第四章 遊女説話の前提(2)
第二節 物語における観音変化思想
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立 政 治 大 學
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(源忠遠妻)18 や三善為康の『後拾遺往生伝』(豊前権守有輔女)19 に女性が 女性の姿のままで往生したと確認される例が見られる。氏は、普通の人が理解 した仏教は経論の説く転女成男などという成仏よりも、女身のままの成仏は当 然のことであった。僧たちが説く浄土と民間で意識される浄土との間には、か なりの隔たりが存在したのであろう。やはり大多数の女性にとってはそれほど 受け止められていなかったと指摘している。
平雅行氏によれば、平安時代には女性を殊更に特別視しない時代である。女 性差別観によって次第に侵食されてゆく中にあっても、女性は決して仏教から 排除されたのではない。五障の観念と竜女成仏思想とはワンセットになってい ることであって、差別観念は「救済」思想と連動して出てくると論じている。20
鎌倉時代に至ると女人差別文言が激しくなる。『和歌知顕集』に「一切の法 をきくに、女にちかつくを第一の業とせり」21 と、また鎌倉時代後期に成立さ れた『増纂伊勢物語注 冷泉家流』にも「追、此歌に鬼とあるは、女を云也。
其故は、経文に女人獄使能断仏子種、面似菩薩、心如夜又、此意なるへし(第 五十九)」22 とあるように女性を地獄からの使者、鬼、近づけない存在となり、
ただの常套句ではなく、女性を蔑んでいることが顕著に現れている。
第二節 物語における観音変化思想 一 歌舞の菩薩
平安時代後期の『遊女記』には「観音」・「小観音」・「如意」・「香炉」・「孔雀」・
18 「蔭子源忠遠妻者武蔵守源教之孫也(中略)其後母夢問其生所答諸菩薩中皆大歓喜(中略)
或人夢此女着菩薩装束在安楽寺一切経会舞人之中其頭手足不異平生唯舞装相改而已」と、変成 男子にしたのでなく、女性の姿のまま往生したことが明確に示している。慶滋保胤等著・赤松 皆恩訂正『日本往生全伝2 続本朝往生伝』(永田文昌堂、一八八二年)26-27 頁。
19 「女弟子源氏洛陽人豊前権守有輔女也(中略)其後一人子夢見其生所云有鐘堂以瑠璃成之又 有重々堂七宝荘厳五色蓮華開敷池中(後略)」と、ここにも出家せずに在俗する女性が女性の姿 のまま往生したことを記している。慶滋保胤等著・赤松皆恩訂正『日本往生全伝7 後拾遺往 生伝』(永田文昌堂、一八八二年)22-23 頁。
20 平雅行「旧仏教と女性」(総合女性史研究会編『日本女性史論集 5 女性と宗教』所収、吉川 弘文館、一九九八年)157 頁。
21 『和歌知顕集 書陵部系統』歓喜光寺蔵(片桐洋一・山本登朗編『伊勢物語古注釈大成』第 二巻所収、笠間書院、二〇〇五年)13 頁。
22 『増纂伊勢物語注 冷泉家流』鉄心斎文庫蔵(『伊勢物語古注釈大成』第一巻所収)113 頁。
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「狛犬」など、遊女が神仏ゆかりの名を付けることは記述されている。何故命 名がこのような系統かについて、一般的には遊女は霊力があると暗示していて、
彼女らの巫女性質に関わってあると思われている。しかも上級貴族と親しい交 流があれば、幾人が寵愛され、貴族の子息を儲けることもある。さほど蔑まれ てはいなかったと思われる。
遊女と巫女との関連性については、本論は論述しないが、ただ単に遊女の仕 事から考えてみると、恐らく今様に着目したほうが良いであろう。
遊女がよく歌う今様が大半「法文歌」である。法文歌とは仏法を説き明かし た経・論・釈など、または信仰の心情などを歌謡化したものである。それ故に 今様狂の後白河法皇が『梁塵秘抄』口伝集巻第十に「法文の歌、聖教の文に離 れたることなし」23 と、今様即仏道として考えている。さらに「神社に参りて、
今様うたひて、示現を被ることたびたびになる。いちいちこのことを思ふに、
声足らずして妙なることなければ、神感あるべき由を存ぜず。ただ、としごろ たしなみ習ひたりし劫のいたすところか。またことに信をいたしてうたへる信 力のゆゑか」24 自分は長年に亘って今様を愛し、歌って、神の示現を蒙ること が何度ある。歌声は絶妙ではないので、神の感応を得る理由がわからないが、
多分長年練習を積んできたせいか、信心深いゆえか、と記している。
ここには当時では、少なくとも貴族には今様は霊妙な力が感じられることと、
ただ今様を歌うだけでなく、信心の深い人、或いは美声の持ち主が歌うことに より今様の神聖の力が引き出させるというような考えがあると推測できよう。
