして 行使できな いとの立場 をとっ て いる。従って、この懇談会を開催する安倍の狙いは、憲法第 9 条の 改 正という見 通しが全く 立てない状 態の中で、 従来の憲法 解釈を 変 更するという方向転換に舵を切ったと言っても過言ではない36。 2014 年 5 月 15 日に開かれた第 7 回懇談会では、座長を務めた柳井 俊二は報告書を安倍に提出した。それによると、憲法第 9 条の規定 では、日本が自衛のための武力の行使は認められており、「自衛のた め の措置は、 必要最小限 度の範囲に とどまるべ き」という これま で の憲法解釈に立ったとしても、「必要最小限度」の中に集団的自衛権 も 含まれると 解釈して、 集団的自衛 権の行使を 認めるべき だ、と い う提言を明らかにした37。そして、こうした解釈に立って、日本と密 接な関係のある外国への武力攻撃が行われ、そして、「その事態がわ が 国の安全に 重大な影響 を及ぼす可 能性がある ときには、 我が国 が
35 「 安 全 保 障 の 法 的 基 盤 の 再 構 築 に 関 す る 懇 談 会 」( 開 催 状 況 ) 首 相 官 邸 、 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/anzenhosyou2/。 36 集団的自衛権をめぐる日本政府の解釈変遷について、鈴木尊紘「憲法第 9 条と集団 的自衛権―国会答弁から集団的自衛権解釈の変遷を見る―」『レファレンス』2011 年 11 月号、31~47 ページ。 37 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(報告書)首相官邸、2014 年 5 月 15 日、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/anzenhosyou2/index.html、36 ページ。
直 接攻撃され ていない場 合でも、そ の国の明示 の要請又は 同意を 得 て、必要最小限の実力を行使してこの攻撃の排除に参加」38すべきだ と提言した。これを受けて安倍内閣は7 月 1 日の閣議で、「わが国と 密 接な関係に ある他国へ の武力攻撃 が発生し、 これにより わが国 の 存 立が脅かさ れ、国民の 生命・自由 、幸福追求 の権利が根 底から 覆 さ れる明白な 危険がある 」場合、い わゆる「存 立危機事態 」で、 限 定される集団的自衛権の行使容認を決定した39。小林節は安倍内閣が 閣 議 決 定 で 憲 法 解 釈 を 変 え る こ と 自 体 が 憲 法 違 反 、「 憲 法 ハ イ ジ ャ ック」だと述べ、改めて安倍の改憲を目指すアプローチを批判した40。 改憲反対の逆風を受けながら、安倍自民党など改憲勢力は2014 年 12 月に行われた衆議院解散総選挙で依然として 3 分の 2 の議席を確 保したが、当時参院の議席では、3 分の 2 を超えておらず、改憲の推 進は2016 年夏の参議院選挙の結果次第となった。こうした中で、安 倍内閣は2015 年 5 月 16 日、「存立危機事態」で集団的自衛権を限定 容認とし、10 本の関連法の一部改正を束ねる「平和安全法制整備」 と 新規立法「 国際平和支 援法」を含 む「平和安 全法制」草 案を衆 議 院に提出した。6 月 4 日、衆議院憲法調査会で与野党が推薦した 3 名の憲法学者の意見を聴取したところ、3 人全員が集団的自衛権の行 使容認は憲法違反だと表明した41。それにより、改憲反対派は勢いを つ けるように なり、日本 の主要なメ ディアの世 論調査も反 対が賛 成 を大きく上回る結果となった(表3)。
38 前掲「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(報告書)、36~37 ページ、。 39 「臨時閣議及び閣僚懇談会議事録」首相官邸、2014 年 7 月 1 日、http://www.kantei. go.jp/jp/kakugi/2014/__icsFiles/afieldfile/2014/07/22/260701rinjigijiroku.pdf。 40 前掲記事「慶大名誉教授・小林節氏『解釈改憲は憲法ハイジャックだ』」。 41 「集団的自衛権行使、全参考人が『違憲』 衆院憲法審」『日本経済新聞』2015 年 6 月4 日、http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS04H3U_U5A600C1PP8000/。
