第四章 遊女説話の前提(2)
第一節 物語における女人罪業
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立 政 治 大 學
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第四章 遊女説話の前提(2)
―平安・鎌倉時代の女人罪業観と救済思想―
はじめに
この章では前章に引き続き、中世遊女説話の前提となっている女人罪業観と 救済思想について検討を加えたいと思う。ここでは、前章にて検討した仏典に おける女性観が日本にいつ、どのように受容されたかに留意し、中世遊女説話 に強い影響を与えたと思われる、平安・鎌倉仏教史における様々な事例を検討 したいと思う。
第一節 物語における女人罪業
まず、前の二章に引用された物語に見られる女人罪業思想について見てみよ う。
業平仰せけるは「さらぬだに、女は罪深くして、業障の雲あつく、真如の 月も晴れやらず、心の水も濁りつつ、思ひと思ふことは、悪業煩悩の絆な り。されば、仏も、経に第一嫌ひ給ふ。しかりとはいへども、男なくして 女なし。仏なくして衆生なし。愛別離苦の理、みな目の前ぞかし」と語り 給へば、小町は、手を合わせて礼し、その後、懺悔を語りけり。
(『小町草紙』)
さてもなんち、われらふうふか、ほたひを、よきにとふてえさすれと、さ らにしやうふつ、せさるなり
ゆへを、いかにと申に、なんちは、てんかに、かくれなきひしん、かしん と、むまれきて、人のけねんは、かすしらす、なんち、けねんを、きるゆ へに、我さへちこくに、おつるなり
(中略)
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立 政 治 大 學
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女人ちこく、しのふたんふつしゆち、けめんほさつ、なんしによやしやと、
とくときは、によ人は、そも、菩さつのたいをは、けんすれ共、ないしん は、やしやの、ことくにて、このよのおにとは、これをいふ
(中略)
たいはほんにも、とかれたり、一しや、ふとくさほんてんわう、二しや、
たいしやく、三じや、まわう、四しや、てんりんじやうわう、五しや、ぶ つしん
うんかによしん、そくとくじやうぶつと、どくしゆしたまふ、くりきによ り、五つのくをはのかるれ(のかるれ共)、三づのくをはのかれす
三かいに、かきもなし、六たうに、ほとりなし、をんなに三つのいゑなし と、ほとけも、かやうにとき給ふ
(赤木文庫『浄瑠璃物語』十二段目)
上述のように、『小町草紙』は、小町が女として生まれた時から罪から逃れな い定めにあるとする、即ち女人五障説に基づいていることが窺える。
『浄瑠璃物語』中清水寺の観音の化した坂者が和泉式部について「女人地獄 使、能断仏種子、外面似菩薩、内心如夜叉」1 (女人は地獄の使いであり、成 仏の妨げとなる。表面は菩薩のようだが、心は鬼のようだ)と述べ、まさにこ の世の鬼として捉え、また、女人は「提婆品にも説かれたり。一者不得作梵天 王。二者帝釋。三者魔王。四者轉輪聖王。五者佛身。云何女身速得成佛と読誦 し給う、功力により、五つの苦をば逃れる、三つの苦をば逃れず。三界に垣な し六道に辺なし2 、女に三つの家無し3 と、仏もかように説き給う」4 と記し、
女は『法華経』の功力により五障を逃れるが、三従に逃れ得ないと説いている。
1 横山重・松本隆信編『室町時代物語大成第七』(角川書店、一九七九年)318 頁。
2 「三界」は欲界・色界・無色界、即ち全世界のこと。「六道」は地獄・餓鬼・畜生・修羅・人 間・天上の六種の迷界のこと。三界六道のそのどこに行くかは、前世の業によるもので、生ま れつきで決まるものではない。(日本国語大辞典
http://www.jkn21.com/stdsearch/displaymain 最終閲覧時間:2013 年 5 月 5 日)
3 女は、幼少のときは親に従い、嫁に行っては夫に従い、老いては子に従わなければならない ものであるから、この広い世界で、どこにも安住できるところがない。女は三界に家なし。女 に家なし。(日本国語大辞典 http://www.jkn21.com/stdsearch/displaymain 最終閲覧時間:
2013 年 5 月 5 日)
4 横山重・松本隆信編『室町時代物語大成第七』319 頁。
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以上に挙げた二つの例のみならず、どの物語にでも見られるのが主に女人五 障説である。
『法華経』には「提婆達多品第十二」に竜女成仏、また「勧持品第十三」に 六千人の比丘尼は悟りの予言を得たこと、「薬王菩薩本事品第二十三」に女人往 生のことは女人救済の思想が見られるゆえ、女性にとって大きな救いであり、
