『今昔物語集』巻二十八的主題與構成 - 政大學術集成
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(2) 謝辭 閉上眼睛,就好像回到參加政大日文所面試的那一天,當時在對面坐成一 排,讓我戰戰兢兢的老師,後來在三年的研究所生涯中,給了我數不清的鼓勵與 關懷。 能夠完成這本論文,最感謝的是擔任我指導教授的鄭家瑜老師!從最基本的 古典文法開始,到古文的讀解、各種研究方法的優缺點,甚至論文的寫作方向, 都悉心教導給我們。題目、中間、口頭三次發表以及赴北京外國語大學發表前, 不知有多少夜晚讓老師為我的論文挑燈夜戰,犧牲自己的睡眠與健康,甚至生病. 政 治 大. 發燒依然留在研究室修改我的論文,一切都是為了指導不成才的我。對鄭老師真. 立. 的只有無盡的感謝。. ‧ 國. 學. 除此之外,還要感謝訂論文題目前給我意見的吉田妙子老師、幫我看論文結 構的台灣大學陳明姿老師、每次發表都特地來評審,給予我寶貴意見的文化大學. ‧. 齋藤老師、輔仁大學中村祥子老師,在課堂上指導歷史背景的小林幸夫老師、永. y. Nat. 井隆之老師,以及暑假撥空看論文並給我寶貴意見的宮田尚老師等,沒有這些老. er. io. sit. 師的幫忙,論文就不可能完成。. al. 最後,要謝謝陪我一起共度研究生活的賴庭筠助教、麥壹、靖雯學姐等,除. n. v i n Ch 了幫我去日本買書、找資料,在論文的想法上也給了我許多的啟發。由衷感謝每 engchi U 一位在論文寫作上給我實質與精神上支持與鼓勵的人。. 7.
(3) 『今昔物語集』巻二十八的主題與構成 中文摘要 『今昔物語集』 (以下簡稱『今昔』)共有三十一巻,是收錄橫跨天竺(印度) 、 震旦(中國)、本朝(日本)三國的佛教説話與世俗説話的大作品。其成立年代 與編者皆不明,約於 1130 年前後成立。 『今昔』是日本文藝中最早有系統地收集 笑話的說話集,巻二十八就是『今昔』集中收錄笑話的一巻。 關於日本的笑話,在『今昔』以前的作品中雖然也可以看到許多笑話的故事, 但是『今昔』特別將笑話集中收錄於巻二十八,從此點可看出卷二十八應該蘊含. 治 政 構成進行考察分析。探討編者透過巻二十八想要傳達什麼?以及卷二十八在『今 大 昔』全書中有何含意。 立 了濃厚的編纂意圖。因此,本論文以『今昔』巻二十八為研究対象,針對主題與. ‧ 國. 學. 本論文共有五章,第一章論述研究目的、先行研究與研究方法。第二章分析. ‧. 巻二十八的内容並探討其主題。接著在第三章透過分析類聚語、話末評語的表現 來確認其主題。第四章考察巻二十八的登場人物及各話的配列意識,並由登場人. Nat. sit. y. 物及各話的配列意識來思考卷二十八構成,再次確認此構成中所包含的主題。最. al. n. 二十八如何透過「笑」這一素材來表現其主題。. Ch. engchi. er. io. 後在第五章的結論整理巻二十八的主題與構成,並且檢討「笑」的功能,思考巻. i n U. v. 關鍵字:今昔物語集、巻二十八、主題、構成、類聚語、話末評語、登場人物、 配列、笑. I8.
(4) The Theme and Structure of “Konjaku Monogatari Shu” Volume 28 Abstract “Konjaku Monogatari Shu” is a masterpiece of literature in thirty-one volumes, which include both Buddhist and secular tales of Tenjiku (India), Sindan (China) and Hontyou (Japan). It was completed around 1130 A.D. but the precise year and the editors are obscure. “Konjaku Monogatari Shu” is the first compilation collecting jests systematically in Japanese literature, and in this work, Volume 28 is the inclusion of jests especially. Prior to “Konjaku Monogatari Shu” there had been many stories about jokes in. 治 政 jests in Volume 28 reflects the editor’s great intention大 of compiling. Thus, this thesis 立 object, aimed at analyzing the theme and structure, takes Volume 28 as the study. other Japanese works. However, “Konjaku Monogatari Shu” particularly recorded all. ‧ 國. 學. probing into what the editor intends to convey, and the significance of Volume 28 in “Konjaku Monogatari Shu”.. ‧. This thesis contains five chapters. Chapter 1 presents the research purpose, the. sit. y. Nat. prior research and research method. Chapter 2 analyzes the contents of Volume 28 and explores the theme. The following Chapter 3 identifies the theme by analyzing. io. n. al. er. the similar words and comments at the end of the tales. Chapter 4 examines. i n U. v. characters in Volume 28 and the sense of arrangements in every tales; to consider. Ch. engchi. the structure of Volume 28 and reconfirm the theme as well. The conclusion in final Chapter 5 summarizes the theme and structure of Volume 28, contemplates the function of laugh and how Volume 28 expresses the theme by this source material“laugh”.. Keywords:Konjaku Monogatari Shu, volume 28, theme, structure, the similar words , comment at the end of the tale, characters, arrangement, jest. 9 II.
(5) 『今昔物語集』巻二十八の主題と構成 日本語要旨 『今昔物語集』は天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三国に亘り、 仏教説話・世俗説話を三十一巻に収めた大作である。その成立年代と編者は不 明であるが、凡そ 1130 年前後に成立したという。そして、 『今昔』は日本文芸 の中では体系的に笑い話を集めた最初の説話集であり、巻二十八は『今昔』に 収録されている笑い話が集中している一巻である。 日本の笑い話について、 『今昔』以前の作品にも笑い話が散見できるが、 『今. 政 治 大. 昔』の巻二十八には特に、笑い話が集められたことは、やはり何かの編纂意図. 立. が内包されていると考えなければならない。従って、本論文では『今昔』巻二. ‧ 國. 學. 十八を対象として、その主題と構成について考えてみた。編者が巻二十八を通 して何を伝えようとするのか、それは『今昔』全書においては如何なる意味が. ‧. あるのかについて考えてみた。. y. Nat. 本論文は五章からなるが、まず第一章では、研究目的と先行研究、研究方法. io. sit. を論じた。また、第二章では巻二十八の内容を分析し、その主題を探ってみた。. n. al. er. 続いて第三章では、類聚語・話末評語などの表現を分析して、巻二十八の主題. i n U. v. を改めて確認した。それから、第四章では、巻二十八の登場人物及び各話の配. Ch. engchi. 列意識を考察し、その構成を考えて、更にその構成の内部に含まれている主題 を再び確かめた。最後に、第五章の結論において、巻二十八の主題と構成をま とめ、その笑いの機能を検討し、巻二十八は如何に笑いという素材を通してそ の主題を表現するのかについて考えてみた。. キーワード:今昔物語集、巻二十八、主題、構成、類聚語、話末評語、登場人 物、配列、笑い. 10 III.
(6) 目次. 第一章 序論............................................................................................................... 1 第一節 研究動機及び目的....................................................................................1 第二節 先行研究....................................................................................................5 第三節 研究方法..................................................................................................24 第二章 巻二十八に見える社会秩序化の働き......................................................26 第一節 はじめに..................................................................................................26 第二節 欲望と失態..............................................................................................28 第三節 機知と弁才..............................................................................................41 第四節 社会の秩序化..........................................................................................45 第五節 終わりに..................................................................................................48. 立. 政 治 大. ‧. ‧ 國. 學. 第三章 巻二十八の表現法......................................................................................50 第一節 はじめに..................................................................................................50 第二節 類聚語の様相..........................................................................................51 第三節 話末評語の位相......................................................................................75 第四節 終わりに..................................................................................................90. y. Nat. sit. n. al. er. io. 第四章 巻二十八の構成..........................................................................................92 第一節 はじめに..................................................................................................92 第二節 登場人物..................................................................................................93 第三節 配列意識................................................................................................101 第四節 終わりに................................................................................................118. Ch. engchi. i n U. v. 第五章 結論............................................................................................................119 第一節 巻二十八の主題と構成........................................................................119 第二節 巻二十八における笑い........................................................................121 第三節 今後の課題............................................................................................125 テキスト....................................................................................................................127 参考文献....................................................................................................................127. 11.
