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【私の<放浪>、<古里>】

1、(p1)

<私は北九州の或る小中校で、こんな歌を習つた事があつた。

更けゆく秋の夜 旅の空の 侘しき思ひに 一人なやむ 帳ひしや古里 なつかし父母

私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない。父は四原の伊予の人間で、太物の行商人 であつた。母は、九州ので島ので泉宿の娘である。母は他原者と一緒になつたと云ふので、鹿 児島を追放されて父と落ちつき場所を求めたところは、山口児の下児と云ふ土であつた。私が

――

生れたのはその下児の町である。 故生に入れられなかつた帳親を持つ私は、したがつて旅 が古里であつた。それ故、宿命的に旅人である私は、この帳ひしや古里の歌を、ま分侘しいを 持ちで習つたものであつた。>

2、(p66)

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<(一月 日)

「お前は考へが少しフラフラしていかん!」

お養父さんは、東京行きの信玄袋をこしらへている私の後から言つた。

「でもなお父さん、こんなところへをつても仕このない事ぢやし、いづれわし達も東京へ行く んだから、早くやつても、同じことぢやがな。」

「わし達と一緒に行くのならぢやが、一人ではあぶないけんのう。」

「それに、お前は無方針で何でもやらかすから。」

御もつともこでございます。方針なんて真面目くさくたてるだけでも信じられないぢやあり ませんか。方針なんてたてようもない今の私のを持ちである。大工のお上さんがバナナを買つ てくれた。「汽車の中で弁押代りにたべなさいよ。」停車場の<いさくに淋れて母はそをふいて いた。ああいいお養父さん!いいお母さん! 私はすばらしい成金になる空想をした。

「お母さん! あんたは、世間だの義理だの人情だのなんてよく云ひ云ひしているけれども、

世間だの義理だの人情だのが、どれだけ私達を助けてくれたと云ふのです? 私達親子三人の 世界なんてどこにもないんだからナニクソと思つてやつて下さい。もうあの男ともさつぱり別 れて来たんですからね。」

「親子三人が一緒に住めん云うてのう草草草」

「私はそいて、うんとお金持ちになりますよ、人間はおそろしく信じられないから、私は私一 人でうんと身を粉にしてそきますよ。」>

【芙美子の必死なぐらいの社山認識】

3、(p96)

<夜。

お君さんが私の土へたづねて来た。これから質屋に行くのだと云つて大きい風呂敷包みを持 つていた。

「こんな遠い土の質屋まで来るの?」

「前からのところなのよ。板橋の近所つて、とても貸さないのよ草草草」

相「らず一人で苦相をしているらしいお君さんに同情するなり。

「ね、よかつたらお蕎麦でも食べて行かない、おごるわよ。」

「ううんいいのよ、一寸人が待つてるから、又ね。」

「ぢやア質屋まで一緒に行く、いいでせう。」

その後銀座の方にそいていたと云ふお君さんには若い中生の帳人が出来ていた。【お君さんの 叛逆、革命】

「私はいよいよ決心したのよ、今『これから一寸遠くへ都落ちするつもりで、来は貴女のカを 見に来たの。」

こんなにも純情なお君さんがうらやましくて仕方がない。何もかも振り捨てて私は生れて初 めて帳らしい帳をしたのだわ。ともお君さんは云ふなり。

「子供も捨てて行くの?」

「それが一番身に応へるんだけれども、もうそんな事を言つてはをられなくなつてしまつたの よ。子供の事を思ふと空おそろしくなるけれど、私とても、とても勝てなくなつてしまつたの。」

お君さんの新しい男の人は、あんまり豊かでもなささうだつたけれど、若者の持つりりしい 強さが、あたりを強していた。

「貴女も早く女給なんてお止しなさい、ろくな仕事ぢやアありませんよ。」

私は笑つていた。お君さんのやうに何もかも捨てさる情熱があつたならば、こんなに一人で 苦しみはしないとおもふ。お君さんのお養母さんと、御亭主とぢや、私のお母さんの美しさは ヒカクになりません。どんなに私の思想の入れられないカクメイが来ようとも、千万人の人が 私に矢をむけようとも、私は母の思想に生きるのです。貴方達は貴方達の道を行つて下さい。

私はありつたけの財布をはたいて、この勇ましく都落ちする二人に祝つてあげたい。私のゼツ タイのものが母であるやうに、お君さんの唯一の坊やを、私は蔭で見てやつてもいいと思へた。

【私は【落しなかったのも、母の思想があってのものであった。】

【Î p78 <まっすぐに生きたい心> <清純なを持ち>】

4、(p98)

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<(九月 日)

古い時間表をめくつてみた。どつか遠い旅に出たいものだと思ふ。真来のない東京にみきり をつけて、山か海かの自然な息を吸ひに出たいものなり。私が青い時間表の地をからひらつた 土地は、日本海に面した直江津と云ふ小さい小港だつた。ああ海と港の旅情、こんな土へ行つ てみたいと思ふ。これだけでも、傷ついた私を慰めてくれるに違ひない。だけど今どき慰めな んて言葉は必要ちやない。死んでは困る私、生きていても困る私、酌婦にでもなんでもなつて、

お母さん達が幸福になるやうな金がほしいのだ。なまじつかガンジヨウな血の多い体が、色ん な野心をおこします。ほんとに金がほしいのだ!>

5、(p100)

<サガレンのお由さんが私のことを誰かに言つている。私は血の上るやうなみつともなさを感 じると、シヤンと首をもたげて鏡を見に立つて行つた。私のカが二重ににつている鏡の底に、

私を睨んでいる男の大きな眼、私は旅から生きてかへつた事がうれしくなつている。こんな甘 いものだらけの世の中に、自分だけが真来らしく死んで見せる事は愚かな至りに御座候だ。の のだんごか!芝居じみた眼をして、心ありをに睨んでいる男のカの前で、私はおばけの真似で

もしてみせてやりたいと思ふ。草草草どんな真来さうなカをしていたつて、酒場の男の感傷は生 ビールよりはかないのですからね。私がたくさん酒をうんだつて帳場では喜んでいる、蛆虫メ!

「戸つぱらつたからお先にをさしてもらひます。」

芙美子は強し。>

6、(p113)

<私は生きる事が苦しくなると、故生といふものを考へる。死ぬる時は古里で死にたいものだ とよく人がこんなことを云ふけれども、そんな事を聞くと、私はまた故生と云ふものをしみじ みと考へてみるのだ。

毎年、春秋になると、巡毎がやつて来て原籍をしらべて行くけれど、私は故生といふものを そのたびに考へさせられている。「貴女のお原は、いつたいどこが本押なのですか?」と、人に 訊かれると、私はぐつと詰つてしまふのだ。私には本押は、古里なんてどこでもいいのだと思 ふ。苦しみやふしみの中にそだつていつたところが、古里なのですもの。>

【<私は古里をもたない>という冒頭部とかかってくる。】

7、(p114)

<だから、この「放浪記」も、旅の古里をなつかしがつているところが非常に多い――思は ず年を重ね、色 な事に旅愁を感じて来ると、ふとまた、本押の古里と云ふものを私は考へてみ るのだ。私の原籍地は、鹿児島児、東で島、古里で泉場となつています。全く遠く流れ来つる ものかなと思はざるを得ません。>

【芙美子の旅愁でたたえている古里感小はこういうものである。Î 天涯孤天の親子三人。】

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