事あるごとに写経して奉納したようである。しかしながら、女人救済思想であ る変成男子思想の根底には女性性の否定があることは確認しておかねばならな いであろう。
当時の社会では、仏教の女人蔑視観・五障説、若しくは女身垢穢観などが受 容され、遊女に対する見方もこのような観点に影響され、賤視が増していった と考えられる。五障説は前の述べた通りであるが、女身垢穢観とは、女性の体 を汚れた存在と看做すものである。例として仏教の初期教典である『増一阿含 経』巻第四十一・「馬王品第四十五」に「夫為女人有九惡法。云何為九?一者 女人臭穢不淨、二者女人惡口、三者女人無反復、四者女人嫉妒、五者女人慳嫉、
六者女人多喜遊行、七者女人多瞋恚、八者女人多妄語、九者女人所言輕舉。(夫 れ女人は九の悪法有りと為す。云何が九と為すや、一に女人は臭穢にして不浄 なり。二に女人は悪口す。三に女人は反復なし。四に女人は嫉妬す。五に女人 は慳嫉なり。六に女人は多く遊行を喜ぶ。七に女人は瞋恚多し。八に女人は妄 語多し。九に女人は言うところ軽挙なり)」5 とあるように、女人は臭く穢れて おり不浄であるとする。6
このような差別観は中国儒教の三従説(在家従父、出嫁従夫、夫死従子)を 伴って、日本に伝来し、また、さら日本独特の触穢観念によって、生理や出産 の際に流出した血液は血の穢れとみなされる不浄の身とされた。それゆえ、女 性は成仏し難い存在として位置づけられるに至る。早くも平安時代末期の仏教 説話集『宝物集』には「女人は煩悩の源、一度も犯しつれば、五百世の間、か れにしただひて六趣に輪廻す。又は、毒蛇はみるとも女人はみるべからず」7 や
5 全佛編集部編『増一阿含經』第六冊(台北市:全佛文化出版社、一九九七年)1527 頁。漢文 書き下し文の部分は岩野真雄編『国訳一切経 印度撰述部 阿含部九・十』(大東出版、一九六 九年)316 頁。
6 勝浦令子「女性と仏教」(末木文美士等編『新アジア仏教史 11 日本Ⅰ 日本仏教の礎』所収、
佼成出版社、二〇一〇年)390 頁。
7 『宝物集』巻第五(小泉弘・山田昭全校注『新日本古典文学大系 40 宝物集』所収、岩波書
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「『涅槃経』に「所有三千界、男子諸煩悩、合集為一人、女人之業障。女人地獄 使、能断仏種子、外面似菩薩、内面如夜叉」」8 と書かれている。日蓮の『法華 題目抄』にも「内典中初成道大法華嚴經云女人地獄使能斷佛種子外面似菩薩内 心如夜叉矣雙林最後大涅槃經一切江河必有迴曲一切女人必有謟曲又云所有三千 界男子諸煩惱合集為一人女人之業障等云云」9 と記されている。これについて 谷山俊英氏は「鎌倉新仏教開祖の女性観」にて、「日蓮が「諸経に嫌はれたりし 女人」の例をあげて、『法華経』こそが唯一絶対の女人成仏教典であることを確 言するのである」10 と論じる一方、中世では女性蔑視観が世に広く流されたこ と、及び女性を不浄のものと見なす考え方について鎌倉新仏教の教祖が認める ことを読み取っている。
小原仁氏の考察よると、女性の差別文言は九世紀から十世紀にかけて現れる が、この時代の常套句として用いられているにすぎないとしている。天平十三 年(741)に建てられた国分尼寺の正式名称である「法華滅罪之寺」は『法華経』
の竜女成仏に依拠するとは見なし難いことや女性の出家が制限されるのは九世 紀以降であるということ、さらに願文中に女人滅罪の依拠品として挙げられた 提婆達多品は奈良時代においてはまだ流布していないことから踏まえて考える と、やはり九世紀(平安時代前期)が女人差別文言受容の画期であると論じて いる。11 氏は元慶七年(883)に菅原道真が依頼を受けて作成した「為式部大 輔藤原朝臣室家命婦逆修功徳願文」中に見られる「道之三塗、身之五障、誠可 哀」の一句は提婆達多品に基づくと思われ、貴族社会で最も早い時期に女人差 別を受容された文言とすることができると指摘している。翌年の「為藤大夫先 妣周忌追福願文」に『転女成仏経』『法華経』などの経典が供養されたことが書 かれているものを始め、その後、幾多の願文中に『転女成仏経』『転女身経』『法
店、一九九三年)205 頁。
8 『宝物集』にはここを『涅槃経』とする伝本と『華厳経』とする伝本と二系統があった。こ こは瑞光寺本を採る。以上、『宝物集』巻第五(『新日本古典文学大系 40 宝物集』所収)212 頁を参照。
9 『法華題目抄』(秀英舎、一八八九年)6-7 頁。
10 谷山俊英「鎌倉新仏教開祖の女性観」(『国文学解釈と鑑賞』70 巻 3 号所収、至文堂、二〇〇
10 谷山俊英「鎌倉新仏教開祖の女性観」(『国文学解釈と鑑賞』70 巻 3 号所収、至文堂、二〇〇