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また、文学に 対する考え方も変化した

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Academic year: 2022

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(1)

日本文学史 プリント№1(近代・その1)

∇近世から近代へ…260年以上にわたって政権を維持した江戸幕府が倒れ、武士の時代が 終わった(明治維新1)。(  )が解かれて西洋思想が大量に流入し、ここ から日本は市民社会の構築へと向かうことになる。文学史の上でも古典 文学/近代文学という太い境界線がここに引かれている。また、文学に 対する考え方も変化した。近世では、儒学などの武士階級の(    ) を指すことばであった「文学」が近代的概念へと移行して(    )の総 称となり、その中心となった小説は、公にその芸術としての価値を認め られるようになっていった。一方、(   )も拡大し2、大衆芸術としての 文学が成立した。

《啓蒙期の文学》…明治元年~明治20年頃まで。坪内逍遙や二葉亭四迷が登場し、近代文学 の幕が開くまで。

【戯作文学】…近世後期の戯作3が継承された。勧善懲悪などのテーマや色恋沙汰への興味、

軽妙洒脱さなどがその特徴である。

・代表的な作家…仮名垣魯文。彼には「安愚楽鍋」「西洋道中膝栗毛」「高橋阿伝夜叉譚」など の作品がある。彼の作品は、表面的にではあるが、世相の特色を捉え、新し い時代を風刺している。

・他に、二世為永春水(染崎延房)の「時代加賀見」、三世柳亭種彦(高畠藍泉)の「巷説児手柏」

などがある。また、成島柳北「柳橋新誌」を書いている。

【啓蒙期の評論】…明六社4に集まった洋学者たちが、啓蒙的な評論を著した。

・福沢諭吉「学問ノスゝメ」…実用的な学問の必要性を説いている。啓蒙期のベストセラー。

「文明論之概略」…東西文明の発達を考察し、近代国家建設への道を示している。

・中村正直「西国立志編」(翻訳)…成功のための、西洋的な自主の精神を説いている。

(敬宇)「自由之理」…J・S・ミル5の著書の翻訳。

・他に、西周・森有礼・加藤弘之などがいる。

【翻訳小説】…西洋文学の自覚的な翻訳が始まったのは、明治10年(1877年)代になって からである。

1 明治維新…政治的には市民社会の形成への基点となり、社会形態的には資本主 義社会の基点となった。この当時の日本の西洋化の状況は文明開化と呼ばれる。

2 読者層の拡大…学校教育・活版印刷・マスコミの発達をその要因として あげることができる。

3 戯作…近世後期の黄表紙・読本・洒落本・滑稽本・人情本・合巻などの総称。滑稽 さと洒落(wit)を主とした娯楽のための小説。

4 明六社…明治六年の森有礼の提唱により結成された日本最初の学術団体。西洋思 想の移入による啓蒙活動を行った。

5 ミル…イギリスの自由主義思想家。

(2)

・織田(丹羽)純一郎「花柳春話」…啓蒙的なだけでない翻訳小説の流行を促した。

・他に、川島忠之助訳の「八十日間世界一周」、井上勤訳の「月世界旅行」など、SFの翻訳も 流行した。

《選択肢》

:読者層 :鎖国 :言語芸術 :教養全般

日本文学史 プリント№2(近代・その2)

(《啓蒙期の文学》の続き)

【政治小説】…自由民権運動6の宣伝・啓蒙の手段として始まり、最初は戯作的な寓意小説7や 翻訳・翻案小説8がほとんどだったが、やがて小説自体を楽しめる創作が生 み出されるようになった。

・矢野龍溪「経国美談」…古代ギリシアの歴史に取材して、民主政治と統一国家の大切さを 説いたもの。

・東海散士「佳人之奇遇」…テーマは民族独立。雄大な筋立てを持つ。

・末広鉄腸「雪中梅」…政治小説退潮期の作品。風俗の写実・恋愛を絡めている。

【写実主義】…現実の再現を第一義と考える文学上の主張。

◇坪内逍遙…イギリスの写実主義に学び、(      )を第一義と考えた。

…坪内逍遙は小説論「    」(明治 18~19)を著して写実主義を提唱し、江戸 時代の(  )を批判して小説の改良を主張した。また、彼はその理論の実践を「

」などで試みたが、小説の方は成功したとは言い難い。

◇(     )…ロシアの19世紀文学に学んだ二葉亭は、坪内逍遙に共鳴し、「小説総論」

を著した。

…その理論の具体化である「  」(明治 20~22)は、未完に終わったが、近代 小説の(   )を告げる重要な作品である。写実的な(    )と時代の風 潮への(    )を特色とする。

…「浮雲」は、言文一致体9小説の先駆けとしても有名である。言文一致体は、同 じ頃、山田美妙によっても試みられた。その後、しばらく言文一致運動は衰

6 自由民権運動…藩閥政治(明治維新に貢献した地方の政治家だけが権力を 持っていた明治期の政治状況)に反対し、国民が自由に政治に参加する権 利を要求した明治期の運動。

7 寓意小説…意見や教訓の伝達を中心とした小説。

8 翻案小説…人名・地名・趣向を日本風に変えた翻訳小説。多少誇張して説明し てみると、例えば、「バーミンガムの貴族の息子ジェームスは、朝コーヒーを飲ん でから~。」→「福岡の地主の息子太郎は、朝味噌汁を飲んでから~。」のようにな る。

9 言文一致…

(3)

えたが、やがて尾崎紅葉によって復活して、小説の文体として徐々に定着し、

(   )の作家たちによって完成されたと言われる。

…ツルゲーネフ10の小説の翻訳「あひびき」「めぐりあひ」も、他の小説家に影響 を与えた。

………

《選択肢》:白樺派 :二葉亭四迷 :批判意識 :人情と世態風俗の模写

:幕開け :当世書生気質 :小説神髄 :浮雲 :戯作 :心理描写 日本文学史 プリント№3(近代・その3)

【擬古典主義11】…極端な欧化政策への批判が強まり、(    )的な気運が生じる中で、伝 統文学の見直しが図られ、特に西鶴12の再評価が行われた。

…写実主義を表現技法の問題として継承している。

…(    )・幸田露伴・樋口一葉が代表的な作家。

◇尾崎紅葉…硯友社13の中心人物として文壇で活躍した。

…西鶴の文体などに学んだ流麗な文体で有名。その写実主義は風俗小説14的な皮 相さもあるが、(       )や展開には非凡なものがある。

…代表作: 二人比丘尼色懺悔「 」(明治 22、出世作、雅俗折衷体15。)「多情多恨」

(「である」調。)「    」(大衆の支持を得た作品。)

◇幸田露伴…紅葉と同様に、西鶴の影響を受けたが、むしろ、(     )を生かした雄渾で 東洋的な作風にその特徴がある。

…作風はまた、(    )的で男性的である。

…文体は重厚な文語文体である。

…代表作:「風流仏」…恋愛至上主義と芸術の神秘が渾然と描かれ、超現実的な 味わいがある。

:「   」(明治 24)…のっそり十兵衛の名人気質を男性的・理想主 義的に描いている。

※紅葉と露伴が活躍した時期を(    )16と言う。二人の作風は(   )である。

◇樋口一葉…明治期を代表する女流作家。

10 ツルゲーネフ…ロシアの人道主義の作家。

11 擬古典主義…尾崎紅葉・幸田露伴・樋口一葉をひとつのグループにまとめ る文学史の考え方だが、この考え方を取らない人も少なくない。

12 西鶴…井原西鶴。近世の浮世草子という小説の作者。

13 硯友社…日本最初の文学結社。機関紙・我楽多文庫。尾崎紅葉の他に山田美妙 も硯友社の中心人物として活躍した。

14 風俗小説…小説の種類のひとつだが、社会風俗を表面的に描いただけの小説、

というような否定的な意味で使われることも多い。

15 雅俗折衷体…王朝(中古の貴族社会)的な雅やかな文体と、近代の俗語を交ぜて書く文体。

16

(4)