再び『遊女記』に「皆是倶尸羅之再誕(皆これ倶尸羅の再誕にして)」25 と いう記述を想起させた。倶尸羅とは、インドの好声鳥で、ここでは遊女の美声 を形容するのである。以上に述べてきたことに従って考えると、遊女も謡曲「東 北」の和泉式部も「歌舞の菩薩」と称されたのも無理ではあるまい。
23 臼田甚五郎・新間進一等訳注『新編日本古典文学全集 42 神楽歌・催馬楽・梁塵秘抄・閑吟 集』(小学館、二〇〇六年)379 頁。
24 臼田甚五郎・新間進一等訳注『新編日本古典文学全集 42 神楽歌・催馬楽・梁塵秘抄・閑吟 集』)377 頁。
25 大曽根章介等校注『日本思想大系 8 古代政治社会思想』(岩波書店、一九七九年)154 頁。
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二 生身の普賢菩薩
遊女観音変化譚として最も代表的なのは、『十訓抄』また『古事談』や『撰集 抄』などには性空上人と遊女の話であろう。『和泉式部』にも出てきた書写山の 性空上人が、生身の普賢菩薩を拝みたいと日々考えていた。ある夜、神崎の遊 女の長者を見るが良いという夢告があった。それを不思議に思いつつ神崎へ赴 き、その長者を会いに行った。そしてちょうど宴に仕える長者を見つけた。宴 中、長者は鼓を打ち、歌った。上人は深く信心して、ずっと長者を見つめた。
すると、たちまちに普賢菩薩の姿が現れ、六本の牙をもつ白い象に乗り、光が 放ち、すべての人を照らすのであった。さらにこの世のものとも思われない神 妙なる声で、経文を説く。上人は目を開けてみてみると、またもとの通りに長 者の姿となり、もとの歌を歌っている。再び目を閉じると、また菩薩の姿とな り、経文を説いているのであった。上人は何度も拝んで、感激の涙をこぼしな がら帰るとした。長者は席を外し、上人のところへ来て、「このことを誰にも話 してはいけません」と言ったとたん、その場で急死した。そして空に妙な香り が漂っていたという。
なお、この霊験譚の構成を裏で支える三つの事を提示したいと思う。まず、
性空上人は『法華経』を根本経典とする天台宗の僧であり、即ち『法華経』の 持経者である。次に、『法華経』の普賢菩薩勧発品第二十八にはこの経典を受持 する者であれば、六本の牙をもつ白い象に乗る普賢菩薩が信者の前に現れて守 護する、また、二十一日間この経を専念したなら、普賢菩薩が六牙の白象に乗 って、信者の前に出現して法を説き、教え導く、と述べられる。最後に、同経 の提婆達多品第十二には女人成仏を述べたため、貴族の女性にも深く信仰され たと言う。26
以上の事によれば、何故上人が拝みたい対象が普賢菩薩であること及び普賢 菩薩の現れる理由が明らかである。遊女の長者は普賢菩薩の方便身で、彼女が 歌うことが即ち普賢菩薩が衆生を教化していることと同じと見做されたと考え られる。
26 柴崎花苗「「遊女普賢菩薩(江口の君・見立普賢菩薩)図」について―円山派を中心に―」(『文 化学研究』第十九号所収、日本女子大学文化学会、二〇一〇年)171 頁。
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三 如意輪観音変成玉女事
前章に触れた親鸞が六角堂で救世菩薩の示現を蒙った話をここでもう少し 詳しく見てみたい。
六角堂の本尊は如意輪観音であり、「女犯偈」によると、「我成玉女身被犯」
とは、我すなわち如意輪観音が高貴の女性に化して僧と交わることである。こ のような思想は、『覚禅鈔』にも見えることが名畑崇氏によって指摘されている。
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『覚禅鈔』は、真言宗小野流の僧である覚禅(康治二年(1143)~不明)が真 言密教で行われる修法を修法別に編集したものである。その第三「如意輪末車 去車」に次のように記してある。
本尊変王玉女事
又云。若発邪見心。婬欲熾盛可堕落於世。如意輪我成王玉女。為其人親妻 妾共生愛。一期生間荘厳以福貴。令造無辺善事。西方極楽浄土。令成仏道 莫生疑。云々28
(本尊、王の玉女に変ずる事
又云はく。〔もし〕邪見心を発して、淫欲熾盛にして世に堕落すべきに、
如意輪我れ王の玉女と成りて、其の人の親しき妻妾となりて共に愛を生じ、
一期生の間、荘厳するに福富を以てす。無辺の善事を造らしめ、西方極楽 浄土に仏道を成ぜしめん。疑ひを生ずることなかれ云々。)29
文意は「もしよこしまな心がおこって、色欲がさかんになり、道心を失って
文意は「もしよこしまな心がおこって、色欲がさかんになり、道心を失って