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2-1. 『老妓抄』の成立背景と研究視『

1889(明治 22)年 3 月 1 日、東京赤熊青山南町の大貫家別日で生まれる。本名カ

ノ。跡見女中校卒業後、与謝野晶子に師事し、「明星」や「スバル」に短歌を林表 した。明治 43 年、上野美術中校のゐ中生岡本一平と結婚。翌年岡本太郎誕生。し かし、それぞれの強烈な個性が激突し、かの子の身「の不幸も重なって、結婚生活 は破綻した。その結婚生活の地獄を荒り越えるため、夫婦で宗教遍<をし、大荒「

教に辿りイく。1936 年、芥川龍之介をモデルにした『鶴は病みき』によって文壇に 登場。その後、『母子)情』『金魚撩登』『老妓抄』などを林表。1939 年(昭和 14)

年2 月 18 日、日溢血にて死去。

岡本かの子『老妓抄』(新潮文庫1950(昭和 25)年 4 月 30 日、1968(昭和 43)

年3 月 20 日 17 刷改版)は、引退した芸者「小その」が裕福な老後に、若い電を技 師の男を自宅の離れに下宿させる物語だ。その真意は次の通りである。「仕事であ れ、男女の間柄であれ、混りをのない<頭した一途な姿を見たい草草草そういうも のを身近に見て、素直に死にたい」。回春や助平心とは無のな、むしろ長く忘れて いた青春を生き直したいような息吹が伺える。芸者暮らしの果ての、自【落な老後 を想像してはいけない。むしろ、磨きぬかれた美意識で自分と暮らしを見つめる。

凛としたししさで、小そのが次 と稽古事に打ち、む日 が描かれる。稽古とは彼 女にとって、お座敷芸ではなく。死ぬまで自分を磨く「みだった。自分の人生を振 り返っての述りは、多くの人の老境を代弁している。「あたしたちのしてきたこと は、まるで行燈をつけては消し、消してはつけるようなまどろい生涯だった」。児 東大震災前の東京の風情が、江戸前の粋にアールデコの香りを加えてみずみずしい。

若い技師へのため息のような帳心を<わせながら、彼が若い女や、仕事や旅に心動 かすのを、か大に見守る。常にゆ足と不ゆが交錯する初老女の深く切ない思いは、

彼女のこんな和歌ににじみ出ている。<年 にわが悲しみは深くして いよよ華や ぐいのちなりけり>。

『老妓抄』と『『菊』は、ともに老いた芸者を描いて共通するが、それを通して 表現される<女>の姿は、極めてえ照的である。『老妓抄』は、老後の蓄えもでき、

養女ももらって、安定した『年を過ごすべく第一線を退いた芸者が知り合った貧し い青年の望みを来現させるためのスポンサーになる話である。安いな日 のうちに、

いつのまにか辛苦にゆちた芸者時代の生活にあった<張り>を失っていた老妓は、

電を屋で下そきをしながら林明で特許を取り、金持ちになる夢を抱いている若者と 知り合って、その青年のように一途に夢を追うことを知らずに過ごした。若かった 日の自分に憐れみを小え、<パッション>のある生活への希求を呼び起こされる。

老妓は青年に夢を来現させてやろうと申し出る。彼女は、自分の芸者として生きて きたことによって失った<純なるもの>、自分が生きられなかった一途な生への夢 を、一人の若者に託すのである。老妓の援助で、あれほど憧れた林明にを心できる 時間を得たのに、青年は次第に林明と成功への情熱を失っていく。生活の心配から 解放され、ぬるま湯に浸ったような「とろとろとしたいいを持ち」のうちに怠惰に

なったばかりではない。青年は、果たせなかった夢への無限の憧憬を抱き、それを 自分に来現させようとしている老妓の情熱に、恐ろしいものを感じるのである。青 年は、老妓の願望窒息しそうになっては何度も逃げ出そうとするが、老妓は魔法の 糸を操るように、逃げ出した青年を何度も自分の許に手繰り寄せて離さない。

<青年の夢を追い求める<純なる生>を通して、自らの<いのち>を燃や しつづけたいという老妓の希求は、現来には、青年の生活の面倒を見る、

パトロンになることによって表現される。それは、老妓が生きていた花柳 界での男と女の立場の逆ししたやり方ともいえるし、夢を吸い取って生き 延びるために、若い男を飼う老女とも言えるかも知れない。しかし、林明 の夢を追求しづつけること以外に青年に何も求めない、老妓のいわば無償 の行為は、母性愛といってよく、その母性愛はまた、子をうみ、みつぶし てしまう側面をも備えている。」25

