蔡英文総統の政権運営に関する一考察
松 本 充 豊
(京都女子大学現代社会学部教授)【要約】
本 稿は、 台湾 の政治 制度 の特徴 とそ の影響 に注 目しな がら 、政権 発足後 3 カ月あまりの間の蔡英文総統の取り組みを考察するもので ある。2016 年の政権交代に伴い、台湾では民主化後初めてとなる民 進 党による統 合政府が誕 生した。統 合政府の実 現により蔡 総統の 政 権 運営は安定 的に進むか に思われた 。しかし、 行政部門と 立法部 門 と の間での意 見の食い違 いや摩擦な ど、蔡政権 は内政面で 迷走し た 感 が否めない 。現行の半 大統領制の 下では総統 が手にする 制度的 な 権 力資源は極 めて小さい 。そうした 公式の制度 の不備を補 うには 政 党 組織など非 公式な手段 や非憲法的 な仕組みに 頼らねばな らず、 政 権 運営を安定 的に進める ためには政 権党の一体 性の確保が 重要な 要 件 となる。本 稿では、蔡 総統が規律 よりも、む しろ時間を かけた 意 思 疎通を通じ て彼女のい う「執政チ ーム」内部 の意見の一 致を図 る こ と、すなわ ち凝集性を 高めること で、その一 体性を形成 し確保 し ようとしていることを指摘する。 キーワード::蔡英文、半大統領制、統合政府、凝集性、一体性一 はじめに
本年 1 月の台湾ダブル選挙(総統選挙‧立法委員選挙)では、民 主 進歩党(民 進党)の蔡 英文主席が 総統に当選 し、立法院 でも民 進 党が単独で過半数議席を獲得した。5 月には民主化後の台湾で初めて の「真の政権交代」が実現した。民進党による「完全執政」、すなわ ち統合政府が誕生したのである。 統合政府の 実現により 、蔡総統の 政権運営は 安定的に進 むかに 思 われた。陳水扁政権の 8 年間を思い起こせば、政権党が議会多数派 を 確保するこ とが安定し た政権運営 にとって不 可欠な条件 である こ と は間違いな い。しかし 、統合政府 という条件 が必ずしも スムー ズ な政権運営を保障するわけではないことは、馬英九政権の 8 年間の 経 験からも明 らかである 。統合政府 は安定した 政権運営の ための 必 要条件ではあるが十分条件ではない。事実、発足から3 カ月あまり、 蔡 英文政権も 内政面で迷 走した感が 否めない。 行政部門と 立法部 門 と の間で意見 の食い違い や摩擦が生 じ、蔡総統 に対する支 持率の 低 下にもつながった1。経験不足や世論の読み違いを指摘する声もある が 、ここで見 落としては いけないの が、台湾の 政治制度の あり方 に 由来する部分も少なくないということである。 本 論は、 台湾 の政治 制度 の特徴 とそ の影響 に注 目しな がら 、政権1 TVBS が 6 月 16 日に公表した「蔡英文就任 1 カ月満足度世論調査」(6 月 14 日~16 日実施)によると、「満足」との回答が5 月の就任直前に比べて 7 ポイント上昇して 47%となった(「不満」は 18%)しかし、8 月 24 日に公表した「蔡英文就任 100 日 満足度調査」(8 月 22 日~24 日実施)では、「満足」との回答は39%に下落した(「不 満 」 は 33 % )。 TVBS 民 意 調 査 中 心 「 蔡 英 文 就 職 一 個 月 滿 意 度 民 調 」、 http://other.tvbs.com.tw/export/sites/tvbs/file/other/poll-center/0506141.pdf;TVBS 民意調 査中心「蔡英文就職一百日滿意度民調」、http://other.tvbs.com.tw/export/sites/tvbs/file/ other/poll-center/0508222.pdf(いずれも 2016 年 9 月 10 日閲覧)。
発 足 後 3 カ 月 あ ま り の 間 の 蔡 総 統 の 取 り 組 み を 考 察 す る も の で あ る 。まずは台 湾の政治制 度、特に半 大統領制に 分類される 執政制 度 の 特徴につい て分析し、 台湾の総統 が手にする 制度的な権 力資源 は 極 めて小さい ことを明ら かにする。 現在の制度 設計では、 総統に よ る行政院(政府)、政権党の立法委員(議員)に対する影響力の行使 が 大きく制約 されている 。こうした 公式の制度 の不備を補 うには 、 非 公式な手段 や非憲法的 な仕組みに 頼らねばな らないが、 その代 表 的 なものが政 党組織であ る。そこで 次に、台湾 の現行の制 度配置 か ら 導かれる政 党組織の特 徴を明らか にし、政権 運営を安定 的に進 め る ためには政 権党の一体 性の確保が 重要な要件 となること を示す 。 そ の上で、こ うした制度 的な条件の 下での蔡総 統のこれま での取 り 組 みを検討し て、蔡総統 が規律より も、むしろ 時間をかけ た意思 疎 通を通じて彼女のいう「執政チーム」内部の意見の一致を図ること、 す なわち凝集 性を高める ことで、そ の一体性を 形成し確保 しよう と していることを指摘したい。
二 台湾の半大統領制
1 半大統領制とのその特徴 台湾の現行の執政制度は半大統領制である2。半大統領制とは大統 領制とも議院内閣制とも異なる執政制度の類型の 1 つである。ロバ ート‧エルジー(Robert Elgie)は、半大統領制を「任期が固定して い る民選の大 統領が、議 会に責任を 負う首相や 内閣と並存 してい る 状況」と定義している3。2 Elgie, Robert, “The politics of Presidentialism,” in Robert Elgie (ed.),
Semi-Presidentialism in Europe (Oxford: Oxford University Press, 1999), pp. 1~21.
