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第三章 遊女説話の前提(1)

第一節 法華経と女性

立 政 治 大 學

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第三章 遊女説話の前提(1)

―仏典における女人罪業観と救済思想―

はじめに

本論で列挙した物語のほとんどは仏教的な女性観に彩られていたことはこれ まで見てきた通りである。これら物語の中には、女性を仏教の神様である観音 菩薩や普賢菩薩の化身としての描写すら見られるものもある。そこで、本章で は、中世の遊女説話の前提となっている女人罪業観と救済思想について詳しく 論じてみたいと思う。女人救済に関わる仏典は、『妙法蓮華経』(以下、『法華経』

と略称)を始め、『理趣経』・『華厳経』などがある。

まず、最も女性が特に信仰したと言われる『法華経』における女人救済につ いて、次に、伝説に頻繁に出現する遊女観音変化譚の下地と思われる菩薩と女 性との繋がりについて検討したい。そして次章において、再度、中世の遊女説 話に見られる仏教女性観について確認し、その女性観の形成過程を、平安・鎌 倉仏教史を踏まえて議論したい。

第一節 法華経と女性

『法華経』は仏教の代表的経典であり、一切の衆生を救済し、万人の成仏を 説くため、「諸経の王」1 と言われている。『日本書紀』推古十四年(606)秋七 月条に聖徳太子が法華経を講じ、推古天皇が大喜びという記事が見られる。2

1 そのような思想は『法華経』に散見する。例を挙げると、安楽行品第十四には「此法華経。

是諸如来。第一之説。於諸説中。最為甚深。末後賜与。(中略)於諸経中。最在其上。(この法 華経は、これ諸の如来の第一の説にして、諸の説の中において、最も為れ甚深なるものなれば、

末後に賜い与うること、(中略)諸の経の中において、最もその上に在りて)」、また、薬王菩薩 本事品第二十三には「諸水之中。海為第一。此法華経。亦復如是。於諸如来。所説経中。最為 深大。(中略)於諸経中。最為其上。(諸水の中にて、海は為れ第一なるが如く、この法華経も 亦復、かくの如く諸の如来の所説の経の中において、最も為れ深大れたり。(中略)諸経の中に おいて、最も為れその上なり)」がある。要するに、この『法華経』は諸経の中において、最も 為れその上なりと言い切れる。以上、坂本幸男・岩本裕訳注『法華経(中)』の 272-274 頁、及 び『法華経(下)』の 196 頁(岩波書店、一九六七年)を参照。

2 『日本書紀』巻二十二・推古十四年の項に次の記述がある。

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た、太子の著した『三経義疏』中の一つ『法華義疏』は『法華経』の注釈書で あることから見ると、仏教伝来してきた間もなく『法華経』は重要視される経 典となったことが明らかである。

平安時代に至ると、『枕草子』に清少納言は法華八講受講の様子と心境を示し ていること3 、仏教説話集『大日本国法華験記』が成立されたこと、『無名草子』

に作者が『法華経』を嘆美することや『和泉式部』に道命阿闍梨が宮中に法華 八講を講ずるエピソードなどの例から考えてみると、『法華経』は古人の生活に 不可欠な存在であることは当時の文芸作品を通じて垣間見られる。従って、『法 華経』は仏教の重要な経典の一つであり、日本仏教と切り離すことはできない であろう。

かかる『法華経』の特色は、「女人成仏」を説くところに求められる。とりわ け常に引用されるのが同経の「提婆達多品第十二」である。該品の前半部は悪 人の提婆達多が成仏したことを示し、後半は竜女成仏の話が記されている。こ の品は罪悪の人も善人同様に成仏ができ、女性も男性同様に成仏ができること という趣旨を説いた品である。4 その後半部の竜女成仏についての原文を次に 示そう。

文殊師利言。我於海中。唯常宣説。妙法華経。智積菩薩。問文殊師利言。

此経甚深微妙。諸経中宝。世所希有。頗有衆生。勤加精進。修行此経。速 得仏不。文殊師利言。有。娑竭羅竜王女。年始八歳。智慧利根。善知衆生。

諸根行業。得陀羅尼。諸仏所説。甚深秘蔵。悉能受持。深入禅定。了達諸 法。於刹那頃。発菩提心。得不退転。辯才無碍。慈念衆生。猶如赤子。功 徳具足。心念口演。微妙広大。慈悲仁譲。志意和雅。能至菩提。智積菩薩

秋七月に、天皇、皇太子を請せて勝鬘経を講かしめたまふ。三日に説き竟へつ。

是歳、皇太子、亦法華経を岡本宮に講く。天皇、大きに喜びて、播磨国の水田百町を皇 太子に施りたまふ。因りて斑鳩寺に納れたまふ。

以上、坂本太郎・家永三郎等校注『日本古典文学大系 68 日本書紀下』岩波書店、一九六五年)