表3 「平和安全法制」法案をめぐる主要なメディアの世論調査の結果 メディア 実施時期 賛成 反対 日本経済新聞/テレビ東京 6 月 26~28 日 25% 57% 每日新聞 7 月 4~5 日 29% 58% 朝日新聞 7 月 11~12 日 26% 56% NHK 7 月 10~12 日 24% 30% 産経新聞/FNN 6 月 27~28 日 49% 43.8% 読売新聞 7 月 3~5 日 36% 50% (出典)「安保法案、国民支持広がらず 各社調査で『反対』目立つ」『朝日新聞』2015 年7 月 14 日、http://www.asahi.com/articles/ASH7B4S8YH7BUZPS001.html。 それにしても、与党支配の衆議院は7 月 16 日、民主党(現民進党) など野党のボイコットの中で強行採決し、327 票の賛成多数で可決し た 。その後、 日本全国各 地で同法案 に反対する 市民団体や 学生組 織 な どによる抗 議デモが続 出し、国会 周辺で大規 模な反対集 会を開 い たが、9 月 19 日、数万人もの群衆が国会議事堂を取り囲む中で、参 議院が148 票の賛成多数で可決し、法案を成立させた。 冒頭で指摘したように、自民党など改憲勢力が2016 年 7 月の参院 選で3 分の 2 の議席を確保した。8 月 3 日、第 3 次安倍第2 次改造内 閣 の発足を発 表した安倍 は、首相官 邸で記者会 見し、憲法 改正に つ いて「自分の任期中に果たしていきたい」と述べる一方、「そう簡単 な ことではな い」という 認識をも示 し、国会の 憲法審査会 で改憲 項 目の絞り込みに着手することを期待した42。この発言から分かるよう に、安倍は憲法改正が衆参両院の 3 分の 2 以上の賛成で発議し、国 民投票での過半数を得るという改憲の流れを念頭に、3 分の 2 以上の 議 席をタテに 国会で強行 採決するの ではなく、 まずは与野 党の合 意
42 「安倍内閣総理大臣記者会見」首相官邸、2016 年 8 月 3 日、http://www.kantei.go.jp/ jp/97_abe/statement/2016/0803kaiken.html。
の もとで国民 に発議する改正原案を 策定・可決 し、そして 、国民 投
票にかけるというアプローチ(図1、2)の転換を示唆している。
図1 憲法改定の流れ(1)
(出典)高橋正光「憲法改正に動き出す安倍首相-参院選で与党大勝」『nippon.com』2016 年7 月 27 日、http://www.nippon.com/ja/currents/d00230/?pnum=2。
図2 憲法改定の流れ(2) (出典)同図1。
五 日本の安全保障政策がどう変わっていくのか
前述したように、2015 年 9 月 19 日に参議院が衆議院に続き、「平 和安全法制」法案を可決・成立した。同法案が 2016 年 3 月 29 日か ら 施行され、 集団的自衛 権が限定さ れながら行 使できるよ うにな っ た。それに関して、『朝日新聞』などリベラル系の新聞紙面では、戦 後日本が堅持し、直接攻撃されたときに初めて防衛力を行使する「専 守 防衛」の政 策を大きく 転換したと 大々的に論 じており、 リベラ ル な 論客も同法 案が戦争を 可能にする 「戦争法案 」と位置づ けて激 しく非難した。確かに、10 本の安全保障関連法の一部改正を束ねる「平 和 安全法制整 備法」と新 規立法「国 際平和支援 法」を含む 「平和 安 全 法制」の施 行は日本の 安全保障政 策を変える だろうが、 問題に な る のは、何が 変わったか 、どう変わ っていくの かという点 にある 。 果 たして日本 が「専守防 衛」という 基本原則と 「平和国家 」とし て のイメージを捨てるのか。 言うまでもなく、「平和安全法制整備法」の中核は、集団的自衛権 の行使を限定容認することにあるが、その狙いはこれだけではない。 『自衛隊法』など 10 本の安全保障関連法を一部改正するのは、「重 要影響事態」と「存立危機事態」という新しい 2 つの概念を盛り込 ん だ関連事項 であり、今 回の憲法解 釈を変更す る主要な目 的でも あ る 。今までは 、日本が武 力行使を可 能にするの は、直接攻 撃を受 け る 「武力攻撃 事態」の時 に限られて いたが、こ の法改正で 、日本 政 府は「存立危機事態」において自衛隊の防衛出動をして、日本と「唇 亡 びて歯寒し 」のような 安全保障上 の関係にあ る他国を防 衛に当 て る という集団 的自衛権の 行使を可能 にする。つ まり、この 「存立 危 機 事態」を日 本の武力行 使の新しい 要件として 、安全保障 関連法 に 盛 り込んだ新 しい防衛政 策であるが 、その防衛 対象は日本 と「唇 亡 びて歯寒し」の関係をもった外国に限られる。 「重要影響事態」は、もう1 つの新しい概念で、「そのまま放置す れ ば我が国に 対する直接 の武力攻撃 に至るおそ れのある事 態等我 が 国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」と定義されており43、 同 整備法によ って『周辺 事態安全確 保法』の名 称が『重要 影響事 態 安全確保法』に変更された。『周辺事態安全確保法』は、日米同盟協