3 松本充豊「台湾の半大統領制―総統の「強さ」と政党リーダーシップ」粕谷祐子編
半 大統領 制は 、議会 から の自律 性を もつ大 統領 と、議 会多 数派の 信任に依拠した首相という 2 人の執政長官による行政権の分有を特 徴 とする。し かし、大統 領と議会と の関係では 、大統領制 と同じ よ う に、別個の 選挙で選ば れる大統領 と議会がそ れぞれ違う 民意を 代 表 している。 また、議会 に責任を負 う首相およ びその内閣 と、議 会 と の関係では 、議院内閣 制に近い特 徴が見られ る。以下で は、総 統 と 行政院長、 総統と立法 院、そして 行政院長と 立法院の関 係に注 目 しながら、台湾の半大統領制の制度的な特徴を確認する。 2 総統と行政院長―権力の「分有」 半大統領制の最大の特徴が、2 人の執政長官すなわち大統領と首相 の 間での行政 権の「分有 」である。 行政権がど のように分 有され て いるのかは、各国の憲法規定により異なる。「中華民国憲法」の規定 によると、行政院が国家の最高行政機関であり(第 53 条)、行政院 長こそが行政府の首班である。 総 統が行 政院 を直接 指揮 するた めの 制度的 なメ カニズ ムは 存在し な い。総統は 国家の安全 保障に関す る重大方針 を決定する ための 諮 問 機関として の国家安全 会議と国家 安全局を設 置できるが (追加 修 正条文第2 条第 4 項)、重要法案や予算‧決算案などを決める行政院 院会(閣議に相当)を取り仕切るのは行政院長であり(第 58 条)、 総統は行政院院会に参加することができない。 住 民の直 接選 挙によ って 選出さ れる 総統は 「国 家元首 であ り、対 外的には中華民国を代表する」(第35 条)存在であり、「全国の陸海 空軍を統率する」(第36 条)。総統は国家の安全保障に関する重大方 針 を決定する 憲法上の権 限を有して いる。ここ での国家の 安全と は
(ミネルヴァ書房、2010 年)、83~111 ページ。
「 国防、外交 、両岸関係 および国家 の重大な異 変などに関 連する 事 項」(国家安全会議組織法第2 条)のことである。これらの規定から、 総 統は国防、 外交および 両岸関係( 中台関係) を司る権限 を有す る と 考えられて いる。つま り、総統と 行政院長に よる権力の 分有の あ り 方とは、制 度的には行 政院長こそ が行政府の 首班なので あり、 総 統の権限は軍事、外交、両岸関係に限定されているのである。 た だし、 総統 は議会 であ る立法 院の 同意な しに 行政院 長を 任命す ることができる(追加修正条文第3 条第 1 項)。そのため、行政院長 は総統を補佐するスタッフの 1 人にすぎず、住民に直接選ばれた総 統 こ そ が 事 実 上 の 最 高 リ ー ダ ー で あ る と の 認 識 が 広 く 存 在 し て い る 。そもそも 総統はその 意中の人物 を選んで行 政院長に任 命して い る わけで、行 政院長も総 統に任命さ れてその職 にある以上 、総統 の 意 思に反して まで独自の 主張をつら ぬくことは できないの が実情 で あ る。したが って、総統 は自らの意 向を行政に 反映させる ことが 可 能になると考えられる。 政 策課題 を立 法化で きる 度合い で大 統領の 「強 さ/弱 さ」 を判断 するなら、台湾の総統は限られた憲法上の権限しかもたない「弱い」 総統である4。総統は人事権を使って行政院長に対する影響力を行使 し 、 総 統 の 意 向 を 行 政 院 の 政 策 に 反 映 さ せ る こ と は で き る と し て も 、 総 統 に は 大 統 領 令5を 発 布 す る 権 限 は な い し 、 法 案 提 出 権 も な い 。政策課題 の実現に向 けた法案の 立案、そし て議会であ る立法 院 へ の提出以降 の作業は、 行政院に委 ねられるこ とになる。 また上 述
4 松本、前掲論文、83~111 ページ。 5 ここでの大統領令(presidential decree)とは、議会での立法過程を経ずに、大統領が 国法を成立させる権限のことである。台湾の総統は、安全保障または財政‧経済上 の危機に際して緊急命令(emergency orders)を発布できるが、発布後 10 日以内に立 法院の承認が得られない場合は無効となる(追加修正条文第2 条第 4 項)。
の通 り、総統は 行政院を直 接指揮する ことができ ない。「部長 」( 大 臣)や「政務委員」(無任所大臣)と呼ばれる閣僚の指揮は行政院長 に 委ねられる ため、総統 が各閣僚の 言動に直接 口を挟むこ とはで き ない。 3 総統と立法院―権力の「分立」 半大統領制の第 2 の特徴は、大統領と議会の間に権力の「分立」 を 特徴とする 大統領制に 類似した関 係が生じる ことである 。これ は 大統領制と同じように、大統領選挙と議会選挙の 2 つの選挙が行わ れ るためであ る。別個の 選挙で選ば れる大統領 と議会はそ れぞれ が 違 う民意を代 表し、異な った民主的 な正統性を 有している 。大統 領 は 固定任期で あり、議会 は大統領や その政権の 存続に責任 を負わ な い 。そのため 、大統領と 同じ政党( 政権党)に 所属する議 員であ っ て も、彼らに は大統領を 支える誘因 があまり存 在しない。 台湾の 半 大 統領制にお いても、総 統と立法院 との間には こうした関 係が生 ま れる。 台 湾の総 統は 、韓国 の大 統領と 比べ ると、 その 憲法上 の権 限はか なり限定されている6。総統には大統領令を発布する権限がなく、立 法 院で通過し た法案に対 する拒否権 もない。総 統が有する 立法院 の 解 散権も立法 院で行政院 長に対する 不信任案を 可決されな いと行 使 できない(追加修正条文第2 条第 4 項)。これまで立法院が行政院長 不 信任案を可 決した経験 はない。行 政院長不信 任案を可決 させる こ と は、解散に よる議員職 の喪失につ ながりかね ず、さらに 再選の た
6 粕谷祐子「アジアにおける大統領‧議会関係の分析枠組み―憲法権限と党派的権力 を中心に」粕谷祐子編著『アジアにおける大統領の比較政治学―憲法構造と政党政 治からのアプローチ』(ミネルヴァ書房、2010 年)、1~37 ページ。