(7) 第一章. 序論. 一、研究動機及び目的 『新編日本古典文学全集 35―今昔物語集①〈全四冊〉1』(以下、『新全集』 と略称する)の解説によれば、『今昔物語集』(以下、『今昔』と略称する)は 天竺(インド)、震旦(中国) 、本朝(日本)の三国に亘り、仏教説話・世俗説 話を三十一巻(巻八、巻十八、巻二十一は欠巻)に収めた大作である。また、 『今昔』の成立年代や編纂事情などは明らかではないが、1130 年前後に成立 したという。また、天竺篇は巻一~巻五、震旦篇は巻六~巻十、本朝篇は巻十. 政 治 大 の巻十一~二十は仏教説話に該当し、天竺篇の巻五、震旦篇の巻十、本朝篇の 立. 一~巻三十一からなっており、天竺篇の巻一~四、震旦篇の巻六~九、本朝篇. 巻二十一~三十一は世俗説話に属しているという。. ‧ 國. 學. 『今昔』の三十一巻はその内容によって分類され、更に定められた巻組織に. ‧. 従って配置されている。それだけではなく、全ての説話は『今昔』独自の表記. y. Nat. と文体(「変体漢文2」及び「漢字片仮名交じり文3」)に従って統一され、一定. io. sit. の様式のもとに整然と配列されている。この整然とした統一性からも、 『今昔』. er. の説話は同一人物の手によって編集されたものだと考えられる4。. al. n. v i n Ch にも関わらず、森正人氏『新日本古典文学大系 e n g c h i U37―今昔物語集(五) 』(以 5. 下、 『新大系』と略称する)の解説によれば、 『今昔』の巻一~巻二十五は『今 昔』の原撰本で、巻二十六~巻三十一は後代の増補であり、巻二十五と巻二十 六との間に大きな区切りが設けられているという。氏の指摘からも、巻二十六 ~巻三十一は、巻一~巻二十五とは異なる性格を有していると考えられよう。. 1. 馬淵和夫・国東文麿・稲垣泰一校注・訳『新編日本古典文学全集 35―今昔物語集①〈全四 冊〉』小学館、1999.4~2002.6、P525-526。 2 「変体漢文」は原則として漢字だけで綴られているが、正格の漢文法に準拠せず、日本語特 有の語序・語彙や言い回しを併用するものを指す。各話の標題は「変体漢文」で記されている。 3 「漢字片仮名交じり文」は漢字と片仮名とで一筆に記されたものである。各話の内文は「漢 字片仮名交じり文」で記されている。 4 馬淵・国東・稲垣前掲注 1 書、P525。 5 森正人「今昔物語集の編纂と本朝編世俗部」『新日本古典文学大系 37―今昔物語集(五)』 所収、岩波書店、1993.5~1999.7、P519-541。 1.
(8) しかし、なぜ巻二十六~巻三十一は後代の増補なのか、氏はこの点について特 に説明していない。『今昔』の編者について、氏は一人の編者或は複数の編者 によって編成されたのかについて論じていないし、「後代の増補」という説は 誰が提出したのかについても説明していなかった。 更に、氏は『今昔』には三国の仏法史観が見られ、「仏法―世俗」という対 応構造が認められると指摘している6。氏のいう三国の仏法史観をまとめれば 即ち、 (1) 『今昔』における仏法の部分は日本に独自の仏法的歴史観に基づき、 三国の仏法史の様相を語るものであるのに対して、世俗の部分には王朝史が置 かれていて、その歴史を構成するものとして、帝王、大臣、武人のそれぞれの. 政 治 大 は、公を基軸とした公に関わる世界を記述しているもので、仏教的であるが、 立 史的展開を辿るという。(2)本朝篇世俗部の前半である巻二十一~巻二十五. ‧ 國. 學. 巻二十六~巻三十一は公を中心とする秩序に対立する世界、或は疎遠な世界を 描いているもので、非仏教的である。 (3) 『今昔』巻二十一以降の各巻の主題. ‧. について、欠巻の巻二十一は歴代天皇の説話の巻、巻二十二は藤氏大臣列伝、 巻二十三は兵・強力列伝、巻二十四は諸道の巻、王朝的技芸の担い手、巻二十. y. Nat. sit. 五は兵列伝、巻二十六は「宿報」、巻二十七は「霊鬼」、巻二十九は「悪行」と. n. al. er. io. し、各巻に付された題を主題としているが、巻二十八「世俗」、巻三十「雑事」、. i n U. v. 巻三十一「雑事」は題から説話の性格が判然としないため、巻二十八は「滑稽. Ch. engchi. 譚」とし、その主題は「笑い」であり、巻三十は「恋愛・別離」で、巻三十一 は「雑事」である。 このように、森氏は『今昔』の各巻に付された題目から『今昔』の主題を考 え、『今昔』には「仏法―世俗」という対応構造があると主張しているのであ る。その上に、本朝篇世俗部では、巻ごとに付されている題や収録されている 説話の傾向に基づいて、その巻の主題や目的を窺うことができるが、巻二十六 ~巻三十一の相互の関係、またこの六巻が本朝篇世俗部及び本朝篇においてど のような働きをしており、『今昔』全体にはどのように位置されているのかに ついて明確でないので、巻二十六~巻三十一の性格と位置づけを明らかにする 6. 森、前掲注 5 論文、P520-533。 2.
(9) ことができないと指摘している。以上のようなことからも、巻二十六~巻三十 一については不明な点が多く、まだ研究する余地がある。 ところで、巻二十六~巻三十一の六巻の中で、筆者は特に巻二十八に関心を 持っている。なぜなら、小峯和明氏「中世笑話の位相―『今昔物語集』前後7」 によれば、 「日本の文芸ではじめて笑話を集成し体系づけたのは『今昔物語集』 であり」、 「この巻(陳注:巻二十八)以外にも笑いにまつわる話題にことかか ないが、何より一巻にまとめられたことの意義が重要だ」と指摘したように、 『今昔』は日本文芸の中では体系的に笑い話を集めた最初の説話集であり、巻 二十八は『今昔』に収録されている笑い話が集中している一巻だからである。. 政 治 大. 日本の笑い話について、早くも『古事記』における天岩戸神話に見られるが、. 立. 天宇受賣命が天岩戸の前に変な格好で踊り、それを見た八百万の神が一斉に笑. ‧ 國. 學. ったことが記されている。また、『竹取物語』などにも笑いに関わる記述が認. ‧. められる。例えば、石上中納言の求婚の話には「貝をえ取らずなりにけるより ....... も、人の聞き笑はむことを日にそへて思ひたまひければ、ただに病み死ぬるよ. sit. y. Nat. りも、人聞きはづかしくおぼえたまふなりけり8」 (傍点は陳によるものである。. io. er. 以下同。)という記述があるが、石上中納言は周りの人が自分の愚かな行動の ことを聞いたら笑うだろうという恐れについて描写している。このように、 『今. n. al. Ch. i n U. v. 昔』以前の作品にも笑いに関する内容が散見できるのである。にも関わらず、. engchi. 『今昔』に特に巻二十八で、笑い話が集められたことはやはり意義深いものと 見なければならない。巻二十八は笑い話が集まっている一巻としていることの 深層には何かの編纂意図が内包されていると考えなければならない。 しかし一方、巻二十八には笑い話とは見なしがたいものもいくつか含まれて いる。小峯和明氏によれば、巻二十八の第二二・二五・三五・三七・三九・四 四話が笑話とは見なしがたいものだという9。また、小峯氏はこれら笑い話と. 7. 小峯和明「中世笑話の位相―『今昔物語集』前後」『日本の美学』20 号所収、ぺりかん社、 1993.11、P26-27。 8 片桐洋一校注・訳『新編日本古典文学全集 12 竹取物語 伊勢物語 大和物語 平中物語』 小学館、1994.12、P55。 9 小峯、前掲注 7 論文、P27。 3.
