第二章 巻二十八に見える社会秩序化の働き
第一節 はじめに
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第三章 巻二十八の表現法
第一節 はじめに
前章では『今昔』巻二十八の主題を論じたが、この章では編者がどのように 用語・話末評語を使って、その主題を表現するかを検討する。
本章では、まず第二節でテキストに記されている類聚語をまとめ、その一番 多く記されている「嗚呼」や「物云ヒ」などの用語を抽出し、語釈を行い、そ して同時代の作品にある用語と比較し、編者がどうやって用語に工夫し、「社 会の秩序化」という主題を表すかについて考える。類聚語というのは、巻二十 八では二話以上に繰り返し用いられ、そして似た意味を持つ言葉という意で用 いている。更に、『今昔』は「和漢混淆文」という文体で書かれたものなので、
同じ用語でも、同時代の作品には違う発音が記されたり、平仮名で表記された りすることがあるが、本論文では比較対象については漢語に注目し、類聚語の 比較を行うことにする。また、同時代の作品の中で、同じく「嗚呼」という漢 字を用いられているのは『日本霊異記』のみであるが、本章では、変体漢文で 書かれた『日本霊異記』に記されている用語を『今昔』に記されている類聚語 と比較し、巻二十八の主題を明らかにしたい。
続いて、第三節では巻二十八の各話の話末評語を考察してみたい。
国東文麿氏1によれば、巻二十八は教訓の巻であり、編者は話末の教訓辞を 通して、その類聚意識を示そうとしているという。
また、小峯和明氏「伝承の仮構と話末評語の位相2」では、「話末評語は、個々 の話の意味や機能を左右するばかりでなく、その集積を通じて作品全体の編述 意図に収斂するはずのものでもある」と述べており、話末評語から作品の編述 意図が見られると指摘している。
1 国東文麿「今昔物語集世俗部の組織」『今昔物語集成立考[増補版]』早稲田大学出版部、1978.5、
P90-120。
2 小峯和明「伝承の仮構と話末評語の位相」『今昔物語集の形成と構造』笠間書院、1985.11、
P399-417。(初出は「今昔物語集の語り―その構築性―」『日本文学』29 巻 7 号所収、御茶の 水書房、1980.7。)
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『今昔』の話末評語は『今昔』の編述意図に繋がっているものとして従来の 学者たちに重視されてきた。この節では、その話末評語をまとめることによっ て、編者にとって何が悪か、何が善かを明らかにしたい。そして、説話ごとに 何を伝えようとするのかについて考察したい。
第二節 類聚語の様相
さて、巻二十八には類聚語が多く見られるが(表一を参照)。それらの類聚 語を通して果して『今昔』の編者が何を強調しようとしているのか。本節では 類聚語についての考察を通して、この問題を追究していくことにする。
本論文では、まず『新全集』のページをめくって、一度類聚語をまとめた後、
また『新大系』の『今昔物語集索引』を用いて、まとめた類聚語が正しいかど うかを確認する。
まず、巻二十八に示されている類聚語とその関連用語を見てみたい。分かり やすくするため、表一のようにまとめてみた。
【表一】
(括弧の中には延べ回数を入れる)
用語 関連語 話数(延べ回数) 計(回)
嗚呼を こ 第 21、26 話(1)
第 1、4、6 話(2)
嗚呼を こ ノ事こ と 第 2、9、20、37 話(1)、第 31 話(2)
嗚呼を こ ノ名な 第 34 話(1)