…はじめ、和歌を学んだが、恋愛体験や(     )の中で考えを深め名作を生 み出した。文体は流麗な(  )文体。

………

《選 肢》択

:五重塔 :金色夜叉 :理想主義 :国粋主義 :漢学の教養 :紅露時代

:尾崎紅葉 :苦しい生活 :文語 :ストーリー構成 :対照的

日本文学史 プリント№4(近代・その4)

(樋口一葉の続き)

…彼女の作品には、(    )の中に生きる明治女性の苦悩や嘆きが込められ ている。

…代表作:「     」(明治 28~29)…身分が画然と分けられた大人の世界 を背景に少年と少女の淡い恋を描いた作品。

…他に「十三夜」「にごりえ」などがある。

【浪漫主義】…伝統にとらわれず、(      )と、思想や感情の奔放な発現を目指し、想 像力を重視する。

◇初期の森鷗外…ドイツ留学後、旺盛な文筆活動を行った。

…小説:「  」(明治 23)「うたかたの記」「文づかひ」(ドイツ三部作)で、(

     )の問題を浪漫的な構成に包んで読者に提示した。

…評論:雑誌『しがらみ草紙』を拠点に啓蒙活動を行った。

…翻訳:「即興詩人」(アンデルセン17)など、西欧の名作を紹介した。

…坪内逍遙と《     》18と言われる論争を行った。

◇『文学会』と北村透谷

…『文学会』:(    )が島崎藤村や上田敏とともに創刊した文芸雑誌。浪 漫主義文学運動の拠点となった。

…北村透谷:キリスト教の影響を受け、人間の生命の拡充を目指した。作品 に劇詩「蓬莱曲」・評論「       」「内部生命論」などがあ る。

[日清戦争から日露戦争の時代]…資本主義の発展とともに(    )が露呈し始め、(a)社

17 アンデルセン…デンマークの作家。童話作家として有名。

18

(5)

会への問題意識が高まった。一方、この時期には(b)(  ) への文学的関心も高まった。

………

《選 肢》択

:社会矛盾 :舞姫 :たけくらべ :人間性の解放 :北村透谷 :自然

:人生に相渉とは何の謂ぞ :没理想論争 :封建社会 :近代的自我

日本文学史 プリント№5(近代・その5)

・(a)社会への問題意識…樋口一葉が社会の底辺に生きる女性の悲哀を描いた。

…川上眉山の「うらおもて」など、社会問題に対する(

   )小説が現れた。このような小説は観念小説と呼ばれた。

…広津柳浪の「黒蜥蜴」など、社会の(         )小説が書かれ た。このような小説は深刻小説(悲惨小説)と呼ばれた。

 →評論家田岡嶺雲は観念・深刻小説を支持し、下層階級の人々に目を向けた評論活動を 行った。これとは対照的に、高山樗牛は国家主義的ロマンティシズムである「日本主 義」19を提唱した。

・(b)自然描写20への関心…徳富蘆花の「自然と人生」、国木田独歩の「   」(明治 34)など がある。蘆花には他に「不如帰」が、独歩には他に「忘れえぬ人々」

「 牛 肉 と 馬 鈴 薯 」 な ど の 作 品 が あ る 。 独 歩 は 晩 年 、 「

」という意味での自然主義へと向かった。

◇(   )が「高野聖」(明治 33)を書いたのもこの時期である。鏡花は、紅葉門下として出発 し、当初は観念小説を書いていたが、やがて独自の(       )な世界を構築した。

【自然主義】(明治時代の終わり頃が全盛期)

《大まかな流れ》

・19世紀後半にフランスを中心におこった自然主義(人間や社会を実証的・科学的に分析 し、客観的に描写しようとする)、特に、(     )21が日本の文学界に大きな影響を与 えた。

19 日本主義…国家擁護の立場から、国家的・社会的差別を否定するキリスト教 などの外来宗教を排撃した。

20 自然描写…評論家・柄谷行人は、言文一致運動の中で自然は「発明」されたと 指摘し、近代小説への移行の重要な要素として捉えている。

21

(6)

・ゾライズムの影響を受けて、小杉天外が「はやり唄」を、(    )が「地獄の花」を発表し た。これらは前期自然主義とも呼ばれる。

………

《選 肢》択

:幻想的・浪漫的 :作者の主張や抗議が露な :ありのままに書く

:武蔵野 :暗黒面を照らし出す :ゾライズム :泉鏡花 :永井荷風

日本文学史 プリント№6(近代・その6) (【自然主義】の続き)

・日本の自然主義は、(    )の「破戒」、田山花袋の「  」によって成立した。だが、ヨー ロッパ自然主義が持っていた(      )の要素は失われ、客観描写の主張と激しい(

)という二つの要素が残った22。ゾライズムと浪漫主義の合体とも言える。

・作家身辺の(         )と私生活の告白を特徴とする文学となった。このような 創作方法はやがて日本独特の(   )23へと引き継がれていく。

《主な自然主義作家》

◇島崎藤村…『文学界』の同人として『若菜集』などを発表し、(       )として出発し た。

…その後、「千曲川のスケッチ」(発表されたのは「破戒」の後)などを書き、散文作 家へと転進した。

…そして、「  」により、自然主義及び自然主義作家・藤村が誕生した。

:「破戒」(明治 39)…社会小説的側面と自己告白小説的側面を併せ持つ。

…差別問題に関して不徹底な面もあるが、(        )として 位置付けることもできる重要な作品。

…その後、藤村の小説から社会性は薄れ24、旧家の血の宿命を追究するという方

22 自然主義の問題点…

23

24 社会性の希薄化…翌年に発表された田山花袋の「蒲団」が自己告白小説 として評判を呼んだためと考えられている。

(7)

向で自己告白的リアリズムを深化させていった。この系列の作品には、「春」

「家」「  」などがある。

………

《選 肢》択

:私小説 :浪漫的叙情詩人 :島崎藤村 :近代文学の成立点 :自己告白への欲求

:狭い世界の事実偏重 :社会との対決 :新生 :破戒 :蒲団 日本文学史 プリント№7(近代・その7)

(《主な自然主義作家》の続き)

◇(    )…はじめ、浪漫的な詩を書いていたが、フランスの自然主義作家モーパッサン の影響を強く受け、評論「      」を書いて彼なりの自然主義を示した。

そして、「破戒」に刺激されて書いた「蒲団」により代表的な自然主義作家とな った。

:「蒲団」(明治 40)…「露骨なる描写」を実践し、女弟子に寄せる作家の密かな恋 情を描いた作品。読者がこれを花袋自身の(     )と解釈した ため、大きな反響を呼んだ。

…その後、「田舎教師」などを著して作家的地位を確かなものにし、また、 ( )25を提唱した。

◇徳田秋声…紅葉門下として出発したが、「新世帯」により自然主義作家として認められ、そ の後、「黴」「    」「縮図」などを書き続けた。冷静な写実に徹した ( )の態度に特徴がある。