め のコストを 考えたなら ば、それは 多数派の議 員にとって 合理的 な 選 択とはいえ ない。少数 派の議員が 行政院長へ の不信任案 を提出 し て も、そもそ も可決され る見込みは ない。立法 院は行政院 長を解 任 で きる権限を 手にしなが らも、事実 上それを行 使すること はない の である。 立 法院が 行政 院長へ の不 信任を 可決 しなけ れば 、総統 の立 法院に 対する解散権はいわば「絵に描いた餅」に等しい。拒否権をもたず、 解 散権も行使 できない総 統は、議会 多数派すな わち政権党 の個々 の 立 法委員を直 接コントロ ールできる 制度的な手 段をほとん ど持た な い 。せいぜい 可能なのは 、総統が握 る人事権を 使って、立 法委員 を 総統府の要職につけて一本釣りする程度のことである。 4 行政院長と立法院―権力の「分離」 半大統領制の重要な要件の 1 つは、議会に責任を負う首相の存在 で ある。この 点では純粋 な議院内閣 制と共通し ている。議 会内の 多 数 派が与党と なって首相 を選出し、 内閣を継続 させる純粋 な議院 内 閣 制では、与 党は不信任 によってい つでも内閣 を倒すこと もでき る が 、その一方 で、内閣が 存続してい る限りはそ れを支える 責任を 負 っている7。 し かし、 台湾 の執政 制度 の制度 設計 では、 行政 院長は 立法 院内の 多 数派によっ て、立法委 員の中から 選任される わけではな い。総 統 が 行政院長を 任命する際 にも立法院 の同意を必 要としない 。既述 の 通 り、たとえ 同一政党に 所属してい るとしても 、総統と政 権党の 立 法 委員は別個 の選挙で選 ばれており 、政権党の 立法委員は 行政院 長
7 待鳥聡史『代議制民主主義―「民意」と「政治家」を問い直す』(中公新書、2015 年)、 162 ページ。
と その内閣を 支える責任 を負ってい ない。その ため、純粋 な議院 内 閣 制に見られ るような、 行政権と立 法権が首相 の手の下で 融合す る と いう権力の 「融合」が 導かれるこ とはなく、 台湾では行 政院長 と 立 法院の間で 権力はむし ろ「分離」 している。 そして、大 統領が 首 相 を 任 命 す る 際 に 議 会 の 同 意 を 必 要 と す る 他 の 半 大 統 領 制 と 比 べ て 、政権党の 立法委員に は行政院長 とその内閣 を支えよう とする 誘 因 が乏しい。 加えて、台 湾の憲法に は、立法委 員は行政院 長や閣 僚 などの行政職を兼任できないことが定められている(憲法第75 条)。 こ のことは政 権党の立法 委員が政府 内での政策 決定から事 実上排 除 さ れているこ とを意味す る。立法委 員にとって は議員とし てのキ ャ リ アがすべて であり、彼 らの議員と しての実績 や政治生命 は政府 の 政 策実績とは 切り離され ていること が多い。し たがって、 たとえ 統 合 政府が実現 していても 、政権党の 立法委員が 行政院(政 府)の 政 策(つまり総統の意向)を支持するとは限らないのである。
三 政治制度と政党組織
民主政治に おいて政府 が政策を実 現するには 、その裏付 けとな る 法 律の整備が 必要である 。議会での 法案審議で は、多数派 すなわ ち 政 権党の議員 の支持をい かに得るか が、政府に とって最大 の関心 事 と なる。とこ ろが台湾で は、総統は 政権党の立 法委員たち に、行 政 院 が提出した 法案への支 持を促すた めの制度的 な手段をほ とんど 持 たない(この点は、行政院長も同様である)。総統が政権党の立法委 員 たちに影響 力を行使す るには、非 公式な手段 もしくは非 憲法的 な 仕 組みに頼ら ざるを得な い。その代 表的なもの が政党組織 である 。 歴 代の民選総 統が政権党 の党首兼任 という強い インセンテ ィブに 駆 られたのも、そのためである。 政権運営を安定的に進めていくためには、政権党の「一体性(partyunity)」 を 確保 で き る かど う か が 重要 な 鍵 と なる 。 政 党 の一 体 性 と は 、ある政党 の所属議員 がまとまっ た行動をと ることを指 すが、 一 体 性が確保さ れるために は、政党の 執行部(幹 部)が所属 議員に 同 じ行動をとるよう強制するという「規律(discipline)」か、同じよう な 理念や政策 上の関心を 持った議員 が集まって いるために 同じ行 動 をとるという「凝集性(cohesion)」の、少なくともいずれかが作用 し ていること が必要とな る。政党内 で統一的な 方針を決定 する過 程 で は、党執行 部からのト ップダウン による強制 、すなわち 規律に よ る 意見集約が 行われる場 合もあれば 、時間をか けた議論を 通じて 一 般 議員の間で の意見の一 致、すなわ ち凝集性を 高めること で意見 集 約 が図られる 場合もある 。また、イ デオロギー や深刻な社 会的亀 裂 に 基づく政党 システムで あれば、政 党内部の凝 集性は高ま りやす い と される。規 律が強く働 いていれば 一体性が確 保されるし 、凝集 性 が 高い場合に も政党の一 体性は高ま る。凝集性 が高ければ 規律は 必 要 ないが、規 律が強く働 いていれば 凝集性がな くとも政党 の一体 性 は確保できることになる8。 待 鳥聡史 は、 執政制 度と 選挙制 度と いう基 幹的 政治制 度の 組み合 わ せは、政党 組織のあり 方すなわち 政党の一体 性に影響を 及ぼす と 指摘する。大統領制と比例性9の低い選挙制度(例えば小選挙区制) が 組み合わさ れた制度配 置の場合、 議院内閣制 の与党とそ の所属 議 員 とは異なり 、大統領制 の下では政 権党も議会 の多数派も 政権を 支 え る責任を負 っていない ため、大統 領と同じ政 党(政権党 )に所 属 す る議員であ っても、彼 らには大統 領を支える 誘因があま り存在 し
8 建林正彦‧曽我謙吾‧待鳥聡史『比較政治制度論』(有斐閣、2008 年)、153 ページ、 および待鳥、前掲書、156~158 ページ、160-161 ページ。 9 比例性とは、ある選挙制度が有権者の投票をどのくらい比例的に議席に変換するか を表している。