(10) 見做しがたい六話を巻二十八に収録したことからも、『今昔』の編者がその編 纂に苦慮しただろうと考えられる10。 しかし、『今昔』の編者はなぜ笑い話として認められないものも取り入れた のか。果して笑いは『今昔』の巻二十八の主題なのか、本論文はこれらの疑問 からスタートして、巻二十八の主題は何か、それが如何に作り上げられたのか について考察するものである。 また、1982 年 6 月に花園大学で行われた仏教文学会のシンポジウムでは、 森正人、小峯和明、出雲路修三氏がそのシンポジウムで発表したものは「〈シ ンポジウム〉『今昔物語集』の構造をめぐって11 」にまとめられた。小峯和明. 政 治 大. 氏は『今昔』巻二十六~三十一の展開がまだ明確になっていないと説いている 12. 立. 。出雲路修氏は、『今昔』全巻は仏教史の世界(天竺篇巻一~四、震旦篇巻. ‧ 國. 學. 六~九、本朝篇巻十一~二十)を明らかにした部分と、仏教史の外側の世界(天 竺篇巻五、震旦篇巻十、本朝篇巻二十一~二十五)を明らかにした部分とがあ. ‧. ること、また巻一~巻二十五は構成が非常に整然として、秩序的であるが、巻. sit. y. Nat. 二十六~巻三十一は後代の増補であり、構成が無秩序的であることを指摘して. io. er. いる。(氏のいう「無秩序」とは、巻の構成上の「無系統」という意味だと筆 者が理解している。以下はそれを「社会秩序」の「秩序」と区別するために、. n. al. Ch. i n U. v. 「無系統」として記す。)それだけではなく、出雲路氏も、 『今昔』巻二十五ま. engchi. では源隆国によって編纂され、巻二十六以下は後に増補されたものだと複数の 編者が存在していると唱えているのである13。 果して森・小峯・出雲路三氏が指摘したように、巻二十六~巻三十一の六巻 の成立には明らかになっていない点が多いのであろうか。それは、整然として 構成された系統性を持つ、「無系統的」なものであろうか。本論文では、笑い 話を集中的に集める巻二十八を通して、巻二十六以下の六巻の主題と構成につ. 10. 小峯、前掲注 7 論文、P27。 黒部通善・森正人・小峯和明・出雲路修「〈シンポジウム〉『今昔物語集』の構造をめぐっ て」『仏教文学』7 号所収、仏教文学研究会編集、1983.3、P47-101。 12 小峯、前掲注 11 論文、P60。 13 出雲路、前掲注 11 論文、P66-67。 11. 4.
(11) いて考えてみたい。巻二十八に描かれている笑いや配列の仕方などに注目しつ つ、巻二十八の主題を考えて、編者がそれらを通して何を伝えようとするのか、 それは『今昔』全書においては如何なる意味があるのかなどの問題を探求した い。. 二、先行研究 ところで、 『今昔』の巻二十八はこれまで、どのように研究されてきたのか。 以下、 『今昔』の巻二十八に関する先行研究をまとめておこう。 『今昔』の巻二. 政 治 大. 十八に関する先行研究について大きくみれば、次の三類に分けられよう。. 立. (1)内容や用語、登場人物などで分類して検討したもの。例えば、古川成門. 學. 、佐々木みよ子と森岡ハインツ15、山口康子16、土井廣子17の論である。. ‧ 國. 14. 古川氏は内容によって巻二十八における笑いを「思考の洒落」「思考の. ‧. 滑稽」 「客観的滑稽」 「主観的滑稽」に分類し、その笑いの性質が暴露的 であり、悪意的、攻撃的な笑いが多く、貴族・僧侶・庶民、全ての社会. y. Nat. sit. 階層に向けていて、『今昔』は笑いという心の憩を混乱期に生きる人々. n. al. er. io. に与えたと指摘している。佐々木みよ子氏と森岡ハインツ氏は巻二十八. i n U. v. の登場人物を「才気者」「偏屈者」「怪異(変わった人間)」などに分類. Ch. engchi. し、古代庶民笑話の生成、発展の一端と落語との関係を検討した。山口 氏は「ヱミ」と「ワラヒ」という類聚語を分析し、 『今昔』の笑いを「宗 教的」「心情的」「意図的」「情動的」に分類し、その性格と対象を考え た。土井氏は巻二十八に賞賛の話と批判の話があると見て、編者がこの 巻を成立させている精神を考えた。. 14. 古川成門「今昔物語(巻 28)管見」 『私学研修』8 号所収、財団法人私学研修福祉会、1960.6、 P64-69。 15 佐々木みよ子・森岡ハインツ「庶民話芸におけるグロテスク(3)-『今昔物語集』の笑話 と落語」 『津田塾大学紀要』14 巻 1 号所収、津田塾大学紀要編集委員会、1982.3、P169-191。 16 山口康子「ヱミとワラヒ―『今昔物語集』の表現を中心に」 『国語と教育』19 号所収、長崎 大学国語国文学会、1995.2、P43-51。 17 土井廣子「嘲笑の行方―『今昔物語集』巻第二八をめぐって―」東洋女子短期大学紀要 32 号所収、東洋女子短期大学、2000.3、P11-23。 5.
(12) (2)仏教の背景或は猿楽との関わりから分析したもの。例えば、樹下文隆氏 18. は巻二十八第 1 話が猿楽との関わりから分析している。また、村戸弥. 生氏19は「被咲ル」という語を記される場合が〈猿楽〉による「咲ヒ」 だと捉え、巻二十八の元の話群を検討し直した。そして、舩城梓氏20は 巻二十八の仏教背景を検討し、巻二十八が「妄語」の巻だと主張してい る。 (3)個別の一話を取り上げて考察したもの。例えば、田村憲治氏21は巻二十 八第 38 話に信濃守藤原陳忠が落ちた御坂「信濃坂」の背景を検討し、 陳忠の強欲さの表れを考えた。また、津田和義22氏は巻二十八に「肯定」. 政 治 大 大将済時が『江談抄』 立 『群書類従』『大鏡』『古事談』などの作品で描写. と「否定」が混在すると見て、第 22 話に登場した中納言藤原忠輔と左. ‧ 國. 學. された内容と比較し、編者が何を肯定し、或は否定して、その上、何を 主張したかったのかを検討した。そして、松本真奈美氏23が第 3 話の曾. ‧. 禰好忠の人間像を論じていた。. sit. y. Nat. しかし、(1)の先行研究では、いろいろな基準で話の内容・用語・登場人. io. er. 物を分類し、その笑いの特質を検討したが、編者が何のためにこのような用 語・登場人物を選び、その内容を記したのかについては論じていない。(2). n. al. Ch. i n U. v. の先行研究では、仏教の背景や猿楽との関わりから分析した。だが、巻二十八. engchi. の内容は全て「妄語」の話ではないし、笑い話といっても猿楽と関係があると は限らない。(3)の先行研究では、巻二十八の一話だけ取り上げて考察した が、その一話に見られる原理は果して巻二十八全巻を通しているのか。やはり、 18. 樹下文隆「『今昔物語集』巻二十八における笑いの意味―誰が笑い、誰が笑われ、何が可笑 しいのか」『今昔物語集(説話論集) 』清文堂、2003.6、P257-291。 19 村戸弥生「『今昔物語集』巻二八について―本朝王法部編纂過程考」 『金沢大学国語国文』 28 号所収、金沢大学国語国文学会、2003.3、P7-18。 20 舩城梓「『今昔物語集』本朝世俗部の仏教的背景―巻二十八をめぐって」『日本語と日本文 学』39 号所収、笠間書院、2004.8、P13-32。 21 田村憲治「『今昔物語集』の笑いの背景―巻二十八ノ第三十八話をめぐって」『芸文東海』 16 巻所収、研究者集団芸文東海、1990.12、P8-9。 22 津田和義「『今昔物語集』巻二十八第二十二話の考察」 『駒沢国文』29 号所収、駒沢大学文 学部国文学研究室、1992.2、P99-106。 23 松本真奈美「曾禰好忠説話小考―『今昔物語集』巻二十八第三話をめぐって」 『説話の界域』 笠間書院、2006.7、P373-388。 6.
(13) 巻二十八の一話一話を全て検討しなければ、編者の考えを全面的に理解できな いと考えられる。 このように、従来の研究では、前掲した三つの方向から『今昔』巻二十八を 考えたものが主であったが、いずれの研究方向もまだ更なる検討する必要があ る。 ところで、以上の三つの方向の他に、『今昔』巻二十八の主題と構成の問題 に触れるものもある。しかし、それらは主に『今昔』の主題と構成を検討する 際に言及したもので、巻二十八の主題と構成を中心に論じたものではない。但 し、巻二十八は無論『今昔』の一巻なので、巻二十八の主題と構成を考察する. 政 治 大. 際に、『今昔』全書の主題と構成の問題を視野に入れるべきである。従って、. 立. 以下は『今昔』の主題と構成に分けて、先行研究を検討し、更にそこから巻二. ‧. ‧ 國. 學. 十八の問題をまとめていくことにする。. 2.1.『今昔』の主題. sit. y. Nat. io. 人、この四氏の論は代表として挙げられよう。. n. al. Ch. engchi. er. 『今昔』の主題に関する先行研究は、国東文麿、小峯和明、前田雅之、森正. i n U. v. 2.1.1.国東文麿 国東文麿氏は『今昔』の一つの特質として、「皇室中心主義的歴史観」に基 づいて仏教説話を置き、『今昔』編者は独自の類聚意識を持ち、本朝篇の仏法 部は凡そ皇室を中心とし、更に国家の繁栄は「仏法王法相依思想」及び「歴史 尊重思想」に基づいたと考えている24。 国東氏の言っている「仏法王法相依」の概念は早くも黒田俊雄氏「王法と仏. 24. 国東文麿「今昔物語集の構成」『今昔物語集成立考[増補版] 』早稲田大学出版部、1978.5、 P65。 7.