43 「重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法 律」防衛省、http://www.mod.go.jp/j/presiding/law/。
力強化の一環として1999 年に制定されたものであるが、「周辺事態」 とは、日米両国が1997 年 9 月に発表した『日米防衛協力の指針』に よれば、「日本の周辺地域で起こる、日本の平和と安全に重要な影響 を 与える事態 」であり、 その概念を 「地理的な ものではな く、事 態 の 性質に着目 したもので ある」と位 置付けてお り、日米両 国が共 同 対 応や日本の 対米協力を 念頭に各々 の判断に基 づいて適切 な措置 を とりながら、必要に応じて相互支援を行うとされる44。 「周辺事態」は、「事態の性質に着目したもの」と言っても、その 地理的範囲が無制限ではない。1996 年 4 月 17 日に発表され、日米同 盟 協力強化の 根拠となっ た「日米安 全保障共同 宣言」では 、日米 首 脳 は日米安全 保障条約を 基軸とする 日米同盟関 係が「二一 世紀に 向 け てアジア太 平洋地域に おいて安定 的で繁栄し た情勢を維 持する た めの基礎」であると謳っており45、この文脈から見れば、「周辺地域」 とは、「アジア太平洋地域」を指すものと考えられる。事実上、1997 年 版の「日米 防衛協力の 指針」と「 周辺事態安 全確保法」 は、日 本 が 「専守防衛 」を超える 自衛権を行 使するよう 期待された もので あ るといえよう46。こうしたアメリカの期待に応えたかのように、安倍 内 閣は集団的 自衛権を限 定容認する のみならず 、対米協力 の領域 を ア ジア太平洋 地域に限ら れるとされ る「周辺事 態」から、 地理的 範 囲 を特定せず の「重要影 響事態」に 拡大し、そ して、日米 安保条 約 の 目的の達成 に寄与する 活動を行う 米軍以外の 外国軍隊等 にも後 方 支援の実施を可能にする。また、これまでの憲法解釈では、「武力行 使 と の 一 体 化 」 と さ れ る 後 方 支 援 は 禁 止 さ れ る が 、 こ の 法 改 正 で 、
44 西原正・土山實男監修『日米同盟再考』(亜紀書房、2010 年)、285~290 ページ。 45 同前掲、276~279 ページ。 46 渡邊昭夫「日本はルビコンを渡ったのか?-樋口レポート以後の日本の防衛政策を 検討する」『国際安全保障』(第31 巻第 3 号)、2003 年 12 月号。
「 重要影響事 態」と判断 される場合 には、その ような後方 支援も 可 能とされたのである47。 ま た、「 国際平 和支援法」 では、「国際 平和共同対 処事態」と いう 概 念を示し、 それが国際 社会の平和 及び安全を 脅かすもの である と 定 義し、その 脅威を除去 するために 国際社会が 国連憲章の 目的に 従 い 、共同して 対処する活 動を行う場 合、日本が 国際社会の 一員と し てと主体的かつ積極的に寄与すると規定している48。これは国際社会 の 平和と安全 を守るため の活動を行 う諸外国の 軍隊等への 後方支 援 を 実 施 す る こ と を 定 め る 恒 久 法 で あ り 、「 国 連 平 和 維 持 活 動 」 (United Nations Peacekeeping Operations, UN PKO 又は単に PKO)に お ける自衛隊 の活動領域 の拡大を可 能にする。 具体的にい うと、 自 衛隊は従来国連PKO で認められていなかった「安全確保業務」と「駆 け 付け警護」 任務に従事 することが 可能となり 、今後非国 連統括 型 のPKO 活動も参加できるようになる。このような場合、日本が他国 軍 隊に後方支 援を実施す るにあたっ て、それは 「現に戦闘 行為が 行 われている現場」でなければならないと規定されているが、従来「武 力 行使との一 体化」とい う概念に制 限される後 方支援の領 域より も 広くなると考えられる49。
六 おわりに