ない10。一方、比例制の低い選挙制度の下では、政党システムは二大 政 党制になる 可能性が高 く、二大政 党は党内に 異なる考え 方をも っ た 複数の議員 集団(例え ば派閥)が 存在して雑 居的な特徴 を帯び る こ とになる。 しかし、大 統領を支え る必要がな いことから 、政権 党 内 では統一的 な方針を決 める誘因が ほとんど作 用しておら ず、規 律 に よる一体性 の確保が行 われない。 ただし、大 統領と政権 党の所 属 議 員は政治的 立場が似て いる可能性 が高いため 、政権党の 所属議 員 が 大統領の意 向を支持す ることが多 くなるが、 それは凝集 性によ っ て一体性がもたらされているということになる11。 台 湾の基 幹的 政治制 度は どうか とい えば、 半大 統領制 と小 選挙区 比 例代表並立 制の組み合 わせである 。すでに見 たとおり、 台湾の 半 大 統領制では 、政権党も 立法院の多 数派も、総 統および行 政院長 を 支 える責任を 負っておら ず、政権党 の立法委員 には総統や 行政院 長 を 支えようと する誘因が 乏しい。ま た、台湾の 小選挙区比 例代表 制 は 日本や韓国 と比べてさ らに比例性 が低く、政 党システム は二大 政 党制となっている12。こうした政治制度の組み合わせの政党組織に対 す る影響は、 大統領制と 比例制の低 い選挙制度 の組み合わ せと事 例 と かなり近い ものになる と考えられ る。つまり 、台湾にお ける現 行 の 制度配置の 下では、政 権党内で統 一的な方針 を決める誘 因がほ と
10 議院内閣制の場合、与党は内閣に対する不信任を示すことでそれを倒すこともでき るが、内閣が存続している限りはそれを支える責任も負っている。そのため、与党 幹部は内閣の方針に対して所属議員を従わせるよう努めるようになり、規律による 一体性の確保が図られることが多い。しかし、政権が議会内の多数派によって存続 するわけではない大統領制では、このような関係は成り立たない(待鳥、前掲書、 162 ページ)。 11 待鳥、前掲書、163 ページ、175~177 ページ。 12 松本充豊「小選挙区比例代表並立制―台湾と韓国」岩崎正洋編著『民主主義と選挙』 (吉田書店、2013 年)、235~255 ページ。
ん ど作用せず 、規律によ る一体性が 形成されに くい。ただ し、イ デ オ ロギー的な 団結などの 凝集性によ って政権党 の一体性が 確保さ れ る 可能性は高 く、その場 合には総統 の意向、お よび行政院 の政策 が 立 法院の多数 派(政権党 所属の立法 委員)の支 持を得やす くなる 。 政 権党か非政 権党かを問 わず、こう した影響は 制度配置が 変更さ れ な い限りは避 けられず、 また党派に 関係なく、 どの総統も 同様に 直 面 する問題で ある。総統 が政権運営 を安定的に 進めていく には、 何 ら か の 形 で 政 権 党 の 一 体 性 を 確 保 す る こ と が 求 め ら れ る 。 以 下 で は 、こうした 角度から蔡 英文総統の 現段階での 取り組みに ついて 考 察する。
四 蔡英文総統の取り組み
1 民進党の掌握 総統による政権党の党首兼任については、蔡英文は総統当選後の3 月2 日、党主席を総統就任後も兼任することを決定した13。民進党は も ともと分権 的な政党で あり、派閥 連合的な性 格が強く一 体性に 欠 け 雑居性が高 い。党首で ある党主席 の権限はさ ほど強くは なく、 意 思 決定では合 議制が採用 されている 。民進党の 政党組織の あり方 が 党主席のリーダーシップを制約する部分が少なくない14。そうした中13 蔡主席は 3 月 3 日、総統職との兼任を決めた理由について、執政チームが素早く、 かつさらに効率よく意思疎通を行い協調できるようにするためだと語っている(民 主進步黨新聞稿「蔡英文:總統兼任主席是為了讓執政團隊快速溝通協調且更有效率」 民主進歩黨網頁、http://www.dpp.org.tw/news_content.php?kw=&m1=10&y1=2016&menu _sn=&sub_menu=43&show_title=%E6%96%B0%E8%81%9E&one_page=10&page=20&st art_p=11&act=&sn=8847&stat=&order_type=desc&order_col=add_date&data_type=%E6% 96%B0%E8%81%9E、(2016 年 9 月 10 日閲覧)。
14 Rigger, Shelley, From Opposition to Power: Taiwan’s Democratic Progressive Party
で 、 蔡 総 統 は 世 論 の 支 持 と 党 内 で の 高 い 権 威 と い う 権 力 資 源 に よ り 、党主席と しての実質 的な権力を 拡大し、民 進党の組織 をうま く 掌 握している 。現職の総 統であるだ けでなく、 民進党初の 「完全 執 政 」を実現し た党主席と して、蔡英 文は党内で 極めて高い 権威を 有 している。「英派」と呼ばれる彼女自身に近いグループに加えて、党 内 最大派閥で ある新潮流 派や陳菊高 雄市長のグ ループと良 好な関 係 を 維持し、他 の派閥やグ ループも蔡 主席を支持 する方向で まとま っ た。 次に、党所 属の立法委 員との関係 についてで ある。立法 院内で 各 党 の立法委員 が結成する 会派‧同党の議員団のことを「党団」とい う 。議員総会 に当たるの が「党団会 議」である 。民進党の 立法院 党 団 の幹部は「 党団三長」 と呼ばれる 総召集人、 幹事長と書 記長の 三 役から構成される15。民進党では毎週水曜日、党の常任役員会にあた る 中央常務執 行委員会( 中常会)が 開催される 。中常会は 党主席 が 招集し、議長としてその運営にあたるが、党団の幹部 3 名はいずれ もこのメンバーである。 党所属の立 法委員のま とめ役が総 召集人であ る。蔡総統 が立法 院 長 の座を狙っ ていたベテ ラン議員の 柯建銘をこ のポストに 据える こ と に成功した 意味は非常 に大きい。 柯建銘は議 事に関する 知識と 経 験 が豊富で、 党団総召集 人としての 経歴も長い が、老獪な 政治家 ゆ え にネガティ ブなイメー ジが付きま とった。蔡 総統は「議 長の中 立 化」を 1 つの柱とする国会改革を掲げており、彼が立法院長に就任
が政権を担当する期間は総統が党主席を自動的に兼任するよう党内ルールを改めた が、党主席の権限や党内の意思決定方式に関する党内ルールの変更はこれまで行わ れていない。 15 現在の三役は総召集人の柯建銘、幹事長の吳秉叡(蘇貞昌派)と書記長の陳亭妃(游 錫堃派)である。