(14) 法―権門体制の宗教的特質―25」によって提出された。黒田氏は、十一世紀の 日本は、「国家と宗教とが結合し依存し合っている状況」であり、即ち「王法 仏法相依」の状態であると指摘している。「王法仏法相依」における「王法」 とは、 「世俗の政治権力を指す言葉であるが、中国でも『漢書』 『史記』などで、 あるべき政治の姿を意味していたように、単に現実あるがままの政治権力や武 力そのものではなく、宗教的――この場合には仏教的――に理念化された国家 権力を意味したのである」と氏が定義しているのである。 黒田氏の論点は歴史の視点から中世における政治及び宗教の背景を分析し たものであるが、同じ概念は国東氏も提出している。国東氏は「今昔物語集の. 政 治 大 黒田氏の論文を記していないが、論文の中で、 『今昔』の説話にある「皇室尊 立. 構成」という論文においては、黒田氏の説を提起していないし、参考文献にも. ‧ 國. 學. 重意識」を注目し、それに本朝仏法部では特に皇室による仏法繁栄がしばしば 述べられている点から、『今昔』の説話は仏法王法相依思想に基づいて構成さ. ‧. れていると説いているのである26。. sit. y. Nat. 更に、『今昔』の主題について、国東氏「今昔物語集の撰述意図と撰者27 」. io. er. では、『今昔』を仏教説話と見做し、その主題は「仏教史」・「三宝霊験」・「因 果応報」などにあるという指摘も示唆的である。それだけではなく、氏は「今. n. al. Ch. i n U. v. 昔物語集の構成28 」という論文においては、『今昔』の編者は巻二十二~巻三. engchi. 十一の世俗部の前半である巻二十二~二十五は「賞賛の巻」であり、巻二十六 ~三十一は「教訓の巻」であると見ている。氏は「賞賛の巻」では、『今昔』 の編者が肯定的な見解を述べているとし、「教訓の巻」では、否定的な見解の 上に立ち、貴族の価値規準によって処世・道徳への指導を意図していると考え ているのである29 。しかし、「賞賛の巻」は果して何を肯定しているのか、そ. 25. 黒田俊雄「王法と仏法―権門体制の宗教的特質―」 『日本中世の国家と宗教』岩波書店、1975.7、 P447-476。 26 国東、前掲注 24 論文、P65。 27 国東文麿「今昔物語集の撰述意図と撰者」 『今昔物語集成立考[増補版]』早稲田大学出版 部、1978.5、P169-224。 28 国東、前掲注 24 論文、P1-120。 29 国東、前掲注 24 論文、P90-120。 8.
(15) して「教訓の巻」は何を否定しているのかについて、氏は説明しなかった。そ れにどのような規準によって読者に処世・道徳を指導しようとするのかといっ た点も明らかではない。 また、同論文では氏は、「教訓の巻」中で、巻二十八の主題は「笑い」であ り、その巻には「笑=嘲笑=否定的批判=教訓の意識」という概念が含まれて おり、話が類聚されていると考えている。その論文の中で、氏は「笑い」を巻 .. 二十八の「主題」と呼んでいる。ところが、『今昔』の編者が単に読者を笑わ せるために、笑い話を一巻に集めたとは考えがたい。「笑い」の話は、あくま で編者が読者に何を伝えようとするための「素材」に過ぎないと考えなければ. 政 治 大 何を語りたいのかということを「主題」と呼ぶことにする。 立. ならない。従って、本論文では、「笑」を「素材」と見て、その素材を通して. ‧ 國. 學. 筆者の定義した「主題」の概念に従えば、国東氏がいう巻二十八の主題は処 世・道徳への指導意図にあると理解できよう。即ち、編者は「笑い」の話を通. ‧. して、処世・道徳を教えようとしているのである。. Nat. sit. y. しかし、編者が教訓し・指導しようとする処世・道徳とは具体的に何を指し. al. er. io. ているのか。なぜそれを教訓・指導しようとするのか。国東氏は明らかに説明. v. n. しなかった。国東氏の考えている『今昔』の主題について更なる検討する必要 があろう。. Ch. engchi. i n U. 2.1.2.小峯和明 次に、小峯和明氏が提出した『今昔』の主題説について検討してみたい。小 峯和明氏はまず「本朝仏法部の組織30」という論文では、黒田俊雄氏の「王法 仏法相依思想」の概念を踏まえて、『今昔』の主題は「仏法王法相即」にある と主張している。小峯氏は『今昔』の世俗部を王法部と称し、それが「仏法王. 30. 小峯和明「本朝仏法部の組織」『今昔物語集の形成と構造』笠間書院、1985.11、P481-509。 (初出は「今昔物語集本朝仏法部の形成と構造」 『徳島大学教養部紀要』18 巻所収、徳島大学 教養部、1983.3。) 9.
(16) 法相即」と深く関わっていると論じているのである。氏のいう「仏法王法相即」 とは即ち、王権が仏法の加護で安泰を保ち、仏法も王法に支えられて流布する ことだと理解できるが、果して氏のいう「仏法王法相即」の概念は巻二十五以 降の六巻を通しているのであろうか。この点についての説明は氏の論文からよ く読み取れない。 また、小峯氏は「光と闇の表現構造31」という論文では、盗賊・霊鬼などは ...................... 王法の「影」であり、これら反秩序・非秩序のものを王法のもとに秩序づける ............ のは『今昔』の一つの企図で、統一秩序を再建するには「影」の存在が無視で きないと指摘している。即ち、反秩序・非秩序の盗賊・霊鬼などは王法の「影」. 政 治 大 巻二十七「霊鬼」と巻二十九「悪行」の内容は霊鬼と盗賊が横行することしか 立. であり、統一秩序を再建するには必要だと氏が考えているのである。しかし、. ‧ 國. のか。これらの問題も小峯氏は考察していなかった。. 學. 語っていないが、この二巻は果してどのように統一秩序を再建する働きを持つ. ‧. また、「本朝〈王法〉部の組織32 」という論文においては、小峯氏は「巻二. sit. y. Nat. 十八の題は〈世俗〉であるが、内容は全て笑いに関するもので、滑稽、興言利. io. る。. er. 口を主題とするとみてよい」というように、巻二十八の主題について論じてい. al. n. v i n Ch しかし、滑稽・興言利口は巻二十八の「主題」なのか。巻二十八は無論ただ engchi U. 読者を笑わせるために笑い話を一巻に集めたのではない。その「笑い」を通し て読者に伝えようとするならば、やはり氏のいう「主題」とは、「主題」では. なく、主題を作り上げるための「素材」に過ぎないと考えなければならない。 さて、『今昔』巻二十八の笑いについて、氏は次のように図式化を考えてい る。. 31. 小峯和明「光と闇の表現構造」『今昔物語集の形成と構造』笠間書院、1985.11、P171。(初 出は「今昔物語集の表現構造―光と闇―」 『日本文学』31 巻 4 号所収、御茶の水書房、1982.4。) 32 小峯和明「本朝〈王法〉部の組織」 『今昔物語集の形成と構造』笠間書院、1985.11、P528。 (初出は「今昔物語集本朝〈王法〉部の形成と構造」 『徳島大学教養部紀要』19 巻所収、徳島 大学教養部、1984.3。) 10.