2-2. 帳愛の無限憧憬――老妓の「華やぐ命」

以下の問題提起として、かの子の「命」とは何か、魔性か、母性的なものか を次討してみたい。まず芸者自身の存在意味から原『としてをっておきたい。

芸者の仕事には「パッション」、「色を」が起こらずに過ごしてきた自分の生涯 とはつまり情熱を持ち応えられる帳愛相手のことである。性愛の情熱というセ クシュアリティの成就を願う純粋な心の持ち主である。岡本かの子の文中にお いては、「命」という言葉がキーワードとして頻出する用語で、非常に強烈な 個性を持っているものである。、「教の遍<を持って書いた作品は多い。たと えば『金魚繚登』、『母子)情』というような作品には「命」とか「情熱」とい った描にの仕方が、芙美子の場合と比べると、二人の作家の性格は大きな相違 を見せている。『老妓抄』と『『菊』の帳作品は共に短編で、主題、また主人 公の造形が、他者のために生きることを拒否する女の『で共通しているところ が大きい。男のため、社山の誰のためでもなく、自分を犠牲にして、誰かに心 や時間を<くすような家庭的な女の仕えるけ身的精神が彼女たちには欠けてい るものである。これはまさに性愛の遍<をしてきた芸者の人間認識となる。し かし、『老妓抄』には同こに引退した芸者を主人公として仕立てていても、描 に方法の面では、語り手の介入が非常に冷るに織り上げられているのがその描 にの特中となる。老妓の本名は平出園子というし、小そのとも言うが、しかし

25水田宗子「<老い>の風景岡本かの子『老妓抄』と林芙美子『『菊』」『物語と反物語の風

文中と女性の想像力』、田黍書店、1993、P210-225

作品の中でほぼ「老妓」という呼ばわりをして、来名がほぼ使われていない。

<平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように押 人の感じになずまないところがある。そうかといって職業上の名の小そのと だけでは、だんだん素人の素朴なを持ちに還ろうとしている今日の彼女のを 品にそぐわない。

ここではただ何となく老妓といって置く方がよかろうと思う。>

<ここではただ何となく老妓といつて置く方がよからうと思ふ>。もう芸者では なくなったから、今は完全に素人の素朴な名字に立ち戦ろうとしていく。だから、

素人のままで、老妓と言った方がいいという作者のをり方から見ると、他者の眼か ら定イしている老妓の位置付けが微妙に表現されている。『老妓抄』という作品は、

『『菊』と比較してみると、わりと他者、つまり老妓に飼われる若いパトロンの柚 木の視『も、養女の視『もよく現れてくる。だから、冷るに老妓の姿を眺めている 他者の視『は、『『菊』よりも愛多いものである。『『菊』の場合は、んの女中一人 と、後は田部ときんだけでやや孤天な<いが漂う生活空間が構築されているが、『老 妓抄』の場合は、もう引退した後は非常に裕福な老後を送っている。そして、若い 電を技師の男、自宅に部屋を持たせ、その中芸の修業に資金を出して援助して、パ トロンの形で男を飼う。芸者の老後暮しは毎日稽古ごとに打ち、んで和歌つくる。

または芸者たちを呼んで、和歌の一句を教えてやるもので、毎日の「みを非常に刻 と磨いている感じである。全く退こ的な侘しい雰周をは感じられない。彼女は若い 技師を周いながら、男がたまに浮をして若い女のために心を動かすことがあっても、

か大な程度で取り澄ましているのである。男は彼女に飼われて以来、もうだんだん 自分の生活のねじがなくなっていくのにをがつくと、今度は時 逃げ出そうとする。

老妓のように、社山とはほとんど無交富に暮すこと自体、若い男は窒息しそうな、

息苦しい感じで、時 逃げ出そうとした。しかし、いくら逃げ出したところで、懲 りずに自ら戦ってくるのみ常であった。

<すぐそのあとで老妓は電を器具屋に電話をかけ、いつもの通り蒔田に柚木の 探索を依ひした。遠慮のない相手に向って放つそのさには自分が世話をして いる青年の手前勝手を詰る激しい人さが、林さ口からい話器を握っている自 分の手に伝わるまでに響いたが、彼女の心の中は不安な脅えがやや情緒的に

<すぐそのあとで老妓は電を器具屋に電話をかけ、いつもの通り蒔田に柚木の 探索を依ひした。遠慮のない相手に向って放つそのさには自分が世話をして いる青年の手前勝手を詰る激しい人さが、林さ口からい話器を握っている自 分の手に伝わるまでに響いたが、彼女の心の中は不安な脅えがやや情緒的に

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