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第四章 遊女説話の前提(2)

第三節 浄瑠璃物語における仏教思想

二 浄瑠璃物語に見られる観音信仰

立 政 治 大 學

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二 浄瑠璃物語に見られる観音信仰

第二章に挙げた赤木文庫『浄瑠璃物語』十二段目には実はまだ続きがある。

概ねは以下の通りである。

和泉式部と契る千人目として清水坂の坂者が訪ねてきた。式部が最初に拒ん だが、男は仏教の女人罪障を説いて式部を動揺させ、両親の為になるのならば と妥協させた。明け方、男は実は清水寺の観音と自ら明かし、大慈大悲の光と 共に清水寺の内殿に入ったという。

清水寺の本尊と言えば千手観音である。この物話に直接的関係がないが、中 世では愛法と呼ばれる修法が存在する。愛法とは、要するにある異性に愛され ることを目的とし、性愛をコントロールする法である。千手観音や愛染明王、

如意輪観音を本尊とする愛法が多いと田中貴子氏が『〈悪女〉論』で論及してい る。39 観音は女性の救済者としてしばしば物語に登場するが、ここには五条と 清水寺の近さ、また愛法神に繋げることで、清水寺の観音を登場させたのは何 らかの意味が隠されているのではないかと連想せずにいられない。

おわりにかえて――女人罪業思想の形成と受容について

さて、先程は物語にての女人罪業思想について言及したが、実際はどのよう な状況であろうか。今堀太逸氏の研究によると、遊女自身の罪業観が定着する のは十四世紀(鎌倉時代後期)であるという。40 この点について服藤早苗氏も 認めている。41

西口順子氏は「平安時代の女性の作品の中には「五障三従」とか「女人の罪 業」を深刻に受け止めたものも少なからずある。自分の意志で後生を祈り、出 家の道を志した女性たちも多い」、さらに「女人成仏・女人往生の背後には、基 層信仰と深くかかわる浄土観があり、女性のままの成仏・往生が現実のものと

39 田中貴子『〈悪女〉論』(紀伊國屋書店、一九九二年)73 頁。

40 今堀太逸「法然の絵巻と遊女(下)――『琳阿本』『古徳伝』『九巻伝』を中心にして――」

(仏教大学歴史研究所『鷹陵史学』第 12 号所収、仏教大学、一九八六年)35 頁。

41 服藤早苗『古代・中世の芸能と買売春――遊行女婦から傾城へ』(明石書店、二〇一二年)

235 頁。

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して信じられていたのではなかろうか」。「寺や僧の周辺の人々が理解した仏教 は、転女成男などという成仏よりも、女性の姿のままの成仏は当然のことであ った。僧たちの経論の解釈は、貴族や貴族の女性にとっては受け入れられたで あろうが、大多数の女性にとっては、転女成仏・変成男子説が、実感としては それほど深刻に受け止められていなかったのではないかと思われる」42 と指摘 している。野村育世氏の考察によれば、『鎌倉遺文』に見られる男女による寄進 状・願文類に仏教的性差別文言(五障や転女成男など)が見られるが、その祈 願した文書は約三百五十通中の二十通で、六パーセント弱しかない。43 上述か ら考えると、女人罪業観はあまり当時の社会に反映されなかったと思われる。

私見を述べると、平安時代の女性の考えは西口氏が指摘したような考えであ れば、中世に入り、物語を通じて女性蔑視観が浸透し、女性に自分の罪を植え 付けさせていったという筋道が見えてくる。当時の女性に普遍的にそのような 自覚があるかどうかは判明できないが、とにかくそれを強制的に受け入れさせ ようとした傾向があったと考えられる。

かかる動向を背景として生み出された遊女観音変化説とは、恐らく末法時代 の到来につれ、世道が混沌になり、人々が現世利益を求める中、菩薩が人を導 くために方便の女身として情(性)愛で人を導き、成仏させると大乗仏教の教 義と融合して作られた一説なのであろう。

上述のような観点が中世に存在していたからこそ、仏教の女人五障説、或い は罪業思想が説かれる一方で、遊女も「菩薩行」を施しているという考え方が 生み出されたと考えられる。

それは本論で繰り返し述べてきたように、女性に男性に対する性的奉仕を奨 励し強要する、現代では受け入れられない考え方に基づいている。遊女とはそ の中世に強化された女性蔑視観の結晶のような存在であった。