(17) 嗚呼―不覚・失態・暗愚―非難・教訓 物云ヒ―機知・才覚・徳―賞賛 要するに、巻二十八には嗚呼、物云ヒが多用されているが、嗚呼は主に非難・ 教訓の意味を持ち、物云ヒは主に賞賛の意味を持つ。更に、嗚呼、物云ヒとい った用語を通して、言い換えれば非難・教訓、賞賛、この二方面の機能を通し て、巻二十八には「社会の秩序化」を企図しようとし、そこに〈王法〉部の組 織に組み込まれているものだと氏が指摘している。氏の論点は、巻二十八を単 に「教訓」の機能を持つ国東説と異なり、巻二十八の持つ両面性―「教訓」と 「賞賛」を見出したところが示唆深いものである。ここにおいて小峯氏の考え. 政 治 大 ていったように見受けられる。 立. は、巻二十八を「教訓の巻」と指摘した国東氏の考えを受けながらも、変容し. ‧ 國. 學. また、「本朝仏法部の組織」という論文が発表されてからの十年後に発表さ れた「中世笑話の位相33」では、氏は再び『今昔』巻二十八に描かれている「笑. ‧. い」の持つ機能を論じた。小峯氏は「笑いにはきわめて社会的な機能が負わさ. y. Nat. れていた。たんに趣味的、消閑的なものではない、共同体のより積極的な期待. er. io. sit. や批判、糾弾、制裁がこめられていた34 」と述べており、更に、「その笑いに よって今までの価値観や秩序が解体し、中心に座していた者が疎外される反転. n. al. Ch. i n U. v. の構図だ35」と指摘した。この論文において、小峯氏は自らの十年前の論述で. engchi. ある「笑いを軸にした社会秩序をはかる巻36」といった点について疑問視をし たように見られる。氏は「仏法王法相即」に基づいた「笑いによる社会の秩序 化」という嘗ての論説と異なって、巻二十八の「笑い」の持つ価値観や秩序を 解体した働きに注目した点には注意を払う必要があろう。 更に、小峯氏は巻二十八の「笑いの場」についてもこの論文で詳細に考察し た。それに関わる主な論述は下記の二点にまとめられよう。. 33 34 35 36. 小峯、前掲注 7 論文、P24-45。 小峯、前掲注 7 論文、P34。 小峯、前掲注 7 論文、P35。 小峯、前掲注 32 論文、P531。 11.
(18) (1)笑いの事件がひとたび伝播や伝承の波にのせられるや、かならず やそれは説話のかたちをとる。『今昔』は笑いの発生と広がりに は自ずと説話の構造が内包されていたことを示している。いうな ... らば笑いの〈場〉が構造化されている。「世ノ咲ヒ物」、「世ニ語 テ咲ヒケル」「世ノ人咲ケル」等々、世間からの反応がそのつど 確認されるのもそれである。 (2)笑う側もまた共に笑いあえる人と場所―共同性が必要であった。 笑われる者が外へ逃げ出し、笑いの場が中心にすえられる例もあ るが、共同体からの疎外としては表裏一体である。つまり、笑う. 政 治 大 れる者が外へ逃げ出してますます疎外され、 いつしか笑う側に反 立. 側は共同体にいて、笑われる側は共同体からの疎外にいる。笑わ. ‧ 國. 學. 転する仕組みである。. この二点から、説話の中心にいた権力者が、世間に笑われることによって疎. ‧. 外され、その権威も失墜すると小峯氏が指摘しているのである。つまり、共同. io. er. 撃性と反権威性によって秩序が解体されるのである。. sit. y. Nat. 体の批判・制裁などで、もとの秩序にいた権力者が権威を失い、「笑い」の攻. al. v i n Ch 即」という概念に注目したが、国東氏は「仏法王法相即」を『今昔』の一つの engchi U n. 以上に見た国東説と小峯説をまとめてみれば、この二人は共に「仏法王法相. 特質としか見ておらず、『今昔』の主題が仏教史・三宝霊験・因果応報にある. と考えているが、小峯氏は「仏法王法相即」こそが『今昔』の主題だと主張し ているのである。 更に、巻二十八に関しては、国東氏は巻二十八を「教訓の巻」と見て、その 主題が処世・道徳への指導にあると考えているが、小峯氏は最初巻二十八には 「教訓」と「賞賛」の機能があり、それによって「社会の秩序化」を図ると指 摘したが、十年後、その考えを一変して、「笑い」の攻撃性と反権威性によっ て秩序が解体されると考えるようになった。 このように、二氏の論述は共に「仏法王法相即」の概念に関わりを持ちなが 12.
(19) らも、 『今昔』の主題については各自の視点があるのである。 『今昔』における 「仏法王法相即」の概念に注目したのはもう一人の学者がおり、森正人氏であ る。次の森氏の論点を見てみよう。. 2.1.3.森正人 森正人氏「〈シンポジウム〉 『今昔物語集』の構造をめぐって37」では、巻二 十に登場する天狗を例として挙げ、編纂行為・説話行為・表現行為を説明して いる。天狗とは仏法を妨げる存在であり、反仏法的だと規定され、仏法部に属. 政 治 大 であり、 「非仏法的」であるという。そして、本朝篇仏法部は概ね六道の順(菩 立 していると指摘している。また、巻二十七「霊鬼」は公の秩序に対立する存在. 薩・天・僧・俗人・天狗・地獄)という仏法の序列に沿って配列されているが、. ‧ 國. 學. このような序列によって仏法部が構成されており、仏法の世界に一つの統一と 秩序が与えられていると指摘している。しかし、なぜ本朝篇世俗部にある巻二. ‧. 十七「霊鬼」は「非仏法的」なのかについて、氏は詳しく説明していない。. y. Nat. sit. また、森氏「今昔物語集は誰によってなぜ書かれたのか38」では、巻二十七. n. al. er. io. 「霊鬼」と巻二十九「悪行」を置くのは、三国王朝史を成り立たせた秩序感覚. i n U. v. と同趣で、それを通じて秩序外の存在を統御し、秩序外の存在に秩序を付与し. Ch. engchi. ようとする姿勢は顕著だと指摘している。そして、巻二十七の編纂は、霊鬼の 正体が分明しなかったため、成功したとはいいがたいという。 更に、森氏「作品の生成39」では、 『今昔』の分類基準の第一は空間であり、 天竺・震旦・本朝に分割され、当時観念されていた世界の全体であるという。 そして、天竺・震旦・本朝の三篇を更にそれぞれ仏法―世俗の原理によって分 割され統合されているのもまた世界の全体であって、そこから仏法王法相即思 想が読み取れると指摘している。 37. 森、前掲注 11 論文、P49-57。 森正人「今昔物語集は誰によってなぜ書かれたのか」 『國文學 : 解釈と教材の研究』29 巻 14 号所収、學燈社、1984.11、P123-129。 39 森正人「作品の生成」 『今昔物語集の生成』所収、和泉書院、1986.2、P255-274。. 38. 13.
(20) このように、森氏は国東氏のように「仏法王法相即」を『今昔』の一つの特 質として見るのではなく、また小峯氏のように『今昔』の主題と考えることで もなく、単に「仏法王法相即」は世界の全体を記述するために自然になった結 果とし、それが世界の全体像へと構築していく営為なのだと見ているのである。 しかし、なぜ仏法―世俗の原理によって分割することは仏法王法相即思想と して読み取れるのか。『今昔』にいう世俗とはそのまま王法として見られるの か。これらの問題について、氏は詳細な解釈がなかった。 他にも森正人氏『新日本古典文学大系 37―今昔物語集(五)40』の解説によ れば、『今昔』には「仏法―世俗」という対応構造があることを主張し、仏法. 政 治 大. 部には三国の仏法史、世俗部には王朝史が置かれているとしている。. 立. そして、同論文では、世俗部にある巻二十八は「滑稽譚」で、その主題は「笑. ‧ 國. 學. い」だと指摘している。森氏は巻二十八の笑いについて、「社会のさまざまな 約束ごとや常識や価値や権威を転倒させてしまうものであって、その秩序破壊. ‧. の側面を見落としてはならない」と述べており、小峯氏が主張した「価値観や. Nat. sit. y. 秩序を解体した」という機能だけでなく、社会の約束ごと、常識と権威を転倒. n. al. er. io. させるという機能も持っていると考えている。. i n U. v. しかし、なぜ巻二十八における笑いは社会の約束ごとを混乱させたり、権威. Ch. engchi. を失墜させたり、通常の認識を転倒させたりする機能を持つのであろうか。こ の点について森氏は詳しく論述していない。それに、なぜ『今昔』は、「作品 の生成41」で指摘した仏法王法思想による秩序を付与しなければならないのか。 果して『新日本古典文学大系 37―今昔物語集(五)42』の解説で指摘したよう に、価値観や秩序を解体した機能が読み取れるのか。なぜ、巻二十八の笑いは 権威を失墜させるという働きがあるのか。森氏の論説には多くの疑問点が残っ ている。. 40 41 42. 森、前掲注 5 論文、P520-533。 森、前掲注 39 論文、P255-274。 森、前掲注 5 論文、P523-531。 14.