自 主 憲 法 の 制 定 を 目 指 す 岸 信 介 の 政 治 系 譜 を 継 承 し 、「 戦 後 レ ジ ー ムからの脱 却」を追い 求める安倍 は、現行「 押しつけ憲 法」を 改 正 して「新し い国」又は 「自立する 国家」日本 を取り戻す 、言い 換47 細谷雄一『安保論争』(筑摩書房、2016 年)、224 ページ。 48 「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支 援活動等に関する法律案」防衛省、http://www.mod.go.jp/j/presiding/law/。 49 細谷雄一、前掲、227 ページ。
え れば、戦後 日本を作り 変えるとい う使命を帯 びるのが論 理的に 必 然 である。首 相となった 安倍は、憲 法改正に向 けての環境 整備に 取 り組んでいくことがその使命を果たすための動きである。第 1 次内 閣 時期におい て、最も重 要な動きは 、憲法改正 に必要な手 続きを 定 め る国民投票 法を成立さ せたことで ある。国民 投票法が成 立して 間 もなく、安倍は一度野に下ったが、5 年 3 ヶ月後、総裁・首相の座に 返 り咲いた後 、直ちに憲 法改正を重 要課題とし て取り組ん でいく 姿 勢をうかがわせている。政権への復帰となった 2012 年 12 月の衆議 院 総選挙では 、野党自民 党総裁とし ての安倍は 、憲法改正 を選挙 公 約の1 つに掲げて勝利した。その後、安倍は自民党を率いて 3 連勝 し た国政選挙 で、いずれ も憲法改正 を政権公約 として掲げ ていた 。 ま た、安倍は 自らの在任 中に憲法改 正実現を果 たしたいと 強調し 、 改憲への深い執念を明らかにした。 前述したように、安倍内閣は憲法改正に向けて憲法第96 条の改正 と 集団的自衛 権の行使を 禁ずる憲法 解釈の変更 を同時進行 すると い う アプローチ をとってい る。正攻法 である憲法 改正は、時 間がか か る 難題で、ま だ国会憲法 審査会での 議論段階に とどまるが 、憲法 解 釈の変更については、「平和安全法制」法案の成立で、一定の成果を 得たといえよう。「存立危機事態」及び「重要影響事態」という二つ の 概念を導入 する「平和 安全法制整 備法」では 、前項が集 団的自 衛 権 の行使を限 定的に容認 し、日本又 は日米同盟 の抑止力の 向上に 寄 与 し、後項が 日本自衛隊 の諸外国軍 隊に対する 後方支援活 動の拡 大 を可 能にする。 また、「国際 平和支援法 」では、「国 際平和共同 対 処 事 態」を導入 して「重要 影響事態」 と同じよう に、これま でより も 広 い範囲での 後方支援を 実施するこ とができる 。こうした 安全保 障 政 策の転換は 、安倍内閣 が主張して きた「国際 協調主義に 基づく 積 極的平和主義」の精神にも符合するものである。従って、「平和安全
法 制」法案を 議論するに あたって、 日本が「専 守防衛」の 政策を 捨 て た か ど う か へ の 議 論 で は な く 、日 本 が 近 隣 諸 国 に 脅 威 を 与 え な い 範囲 で防衛力整 備を行って いくという 抑制的安全 保障政策を 継承し 、 同 盟友好諸国 と協力して 国際社会の 平和と安全 を確保する か否か を 見極めるべきである。 2016 年 7 月の参議院選挙結果により、自民党をはじめとする改憲 勢力は、初めて憲法改正を発議できる衆参両院総数 3 分の 2 議席以 上 を確保して おり、憲法 改正問題が 具体的な政 治日程に上 る可能 性 が 出てきたが 、安倍は選 挙後憲法改 正に関する 発言を控え ている よ うに見える。こうした安倍の姿勢は、「憲法審査会における議論を進 め 、各党との 連携を図り 、あわせて 国民の合意 形成に努め 、憲法 改 正を目指します」という2016 年自民党選挙公約からもうかがわせる。 同11 月中旬、衆参両院は各々憲法審査会を再開し、具体的な改憲案 は 各党の議論 に委ねると いう安倍の 考えが伝え られた。こ れに先 立 って自民党は党総裁の任期を今の「連続2 期 6 年」から「連続 3 期 9 年 」に延長す ると決めた 。それによ り、安倍は 選挙に勝ち 続けれ ば 総理総裁として2021 年 9 月まで務めることが可能である。これこそ は 首相在任中 の憲法改正 実現に向け て各党と接 点を探る時 間的な 余 裕 を作る、言 い換えれば 与野党の合 意形成を優 先するとい う安倍 の 改憲戦略ではないか。 (寄 稿 :2016 年 11 月 28 日、採用:2016 年 12 月 5 日)
日本自民黨安倍晉三政權企圖達成安全
保障相關條文之修憲案-其修憲途徑與
具體實踐
林 賢 參
(國立台灣師範大學東亞系副教授)【摘要】