◇正宗白鳥…「   」で自然主義作家として認められた。(        )態度と冷徹な 筆致に特徴がある。彼は小説家としてよりも評論家として著名である。

◇(    )…露骨な描写により特異な地位を築いた。「耽溺」が出世作。他に、自らの(

)をもとにした〈泡鳴五部作26〉がある。また、彼は平面描写に対抗して一元描 写27を唱えた。

《自然主義の評論家》

・島村抱月…自然主義の理論的指導者。美学的知識を用いて自然主義を意義付け、また、〈あ りのまま主義〉を唱えた。後に、新劇28の指導者としても活躍した。

・長谷川天溪…ジャーナリスティックな表現で自然主義の特質を説明する評論活動を行っ た。

………

25

26 泡鳴五部作…「放浪」「断橋」「発展」「毒薬を飲む女」「憑き物」

27 一元描写…

28 新劇…ヨーロッパの影響を受けた日本の近代劇。歌舞伎や新派劇(現代の恋愛悲 劇などを演じる大衆演劇)と区別して、新劇と呼ばれる。

(8)

《選 肢》択

:無理想・無解決 :告白・懺悔 :平面描写 :露骨なる描写 :虚無的で厭世的な

:あらくれ :何処へ :岩野泡鳴 :田山花袋 :放浪体験

日本文学史 プリント№8(近代・その8)

【反自然主義】

……まとまった一つの文学活動ではない。自然主義文学全盛の中で自然主義に対して批判 的な立場をとった作家たちの総称。自然主義に対して超然とし、自然主義作家たちから

「高踏派」・「余裕派」29と呼ばれた森鷗外・(    )、官能的な美の世界を追求した耽 美派の永井荷風・(     )、自我の肯定・個性の伸長を目指した(   )の武者小 路実篤・志賀直哉・(    )などが含まれる。

《森鷗外》

・日本を代表する作家の一人。自然主義に対しては高踏派と呼ばれた。

・浪漫主義の文学活動を行った後、しばらく文壇から遠ざかっていたが、陸軍軍医総監・医 務局長に昇進後、雑誌『スバル』の創刊を機に、「半日」を書いて創作活動を再開した。

・「ヰタ・セクスアリス」…自然主義的な(        )に対抗する意図を込めて、主人 公の性欲史を淡々と綴った作品。

・「青年」(明治 43~44)…漱石の「三四郎」に触発されて書いた長編青春小説。青年の成長を 描くことを通して、(     )への批判も行われている。

・「 」…主人公・お玉(妾)の自我の目覚めとその挫折を淡い哀感を込めて描いた作品。

・「あそび」「普請中」「かのように」…私人と公人を(       )鷗外の苦悩や諦念30と 呼ばれる静的な世界観が色濃く現れている短篇群。

・明治天皇の崩御に伴う乃木大将の殉死に刺激されて、「興津弥五右衛門の遺書」「

 」(大正2)を書き、以後、歴史小説31の分野に転じた。

29 高踏派・余裕派…高踏派:自らの汚い部分を暴露することを特徴の一 つとした自然主義とは対照的に、高尚な態度を保った鷗外を高踏派と呼 ぶこともある。余裕派:第三者的な立場から物事を見極めようとする漱 石の立場。自然主義の作家たちからは「冷笑的」という批判を受けた。

30 諦念…

31 歴史小説…歴史上の事件や人物を題材とした小説。その時代の様相を描き出

(9)

・「山椒大夫」…伝説に基づいて人間の運命の悲しさと(      )を描いた歴史小説。

………

《選択肢》:阿部一族 :日本の文明 :白樺派 :雁 :性欲中心の人間観

:有島武郎 :夏目漱石 :谷崎潤一郎 :献身の美しさ :分裂的に生きる

日本文学史 プリント№9(近代・その9) (森鷗外の続き)

・「高瀬舟」…〈知足安分〉と〈安楽死〉の問題を中心に、生きる意味を追求した作品。

……この時期の鷗外は〈    〉の志向と〈歴史離れ〉の志向を併せ持っていた32

・「    」(大正5)から〈歴史其儘〉を徹底させ、資料や史実を尊重し、小説性(この場合、

史実を離れた想像力)をできるだけ排した(  )に作家としての最後の境地を求めた。他 に「伊沢蘭軒」「北条霞亭」などがある。

《夏目漱石》

・日本を代表する作家の一人。

・ロンドン留学後、一校や東京大学で教鞭をとるかたわら、執筆を開始した。

・初期の作品

「       」(明治 38~39)…正岡子規と親交のあった漱石が雑誌『ホトトギス』33に発 表した作品。猫を語り手にして日本の近代を軽妙洒脱に風刺している。

「坊っちゃん」…正義感の強い青年を主人公にした、テンポの良いユーモア小説。

……この時期の作品には、他に『漾虚集』(短篇集)「草枕」「虞美人草」などがある。「虞美人草」

は、教職を辞して朝日新聞に入社し、プロの作家となった漱石の第一作である。

……この時期の漱石の作風は、(        )深刻さを売り物にしていた自然主義とは まったく異なったものだったので、〈余裕派〉と呼ばれ、〈    〉34をその特徴として いた。

・前期三部作

「三四郎」(明治 41)…新しい世界に触れ、自意識に目覚めていく青年・三四郎を主人公に、(

そうとする小説であり、単に過去を背景に用いる時代小説とは区別される。

32 〈歴史其儘〉と〈歴史離れ〉…其儘:客観性を重視し、歴史 的事実を忠実に再現しようとする。離れ:いわゆる文学性 を重視し、作者の自由な創造や解釈を許す。

33 『ホトトギス』…当時、俳壇の中心となった俳句雑誌。

34

(10)

)の問題を取り上げた青春小説。

………

《選 肢》択

:吾輩は猫である :渋江抽斎 :低徊趣味

:史伝 :歴史其儘 :偽善や露悪 :虚構や趣向を排し

日本文学史 プリント№10(近代・その10) (夏目漱石の続き)

「それから」…〈高等遊民〉を自認する主人公が、かつての恋人との(    )を貫こうとす る姿を描いている。この作品あたりから、漱石の特徴のひとつであった(

)が影をひそめる(見られなくなる)。

「門」…「それから」の(   )としての性格を持っている。拭い切れない不安の中で生きる人 間の姿を描いている。

……大まかに言うと、この時期の作品は近代人の(   )の問題を掘り下げようとしている。

……「三四郎」が書かれた年(明治41年)には、「   」も発表されている。漱石の意識の深 部を探る上で重要な作品である。

・後期三部作…〈修善寺の大患〉などを体験した後、漱石はさらに(   )を深め、人間存在 の深みに迫ろうとした。そして書かれたのが、「彼岸過迄」「行人」「   」の後期三部作で ある。漱石はこの三部作を通して、人間の信と死を追究したと言われている。

・その後、唯一の自伝的作品である「道草」を書いた漱石は、続いて、「明暗」(大正5)でさま ざまな(       )を描き、救済の道を模索したが、未完のまま病死した。晩年の漱石 が理想とした生の理念は〈則天去私〉35と呼ばれる。

・近代日本人の生き方を根源的に問い続けた漱石の存在は今なお大きい。彼の評論も注目 に値する。

※鷗外と漱石の比較

鷗外 漱石

人柄 ・孤高の精神・他から(  ) ・(   )・門弟から敬愛 生き方 ・絶対主義の中での生き方・傍観者

的諦念

・自己本位・則天去私を志向

文学的態度 ・反自然主義・高踏・主知的 ・反自然主義・余裕・主知的

教養 ・特に独文学 ・英文学・漢文学

35 則天去私…我執を去って自然(天)の理法に従おうとする態度。しかし、これの みによって晩年の漱石を割り切っていいのかという批判もある。また、天の内 容も明らかでないし、人生論的なことばなのか、小説技法の問題なのかもはっ きりしていない。