(21) 2.1.4.前田雅之 次に前田雅之氏の論説を見てみたいが、前田氏は前掲した三人と異なり、 『今 昔』の仏法王法と仏法王法相依論とは別物であり、「仏」は王権=王法を否定 することによって初めて「仏」となりえたと指摘し、 「別種の仏法王法相依論」 を説いているのである。前田氏によれば、 王は、第一に、その〈存在〉において無条件に仰がれたのである。第 二に、仏法との関係について言うと、天竺・震旦・本朝によって王と仏 法との関係は微妙に異なると言える。天竺では圧倒的に仏法が優位性を 保っているが、本朝では王の権威を守るべく仏法が機能させられている. 政 治 大. 話もあり、共に反仏法=悪という共通項はあるものの、その関係は一定. 立. ではない43。. ‧ 國. 學. という。天竺部では仏法が優先されているが、本朝部では、王権を守るために 三宝霊験・因果応報などの仏法が働いている話もあり、仏法に背く内容もある。. ‧. 即ち、天竺・震旦・本朝の三部では、王と仏法の関係がそれぞれに異なる関係. Nat. sit. y. と比例を持つことが考えられるという。. n. al. er. io. また、前田氏は『今昔』の〈仏法〉と〈王法〉との相互関係について、両者. i n U. v. は捩じれの位置にあり、〈仏法〉と〈王法〉が図らずも衝突したのが国家史・. Ch. engchi. 天皇史とされる巻二十一の欠巻という結果になると考えているのである。更に、 「仏法王法相依論が一方で支配イデオロギーの地位を確立しつつある中、今昔 物語集はそれに浸らず己れの世界を確認するべく編纂作業を続け、遂に未完成 のまま闇の中に身を沈めた44」と指摘し、仏法と王法の衝突によって、国家史・ 天皇史を編纂する予定である巻二十一が欠巻になってしまうという。 また、前田氏はこの論文の中で国東、小峯二氏の「仏法王法相即」説を反対 した上に、仏法と王法の衝突は『今昔』が未完成になった原因だろうと考えて 43. 前田雅之「仏法と王法―別種の仏法王法相依論」 『今昔物語集の世界構想』笠間書院、1999.10、 P187-211。(初出は「今昔物語集の〈仏法〉と〈王法〉―その固有性をめぐって」『日本文学』 35 巻 4 号所収、御茶の水書房、1986.4。) 44 前田、前掲注 43 論文、P211。 15.
(22) いる。しかし、果して、仏法と王法との衝突はどこにあるのか。この点につい て前田氏は検討せずに論を終えてしまった。この点について、更なる検討が必 要であろう。 また、前田氏は『〈公〉・〈私〉・「世俗」新たな公への対処45 』では、巻二十 八の「笑い」に注目し、下記のように述べている。 巻二十八の「笑い」は内部完結している。それは、「笑い」の言説の 方向性が外の世界=読者ではなくて、内の世界=説話の登場人物に向か っているからである。つまり、「笑える説話」ではなく「笑いのある説 話」が集成されている46。. 政 治 大 このような前田説からも、なぜ滑稽譚としての巻二十八には「笑い」とは言 立. い難い話も取り入れたのかについての理由も分かろう。即ち、巻二十八の「笑. ‧ 國. 學. い」は話の内部(登場人物)で既に完結しているので、読者を笑わせるものが あっても差し支えがないのである。とはいえ、なぜ『今昔』の編者はこのよう. ‧. に編纂しなければならないのかについてはやはり不明である。. y. Nat. sit. 更に、前田氏は同論文では「〈世俗〉なる巻が、 〈公〉的秩序と仏法を第一原 ママ. n. al. er. io. 理とし、それによって世界を本朝を中心に最編成しようと意図した47」と述べ. i n U. v. ており、 「世俗」なる巻はこの「〈公〉的秩序と仏法」を基に編纂されたものだ. Ch. engchi. と指摘している。氏のいう〈公〉とは、 「〈公〉=天皇=朝廷によって権威づけ られた公共的時空間48」というものである。 また、巻二十八について、前田氏は「〈他者〉を巻き込んだ笑いの共同体」 という概念を主張し、「笑いの共同体」によって「笑い」が段階的に伝播され ると説いている。氏は巻二十八の第 1 話を例として挙げている。氏によれば、 笑いの第一段階は稲荷詣の日、重方が妻を妻と思わず誘惑して、妻に叱られ、 45. 前田雅之『〈公〉・〈私〉・「世俗」新たな公への対処』 『今昔物語集の世界構想』笠間書院、 1999.10、P247-271。 (初出は「説話集における中世の濫觴―〈公〉 ・ 〈私〉 ・ 〈世俗〉をめぐって」 『日本文学史を読む(中世) 』有精堂、1992.3。) 46 前田、前掲注 45 論文、P269。 47 前田、前掲注 45 論文、P271。 48 前田、前掲注 45 論文、P253。 16.
(23) 同僚たちに笑われたところである。第二段階は帰宅後、妻にも笑われ、第三段 階は若い君達にも笑われるところである。要するに、重方の恥=「笑い」話が 漸次伝播していき、遂に貴族社会の共有物となっていくこと、また稲荷詣のよ うな多くの人が集まる「場」では「笑い」が生まれ、伝播・伝承されたことを 氏が考えているのである49。言い換えれば、巻二十八には「笑い」を媒介にし た「共同性」或はある種の「公共性的世界」が存在していると氏が考えている のである。しかし、果して巻二十八の主題は〈公〉的秩序なのか、それとも「笑 いの共同体」の秩序なのか。この問題について、氏は詳しい説明がなかった。 全体から見れば、森氏は『今昔』には「仏法―世俗」の対応構造があり、仏. 政 治 大 おり、更に巻二十八では社会のさまざまな約束ごとや常識や価値や権威を転倒 立. 法部は三国の仏法史の様相を語り、世俗部は王朝史を置こうとしたと主張して. ‧ 國. 學. させ、秩序破壊の面があると考えているのである。この点は小峯氏と類似して いる。ところが、小峯氏は「笑い」は社会的な機能が負わされ、社会共同体の. ‧. 期待や批判、糾弾、制裁がこめられていたことを考えており、社会共同体とい う点を強調しているが、森氏は社会共同体という点に対しては大きな関心を示. y. Nat. er. io. sit. していないことが見える。. 以上に挙げた四氏は、主に仏法と王法との関係、笑いの持つ社会を秩序化す. n. al. Ch. i n U. v. る機能、社会を解体する機能などの点に注目しているのである。しかし、果し. engchi. て『今昔』の主題は何なのか、巻二十五以降の六巻は諸氏のいわれるように巻 二十五までのものとは異質なのか。巻二十五以降の六巻は異質的だとすれば、 それはどのような目的の下で記されたのであろうか。特に、巻二十八には「笑 い」の話が集中的に書かれているが、それはどのような意味を持つのであろう か。巻二十八の主題は果して何だろうか。これらの問題について残念ながら、 四氏とも明瞭な論を出していなかった。従って、これらの問題について、更な る考察する余地があると思われる。. 49. 前田、前掲注 45 論文、P270。 17.
(24) 2.2.『今昔』の構成 ところで、説話を構成する登場人物・用語、或は説話の配列などは主題を探 るための重要な手がかりである。その構成を分析することによって、編者がど のような要素を集め、如何にそれを説話に取り入れて編者の語ろうとするもの を伝えるのかといった問題も明らかになろう。従って、以下は『今昔』の構成 に関する先行研究を中心に見ていきたい。 『今昔』の構成についてだが、国東文麿・小峯和明・森正人、この三氏の研 究がやはり代表的に取り上げられるが、この三氏とも『今昔』巻二十八の各話 を分類し、巻二十八の構成を論じている。次に順番に見ていこう。. 立. 政 治 大. ‧ 國. 學. 2.2.1.国東文麿. まず、国東文麿氏の論説を見てみたいが、国東氏は「今昔物語集の構成50」. Nat. y. ‧. では、『今昔』の構成について、次のように説いている。. sit. 本集の中で、相並んで存在する二説話の間には、その他の説話に比し. er. io. て一段と濃い類似的近縁的性格が見出されるが、それは、その二話のお. al. n. v i n Ch るからであって、逆にいえば、その二説話はこれらを連想契機として、 engchi U のおのの説話中の事件とか、人物・事物・場所などが非常に似通ってい. 一括して置かれたものといいうる。そして、巻初より順次に二話ずつが、 ある特定の類聚意識によって集められた説話群の中で、このように配列 されているのであるが、またその一括された二話と次の二話との間にも、 何らかの連想契機がはたらいている。しかもそれは、二話を一括してい る契機に比して連想性が稀薄であり部分的形式的である51。 このように、国東氏は『今昔』の各話は事件・人物・事物・場所などを連想 契機として、「二話一類様式」として捉えられると見ている。更に、巻二十八. 50 51. 国東、前掲注 24 論文、P1-8。 国東、前掲注 24 論文、P6。 18.