し たのでは改 革にとって マイナスで あるばかり か、蔡総統 が党主 席 と して彼に影 響力を行使 するのも難 しくなる可 能性があっ た。そ の 一 方で、新人 議員が増え た党団のま とめ役とし ては、柯建 銘ほど う っ てつけの人 物はなかっ た。法案の 審議が「党 団協商」と 呼ばれ る 会 派の幹部ら による協議 に持ち込ま れた場合で も、そのノ ウハウ を 彼以上に知る議員はおらず16、交渉を民進党に有利な方向に持ち込め る と思われた 。最後まで 立法院長に 強い意欲を 見せた柯建 銘だっ た が 、党内の情 勢がもはや 不利と悟っ た彼は土壇 場で立候補 を断念 し た 。 立 法 院 で は 蔡 英 文 の 盟 友 で あ る 蘇 嘉 全17が 立 法 院 長 に 選 ば れ た が、総召集人の座を柯建銘と争う者は党内には誰もいなかった。 実は、柯建銘は今回の選挙では選挙区から立候補した。彼は過去 2 回比例区で当選を果たしていたが、民進党の内規で比例区での 3 度 連 続の立候補 は禁止され ていた。ベ テランとは いえ、長ら く選挙 区 を 離れていた 柯建銘にと って、選挙 区での出馬 は不利な面 が大き か っ た。しかし 、党主席の 蔡英文はそ れを承知の 上で内規の 変更は 行 わ ず、彼を選 挙区から立 候補させた 。彼女も自 らの選挙戦 の合間 を 縫 っては、て こ入れのた めに何度も 彼の選挙区 に入って応 援し、 そ の 甲斐もあっ て柯建銘は 議員生命を つなぐこと ができた。 こうし た 事 情が組み合 わさること で、蔡総統 は党主席と して柯建銘 を通じ て 党 所属の立法 委員たちを まとめる、 すなわち党 団の一体性 を作り 出
16 彼と同様に党団協商を熟知する人物として長年立法院長を務めた国民党の王金平が いる。彼は現在同党の立法委員の一人だが党団の幹部ではなく、党団協商に参加す ることもない。 17 蘇嘉全は 2009 年 12 月に民進党の秘書長に就任、当時の党主席だった蔡英文を支え た。その後、2010 年の台中市長選挙出馬のため同職を辞任したが、選挙後に蔡主席 の要請により再び秘書長を務め、2012 年の総統選挙では民進党の副総統候補として 総統候補の蔡英文とともに選挙戦を戦った。2014 年に蔡英文が再び党主席に返り咲 くと選挙対策委員会の召集人を務めた。
すための仕組みを手にしたのである。 とはいえ、 党所属の立 法委員たち をまとめる ことの難し さも明 ら かになった。本年 2 月に第 9 期立法院が招集されて間もなく、民進 党 の高志鵬立 法委員が政 府機関や学 校、軍施設 などに孫文 の肖像 画 を 掲げる規定 の廃止を提 案する考え を示し、国 民党から「 移行期 の 正 義」に名を 借りた中華 民国体制へ の挑戦だと の批判が起 こった 。 これに対して、蔡主席は 24 日、「議題設定には戦略的な考慮が必要 だ 」と指摘し 、政治的に 敏感な議題 や重大政策 については 党団会 議 で 議論するよ う求めて、 高立法委員 の提案にス トップをか けた。 こ の 件について 、民進党の 他の立法委 員からは「 提案の背景 には選 挙 区からの圧力がある」との指摘や、「個々の立法委員は考え方やタイ プ も異なるた め、党団は それぞれの ニーズも尊 重すること も必要 で ある」との意見が出された18。それぞれの選挙区の事情を抱える立法 委 員たちが、 必ずしも規 律に従うと は限らない こと示唆す る出来 事 だったといえる。 2 行政部門と立法部門の調整 次 に、行 政部 門と立 法部 門との 関係 である 。よ り具体 的に は、行 政 院長および 閣僚と、民 進党の立法 委員たち( 党団)との 関係と い う ことになる 。すでに指 摘したよう に、行政院 と立法院の 間では 権 力 の「分離」 という特徴 が見られる 。蔡総統は 行政院を直 接指揮 す る ことはでき ないため、 本来であれ ば蔡総統が 党主席を兼 任する 政 権 党を通じて 公式の制度 の機能を補 うことが望 ましいが、 新政権 で はそれが困難となっている。 新政権発足に先立ち、民進党は 4 月 9 日、臨時全国党員代表大会
18 郭瓊俐「約束綠委 蔡英文:提案要有戰略思維」『聯合報』2016 年 2 月 25 日、A4 版。
( 党大会)を 開いて党規 約を一部改 正した。総 統が党主席 を兼任 す る 間、行政院 長と総統府 秘書長を中 央常務執行 委員会、中 央執行 委 員 会の非改選 メンバーと した規定、 および行政 院長や閣僚 をはじ め とする行政院の幹部を党代表とした規定がそれぞれ削除された19。こ れ は行政院長 や閣僚たち が党派を超 えて政務に 専念できる よう配 慮 し たもので、 さらに民進 党の外から の人材の登 用を可能に する狙 い もあった20。これを踏まえて、蔡総統は意中の人物である非党員の林 全を行政院長に任命した21。閣僚にも学者や専門家など外部から人材 が 登用され、 全閣僚のう ち民進党員 はわずかで 、非党員の 閣僚が 多 数を占めた。 その一方で、党規約改正の結果、(党主席を兼任する)総統と行政 院 長、そして 行政院長と 党団三長が 定期的に意 思疎通を図 る場が な く なってしま った。また 、総統が党 主席として 行政院長と 閣僚に 対 し て影響力を 行使する手 段も失われ た。蔡総統 には彼らに 意思疎 通 を 促す程度の ことしかで きず、あと は林全行政 院長の指揮 に委ね る か 、もしくは 党所属の立 法委員と彼 らとの意思 疎通に任せ るしか な い。こうした問題の解決策として、第 1 に、行政部門と立法部門の 協 調と意思疎 通のための 枠組みとし て「行政立 法協調会報 」が設 置 さ れた。この 会議は毎週 月曜日に行 政院で開催 され、行政 院副院 長 ( 林錫燿)と 党団総召集 人(柯建銘 )を共同議 長とし、行 政院秘 書
19 中央常務執行委員会の非改選メンバーは党主席(蔡英文)と党団三長、および直轄 市の市長(4 名)と県市長(1 名)となった。 20 林河名「拚執政 民進黨改黨章 閣揆免兼黨職」『聯合報』2016 年 4 月 10 日、A3 版、 および前掲「蔡英文:總統兼任主席是為了讓執政團隊快速溝通協調且更有效率」。 21 林全は陳水扁政権で行政院主計処主計長、財政部長を歴任した。民進党員ではない が、蔡英文主席の下では民進党のシンクタンクである新境界文教基金會の執行長(同 基金会の董事長は蔡英文主席)を務め、蔡英文の総統当選後には「政権交接小組」 召集人の一人に任命された。高雄市出身の外省人2 世である。