(11)

・共通点…文明批評的な視野の広さ。洋の東西を問わない豊かな教養。自我の苦悩を日本の 性急な近代化の歪みの中で認識していた点。

………

《選 肢》択

:後日譚 :諧謔味 :畏敬 :夢十夜 :人間同士の相克

:死生観 :愛と罪 :こころ :不倫の恋 :庶民的

日本文学史 プリント№11(近代・その11)

【耽美派】…自然主義が真・善・美のうち、(   )を重視する態度をとったのに対し、(

)作家たちが登場した36。彼らは人生から超脱した美的な世界を描こうとし、頽 廃的・享楽的・(   )作風を示した。

…代表的な作家は永井荷風と(     )である。

…〈パンの会〉37や雑誌『   』や荷風が主催した『三田文学』を拠点とした。

◇永井荷風

…ゾライストとして文壇に登場。

…五年間にわたるアメリカ・フランス遊学後、「      」「ふらんす物語」(明治 42)な どのエキゾチックな情趣に富む作品を上梓した。だが、「ふらんす物語」「歓楽」が ( )を受けるなどの体験を通して日本の近代に対する(     )を深めた。

…荷風の近代嫌悪は、反時代的な(    )への回帰に繋がっていった。

…この傾向は、(    )38などを経てさらに強まり、自ら江戸の戯作者と称し、花柳界(芸 者・遊女の社会)を舞台にした「    」(大正5~6)「おかめ笹」などを書き、耽美的・

享楽的傾向を深めた。

…昭和に入って、代表作「    」(昭和 12)を著した。また、彼は日本の近代に対する嫌悪 と忌避を、(      )を続けることによって表現し続けた。四十余年にわたって書き 続けられた「断腸亭日乗」も高く評価されている。

◇谷崎潤一郎

…第二次『新思潮』に「  」(明治 43)「麒麟」を発表し、また、『スバル』に参加して「少年」を

36 現実の醜さや作者個人の生活をそのまま描くだけになってしまい、マンネリ化した自然 主義に対して、耽美派は精神よりも感覚を、写実よりも空想を重んじた。

37 パンの会…「パン」はギリシア神話の牧羊神。文学・美術関係者の交流を図る会。

38

(12)

書いた。これらが永井荷風に激賞され、一躍脚光を浴びた。この時すでに、女性の官能美の 追求・(      )美の追求などの谷崎文学の主要なモチーフが明らかである。

………

《選択肢》:官能的 :真のみ :腕くらべ :江戸文化 :谷崎潤一郎 :濹東綺譚

:大逆事件 :刺青 :あめりか物語 :絶望と嫌悪 :美に重きを置く :スバル

:独居隠遁生活 :倫理を超えた :発禁処分

日本文学史 プリント№12(近代・その12) (谷崎潤一郎の続き)

…倒錯的で異常な題材と頽廃的な美を好んで書いた初期の作風は、〈    〉39と呼ばれた。

…関東大震災(大正 12、1923)を機に関西へ移住した谷崎は、前期谷崎文芸の集大成と言わ れる「    」(大正 13~14)を書いた後、それまでの西洋的な作風から(     )の 発見へと向かい、「春琴抄」「陰翳礼讃」などを著した。戦後も旺盛な作家活動は衰えず、「

」などの名作を世に出している。

…彼の現代語訳『    』40の評価も高い。

【白樺派】…(      )と人間性を尊重した。

…理想主義的な人道主義41の立場に立った。

…主観を排する自然主義や耽美派の頽廃に(    )。

…沈滞した自然主義に替わって大正文芸の主流になった。

…同人の多くが学習院出身の上流階級の子弟であった。

…主要なメンバーは、(      )・志賀直哉・有島武郎・長与善郎・里見 弴などである。

◇武者小路実篤

…白樺派の指導者的存在。

…(        )が特徴。

…文体は平明。

…人道主義の立場から〈新しき村〉42という小さな(     )の建設を目指した。

…代表作は、「      」(明治 44)「幸福者」「  」(大正9)などである。

…戦後は、戦争に協力的な態度をとったため、公職追放処分を受けたが、「真理先生」など、飄

39

40 『    』…中古に紫式部のよって書かれた日本を代表する物語文学。

現代語訳は、他に円地文子・与謝野晶子・橋本治のものなどがある。

41 人道主義…人間はすべて平等であると考え、同情・献身・犠牲などの博愛的 態度により協力し、福祉を増進しようという主義。

42 新しき村…武者小路が宮崎県につくった実験的なユートピア。

(13)

逸な作品を発表し、その後処分を解かれて文化勲章を受けた。

………

《選 肢》択

:個性的な自我 :楽天的な人間肯定 :武者小路実篤 :日本的な美 :ユートピア

:お目出たき人 :細雪 :友情 :痴人の愛 :反発した :悪魔主義 :源氏物語 日本文学史 プリント№13(近代・その13)

(【白樺派】の続き)

◇志賀直哉

…強烈な自我と(     )感受性が特徴。

…彼の青年期の重要な体験として、キリスト教徒・内村鑑三への接近と離反、(

)43をめぐる父との対立をあげることができる。

…彼の潔癖なまでの(     )は、短篇群(「網走まで」(明治 43)など)の緊密なリアリズム のもととなっている。「城の崎にて」は、(    )の傑作と言われる。

…長年にわたる父との不和の解消の過程を「  」(大正6)に書いた後、東洋的な調和の世界 を求め始める。その成果が、自然との合一を描いた「    」である。この作品は彼の唯 一の長編小説であり、また代表作である。

◇有島武郎

…自我・個性を肯定する傾向が非常に強い白樺派の中にあって、最後まで(     )を続 けた作家。

…熱心なキリスト教徒であったが、アメリカ留学中(明治 36~39)にホイットマン44に傾倒 するなどして、次第にキリスト教から遠ざかり、(     )な思想を持つようになった。

…帰国後、作家活動に入り、「カイン45の末裔」(大正6)「小さき者へ」「       」など を発表して人気作家となり、大作「   」を世に出した。また、評論「惜しみなく愛は奪 ふ」は有島の思想の一つの結実を示している。大正期を代表する評論である。

…人間の自由と理想を求めながらも、労働者・農民階級と自分との距離を埋め切れなかっ た有島は、自分の農場を開放するなどの試み(共生農場)をしたが、結局、階級的矛盾の問題 を解消できず、情死してその生涯を閉じた。

◇白樺派には他に、「    」の里見弴、「青銅の基督」の長与善郎、戯曲「出家とその弟子」

の倉田百三などがいる。

43

44 ホイットマン…アメリカの詩人。詩集『草の葉』で有名。アメリカ民主主義 の代表的な詩人とされ、その自由な精神に有島は共鳴した。

45 カイン…旧約聖書に登場するアダムとイヴの長子。嫉妬から弟のアベルを殺した。

(14)

………

《選 肢》択

:生まれ出づる悩み :和解 :暗夜行路 :多情仏心 :或る女 :心境小説

:潔癖で鋭い :社会主義的 :足尾銅山鉱毒事件 :思想的彷徨 :好悪の感情 日本文学史 プリント№14(近代・その14)

【新現実主義】…大正文芸を形作る大きな流れは今まで見てきた〈   〉と〈白樺派〉であ るが、もうひとつ、〈新現実主義〉と総称される大きな流れがそれに続いて 起こった。〈耽美派〉と〈白樺派〉が見過ごした(  )を理知的に捉え直し、

