第三章 遊女説話の前提(1)
第二節 菩薩と女性
國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
中。若有女人。聞是経典。如説修行。於此命終。即往安楽世界。阿弥陀仏。大 菩薩衆。囲繞住処。生蓮華中。宝座之上。(若し女人有りて、この薬王菩薩本事 品を聞きて能く受持せば、この女身を尽くして後に復、受けざらん。若し如来 の滅後、後の五百歳の中にて、若し女人有りて、この経典を聞きて、説の如く 修行せば、ここにおいて命終して、即ち安楽世界の阿弥陀仏の、大菩薩に囲繞 せらるる住処に往きて、蓮華の中の宝座の上に生れん)」10 と述べ、女人はこ の経を授持すれば、臨終に直ちに阿弥陀仏、菩薩に囲まれる安楽世界(極楽浄 土)に住むことになるという。
以上から、当時の知識層の女性にとって『法華経』が大きな救いになると考 えられて読誦されていたことが窺える。
第二節 菩薩と女性
菩薩は阿弥陀仏とともに、広く信仰される仏教の神様である。菩薩と言えば、
大慈大悲を本誓とし、母性的・慈愛なイメージを持つ観世音菩薩、『法華経』に より女性の信仰を集め、白象に乗る普賢菩薩、智慧を象徴する存在として知ら れ、獅子に乗る文殊菩薩や子供の守り神であり、地獄を司る地蔵菩薩が想起さ れる。
菩薩は成仏を求める修行者でありながら、仏の教化、衆生済度を助ける者で ある。以下、具体的な例として、観世音菩薩をとりあげ、検討したい。
観音菩薩が現れる古い経典として、最も代表的なのは『法華経』観世音菩薩 普門品第二十五、別名『観音経』である。該経によれば、観世音菩薩の名は衆 生の苦悩を直ちにその音声を観じて、皆解脱を得られることを由来している。
この観音の誓願とは、世間における一切の苦厄や恐怖不安を除去し、抜苦与楽 を施すことであり、人が観音菩薩を敬い、供養すれば、あらゆる欲望が満たさ れると説く。さらに観音は衆生の姿を応じて三十三身に化身して現し、衆生の ために法を説き、種々の形を以て、衆生を度脱する慈悲なる菩薩とされる。観 音信仰が日本に入った時期は恐らく飛鳥・白鳳時代に追善的信仰という形で伝
10 坂本幸男・岩本裕訳注『法華経(下)』204 頁。
‧
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
うになり、仏教の護法神となったという。
他の仏教経典にも似た話が説かれている。『維摩経』とは、釈迦如来の在家弟 子である維摩居士(ヴィマラ・キールティー)にまつわる物語である。悟りを 開いた彼は釈迦如来の教化を助けるため、様々な人々に説法をしていたという。
該経の巻第三・仏道品第八に「或現作婬女 引諸好色者 先以欲鉤牽 後令入 佛道(或いは現じて婬女と作りて、諸もろの好色者を引く、先には欲の鉤を以 って牽き、後に仏道に入らしむ)」15 という一節がある。彌永信美氏によれば、
菩薩は「婬女」とも現れて「諸好色者」引き寄せ、「先ず欲相をもって〔彼らを〕
招き、後に仏智を修せしむ」とは大乗的な方便思想の最も「過激」な現れの一 つとも言えるだろうと論じている。16 このような思想はよく誤解され、実は、
性に欲望のある人にまず性を手段として接近し、仏道に導き入れたら欲望を離 れさせることができるとの考え方が示されているという。『華厳経』卷第六十 八・入法界品第三十九にも、すでに離欲実際という清淨の法門を成就した婆須 蜜多(ヴァスミトゥラー)という遊女がいて、彼女は悟りへの道を求めている 善財童子に次のように説いている。
善男子。我得菩薩解脱名離貪欲際。隨其欲樂而為現身。若天見我。我為天 女。形貌光明。殊勝無比。如是乃至人非人等。而見我者。我即為現人非人 女。隨其樂欲。皆令得見。若有衆生。欲意所纏。來詣我所。我為説法。彼 聞法已。則離貪欲。得菩薩無著境界三昧。(中略)若有衆生抱持於我、則離 貪欲、得菩薩攝一切衆生恒不捨離三昧。若有衆生唼我脣吻、則離貪欲、得 菩薩增長一切衆生福德藏三昧。凡有衆生親近於我、一切皆得住離貪際。入 菩薩一切智地現前無礙解脱(善男子よ。我は已に離欲実際という清淨の法 門を成就せり。若しも天が我を見なば、我は天女となる。若し人が我を見 なば、我は人女となる。乃至非人が我を見なば、我は非人女と為らん。形 体姝妙に、光明の色像も殊勝にして比無し。若し衆生にして欲に纏わるる 者ありて、来りて我が所に詣りなば、其が為に法を説きて、皆悉く欲を離
15 大正大学綜合仏教硏究所梵語仏典硏究会編『梵藏漢対照『維摩經』』(大正大学出版会、二〇
〇四年)319 頁。漢訳書き下し文の部分は高崎直道・河村孝照校註『新国訳大蔵経 文殊経典 部 2』(大蔵出版、一九九三年、64 頁)を参照。
16 彌永信美『観音変容譚――仏教神話学Ⅱ』(法蔵館、二〇〇二年、279 頁)を参照。
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
れ、〈無著の境界〉という三昧を得しめん。(中略)若し衆生有りて我を阿 梨宜せん者は、〈摂一切衆生〉という三昧を得ん。若し衆生有りて我を阿衆 鞞せん者は、〈緒功徳密蔵〉という三昧を得ん。是の如き等の類の一切衆生 は、来りて我に詣らん者は、皆〈離欲実際〉という法門を得ん)。17
これも先ほど述べた思想と同様、婆須蜜多は近いてくる人々の欲望にそれぞれ 応じて、それから人に離欲への道を引き入れるのである。
小括
以上述べてきたように、『法華経』には、周知の「竜女成仏」のほか、仏が六 千人の比丘尼に成仏の約束をしたこと及び『法華経』を受持した女性は極楽往 生を遂げることを説かれている。よって、女性に特別な存在として位置づけら れ、特に篤く信仰されてきたと考えられる。
また、本論では、菩薩の性格及び教化の方便として屡々女身に化し衆生を仏 道に引導する事と例も紹介した。これが後世の説話に非常に重要な素材を提供 し、女人成仏説・遊女観音変化譚などが生み出される土台となったと考えられ る。
17 『大方廣佛華嚴經(八十華嚴)』下冊(台北市:財團法人佛陀教育基金會、二〇一三年)2015-2016 頁。漢訳書き下し文の部分は中村元『現代語訳大乗仏典 5 『華厳経』『楞伽経』』(東京書籍、
二〇〇三年)81-83 頁。