長 や一部の閣 僚、党団の 幹部や一部 の立法委員 が出席し、 総統府 副 秘書長と党秘書長も列席する22。第2 に、蔡総統と林行政院長も毎週 月 曜日の午前 、定期的に 会談するこ とになった (後に水曜 日午前 中 に変更)23。 と ころが 、新 政権が 発足 した途 端、 行政院 長や 閣僚が 事前 の調整 な く唐突に新 たな政策を 打ち出す事 態が相次い だ。例えば 、賀陳 旦 交通部長(国土交通大臣に相当)は5 月 22 日、端午節前後に行われ て いた高速道 路の夜間通 行料金無料 化措置を廃 止すると突 如発表 し た 。林行政院 長は本件を 賀交通部長 から発表当 日に知らさ れ、蔡 総 統 は翌朝の新 聞記事で初 めて知った とされる。 林行政院長 は賀交 通 部 長に再検討 を求め、蔡 総統もこの 種の政策で 拙速な対応 は慎む よ う 彼に電話で 直接伝えた が、利用者 負担を唱え る賀交通部 長は態 度 を変えなかった。そこで、蔡総統は同月25 日の民進党中央常務執行 委 員会で、列 席していた 林錫燿行政 院副院長に 対して、賀 交通部 長 に 党団との意 思疎通を図 るよう要請 するよう求 めた。同時 に、立 法 委 員は閣僚と もう少し直 接的に意思 疎通を行っ てよいと党 団三長 に 伝えたとされる24。その後、賀交通部長と党団三長との間で2 度の協 議 が行われた が、賀交通 部長は一歩 も譲らず、 党団は最終 的に彼 の 方針を了承した25。 さらに、林行政院長が6 月 5 日、夏の電力需要がひっ迫した場合、 運転停止中の第 1 原発 1 号機の再稼働を検討すると発言し、原発反 対 派の与野党 の立法委員 や環境保護 団体から強 い批判の声 が上が っ
22 林敬殷「行政立法協調會報 今啟動」『聯合報』2016 年 5 月 23 日、A2 版。 23 仇佩芬「加強府院溝通 蔡英文、林全未來每週一會」『風傳媒』2016 年 5 月 25 日、 http://www.storm.mg/article/122497、(2016 年 9 月 10 日閲覧)。 24 丘采薇「黨團『拜碼頭』林全遭自家人關門圍剿」『聯合報』2016 年 5 月 29 日、A4 版。 25 丘采薇「民生定價政策 蔡指示必須讓她知道」『聯合報』2016 年 5 月 29 日、A3 版。
た26。本件については、翌6 日に開かれた行政立法協調会報で協議が 行 われたが、 民進党の立 法委員から は安全性に 対する疑念 がある 中 で 再稼働に触 れるのは不 適切との声 や、事前に 何ら意思疎 通を行 わ な かった林行 政院長に対 し批判がな された。最 終的に、行 政院と 党 団は蔡総統が公約に掲げる2025 年に原発運転をゼロにする目標は変 えず、第1 原発、第 2 原発、第 3 原発の運転期間は延長しないなど の認識で一致し、第1 原発再稼働の検討は事実上白紙となった27。 3 「弁当会」の開催 行 政部門 と立 法部門 との 間での 齟齬 が解消 され ない事 態を 重く見 た 蔡総統は、 端午節の休 暇を利用し て林行政院 長や閣僚ら を総統 官 邸に招き、2 日間にわたり重大政策の進捗状況の確認や意見交換を行 っ た。蔡総統 はこの場で 、特に閣僚 らに対して 民進党党団 の「政 策 小組」28と協調して十分な意思疎通を図り、今後は政策をめぐる齟齬 や衝突を避けるよう指示したと報じられた29。 林行政院長は 6 月 11 日、総統官邸での会合の後、行政院に柯総召 集 人を招いて 行政院と党 団との意思 疎通の枠組 みについて 協議し 、 毎 週木曜日の 昼に林行政 院長と党団 三長および その他の立 法委員 ら
26 李昭安‧胡宥心‧鄭媁「又見髮夾彎 林全思考『重啟核一 1 號機』」『聯合報』2016 年 6 月 6 日、A1 版。 27 林敬殷‧胡宥心「重啟核一廠一號機胎死腹中 綠委怨林全話說太快」『聯合報』2016 年6 月 7 日、A1 版。 28 党団の「政策小組」とは立法院の 8 つの常設委員会に対応して党団内に作られた政 策グループで、立法院の各種常設委員会で「召集委員」と呼ばれる委員長や委員を 務める立法委員たちで構成されている。 29 林河名‧何孟奎「蔡英文召林内閣連開 3 會」『聯合報』2016 年 6 月 11 日、A1 版、お よび林河名「林全每周要與綠委 “便當會”」『聯合報』2016 年 6 月 12 日、A1 版。
による「弁当会」を開催することを決定した30。弁当会には行政院か ら行政院長、副院長、秘書長の三役、党団からは総召集人、幹事長、 書 記長の三役 、そして議 題に応じて 立法院の各 種常設委員 会で「 召 集 委員」と呼 ばれる委員 長や委員を 務める立法 委員が参加 する。 議 題 を重大政策 に絞って議 論し、行政 院と党団と の意見のす り合わ せ を 行い、双方 の間で生じ た齟齬を解 消するのが 弁当会の目 的であ る 31。これにより、行政院長と党団三長との定期的な意思疎通の場が復 活 し、さらに 立法委員が 行政院長に 政策に関す る意見や提 言を直 接 打ち出すことのできる場が生まれた。 6 月 16 日に行われた初回の弁当会では、長期介護制度の財源をめ ぐ る問題 が議 題とさ れた 。同 月 14 日に立法院で行われた総質疑で は 、相続税と 営業税の増 税による税 収分を特定 財源とする 林行政 院 長 の構想に対 し、民進党 の鄭寶清立 法委員が疑 問を呈した 。鄭立 法 委 員はさらに 、増税は経 済循環に悪 影響を及ぼ すだけでな く、中 低 所 得世帯の負 担が最も大 きくなると 激しく批判 、林行政院 長も特 定 財 源に頼らず 保険制を採 用すれば、 住民の負担 はもっと大 きくな る と反論した32。16 日の弁当会では、立法委員から、営業税の増税で 財 源を補うや り方は庶民 の反発を招 くといった 意見や、政 府がま ず は 長期介護制 度のビジョ ンを示し、 住民に十分 な説明を行 った上 で 財 源について 議論しない と増税やイ ンフレの問 題に議論が すり替 え ら れてしまい 、長期介護 制度の確立 にとって大 きな障害に なりか ね
30 林河名、前掲「林全每周要與綠委 “便當會”」。 31 丘采薇‧李順德「『政策共決協調機制』加強兩院溝通」『聯合報』2016 年 6 月 12 日、 A3 版。 32 李昭安‧胡宥心「長照要增稅 林全『便當會』立委」『聯合報』2016 年 6 月 15 日、A1 版、および胡宥心「長照財源 綠委質疑林全 形同課窮人稅」『聯合報』2016 年 6 月 15 日、A3 版。