(25) は全部二話一類様式に符合し、例外がないと考えているのである52。 国東氏は『今昔』本朝部の巻二十一~三十一の構成について次のようにまと めてみた。(表は国東氏の作ったものである53) 皇 室 史 ?. 文 類 化 聚 的. 皇 威 ?. 社 類 会 聚 的. 絶 対 者 的 ?. 讃. 威 力. 芸 能. 怪 異. 巷 説. 伝 説. 権 剛 威 力. 芸 武 道 道. 宿 霊 報 鬼. 笑 悪 話 行. 歌 奇 話 話. 中 地 央 方 的 的. 中 地 央 方 的 的. 立. 廿 一 ?. 教. 訓. 政中央 地方治 中央 大 地 方. 廿 廿 二 三. 的 的. 的 的. 廿 廿 四 五. 廿 廿 六 七. 學. 巻. 賞. 中 地 央 方 的 的. ‧ 國. 実 類 用 聚 的. 廿 廿 八 九. 卅. 卅 一. ‧ sit. y. Nat. この表のように、国東氏は、実用的・社会的・文化的類聚また皇室史、賞讃、. io. al. er. 教訓といった基準によって各巻の配列を考えており、巻二十八について、笑話. n. を集成する一巻で、「中央的・教訓的」な巻だと考えているのである。. Ch. engchi. i n U. v. また、巻二十八について、国東氏は更に「笑ふ」という語を、嘲笑的と哄笑 ... 的なものに分け、嘲笑的なものの教訓性が強いが、哄笑的なものは機知警句を 能くするものを、 〈ものいい上手〉 〈ものおかしくいう者〉などの語を以て、賞 賛辞を加えて笑いと共に同感を示していると指摘している。更に、賞賛のほう は普遍的価値規準による本来のものでなく、特殊的臨機的のものであって、撰 者の実用的類聚(賞讃・教訓)意識の外に立つものであり、重要な意義を持っ ていないと考えている。同時に、巻二十八の話末附加的言辞には感想・批判の 意義が備わっていると見ている。. 52. 国東文麿「今昔物語集全説話の展開表」 『今昔物語集成立考[増補版] 』早稲田大学出版部、 1978.5、P508-515。 53 国東、前掲注 24 論文、P92-93。 19.
(26) 国東氏にとって、巻二十八は二話一類様式という配列を有しており、中央的 色彩を持ち、教訓・賞賛という類聚意識によって構成されたものだといえる。 氏によれば、話の舞台としては凡ね京師、主人物としては皇族・上中流貴族、 主題としては凡ね貴族日常の文化的関心事を取り扱ったものは「中央的説話」 であり、京師以外の場所、主人物としては主に下級官吏・武士・庶民、主題と しては主に宿報、霊鬼、笑い、盗賊、殺人、恋愛、伝奇を取り扱ったものは「地 方的説話」であるという54。 しかし果して、『今昔』巻二十八は本当に氏のいうように「全部二話一類様 式に符合し、例外がない」のか。氏は、巻二十八の笑いを「嘲笑的なもの/哄. 政 治 大 な意義を持っていないと述べている。ならば、 『今昔』の編者が「哄笑的なも 立 笑的なもの」という二種類に分けながらも、「哄笑的なもの」はそれほど重要. ‧ 國. 學. の」を巻二十八に取り入れる目的はどこにあるのか。氏の論説にはまだ疑問点 が残っている。. ‧. Nat. sit. y. 2.2.2.小峯和明. n. al. er. io. 次に、小峯和明氏の、『今昔』の構成に関する論説を検討してみたい。小峯. i n U. 氏は「天竺部の組織」では、次のように説いている。. Ch. engchi. v. かくて三国に渡る仏法の創始と伝来に対し、三国に及ぶ国家の創始と 展開という構図が成立し、後者(陳注:世俗部)が主に国土話や国王話 を巻頭に配置することに意義をおいたとすれば、前者(陳注:仏法部) の〈仏法〉に対し、後者は〈王法〉を説くものと考えられる。従来、 『世 俗部』と目された諸巻は〈王法〉を説く部としてとらえ返すべきであり、 〈仏法〉と〈王法〉の相即、有機的統合を企図したところに今昔物語集 形成の根源があったと思われる55。 54. 国東、前掲注 24 論文、P106。 小峯和明「天竺部の組織」『今昔物語集の形成と構造』笠間書院、1985.11、P445-461。(初 出は「今昔物語集天竺部の形成と構造」『徳島大学教養部紀要』15 巻所収、徳島大学教養部、 1980.3。) 55. 20.
(27) と述べている。即ち、氏にとっては『今昔物語集』形成の根源は〈仏法〉と〈王 法〉の相即・統合を図ろうとする点にあるのである。 更に、氏は、天竺・震旦・本朝という三部にある「〈仏法〉・〈世俗〉部」を 「〈仏法〉 ・ 〈王法〉部」と称して、 「仏法王法相即」という概念の下で構成され ていると考えている。 また、小峯氏は「中世笑話の位相-『今昔物語集』前後56」では、巻二十八 の構造について、ヲコ・シレコト・シレモノ・物云ヒ・物云ノ上手から考察し た。氏の論説をまとめてみれば、次のようになろう。. 政 治 大. 氏は「ヲコ」について、以下のように考えている。. 立. /シレコト・シレモノ―不覚・失態・暗愚―非難・教訓. ‧ 國. 學. ヲコ. \物云ヒ・物云ノ上手―機知・機転・才覚―徳・賞賛. ‧. つまり、ヲコは非難・教訓の意を持つ「シレコト・シレモノ」と、徳・賞賛. y. Nat. n. al. er. io. である。. sit. の意を持つ「物云ヒ・物云ノ上手」を含む上位概念であると氏が考えているの. Ch. i n U. v. しかし、巻二十八の四十四話の中に、「ヲコ」という用語は十四話(延べ回. engchi. 数 23 回)のみ記されている。更に、その十四話に見える「ヲコ」は、全て「シ レコト」と「物云ヒ」という用語の概念を含んでいるのではない。このような ことからも、「ヲコ」という用語を通して『今昔』巻二十八の構成を考えるの が不十分である。更に「ヲコ」を「シレコト」「物云ヒ」の上位概念として取 り扱ってよいのかということも疑問になろう。それだけではなく、どの話が「非 難・教訓」物か、どの話が「徳・賞賛」物なのかについても氏は説明していな いので、氏の論考は更に検討しなければならないところが多いと言わなければ ならない。. 56. 小峯、前掲注 7 論文、P24-45。 21.
(28) 2.2.3.森正人 『今昔』の構成について、森正人氏『新日本古典文学大系 37―今昔物語集 (五)57 』の解説によれば、『今昔』には「仏法―世俗」という対応構造があ り、巻一~巻四、巻六~巻九、巻十一~巻二十は仏法部とし、巻五、巻十、巻 二十一~巻三十一は世俗部だという。 また、森氏も小峯氏と同じく「嗚呼」や「物云ヒ」などの類聚語に注目して いる。ところが、森氏は「嗚呼」を「シレコト」と「物云ヒ」の上位概念と見. 政 治 大 森氏「説話の世界文学構想―今昔物語集 」では、巻二十八における笑いは次 立. た小峯氏と異なり、巻二十八を笑いの対象と契機によって笑いを分類している。 58. のような構造がある。. ‧ 國. 學. 第一群(第 1~7 話):「人の行為の逸脱〈嗚呼〉による笑い」の話。. ‧. 第二群(第 6~20 話) : 「〈物云ヒ〉による笑い(第 6、7 話は前群とも重. y. sit. Nat. なる)」の話。. n. al. なる)」の話。. Ch. engchi. er. io. 第三群(第 20~25 話) : 「肉体の異状による笑い(第 20 話は前群とも重. i n U. v. 第四群は(第 26~44 話) : 「人の行為の失敗〈嗚呼〉による笑い」の話。 このように、森氏もやはり小峯氏と同様に、巻二十八の笑い話を分類し、体 系化をしようとしていた。一方、森氏は一見して小峯氏の分類より細かいが、 やはり小峯説と同様に分類の基準が明瞭ではない。果して、笑いの「対象」と 「契機」とは何かについても、氏は説明していなかった。 また、前掲したように、国東氏が巻二十二~巻二十五を「賞賛の巻」にし、 巻二十六~巻三十一を「教訓の巻」としているが、森氏は国東氏における「賞. 57. 森、前掲注 5 論文、P523-531。 森正人「説話の世界文学構想―今昔物語集」 『岩波講座日本文学史 第 3 巻』岩波書店、1996.9、 P119-146。 58. 22.
