2.4 理論的な枠組み
2.4.1 認知意味論
2.4.1.2 身体性メタファー
2.4.1.2.2 Sモード
指摘が見られる(小森 1993:59、谷口 2003:160-161、楠見 2005:118、貞光 2006:68)。例えば、
「かたい音」(貞光 2006:68)は、メトニミーとして解釈できる共感覚表現の一例である。こ の場合、「かたい」という基本的(典型的)には触覚を意味する表現が「音」という聴覚を表
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対象化されているかどうかで「主観性」と「客観性」を分けている。自己を対 象化した概念化が客観的、自己を対象化しない概念化が主観的であると鍋島
(2011)が指摘している。鍋島(2011)はこの意味における主観性(「視点的 主観性」、「Sモード」)を取り扱う理由があると述べている。「Sモード」とは、
自己と状況を中心とし、視点とパースペクティヴを伴った認知モードのことで ある。「Sモード」のSは「Subjective(主観的)」、「Self-centered(自己中 心的)」、「Situated cognition(状況認知)」の略である。このような視点的主 観性は、個人および人間一般の情動、認識、判断を含んだものを広く捉えてい る。つまり、状況認知および身体性と密接に関わっている。鍋島(2011:80)
によれば、Sモードにおいて、自己は絶対者であり、対象と自己の距離の認知 に働くのは視覚だけではなく、より幅広く空間定位という分野である。
具体的には(9a)と(9b)のような同じ命題を異なる視点で捉える用例を見 ていく。
(9) a. Anne is sitting across the table from me.(図2)
b. Anne is sitting across the table.(図3)
(鍋島 2011:30)
(9a)と(9b)は同じ命題を描写しているが、視点が異なり、主観性の度合 いも違う。それぞれ図2-2及び図2-3のように描き示すことができる。
図2-2 例文(19a)の図示 図2-3 例文(19b)の図示
(鍋島 2011:31)
(9a)は「from me」が言語化されているように、「私」という発話者を客体 化する視点を置き、観察主体から眺める方向性を反映した「Oモード」の表現
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である。一方、(9b)は「from me」が言語化されていないように、「私」とい う発話者は主観的な視点を置き、同時に観察者の視点に映る主観的な映像をよ り直接的に反映した「Sモード」の表現である。鍋島(2011:31)によれば、
(9b)(図 2-3)では「across」の基準点が言語的に表現されていないが、
デフォルト的に発話者であると理解される。つまり、実際の視覚的体験におい ては、自分自身は視野に存在せず、テーブルとその向こうにいる Anne しか見 えないため、(9b)の意味をそのような経験の自然な反映として理解できる。
この他、山梨(2000)も例(10)を挙げ、a~d の用例は状況の主観的切り 取りを反映していると述べている。
(10)a. 部下とのよい関係を築く。(cf.上司と部下のよい関係を築く)
b. 松葉が痛い。(cf.松葉で私の背中が痛い)
c. てんぷらがもられる。(cf.でんぷらが私の胃にもたれる)
d. 電信柱がビュンビュン後ろに飛んでいく。
(山梨 2000:69)
(10a)は関係を表現する名詞の1つの項が明示されない。この場合で言語 化されていない項の視点を表現する場合が多いとしている。(10b)は、感覚形 容詞にとって刺激の場所「背中」が主語になる例である。山梨(2000)は文中 の「松葉が背中に刺さって私は痛みを感じる」などの表現よりも主観的な印象 を与えるとしている。そして、(10b)では(10c)と同様の現象が動詞にまで 発展し語彙化した例である。(10d)は移動の際、客観的には不動の電信柱が観 察者にはこちらに動いてきて通り過ぎてゆくように見えるという主観的体験 に対応する言語表現であると山梨(2000)が述べている。
意味を成立させるためにはものの属性が意味の焦点になっている時には、必 ず同じ状況にその心地を感じる人が想定されていなくてはならない。長谷川
(2008)は日本語の「甘い」や英語の「sweet」においては、我々は何かを食 べる、何かものの属性を認識するということが実際にはどのようなこととして 経験されているのかを考察している。以下では、長谷川(2008)の用例と主張 を見ていく。
我々が何かものを食べて甘いということがわかるときには、そのものに「甘
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い」もしくは pleasing という属性を帰している。そのものの属性とは私たち が食べ感じる前からその食べ物に内在した特徴だと考えられているものであ る。そこではそれを感じている特定の人は背景化されている。
図2-4 ものの属性を認識している状況の例(長谷川 2008:9 を引用)
上の図のように、pleasing ということが起こっている際には、同時に、
pleased な人(知覚者)が存在している。
従来の研究では、日本語の数多くの形容詞の中に人称制限がかかる形容詞が あるが指摘されている17。例えば、益岡(2000)によれば、「嬉しい」は「あ、
嬉しい!」というように自分の感情を表現することができるが、第三者につい て、「*彼は嬉しい」とは言えず、「彼は嬉しそうだ」もしくは「彼は嬉しが っている」などのように変形しない限り、文が成立しないという。
本論文は「Sモード」は反復形容詞に見られる意味拡張の説明にも有効だと 考える。