本 文 研 究 目 的 在 於 探 討 安 倍 晉 三 內 閣/自 民 黨 企 圖 修 改 與 日 本 安 全相關的憲法前言與第九條的途徑與實踐。2016 年 7 月參議院選舉結 果 ,自民黨等 修憲派掌握 國會參眾兩 院超過三分 之二議席, 首度在 國 會 提議,為修 憲程序交付 國民公投案 點亮綠燈。 但是,最近 的民調 顯 示 ,反對修憲 的意見高於 贊成,而且 朝野黨派對 於修憲議題 ,也是 各 有主張,其中亦分支為,修憲派、增憲派(即主張增修憲法條文派)、 護憲派。安倍晉三內閣/自民黨採取修改憲法第 96 條以降低修憲門檻, 或 者是變更第 九條的憲法 解釋的途徑 ,後者目的 雖然達成, 但是卻 引 發極大反彈。今後,安倍晉三內閣/自民黨將透過國會憲法審查會的討 論,以吸引國民的關心並形成共識,為修憲創造良好環境。 關 鍵字:修憲 、集體自衛 權、憲法審 查會、存立 威脅事態、 和平安 全 法制整備法The Shinzo Abe Cabinet’s/LDP’s Drive to
Amend the Constitution—Approaches and
Practices
Hsien-Sen Lin
Associate Professor, Department of East Asian Studies, National Taiwan Normal University
【
Abstract】
This study aims to explore the approaches and practices of the Abe-led Liberal Democratic Party (LDP) in revising Japan’s security-policy related Preamble and Article 9 of the Constitution. After the parliamentary election in July 2016, the political parties in favor of revising the Constitution, including LDP, have secured more than two-thirds of the seats in both Houses of Councillors and Representatives. The result has opened the door of possibility for the first time for the Congress to put constitutional change to a national referendum. However, according to the recent polls, the percentage of those who opposed to the constitutional revisions is greater than those who agreed. In addition, the political parties—regardless of in power or in opposition—have divided opinions on the constitutional revisions. Nevertheless, the Abe-led LDP opted to revise Article 96 of the Constitution to lower the threshold of amending the Constitution or to alter administration’s interpretation of Article 9 of the Constitution. Although the latter was achieved, it has drawn backlash. From now on, the goal of Abe-led LDP is to increase citizen participation and to reach consensus through discussions on the Constitutional Review Committee of Japanese National Diet so as to pave the better way for constitutional revisions.
Keywords: constitutional amendment, right of collective self-defense, Constitutional Review Committee, existential threat situation, Legislation for Peace and Security
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