(29) 賛/教訓」説を踏まえつつ、巻二十二~二十五を「肯定的」な存在とし、巻二 十六~三十一を「否定的」な存在と見ている。 しかし、上述したように、巻二十八では実際に「ヲコ」という用語が用いら れたのは十四話のみである。ところが、森氏の考察によれば、「嗚呼」の話が 二十六話もある。しかし、氏は第 1~7 話と、第 26~44 計二十六話を「嗚呼」 による笑いと分類していながらも、笑いの「対象」と「契機」や「肯定的」 「否 定的」というような分類基準などについて不明なので、氏の論説には疑問が残 っている。 このように、『今昔』の構成に関する先行研究は主に、(1)『今昔』を仏法. 政 治 大. 部、世俗部(王法部)として分類するもの、(2)巻二十八の笑いを「嘲笑的. 立. なもの/哄笑的なもの」に分けたもの、 (3) 「嗚呼」や「物云ヒ」などの類聚. ‧ 國. 學. 語に注目し笑いを分類したものである。. その中、国東氏は特に「二話一類様式」の概念を提出したが、「二話一類様. ‧. 式」は本当に『今昔』巻二十八に符合しているのか。また、国東氏が「嘲笑的. Nat. sit. y. なもの/哄笑的なもの」に分けたことや、小峯氏が「嗚呼」を「シレコト」と. er. io. 「物云ヒ」の上位概念と見たことや、更に森氏が「嗚呼」 「物云ヒ」 「肉体の異. al. v i n Ch 考えることなどは、果して妥当であろうか。従来巻二十八に関する研究では、 engchi U n. 状」「人の行為の失敗」などによって分類し、それによって巻二十八の構成を. 主にその分類や用語の類聚や配列に注目しつつ、論証していたが、いずれもま だ研究する余地があると思われる。. 従って本論文では、 (1)巻二十八に多用された「嗚呼」 「物云ヒ」などの類 聚語、 (2)教訓・賞賛の意が含まれている話末評語、 (3)各話の配列、これ らの問題に関わる諸氏の論説を検討しつつ、巻二十八の構成の問題を再考した い。そして、孝子・天狗・武士・皇室などそれぞれの人物に集中する他の巻と 違って、巻二十八は貴族官人や僧・尼・聖などの人物が多く登場しているが、 これらの登場人物は巻二十八の主題と構成について、どのような意義を持って いるかについても、検討したい。. 23.
(30) 三、研究方法 本論文の研究方法については、まず主題論的な分析を行うことにする。主題 論の方法とは一般に、テキストに現れた類似の筋を具体的な例証として取り上 げ、その主題を解明することである59。本論文では、この主題論的方法に従い、 『今昔』の本文から繰り返し物語られている要素を析出し、巻二十八の主題を 考えたい。 次に、文献学の方法を援用する。文献学の方法とは主に、書誌的研究・本文. 政 治 大 キストから出発し、巻二十八と巻二十八以外の巻に記されている「嗚呼」 ・ 「物 立. 批判・訓読・語釈などの方法を指している60 。本論文では、『今昔』の本文テ. 云ヒ」などの類聚語を取り上げて比較し、それら類聚語の訓読を検討し、語釈. ‧ 國. 學. を行い、類聚語がストーリーにおいての意味と働きを解明する。そして、各話 の話末評語の持つ意義を考察する。. ‧. 最後に、構成論的な分析を行う。構成論的な分析とは、説話の構成部分、そ. y. Nat. sit. の属性・機能・機能実現の仕方、繋ぎの要素、用語法などを考察し、説話の主. n. al. er. io. 題に合わせて、その骨組みと論理は如何に構成されているかを考える分析方法. i n U. v. である61 。本論文では、巻二十八にはどのように人物表現を有しているのか、. Ch. engchi. どのような用語法、配列法が用いられているか、それら人物表現や用語などは 如何なる機能と属性を持つのかなどの問題を考えてみたい。また、巻二十八の 四十四話はどのような論理で構成されたのかについても考察したい。. 59. 主題論的分析の方法について、主に井上英明「竹取物語 主題考」(『明星大学研究紀要日 本文化学部・言語文化学科』2 号所収、明星大学、1994.3) 、葛綿正一「絵をめぐって―源氏物 語の主題論的分析」 (『沖縄国際大学日本語日本文学研究』4 号所収、沖縄国際大学日本語日本 文学会、2000.1)、を参考にしたものである。 60 池田亀鑑「古典はどのように読まれるべきか」 『古典学入門』所収、岩波書店、1991.5、P89-220。 に参考するものである。 61 構成論的分析の方法について、主に前田雅之「今昔物語集天竺部巻五の構成―排列意識と 連想意識」(『国文学研究』92 号所収、早稲田大学国文学会編、1987.6)、小森陽一「構成―配 列と順序で意味が変容する」 (『読むための理論―文学・思想・批評』所収、世織書房、1991.6)、 神田奈保子「雨月物語『吉備津の釜』構成論」 (『日本文学誌要』60 号所収、法政大学国文学 会、1999.7) 、を参考にしたものである。 24.
(31) 本論文では、以上のステップを踏まえて、第二章で巻二十八の主題を考えて みたい。そして、第三章では、類聚語の様相、話末評語の位相などの問題を検 討し、巻二十八の「表現法」からその主題を確かめる。それから、第四章では、 巻二十八の登場人物及び各話の配列意識を考察することを通して、巻二十八の 構成を考え、更にその構成の内部に含まれている主題を確認したい。 最後に第五章の結論においては、巻二十八の主題と構成をまとめ、その笑い の機能を検討し、巻二十八は如何に笑いという素材を通してその主題を表現す るのかについて考えてみたい。. 立. 政 治 大. ‧. ‧ 國. 學. n. er. io. sit. y. Nat. al. Ch. engchi. 25. i n U. v.
(32) 第二章. 巻二十八に見える社会秩序化の働き. 一、はじめに 『今昔』の成立時期について、『今昔』の内容、登場人物などによって、そ の成立時期は大抵 1130 年前後で、白河院政末から鳥羽院の院政期の頃だった と推定されている1。この時期において、白河天皇・鳥羽天皇は仏教を信仰し、 出家して法皇となり、多く大寺院や仏像を作って、盛大な法会を繰り返し行っ た。そのために多大な費用が必要とされていた。その費用を調達するために売 位・売官の風が盛んになった。更に、その頃、大寺院が多くの荘園を所有し、 僧兵を組織して国司と争ったり、神仏を先頭に立てて朝廷に主張を通そうとし. 政 治 大. たり、法に拠らずに実力で争った。神仏を恐れる貴族は大寺院の勢力に抗する. 立. ことができなくて、武士を用いて警護や鎮圧に任じたため、武士の中央への進. ‧ 國. 學. 出を招いた。その上に、保元・平治の乱が起きた。. このように、『今昔』の成立時代はこのような不安な時代であり、政治が乱. ‧. れていた時期であった。この時代背景は『今昔』には大きな影響を与えており、. Nat. sit. y. 『今昔』の主題に関わっているものである。本章は以上のような時代背景を念. al. er. io. 頭に置きながら、 『今昔』の説話を分析し、 『今昔』の編者は人々に伝えようと. v. n. するメッセージを掘り出し、『今昔』の主題なるものを考えたい。. Ch. engchi. i n U. さて、前章に述べたように、『今昔』と「仏法王法相即」の概念について多 く論じられた。黒田俊雄氏「王法と仏法―権門体制の宗教的特質―2」では、 中世における政治及び宗教の背景を分析し、「王法仏法相依」の概念を提出し たが、国東文麿氏「今昔物語集の構成3」でも『今昔』には「仏法王法相即」 の概念が存在していることを言及した。更に、 「今昔物語集の撰述意図と撰者4」. 1. 馬淵和夫・国東文麿・稲垣泰一校注・訳『新編日本古典文学全集 35―今昔物語集①〈全四 冊〉』小学館、1999.4~2002.6、P525-526。 2 黒田俊雄氏「王法と仏法―権門体制の宗教的特質―」 『日本中世の国家と宗教』岩波書店、 1975.7、P447-476。 3 国東文麿「今昔物語集の構成」『今昔物語集成立考[増補版]』早稲田大学出版部、1978.5、 P1-120。 4 国東文麿「今昔物語集の撰述意図と撰者」 『今昔物語集成立考[増補版] 』早稲田大学出版部、 1978.5、P169-224。 26.
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