188 頁。

3 池田亀鑑・岸上慎二等校注『日本古典文学大系 19 枕草子・紫式部日記』(岩波書店、一九五 八年)75-76 頁。

4 高嶌正人「七、八世紀における法華経信仰の受容と展開」(『法華経の思想と展開』所収、平 楽寺書店、二〇〇一年)454 頁。

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言。我見釈迦如来。於無量劫。難行苦行。積功累徳。求菩薩道。未曾止息。

観三千大千世界。乃至無有。如芥子許。非是菩薩。捨身命処。為衆生故。

然後乃得。成菩提道。不信此女。於須臾頃。便成正覚。言論未訖。時竜王 女。忽現於前。頭面礼敬。却住一面。以偈讃曰 深達罪福相 遍照於十方 微妙浄法身 具相三十二 以八十種好 用荘厳法身 天人所戴仰 竜神咸 恭敬 一切衆生類 無不宗奉者 又聞成菩提 唯仏当証知 我闡大乗教 度脱苦衆生 爾時舎利弗。語竜女言。汝謂不久。得無上道。是事難信。所 以者何。女身垢穢。非是法器。云何能得。無上菩提。仏道懸曠。径無量劫。

勤苦積行。具修諸度。然後乃成。又女人身。猶有五障。一者不得。作梵天 王。二者帝釈。三者魔王。四者転輪聖王。五者仏身。云何女身。速得成仏。

爾時竜女。有一宝珠。価直。三千大千世界。持以上仏。仏即受之。竜女謂 智積菩薩。尊者舎利弗言。我献宝珠。世尊納受。是事疾不。答言。甚疾。

女言。以汝神力。観我成仏。復速於此。当時衆会。皆見竜女。忽然之間。

変成男子。具菩薩行。即往南方。無垢世界。坐宝蓮華。成等正覚。(後略)

内容を簡単に確認しておきたい。智積菩薩は竜宮で教化をして帰って来た文 殊師利菩薩に様子を問う。文殊は、常に『法華経』を説いてきて、その教化し たものの数は数えきれないほどと答えた。智積はまた、『法華経』は甚深微妙で 諸経中の宝、この経を修行して仏となることができるのかと尋ねる。すると、

娑竭羅竜王の八歳の娘は智慧があり、諸仏の所説を全て受持し、功徳を具足し て、悟りに到達していると文殊が智積に答えた。それを聞いた智積は、我が釈 迦如来は長い歳月の間、難行苦行をし、ようやく仏の悟りを成就したのに、竜 女はほんのわずかな間で悟りを得ることが出来るとは信じがたいと疑いを示し た。すると、その竜女は釈迦の前に姿を現わし、釈迦を嘆美した。その時、舎 利弗が竜女に向かって言った。貴女はいともたやすく悟りを得ることは信じが たい。女身は垢穢であり、また女人の身には五障がある。一には梵天王となる ことを得ず、二には帝釈、三には魔王、四には転輪聖王、五には仏身なり。貴 女は速やかに成仏することができるわけがない。竜女は宝樹を釈迦に献上し、

釈迦はそれを受けた。竜女は、世尊が私の献上した宝珠を受け取ることは速い かと智積と舎利弗に問う。二人は速やかと答えた。すると竜女は、私の成仏を

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見よ。そのことより速やかであると、たちまち変成男子(女身が転じて男子と なる)にし、悟りを得て、仏の徳を具したのである。5

この「提婆達多品」では、女性は女性の身で成仏し難いことを前提として『法 華経』による女性成仏について説いている。寛和元年(986)に慶滋保胤が冷泉 天皇第二皇女尊子内親王の法要に際し、記した追善願文である「為二品長公主 四十九日御願文」に「晨昏所誦者提婆品、造次所念者弥陀尊」6 の記述するよ うに公主は生前早晩常に「提婆達多品」を読誦していたことが書かれている。

また、『更級日記』にも「夢にいと清げなる僧の黄なる地の袈裟着たるが来て、

法華経五の巻をとく習へといふと見れど、人にも語らず……」7 と見え、その 第五巻には竜女成仏の話が記されている提婆達多品第十二が含まれている。8 その他、『法華経』にはまだまだ女性救済の思想が見られる。例として「勧持 品第十三」及び「薬王菩薩本事品第二十三」が挙げられる。「勧持品第十三」に は、「爾時佛姨母摩訶波闍波提比丘尼。與學無學比丘尼。六千人倶。従座而起。

(中略)及六千學無學比丘尼。倶爲法師。汝如是。漸漸具菩薩道。當得作佛。

号一切衆生喜見如來。應供。正遍知。明行足。善逝。世間解。無上士。調御丈 夫。天人師。佛。世尊。憍曇彌。是一切衆生喜見佛。及六千菩薩。轉次授記。

得阿耨多羅三藐三菩提。(その時、仏の姨母、摩訶波闍波提比丘尼と学・無学の 比丘尼六千人とは、倶に座より起ちて、(中略)及び六千の学・無学の比丘尼も

得阿耨多羅三藐三菩提。(その時、仏の姨母、摩訶波闍波提比丘尼と学・無学の 比丘尼六千人とは、倶に座より起ちて、(中略)及び六千の学・無学の比丘尼も

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