2.4 理論的な枠組み
2.4.2 対照的作業原則
(国広 1982:242-243)
このように、国広(1982)は「ニギル」と「ツカム」は「ぐっと圧力を加え る」感じで、「ツカム」は「手をさっと伸ばしてとらえる」のような感じがあ ると思われたならば、このような対照的文脈を作って、その点を確かめること
前文 後文
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ができる、としている。
つまり、この作業原則によって、文脈的同義間の意味的な違いを分析するに は有効であることが考えられる。
本論文はこのように対照的文脈によって、「荒々しい」、「痛々しい」、「弱々 しい」が同じ語基を持つ形容詞との置き換え可能な形式を比較しながら、3つ の反復形容詞の意味を探り、具体的な意味用法を明らかにしたい。例えば、
「重々しい」と「重い」の例で説明する。(12)のような、「重々しい」は「重 い」という同じ語基「オモ」を持つ形容詞と同じ文で言い換えられ、両語もあ る意味が似ていると考えられる。一方、(13)の「重々しい」を「重い」に置 き換えると意味が変わる。
(12)a.岩瀬が重々しい口調で告げる。 (BCCWJ)
b.?岩瀬が重い口調で告げる。
(13)a.重々しい鐘が鳴っている。 (BCCWJ)
b.#重い鐘が鳴っている。
「重々しい」と「重い」は上記の(12)に見るようにほぼ同じ意味で置き換 えられるが、(13)に見るように置き換えると意味が全く違う文になる。どの ような場合に置き換えが可能であろうか。本論文は、上記のように置き換え可 能な形式を比較しながら、身体性メタファー理論に基づき分析した3つの反復 形容詞の意味を確立していく。
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第 3 章 反復形容詞の意味拡張のメカニズム
3.1 はじめに
本章は「荒々しい」、「痛々しい」、「弱々しい」の意味のメカニズムを分析し ていく。感覚語彙の意味拡張に一般的に規則性があると指摘されている。進藤 他(2004)によれば、その規則性は大きく2つに分けられる。1 つは、知覚の 中の感覚モダリティ(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触感など)相互間の意味拡張 であり、もう1つは、知覚から認知的抽象概念(知性、情動、好悪など)への 意味拡張である。以下では、進藤他(2004)の一部を引用する。
(1) 知覚内部の意味拡張については、古くから特に形容詞について共感覚 表現(もともと1つの感覚を表す語彙が、他の感覚を表すように転移 され用いられること。22)と呼ばれている。その転移の方向は、触感・
味覚・嗅感の未分化で原初的な感覚から、視覚・聴覚などの最も分化 した高次の感覚に向かって一方向的に行われ、その逆にはなりにくい というものである。一方、知覚を超えた抽象概念への意味拡張につい ては、視覚動詞を中心に議論されてきた。Sweetser(1990)は、各知 覚感覚語彙は人間の内面的感覚と「組織的・メタファー的なつながり」
を有していると主張している。23例えば、知覚は知性へ、聴覚は留意 を経て従順へ、味覚は個人的好悪へ、触覚は感情へと拡張すると Sweerser(1990)が提案している。
(進藤他 2004:2)
本論文は前述した知覚の中の感覚モダリティ相互間の意味拡張は 鍋島 (2011)の「知覚推論」に当たり、もう1つは、知覚から認知的抽象概念への意 味拡張は鍋島 (2011)の「Sモード」の概念に当たると考える。「知覚推論」
と「Sモード」の概念は鍋島 (2011)が提案した身体性メタファー理論に含ま れている。本章では、2つの意味拡張の規則性が反復形容詞にも当てはまるか 否か、反復形容詞の意味とメカニズムの規則性を明らかにする。
22 sweet sound(味覚から聴覚へ)、soft voice(触感から聴覚)…などである。(進藤他 2004:2)
23 例えば、「clear」の知的意味は人・仕事の優秀さなどを表すのではなく、ある伝達内容が 理解しやすいという意味を表す。(進藤他 2004:4)
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3.2 「荒々しい」の意味のメカニズム
本節では、鍋島 (2011)が提案した「知覚推論」、「Sモード」の概念に基 づき、意味および意味拡張のメカニズムについて考察する。3.2.1 節では、
「荒々しい」の知覚推論について分析する。3.2.1 では、「荒々しい」の情意 的意味について分析する。
3.2.1 「荒々しい」の知覚推論
以下では、「荒々しい」の意味について見ていく。田(1998)は「荒々しい」
は主に人間の表情・言動・性質を形容すると指摘している。連体修飾に用いら れる「荒々しい」と共起する語は、例えば、波/人使い/態度/気性/顔つき
/があり、人の状態や動作などを描写することができる。また、連用修飾に用 いられる「荒々しい」と共起する語は、例えば、仕事/細工/計算などがあり、
物の動きを描写することもできる。しかし、田(1998)は仕事が荒々しい・荒々 しい仕事といった物の状態・内容を表すことはできないとしている。