技巧的に表現しようとするのが共通した傾向である。狭義には〈新思潮派〉

を指し、広義には〈三田派〉〈奇蹟派〉も含む。

【新思潮派】…同人雑誌第三次、第四次『新思潮』46によって文壇に出た作家たちをこう呼ぶ。

現実や人間の姿を突き放して観察し、(         )を加えて技巧的 に描くのが特徴。

…主な作家は芥川龍之介・(   )・久米正雄・山本有三・豊島与志雄らで ある。

◇芥川龍之介

…彼の代表作とされる「   」(大正4)は当時評価されなかったが、その次の作品の「鼻」が (    )に激賞されて文名を得た。

…彼の初期の作品には『     』や『宇治拾遺物語』47から題材を得て、それに近代的な 心理解釈を加えた歴史小説が多い。また、それらは明確な主題を持ったテーマ小説48であ った。

…芥川の歴史小説はその題材によって5つに分類できる。

・王朝物…「羅生門」「鼻」「芋粥」「   」「藪の中」など。

・江戸物…「戯作三昧」「枯野抄」など。

・切支丹物…「奉教人の死」「きりしとほろ上人伝」など。

・開化物…「開化の殺人」「舞踏会」「雛」など。

・ 中国やインドに取材した物…「    」「杜子春」など。

…この時期の芥川は「地獄変」(大正7)に描いたのと同様の(      )49の立場をとった。

46 『新思潮』…1907~1970。東大系の同人誌として断続的に出された。18 次にわたる。

47 『今昔物語集』…中古に編まれた説話集。後の説話文学に大きな影響を与えた。『宇治拾 遺物語』…中世初期の説話集。滑稽譚など、庶民についての話も多い。

48 テーマ小説…テーマ=主題、中心思想。筋や情景描写などよりもテーマの表 出に重点を置いた小説。

49

(15)

………

《選 肢》択

:現実 :理知的な新しい解釈 :蜘蛛の糸 :羅生門 :地獄変

:今昔物語集 :菊池寛 :耽美派 :芸術至上主義 :夏目漱石 日本文学史 プリント№15(近代・その15) (芥川龍之介の続き)

…その後、「秋」「トロッコ」などの(    )を書き始めたが、成功したとは言い難い。

…行き詰まりを感じた彼は、(   )と呼ばれる私小説や自伝小説「大導寺信輔の半生」を書 いて新しい境地を求めたが、やがて健康を損ね、神経衰弱が悪化し、また、(      ) 文学50の台頭など時代の思想的混迷に不安を感じて、「蜃気楼」「  」「歯車」「或阿呆の一 生」(昭和2)などの芥川の苦悩を反映した凄絶な心象風景を描いた作品を残し、35歳で 自ら命を絶った51。芥川の自殺は知識人の運命を示すものとして同時代の人々に大きな衝 撃を与えた。

…鋭敏な感受性と高い知性に裏付けられた(       )を持つ作家である。

◇菊池寛

…(      )と理詰めの構成に特徴がある。

…「無名作家の日記」「忠直卿行状記」(大正7)で文壇に認められた。他に、仇討ちの無意味さ を批判し、ヒューマニズム52の勝利を描いた「      」などがある。

…「父帰る」などの戯曲も多く著した。

…「    」の成功後は、通俗小説53作家としても活躍した。また、(       )54を設 け、『文芸春秋』を創刊するなど、後進の育成にも(  )であった。

◇久米正雄

…「牛乳屋の兄弟」(大正3)などの戯曲を書き、作家活動を開始した久米は、「破船」などを書

50 プロレタリア文学…単にプロレタリア(無産者・労働者)の生活を描 いた作品というよりも、その文学運動が始まった後に書かれた社会主 義ないし共産主義的文学の総称。

51 「或旧友へ送る手記」(遺書)の中で芥川は自殺の動機について「ぼんやりした不安」をあげ ている。

52 ヒューマニズム…本来、ことばを重視する立場を意味するが、一般的に は「人間愛」の意味で用いられており、ここでも一般的な使用法に従って おく。

53 通俗小説…筋立てのおもしろさと現代風俗の描写を主眼とした小説。いわゆ る「純文学」の対概念だが、近年、その境界はなくなってきている。

54

(16)

いて人気を得、その後は通俗小説の分野で活躍した。

………

《選 肢》択

:河童 :真珠夫人 :恩讐の彼方に :現代小説 :明解なテーマ :熱心

:プロレタリア :さまざまな文体 :保吉物 :芥川賞・直木賞 日本文学史 プリント№16(近代・その16) (【新思潮派】の続き)

◇山本有三

…彼も劇作家として出発し、「坂崎出羽守」などの作品を残した。

…「真実一路」「    」などの(       )の溢れる作品で有名。

【三田派】(三田派という呼称は定着しているとは言えない。)

…永井荷風主宰の『三田文学』から文壇に登場した作家のグループ。(    )の流れを汲 む。

…佐藤春夫は「     」(大正7)などで現代人の憂鬱の心情を描いた。大正9年には台湾 を旅行し、それをもとにした作品も書いている。

…室生犀星は詩人として有名だが、「       」「あにいもうと」(大正8)「杏っこ」など の小説がある。

…(      )は「末枯」(大正6)などを書き、一貫して東京下町55を背景に、そこに生きる 人々の(       )描いた。

【新早稲田派(奇蹟派)】

…雑誌『奇蹟』から文壇に登場し、『奇蹟』廃刊後は、主に『早稲田文学』に作品を発表した作 家たち。

…主な作家は、(    )と葛西善蔵。彼らは(    )を受け継ぎ、日常生活に密着した小 説により私小説を定着させた。

…広津和郎:「     」(大正6)「死児を抱いて」などで意志の弱い性格破産者という新 しい人間のタイプを造形した。

…葛西善蔵:(         )の代表的存在。「哀しき父」(大正元)「     」(大正 7)などには実生活を犠牲にして文学に生きようとする彼の姿が現れている。

…宇野浩二:奇蹟派ではないが、広津和郎の紹介で書いた「蔵の中」「    」(大正8)など で文壇的地位を得、その(     )な持ち味が注目された。精神異常による療養後は、一 転して深い観照を示す作品を書くようになった。(ここまでが【新現実主義】)

………

《選択肢》

:路傍の石 :性に眼覚める頃 :田園の憂鬱 :神経病時代 :子をつれて

55 下町…低いところにある市街。職人などが多く住んでいた。庶民の人情が残ってい る場所というイメージを持つ。

(17)

:苦の世界 :久保田万太郎 :広津和郎 :浪漫主義 :自然主義 :ヒューマニズム

:饒舌で軽妙 :哀歓を写実的に :破滅型の私小説作家

日本文学史 プリント№17(近代・その17)

【プロレタリア文学】

…プロレタリア文学運動は、『    』の創刊(大正 10)から本格化する。運動は弾圧と(

)56によって一時後退したが、『文芸戦線』57が発刊され、再び活気づいた。運動団体はさま ざまに分裂を繰り返したが、大きくは『文芸戦線』派(文戦派)と『  』58派に分けられる。

…文戦派の葉山嘉樹は、自己の体験に基づいた作品を書いた。「セメント樽の中の手紙」「

」(大正 15)は、初期プロレタリア文学の傑作と言われる。文戦派の作家には、他に平林たい 子59・黒島伝治60・林房雄61などがいる。また、評論家には青野季吉62がいる。