嗚呼を こ 絵ゑ 第 36 話(5)
嗚呼を こ
嗚呼を こ ノ者も の 第 41 話(2)、第 42 話(1)
23
白しれ 白し れ物も の 第 1 話(1) 8
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第 1、11、17、32、40 話(2)、第 4、16、18、
20、26、27、28、30、31 話(1)、第 12 話(3)
24
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第 1、6、7、10、17、20、22、23、24、27、28、
34、38、39、40、43 話(1)、第 3、21 話(5)、
第 3、5、10、31、32、35、40 話(1)
咲わら
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10、11、14、15、20、21、31、40、42、44 話(1)
にくみ・
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2.1「嗚呼
を こ」
まず、「嗚呼を こ」という用語についてだが、『今昔』の巻二十八では、「嗚呼を こ」 は八例、その関連語は十五例4、併せて「嗚呼を こ」の類聚語は二十三例も記され ている。この数字は意義が大きい。なぜなら、巻二十八以外の巻の「嗚呼を こ」の 用い方を見てみれば、次のようになる。
【表四】(本論文のテキストは『新全集』であるが、『新全集』には「天竺」
「震旦」の巻一~巻十の内容がないため、巻一~巻十のテキストは『新日本古 典文学大系』による。)
巻数話数 本文
巻一第 12 話 カヽル嗚呼を こノ事ヲシ給フ、速ニ此事ヲ留メ給フベシ。
巻五第 4 話 1.錫杖ヲ杖ニ突テワナヽキ逶ヒ行クヲ見ルニ、且ハ嗚呼
を こ
ガマシク、
且ハ怖シ。
2.国王ノ宮ニ入ヌレバ、国王嗚呼
を こ也トハ思セドモ、聖人止事無人 也ト聞テ、…
3.カク嗚呼
を こナル聖人コソ有ケレトナム語リ伝ヘタルトヤ。
巻十第 10 話 此レ、極タル嗚呼を こ人也
巻十第 36 話 男共、此レヲ聞テ、嗚呼を こヅキ嘲テ、…
巻十一第 24 話 行事官、是ヲ聞テ、「嗚呼を こノ事ヲモ云フ奴カナ」ト乍思、「極テ貴カ
4 「嗚呼」の他に、「嗚呼ノ事」「嗚呼ノ名」「嗚呼絵」「嗚呼ノ者」などの「嗚呼」の関連語が 認められる。しかしこれらの関連語は、ほぼ「ばかばかしい」「ばかげたこと」の意味だが、
巻十二第 11 話だけは単に感嘆詞である。そのため、以下は、「嗚呼」という用語を中心に検討 していくことにする。
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リナム」ト答フ。
巻十二第 11 話 而ル間、広達、要事有テ郷ニ出ルニ、彼ノ梨ノ木ノ橋ヲ渡テ行クニ、
橋ノ下ニ音有テ云ク、「嗚呼あ あ、痛ク踏哉」ト。
巻十五第 24 話 「聖人ハ、今六日ゾ世ニ在サムズル」ナド嗚呼を こニ云テ過グルニ、講 ノ畢、今三日ニ成ニケリ。
巻十六第 37 話 1.「此レハ打量ル也ケリ。嗚呼を こノ事也」ト咲ケルヲ、…
2.負侍、「嗚呼を こノ白物ニ合タリ」ト思テ、共ニ参ヌ。
巻二十二第 8 話 酔心トハ云乍ラ此ル態為ル人ヤ有ケル」、嗚呼を こニモ有リ、亦難堪ク モ思ユ。
巻二十五第 5 話 1.沢胯ガ云ク、「嗚呼を こノ事ヲモ宣フ君カナ。屋ニ籠メ乍ラ戦ツルニ、
余五現ニ、音高クシテ事行ヒテ、…
2.我ガ云ツル事ヲバ、嗚呼
を こ