しかし、同じ人の動作を描写する「荒々しい」の場合でも、感覚(触覚、味 覚、嗅覚、聴覚、視覚)によって用いられるものと用いられないものがあるこ とは筆者の知る限りでは今まで指摘されていない。例えば、
(2) 瞬間、気持より先に、秋葉の手が霧子の肩口をとらえた。いままで、秋 葉は霧子に暴力をふるったことはない。霧子といわず、女性に対して 荒々しい行為をしたことはない。 (BCCWJ)
(3) 荒々しい足音が、近づいてきた。ノックもなく、会議室の扉が開く。焼 田署交通課長が立っていた。顔色は蒼白だ。署長が腰を浮かせて言った。
(BCCWJ)
(2)は視覚を通し、人の動作を描写する場合であるが、(3)は聴覚を通し、
人の動作を描写する場合であると考えられる。しかし、「荒々しい」を嗅覚、
味覚、触感を通し、人の動作を描写する場合は不自然になる。24このような知 覚の中の感覚モダリディ相互間の意味拡張は先行研究では詳しく言及されて
24 コーパスでは、嗅覚、味覚、触感を通し、共起する用例が見当たらないが、検索エンジン Yahoo!JAPAN では、「荒々しい匂い」は 1,290 例であり、「荒々しい味」は 2,040 例であり、
「荒々しい肌触り」は 218 例であり比較的に例が少ない。(2016.6.9)
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いない。本論文は「荒々しい」の五感により、感覚転用25の方向性を分析し、
意味拡張に規則性を明らかにする。
本論文は、感覚モダリディ相互間の意味拡張は Ullmann(1957)、松浪他
(1983:771)、山梨(1988)、貞光(2005:49)、鍋島(2011)が提案した知覚推 論の一種である「共感覚」によるものだと考える。以下では、Ullmann(1957)、 松浪他(1983:771)、山梨(1988)、貞光(2005:49)など概観する。
松浪他(1983:771)と貞光(2005:49)によると、共感覚表現とは「ある感 覚領域を表す語が別の感覚領域に転用される比喩的な用法」である。例えば、
基本的に色や形は視覚で、音や声は聴覚で、食べ物の味は味覚で、においは嗅 覚で、温度や圧力は皮膚感覚によって知覚する。このような感覚器と刺激の対 応は言語にも反映されるが、一方で多様で感覚を同時に働かせた共感覚表現と いう表現もある。具体的には例えば以下の例が挙げられる。
(4)暖色/寒色
(5)あまい声
(貞光 2005:49)
(4)では、触覚を表す語「暖」と「寒」が視覚領域の「色」に、(5)では、
味覚を表す「あまい」が聴覚領域の「声」に転用されている。ただし、このよ うな、人間の五覚間で、ある感覚を表すために本来別の感覚に用いられる表現 が転用される共感覚の方向は全く自由というわけではない。Ullmann(1957)
によれば、感覚間に一方向の拡張の傾向がある。ここでは、Ullmann(1957)
と共にその考えを継いだ山梨(1988)、深田・仲本(2008)も見ることとする。
図3-1 五感の修飾・被修飾関係山梨(1988)
25 感覚転用は「未分化の感覚から分化された感覚へと起きしやく、逆は起きにくいとされた」
(Ullmann1957)。
触覚 味覚
視覚
聴覚 嗅覚
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Ullmann(1957)は、五感覚のうちに触覚、味覚、嗅覚の3つの感覚は「よ り低次」の感覚概念である。一方聴覚と視覚は「より高次」の感覚概念とみな されてきた。そして、この階層性においてより低い感覚概念がより高い概念を 表現するために使用される傾向があるとしている。深田・仲本(2008)の日本 語の用例を借りて見ると以下の通りである。
(6) a.甘い香り[味覚→嗅覚]
b.暖かい色[触覚→視覚]
c.鋭い悲鳴[触覚→聴覚]
d.*にがい感触[味覚→触覚]
e.*くさい形[嗅覚→視覚]
f.*黄色い匂い[視覚→嗅覚] (深田・仲本 2008:117)
(6a)~(6c)はいずれも成立し、より低い感覚概念がより高い概念を表現 する。それに対し、(6d)~(6f)はいずれも成立せず、より高い感覚概念が より低い概念を表現する。
「荒々しい」に戻ると、まず、コーパスにおける「荒々しい」の用例を見て いく。
(7) 瞬間、気持より先に、秋葉の手が霧子の肩口をとらえた。いままで、秋 葉は霧子に暴力をふるったことはない。霧子といわず、女性に対して 荒々しい行為をしたことはない。 (BCCWJ)
(8) タクヤは、自分のジーンズのファスナーが乱暴に降ろされるのを感じた。
そのまま、荒々しい手付きでブリーフごとジーンズが脱がされる。
(BCCWJ)
(9) 荒々しい足音が、近づいてきた。ノックもなく、会議室の扉が開く。焼 田署交通課長が立っていた。顔色は蒼白だ。署長が腰を浮かせて言った。
(BCCWJ)
(10)「僕は四歳の弟以外に後継者のいない身で、本来そのような危険をおか すことは許されない」ブロンズ色の顔が青ざめていた。彼は険しい顔つ
(10)「僕は四歳の弟以外に後継者のいない身で、本来そのような危険をおか すことは許されない」ブロンズ色の顔が青ざめていた。彼は険しい顔つ