…戦旗派の代表的な作家は、(     )である。彼は蔵原惟人から思想的影響を受け、政 治優先の文学理論を忠実に実践しようとした。彼の「   」(昭和4)はプロレタリア文学 を代表する作品である。戦旗派には他に「      」(昭和4)の徳永直がいる。

…プロレタリア文学は昭和初期、文壇全体の中で大きな勢力となったが、弾圧が厳しくなり (小林多喜二は官憲に虐殺された)、また、(    )のあり方に作家たちが疑問を持ち始 めたこともあって、(  )63者が続出し、昭和9年(1934年)に組織的な運動は崩壊した。

【芸術派】…関東大震災を境にするかのように、(     )の打破を目指す動きが現れた。

ひとつがプロレタリア文学、もうひとつが芸術派の活動である。芸術派はプロレ タリア文学と対立し、文学の(   )を主張して(     )を目指した。芸術 派には、新感覚派・新興芸術派・新心理主義が含まれる。

………

《選 肢》択

:種蒔く人 :太陽のない街 :海に生くる人々 :蟹工船 :戦旗 :表現の革新

:転向 :関東大震災 :小林多喜二 :自主性 :政治優先 :既成の文学

56 関東大震災…1923 年、関東南部を中心に起こった大地震。関東一円が大き な被害を受け、日本経済は一時低迷した。

57 文芸戦線…文芸誌。1924 年に関東大震災後のプロレタリア文学復興のために創刊された。

58 戦旗…文芸誌。1928 年に全日本無産者芸術同盟(ナップ)の機関誌として創刊された。

59 平林たい子…戦前はプロレタリア文学作家として活躍し、戦後は運動を離 れて創作に専念した。

60 黒島伝治…軍隊経験をもとに反戦小説も書いた。

61 林房雄…転向後は、国粋主義的な考え方に傾いた。

62 青野季吉…プロレタリア文学に指針を与える評論を書き、戦後は作家たちに まとめ役として活躍した。

63

(18)

日本文学史 プリント№18(近代・その18)

【新感覚派】…雑誌『    』(大正 13 年創刊)に集まった新進作家たちが、新しい表現方法 を追求し、外部現実の主観的把握に基づいて、知的に構成された新しい現実 を(      )構築しようとした。具体的には、擬人法や比喩などを斬新 に用いて、革新的な(       )を拓こうとした。

…主な作家は、横光利一・川端康成・片岡鉄兵64・中河与一65らである。

◇横光利一

…新感覚派の中心。

…「日輪」「蝿」(大正 12)によって文壇で認められた横光は新感覚派の文学運動を起こし、「頭 ならびに腹」「春は馬車に乗って」などの実験的な問題作を発表した。また、新心理主義な ども受容しつつ、「上海」「  」「紋章」などの代表作を世に出した。しかし、彼は徐々に(

)を深め、東洋精神による西洋精神の(  )という問題に取り組むようになり、未完の大作

「旅愁」を書いた。

…純文学にして通俗小説という文学を論じた評論「純粋小説論」66は話題を呼んだ。

◇川端康成

…新感覚派の作家として出発したが、やがて伝統美へと回帰した作家と言われている。

…初期の代表作「     」(大正 15)ではみずみずしい青春の感傷を描き、「禽獣」(昭和 8)では透徹した視線で(      )を描き、「水晶幻想」では言語実験を試み、その一方 で「浅草紅団」などの浅草ものを書くなど多様な作風を示したが、それらは代表作「  」の 虚無的で抒情的な美の世界に収斂していった。

…戦後も、(    )や仏教の影響の下に「千羽鶴」「山の音」「古都」などの日本的抒情美の溢 れる作品を書き続け、ノーベル文学賞を受賞した。

…川端文学を読み解く際、〈掌の小説〉は重要である。

………

《選 肢》択

:日本への郷愁 :文芸時代 :言語によって :王朝文学 :超克

:機械 :雪国 :伊豆の踊子 :イメージの世界 :虚無的な世界

日本文学史 プリント№19(近代・その19)

64 片岡鉄兵…新感覚派の作家として活躍した後、プロレタリア文学に移行。時代 の動きに敏感に反応した。

65 中河与一…形式主義芸術論を提唱し、プロレタリア文学に対抗した。

66 「純粋小説論」…アンドレ・ジード(フランスの作家)に刺激を受けた横光 が提示した小説論。純粋小説とは、純文学でもあり通俗小説でもある小説 だとし、第四人称の設定などを提唱した。

(19)

【新興芸術派】…新感覚派の影響を受け、(        )に対抗する目的で集まった作 家たちの集団。『新潮』編集長中村武羅夫を中心に〈十三人倶楽部〉が結成 され(昭和4)、これを母体に〈新興芸術派倶楽部〉が作られた。

…ジャーナリズムと呼応して、エロ・グロ・ナンセンス67と言われる都市風 俗を題材とした作品を発表した。(      )が特徴。

…だが、表面的な描写にとどまり、また、活動期間も短かった。むしろ、傍流 の(    )・牧野信一・梶井基次郎らが注目される。他に、嘉村礒多・

舟橋聖一・阿部知二らがいる。

◇井伏鱒二

…独特の(         )を交えた人間観察の文学を生み出した。この姿勢は処女作で あり代表作でもある「   」(大正 12、昭和4)から一貫している。戦後の活躍も目覚まし く、「本日休診」や原爆への怒りを描いた「   」などの作品がある。

◇梶井基次郎

…闘病生活の中で鋭い感受性を開花させ、(      )な意識を透明感あふれる短篇に結 晶させた。代表作は、「  」(大正 14)「城のある町にて」「冬の蝿」など。

【新心理主義】…イギリスの小説家ジョイス68の(     )69の手法やフランスの小説家プ ルースト70の意識の深層の照射などから影響を受け、人間の深層心理の流 れを表現しようとした。

…堀辰雄・(   )が代表的な作家である。

◇堀辰雄

…外国文学の受容や、芥川の死・結核療養生活・婚約者の死などの体験を踏まえて、繊細で (       )を書いた。後に古典文学に傾倒して作品を残した。

…代表作:「聖家族」(昭和5)「美しい村」「風立ちぬ」「菜穂子」など。

………

《選 肢》択

:享楽的な作風 :憂鬱で虚無的 :プロレタリア文学 :黒い雨 :山椒魚 :檸檬

:ユーモアとペーソス :意識の流れ :伊藤整 :井伏鱒二 :詩的な心理小説 日本文学史 プリント№20(近代・その20)

67 エロ・グロ・ナンセンス…

68 ジョイス…イギリスの小説家。内的独白(意識の流れを描写した文体)の手法 を用いて心理主義文学を推進した。代表作「ユリシーズ」。

69

70 プルースト…フランスの小説家。哲学・精神分析学などの影響を受け、大作

「失われた時を求めて」を書いた。

(20)

(【新心理主義】の続き)

◇(   )

…詩人として出発したが、ジョイスなどの影響を受けて、新心理主義運動を展開し、「

」(昭和 12)などの作品を書いた。私小説と心理小説を結合させるなど、方法の実験も試み、

後進の作家にも影響を与えた。戦後は、代表作「鳴海仙吉」などを発表するかたわら、「

」「小説の認識」などを書き、評論の分野でも活躍した。

【昭和十年前後~戦時下の文学】…時局が戦争へと向かい、民衆の不安が増す中で、プロレタ リア文学崩壊後の文学の世界でも、さまざまな動きが起 こった。

《転向文学71》…転向者が転向に伴う苦悩を告白するものが主であった。

…村山知義の「白夜」(昭和9)、立野信之の「友情」、中野重治の「村の家」、島木 健作の「生活の探究」がその代表的な作品である。「村の家」は転向を正当化 しようとするのではなく、自己を冷静に見つめ直し、内省によって信念を 再確認しようとしている。また、「生活の探究」は、自己の再生を希求したも のと考えられる。