ノ事ニ思テ、為得タル気色極カリツレ ドモ、定テ其ノ岳ノ辺ナムドニコソ戦ヒ極ジテ臥セルラム。
巻二十五第 6 話 箭ノ道ニ落テ候ハムハ、射 シテ候ハムヨリモ嗚呼を こ奇候シ。
巻二十五第 10 話 嗚呼を こノ事ヲモ宣フ人カナ」ト思ケレバ、墓々シク答ヘモ不為デ止ニ ケリ。
巻二十五第 11 話 鬼ニモ神ニモ取合ナドコソ可思ケレ、童泣ニ泣事ハ糸嗚呼を こナル事ニ ハ非ズヤ。
表四によれば、巻二十八の他に、「嗚呼」は巻一・巻十一・巻十二・巻十五・
巻十六・巻二十二には各一例、巻五には三例、巻十には二例、巻二十五には四 例が記されている。「嗚呼」の用例が一番多く認められる巻二十五としても五
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例しか記されていない。この延べ回数からも巻二十八には二十三例の「嗚呼」
が記されていることは重要な意義があるのである。果して、「嗚呼」は巻二十 八ではどのような用い方があり、どのような意義を持つのか。以下、これらの 問題について考えていきたい。
巻二十八の「嗚呼」について、まず話中人物が間違ったことを言ったり、愚 かなことをしたりした時に用いられるという場合に注目したい。これに関連す る用例は、第 9、20 話である。
第 9 話は主人公の助泥が三十荷の破子の半分を用意すると大言壮語を言っ てしまい、結局一つも用意せず、師僧を言葉巧みに言って逃げたという話であ る。新任の住職が寺に入る際の拝仏儀式のために、用意しなければならない破 子なのに、師僧を欺いてとんずらした。助泥が言葉巧みに人を欺き、責任を取 らない行動に対して、「此レ嗚呼ノ事也」と評し、ばかげたことだと指摘し戒 めていると捉えられる。第 20 話では、まず禅智内供のことを「其レニ、異人 ヲ以テ持上サスル時ニハ、悪ク指上ケレバ、六借テ物モ不食成ヌ」と描写し、
鼻の持ち上げ方が悪かったら機嫌を損ねて食べようとしないと、かなり短気な 人に描かれている。それで、鼻持ちを代行しようとする童が自薦したが、くし ゃみをして、禅智内供はすごく怒り、「我レニ非シテ止事無キ人ノ御鼻ヲモ持 上ムニハ、此ヤセムト為ル」と言った。それに対して、童が「世ニ人ノ此ル鼻 ツキ有ル人ノ御バコソハ、外ニテハ鼻モ持上メ。嗚呼ノ事被仰ルヽ御房カナ」
と言い、弟子たちが童の話を聞いて外に逃げて大笑いした。「嗚呼ノ事」で形 容されたのは禅智内供が話した内容であり、内供が無常識なことを言ったせい で、弟子たちが爆笑した場面になり、その場の秩序が崩れてしまったのである。
続いて、第 4 話を見てみたいが、この話では二つの「嗚呼」が用いられてい る。一つ目は、宮中のことが知らない国守の一家が、ちょっとしたことでも知 りたがって女官たち・殿上人や蔵人を追い回したが、殿上人達のことを恐れ、
近づけば慌てて隠れることに対し、殿上人が「嗚呼ニ極キ物カナ」と言ったと ころである。つまり、混乱を起す人達のありさまを言い表す時に用いられてい
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る。その慌てて隠れる混乱の場面も前述で「殿上人近ク寄レバ屏風ノ後ニ逃隠 ルヽ間、前ニ逃ル人ハ後ニ逃ル人ニ指貫ヲ被踏テ倒ルヽニ、後ノ者モ亦躓テ倒 ル。或ハ冠ヲ落シ、或ハ先ヅ我レ疾ク隠レムト迷ヒ入ル」と描かれている。
る。その慌てて隠れる混乱の場面も前述で「殿上人近ク寄レバ屏風ノ後ニ逃隠 ルヽ間、前ニ逃ル人ハ後ニ逃ル人ニ指貫ヲ被踏テ倒ルヽニ、後ノ者モ亦躓テ倒 ル。或ハ冠ヲ落シ、或ハ先ヅ我レ疾ク隠レムト迷ヒ入ル」と描かれている。