な いとする意 見が出され た。立法委 員との議論 を踏まえて 、行政 院 は関連法改正案の第 9 期第 1 会期中の立法院への提出を見送ること を決めた33。 新政権の内 政面での迷 走を最も強 く印象づけ た完全週休 二日制 の 導 入について も、その実 施延期は弁 当会での議 論を経て決 まった 。 行政院が1 週間のうち必ず 1 日は休まねばならないとする制度への 変 更を実施し ようとした ところ、運 輸業界や観 光業界から は限ら れ た人員でのやりくりが困難になると批判の声が上がった34。それでも 行政院は 8 月の新制度導入を決めたが、それが今度は労使双方から の猛反発を引き起こした。事態を深刻に受け止めた蔡総統は7 月 28 日 、弁当会を 総統府に場 所を移して 開催するこ とを決めた 。弁当 会 で は、立法委 員が行政院 に強い不満 を示し、行 政院も彼ら を遠回 し に 批判するな ど、重苦し い雰囲気だ ったという 。蔡総統は その場 で 行 政院に関係 各方面との 意思疎通を さらに進め るよう強く 求め、 行 政 院に実施の 再考を促し た。行政院 は主管官庁 である労働 部(厚 生 労働省に相当)による検討を踏まえて、7 月 30 日に実施を 2 カ月延 期すると発表した35。 4 党内への呼びかけ 政権発足か らわずかひ と月の間に 、民進党内 では立法委 員を中 心
33 李昭安‧胡宥心‧丘采薇「別上台就加稅 長照修法不急推」『聯合報』2016 年 6 月 17 日、A3 版。 34 鵜飼啓「台湾蔡政権、多難な船出 発足 3 カ月、主要人事‧政策暗礁」『朝日新聞デ ジ タ ル 』2016 年 8 月 20 日 、 http://digital.asahi.com/articles/DA3S12519859.html?_ requesturl=articles%2FDA3S12519859.html&rm=150、(2016 年 9 月 10 日閲覧)。 35 丘采薇‧胡宥心「幕後 蔡總統出手 7 休 1 延後關鍵」『聯合報』2016 年 8 月 1 日、A2 版。
に 行政院に対 する不信感 、不満や反 発が広がっ た。そのあ まりの 激 し さに、蔡総 統は民進党 と政府が「 執政チーム 」として一 体性を 確 保 していくこ とを党に呼 びかけ、立 法委員に行 政院長や閣 僚への 理 解と協力を求めた。 6 月 22 日、民進党の中央執行委員会で党主席として挨拶に立った 蔡総統は、「民意の最前線に立つ民意代表(議員)や地方首長には国 民 の政策に対 する反応を 引き続き反 映させてほ しい」と述 べると と もに、「しかし、私がここで皆に注意を促したいのは、民意を反映さ せ ること以外 に、政務に 従事してい る同志は異 なる位置に 身を置 い て いることで ある。行政 と立法、地 方と中央を 問わず、我 々の役 割 は 異なってい る。しかし ながら、我 々は同じ執 政チームで ある」 と 強調した。そして、「私は、今から内部のまとまりがさらにチームワ ー クが取れた ものになり 、意思疎通 がさらに全 面的に行わ れ、改 革 の 歩みがさら に一致した ものになる よう望んで いる。した がって 、 執政チームにあるのはただ 1 つの共通目標である、すなわち現在台 湾社会が直面する問題を解決することだ」と述べて、「人民とともに 並 び立ち、団 結し協力し よう。同じ チーム、同 じ目標で、 問題を 解 決する政府にしよう」と党員全体に呼びかけた36。 ま た、蔡総統 は同日、管 碧玲(謝長 廷系)、陳亭 妃(游錫堃系)、 呉秉叡(蘇貞昌系)、段宜康(新潮流派)、そして陳明文(英派)の 5 名 の立法委員 と昼食会を 催した。民 進党内の主 要勢力を代 表する 彼 /彼女らに対し、「行政院の閣僚たちに経験を積む時間を与えてあげ
36 民主進步黨新聞輿情部「民主進步黨第十六屆第二十二次中執會新聞稿(2016/06/22)」 民主進歩黨網頁、http://www.dpp.org.tw/news_content.php?kw=&m1=09&y1=2016&menu _sn=&sub_menu=43&show_title=%E6%96%B0%E8%81%9E&one_page=10&page=5&sta rt_p=1&act=&sn=8981&stat=&order_type=desc&order_col=add_date&data_type=%E6%96 %B0%E8%81%9E、(2016 年 9 月 10 日閲覧)。
て 欲しい。彼 らを批判ば かりしてい ると委縮し てしまい、 何もし な く なってしま う」と率直 に語り、理 解と協力を 求めたと伝 えられ て いる37。
五 おわりに
蔡英文政権発足から 3 カ月あまり、台湾の内政面での動きは総統 の 政権運営が 制度的条件 に大きく制 約されるこ とを改めて 浮き彫 り に した。行政 部門と立法 部門の間で の意見のす り合わせや 意思疎 通 が う ま く い か ず 、 結 果 と し て 迷 走 と の 印 象 を 与 え た こ と は 否 め な い 。それが蔡 総統に対す る支持率( 満足度)の 低下につな がった 一 因だと考えられる。 蔡 総統は 公式 の政治 制度 の不備 を補 うべく 、さ まざま な非 公式な 仕 組みや手段 を駆使して 、事態の打 開を図ろう としている 。行政 部 門 と立法部門 の調整に努 め、双方に 対し意思疎 通を求めて いる。 彼 女 のいう「執 政チーム」 内で生じた 齟齬や足並 みの乱れが 解決さ れ 政 権運営が安 定に向かえ ば、蔡総統 に対する世 論の評価に もある 程 度 の 改 善 が 期 待 で き る 。 そ れ は ま た 彼 女 の 属 人 的 な 権 力 資 源 の 維 持 、さらには 拡大につな がるだろう 。そうした 好循環に持 ち込め る かどうかの鍵となるのが、執政チームの一体性の確保である。 蔡 総統の 取り 組みの キー ワード が意 思疎通 であ る。蔡 総統 は、民 進 党の党団内 でも、行政 院と党団と の間でも、 意思疎通を 図るよ う 強 く、そして 繰り返し求 めている。 蔡総統の取 り組みは、 政権内 で 統 一的な方針 を決定する 過程におい て、時間を かけて党団 の立法 委 員 の間で、そ して行政院 と党団との 間で意見の 一致を図る 、すな わ37 丘采薇‧胡宥心‧林敬殷「召黨內各派系 蔡總統喊話:一直罵、恐罵到不敢做事」『聯 合報』2016 年 6 月 23 日、A2 版。