《既成作家の活躍》…プロレタリア作家や芸術派の影に隠れる形になっていた既成作家たち の活動が活発化した。

…主な作品を羅列すると、永井荷風の「濹東綺譚」(昭和 12)、谷崎潤一郎 の「春琴抄」(昭和8)、島崎藤村の「夜明け前」(昭和4~10)、徳田秋声の

「縮図」(昭和 16)、志賀直哉の「暗夜行路」(大正 10~昭和 12)などであ る。

『文学界』…昭和8年創刊。評論家・小林秀雄らがその中心となった。小林秀雄は、「様々なる 意匠」(昭和4)により文壇に登場し、その長年にわたる創造的な評論活動によっ て、日本の近代批評の基礎を確立した。主な作品に、「ドストエフスキイの生活」、

「モオツァルト」、彼の思想の集大成と言われる「本居宣長」72などがある。

(※1933~36年を文芸復興期と言うが、上記の2つはその現れである。)

『日本浪漫派』…昭和10年(1935年)創刊。転向後、自己の再生を模索する亀井勝一郎と 西欧思想の借り物に過ぎない日本の近代を否定する保田與重郎がその中 心。伝統美に安らぎの場を求めた亀井と、日本古典の美への愛惜を語った 保田は、その極端な日本主義が災いして、戦争に加担したようにも見られ た。亀井の著作の中では「転形期の文学」が、保田の作品の中では「日本の

71 転向文学…文学者が転向の事情を告白したもの。転向者の内的傷痕・虚無感 を滲ませたもの。

72 「本居宣長」…本居宣長を創造的思想家として描き出した思想的自伝(本居 宣長は江戸時代の国学者)。

(21)

橋」が有名である。

『人民文庫』…昭和11年に戦争に協力する文学に対抗するために、武田麟太郎を中心につ くられたが、弾圧を受け、廃刊となった。

………

《選 肢》択

:伊藤整 :幽鬼の街 :小説の方法

日本文学史 プリント№21(近代・その21) (【昭和十年前後~戦時下の文学】の続き)

《国策文学》…当時の政府は戦争遂行を妨げる石川達三の「生きてゐる兵隊」のような作品を 発禁にし、国民の戦意を高める火野葦平の「麦と兵隊」のような作品を利用し ようとした。このような軍部の意向に沿った文学を国策文学と言う。

《昭和十年代に登場した作家・評論家》…戦争中も軍部に利用されず、(     )を守っ た作家たちがいた。その多くはそれまで無名だった若い文学者たちである。

・中島敦…中国の古典に造詣が深く、それらに取材した作品を残した。早世したため、作品 は多くないが、「   」「李陵」などの代表作は今も読まれている。

・その他、戦後に活躍する石川淳や、評論家の中村光夫・三木清・唐木順三などが世に出た。

………

≪戦後の文学≫(昭和20年~)

《大家の復活》…戦争に背を向け、黙々と執筆を続けてきた老大家たちが次々と作品を発表 した。

:志賀直哉「灰色の月」(昭和 21) :永井荷風「踊子」「勲章」「浮沈」(昭和 21) 

:谷崎潤一郎 細雪「 」(昭和 23)

:正宗白鳥「戦災者の悲しみ」(昭和 21)「日本脱出」(昭和 24)

:武者小路実篤 真理先生「 」(昭和 24) :井伏鱒二 遙 隊長「 拝 」(昭和 25)

:川端康成「千羽鶴」(昭和 24~26) :伊藤整「鳴海仙吉」(昭和 25)など。

【新戯作派(無頼派)】…既成の(       )に反発し、(       )態度と新しい戯 作的手法73で作品を著した作家たち。(     )の中で読者の支持を得 た。彼らの間に親密な交渉や共通の文学的目標があったわけではない。

◇太宰治

…青森の大地主の子として生まれた太宰は、左翼運動から脱落し、そのことから道徳的負い 目を抱いて、バーの女給と心中事件を起こすなどデカダンスに陥った生活を送っていた。

73 新しい戯作的手法…

(22)

処女創作集『晩年』(昭和 11)にはこの頃の作品が収められている。その後、比較的安定し、

「富嶽百景」「     」(昭和 15)「津軽」などの明るい作品を書き、また、戦争中は史実や 古典に取材した作品を残したが、戦後は、再び(     )が強まった。「ヴィヨンの妻」「

」(昭和 22)「桜桃」などで流行作家となったが、「人間失格」(昭和 23)で(      )を語 った後、入水自殺した。

………

《選択肢》:走れメロス :斜陽 :山月記 :破滅的志向 :戦後の混迷

:モラルや文学観 :自虐的・頽廃的 :文学の領域 :人間への恐怖 日本文学史 プリント№22(近代・その22) (【新戯作派】の続き)

◇坂口安吾

…「白痴」(昭和 21)や評論「   」によって流行作家となり、逆説的な表現で反俗的な精神 を語った。また、推理小説「不連続殺人事件」を書いたりもしている。

◇織田作之助

…「    」(昭和 15)で文壇に登場し、戦後は、評論「可能性の文学」(昭和 21)で(   )的 伝統を批判した。

◇石川淳

…新戯作派的な作品に「      」(昭和 21)があるが、短に新戯作派の作家と言うだけ では済まされない作家。従来の伝統的な文学への挑戦・変革の姿勢は一貫している。

《風俗小説》

…それまでとは(    )戦後の世相・風俗を描いた小説。丹羽文雄の「厭がらせの年齢」

(昭和 22)・舟橋聖一の「雪夫人絵図」・田村泰次郎の「    」・(     )の「青い山 脈」・井上友一郎の「絶壁」(昭和 24)などがある。

【戦後派文学】…昭和21年(1946 年)に、かつてプロレタリア文学運動に関係していた評論 家たちが『    』を創刊した。しかし、彼らは政治よりも近代社会の中 の個人と文学の(   )を重視した。この同人誌を拠点とし、新しい文学 を模索した新人作家・評論家を戦後派と呼ぶ。

…政治の優位性の否定・(    )74的傾向・従来の日本的リアリズムの超 克・作家の視野の拡大に伴う作品の題材の拡大などを特徴としてあげる ことができる。思想性が顕著である。

74 実存主義…

(23)

◇野間宏…「   」(昭和 21)により戦後派の作家として文壇に登場し、軍隊の非人間性を 描いた「真空地帯」などを発表した。

………

《選 肢》択

:肉体の門 :夫婦善哉 :堕落論 :焼跡のイエス :暗い絵

:一変した :近代文学 :実存主義 :私小説 :石坂洋次郎 :主体性

日本文学史 プリント№23(近代・その23) (【戦後派文学】の続き)