42 西口順子「日本史上の女性と仏教――女人救済説と女人成仏をめぐって――」(『国文学解釈 と鑑賞』56 巻 5 号所収、至文堂、一九九一年)25 頁。

43 野村育世『仏教と女の精神史』(吉川弘文館、二〇〇四年)105-107 頁。

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結論

一連の流れから見てみると、恐らく遊女の性的奉仕は仏教の五戒の一つであ る不邪淫戒と抵触しているという疑問が生じるであろう。しかしながら、中世 社会では仏教の戒律を守っているかどうかは疑わしい。『源氏物語』の光源氏の 多情・好色が当時の理想像として描かれること、或るいは宣教師であるルイス・

フロイス(在日期間 1562-1597)が「日本の女性は処女の純潔を少しも重んじ ない。それを欠いても、名誉も失わなければ、結婚もできる」「日本では(堕胎 は)きわめて普通のことで、二十回も堕した女性があるほどである」1 と書か れているように、当時の性道徳・貞操観念という感覚が薄かったと言えよう。

遊女は性的奉仕をするのにもかかわらず、文芸作品にて、特に仏教文学作品 で結末が観音菩薩の化身や仏に帰依して往生を遂げたことについては一見矛盾 があるようだが、実は日本的仏教文化の母性観から解釈を施せば、理に適うで あろう。大越愛子氏によれば、日本仏教は、表の女性の性否定と裏の女性によ る性的救済という奇怪な二重構造である。2 仏教は女性を忌避するけれども、

女性の母性だけは尊重し、重視している。しかし母性は我々が思う「子を産み 育てる母」だけではなく、『和泉式部』が描かれている母子相姦のように、母が 子への献身には性的な意味も含められているとのことである。3 今成元昭氏も 仏教文学の中で、男の淫欲の対象としての女は魔性と母性という存在があり、

その母性の典型像は、「露な女の性との係わりに於て求められなければならない」

であり、例として挙げられるのは『日本霊異記』「愛欲を生じて吉祥天女の像に 恋ひ、感応して奇しき表を示しし縁」4 に記載されている、男の淫欲を夢で満

1 ルイス・フロイス著・岡田章雄訳注『ヨーロッパ文化と日本文化』(岩波書店、一九九一年)

39、50 頁。

2 大越愛子・源淳子『解体する仏教―そのセクシュアリティ観と自然観』(大東出版社、一九九 四年)117、121 頁。

3 大越愛子・源淳子『解体する仏教―そのセクシュアリティ観と自然観』123 頁を参照。

4 物語のあらすじとしては凡そ以下の通りである。

聖武天皇の時代、和泉国にある修行者が、吉祥天女の塑像に愛欲を生じ、毎日に「天女の如 き容好き女を我に賜へ(天女のような顔のきれいな女をわたしに与えてください)」と願いつづ けたところ、夢で天女の像と交わり、翌日その塑像を見ると、衣裳の腰のあたりが不浄(淫水)

で汚れていた。修行者はそれを見て恥ずかしくて、「我は似たる女を願ひしに、何ぞ忝クも天女 専自ら交りたまふ(わたしは天女さまに似た女が欲しいと願っておりましたのに、どうして畏 れ多くも天女御自身がわたしと交接されたのですか)」というエピソードである。

中田祝夫訳注『新編日本古典文学全集 10 日本霊異記』(小学館、一九九五年)159-161 頁。

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足させた吉祥天女の如きである。また、「如意輪観音変成玉女事」、「女犯偈」の ように、淫欲を起こした男を極楽浄土へ抱き入れる玉女は母性の典型と言わざ るを得ないと氏は論じている。5 大越氏はこのような母性を「慰安的母性」と 言い、さらに日本仏教の性的救済は男性中心主義で、男性が救われない限り女 性の救いはないと述べる。女性は男性の救済をもたらすためには、犯されなけ ればならならず、そして男性に献身することで自分も救われる、と論じている。

6 管見の限り、前章にて触れていた赤木文庫『浄瑠璃物語』や『雀のさうし』

に説かれている「千人と契れば即身成仏になる」「恋を受けなかった女は堕地獄 とする」概念とは相通じている。若しくはこの思想の上で築き上げられたもの かもしれない。

次に、男に性的慰安を与える女性を観音菩薩に喩える理由についてであるが、

それは、観音菩薩が女性的存在である部分を内包していると言われているから である。観音菩薩は元々衆生の煩悩の束縛から解脱する救援者である。その三 十三応現身には女性の姿が含まれている他、「若有衆生。多於婬欲。常念恭敬。

観世音菩薩。便得離欲。(中略)若有女人。設欲求男。礼拝供養。観世音菩薩。

観世音菩薩。便得離欲。(中略)若有女人。設欲求男。礼拝供養。観世音菩薩。

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