ち 凝集性を高 めることで 、執政チー ムの一体性 を確保しよ うとす る 試 み だ と 捉 え る こ と が で き る 。 現 行 の 政 治 制 度 の 制 度 設 計 の 下 で は 、総統は行 政院を直接 指揮するこ とができず 、政権党内 では規 律 が 作用しにく い。意思疎 通を通じた 合意形成、 政策や法案 につい て の 意見の一致 を重視する 蔡総統の手 法は、こう した現実に 見合っ た 選 択だといえ る。また、 歴代の民選 総統は程度 の差はある にせよ 、 規 律によって 政権党の一 体性を確保 することで 、強いリー ダーシ ッ プ を発揮しよ うとしてき た。そのこ とを想起す るなら、蔡 総統は こ れ までとは異 なる、新た なリーダー シップのあ り方を模索 してい る といえるかもしれない。 追記:本校脱稿後の10 月 1 日、蔡英文総統は新たな政策決定の調 整 メカニズム として「執 政決策協調 会報」を設 置すると発 表した 。 こ の会議は毎 週月曜日の 昼に開催さ れ、同会報 は蔡英文総 統、陳 建 仁 副総統、林 全行政院長 、林錫耀行 政院副院長 、党団の柯 建銘総 召 集 人、呉秉叡 幹事長、民 進党の洪耀 福秘書長、 同党のシン クタン ク ( 新境界文教 基金会)の 邱義仁執行 長や民進党 所属の県市 長らが 出 席する。同月3 日には最初の会議が開かれた。 謝辞 本稿は日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(C)、課題番 号:26380200)の助成を受けた研究成果の一部である。 (寄 稿 :2016 年 9 月 21 日、採用:2016 年 10 月 25 日)
蔡英文總統政府運作的相關考察
松
本 充 豐
(京都女子大學現代社會學院教授)【摘要】
本 文是 從台灣 政治 制度的 特徵 及其影 響的 角度, 分析 蔡英文 總統 就職三個多月以來,於政府運作上努力的成效。隨著2016 年的政黨輪 替 ,台灣在民 主化後,第 一次出現了 由民進黨所 領導的完全 執政。 一 般 認為蔡英文 總統因為完 全執政的局 面,能夠順 利執政並推 動改革 。 但 實際上蔡政 府卻面臨了 行政部門與 立法部門的 意見不協調 等困境 。 台 灣在現行半 總統制之下 ,總統能夠 在制度上運 用的權力、 資源非 常 有 限。總統為 了彌補正式 制度上的不 足,必須倚 靠非正式或 者非憲 法 上 的機制。順 利推動執政 的關鍵,在 於總統是否 能確保執政 黨的一 體 性 。 本 文 欲指 出 蔡 總 統冀 望 其“執政團隊”進行溝通、協調,求取意見 一致,意即提高執政團隊的凝聚性來達成及確保執政團隊的一體性。 關鍵字:蔡英文、半總統制、完全執政、凝聚性、一體性A Study of President Tsai Ing-wen’s Efforts to
Manage the Government
Mitsutoyo Matsumoto
Professor, Faculty for the Study of Contemporary Society, Kyoto Women’s University
【
Abstract】
Focusing on the characteristics of Taiwan’s political system and its influences, this paper aims to analyze President Tsai Ing-wen’s endeavors to manage the workings of the government after assuming office for 3 months. With the power transition in 2016, a unified government led by the DPP emerged for the first time in Taiwan after the democratization. President Tsai Ing-wen is therefore widely expected to establish a strong executive body and to push through reforms.
However, the reality was quite different from the expectations. President Tsai was confronted with difficulties, such as the disarray or disagreement between the executive branch and the legislative branch. Under the distinctive features of Taiwan’s semi-presidentialism, the presidential power is limited and restrained. As a result, to supplement the defects of formal institutions, the president has to depend on informal or even non- constitutional mechanisms— that is, supports from his/her own political party. For president, the key to the efficient and effective government is to ensure the unity of the ruling party.
This paper points out that President Tsai tries to achieve a unified “executive team,” by encouraging the members to communicate, negotiate and ultimately, to reach consensus. In other words, this is done by enhancing cohesion, rather than exerting disciplines, as to establish a unified executive body.
Keywords: Tsai Ing-wen, semi-presidentialism, unified government, cohesion, unity
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