◇大岡昇平…自身の捕虜体験をもとにした「俘虜記」(昭和 23)により作家的地位を確立し、

戦争と罪の問題を扱った「野火」、戦争文学の大作「レイテ戦記」を世に出した。ス タンダール75研究を生かした「武蔵野夫人」などの作品もある。

◇中村真一郎…「死の影の下に」(昭和 21~22)などにより戦後派作家として注目された。

◇椎名麟三…「深夜の酒宴」(昭和 22)「永遠なる序章」などの実存主義的な作品を書いた。

◇武田泰淳…新しい人間認識を示した「蝮のすゑ」(昭和 22)、カニバリズム76を扱った「ひか りごけ」が有名。

◇埴谷雄高…彼の「死霊」は、日本には珍しい哲学的思索を前面に出した作品である。

◇三島由紀夫…「仮面の告白」(昭和 24)で注目され、その論理的文体と知的な構成力で「金閣 寺」などを世に出し、また、輪廻転生(これは第四部で否定される)を主題とし た長編「豊饒の海」などを書いたが、戦後的状況の変革を目指す行動家として 衝撃的な自殺を遂げた。

◇安部公房…「赤い繭」(昭和 25)「壁―S・カルマ氏の犯罪」「砂の女」など、シュールレアリ ズム77の影響のもとに、ユニークな寓意的な作品を書いた。

【新日本文学会】

…戦後、活動を再開したかつてのプロレタリア文学の作家達を中心に結成された文学団体。

民主主義文学の創造と普及を目的とした。

…主な作家と作品は、宮本百合子の「播州平野」(昭和 21)・徳永直の「妻よねむれ」・佐多稲 子の「私の東京地図」・中野重治の「むらぎも」などである。

75 スタンダール…心理分析と社会批判にすぐれたフランスの作家。「赤と黒」などを書いた。

76 カニバリズム…人肉を食べること。人肉嗜食。

77 シュールレアリズム…超現実主義。意識下の世界や不合理の世界 を探究し、制度的な意識から離れて内的生活の衝動を表現するこ とを目的とした。

(24)

《原爆文学》

…原爆投下による惨劇を題材とした文学。

…代表的なものとして、原民喜の「夏の花」(昭和 22)・太田洋子の「屍の街」・井伏鱒二の「黒 い雨」などがある。

【第三の新人】…戦後派の作家のような思想性・観念性を有さず、伝統的な私小説的手法で、

日常生活或いは日常生活の空虚を描いた作家たち。

◇安岡章太郎…「陰気な愉しみ」「悪い仲間」(昭和 28)などで弱者としての自己の意識に固執 する独自の作風を示した。他に「海辺の光景」がある。

◇吉行淳之介…「驟雨」(昭和 29)などで鮮明な感覚的イメージを描いた。また、商取引として の性を多く対象としたところに特色がある。

日本文学史 プリント№24(近代・その24) (【第三の新人】の続き)

◇小島信夫…「アメリカン・スクール」(昭和 29)などで、理不尽な日常の現実に対する困 惑・羞恥の意識をアイロニカルに描いている。他に「抱擁家族」などがある。

◇庄野潤三…家庭を主題にしたところに特色がある。「プールサイド小景」(昭和 29)など。

◇遠藤周作…「白い人」(昭和 30)で作家として出発し、キリスト教文学の傑作「沈黙」などを 世に出した。キリスト教信仰を中心とするヨーロッパと日本の精神的風土の 異質性に着目している。他に、狐狸庵シリーズと言われるエッセイで多くの読 者を得た。

◇阿川弘之…志賀直哉の影響を強く受け、作家として出発した。「雲の墓標」(昭和 30)などの 戦争小説にその特徴がある。

◇曽野綾子…「遠来の客たち」(昭和 29)で明快な知性を示して作家として出発し、以後、多彩 な活動を続けている。

《昭和三十年代》

◇石原慎太郎…既成道徳に挑戦した「太陽の季節」(昭和 30)が爆発的人気を呼んだ。マスコ ミが大きく取り上げたという意味でも時代の転換を告げた作品と言うこと ができる。

◇深沢七郎…捨老伝説を素材として書かれた「楢山節考」(昭和 31)が異色作として注目され た。

◇開高健…「パニック」「裸の王様」(昭和 32)が出世作である。集団と個人の問題などを追究 した。社会的視野の広い作家。

◇大江健三郎…「死者の奢り」(昭和 32)「飼育」などで新世代の作家として注目され、社会や 政治への明敏な感受性をもとに問題作を発表し続けている。

(25)

◇井上光晴…鋭い社会への問題意識から「地の群れ」(昭和 38)などの作品を書いた。

《女性作家の活躍》…昭和30年代後半から40年代にかけて女性作家の活躍が目立ち始め た。

:有吉佐和子「紀ノ川」(昭和 34)「華岡青洲の妻」(昭和 41)

:瀬戸内晴美(寂聴)「かの子繚乱」(昭和 37~39) :円地文子「女坂」(昭和 24~32)

:幸田文「流れる」(昭和 30) :佐多稲子「樹影」(昭和 45~47)

:野上弥生子「秀吉と利休」(昭和 37~38) :宇野千代「おはん」(昭和 32 年完結)

:倉橋由美子「パルタイ」(昭和 35) :山崎豊子「白い巨塔」(昭和 38~43)

:大庭みな子「三匹の蟹」(昭和 43)

日本文学史 プリント№25(近代・その25)

《内向の世代》…評論家・小田切秀雄が外部世界との対決を避け、内向性を特質とする作 家・評論家を批判した際に使った言葉だが、これは彼らの特長を言い当て てもいる。

:古井由吉「杳子」(昭和 45) :後藤明生「挟み撃ち」(昭和 48) :黒井千次「時間」(昭和 44)

:阿部昭「指令の休暇」(昭和 46) :柏原兵三「ベルリン漂泊」(昭和 47)

:小川国夫「試みの岸」(昭和 47)

……以後、推理小説・時代小説・SFなどのジャンルが盛んになり、また、純文学と大衆文 学の境界が不明確になり、小説は一層多様化した。

※もう後はまとめようがありません。一般によく知られている作家と作品を恣意的に挙げて おきます。評論家は省略します。

(五十音順):五木寛之「四季・奈津子」(昭和 54) :井上ひさし「吉里吉里人」(昭和 56) : 井上靖「蒼き狼」(昭和 34~35) :加賀乙彦「宣告」(昭和 50~53) :北杜夫「楡家の 人々」(昭和 37~39) :栗本薫「ぼくらの時代」(昭和 53) :河野多恵子「不意の声」(昭 和 43) :小松左京「日本沈没」(昭和 48) :司馬遼太郎「項羽と劉邦」(昭和 55) :渋沢 龍彦「唐草物語」(昭和 56) :島田雅彦「夢遊王国のための音楽」(昭和 59) :陳舜臣「太 平天国」(昭和 57) :つかこうへい「蒲田行進曲」(昭和 56) :津島佑子「寵児」(昭和 53)

:辻邦生「廻廊にて」(昭和 38) :筒井康隆「虚人たち」(昭和 56) :中上健次「枯木灘」

(昭和 52) :福永武彦「死の島」(昭和 41~46) :星新一「ボッコちゃん」(昭和 33) : 松本清張「点と線」(昭和 32~33) :丸谷才一「裏声で歌へ君が代」(昭和 57) :水上勉

「雁の寺」(昭和 36) 宮沢賢治(戦前の人です)「銀河鉄道の夜」(昭和初め) :宮部みゆき

「火車」(平成4) :高橋和巳「邪宗門」(昭和 40~41) :水村美苗「続明暗」(平成3) :

(26)

宮本輝「蛍川」(昭和 52) :村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」

(昭和 60) :村上龍「限りなく透明に近いブルー」(昭和 51) :山田詠美「ソウル・ミュ ージック・ラバーズ・オンリー」(昭和 62) :吉川英治「宮本武蔵」(昭和 10~14) :吉 本ばなな「キッチン」(昭和 62)

參考文獻

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